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2018年9月15日 (土)

人類の歴史は戦争の歴史(近世までの概観)

 今も世界の複数箇所で、国家感の戦争や内戦が行なわれています。その要因の一つは人間の持つ「欲」が大きく絡んでいると見ます。19世紀半ばまでの世界の動きを概観して見ることにします。

人類の歴史は戦争・戦闘の歴史であるといえるでしょう。まさに弱肉強食、他の動物たちには観られない、壮絶な戦いの歴史だと言えます。

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その理由は人間の欲。単純に考えれば、そのひとつは、「周りよりより豊かで快適な生活がしたい」。そのためには領土の拡張により、より大きな耕作地を求め、より多くの隷属民を求め、より多くの資源を得ることによりできるからであると考えられます。もう一つは「自分の思うことを容易に実現したい」。そのためには周りよりより高い地位に立ち、支配したい、と言う上昇志向が権勢欲に繋がり、これがトップの後目争いを生み、時として血で血を洗う後継者争いとなっていったのでしょう。 

領土の拡張は、有史以来どの時代にも観られ、部族や民族、都市国家、帝国に至るまで、統治形態にかかわらず近年まで続いてきました。ただいずれも地域環境や為政者の力量により、その権勢が上昇・継続するか衰退するかが決定づけられています。そして今日まで長期間続いたのは日本しかないと言われています。古代からそうでしたが、特に中世・近世に至っては、武器の優劣が強さの根源になっていて、それを引き出す科学技術と産業の力が大きな要素となりました。もちろん戦闘に於いては戦略や兵士の士気も非常に重要な要素であることは異論を持たないでしょう。 

人類の歴史という観点からは、戦争や戦闘のみならず、文化、産業、科学技術、社会などの歴史も重要です。そして戦争は科学技術や産業の発展を促してきたというのは、その通りででしょう。古代における壁画や、その後の絵巻物や出土した生活用品から、庶民の文化や生活様式も垣間見られますが、多くの歴史文献はその当時のリーダーに焦点を宛てて書かれたものが多く、描かれてはいませんが下層の市民、農民は、今では想像の付かない過酷な生活を強いられていたものと思われます。 

543c5b18c4a885632ce3ac166f75071e_2 また人類史に於いて、宗教の果たす役割やその影響も非常に大きいのも事実でしょう。特に中世に於いては宗教がらみの戦争も頻発しています。なお最近におけるテロもまた、その宗教上の争いの影響も実態としてあると思われます。人を救うという目的の宗教が、人の争いや殺戮の原因のひとつになっているのは、なんとも皮肉なことと思われてなりません。

 このように、有史以来争いの絶えない人間同士の関係は、今に続くぬぐい去ることの出来ないカルマ(業)のようなもの。人間の知恵がその業を消し去ることが出来るのでしょうか。

「有史以来19世紀半ばまでの世界史概観」

1)文明の芽生え、いわゆる4大文明の地はいずれも大河(ナイル、インダス、チグリス・ユーフラティス、黄河)のほとり、生存の手段としての農業の発展がその原動力となる。黄河流域を除く他の地はいずれも熱帯に近く、寒冷でない気候が当時の人類に適していたのであろう。温暖を求めたその頃の人類として、黄河流域の竪穴式住居は寒さをしのぐ建物であったのであろうか。またいずれの文明も文字を持ち、従ってその実態が判明する大きな手がかりとなっている。 

2)その後その文明を発展させながら、ギリシャ、オリエント、エジプト、ペルシャ、インド、中国(殷、周)で次々に都市国家、帝国が発生するが、それぞれの都市、帝国同士の領土紛争(縄張り争い)が続発、加えて、それぞれのリーダーの後継紛争も続発、親子、兄弟間の殺戮の例も多く観られる。根底には人間の欲(権勢欲、物質欲)があるからであろう。またいずれの地域でも支配層と隷属民に分化し、支配層は隷属民の生産物やサービスを一方的に搾取する制度を形成する。いわゆる近代国家と言われる時代になるまで、この関係は続くことになる。 

3)続けてアレクサンドロス帝国に続きローマ帝国が繁栄し、ヨーロッパ、中近東を支配する。ペルシャではササン朝、中国では漢の時代が続き、大帝国時代の到来となる。いずれも領土拡張に躍起となっている時代で、周辺各地で戦闘が続いている。後継者争いも引き続き多く観られる。またこの頃キリスト教が普及し初め、ユダヤ教やゾロアスター教、バラモン・ヒンドゥー教、仏教などの旧来の宗教との確執も生まれる。いわゆる宗教戦争も加わることになる。

4)その後、ヨーロッパではゲルマン民族の大移動を経て、大キリスト教圏ができ、中近東ではアラブ、ペルシャ、インドに至るまで大イスラム教圏ができ、宗教がらみの争いが各地で発生する。十字軍の遠征はその最大のものである。また中国では三国時代を経て隋、唐と易姓革命が継続する。いずれの地域でも後継者争いは熾烈を極め、特にイスラム教のカリフや、中国の皇帝の後継者争いは、骨肉相争うと行った表現がぴったりである。


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5)大航海時代に至る前、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国やフランク王国、スペイン王国、ポーランド王国、ハンガリー王国、イングランド王国、キエフ、モスクワ公国など現在のヨーロッパ諸国の原型ができあがる。この間百年戦争やバラ戦争など、国同士の争いは尽きなかった。また中央アジアではモンゴル系の帝国(ハン)が乱立する。ハン同士の争いも多く、また同じハンでも後継者争いは熾烈を極めた。中国は宋、金の南北両帝国時代から、モンゴル系の元へと覇者が入れ替わる。それも長く続かず明に変わっていく。中近東から南アジアにかけては、イスラム教のオスマントルコ、ムガール帝国が征服していく。 

O0480027013826752810 6)ヨーロッパキリスト教圏の国々が、ルネッサンス、宗教改革を経て大航海時代の幕開けを迎え、その先進技術を武器に、南北アメリカ、東アジアを除くアジア、アフリカ、オセアニアを次々に植民地化していった(その中で南アメリカの植民地は1800年代に殆ど独立)。ポルトガル、スペインが口火を切り、オランダ、イギリス、フランスが続く。この時代の植民地主義は人を移植し、原住民を殺戮または隷属し、原住民の宗教、文化や言語を抹消し、宗主国の宗教、文化、言語を押しつけ、資源を搾取する。いわゆる強奪であった。宗主国側が支配層、植民地が隷属民という構図である。宗主国間でも勢力が変わり、ポルトガル、スペインが没落し、イギリス、オランダ、フランスが強者として残った。イギリスでは産業革命が起こり、またフランス革命に代表される市民革命を経て、ヨーロッパは次第に近代国家、軍国主義国家となっていく。 

 

6)その後、イギリスやフランス植民地から独立したアメリカ、それにヨーロッパで出遅れたドイツ、ロシアが急速に力をつけて、イギリス、フランス、オランダの先進宗主国の後を追い、唯一植民地化されていない東アジア、特に中国、日本を狙うことになる。弱体化しつつある中国(清)に先輩格のイギリスが積極的に進出し、アヘン戦争で、勝利を収めると香港の割譲を含め、複数の港の開港等の権益を得た。この事件に日本は大きな衝撃を受け、いわゆる幕末の大騒動となるが、ペリーの来航による圧力も加わり開国へと舵を切る。また馬関戦争、薩英戦争に敗れた長州、薩摩を中心に、列強との力の差を身にしみて感じることとなる。


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