« 国会 その使命を忘れず実のある審議を | トップページ | 憲法改正し 自衛隊の行動の足枷 ポジティブリストの変更を »

2018年11月16日 (金)

原爆投下は何のために

 戦争というのは残酷です。数多くの人命が失われ、多くの建物やインフラは破壊され、生活環境がずたずたにされる。誰しも戦争を望まないし、平和を願うのは当たり前でしょう。ましてや非戦闘員である一般市民を巻き込んだ大量殺戮が行なわれるなど、戦前であっても国際条約で禁止されてきました。そのことはハーグ陸戦条約などに明記されています。

 しかし大東亜戦争(GHQ指示名大平洋戦争)の末期に米軍は、東京始め日本の主要都市に絨毯爆撃を繰返し、また広島、長崎に原子爆弾を投下し、合計死者数は合計50万人を超え、その後亡くなった方を加えると80万人前後になります。

51dckmeqc4l_sx310_bo1204203200_  これだけの大量殺戮がなされたのは、一つは日本軍がなかなか降伏をしなかったことにも因りますが、原爆の投下についてはその詳細が、有馬哲夫氏の「原爆 私たちは何もしらなかった」に詳しく書かれています。

 大東亜戦争の開戦については、このブログでも以前述べましたが、日本軍の暗号解読に成功していた米国が、日本の軍や政府の情報を詳細に分析し、開戦派に火を点けるよう、アジアの黄色い猿を叩きたくて仕方がなかった、当時の大統領ルーズベルトが国務長官ハルと組んで、所謂「ハルノート」なる最後通牒に等しきメッセージを送りつけ、日本がまんまとそれに引っかかって、先制攻撃に追いやられた、そう言う図式だったようです。

 しかしそのあと、日本国内の世論は、開戦の報に沸き立ったようなので、戦争したくはなかったのかどうか、そうは言えません。ここは日本が仕掛けた戦争と言われても、仕方ない部分もあります。

 しかし原爆投下は違うようです。所謂投下した米国の言い分は、降伏をしない日本に対し、これ以上米兵の損害を増やさないために、戦争終結を早めるためやむなく原爆を使った

こういう見解が一般的です。しかし上記有馬氏の著書には、これとは違う内容で次のように書かれています。

 原爆投下を指示した当時の大統領トルーマンは、真珠湾攻撃を仕掛けた日本に極めて大きな憎悪を抱いていたと言われます。カヴァートという米国キリスト教協会の幹部に当てた手紙の中で、繰返し真珠湾攻撃のことに言及しています。それに彼はルーズベルト以上に人種差別主義者であったらしく、やはりカヴァート氏への手紙で、
「獣と接するときは獣として扱うしかありません」と書いています。獣とはもちろん日本人を意味します。

 原爆の開発を主導したのは、スチムソンという陸軍長官で、彼は完成が近づくまでは、20億ドルという巨費を投じたこの原発を是非使わなければ、と言う考えを持っていましたが、他の軍関係者と同様、戦争犯罪に繋がるこの原爆を、日本が降伏するのなら使わないに超したことがないと考えるようになりました。

 ところがトルーマンはその後の国内、国外のあらゆる会合などの機会に、国務長官バーンズと組んで、日本の降伏前に使用したいという考えを捨てず、日本がソ連に停戦の働きかけをしているのを傍受しているにも拘わらず、知らないふりで、投下命令を出すわけです。(この辺のトルーマンの内外の駆け引きについては、詳細は同書をご覧下さい)

 日本がポツダム宣言を7月中に即受諾していれば、ひょっとしたら投下は回避されたかも知れません。ただ軍の抵抗やソ連への働きかけの成り行きなどの関係から、8月6日を過ぎてしまい、広島へ投下されてしまいました。そして9日には長崎へ。

 ここで言いたいことは(あくまでも有馬氏の言を借りてですが)、
原爆は「戦争終結を早めるため」に使われたのではなく「戦争終結を伸ばして」使われたのが正しいと言うことです。なぜなら前に述べたように、7月以前に日本は停戦を模索していたのを、トルーマンは既に知っていたからです。そしてポツダム宣言に、天皇制を維持する「国体維持」条項をわざと入れずに、日本の戦争継続派、特に軍部の抵抗を誘い、ポツダム宣言受理を妨げようとしたことも、分っているようです。明らかに日本が降伏するのを伸ばし、その前に投下しようと画策したことが見て取れます。

Photo_01

 「過ちは繰り返しませぬから」と刻まれた、広島の原爆死没者慰霊碑の文言、何度見ても聞いてもおかしいという感じがしてしまいます。「過ち」は日本でしょうか?

(この記事 イイネ! と思われたら、下記バナーの応援クリックをお願いします。)


保守ランキング

(お手数ですがこちらもポチッとクリックをお願いします)

にほんブログ村 政治ブログ 保守へ
にほんブログ村

« 国会 その使命を忘れず実のある審議を | トップページ | 憲法改正し 自衛隊の行動の足枷 ポジティブリストの変更を »

歴史」カテゴリの記事