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2018年12月24日 (月)

竹島奪還に政府は本腰を挙げよ

 

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 17日のブログでも述べたように、今月13~14日に韓国は今年2回目の竹島の防衛訓練を実施しました。明らかに日本を念頭に置いての訓練だと思われます。竹島に関しては韓国が今不法占拠を続けていますが、日本政府は従来から「日本固有の領土」という立場を取っています。以下に外務省のホームページから、韓国の不法占拠時点から今日までの経緯と日本の見解を引用します。

 サンフランシスコ平和条約発効直前の1952年1月、韓国は、いわゆる「李承晩ライン」を一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。これは明らかに国際法に反した行為であり、我が国として認められるものではない旨,直ちに厳重な抗議を行いました。

 それにもかかわらず、韓国は、その後、竹島に警備隊員などを常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設などを構築してきました。このような韓国の力による竹島の占拠は、国際法上一切根拠のないものであり、我が国は、韓国に対してその都度、厳重な抗議を行うとともに、その撤回を求めてきています。こうした不法占拠に基づいたいかなる措置も法的な正当性を有するものではなく、また領有権の根拠となる何らの法的効果を生じさせるものでもありません。

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 戦後、一貫して平和国家として歩んできた我が国は、竹島の領有権をめぐる問題を、平和的手段によって解決するため、1954年から現在に至るまで、3回にわたって国際司法裁判所に付託することを提案してきましたが、韓国側は全て拒否しています。国際社会の様々な場において、重要な役割を果たしている韓国が、国際法に基づいた解決策に背を向ける現状は極めて残念ですが、我が国は、引き続き、国際法にのっとり、冷静かつ平和的に紛争を解決するために適切な手段を講じていく考えです。

 このように政府、外務省としては精一杯のことをやっていますよ、と言いたいのでしょうが、逆に「不法占拠されたのも取り返せないのも、韓国の一方的かつ頑なな態度のためで仕方ありません、ご理解ください」と言っているように聞こえてなりません。これに対しニュースプレゼンターの「iRONNA」が、次のように、政府の対応のまずさを経緯と共に指摘しています。

 韓国からは竹島問題は領土問題ではなく歴史問題とされ、日本を「侵略国家」とする論拠にされている。それも崔南善が必ずしも歴史的根拠としていなかった『三国史記』、『高麗史』、『世宗実録』の「地理志」、『新増東国輿地勝覧』等に記された于山島を独島と曲解し、歴史問題にすり替えられてしまったのである。

 その傾向が強まったのは1954年9月、竹島を武力占拠した韓国政府に対し、日本政府が国際司法裁判所への付託を提案してからである。この時、韓国政府は声明を通じ、「竹島は日本が韓国侵略をした最初の犠牲の地」とし、日本が竹島の領有を主張することは、「再侵略を意味する」とした歴史認識を示して、国際司法裁判所への提訴を拒否したのである。

 それも日韓の国交正常化交渉と並行し、公海上に引いた「李承晩ライン」を根拠に日本人漁船員を拿捕抑留し、それを外交カードとしたのである。戦後、日本には夥しい数の朝鮮半島からの密航者がいたが、拿捕抑留された日本人漁船員の解放を求める日本政府に対し、韓国政府は不法入国者等にも日本定住の「法的地位」を与えるよう求めたのである。

 ここまでは全く韓国の書いたシナリオ通りに事が進み、外交力の弱い日本は、なすすべがなかったというのが正直なところだと思います。更にその後以下のように変化が現われます。

 この日韓関係に変化が現れたのは1994年、国連の海洋法条約が発効し、国際ルールに従って対話をする機会が訪れたからである。そこで韓国政府は、竹島の不法占拠を正当化すべく、竹島に接岸施設の建設をはじめ、日本政府が抗議すると、反日感情を爆発させて牽制したのである。

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 だが日本政府は、韓国側の反日感情を考慮してか竹島問題を棚上げし、1998年末、新「日韓漁業協定」を締結したのである。その結果、日本海には排他的経済水域の中間線が引けずに、日韓の共同管理水域が設定され、韓国漁船による不法漁撈問題が発生したのである。そこで島根県議会は2005年3月16日、「竹島の日」条例を成立させ、竹島の領土権確立を求めたのである。

 何と政府がもたもたしている間に、業を煮やした島根県が立ち上がり、動き始めました。ところがこの動きにも政府は重い腰を上げようとはしません。以下に続きます。

 だが当初、日本政府は「竹島の日」条例には批判的で、竹島問題を歴史問題や漁業問題に局限し、韓国側の動きに同調する動きも強まった。そこで島根県では2014年2月、『竹島問題100問100答』(ワック出版)を刊行し、韓国側には竹島の領有権を主張できる歴史的権限がない事実を明らかにしたのである。これに対して、韓国側では今に至るまで反論ができていない。

 ここで問題となるのは、日本の国家主権が侵され続けて半世紀、その間、日本政府は適切な対処をしていたのかということである。外務省のホームページで「竹島は日本固有の領土」とし、「韓国が不法占拠している」とするのは、「竹島の日」条例の成立が確実となってからのことで、『防衛白書』に竹島問題が記述されたのも2005年度版からである。

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 それに島根県竹島問題研究会が『竹島問題100問100答』の企画を進めていた頃、外務省でも島嶼研究の基本調査と称して8億円の予算を組んでいた。だがこの類似の試みに対し、韓国側が反応したのは、出版費200万円程の『竹島問題100問100答』の方であった。

 それも『竹島問題100問100答』を批判した慶尚北道独島史料研究会では、『竹島問題100問100答』を韓国語訳し、その後に批判を加えた『「竹島問題100問100答」に対する批判』をネット上に公開したことで、墓穴を掘ってしまったのである。

 これまで韓国内では韓国側に不利な竹島関連の情報は制限されていたが、島根県竹島問題研究会の見解と、それを批判する韓国側の見解を比較できる場を作ってしまったからだ。

 だが事の重大さに気がついたのか、慶尚北道庁は突如、『「竹島問題100問100答」に対する批判』をネット上から削除したのである。事実上の敗北宣言である。

 竹島問題は、領土問題である。それを解決していくには、歴史の事実と若干の戦略が要る。島根県にできることが、日本政府には何故できなかったのか。ここに竹島問題の本質がある。

 いかがでしょうか。いかにも政府の腰砕けの対応が続いていた、という感じがしてなりません。竹島問題は慰安婦問題や徴用工問題以上に、韓国に対し何も出来ていない感じがあります。

 政府外務省の姿勢が弱腰なのは、戦前の統治問題や敗戦の絡みもあるでしょうが、もっと大きな要因は憲法9条の足枷があるからとも思えます。戦後70年経った今、憲法改正も合わせ実施して、韓国との間の一番のガンである、この竹島の領土問題に立ち向かわねば、戦後の総決算は終わったと言えないのではないでしょうか。

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