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2019年4月

2019年4月29日 (月)

「筋が通らない議員」には政権を任せられない

20190420003916  「筋が通っている。」よく使われる言葉です。「論理的」、とも近い言葉です。「首尾一貫している、道理にかなっている」、とも言われます。特定の立場や考え方に偏らず、「客観的に物事を見る様」とも通じます。

 国民全体のことを考えれば、国会議員はこのような考え方、言動に徹することが理想ですが、地域代表、または利益代表の側面があって、なかなか理想通りには行きません。ただし首相を筆頭に閣僚たる人たちは、この理想を追い求める必要があります。

 私は仕事で社員教育部門にいて、特に企業戦略論理思考の講師を務める機会がありました。そこでは事業経営やその遂行に於いて、企業の理念をトップに、しっかりした状況把握のもと、関連情報を集め、そこから有効な戦略を立案し、計画を立て実行することの重要さを説いています。

20181129115632  そのステップとしては、市場やライバルの情報を収集、分析し、課題を抽出し、優先順位を付けた上で、課題解決と資源配分を戦略的にかつ論理的に、策定していきます。

 つまり、情報収集能力論理的ステップ展開力がキーとなり、論理的ステップの中では、状況把握、課題設定、問題解決の三大能力とそれを可能にする客観的分析能力、因果関係解析力、効果と実現性の把握能力などの論理思考能力が問われます。

 政治の世界の必要能力は、企業と同様、国の理念とも言うべき国家体制のもと、経済運営や安全保障、福祉政策や教育政策など、すべてこう言った情報収集と論理的ステップによる政策決定過程が重要になると思います。

 もちろんこれらの能力は閣僚にも必要だと思いますが、昨今の閣僚にどれだけこなす能力があるか、よく分りません。もっとも閣僚は官僚のトップですから、彼らに政策提言や補佐する各官庁の職員、少なくともキャリア官僚やその上層部には、最低限筋道の通った政策立案能力があって然るべきです。

 そして閣僚には、官僚から提出された政策の取捨選択や評価のために、論理的思考力の中の優先順位付け能力と、政策効果の客観的把握能力は最低限必要でしょう。もっともこの二つの能力はその他の能力の複合したものですから、人間関係保持能力しか持たない議員は閣僚にしてはいけません。桜田義孝前五輪担当相はその典型例です。

Plt17050111200006p3  ところで野党議員、例えば立憲民主党の代表、枝野幸男氏は昨年「憲法は『国のかたちを表わすもの』と主張する安倍首相に対して、憲法は『国家権力をしばるものだ』と批判し、このような憲法観を持った安倍首相の下では憲法改正などできない」と述べています。

 憲法に対する基本的考え方が違うのは当然だと思いますし、その点での枝野氏の発言は問題ではありません。しかし「このような憲法観を持った安倍首相の下では憲法改正などできない」と言うのは、全く筋が通りません。なぜなら憲法を改正するのは国民ですし、枝野氏ではありません。もちろん国会議員でもありません。国会で発議できるだけです。

 論理的に考えるならば、国民の選んだ国会議員が衆参とも議員全体の3分の2を占めているのですから、発議すべきでしょう。公明党のもたもたした態度はありますが、少なくとも枝野代表が「憲法改正できない」というのは筋が通っていないどころか、憲法違反とも取られかねない暴言です。彼の言う「まっとうな政治」とはかけ離れています。

D5c3wmuuyaeb1ij  元自由党党首で国民民主党に移った小沢一郎氏は、昨日自身のツイッターで「米国で大統領のご機嫌とりに必死な安倍総理。ゴルフで蜜月ぶりをアピール。もちろん沖縄の苦悩や県民投票の結果など話題にされていない。異常な爆音に文句もいえず、兵器は品質に関係なく言い値で爆買い。貿易交渉合意は参院選後に、と懇願。地球儀俯瞰外交。誇大妄想。明らかに国民をバカにしている。」と述べています。

 かなり主観的な物言いで筋が通っているとは言いがたいのですが、百歩譲って「地球儀俯瞰外交」までは、何とか許容の範囲としましょう。しかし最後の「誇大妄想。明らかに国民をバカにしている。」は全く根拠が分りません。つまり客観性のかけらもなく筋が通らないのです。ただの罵詈雑言です。

 また立憲民主党の辻元清美国対委員長は24日の記者会見で、自民党の萩生田幹事長代行の「消費税引き上げ延期、国民に信を問う必要」の発言を受けて「5月の連休が終わったあと、一挙に反転攻勢にいく。萩生田氏の発言で、流動化していた豆乳に『にがり』が入り、野党が結束し、固まったような状況だ。『野党結束、豆腐作戦』として、健康で栄養のある豆腐のような国会議論を行い、議員立法などを提出していく」と述べています。

 豆腐やにがりの比喩発言はいいのですが、単なる政局対応のみで、何を国民に政策として訴えていくか、さっぱり見えません。このときに限らずいつもそうです。国民への政策提言という最大の課題を放っておいて、政府批判と政局対応のみ、つまり国会議員としての筋道を全く無視し続けているのです。

 こうした野党議員、それも党首クラスの人たちの、非論理、他責の文化は一朝一夕には治りません。旧社会党以来一貫して続いてきた、日本の伝統的野党文化です。したがって与党にも様々な失策はあっても、とても野党に政権は任せられないのです。

 野党も日本の将来を見据えて、きちんと状況把握をし、国と国民の為の本当の良き政策を立案し、実行する体制を敷けば、自ずと議席は増え、政権も近くなるでしょう。だが今のような政権批判だけを繰り返し、一部現行の国家体制を否定する、イデオロギー満載の野党議員が存在する中では、まだまだ遠い先だと思われます。

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2019年4月27日 (土)

日本の良さを失わないための教育を

Hqdefault-1  私が中東のある国に滞在中、日本の良さを紹介する映像が人気を呼びました。10年ほど前のことです。

 その映像に映し出された日本は、「財布をなくしても拾った人が交番に届けてくれて、持ち主に返る」「街にゴミは殆どなく、道路も汚れていない」「電車やバスに乗るときも、買い物でレジに並ぶときも、順番はきちんと守る」等々、その国では正反対の事実に対し、啓発するための教材のような位置づけで、取り上げられていました。

 また日本に好意を持つ外国人から、「日本は犯罪が少なく、安全だ」「交通マナーが良く、信号や停止線を良く守る」「店舗やレストラン、ホテルなどの接客対応が凄くいい」「交通機関の発着時間がきちんと守られている」など、日本のいいところの褒め言葉が続きます。

 しかし昨今増加傾向にある様々な出来事が、このような伝統的な日本の良さを、潰して言っている感じがしてなりません。

 その一つが、多発する「相手は誰でも良かった」という、殺傷事件。加えて親子殺人のような親族殺人事件。子供や女性を狙った、通り魔的暴行事件。また実の子や義理の子に対する幼児虐待事件。これら、日々の生活の安全、安心を揺るがす事件です。

 またモンスターペアレント、モンスターカスタマー、モンスターペイシャントと言われる、いわゆる顧客等の立場を利用した唯我独尊の言い掛かりや暴言、これも良く聞くようになりました。

 それに最近報道を賑わしている、あおり運転、また高齢者の暴走事件。交通マナーの崩壊が部分々々で起きつつあります。

10516675_544811868963789_317087367106801  観光地でのゴミの持ち帰りについても、それを無視する人が増え、富士山などあちらこちらでゴミの問題が発生しています。

 更にSNSを利用した、マナー違反行為のアップロード。コンビニやレストランの従業員が、その店の信用を傷つけています。

 日本全体としては、まだまだその良さは辛うじて維持されていますが、そこここにほころびが出始めていると言っていいでしょう。原因は様々でしょうが、戦後教育の欠陥部分、情報過多の影響、生活の豊かさの悪影響、核家族化、政治や行政の怠慢、それらが長い間積み重なって、日本の美点の毀損に繋がっているのでしょう。

 私も外国に滞在したり、旅行したりして、日本の良さを体感してきました。そう言う意味では、日本人が海外に足を向けるのは、いいことだと感じています。願わくば、その際ただ観光だけでなく、その国の生活慣習に触れて、日本の良さを実感できればいいと思います。もちろん同時に、その国に日本にはない良いところも発見し、日本に持ち帰っていただければもっといいでしょう。

 私も、薬を必ず医師の処方箋がないと買えないと言うように、医療制度面で日本は患者には不自由な制度となっているとか、身の回りの土地や建物に対し、国民が皆無防備になりすぎていて、外国人の居留地化しているとか、幾つかの日本の改善すべきところがあることも、体感しています。

Cxgetjguqaax25k  いずれにしろ、その国の慣習は、長い間に積み重ねられた国民の生活習慣や、ものの考え方の発現したものでしょう。そしてその元の多くは教育環境にあると思います。もちろん学校教育のみならず、家庭や社会での教育も重要です。海外を見るのも、本を読むのも自己啓発という教育でしょう。

 韓国の反日は教育の結果です。中国もそれに近い。日本は戦後自虐を教え込み、反日人をかなり生みました。このように教育は思想信条の形成や生活習慣にも影響を及ぼします。

 日本の良さを失わず持続していくためには、日本の伝統とも言うべきその要素を取り出し、その要素を意識して次の世代に残せるよう、教育環境を整えていくことも肝要だと思いますね。

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2019年4月25日 (木)

スリランカの爆発テロに思う

Img_eb4a95780f3dc65c60de4c4667c6c9889195  スリランカの連続爆発テロで犠牲者は23日現在321人を数えました。日本人の犠牲者も1人出てしまいました。ISが犯行声明を出し、国際的なテロ組織が関与した疑いが強いと言うことです。23日付産経新聞の記事から引用します。

 スリランカ政府の防衛担当幹部は、3月にニュージーランドのモスク(イスラム教礼拝所)で起きた銃乱射事件に対する「報復」として今回のテロが起きたことが、初期捜査で判明したと議会に報告した。また、今回のテロに関与したとみられるイスラム過激派「ナショナル・タウヒード・ジャマア(NTJ)」に他の国内過激派組織も協力していた、との見方を示した。

 一方、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)は23日、系列のニュースサイトを通じ「スリランカでの攻撃を実行したのはISの戦闘員だ」とする犯行声明を発表した。ただ、詳細には触れておらず、信頼性は不明だ。

Img_6bd846c9fb5642efbd29ad55be157e0b9647  その後事件の解明が進み、スリランカが狙われた理由などを紹介しています。以下に24日付け同産経新聞の記事を引用します。

 印オンライン誌、ディプロマットは、「スリランカが狙われた理由(1)相当数のキリスト教徒がいる(2)脅威への認識の程度が低い(3)観光産業が栄えている-の3点だ」とするスリランカの研究者チャルダッタ・エカナエケ氏の分析を掲載した。

 ISは声明で、「(米主導の)有志連合諸国の市民とキリスト教徒を狙った」と主張しており、同氏は「観光産業の拡大が、高級ホテルに泊まる外国人、特に欧米人の存在を当然のものにしていた」と指摘。同様の国はISの標的になりかねないといえそうだ。

 この犯行犯たちは、もう宗教と言うより殺人カルト集団といった方がいいと思います。即ち自分たちの行いは絶対に正しい、敵対する者たちはすべて戦いの対象であり、どんな手段であっても殲滅する、と固く信じて疑わない。そこには妥協も何もないようです。

Cya3_vruqae9lyp  話は変わりますが、日本では極左の暴力も厭わない反日活動家や、9条を固く信じて妥協しない「9条信者」たちがいて、このテロリストほどではありませんが、自分は正しい、異なる思想信条を持った人間は間違っている、と言う善悪二元論に陥って日本を貶めています。テロリストほどではありませんが、似通ったものがあるようです。

 また朝日新聞や毎日、東京新聞、北海道新聞や沖縄2紙等の新聞のオピニオン、テレビ朝日、TBS等の報道番組も、頑なな姿勢を保持しているという意味では、近いものと言えるかも知れません。韓国の反日姿勢も同様でしょう。

 こうした硬直したものの考え方が、ファシズムコミュニズム独裁を生み究極には無差別テロへと繋がります。戦前の軍の批判を続けて止まない朝日などのメディアは、戦前は軍の広報機関のような存在だったのに、手のひらを返して時代に迎合している、と言う実態を見ると何とも恥知らずで矛盾したものだと思います。

 しかし今の自由主義陣営に属する日本の為政者は、民主主義というポピュリズムに冒され、少数意見を聞き入れなければならない、という野党、マスコミ、左翼知識人の凝り固まった意見に忖度する余り、日本を普通の国にするための様々な取り組みを、邪魔され続けているように感じます。

 その最大の取り組みが憲法改正です。どう見ても独立国家としては全くおかしな憲法を、一度も改正できていない、そんな国はどこにもありません。所謂世界の常識が通じない国、残念ながらそれが日本の現状かも知れません。余りにも忖度や気遣いをする風土が、思い切った改善を阻害している。その気がかりをいつ払拭できるか、そう思って止みません。

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2019年4月23日 (火)

高齢者の暴走事故、更新時の適性検査は十分か?

211300x167  87歳高齢者による池袋の暴走事故。続けて神戸市三ノ宮駅前の市営バスの暴走事故、熊本でのトラックによる幼稚園の送迎バス等に次々と衝突する事故と、この数日間に立て続けに多くの死傷者を出す事故が発生しました。

 特に87歳男性の起こした事故は、知人の次のような証言の通り、車の運転はやめるべきであったことが窺えます。NHKのニュースから引用します。

 車を運転していた87歳の男性の知人は「男性は奥さんと2人暮らしで、足を悪くしていて杖をついて歩いているのをよく見かけました。ふだんから車に乗っているのを見かけましたが、車を駐車させる時、何度も車体を切り返すなどおぼつかない運転で、いつか事故を起こすのではないかと心配していました。一時は“運転をやめる”と言っていたように思いますが、身近な人が事故を起こしてびっくりしています」と話しています。

Photo_2  こうした高齢ドライバーの事故は全国で相次いでいて、同NHKのニュースは次のように述べています。

 ことし1月には、東京のJR新宿駅近くの歩道に79歳の男性が運転する乗用車が突っ込んで歩行者などを次々にはね、男女7人がけがをしました。

 また、去年2月には、東京 港区で男性がはねられて死亡し、79歳の弁護士が過失運転致死などの罪で在宅起訴されました。

 さらに去年5月には、神奈川県茅ヶ崎市の国道で90歳の女性が運転する乗用車が歩行者などを次々にはね、1人が死亡し3人がけがをする事故が起きています。

 いずれにしても、高齢化による認知機能や動体視力、反射神経それに身体能力が減少していくことが大きな原因でしょうが、それとは逆に「運転に自信がある」とするドライバーが極めて多いようです。「カーナリズム」が示す調査データを以下に引用します。

運転に対して「自信がある」

20~29歳:49.3%

30~59歳:40.0%

60~64歳:38.0%

65~69歳:51.3%

70~74歳:60.7%

75~79歳:67.3%

80歳以上:72.0%

調査結果を見ると、20代から60代前半にかけては徐々に減少しています。

その一方で、65歳から運転に自信を持つドライバーの割合は急カーブを描いて上昇。

80歳以上では72.0%「運転に自信あり」という結果になっています。

 このように、身体能力の衰えに対しては自信過剰とも言える意識が強く、家族等の制止を聞かず運転を続けたり、免許の返上を拒む理由になっているようです。

Koreisyakosyu  更には免許更新の際の70歳以上の高齢者講習に於いて、モニターでのバーチャルドライブテスト(今は止めたようです)で、操作ミスをして警告音を頻繁に鳴らしている人や、実車講習でかなりもたついている人も、ここでは口頭での説明や注意のみで、落ちると言うことはありません。

 75歳以上は認知機能検査も加わって、「記憶力判断力が低くなっている」という判定結果が出れば、専門医の診断が義務づけられます。実車テストもあるようですが、この事故の加害者は合格とされ、更新できているようです。しかし現実には上に述べた知人の話のように、かなり危うい状態だったことから、更新時の適性検査は今のままでいいとは思えません。

 ペーパードライバーで、もはや路上での運転には殆ど適正のない人や、高齢で判断や動作が遅くなっていて運転に疑問を感じる人でも、ここでの免許取り消しにはならないわけです。つまりせっかく高齢者講習を受けさせても、現実的な適正の判定場所ではないようです。

 このように、かなり甘い形で更新をしてしまうので、もう路上で運転をやめた方がいい人も、そのまま免許を持ち続けることになります。私も毎日のように運転をしていますが、そのようなドライバーには良く遭遇します。

 免許の更新時の適性検査(視力等だけではなく実車テストを含め)は、もっと路上での現実の状況に、合わせていく必要があると思います。もちろんこのことは高齢者だけではなく、すべての年齢に於いて言えることだと思います。

 いずれにしろ今回のケースに見られるように死傷者を出し、傷を負った本人および死者の家族に地獄の苦しみを与えるようなことは、決して起こしてはなりません。走る凶器と言われないためにも、一定の資格能力のある運転者に限り、運転許可を与えるべきだと思います。

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2019年4月22日 (月)

「敵基地攻撃能力保持」について考える

Thumb00005833_main_image  昨日朝のテレビ番組で、北朝鮮問題が話題になっていましたが、北朝鮮の日本へのミサイル攻撃に対処するためには、「敵基地攻撃」用の巡航ミサイルなどの保持は必要だという議論がなされていました。岡本行夫氏、武貞 秀士氏の両氏とも同意見でした。

もちろん「敵基地攻撃能力」を持ったにしても、敵の攻撃の初動を把握できれば効果は確実ですが、把握に失敗し敵から先制攻撃を受ければ、BMDですべて抑止できるわけではなく、かなりの被害は免れませんが、いずれにしろ「敵基地に対し徹底的に破壊する攻撃能力を持っているぞ」と思わせるのが、抑止力に繋がると言う考えです。

96958a9e93819481e2e69ae4958de2e6e2eae0e2  そもそも日本は、戦後GHQの日本弱体化政策により、戦前からの陸海軍を解体され、戦力非保持となりましたが、その後朝鮮戦争の勃発に際し、警察予備隊の設置を指示され、その後保安隊への改組を経て、1954年現在の自衛隊が設立されたのは周知の通りです。

 自衛隊はGHQ起草の憲法9条の制約下、国際法上認められている自衛権に基づいた組織と位置づけられ、現在に至っていますが、他国から見れば立派な軍隊であることは間違いありません。しかし現実は、「専守防衛」「最小の戦力保持」「ポジティブリストによる行動制限」等、憲法の手枷足枷で、十分な抑止力になっていません。ですから日米安全保障条約による米軍の援助が必須となっているのです。

 この憲法は世界の国々が「平和を愛する」という前提に立っていますが、現実の世界は建前とは異なり、あちらこちらで国益を求めての戦いが繰り広げられています。「平和を愛する」という前提が成り立っていないのです。当たり前と言えば当たり前でしょう。

 そして、「戦後一度も戦争に巻き込まれないのは憲法9条のおかげ」と言ってはばからない、思考停止の左巻の人たちが、「憲法を守れ、戦争する国にするな」と国民を扇動している現状があります。現実は「日米同盟」が抑止力として働いているのが明らかなのに、気がつかないのか、いや気がついていて特亜の国に寄り添っているのでしょう。

 これら左巻の人たちの声を信じ、「集団的自衛権は戦争に繋がる、戦争できる国になりたくない」、などと、念仏のように唱えていて、守ることに関してはからきし蚊帳の外、まだまだ「平和を愛する諸国民」に囲まれていると、洗脳されている人たちがいます。

 戦後70年以上も経って、未だ日本の戦争をネタに声高にユスリ・タカリを続ける特亜の国々に寄り添い、かつての軍と戦争を批判し続ける人々や、彼らに洗脳された人たちは、「戦争反対」を叫びながら、「戦争を仕掛けられる」ことは頭からすっぽり抜け落ちているのです。

 戦闘のみが戦争ではありません。経済戦争や情報戦争と共に、土地、建物の買収による侵略や人の移住による植民政策も、一種の侵略です。これらソフトな攻撃に対しても全く無防備なのが日本。長年培われた戦争への反省が、逆に防衛への恐ろしいまでの無関心に繋がっています。

 「憲法9条の改正」を唱えるのは、決して戦争をする国になるのではなく、戦争に巻き込まれない国になるためです。核まで持てば完璧ですが、そうでなくてもしっかりした戦力を保持している、と他国が認識すれば、戦争を仕掛けられる抑止力は一気に高まり、更にはユスリ・タカリをされなくなると共に、植民侵略政策も採りにくくなるでしょう。

 なぜか歴代政権は国民世論と特亜の国を気にしすぎてきたように思います。何も高飛車に出ることはありません。粛々淡々としかし確固たる信念を持って正論を国民に説き続ければ、納得を得られるのではないか、昨日のテレビ番組での「敵基地攻撃能力保持」の議論を聞いていて、そう思いました。

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2019年4月20日 (土)

異常!娘を性暴行の父に無罪判決

Download_2  「娘を性暴行の父に無罪判決」、この異常な犯罪に対する無罪判決に疑問の声が上がっています。今月15日の朝日新聞デジタルの記事には次のように記されています。

 この判決は3月26日に名古屋地裁岡崎支部で言い渡された。19歳だった実の娘への2件の準強制性交罪に問われた男に対し、「娘の同意は存在せず、極めて受けいれがたい性的虐待に当たる」としつつも、「抗拒不能だったとはいえない」として、無罪とした。

 「抗拒不能」「意思決定の自由を奪われ、抵抗することが困難な状態」といった意味。耳慣れない言葉だが、準強制性交罪の要件だ。日本の刑法は「同意のない性交」だけでは罰せず、「暴行または脅迫」を加えて性交した場合は強制性交罪(旧・強姦(ごうかん)罪)に、「心神喪失または抗拒不能」に乗じた場合は、準強制性交罪が適用され、刑の重さは変わらない。

 さらに、罪が成立するためには、被害者の抵抗が「著しく困難」になるほどの「暴行・脅迫」や「抗拒不能」が必要だと解釈されてきた。

Images-1_1  今回の判決は、被害を受けた女性が中学時代から性的虐待を受け、抵抗し難い状態にあったことと、事件の少し前にも父親が暴力をふるったことは認めたが、女性が父親に「服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとは認められない」などとして、抵抗が「著しく困難」とまでは言えないとした。

 この「抗拒不能」が証明されないと、有罪と判定されないわけですが、裁判所は次のように判断し、無罪判決を言い渡しています。18日付のデイリー新潮の記事から引用します。

 裁判では、あくまで当時19歳だった被害者のとった行動が争点となり、父の前で自分から服を脱いだこと。また周囲の人に父親の送迎を断るよう助言されたのに、車に乗ってホテルに連れて行かれたこと。これらの点から“抵抗しようと思えばできたのではないか”として、最終的に準強制性交等罪は成立しないという無罪判決になったのです。

 そして評論家の呉智英氏の言葉を次のように伝えています。

 法律を杓子定規に解釈すると、おかしなことが起きるという典型です。性犯罪のみならず、人が犯罪者に直面し要求されれば、怖くて抵抗できないということは多々あります。例えば金を出せ、と脅されて被害者が応じたからといって、それを自主的に渡したというのは無理があるでしょう。それと同じで被害者の女の子も、普段からずっと家庭という逃げ出すことのできない場での暴力下に置かれていたわけで、目の前で起こる出来事に対して、拒む、拒まないという選択ができる状況にはなかった、と考えるのが普通でしょう。

 この判決結果について一部テレビでも放映されました。その中でこの父親の様々な常軌を逸した行為が明らかにされ、また同様に父親からの性的暴行を受けた被害者が、その過酷な体験からこの被害者に寄り添った見解と判決への疑問を述べていましたが、私もこの判決への疑問は強く感じます。

 日本の刑事裁判に於いて、一度立件されれば、99.9%が有罪判決となります。ただし無罪には出来なくても、加害者の弁護人は当然のことながら検察側の求刑より、罪を軽くしようと奮闘します。それが法の範囲での正常な弁護活動であれば、何も問題がないのですが、一部所謂日弁連の政治的意図を持った弁護人たちは、検察を国家権力とみて、通常の国民世論を逸脱し、法に拘泥し悪用してまで減刑や無罪を勝ち取ろうとします。そして今回は裁判官にも世論逸脱者がいるという好例です。

 以前のブログでも述べましたが、被害者の人権等は二の次になりがちです。憲法にも加害者の人権についてはかなりの条項で規定されていますが、被害者の人権に直接触れた条項はありません。

 もちろん「疑わしきは被告人の利益とする」すなわち「疑わしきは罰せず」が大原則です。所謂冤罪を徹底的に排除するための原則としては必要でしょう。しかしこの事件では冤罪の恐れなどあるでしょうか。ましてやこの裁判では、裁判長がこうした法の解釈に拘泥した判断をした判決です。性的虐待を実父から受け続けてきた被害者である娘の心境は、いかばかりかと思いますね。

Images-2_1  この鵜飼祐充裁判長は、過去に何度も無罪判決を出すことで、界隈では知られた存在だったといいます。それが本当に法と一般常識に則った無罪であればいいのですが、今回のように余りにも常識的な感覚を欠く判決を見ても、過去からそう言う法に拘泥しすぎる傾向は、あったのではないでしょうか。常磐大学元学長の諸澤英道氏は次のように指摘しています。

 海外ではだいたい5年、10年と任期が区切られ再任用の際にはどういった考え方を持っているか、過去の判決を含めて厳しくチェックされます。けれど、日本は『裁判官の独立』という名の下に、上の者が下を指導することはほとんどない。それをいいことに一部の裁判官は野放しにされ、やりたい放題で、最近だとSNS上にブリーフ姿を投稿した方もいましたが、戒告処分に止まっている。ネット社会になり、様々な情報が広く公開された今こそ、一般の人々がおかしいと思ったらどんどん声を上げ、裁判官の見識を問う必要があるのではないでしょうか。

 この意見に賛同すると共に、再度声を挙げて言いたいと思います。「加害者の人権擁護はいいが、被害者の人権やその心理的、肉体的被害を加害者以上に気にかけて判決を下して欲しい」、と。少なくとも被害者やその関係者の直接の報復が、法的に禁止されている現状では。そしてこの裁判、検察側は控訴しましたが、控訴審では是非「抗拒不能」を認め、相応の判断をして欲しいと思います。

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2019年4月18日 (木)

五輪選手、楽しんでプレーを

Th_mv_0907_ol1280x720  一昨日東京オリンピックの競技日程が発表されました。来年の7月24日の開会式から8月9日の閉会式まで、17日間の熱戦が繰り広げられます。早速テレビで競技種目や活躍しそうな選手、またメダルの予想など賑やかになってきました。

 もともと「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」、と近代オリンピックの父と言われるクーベルタンが語ったように(ただ実際には彼が最初に語ったのではなく、ペンシルベニア大主教であるエセルバート・タルボットが米国の選手達に語った言葉を引用した)、最初は参加することが目的でしたが、今や勝つことが目的となっています。

 そして政治をこのスポーツの祭典に持ち込まないことが、オリンピック憲章に謳われていますが、どの競技も選手同士の戦いではあっても、やはりメダルの取得など国別の競争であることから、どうしてもナショナリズムがかき立てられます。私も日の丸が揚がるのを見て、感動が沸き立ちますね。

 ところでオリンピックのようなビッグなスポーツイベントでは、国を代表して戦うという誇りから、予想通りの成績を上げて、メダルを取る選手もいれば、優勝がかなり有望視されたのに、プレッシャーに襲われて、残念ながらそれ以下の成績でとどまる選手もいます。

 リオオリンピックの吉田沙保里選手は、それ以前の圧倒的な期待に反して、銀メダルに終わり、悔しくて泣き崩れる姿が大きな話題になりました。その時彼女は「ごめんなさい」を連発していました。冬のソチオリンピックの高梨沙羅選手も4位に甘んじました。彼女も試合後涙を流しながら「今まで支えてくださった皆さんに感謝を伝えるためにこの舞台に来たので、いい結果を出せなかったのが残念です」と話しています。

 実力以上の力を発揮し下馬評を覆す選手もいますが、一般的に日本選手は大舞台に弱い、そう言う傾向があるように思います。これまでそれはマスコミ等の派手な報道により、あるいは周囲の人々の大きな期待を持った激励などにより、選手に過度のプレッシャーを与えて、本来の力を発揮できずに終わってしまう。それが大きな理由だと思っていました。

 太田肇氏の著書「承認欲求の呪縛」によると、人が他人に認められたいという「承認欲求」は、マズローの欲求五段階説で最高位にある「自己実現の欲求」より、人の行動を動機づける度合いが高いと言います。ですから期待そのものが高ければ、認められたという実感も強くわき、頑張ろうという意欲に繋がります。

しかし「人は認められれば認められるほど、それにとらわれるようになります」。つまり「期待値が上がれば、それに対し期待に応えなければ、と強く思う」ようになるのです。

 そしてここからが大事だと思うのですが、その期待に応えようと思う過程で、それを義務のように感じてプレッシャーとなり、考えすぎたり堅くなったりするか、単にエールだと感じポジティブにのびのびとプレーできるかの差が、結果に大きく作用して行くと想像されます。

 日本人は島国で殆ど同一民族で有り、和を以て尊となす風土、文化が底流にあるため、ひときわ周りの目を気にする民族なので、期待に応えなければと、それを義務のように感じる人が多いのだと思います。そして期待をプレッシャーに感じ、堅くなって本来の力を発揮できずに、残念な結果になる。そう言う傾向が強いのではないでしょうか。

C0244aa25db126e1594fc3ba678e73ea  あるアスリートが試合前に、「結果はどうであれ、ゲームとして楽しみたいと思います」と話をしているのを聞いたことがあります。これこそ、期待をエールとしてのみ捉えて楽しむ。そう言うポジティブな態度だと思います。

 日本選手も皆そうなれば、結果としていい成績を残せるのではないでしょうか。日本人の、周囲を慮り、謙虚になるのは非常にいい文化だと思いますが、こと戦いの場では寧ろ弱点になります。国際社会の中の国同士の関係でも同様ですね。

 戦う選手達は周りの目を気にして自分を追い込む感覚を脱ぎ去り、真にゲームを楽しむ感覚でオリンピックに臨んでいただければ、と思います。応援する側も実力通り選手がのびのびとプレーするのを見れば、非常に楽しい観戦となるでしょう。

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2019年4月16日 (火)

東大入学式、「祝辞」を利用した「持論」のスピーチか

Photo_1  今月12日、平成31年度東京大学入学式に於いて、名誉教授の上野千鶴子氏の祝辞がありました。氏はまず東京医科大不正入試問題を取り上げ、選抜試験に不公正な男女の差別があったことから話をスタートしています。しかしこの差別は医学部特有で、他の学部には見られないとも述べています。

 続けて東大の入学者の女性比率は2割以下であって、それは女性の方が浪人を避け余裕を持って受験先を決める傾向があり、東大には女性の方が優秀な人が受験していることになる、と男子への逆差別発言が垣間見られます。

 ところが4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%で7ポイントも差がある。つまり「息子は大学まで、娘は短大まで」で良いと考える、親の性差別の結果と断じています。本当に親がそう決めているのでしょうか。

 パキスタンのノーベル平和賞受賞者マララさんの話を引用し、彼女が「女子教育」の必要性を訴えたと言う話から、「それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。」と述べていますが、女性差別が宗教的に極めて激しいイスラム国家と、日本を同じ土俵で比較するのには、非常に違和感を覚えます。

 マララさんのお父さんが「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えたと言います。それに続けて上野氏は「そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです」。これはパキスタンの現状を述べているのでしょうか、それとも日本の現状としてそれを当てつけているのでしょうか。

 その後も「合コン」で東大男子学生はもてるのに、女子学生の場合、退かれるからと言う理由で「東大生」と素直に答えられない、と言った事例を出して、女性の場合は成績の良さと価値が一致しないと述べていますが、とても全員がそのような行動を取るとは思えません。

 東大で女子が入れないサークルがある、この一例から東大にも性差別があると述べています。そして社会に出ればもっとあからさまな性差別横行しているとも述べています。私も確かに性差別はあると認めますが、横行しているとまでは思えませんし、多くは男女がもっている身体的能力の違いによる区別でしょう。スポーツの世界など男女は区別されています。

Hqdefault  更には「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」

 続けて「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。がんばる前から、『しょせんおまえなんか』『どうせわたしなんて』とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。」

 男女差別論から社会の不公正に論を転じ、なぜか努力を社会が潰してしまうような印象操作をしているようにも思います。最後に「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。」と述べて、軌道修正していますが、人によっては上から目線の役人根性的発言という意見もあります。

 いずれにしても賛否両論有り、賛同意見もネットでは多く見られます。一方入学の祝辞には相応しくないという意見も多くありました。

 私は率直に言って、この機会に男女差別を取り上げ、社会の不公正さを訴えたい、スピーカーの意図を強く感じました。上野千鶴子氏は京都大学在学時代、全共闘の活動家でマルクスに強く 影響を受け、またその活動の中で男女差別を経験した結果、マルクス主義フェミニストとなった経緯があります。したがって、祝辞よりむしろ持論の展開が目的でこの機会を利用したように思います。私の立場からは東大の新入生、特に人生経験もあまりなく女性差別を意識も経験もしていない男子学生には、意味不明なスピーチだったように思えます。

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2019年4月14日 (日)

「リベラル」知識人への疑問と提言

O0500032112371658091  所謂知識人と言われる、作家、ジャーナリスト、弁護士、大学教授、映画監督、テレビ・新聞等のマスコミ関係者。そして芸能人である、俳優、ミュージシャン、タレント、芸人、それに加えて政治家達。何と日本にはリベラル」と称する人たちが多いのでしょうか。いや「リベラル」の語源は「自由なこと」「自由主義」ですから、用語が間違っています。「サヨク」「反日日本人」もっと言えば「売国奴」です。

 彼ら、彼女らのほぼ共通した主張は「反国家権力」「反戦、反戦力保持-9条を守れ」「反原発」「反グローバリズム」「反財閥-大企業」「反消費税」。そして一方ではバラマキを要求し「弱者救済-マイノリティ保護」「最低賃金をあげろ」「福祉政策をもっと充実しろ」と騒ぎます。対外的には近隣諸国への異常な親近感と、米国へのやや冷ややかな態度が見えてきます。

 前者に掲げた要求は、すべて「反」がつく、すなわちそれらの存在を否定し、なくせと言っているのですが、ではその対応のためにどうするかは見えて来ません。

20110213_2075895  「国家権力」は国と国民の為の独立と安全を担保するためにあるのですが、それに反対すると言うことは、その人達が仮に暴漢に襲われても、警察という国家権力に守って貰わなくてもいい、何か詐偽のような事件に巻き込まれても、検察や裁判所にその事件の解決を求めなくてもいい、災害に遭って生死をさまよっていても自衛隊や消防に助けられなくてもいいのでしょう。国家権力の否定はその人が完全自立で生活すると言うことです。

 ただこの人達の念頭にある「国家権力」とは、恐らくそうした組織ではなく、政権にあるのでしょう。特に現在の保守政権が攻撃の対象になっていると思います。ただ近隣諸国「国家権力」は日本より遥かに強大です。まさに独裁権力です。しかしそれへの批判は殆ど聞いたことがありません。なぜでしょうか。

 「9条を守り戦力を放棄」すれば、近隣の覇権国家にすぐ侵攻されるのは火を見るよりも明らかです。殺されてもいいという人がいましたが、圧倒的に多い殺されたくない人を巻き込まないでください。近隣諸国が好きな人が多いことから、属国化を望んでいるのかも知れませんが、それらの国は今や軍国主義とも言えるほど、戦力拡大に躍起となっているのを知らないのでしょうか。ましてや「9条」など絶対に持ち込めません。そんなことをしたら拘束されます。

 「反原発」。原爆を投下された国、原発の災害を起こした国、その思いから出て来た概念でしょうが、原発を停止してからというもの、今や日本の電力エネルギーの90%は火力です。原発を止めて15%以上が火力に移行しました。その分当然二酸化炭素の排出量は増加し、京都議定書パリ協定に完全に違反し、また年間4兆円もの石油・ガスの追加購入代金が消えています。このコスト増をどうかバーするのでしょうか。この間自然エネルギーは殆ど増えていません。鳴り物入りの太陽光発電も、高コストと自然災害による破損事故が多発して問題化しています。それに原発を多数保有し、かつ新たな原発を作ろうとしている中国、韓国には無言なのはどうしてでしょうか。

 「反グローバリズム」、これは日本だけでは無理でしょう。今や完全に世界経済の中に取り込まれています。社会主義化を目指し貿易の管理や企業の国営化など、今までの自由化に逆行しようという考えもあるでしょうが、まず実現性があり得ません。もし強行しようとすれば、江戸時代のように鎖国しかありません。そうした場合、食料やエネルギーはどうするのでしょう。確実に生活が困窮化していくでしょう。北朝鮮のような社会を望むのでしょうか。

 「反大企業」。トヨタなどの大企業に海外逃避されたら、当然法人税が減少します。その上「反消費税」でますます歳入は減ります。保守層にも消費税反対論者はいますが、目的が違います。彼らは景気を重視し、好景気により税収を増やそうという論点ですが、左翼層はあくまで代替として富裕層の所得税大企業の法人税を増やす、低所得者保護の視点です。これでは景気が確実に後退し、税収は激減します。その上で、賃金を補填し福祉を充実させろとは絶対に無理でしょう。

Sinjirou4  もう一度「リベラル」(本当は反日サヨク)知識人に視点を戻しますと、彼らの多くは富裕層です。彼らが弱者に寄り添うという姿勢は、何かうさんくさい物を感じます。そして彼らが今自由に活動できているのは、彼らが批判し続ける保守陣営が長年政権を担ってきた、そして日米同盟が国の安全を担ってきた上での、安定した自由主義の元での生活基盤があるからです。その上にあぐらをかいて、やれ「反国家権力」だの「反戦力保持」だの、言いたいことを、強大なメディアの権力の上に乗って、言論の自由と言う名の権力の下に行使しているのです。

 加えて「反・・・」と言うなら、どうするのか、その具体策がありません。反対するのならその具体的な代替策を掲げて貰わねば、納得できません。本当に国民の為に日本を良くしたいのか、それが全く伝わってきません。それがないから野党が万年野党なのでしょう。いくらメディアの権力を利用しても、国民の多くは支持できないのです。反対だけなら小学生でも出来るでしょう。

 反日知識人の皆さん、それほど日本が嫌で、近隣諸国に寄り添いたいなら、どうぞそれらの国に帰化して戴きたいものだと思います。ただ申し上げておきたいのは、それらの国では「9条」は全く歯牙にもかけられませんし、「反国家権力」などと言おうものならそれこそ命がけの行為となるでしょう。そして日本の良さを身にしみて感じることでしょう。

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2019年4月12日 (金)

「れいわ新撰組」冷ややかな反応で即解散か

Download-7  自由党の山本太郎共同代表は今月10日、政治団体「れいわ新撰組」を設立すると表明しました。以下産経新聞の記事を引用します。

 自由党の山本太郎共同代表は10日、国会内で記者会見し、4月下旬に同党を離党する意向を表明した。同党と国民民主党の合併交渉の結論を待ち、合併の可否にかかわらず離党する。消費税廃止などを掲げる政治団体「れいわ新選組」を設立し、政党への移行を目指す方針も明らかにし「この国に生きる人々にお仕えし、お守りいたすという考えだ」と決意を語った。

 山本氏は政治団体立ち上げの理由について「浮動票を取り込める野党はそんなにない。違う角度から野党結集を目指す」と強調した。支持者から募った寄付額に応じ、参院選の候補者の擁立人数を決めるとし、5月末までに1億円を集めたい考えを示した。

 改選を迎える夏の参院選については、選挙区か比例代表のどちらから出馬するかは明言を避けたが、5月末までに1億円が集まらなければ、東京選挙区(改選数6)に無所属で出馬する意向を示した。

 「れいわ新選組」という団体名に関しては「平成は経済停滞と格差が拡大した時代だった。大手企業にコントロールされた政治家たちが人々を搾取し続けた」と振り返った上で、「新時代を変えていくんだという思いで元号を使わせていただいた。『新選組』は、新しい時代に新しく選ばれる者たちという意味だ」と説明した。

 「名無しさん@涙目です」さんのとりまとめた、この政治団体の目指す政策は以下の通りです。

経済

反TPP反EPA

反カジノ

反多国籍企業

消費税廃止

最低賃金時給1500円に(政府が出す)

全国一律最低賃金

原発即時停止

デフレ脱却給付金(1人当たり月3万)

公的住宅の整備(全世代が安く住む)

反緊縮財政出動

ニューディール政策

利権無くす為に経済の岩盤規制を再生(←原文)

公営化政策

インタゲ2%

福祉

子宮頸癌ワクチンの摂取に反対

教育・医療・介護を無料に

奨学金を無利子に

奨学金徳政令(550万人分チャラに)

防衛

特定秘密保護法廃止

集団的自衛権廃止

辺野古移設廃止

日米同盟改定

脱植民地(米国の 

財源

国債・お金持ちの資産・法人税

 何だかバラマキ満載で共産党の主張と殆ど同じですね。財源に至っては全くかの党の主張そのままで実現性ゼロです。強制すれば資産家も大企業もいなくなり、北朝鮮レベルに国力は落ちてしまいます。そして防衛をスカスカにして中国の属国化を狙ってもいるようです。これで野党結集と言いたいのでしょうけど、あの朝日新聞デジタルの記事にも、次のような批判が掲載されています。

 山本氏の動きについて野党内では冷ややかな見方が強く、「山本氏の振るまいには批判も多く、ついて行く人がいるか疑問だ」(国民のベテラン議員)といった声も出ている。

2019011217071910001  国民民主党は立ち位置が少し違うのかも知れませんが、この党の賛同を得なければ結集は出来ないでしょう。立憲民主党もあの枝野代表が山本太郎氏に歩み寄るとも思えません。メディアは一応取り上げていますが新聞紙上だけで、テレビ報道も冷ややかです。

 参考までに「はちま起稿」というブログに掲載された、ブログ読者の反応を以下に引用します。なかなか言い得て妙だと思いますが。

・ ぼくのかんがえたさいきょうのせいさく   

・ 実現不可能な公約としか思えない   

・ 消費税廃止って…w   

・ 公約はご立派だけど、そのために何をしたらいいのか具体案が無いし、自分たちの行く道が全く分かっていないのが残念 (笑)カルガモ一家の方がわかってるよハハハ…。  

・ 公約挙げるだけなら子供でもできますからね いい歳した大人が「新撰組ごっこ」ですか   

・ 小学生が考えた感じ。小学生に失礼か    

・ 公約が実現不可能な絵空事ばかりに見える。 原発即時廃止にしても代替電力を一体どこから賄うと言うのか。 メタンハイドレート採掘を国策で進めるというのか? パチンコを全面禁止し、カジノ運営により財源を確保するのか? とてもじゃないが信じられん…。   

・ もう共産党入れよ 差別化できてないんだから   

・ 実現不可能とか言ってる方々が多いけど、そもそもこんだけ多くの人々が毎日残業残業で働いて金はたくさん生まれているのにこういった形で今まで一度も国民に還元されてないことの方がおかしいのでは? 政治家ならこれくらいのことを実現してもらわないと何のために国民は働いてるんだという事になる。(賛同意見もありました。でも何か違うと思う・・・)

・ 新選組とかやめなよ恥ずかしい…… もうあの大河に出てたキミとは違うのだから…

 何しろ園遊会天皇陛下に手紙を渡したり、安全保障関連法の裁決で数珠を持ち喪服を着用して投票したり、首相問責決議案裁決時、1人牛歩で投票に臨んだり、国会議員としての資格はありません。この政治団体の空中分解次期参議院選での落選を心より望みます。

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2019年4月10日 (水)

「戦争のセンス」なき日本、尖閣は風前の灯火

Senkaku_top  尖閣諸島周辺の接続水域を、中国の公船(海警局の船)が再三航行して、日本を威嚇し始めて久しくなります。時には一時的に領海侵犯をしたりしています。それに対し日本は海上保安庁の巡視船が、注意を喚起したり、その場を離れるよう警告を発したりしています。外務省も時折「遺憾の意」を示したりしていますが、中国は全く止める気配はありません。

 そもそもこの尖閣諸島はその昔、中国は殆ど見向きもしなかったのに、1968年の国連のレポート「尖閣諸島を含む東シナ海の海底から、石油や天然ガスが多く採掘できるかも知れない」が公表されたのを期に、1971年突然領有権を主張し始めました。

 そして1972年の「日中国交正常化交渉」の時の田中角栄―周恩来会談で、中国側から打診された「尖閣は現状で固定しよう」と言う提案が、1978年「日中平和友好条約」の締結の時の、園田直―鄧小平会談で鄧小平から再提案され、日本側は受け入れをしてしまったわけです。

 しかしこの平和条約締結時、日本は「尖閣諸島は日本の固有の領土である」と主張していません。その理由が「既に実効支配をしている。敢えて日本のものだと言えば中国も体面上領有権を主張せざるを得ない」と言うものです。鄧小平の提案に反論しなかったのは、もう実質的に棚上げを認めていたようなものです。外交力の弱さをさらけ出しています。

 そして1991年ソ連の崩壊に伴い、安全保障上もっとも警戒していた、中国にとって目の上のたんこぶだったソ連がなくなったのを機に、1992年中国は一方的に「領海および接続水域法」を作って、尖閣諸島を中国の領土だと内外に宣言しました。しかしこのときも日本政府は何の懲罰アクションは取りませんでした。竹島の不法占拠の時と同様です。

51iaewnt7al_sx335_bo1204203200_  兵頭二十八氏著の「日本の武器で滅びる中華人民共和国」では次のように記述されています。

 このような場合、近代国家は、トレランス(我慢して様子を見る)を差し挟まず、相手国家の約束違反に対して懲戒的な対抗措置をただちに(ただしスタート時点では軽微に、以後逐次に加重するようにして段階的に)執らなくてはいけません。

 こういうのも「戦争のセンス」のうち、なのですけれども、わが外交官たちにこれが欠けているのは、日本国民にとって毎度、不幸なことです

 1992年のその時点で、すぐに日本政府は、尖閣諸島を「国有化」したり、諸種の監視センサーを置いたり、港やトリップワイヤーとなる陣地を築いたりする等の対抗措置を講ずるべきだったのです。

 相手が不遜にもさらにイヤガラセや約束違反をエスカレートさせたなら、その都度、こちらもまた保全措置を漸進的に強めていく。そして、いったん強化した保全措置は二度と緩和しないで永続させる。

 そうしておけば、彼らは日本政府の反応を甘く見ることが誤りであることを、いつも思い出すことができるので、たとえば2013年に尖閣上空に中共空軍の防空識別圏が設定される、なんてこともなかったはずなのです。

 政府間の約束を一方的に破られているのに、それに対して日本政府が加罰的な対抗措置を何も執らないものですから、儒教圏人は「自分たちの立場が強くなった。日本は下位者である」と考えて、ますます図に乗り、約束を守らなくなるのです。竹島問題でも、まったく同じです。

 兵頭氏の言うとおりの対応が、日本政府や外務省に出来るとは全く思いません。それどころかその後も石原慎太郎元東京都知事が提案していた、船だまりの設置もしようとしていませんし、海上保安庁職員や自衛官を常駐しようという発想はありません。

Seb201208190005  兵頭氏はもしこれらの構築物を設け日本の公務員が常駐すれば、仮に中国の艦艇が近寄っても、攻撃できない。なぜなら攻撃された側に自衛権が発生し、国際法公認の自衛戦争となり、日米同盟の元、米国の参戦が可能となるはずです。中国は自国が先制攻撃即ち侵略国とされ、かつ米国と戦争することは絶対避けたいでしょうから、むやみに尖閣に近寄らなくなる、と言います。

 ですが仮にそうだとしても、日本政府や外務省は、そんな英断を出来ないでしょう。なぜなら兵頭氏の言う「戦争のセンス」を全く持ち合わせていないからです。

 もちろん戦争は絶対回避すべきだとは思います。しかし戦力は持たず国の交戦権は認めない、そして紛争解決の手段としての戦争は永久に放棄する、という憲法9条の呪縛は、たとえ自衛戦争には適用しないという解釈をしても、外交力には決定的に影響を及ぼすでしょう。そしてそれが外交官を萎縮させ、自衛のための処置さえ打ち出しにくくなっています。これでは独立国とは言えないでしょう。

 そうこうしているうちに2013年、中国は尖閣諸島を「核心的利益」と明言したのです。その後の展開は冒頭述べたように毎日のように海警局の公船による威嚇です。これからも「遺憾の意」だけを言い続けるのでしょうか。何とも情けないことです。

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2019年4月 8日 (月)

甘い子育てが日本をダメにする

Raw  親や義理の親による相次ぐ幼児・児童への虐待致死の事件を受けて、政府は先月19日「児童虐待防止法改正案」を閣議決定しました。「しつけで体罰」を禁止するのが狙いです。抵抗できない幼児や児童への親の肉体的、精神的虐待は、それ自体大きな社会問題で有り、なぜ自分の子供にそう言った酷い行為をするのか本当に理解に苦しみます。

 それとは別に、学校での「体罰」を伴った、児童への指導やしつけもかなり前から社会問題化して来ました。そして今や教師が「体罰」を与えるのは完全にタブーです。それでも「体罰」を与えて処分を受ける教師は、少なからずいるようです。

 確かに「体罰」はないに超したことはありません。ですが例えば家庭や学校で全くやる気のない、または叱ってもふて腐れて全く言うことを聞かない子供は、どうすればいいのでしょう。中には逆ギレして、親に暴力を振るう子供や、自分の部屋に閉じこもって出てこない子供もいます。

Photo  放っておけば彼らの行き先は、盗みや万引きなどの不良行為に走ったり、周りの児童へのいじめにふけったり、また不登校引きこもりに向うこともあるでしょう。なぜなら彼らの多くは「自分は悪くない」と勘違いし、そして「自分のしたいようにするだけだ」、あるいは「自分は何もしたくない」と言う思いを、誰からも詰問されたり、叱られたりせず、実現できるからです。

 子供であっても悪知恵は働く物です。数十年前より遥かに豊かな生活の中で物の大切さや、様々な欲求への我慢強さは失われ、その上家庭も学校も社会全体も甘い方向へ、風潮としてどんどん進んで行っていますから、精神的な部分での子育ては完全に赤信号が灯っていると言えます。

 私の子供時代は、悪いことをしたり言うことを聞かなかったら、親からも教師からも大声で叱られ、殴られて育ちました。当時は殴られることを恥と感じ、また殴られた痛みから自分の非を感じ、これからは出来るだけ殴られないようにしようと、少なからず反省したものです。不登校は殆どなく、いじめも少しは有りましたが今ほど陰湿ではありませんでした。

 戦後生まれの第1世代、所謂団塊の世代から数年の間の世代は、戦後教育の影響を受けながらも、親も教師も含め、社会全体にはまだ戦前生まれの大人達がいて、ある程度戦前の流れを汲む指導が中心でしたが、その世代が親となった第2世代とも言える子供達、団塊ジュニアになってくると、完全に戦後教育の影響の中で育ってきました。

 現在はその親たちが育てた子供が、第3世代としての親になりつつあります。つまり豊かさの中、欲しいものが潤沢に与えられ、優しさをもって褒めながら育てられる、そう言う環境の中で育って来た親たち、それに少子化も手伝って、競争が少ない中で甘やかされて来た親たち、結果としていかにも逆境に弱く、切れやすく、自分本位な親たちが増えてきているように感じます。そうした親の中で子育てを放り出したり虐待したり、と言う人たちが出て来ているのでしょう。

 この親の下で育つ子供達はそれ以上に我慢が出来ず、自己中で、我が儘な子供となってしまう恐れがあります。法律でいくら「体罰」を禁止したところで、子供を放ったらかにしたりネグレクトする親は減らないでしょう。

E19a26e3  戦後教育と豊かさの中で確実に日本人は精神的に弱体化しています。GHQ占領政策の狙い通りです。私は幼児は別にして、明らかに悪いことをする子供達には大声で叱ったり、ちょっとした体罰は必要だと思います。自分の思い通りには出来ないことも有ると言うことをきちんと教え、甘やかさないことです。欲しいものもすぐに与えず我慢をさせる必要があります。また引きこもりは家から叩き出すくらいのことをしないと、社会でまともに生きていけず、本人のためにもなりません。

 日本人は戦後優しく、甘く、お人好しになりすぎました。諸外国との外交に於いて、端的にそれが表れています。弱い物いじめはダメですが、弱さを克服し強い人間に育てるのは絶対必要だと思います。「楽は苦の種、苦は楽の種」と言います。苦労した人間ほど強くなります。「可愛い子には旅をさせよ」、もう一度この言葉を噛みしめて欲しいと思います。

 もちろんこのことは子供だけでなく、年齢としては大人になっても、子供のまま大人になりきれない人たちも同様です。そうしないと日本が本当に壊れてしまいそうに思います。甘い子育ては甘い大人、そして親を作り、結果として日本をダメにしてしまいます。

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2019年4月 6日 (土)

資質なき大臣は国益を毀損する

Ac015d96962a8928efacf325ec3e32e7_4b5f5ac  小泉純一郎首相の退任から第2次安倍内閣誕生まで、日本の首相はほぼ1年ごとに交代してきました。小泉首相の前も、中曽根康弘首相退任から14年で10人の首相交代がありました。世界の主要各国のトップが、ほぼ10年前後の任期を務める中、日本のトップは日替わり定食のように、次々に代わってきました。これでは長期的展望を以て、戦略的に政策をこなすわけにはいきません。漸く今の安倍政権は少し長くその地位を保っています。

 首相だけでなく、閣僚たる各省トップの大臣に至っては、選挙の度ごとと言っていいほど、ころころ変わります。もちろんこれには政権の支持率回復や向上のため、内閣を一新という政局判断に加え、大臣のポストの与党議員へのバランス配分という事情も、兼ね備わっているからでしょう。

 ですが、各省に於いて確かに次官という官僚のトップがいるにしても、原則的には大臣がその省の最上位の職位として、日本の潜在力の維持向上のため旗を振る必要があります。そのためには少なくともその省の行政内容については、かなりの知識と経験を積んでいなければならないと私は考えます。

 特に外務省防衛省に於いては、海外との直接間接の戦略的な駆け引きをもって交渉が繰り返され、その度に日本の国益を守る判断をしなければならないので、特に知見と度量が求められます。

 ところが歴代の大臣は他の閣僚と同様、内閣改造の度に代わる例も多く、またそれほど知見経験のない人が務める場合も多いように思います。かつての田中真紀子外務相のように知見もない上に官僚とぶつかって、早々に辞任した人もいます。

 防衛相でも最近の例で自民党女性議員の稲田朋美氏や現閣僚の岩屋毅氏も、その知見経験のなさに伴う不規則発言が多く、甚だ心許ない任命です。そこはやはり自衛官出身の中谷元氏や、外務関連の議員経験の長い小野寺五典氏を、長期に任命し続けた方が余程よかったのではないかと思います。

Download-6  もちろんその他の省でも、的確と思えない人の就任も多く、途中で辞任を余儀なくされた人もいます。つまりかなりの大臣が適材適所ではないのです。現閣僚では桜田義孝氏が好例ですね。いくら五輪担当といえども、このような人を選んでしまうのは、当選回数重視の派閥均衡人事が相変わらず行なわれているからです。

 大臣になる人は、それ以前の少なくとも5年以上はその道の研究と現場経験を積み重ね、細かい点は官僚に譲るとしても、少なくとも大筋に於いて官僚と堂々と議論でき、指示命令も可能なレベルとなる必要があると思います。そして一旦大臣となれば、やはり少なくとも3年以上、出来れば5年は大臣を続け、米国、中国、ロシアの閣僚達と伍して戦える人であって欲しいと思います。ちなみにロシアのラブロフ外相など15年も続けています。

 そのためにはその道に知見経験なき人は大臣になれない、と言う共通認識を国会議員全員に持たせるべく、国会改革のテーマの一つに組み入れる必要があると思います。そして桜田大臣のような人は絶対大臣となれないようにすべきだと思いますね。

 

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2019年4月 4日 (木)

鳩山元総理、止まらない反日スピーカー

Download-3  先日のブログで、戦前、戦中の日本人の蛮行として取り上げられている「南京大虐殺」や「慰安婦強制連行」などは、日本人が先に捏造した上で火を点けた、と紹介しましたが、今でも中国、韓国で狂ったように火の勢いを大きくしている日本人がいます。「ルーピー」こと鳩山由紀夫元総理です。

 昨日のFNNPRIMEで、先月29日、ソウルで開催された「日韓関係に関する討論会」に参加した、鳩山氏への主催者側の紹介の模様を、次のように伝えています。

「本日お話ししてくださる鳩山由紀夫元総理は、すでに2015年、西大門刑務所の跡地を訪ねられ、柳寛順(ユ・グァンスン)の監房の前にひざまずいて敬意と心の痛みを表されました

 続けて記事は次の様に述べています。

「やはりこの話が出るのか…」と思った。

討論会には韓国側からソウル市長、大学教授、評論家など著名人が参加していたが、そこに「日本の元総理」として招かれたのが鳩山氏だ。

Download-4 政界引退後もその動向が物議を醸している鳩山氏。主催者の紹介通り2015年、日本統治時代に独立運動家などが収容されたソウル市内の西大門刑務所の跡地で“土下座”をし、日本の朝鮮半島統治に対して謝罪した。この行為は当時、韓国内でも「日本の元総理がひざまずいて謝罪した」と大々的に報じられた。

 そして討論会での鳩山氏の発言の一部として、次のように紹介しています。

植民地化や戦争によって苦痛や悲劇を与えた方々に対する心からの謝罪がなされていない」

新天皇平成天皇(発言のまま)と同じ気持ちで韓国国民に接される時、日韓関係は大きく前進を遂げることになると確信している」

日韓合意:『最終的で不可逆的な解決』としたことは日本の上から目線の態度二度と謝らないぞと受け止められ韓国民の感情を逆なでするのではないかと懸念した。案の定、その懸念はあたった」

慰安婦問題日本の哲学者「旧植民地なりから『もうこれ以上の責任追及はしない』との言葉が出てくるまで責任は担い続けなくてはならない」という言葉が胸に響く。この気持ちを日本の為政者が持つことができた時に慰安婦問題は解決する 」

 「「徴用工」問題:日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決しているのではない。被害者の方々の尊厳と名誉を回復させるために冷静に話し合うことが極めて重要 」

 「レーダー照射問題:韓国軍は北朝鮮の漁船を救助している最中で、自衛隊機への攻撃の意図があったとは思えない。好戦的な雰囲気に一気に傾いてしまう日本の世論に問題があるように感じる」

 さらに鳩山氏は公共放送KBSの単独インタビュー取材に応じ、下記の発言をしました。

「相手の方が(韓国) もうこれ以上謝罪する必要がないと言ってくださるまで謝罪する気持ちを続けることが大事だと思っている」

強制徴用賠償判決、慰安婦強制動員問題なども日本がこのような姿勢を持たなければ解決されない」

「未来志向的な判断を今日本の政治が十分におこなえていないということは大変残念」

 この発言には完全に韓国人の心情のみに寄り添い、日本人としての誇りのかけらもなく、ただただ日本の反日左翼人が作り上げたシナリオに沿って、全く容認する必要なくまた謝罪の必要のないことを、述べているに過ぎません。

Images  彼の祖父鳩山一郎氏は吉田茂元総理の後、首相となり保守合同を成し遂げ、改憲を模索するなど一定の評価を得た宰相でしたが、孫のこの人は、祖父も父も弟をもすべて、その名誉を完全に傷つける「ルーピー」そのものです。もちろん日本人の名誉も著しく傷つけています。

 韓国メディアは当然この鳩山氏の発言を歓迎し、「良心的日本人」と一様に報道しています。FNNPRIMEは次のように続けます。

この「良心的日本人」というのは韓国のメディアが多用する言葉で、端的に言えば、日韓の歴史問題などで韓国の主張に賛同する発言をしたり、日本の現政権を批判する日本人のことを指す。歴史問題など日韓の対立の要因となっている話題を伝える際、「日本政府は間違っている」という自らの主張を補うため「良心的日本人」の発言を引用するのだ。

韓国メディアからすれば鳩山氏は「良心的日本人」の筆頭と言えるだろう。「日本の元総理」という肩書きを持つ鳩山氏ほど“韓国世論”に説得力を持つ人はいないからだ。

「元総理が韓国を支持している」という韓国メディアの報道を見た韓国国民は、日韓関係を巡る諸問題で、日本の国論が大きく分断されていると誤解しかねない。しかし、鳩山氏の持論が日本国内で多くの支持を得ていないのは、「韓国は信頼できない」との回答が77.2%に達した、今年2月のFNNと産経新聞の世論調査結果からも明らかだ。

日韓関係をさらに悪化させる問題が今後起こった際、韓国メディアは「良心的日本人」の発言を伝えるだろう。そして鳩山氏の「日本の元総理」という肩書きを消費し続ける。

「良心的日本人」の発言が日韓関係をこじらせている一要因となっていると感じざるを得ない。なお、幸か不幸か、韓国では日本政府を支持するような言動を取ると「親日派」というレッテルを貼られて社会的に抹殺されかねないので、「良心的韓国人」はほとんどいない。

 私も全くこの記事と同じ感想を持ちます。同時にこのように「元総理」という肩書きを持ちながら、臆面もなく特亜の国にのこのこ出かけて、日本を貶める発言を続けるこのような国賊、売国奴を決して許すことが出来ません。可能であれば日本国籍の剥奪をしたいくらいです。日本人でなくなれば特亜の国もこの人の使い道はないでしょうね。

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2019年4月 2日 (火)

元号に反対する反日左翼人に思う

Download-1_1   新元号が「令和」と決まった後の、昨日の喧噪が漸く収まってきましたが、相変わらず左翼界隈から様々な批判が出て来ています。いろいろ意見があってもいいと思いますが、「令は命令に通じて、和は和して従えの意味。文句を言わずに戦場に行け、と言う時代が始まる」だとか「元号は天皇が空間だけではなく、時間まで支配する思想」だとか、よくもまあここまで空想を飛ばすものだと、逆に感心してしまいます。

 しかしことあるごとに、この左翼界隈の人は、なぜこうまで日本を貶めたいのでしょう。その前になぜこの左翼界隈の人が声高に発信していけるのでしょう。

 その原因の多くは大東亜戦争の敗戦にあると思います。それまで声高に内外に向けて発言していた軍や軍人と、それに同調した大手メディアでしたが、敗戦後のGHQ占領政策の大目的「日本の弱体化」の下で、それぞれ解体と処刑、プレスコードによる言論統制、という施策を施行された結果、旧軍人は皆沈黙、メディアは反軍、左翼に急旋回しました。

Download-2  そして故渡部昇一氏が言うところの、「敗戦利得者」となった多くの言論人、政治家、官僚、大学教授、日教組組員、企業組合員、そしてその後その影響を受けた学生、作家、弁護士、マスコミ関係者、タレント等が次々に、日本人でありながら日本を貶める、洗脳された空想家、活動家となって行った経緯があります。

 その中の先鋭化した人たちは、以前このブログで述べたように、南京大虐殺や慰安婦強制連行、日韓併合下の圧政と蛮行、徴用工への強制労働といった嘘を作り上げ、結果特亜の国々に絶好の反日攻撃のカードを与え、ユスリ・タカリを助長した経緯があります。

 そうです、この人達は生物学的には日本人かも知れませんが、思想心情的には完全に特亜の国の人なのです。一度洗脳されたら、覚醒剤のようにもう抜け出せない、中毒患者と言ってもいいでしょう。

 天皇が嫌だ、日本の伝統文化には与しない、日本を統治する政権は打倒しよう。そう言うなら嫌いな日本から離れて、どうぞ好きな中国でも韓国、北朝鮮でも行っていただきたい。そうすればそう言う人たちの願いは叶い、満足いただけるでしょう。

 でも皆さんの掲げる、憲法9条を守り、軍はもたず、戦争できない国、そんな国はどこにもありませんよ。そして一旦政権の批判でもしようものなら、拘束され、下手をすれば粛清されるかも知れません。でも皆さんが嫌いな日本から離れられるのでいいではありませんか。日本が好きな私などは、皆さんがいなくなるのは大歓迎です。

 と言ってもそれは絵空事でしょうから、この反日という中毒患者の人たちをどうやって治癒するか、何かいい治療薬を考えていかねばなりません。この先人口減少で危うくなりそうな日本を、維持発展させていくためにも。

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2019年4月 1日 (月)

大韓帝国時代の半島、近代化の遅れた貧しい場所だった

51bqytrawkl_sx336_bo1204203200_  韓国の日本叩きが止みません。ことあるごとに捏造された「日帝の植民地時代の圧政と蛮行」を基に、慰安婦や徴用工をネタにして、ユスリ・タカリを繰り返しています。しかし以前このブログで紹介した、ジョージ・アキタ/ブランドン・パーマー両氏の共著による、「日本の朝鮮統治を検証する」という書籍に詳述されているように、「それは穏健かつ公平、現実的にして、日朝の相互発展を目指すもの」でした。

 しかし韓国人は、日本人の反日サヨクジャーナリストや弁護士達の様々な発言を信じて、その史実をねじ曲げて理解し、「日帝から圧力と搾取を受け続けた」と批難を繰返しています。そして親日派韓国人を徹底的に弾圧し、所謂「反日法」なる事後法で、財産の没収などの信じがたい蛮行を行なっています。

 日本統治下における本当の史実を韓国人に知って貰うのは、なかなかうまくいかないことが予想されるので、それ以前、即ち大韓帝国時代の半島の実態を知って貰う方が、有効だろうと思います。そうすれば、なぜ日本が大韓帝国を併合したのかを、理解して貰えるのではないかと考えます。以下にその概要を列記します。

1)身分制度、やりたい放題の特権階級

当時の身分は「貴族」「両班」「中人」「常民」「賤民」「奴婢」の6階層で、王族またはその姻戚である「貴族」と特権階級の「両班」、この二つが支配階級でその下に専門職である「中人」がいました。「常民」は多くが小作農で、「賤民」「奴婢」はもう人としての扱いはされていません。「奴婢」は奴隷で売買の対象でした。「両班」の横暴ぶりは凄まじく、「常民」などからの搾取や拷問は、日常的に行なわれていたと言います。

2)街の環境、類を見ない不潔さ

ソウルの市街でも、牛や馬の糞はいたる所に転がり、人糞も珍しくなかった、と言われています。イギリスの女性旅行家、イザベラ・バードの言を借りると、「下水道は市内の汚水を夜に昼に絶えず場外に排泄している。そのため下水道の泥は真っ黒に幾世も昔からの濁水に染められ、悪臭を空中に放散して旅人を悩ましている」だったそうです。

3)学校がなく、教育レベルは極めて低かった

併合前1905年には半島全体で小学校が40校しかありませんでした。中学校それ以上の学校はありません。文字が読めるのは両班が殆どで、全体の10%程度だったと言われています。そう言う状況ですから学力もかなり低く、そのため農業やその他様々な技術力は殆どなかったと思われます

4)山は木がなく、はげ山だらけ

半島北部のごく一部を除いて、殆ど木が生えていませんでした。建築や燃料に使用するため伐採したまま、その後植林しなかったためです。そのため山に保水力がなく、大雨の度に洪水を引き起こして、多くの土砂が下方に流出しています。

5)農業は農業と言えるものではなかった

土地は荒れていて、灌漑は行なわれていなく雨水頼り、土地は殆ど両班の所有で両班は何もせず、常民の小作人が農業知識も乏しい中で、細々とコメやその他の作物を作っていました。

6)電気はなかった、結果製造業は全くといっていいほどなかった

両班でさえろうそくや石油ランプで生活していました。もちろんダムはなく、水道もなく、農業用の肥料工場もなく、細々とした手工業程度の産業しかありませんでした。川にかける橋も手作りのような橋で、洪水の度に壊れていたようです。

Download_1 7)その他、近代化のための様々な制度がないか、遅れていた

支配階級の戸籍しかない。土地制度も租税制度も機能していない。支配階級以外文字を持たない。奴隷制度が有り、凌遅刑と言われる残酷な刑も残っていた。等々(以上は百田尚樹氏著「今こそ、韓国に謝ろう」参照)

 以上のように、殆ど産業らしき産業もなく、教育制度もなく、インフラも整備されていない、その他の制度も含め近代化に立ち後れた、アジアの小国であったと言うことです。更に悪いことには、支配階級の人たちに国の独立に必要な、国内統治能力も外交能力も安全保障政策もなかったことでしょう。

 儒教、特に朱子学における「存天理、滅人欲」は今の中国、朝鮮に於いては「存自利、滅利他」に化けてしまっていると思います。したがってなかなか困難と思いますが、上記のこう言った実態を、是非現在の韓国人に認識していただきたい、と思います。そうすれば併合の時代の日本への理解が少しは進むのでは、と期待します。無理かも知れませんが。

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