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2019年6月

2019年6月29日 (土)

G20と日本国憲法、理想と現実

Img_01039c9eeaf4e10cb72eb6dbdc18e4551751  G20首脳会議が大阪で開かれています。世界の主要国のトップが出そろい、経済や貿易、データ流通、環境などのテーマに沿って、各国間の合意を得るため、議長国の日本を中心にして、活発な議論が行なわれています。

 しかし合意と言っても各国様々な状況と思惑があり、一筋縄では行きません。むしろそれぞれの国の国益がぶつかり合う場ですから、理想的な合意は望むらくもないでしょう。このような状況を見るに付け、憲法前文「崇高な理想」の文言が思い出されます。前文の後半の部分を抜き出します。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

26939  どうでしょうか、「崇高な理想」ではあっても、現実の国際社会は真逆の状況と思われます。現実に合わせた文言だとさしずめ次のようになるのではないでしょうか。

 日本国民は、恒久の主権の確保と独立を念願し、国際関係を支配する各国のパワー状況を深く自覚するのであつて、国益を第一とする諸国民の言動に留意し、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を未だ続けている国の存在する国際社会において、それらを否定し、指摘できる国としての地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、国際社会に於いて、自国のことのみに専念し他国を無視または威嚇している国もあることを前提に、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従、自国の主権を維持しつつも、他国を一方的に攻撃、批難しないことが各国の責務であると強く主張していくことを国是としたい

 日本国民は、全力をあげてこの目的を達成することを誓ふ。(一部カット)

 憲法前文は理想を謳うものですから、「崇高な理想」を掲げるのは良いにしても、余りにも現実離れしていてはその意味も薄れます。

Download-3_20190629133901  これ以外にも第9条の「戦争の放棄」も、現実の国際社会の中では全く相容れないものですが、これについては米国トランプ大統領日米安全保障条約に関する発言についての、以下のブルームバーグの記事が注目に値します。

 ブルームバーグは6月25日、「トランプ大統領が日米安全保障条約を破棄する可能性について側近に漏らしていた」と報じた。続く26日にはFOXビジネスニュースの電話インタビューで、トランプ大統領本人が「日本が攻撃された時、アメリカは第3次世界大戦を戦い、猛烈な犠牲を払うことになるが、アメリカが攻撃されて救援が必要なとき、日本はソニーのテレビで見物するだけだ」と安保条約への不満を公言した。

 私はこれを彼の一連のジョーク的発言として捉えるのではなく、むしろ「日本はしっかり自国の防衛を考えろ、そのためには米国に頼りっぱなしではダメだろう、ちゃんと金をかけて国を守れ」と言っているのだと思います。

 そして「アメリカに押しつけられた憲法を、後生大事に守っていないで、他国に頼らず自立して、周辺国の覇権に対応して欲しい、それが同盟国としての役割だろう」と言っているのではないかと、勝手に勘ぐっています。

 まあそこまで深い考えの持ち主かどうかは分りませんが、ひょっとしたらそうかも知れませんね。日本核武装容認論を仄めかした人ですから。そしてこの9条についてもその原文と、現実を踏まえての改正条文案を以下に示します。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 日本国民は、国際社会における正義と秩序と安全を希求し、かつ国の主権と独立を維持する目的のため、国権の発動たる自衛のための戦争と武力の行使を、国際紛争を解決する手段として、国際法に基づき遂行する権利を有する

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力を、必要かつ十分に保持する(一部カット)

 わざわざ謳わなくても、国際社会の中では、個別的、集団的自衛権双方とも認められていますが、上記のように明記すればより分りやすくなるでしょう。いずれにしてもG20だけでなく、現実の国際社会の様々な動きを見ていけば、理想を追うだけではなく、現実も踏まえた憲法が必要だということを、改めて実感しますね。

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2019年6月27日 (木)

川崎市の刑事罰を含んだヘイト条例を考える

2019062400000016kana0002view  今週24日(月)川崎市ヘイトスピーチに罰金を科す、刑事罰を含んだ条例案を市議会に提出しました。朝日新聞デジタルの記事から引用します。

 特定の民族や人種を侮辱したり、地域から追い出そうとしたりするヘイトスピーチを規制しようと、川崎市は24日、違反者への刑事罰を盛り込んだ条例の素案を市議会に提示した。違反を3回重ねた場合、50万円以下の罰金とする。市によると、ヘイトスピーチに刑事罰を科すと定めた自治体はこれまでなく、全国初になるという。(-中略-)

 罰金を科すべきかどうかを司法手続きに乗せ、裁判所などの判断に委ねる仕組みだ。市幹部は「憲法が保障する『表現の自由』に留意する必要がある。ヘイトスピーチかどうかを行政が恣意(しい)的に決めないようにすべきだ」と説明している。

 ただよく考えてみたいのは、なぜヘイトスピーチと言われるものが多くなってきたのか。それも韓国へのヘイトスピーチが突出している。そして2013年頃から激化したと言われます。

E0206242_947572  その原因は明らかに前年の2012年李明博元大統領の竹島上陸と天皇謝罪発言に始まり、翌年から続く前朴槿恵大統領の告げ口外交によって、一気に日韓関係が悪くなった。つまり韓国発の反日侮日外交がまさにその大きな要因です。

 そして文在寅大統領に至っては慰安婦、徴用工問題をはじめ、軍艦島文化遺産申請中の拙劣な横やり、赤外線レーダー照射問題における嘘と逆ギレの言い掛かりなど、ますますその度合いが増しています。

 加えて韓国挺対協反日市民団体による慰安婦像、徴用工像の設置、旭日旗に対する異常なほどの侮蔑発言、日の丸や安倍首相の肖像画などへの放火や踏みつけ行為。こう言った様々な反日行動に対して、声を挙げるのは自然の成り行きではないでしょうか。

C03fd54ab89f16873bb51d  ですから日本人による彼らへのヘイトスピーチを止めようという人たちは、その前に何故、韓国におけるこう言った反日侮日のヘイト行為を止めるよう、申し入れないのか。そしてなぜ日本人にのみそれを声高に求めるのか。その理由を聞いてみたいものです。

 まさか過去の日韓併合時代の反省と謝罪を持ち出すのではないでしょうね。国際情勢上の成り行きとして過去に実施されたこの併合(一説にはセオドア・ルーズベルト米大統領の後押しも取りざたされた、相互条約による併合)を、韓国とその日本人シンパによる、「圧政と収奪」歴史的大嘘で固めたプロパガンダに従い、それを理由に「韓国には謝らなければならない」という大前提がそうさせるのでしょうか。

 まさにGHQにより植え付けられた「自虐史観」がここでも生きているのでしょう。30万人を超える特別永住者を、本国に送還させずに特権を与え、日本に在住させるのもその理由からでしょうか。そうだとすれば併合時代の「圧政と収奪」「捏造」を明らかにしてこなかった、今までの政府・外務省に責任もあるでしょう。

 いずれにせよ、日本に於いて美徳と言われる「謝罪と反省」は、諸外国、とりわけ特亜の国にとっては、「謝罪したのは罪を認めた」という考えに直結するため、「罪は日本にあります」という攻撃材料にしかなりません。

 そのため河野談話や村山談話だけではなく、小泉談話(戦後60年)にも内容の違いはあっても謝罪の文言は引き継がれ、安倍談話(戦後70年)になって漸く「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」、と一定の歯止めをかけています。

O0960053814109243772  しかし、同様に歯止めをかけるための「日韓慰安婦合意」に於いて、安倍首相は「心からおわびと反省の気持ちを表明する」と共同記者発表の文章の中で述べています。これは韓国としては当然「やはり安倍首相も慰安婦問題の罪を認めた」と取ったでしょう。ですから韓国としては「罪を認めた」日本に対し、合意後も『最終的かつ不可逆的に』を無視して、またもや再度慰安婦問題を持ち出してきています。

 そうです、日本では美徳でもある「謝罪」は、国際間ではタブーです。例として日本人は待ち合わせに遅れたら、開口一番に「ごめんなさい」と謝ります。くどくどその理由を述べるのは差し控えるか、簡単に済ますのがエチケットとされます。しかしおおよその外国の国では「理由」をまず先に述べます。「電車が遅れた」「道が混んでいた」等々。それを言わないと、相手に「理由もなく遅れたのか、信用できない奴だな」とでも思われてしまいます。

 国際間ではまず「理由」「根拠」。ですから例えば慰安婦問題では「強制連行の事実は見つかっていない。証拠がないから連行はなかった」「どの国でも戦時慰安婦は居た、日本軍のそれは特別に他国と異なる酷い面は皆無だ」「韓国にも米軍向け慰安施設はあるでしょう」と毅然と述べ、ついでに「韓国軍はベトナム戦争時ベトナム国内で婦女に暴行している事実があるではないか、日本を非難する前に反省すべきでは」としっかり根拠を示して反論すべきでしょう。

 ヘイトスピーチでも同じです。元々一対一で「お前殺すぞ!」と言えば、恐喝になりますが、集団でシュプレヒコールをあげるのは恐喝にはならないでしょう。第一、法政大学の山口二郎教授は国会前のある集会で「安倍に言いたい、お前は人間じゃない。叩っ斬ってやる!」と言っていますが、罪に問われていません。

 ですからこんな「自虐」志向で戦後の半島に対する「謝罪」外交の大失敗の象徴のような悪法(正確には条例)は、韓国で同様に日本人に対する同じ法律が制定されない限り(まず100%あり得ませんが)、絶対に通さないでいただきたいと思います。

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2019年6月25日 (火)

人口を武器に覇権に走る中国には毅然とした対応を

003  以前にも取り上げましたが、テレビでは町歩きや食べ歩きの番組が多く見られます。中でも食べ歩きは夕食の時間帯を狙って、関東キー局の3局や4局が同時に配信しているときもあります。まさに飽食の時代の反映です。

 ただその場所と言えば殆どが東京、場所は違えど東京都区内が圧倒的に多い。何しろ一千万人を超える人口を抱える東京ですから、客は集まります。高級であろうが、珍しかろうが、客が集まるから店が成り立つわけです。余程拙くて汚い店でなければ。

 私の住む人口20万人前後の都市では、余程うまいか、安くなければ大勢の客は入らないでしょうね。そしてどちらにしても、「超」が付く店も出てこないでしょう。ですから事件でも起きなければテレビにはまず取り上げられません。それほど人口が多いという効果は凄いと思います。

 レストランだけではありません。ショッピングもアートもエンターテイメントもスポーツもメディアも、ありとあらゆるものが集中します。そうです政治も含めての一極集中現象です。

 日本では東京(圏)ですが、これを世界的に見れば、そうです中国という国があります。インドも中国に匹敵するほど多いのですが、ここでは中国に絞ります。

 人口が多ければ東京の例のように、多くの物が中国人の消費によって世界中から吸い込まれます。それが中国と交易している国の大きなメリットとなります。つまり東京のレストランと同様、客が集まるのです。ですから各国とも中国との関係を断てません。中国が気に入らないと言って、関係を絶って、数百万、数千万人の人口の国とばかり交易しても、経済的には大きなダメージになります。

Img_1a7522e2bb1f8502afd22d5a8c5990cc8077  逆に中国の狙いはそこにあります。確かに経済が低調な時期には、人口の多さが大きなリスクでした。「一人っ子政策」はその中で生まれてきました。しかし日米欧の資本投下と経済援助によって、巨大な経済大国となった今、この人口は最大の武器となりました。いかに一党独裁の人権無視の国だろうと、関係各国にとって、上記のように交流を断つことは、極めてダメージが大きい。逆に言えばその強みで独裁で人権蹂躙を続けても、国際社会の中で疎外や孤立化はされません。

 そして経済成長と共に軍事力も飛躍的に増大し、東シナ海や南シナ海での海洋進出を積極的にするようになりました。太平洋やインド洋への海洋覇権の下準備です。次に狙うであろう台湾と沖縄諸島への布石とみられます。

Be6b0969  そして軍事力には欠かせない情報技術に関しても国家戦略として取り組み、それがアメリカのファーウェイ攻撃を生み出しています。そうですアメリカは中国の情報技術の進化を今や最大のリスクと考えています。

 このように中国はその巨大な人口パワーで、製造業を出発として、鉄道事業、高速道路建設などのインフラ整備、巨大モールなどのリテールや消費者金融、カードビジネス、そして携帯・情報ビジネスと、天才的パクリ能力を有効に使い、飛躍的にその技術を発展させ、アメリカに大きなリスクを感じさせるようになりました。

 そんな国が隣に存在する日本、余りにも経済面のうわべしか見ない政府・外務省、中国の大きな狙いをもう少し掘り下げてみなければなりません。習近平国家主席の「中華民族の偉大な復興」「中国の特色ある社会主義」「強軍」というメッセージの意味は、軍をもってしても中華の偉大な世界をつくる、即ち周辺諸国を従えていく(属国化する)と言うことにあると思います。

 もちろん日本やASEAN諸国は属国には出来ないでしょうが、少なくとも中国に寄り添う国にしたいという思いは強いと思います。一帯一路はその典型的な手段の1つであり、周辺国を越えて世界の覇権国家になりたいという願望の表れです。

518c32e54zl_sx338_bo1204203200_  これに対しインドや日本、オーストラリアなどの周辺民主国家は、アメリカと同一歩調でこの野望を抑えなければなりません。既にアメリカはファーウェイ問題に加えて貿易戦争も仕掛けています。こうして覇権の押さえ込みに舵を切りました。

 実は中国は表向きには日中友好を唱えながら、裏では米国での韓国の慰安婦姓奴隷メッセージの拡散に協力したり、南京大虐殺を拡散したりして日本の評判を落とす、つまり弱体化を狙っています(マイケル・ヨン氏著「歴史戦の事実」より)。また自国内では相変わらず日本軍の蛮行のドラマを引き続きテレビ放映していて、反日を煽っています。尖閣周辺の公船による威嚇も続けています。

 殊更隣の大国とことを荒げる必要はありませんが、少なくとも共産主義一党独裁の国家です。今まで共産国家が何をしてきたのか、そして今でも何をしているのかを考えた場合、共産主義の本質、つまり革命(この目的はさっぱり分りませんが)のためには暴力を厭わない、そして革命のためには自国民であろうが粛清する、と言う恐ろしい現実を忘れてはなりません。そう言う前提で付き合う必要がある、それを政府関係者全員が理解し毅然とした対応をするよう願います。

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2019年6月23日 (日)

適切か?神奈川逃亡犯の保釈の判断

B9b9c966cf65e786031baa4a922665ab  窃盗罪などで実刑が確定し、横浜地検が収容しようとして逃走していた、神奈川県愛川町の小林誠受刑者が本日、横須賀市内で身柄を確保されました。朝日新聞デジタルの記事から引用します。

 実刑判決の確定後、刑務所に収容される前に無職小林誠容疑者(43)が逃走した事件で、小林容疑者が神奈川県横須賀市森崎のアパートで見つかり、横浜地検は23日午前6時38分、公務執行妨害の疑いで緊急逮捕した。県警が全国に指名手配して行方を追っていた。

 この逃走事件、様々な不手際が指摘されています。主なものは3つ。「収監の不手際」「保釈の判断」「発表の遅延」。以下にFNNPRIMEの記事から引用します。

【ミスその1】収監の不手際
 19日午後1時過ぎ神奈川県愛川町で横浜地検の職員5人と警察官2人が小林容疑者を収監するため自宅を訪れた。すると小林容疑者は「お前らだましたな。準備するから出て行け!」と叫び、突如警察官らに向け刃物を振り回したという。その後、刃物を持ったまま自宅近くに止めてあった黒い車で逃走した。
フジテレビ社会部 平松秀敏デスク:
 地検の職員と警察官合わせて7人も行ったにも関わらず、刃物を振り回されたからといって結局収監できなかった…再三の出頭要請にも応じてもらえず、しかも家庭訪問までして延々と収監できなかった。

【ミスその2】保釈の判断
 小林容疑者は傷害・窃盗・覚醒剤取締法違反などの罪で、2019年2月に懲役3年8か月の実刑判決が確定していたが、その時小林容疑者は保釈中だった。保釈中の小林容疑者に出頭を促すために、横浜地検は複数回自宅を訪れたが接触はできなかったという。
フジテレビ社会部 平松秀敏デスク:
 これは裁判所の判断ミスではないかということは指摘されて当然だと思います。3年8カ月という重い罪が確定している。これは保釈を認めるべきではなかったのではないか。

 FNNの取材に対し最高裁と横浜地裁は、それぞれ小林容疑者の保釈の判断について個別の事件のことには答えられないとしている。

【ミスその3】発表はなぜ遅れたのか?
 小林容疑者が自宅から車で逃走したのが19日午後1時過ぎ。ところが発生から4時間近く経った午後5時前、ようやく横浜地検が小林容疑者の逃走を発表する。緊急配備が敷かれたのは午後5時半ごろで、その直後に相模原南署の近くの国道を走っているところを警察が発見し追跡したものの車はそのまま逃走してしまった。
フジテレビ社会部 平松秀敏デスク:
 緊急配備は迅速に行われるべき、4時間半以上たっているのであれば、これは緊急とは言わない。はっきり言って“不手際中の不手際”と言ってもいいかも知れないです。

 横浜地検は「このような事案を起こしてしまい大変申し訳なく思っています。発表が遅くなって申し訳ありません」としている。

 この記事で指摘されているように、検察の対応に明らかな不手際があり、それが周辺住民に迷惑や恐怖を与え、余計な捜査員の動員を必要とさせた罪は重いと思います。しかし一方、容疑者に保釈を与えたことについても、大いに疑問が残ります。産経新聞デジタルの記事から引用してみます。

 刑事訴訟法は被告らから保釈請求があった場合、証拠隠滅の恐れがある場合などを除き保釈を認めなければならないと規定。「権利保釈」と呼ばれるが、小林容疑者は常習として長期3年以上の懲役または禁錮に当たる罪を犯しており、例外として保釈は認められない。ただ、健康状態や裁判準備など被告の不利益の程度を考慮して裁判官の裁量で保釈を認めることができ、今回は、この「裁量保釈」で認められていた。

E059ead61e480953c4577b41e4904cce  数多くの犯歴などを理由に検察側は保釈に反対していた。それだけに、ある検察幹部は「被告に逃げられた全責任は検察にある」としつつも「何度も実刑判決を受け、逃走や再犯の恐れが極めて高い被告の保釈を許可した裁判所の判断には疑問がある」と話す。

 一方、元東京高裁部総括判事門野博弁護士は「保釈にあたって裁判官は諸々の要素を考えて判断している。再犯防止は保釈を認めない要件に入っておらず、一般的な治安維持の観点で保釈制度を考えるのは良くない」との見方を示す。

 元検事高井康行弁護士は「保釈保証金を納付させ、逃亡するなどした場合に没収することで逃亡を防ぐとの考えだが、最近は逃走したり、再犯に及んだりするケースが増えており、従来の考え方が通用しなくなっている」と指摘する。

714ad1bd3d3f0ffbe2a16e4761c436f9  この引用文から窺えることは、裁判所としては被告の権利擁護に傾いた判断をしていて、検察とは真逆の考え方が目立ちます。裁判所が「裁量保釈」という判断までして保釈をするのは、被告の人権保護に立脚しているからでしょう。以前このブログでも取り上げましたが、裁判所と検察とは司法と行政という明確な対立関係にあり、考え方が違うのはその通りでしょう。

 しかしどう見てもこの保釈については釈然としません。確かに検察の逃走を許した不手際は大いに責められますが、保釈していなかったらこのような住民に大きな迷惑を掛けるような事案は発生しなかった、と言えます。裁判所も被告人の人権だけでなく、被告人の罪状履歴をよく見て、保釈で起こりうる危険性や、それによる被害者のこともよく考えて判断して欲しいと思いますね。

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2019年6月22日 (土)

弱者寄り添い番組の罠、裏に反権力思想

1465373699270  日本のテレビを見ていて感じることがあります。政治報道番組の偏向ぶりはもちろんですが、それは今回省きます。

 一つは企画の貧困さ、毎回同じような企画でお笑いタレントを中心に使い、町歩きや食べ歩きをだらだらと放映する。余り金がかからないし、シナリオも勝手にお笑いタレントがアドリブで作ってしまう。プロデューサーも楽ですね。

 もう一つは弱者寄り添い番組。今回のブログの主題です。例えば障害者や被災者。彼らを取り上げるのはもちろん構わないし、その実態を視聴者に知らせるのは必要でしょう。ただその場合、彼らに寄り添いすぎる傾向が目立ちます。つまり取り上げた手前、インパクトを強くするため、過剰な演出をする場合があります。

Voa_herman__20110411_temporary_houses_fo  例えば被災者のための仮設住宅の住民に「困ったことはないでしょうか?」とインタビューする。そうすると被災者は幾つか不満を漏らします。それは当たり前、仮設住宅暮らしはもといた住居とは違うのですから。それなのにインタビュアーは「それはお困りでしょうね。行政はもう少し考えて欲しいですね」というように、避難民に寄り添う発言をします。そして不満の内容を繰り返します。

 それはそれでいいとしましょう。しかしそこで終わりです。これでは素人だって取材できます。「行政はもう少し考えて欲しいですね」というなら、行政のところへ足を運んで、行政にそのことを伝え、行政側の意見も聞くべきです。そしてその意見も含めて番組を完成させるべきでしょう。

 アベノミクスの効果でマクロでは好景気が続いています。最近少し陰りが出て来たとは言え、民主党政権の時より多くの指標が好転しています。その景気判断を庶民に問う、と言う番組も良くあります。レポーターが「景気の実感としてはどうお考えですか」というような質問をする。そうすると殆どの人は「景気がいいという実感はありません」と答えます。

Do0wiiuqaarerm  それはそうでしょう、バブル期ではないのですから。年率10%も給料が上がれば別ですが、目に見えて良くなることはあり得ません。それにもし実感があったとしても、ふつう「景気は良いです」とは答えないでしょう。それが一般の人の心理ですね。それでも番組では「一般の人にとって景気は良いという実感はありません」と括ってしまいます。

 年金2000万円不足問題が出て来て、特集を組んだ番組があります。低年金受給者を出演させ、「水を流しながらの洗い物は水道代がもったいなくて出来ない」「毎日の食費代に十分な年金額ではないので大変」「医療費など心配で病気も出来ない」などという発言を取り上げていました。だからこそ2,000万円とは言わないが、それなりの蓄えが必要でしょう。そう言う観点での番組内での補足は全くありません。

 事ほどさように、弱者に寄り添うのは良いが、寄り添う姿勢だけ見せて、「自分たちはメディアだから正義感で報道しているのだ、そしてこう言う実態に至ったのは国のせいだ、行政のせいだ、何とかしろ」、と暗に反権力を謳い視聴者を洗脳しているように思えます。

 弱者の救済は必要ですし、そのための施策は充実させなければなりません。そのために国や地方自治体は多くの福祉予算を計上し、施策を実行しているのです。もちろん十分ではない部分はあるでしょう。その点の指摘は必要ですが、上記のような一般化した形で取り上げても意味がありません。責任のないメディアの常套手段です。

 そしてこう言う報道ですっぽり抜け落ちてしまうのが財政的観点、そうです収入の面、弱者救済や福祉の充実にはお金がかかります。そこを外した報道は意味がありません。寧ろメディアはそうした国や地方自治体の収入(主として税)を増やしていくため、様々な提案をしていくべきでしょう。だが今は野党と同一歩調で、それとは逆の姿勢を見せているようです。

 急速に進む少子化の現状を踏まえれば、いかに国が最善の努力を払っても、税収は減り、福祉の充実は困難になっていきます。ですから政府も本当はそのことを国民にしっかり伝えて、甘い夢を与えない方がいいように思います。今回の年金2000万円不足報告書も、実はその意味が含まれていたように思います。

 そうは言っても選挙で選ばれた、国会議員による議院内閣制の日本、他の先進国同様ポピュリズム化している現状では、選挙に負ければいくら良い政策でも通しにくくなるのが現状です。悪夢のようなかつての政権に戻さないためにも、二の足を踏むのも仕方ありません。ですから我々国民は、政府の明らかに出来ない部分の意図をくみ取り、「自助、共助、公助」の順番を間違えることがなく、しっかり自立していくことが求められるでしょう。

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2019年6月20日 (木)

問題の本質から外れた年金不足騒動

C7c1583f55ffce3dd4a898a15e24db72_640px  最近降ってわいたように、年金の2,000万円不足問題が浮上しています。金融庁の報告書がその火元ですが、YAHOO!ニュースに掲載された、経済産業研究所中田大悟氏のレポートから引用します。

 金融庁金融審議会のワーキンググループがまとめた報告書が物議を醸しています。いわゆる「年金2,000万円不足騒動」です。なんと申しましょうか、とにかく日本人というのは、こと年金に関わる「問題」が発生すると、一体それがどういうことなのか事実関係も理解もできていないのに、破綻だの、ねずみ講だの、詐欺だのと炎上祭りで盛り上がる癖があるようです。

 金融庁の報告書案については、もうすでに様々な識者が指摘しているように、極めてまっとうな論点を真正面から論じたものであって、とやかく言われる筋合いのものではないでしょう。いや政治的には根回しがもっと必要だったとか、世論を刺激しない書きぶりが必要だったとかという指摘もあるようですが、報告書に携わったワーキンググループの有識者に、そのような政治的腹芸や忖度を要求するのも如何なものか、という気もします。

 つまり「政治的には根回しがもっと必要だったとか、世論を刺激しない書きぶりが必要だった」と言うこと以外には、至極まっとうな報告書だと氏は述べています。そしてこれに便乗した形の政争について、次のように批判しています。

 政治にとって、年金問題は常に鬼門です。近年の本邦でも、いくつかの選挙は年金問題(記録問題など)が結果を左右しました。この傾向は、欧州などでも同じであり、支給開始年齢の変更などが選挙に多大な影響を与えているようです。

 特に、今は夏の参議院選挙を控えており(もしかしたらダブルか)、年金問題で突風が吹くことを政治家が恐れる(野党は期待する)ことは、心情的には理解できなくはないのですが、あまりに反応が過剰馬鹿げた状況になっています。

 野党は、「年金記録問題の夢よ、再び」とでも思っているのでしょう。例えば、報道によれば、立憲民主党辻元清美国対委員長は「年金は安心だという、安心安心詐欺じゃないか」「最大の参議院選挙の争点になる」と宣言し、「まず謝れよ国民に」とボルテージを上げまくっております。

 対する与党も、自民党森山裕国対委員長はワーキンググループの報告書について「政府は受け取らないと決断した。報告書はもうない」とウルトラC(令和の時代に語り継ぎたい昭和の比喩表現)のコメントを残し、公明党山口那津男代表はツイッターで「人生100年時代の過ごし方の問題と、年金100年の制度の問題とは全く次元が違う。きちんと区別して正確な議論を行うべきだ」とご主張を展開されました。

D9v0hk5u4aa2t9  いずれにしろ野党はこれぞ政権批判のための突っ込みの材料にしたくて騒ぎ立て、与党はそれを躱すことに必死の様子です。そしてこの問題を巡り政府に説明や制度の改善を求めたデモが行なわれましたが、この参加者に対しホリエモンこと実業家の堀江貴文氏がツイッターで「税金泥棒」と述べ、ネット上で炎上しています。日刊スポーツの記事から引用します。

 堀江氏は18日、ツイッターを更新。夫婦が95歳まで生きるには2000万円を蓄える必要があると試算した金融庁金融審議会の報告書をめぐり、政府に対する抗議デモが16日に東京都内で行われたことに言及し、「ほんとそんな時間あったら働いて納税しろや。税金泥棒め」と、デモ参加者を罵倒した。

 デモ参加者を「税金泥棒」と表現したことがネット上で物議をかもし、ツイッターでトレンド入りした。映画評論家の町山智浩氏は「基本的に勤め人は税金はちゃんと払うしかないですよ。今まで払ってきた年金の約束通りの支払いを要求するデモに日曜日に参加すると、どうして税金泥棒になるのか、説明してほしいです」とツイート。

 一般ユーザーからも「デモ参加者と税金をちゃんと計算せず怠慢な仕事をして給料もらってた公務員、果たしてどちらが「税金泥棒」と呼ばれるに値するのか」「税金泥棒はどっちかと言うと国会議事堂の中にいらっしゃるような気がします」「『税金泥棒』と言うなら、デモ参加者ではなく、安倍首相や麻生財務相に対して言うべきだろう。もう少し言葉の意味を考えてから発言しなさいね」との声が相次いだ。

 そうした声を受け、堀江氏は19日、ツイッターで「相変わらず文脈とか行間読めねーんだな。親切に教えてやるよ。このデモに参加してる奴の大半は実質的に納税してる額より給付されてる額の方が多いんだよ。それを税金泥棒って言ってんだよ」と説明した。

 言葉は少し悪いようですが、最後の段落で彼が言っていることには賛同しますね。そして彼が言う「税金泥棒」はこのツイートを批判している人の「安倍首相や麻生財務相」ではなく、審議拒否や審議の引き延ばしをして、議員として働いていない野党議員にぴったしの言葉です。

 更にアノニマスポスト紙もこのデモに関する堀江氏の言葉を伝えています。以下に引用します。

3979480  続けて「年金デモに参加してる奴は年金の仕組みなんか理解してないだろうが今更批判してどーする?って感じだ。最初の頃の設計ミスっててさらにそれを政治家とかが利益誘導してグリーンピアとかで運用して大失敗したのを何とか立て直しつつあるのが現状だ」「基金の運用だってアクティブになって運用益かなり上がってる。最近四半期ベースで損を出してもあまりセンセーショナルに報道されなくなったのも良い傾向。だって長期運用で益をだすのが彼らの本分だからね。そして我々ができることは税収を増やすために効率よく稼ぐ事だ。これは誰にでも出来る事」と主張した。 

 その上で「誤解して政府を批判しても何も始まらない」とし、「大衆を扇動するのが商売の奴らに騙されず、それぞれが人生を楽しんで納税するべく努力する社会が理想と思う」とつづっていた。

 私は堀江氏とは考え方が違う部分もありますが、この記事の言葉には全く同感です。そして先述の中田氏はこの問題の総括として、次のように述べています。

 今回の金融庁レポートも、内容の一部を恣意的に取り上げて、いたずら政争化するのではなく、例えば超党派の議員集団が、「政府は報告書を受け取らないかもしれないが、自分たちが受け取る」と宣言して、議論のたたき台のひとつにすれば、国民も冷静に事態を見守れるようになるかもしれません。

 そういう、未来に責任を負う政治家集団が現れることを期待したいと思います。

 私も本当にそう思います。しかし特定野党と言われる立憲民主党や社民党、そして共産党には「未来に責任を負う政治家集団」には100年立ってもなれないように思います。昨日の党首討論の様子を見てもその意を強くしました。彼らが消えてくれるか、自民党に対抗でき、かつ日本の未来をしっかり考える、健全な集団が出て来て欲しい、そう思って止みません。

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2019年6月19日 (水)

特定野党が妨げる、本来の国会のあるべき姿

Gijidou0929  国会とはそもそも会議体ですから、予算審議にしろ法案審議にしろ、またその他条約の批准に至るまで、原則として議員相互が議論を交わし、よりよい予算、よりすぐれた法案、より国益に基づいた条約にしていくのが本務です。

 しかし現状の国会の論戦を見ると、予算案は政府(財務省)から提示されるのは当たり前にしても、各種法案も殆どが政府(各省庁)提案の形で提出され、議論も各党の議員対大臣(閣僚議員)という形で進められます。つまり議員同士の議論での収斂ではなく、政府対各政党(主に野党)との論戦となり、よりよい予算や法案を求めるというより、政府案への賛否審議といった形で、進められているのが実態です。

 そして現在のように衆参のねじれがない場合、法案(予算も含めて)に賛成する与党議員の方が多数を占めていますので、これに反対意見を持つ野党側の議員は、本来その法案をよりよい形にしようとしても、政府与党側に受け入れられなければ、常に却下の状況にあります。

152764953265597048180  この「よりよい形」を目指そうとする意志があれば良いのですが、昨今の野党、特に特定野党(立憲民主、共産、社民各党)は、兎にも角にも政権打倒が彼らの党是ですから、何でも反対、に走るわけです。

 しかしそれだけでは、法案が通ってしまうので、通さないための愚策、つまり審議拒否や、議員や官僚のスキャンダルの取り上げ、証人喚問の要請や内閣不信任案や問責決議案の提出など、本来審議には関係のない、あるいは審議を妨げることを連発しているのです。

 野党議員たりとも、国税を報酬にしているのですから、国のため、国民の為に働く義務があります。したがっていくら政府提出の法案が気に食わないと言っても、審議拒否などせず、堂々とその理由を述べ、対案を出せば良いでしょう。国会審議は原則公開されますから、それを見た国民が「良い提案だ」と思えば、仮にその提案が採用されなかったとしても、国民の目にとまります。

Imgannai_tv  そして長い目で見れば、その議員や所属する党の支持も上がるでしょう。逆に審議拒否やそれに等しい審議時間浪費の愚策は、支持する人もいないはずです。様々なスキャンダルマスコミと一緒になって出し続けても、10%にも届かない政党支持率に低迷している理由は、まさにここです。

 むろん政府与党としても完璧ではありません。法案にも是正すべき点も多々あるでしょう。そこを野党(もちろん与党も)がしっかり捉え、修正提案をきちんとして行くのを願っています。それが本来の国会の姿だと思います。

 とは言え何と言っても「安倍政権を倒す」のが最大目的の特定野党には願うのも無駄かも知れません。ただその中の1人でもそれに気づいてくれればと思います。そうでなければ全くの「税金泥棒」で終わりでしょう。彼ら「税金泥棒」の支持者もそこに気づいて投票しないことを願います。

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2019年6月18日 (火)

治安を守るには「性善説」の転換が必要

Shinkiba21  今朝の「とくダネ!」で、京葉線の新木場駅でホームを降り、線路上を歩く男の映像が映し出されました。同じフジテレビの「めざましテレビ」でこれより早く報じられたようです。JCCの記事から引用します。

「騒然・一体なぜ?線路を歩く男・面識のない男女が口論か…」

 JR京葉線の新木場駅で線路を男が歩く映像を紹介。このため運転は見合わせ。電車内は満員となり、ホームには乗客の列が。警視庁によると面識のない男女がホーム上でトラブルとなり、突然線路に飛び降りて歩いて行ったという。そして線路に侵入した男がホームまで戻ってきた。男は駅から約400m先まで歩いていたという。男はその後最寄りの警察署へ。JR東日本によるとこのトラブルで最大45分間の遅れが出たという。

 乗客が映したと思われるスマホによる映像が流れていました。この男の線路への進入と共に、ホームではブザーのような警告音が鳴り、駅員がホーム上でこの男を追いかけ、警告をしていたようです。だが男はそれを無視して歩き続けていました。また別のニュース(ニュース速報Japan)ではこの男は痴漢したと疑われていると述べています。

 このあとMCの小倉氏が「なんで駅員がホームにおりて追いかけないのだろうか」と言っていましたが、本当にそう思います。もちろん一般の乗客が線路内に入るのは法で禁止されていますが、駅員や警備員などの鉄道関係者まで禁止されているのでしょうか。もし禁止されていないとしたら、なぜ降りていってこの違法行為を止めないのでしょうか。

 逆に法で禁止されていると言っても、線路上における身の安全は、近くにいる列車に緊急停止処置を施せば良いし、駅関係者は直ちに線路上に降りてこの男を確保すべきです。そうすれば45分も乗客を待たせることもなかったでしょう。そしてきちんと損害賠償を請求して欲しいと思います。

Globalpeaceindexresultsmap  この例に限らず、日本は違法行為をする人に優しすぎる気がします。もちろん警察国家になれというのではなく、安全な国、治安の良い国というこれまでの評価を覆すような、事件や事案が非常に多くなっているように感じます。

 人質立てこもり事件や、凶悪犯による無差別殺傷事件などの対応は、人命優先が行き届いていて、極めて長時間の説得対応をしているのが見受けられます。もちろんアメリカなどのように、狙撃や即射殺がいいとは思いませんが、余りにも犯人の人権を考えすぎてはいないでしょうか。逆にそのことにより被害者の人権が軽視されることなどあってはなりません。

Download_8  凶悪犯ではなくても今回の例のような事件、店員や役所の窓口における暴言や暴力事件、近隣住民への悪質な迷惑行為、あおり運転や暴走・爆音運転など、もう少し毅然とした対応をして欲しいと思いますね。マナーや道徳が次第に欠落していく日本を見ていると、もはや性善説による、警察等の取り締まり姿勢は転換期に来ていると思います。

 

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2019年6月11日 (火)

なぜ防げない、児童・幼児虐待死

Download-4_2  またも幼児虐待死事件が発生しました。札幌市で2歳の女児が母親とその交際相手の男性に暴行を受けて、今月5日搬送先の病院で死亡した事件です。この事件では児童相談所の対応にかなり不備があったことが分っています。以下に時事ドットコムの記事から引用します。

 2歳の長女に暴行したとして、札幌市の飲食店従業員池田莉菜容疑者(21)らが傷害容疑で逮捕された事件で、市と北海道警は6日、事件前に虐待を疑う近隣住民らから計3件の通報を受けていたことを明らかにした。長女は5日、搬送先の病院で死亡が確認され、札幌市児童相談所の高橋誠所長は「認識が甘かった」と釈明した。

 札幌市によると、昨年9月28日に住民から「育児放棄が疑われる」との通報が児童相談所に寄せられた。児相の職員が同日に家庭訪問し、長女の詩梨ちゃんと面会したが、「体にあざや傷はなかった」として、虐待は確認できなかった。

 今年4月5日にも別の住民が「昼夜を問わず、子供の泣き叫ぶ声が聞こえ心配だ」と通報。児相は池田容疑者に電話したが会えず、4日後に折り返し連絡があった。同容疑者は電話口で面会を了承したが、その後連絡が途絶えたという。

 東京都目黒区で5歳女児が虐待死した事件を受け、国は昨年7月、児相が通告を受けてから48時間以内に子供の安全が確認できない場合、立ち入り調査を行うよう求めた。札幌市の児相は4月に通報を受けた際、このルールを守っておらず、高橋所長は「(昨年の)9月に会っているという甘さがあったかもしれない」と話した。

 一方、道警によると、「子供の泣き声がする」と5月12日夜に110番があった。同15日に警察官が容疑者宅を訪ね、詩梨ちゃんの体を確認したが池田容疑者の説明に不自然な点はないと判断。緊急性は認められないと児相に報告したという。

 この記事によると児相は「認識が甘かった」と言っていますが、認識が甘いのではなく積極的に対応しようとしていないと疑われても仕方ありません。12日夜の近隣住民の通報を受けて、道警が13日夜児相に同行を求めましたが、夜間であったため人繰りが厳しいと返答し、同行しなかったそうですが、逆に夜間であれば誰でもいけたのではないでしょうか。

 そして警察は池田容疑者の説明に不自然な点はない」と判断したと、児相に報告したそうですが、警察の目では虐待の詳細な点は分らず、また幼児をきちんと確認した上での判断かどうか分りません。ですから報告を受けた後でも再確認をすべきだった。そうすれば死に至ることはなかったのではないかと悔やまれます。

 2回目の通報を受けての対応も杜撰です。48時間以内の立ち入り調査のルールも活かされておらず、この時点でもきちんと対応していれば、致死事件の発生は防げた可能性も大きいと思います。

Free_l  今年1月発生した野田市小学4年の女児の虐待死事件でも、教育委員会が女児による「父親によるいじめを受けている」というアンケートを父に見せてしまったり、児相が女児の「お父さんに叩かれたというのは嘘です」「早く家族4人で暮らしたいと思っていました」という文書を「父による強制」だと疑わずに信じてしまったり、きちんと対応していれば防げた虐待死を、未然に防ぐことは出来ませんでした。

 昨年3月発生の東京目黒5歳女児虐待死事件もやはり児相の対応不備があったようです。「AERAdot.」の記事から引用します。

 虐待をしている親は、児童相談所から逃れるために他府県に引っ越すことが多いそうですが、昨年末、結愛ちゃんの親も東京に引っ越しました。香川児童相談所では「指導措置を解除したが、支援の必要はあり、緊急性の高い事案として継続した対応を求めた」としています。しかし品川児童相談所では「緊急性が高いと言う説明はなかった」と反論したと報じられています。

Download_7  どちらが嘘をついているか、より無責任なのかは今の時点では判りませんが、引っ越し早々、叫んでいるような泣き方だという通報が、近所からもなされたようです。

 2月9日に品川児童相談所は結愛ちゃん宅を訪問しています。母親が「関わってほしくない」と言ったということは、重度の虐待のサインですが、すごすごと引き下がっていますが、この時点でも厳正に対処すれば、警察と連携して命を救えたはずです。

 そして2月20日に地元小学校の入学説明会にも結愛ちゃんが来なかった段階で、過去の彼らの履歴と引っ越しと、9日の面会拒絶と数々の教訓を考えれば、結愛ちゃんに何が起きているか、素人でも判断がつくことです。

 このように児童相談所はその仕事の役割と責任をまっとうできていません。その結果と言っていいかどうか、毎年のようにこの虐待死傷事件は発生していますし、減少していません。私はこの児相の問題には二つ理由があり、一つは人員の欠如の問題、そしてもう一つは強制調査権限が弱いというのがあると思います。

 札幌の児相の相談員が、虐待を疑われる家族との信頼関係が必要、と言うようなことを話したと聞きましたが、もし相談員の多くがそう考えているとしたら、強制的な調査は困難でしょう。すべてではないと思いますが、今回の母親やその交際相手の男性は、性善説を持って対応しても、埒はあかないと思います。寧ろ彼らは児相を敵対視しているはずです。

 この問題の根源には戦後の教育や社会風潮があります。公民と言う概念や道徳の重要性をしっかり教え込まなかった教育と、善悪入り交じった情報の氾濫した社会風土が、健全な心の発達を阻害し、ごく一部でしょうがこの事件のような鬼畜のような親を産んでいると考えます。

 したがってこう言う虐待やいじめをする恐れのある親に対しては、性悪説を持って対応する必要があります。「疑わしきは罰せよ」、ではないですが、あらゆる面からその兆候を嗅ぎ取り、未然に防がなければならないと思います。

 ですから児相の中にもと警察官の人を入れたり、警察とより強固に連携したりして、強制調査のやりやすい環境をつくることを望みます。子供はこれからの少子化の中で、まさに金の卵です。もちろん児相だけでなく、社会全体で守っていく必要を強く感じます。

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2019年6月10日 (月)

教育行政改革と教科書

Maxresdefault-2_2  国の教育行政は2006年第一次安倍政権のもと、それまでの教育勅語に代え現日本国憲法の理念を大きく取り入れた「旧教育基本法」(1947年施行)を改定し、「新教育基本法」を公布、施行することにより、新たな展開をスタートさせました。その前文は以下の通りであり、下線部がその主たる変更部分です。

 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。

 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。

 ここに、我々は、日本国憲法 の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

 そして「家庭教育」や「幼児教育」の条項の追加や、第16条には「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」、と記述して教育行政の責任の明確化を謳っています。

 旧教育基本法のもと、戦後一貫して国を対抗すべき権力と見なし、国の働きかけを不当介入と拒絶し、左翼思想に凝り固まった日教組による教育がなされた結果、公共心や愛国心の欠如、伝統や文化の軽視という、どこの国でも教育の大きな目的部分である、重要な部分が欠落した人作りとなっていました。その一つの具体例が国旗、国歌への冒涜です(この対応は新教育基本法より早く、国旗国歌法を1999年公布)

Download-3_2  それらの弊害を除去し、公共心や愛国心をもち、日本古来の伝統や文化を重んじる、豊かな人間性と創造性を備えた人の育成のために、改訂がなされたのです。

 この新基本法は大方の賛同を得られましたが、当然のごとく左界隈、例によって弁護士会が反対の狼煙を上げています。福島県弁護士会の当時の会長岩渕敬氏の声明文の概要を以下に示します。

 「改正」法案は、次に指摘する様に、教育基本法を「権力」を拘束することを目的とした法から、子ども・親・市民に対して命令する法へと、その性格を根本的に変容する内容であり、「改正」に名を借りつつ、実は基本法とは全く異なる目的・理念に基づく新たな法規範の制定を目指すものとなっている。

 そもそも基本法は、教育に対して国家が介入し、一元的な価値観や一方的な観念を国民に植えつける教育が招いた、我が国自身や近隣諸国の惨禍を反省し、教育の根本法規として、子どもが自由かつ独立の人格として成長するために、必要な理念と基本原則を明らかにする法として制定された。従って、当然に、基本法の名宛人は国家等の教育行政機関となっている。基本法の、この教育行政機関を拘束する法規範であるとの性格は、決して変容させてはならないものである。

 これを見ると「教育基本法の第一の目的は教育行政機関の不当介入を拘束するものであり、教育そのものは教育者に任せ口出しするな」と言っているようなものです。その結果が上記の問題をもたらした反省は全くありません。それに戦前の教育が戦争を招いたような物言いが見られますが、戦争はあらゆる要素が入り交じって発生するものなのに、短絡過ぎる考えでしょう。

 それ以外にもいろいろ述べていますが、要は従来の日教組的教育の踏襲を狙っているだけのものです。教育を受ける対象者への人格形成目的や、日本の未来を担う子供たちの育成という観点が抜け落ちています。

 いずれにしてもこの改正を受けて、新しい学習指導要領のもと、「教科書」、特に中学校の歴史や公民の教科書の改訂の動きが、「新しい歴史教科書をつくる会」を中心に始められました。そこで従来の「自虐史観」に満ちた記述を一変し、我が国を愛し、日本の歴史の特色を分りやすく記述した、歴史教科書や、「愛国心」や「公共の精神」を掲げた公民教科書を製作しました。

1235087_1_2_1  ところが文部科学省の検定に合格しても、採用は0.1%にも満たない結果に終わりました(2011年実績)。それはこの教科書採択の手順の複雑さと、採択の慣習にありました。以下に杉原誠四郎氏著の「保守の使命」から引用します。

 例えば採択のためには、検定合格した教科書を見本本として各地の教育委員会等、採択決定者に送らなければならない。文科省の定める規則によれば、例えば「つくる会」の歴史教科書の場合、12,600冊ほど無償で配布しなければならなかった。そして注文を得たところ、つまり採択してくれたところの冊数の合計は900冊であった。

 公民教科書では約600冊の注文を受けるのに同じく12,600冊の無償配布が事実上義務付けられている。これは、明らかに既存の教科書会社の既得権益を擁護する制度であり、教科書発行の新規参加を事実上拒絶した制度である。教科書の改善のために、教科書の新規参入しようとしても、費用の上で参入できなくなっている。

 このような制度は少しでも新規参入がやりやすくなるように、改善すべきである。今のままでは新規参入は事実上不可能である。その新規参入が事実上できないようにしておいて、日教組状態の教科書市場の下、既存の教科書会社はせっせと偏向した教科書を発行して独占的に売り続けている。子供たちや国民のための教科書制度になっていない。

 せっかく教育基本法を変えて新しい指導要領を導入しても、教科書を変えなければ、教師だけで何とかなるものでもないでしょう。日本に蔓延する既得権益による参入障壁のひとつが、ここにも見られるようです。

 教育委員会や校長などの、採択決定者の思想までは完全には変わっていないのかも知れません。いずれにしろ、日教組をはじめとする左翼陣営が作り上げた岩盤を崩すのは、なかなか大変なようです。

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2019年6月 8日 (土)

被害者の人権を守ろう

012  最近世情を騒がす事件が多いように思います。度重なる高齢者の自動車事故や児童を狙った殺傷事件、また父親による引きこもりがちの息子の殺人事件など、テレビの報道番組で毎日のように取り上げられています。それぞれその背景も複雑で、いずれ立件、起訴され、裁判所で判決を受けることとなります。

 今年4月に87歳の飯塚幸三被疑者運転による自動車の暴走事故で、妻子を失った被害者の男性が加害者に対し「厳罰を処して欲しい」と語ったと言われますが、被害者の気持ちになればそう思うのも仕方ないことでしょう。

 しかし日本に於いてはこれら被害者にとって優しい国でしょうか。以下に述べるとおり実態はそうではないようです。

 まずこのような事件の刑事裁判に於いて、裁かれるのは誰かというと、被告人ではなく検察官と言うことのようです。倉山満氏著「検証 検察庁の近現代史」の中で、「刑事裁判とは」と言う欄に、以下のように記述されているので引用します。

 そもそも、刑事裁判は、どのようにして起こるか。

 まず事件が発生する。事件を警察が捜査して被疑者を逮捕する。逮捕後に警察で取り調べの後に検察に送られる(これを送検と言う)。検察でも同様に取り調べ、検察官が被疑者を起訴するか否かを決定する。起訴がなされれば、被疑者は被告人となり、裁判が開かれる。

Atom_h3  刑事裁判とは、この過程(プロセス)に不正が無いかを、裁判官が審査することなのである。

 刑事裁判は、検察官の起訴によって行われる。訴えを起こすから、「起訴」である。そして、刑事裁判とは、検察官が起こした裁判を審査することなのである。だから、裁かれるのは検察官なのだ。

 要するに、被告人が事件の真犯人であるとの立証貴任(これを挙証と言う)を検察官が果たしたときに、被告人は有罪となる。その際、自白だけでは有罪にできず、物証がなければならない (憲法第三八条、刑事訴訟法第三一九条) 検察官は「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」が求められる。平たく言えば、検察官が100%の挙証を果たさない限り、被告人を有罪にはできないのである。

 厳密には、刑事裁判は「裁く」のではなく、審査する場である。なぜ被告人は被告人席に立っているのか、それを法廷において説明するのが検察官である。刑事裁判とは、司法権(裁判官)による行政権(検察官。広い意味では警察官も入る)の手続統きに不正が無かったかどうかの審査なのである。

 このように刑事裁判に於いて、検察側は「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」が求められます。これは特に冤罪を防ぐためと言う大義の下、被告人に不利益を生じさせないための、検察側に対する法的義務です。これが「第一のポイント」です。

 そして憲法にも第31条から40条に亘って、10条もの被告人の権利が謳われていますが、被害者の権利はどこにも謳われていません。

 被告人には弁護人が付きます。本人が選出した弁護士でも、国選でも構いません。通常刑事事件の被害者側(原告)は検察が代理で捜査や送検、そして立証を行ない、対して加害者側(被告)は弁護人がその反証を行なうことになります。

 前のブログでも取り上げましたが、殺人や傷害事件などの被害者が加害者に報復は出来ません。警察や検察が捜査や尋問で以て代行することになります。そして報復の代わりに、懲役や罰金などの刑が与えられることになります。その刑を判決する過程が裁判となります。被害者はひたすら検察の立証に頼るしかありません。

 一方加害者は、弁護人に依頼して、この立証を何とか崩し無罪や減刑を勝ち取ることを求めることになります。弁護士は無罪や減刑を勝ち取るほど、名声も上がり報酬も多くなりますから、可能な限りそうなるよう反証をしていきます。

 この検察と弁護人とがお互いに法の範囲で立証と反証をするわけですが、法の範囲を超える場合、それぞれが過去の判例や社会通念に照らして戦うわけです。しかし物証が曖昧な場合やない場合など、検察の立証は困難で、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事事件の原則から、仮に被害者が実際に被害を受けていても、泣き寝入りとなる場合があります。これは冤罪とは真逆の事象です。

 「保守の使命」の著者、杉山誠四郎氏は「現憲法に基づく刑事訴訟法のもとでは、犯罪者は犯罪を隠す権利があるかのような意味合いが含まれ、犯罪捜査がいかに難しくなり、結果日本の犯罪がいかに悪質化したか」と言うように指摘しています。

 実際私がいつも感じている「日本は加害者に優しく被害者に厳しい」というのも、この憲法による、過度の加害者人権保護が起因となっているのが窺えます。これが「第2のポイント」になります。

 加えて以前このブログでも述べましたが、弁護士はその加入団体である「日弁連」の考え方、つまり「検察」を国家権力と見立て、検察と戦う事が正義という、サヨク思想の持ち主が多く、特に思想がらみの裁判にはことのほか大弁護士団を繰り出しています。

 更には死刑に対する反感も極めて根強く、日弁連は「死刑廃止」の会長声明も出しています。このことの恰好の例に当たる裁判が例の「光市母子殺人事件」です。以下に前述の「検察庁の近現代史」から引用します。

 1999年4月14日に発生した、山口県光市母子殺害事件は記憶に新しかろう。

 18歳1か月の少年が、女性を殺害し屍姦に及び、傍らにいた赤ん坊をも地面に叩きつけて殺した。

 加害者に情状酌量の余地がまったく無い事件だ。この犯人を死刑にするのに、法的には何の障害もない。だが、我が国の裁判所は、「2名以内なら無期懲役。死刑にはしない」との相場主義を採っている。

 2008年4月2日の差戻し控訴審で死刑判決が出るまで、9年。その間、時代遅れに加害者の権利が守られている少年法の是非、まったく顧みられない被害者遺族の権利、そして死刑制度の存否までが問われた。

 あげくの果てには、被害者遺族である本村洋氏を叩く言説まであった。

Up070616  絶望する遺族を励ました山口地検の吉池浩嗣三席検事の闘志が、遂に凶悪犯を死刑に追い込んだわけです。その後弁護側が上告し、2012年2月20に死刑が確定しました。この裁判の過程で21名もの弁護団を構成し、弁護人が反証した内容が余りにも酷かったので、記憶に残っている人も多いと思います。これも以前述べましたが改めて以下に概要を記述します。

「被告人に殺意はなく、被害者である母親の口をふさごうとしたら、たまたま喉に手が入って死んでしまった傷害致死事件である。」

「赤ん坊に対しても、あやそうとしてヒモを蝶々結びにしたら死んでしまった。これも殺人ではなく、共に殺意は存在しなかった。」

「少年が母親の死体に性的行為を行った件については、姦淫して死者に生をつぎ込んで死者を復活させる儀式を行った。山田風太郎の『魔界転生』の中に出てくる精子を女性の中に入れる復活の儀式だった。」

「赤ん坊の死体を押入れに入れたのは、ドラえもんの存在を信じていて、押入れは何でも願いを叶えてくれる四次元ポケットだから、ドラえもんが何とかしてくれると思った」

 「死刑を免れるためには何でもあり」、と言うほかありません。この例に限らずその後も多くの残虐な殺人事件が発生していますが、弁護側は加害者の精神鑑定を求めたり、殺意の希薄化を狙って、ありとあらゆる手を使い死刑の阻止を図っています。これが彼らの当面の敵、検察という国家権力との戦いで有り、被害者は念頭からすっぽり抜け落ちています。この弁護人の一般的態度が「第3のポイント」です。

 私は憲法に謳おうが謳うまいが、「国民の生命と安全を守る」というのが「国家」としての普遍の義務だと信じます。そう言う意味では犯罪から国民を守る、つまり被害者を作らない、最低でも被害者が最小限の被害で済む国家にしなければならないと思います。そのためには当然「加害者に優しい」、などと言ったことはあり得ないはずで有り、弁護士もその罪状に合わせて適切な弁護をする必要があります。決して報酬目当てに不当な減刑を目指すことはあってはならないと考えます。

 戦前の治安維持法等による過度の検察権の弊害に対する反省からか、戦後の日本は憲法をはじめとした法体制や、司法制度、それに暗躍するサヨク弁護士により、加害者には優しいがその反動で被害者に厳しい国になったのではないでしょうか。

 被害者にも相応の目配りをするよう、判事は検察の立証責任のみ追い求めるのではなく、弁護側の過剰な反証内容も十分チェックし、被害者の泣き寝入りのようなことにならない、つまり冤罪とは逆の形にならないよう務めなければ(そう努力しているとは思いますが)、いわゆる正義は成り立たないと考えます。「被害者の人権を守ろう」、そう訴えたいと強く思います。

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2019年6月 5日 (水)

またも高齢者の暴走事故発生

Tbs_news3691537_6_thum800  昨夜また高齢者の運転する自動車重大事故が発生しました。NHK NEWS WEBからその記事を引用します。

 4日夜、福岡市早良区で80代の男性が運転する車が猛スピードで逆走して交差点に突っ込み、男性と同乗していた妻の2人が死亡、7人がけがをした事故で、死亡した男性が先月、運転免許の返納について知人に相談していたことがわかりました。警察は詳しい状況や事故の原因を調べています。

 4日夜7時すぎ、福岡市早良区で乗用車が反対車線を猛スピードで逆走したうえ、複数の車と衝突しながら交差点に突っ込み、乗用車を運転していた早良区の小島吉正さん(81)と同乗していた妻の節子(76)さんの2人が死亡し、歩道にいた男性1人を含む男女7人がけがをしました。

 ここ最近高齢者ドライバー運転ミスによる死傷事故が目立ちます。朝日新聞DIGITALによると次の通り発生しています。

・17年5月 大分市で76歳女性の軽乗用車が病院の待合室に突っ込み、17人が重軽傷。女性はブレーキを踏もうとして、誤ってアクセルを踏んだとされる。

・18年1月 前橋市で85歳男性の乗用車が、登校中だった自転車の女子高校生2人をはね、1人が死亡。

・   5月 神奈川県茅ケ崎市で90歳女性の乗用車が歩道に突っ込み、横断歩道を渡っていた4人が死傷。女性は、赤信号にもかかわらず、左折した。

・19年4月 東京・池袋で87歳男性の乗用車が暴走し、自転車の母子2人が死亡、10人が負傷。交差点を走り抜け、通行人やごみ収集車に衝突したとみられる。捜査関係者によると、法定の時速50キロの2倍近い90キロ台後半まで加速していたという。

・   6月 大阪市此花(このはな)区で、80歳男性の乗用車が幼児を含む男女4人をはねる。大阪府警の調べでは、男性はスーパーの駐車場で後進して突っ込んだという。

 今回の事故は、特に今年4月の池袋の暴走事故と似たケースで、いずれも交差点に猛スピードで突っ込み、大惨事となっています。池袋の事故では、運転手は怪我ですみ、被害者2人が死亡しましたが、今回の事故は運転手と同乗者が死亡、幸い被害者は全員命に異常はありませんでした。

 前にもこのブログで取り上げましたが、自動車は運転を間違えると、恐ろしい凶器となります。被害を受けた人は銃やナイフの代わりに、車という凶器で死傷させられることになります。

Th_  それなのに、過失運転と言うことになれば、7年以下の懲役にしかなりません。ただ危険運転致死傷と認定されれば、20年以下の懲役と一挙に罪は重くなりますが、しかし滅多に適用されません。法による危険運転致死傷罪の規定は次の通りです。

・アルコール又は薬物の影響により、正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為(アルコール又は薬物の影響により、正常な運転に支障が生じる恐れがある状態で自動車を運転する行為であって、結果としてアルコール又は薬物の影響により、正常な運転が困難な状態に陥ったもの……第3条)

・その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

・その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

・人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

・赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

・通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

・自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転する行為であって、結果としてその病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥ったもの(適用対象となる病気は後述)

 この規定によれば、上記のような大事故に繋がる運転をした場合、すべて危険運転に相当すると思われますが、なぜか適用は少なく、殆どが過失運転と認定されるようです。しかし前述のように被害者にとっては、銃や凶器で死傷させられた場合と何ら変わりがありません。これでは被害を受けた方、特に家族が事故死した人にとっては、まさに殺人の被害者と全く同じ状況です。

 こうした危険運転が生じないように、運転手側、自動車メーカー側、道路行政側、そして起こしてしまった事故の処罰、それぞれの改善のアプローチが必要ですが、まずは運転手側の改善が第一です。

 自動車をいくら安全に設計し、自動化を進めても限界があるでしょう。コストの問題もありますし、安全に懲りすぎてセンサーだらけにし、いつでもどこでも止まってしまうような車などにしたら、渋滞は発生するし車の利便性はなくなってしまいます。

 それに自動運転に頼ってしまい、運転技術が低下する恐れもあります。

 また道路行政に関しても、改善の余地はあっても、すべて安全設計の道路に造り替えるなどとしたら、そのコストはとてつもなく膨大になり、現実的ではないでしょう。

 処罰に関しては、法の条文に則って危険運転の適用を拡大すべきだと思います。それによる抑止効果はある程度期待できるでしょう。ただこれで劇的に減るとも思えません。

Download_6  やはり運転手側、特に免許行政からの改善が一番です。事故に関しては高齢者だけでなく、若年者もかなり多く、また30代から50代に掛けても一定の割合で起こしています。ですから年齢を区切ることなく、毎年技能検定を行なうべきです。

 費用や検定員の問題もあるでしょうが、毎年多額の自動車税を取り立てているのでそれで賄うか、必要なら運転者から徴収すれば良いでしょう。

 そして特に80歳を超えたら、更新ではなくて免許は一旦返納し、続けて運転を希望する人は取得申請を必要とし、認知機能検査に加えて必要かつ十分な技能検定を行なって、一定の技能に満たない場合は申請却下とすべきだと思います。

 猟銃等の銃や刀剣の保持には許可が必要です。自動車も一種の凶器ですからこのように運転の許可を厳しくしていく必要があるのではないでしょうか。

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2019年6月 3日 (月)

室井佑月氏にみる反日サヨクの正体

C8chmeuuwaajjny  日本のサヨク界隈の人たちの中には、なぜか日本よりも諸外国を大事と思う人が多い。それが昂じて日本を貶める人も多くいます。わざわざ国連に出かけて行って、慰安婦の性奴隷化を進言したり、日本の様々な差別を喧伝したり、また国内でも同じように「日本は悪いことをした」を連発しています。

 その根拠の殆どが戦前の軍国主義(と彼らは定義づけますが)を起点に、日本は諸外国に殺戮や犠牲をまき散らした戦犯国だったという認識に立っていて、かつGHQのWGIPによる洗脳政策にどっぷり浸かった、そしてその再教育を受けた人たちです。

 彼らに共通するのは戦力、原子力、保守の政治家を極端に嫌うことです。ただし戦力、原子力日本が保有するもののみです、よその国のものは念頭にありません。ですから日本の軍隊と米軍基地、原子力発電所、現安倍政権を徹底的に嫌います。そして憲法、特に9条をとても大事にします。

 「戦争」なんて言葉は聞くだけで吐き気をもようすようです。ネットを見ていたら「AERA」にこのサヨクの代表的な作家(?)の室井佑月氏の「丸山穂高議員の“戦争”発言」に関するコラムがあったので、紹介します。

Muroi  元日本維新の会の丸山穂高衆議院議員の発言。「戦争しないとどうしようもなくないですか」。あの発言に、背筋が凍りそうになった。お酒を飲んでいたからとか、問題を提起しただけとか、議員にだって言論の自由があるとか、そんな問題じゃないよね。

 さすがに、日本維新の会の代表である松井一郎・大阪市長も、「国会議員として一線を越えた発言。元島民、国民に本当に不快な思いをさせ、心からおわびを申し上げたい」。そう即座に反応し、丸山氏を除名処分にした。あの発言が、国会議員として一線を越えているのはもちろんのことである。

 まあここまでは、一般論としてはそれほど引っかかりません。事実ベースで述べていますね。ところがここから彼女の本領が発揮されていきます。

 けど、あたしが引っかかるのは、発言しなければそれでいいのか、というところ。飲み屋にいるオヤジの戯言じゃないんだよ。丸山氏みたいな考え方の政治家、ほかにも結構いるんじゃないの?あたしが丸山氏の発言で背筋が凍ったのは、そこの部分だ。

 政治家たちが一部の支持者へのサービスで、隣国へのヘイトをくり返したり、拳を振り上げてみせたりすることは多々ある。それってさ、ほんとにほんとのただのパフォーマンス? 丸山氏みたいな考えがちょこっとでもあるからじゃないの? だとしたら、怖い。

 隣国へのヘイトを繰り返している?これ、韓国の諸々の反日行為に対する当然の反応であって、「戦争するぞ」と誰が本当に思っていると考えているのでしょうか。寧ろ韓国のメディアを見ると余程日本へのヘイト発言が多いし、戦争を煽る記事もある。

00423710hdk  また政治家でも、例の文喜相国会議長の「天皇謝罪発言」など、ヘイトを通り越していますよね。室井氏は韓国メディアに目を通さないのでしょうか。次の文章のくだりなど、呆れてものが言えません。

 あたしら大勢は、国から便利なATMみたいに扱われている。あたしたち一人ひとりに命や感情があるなんて思われてなく、ざっくりと何人いるからいくらまでなら召し上げられる、と国から判断されてそうな代物だ。

 そういう代物とされているあたしたちは、もし外国と揉めることがあったら、簡単に使い捨てにされるだろう。今の政治家たちは、外国とのぎりぎりの交渉の中で、あたしたち庶民の命を何番目くらいに考えてくれるのだろうか?

 権力の座を確保するための選挙にしか関心がなく、権力を得たら破廉恥にもその私物化だ。もはや、あたしたちの代弁者と思えない政治家に、あたしたち多くの国民のことを真っ先に考えてくれよ、といっても詮無いことのような気がしている。

 いったい何様なのでしょうか。彼女は少なくとも庶民ではなくて、エリートに属すると思われる報酬を得ていると思いますね。それに雑誌でもテレビでも言いたいことを言って稼いでいる。少しくらい多くの税金を納めているからといって、ATM等を持ち出して、金だけ吸い上げられて使い捨てされる、と本気で言っているのでしょうか?正直、本当に使い捨てしたいような人です。

 こういう風に日本を、日本の政権を愚弄し、周辺諸国に媚びを売るのが、典型的な反日サヨクの人です。そしていみじくも彼女の最後の文章で、「権力」という言葉を「反権力」つまり「野党」に置き換えれば、なぜかピッタリ収まるという気がします。

 兎に角、彼ら、彼女らの言うように、日本から戦力原発などのエネルギーを一切なくし、日米同盟を破棄し、国連から嫌と言うほどの内政干渉に関わる提言を受けて、姓奴隷を認め、徴用工裁判を受け入れ、南京大虐殺を肯定した上で、大枚の追加賠償金を支払い、枝野、辻元政権を作ったら、どうなるでしょうか。

 考えただけでも背筋が寒くなります。この室井氏以外にも、松尾貴史氏とかラサール石井氏とか、この手の輩がゴマンといます。そして彼ら一様に日本をさんざん悪く言っているのに、その日本でのうのうと好きなことをやって稼いでいます。

 こう言う人たちを見ると、政権批判をする人たちを軒並み拘束して罪人に出来る中国が、ある意味うらやましくも思えてきます。でもそんなことは微塵もない国、反日サヨクの彼らにとって日本は本当にいい国ですね。

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2019年6月 1日 (土)

「ポピュリスト」は野党政治家

0001p1  「ポピュリズム」という言葉があります。日刊ゲンダイの誌上で慶応大学名誉教授の金子勝氏は以下のように述べています。

 ポピュリズムが世界を席巻している。トランプ米大統領が代表格だが、その主張は安倍首相にも通じる。しかし、安倍のポピュリズムは大衆をあおって動員するタイプではない。安倍は弁舌で聴衆を引きつける能力がないからだ。

 では、その特徴は何か。自民党の衆院比例代表の絶対得票率は2割に満たず、総得票数は2000万票にも届かない。それゆえ、有権者に政治への期待を放棄させ、投票率を下げることに力を注ぐ。それには2つのやり口がある。ひとつは、人々を諦めさせる強引な手法を続けることだ。いまひとつは、都合の悪い文書やデータを平気でゴマカし、マスコミに圧力をかけて批判を封じることである。(「安倍さんしかいないのかなぁ」は無力化ポピュリズムの罠)

 更に続けて安部首相批判をこれでもか、と述べていますが、単なる誹謗中傷としか受け止められません。「政治知新」のニュース記事「英ガーディアン、枝野や山本太郎こそ、ポピュリストだと事実上の指摘」によると、全く違う意見が述べられています。以下に引用します。

 先日も、金子勝慶大名誉教授と日刊ゲンダイの珍コンビが、「アベ政治はポピュリズム!」という決めつけデマを延々と述べていた。左翼の皆さんは、いつでも「安倍総理はポピュリスト」という主張をする。

Download-2_2  しかし、英国のリベラルな大手新聞ガーディアンは、YouGov-Cambridge Globalism Projectとの「世界のポピュリズムの状況」に関する共同調査を発表し、日本はG7諸国の中でもっともポピュリズムからはほど遠いという興味深い調査結果を報じた。(調査対象主要19カ国中18位、1位はブラジル、2位南アフリカ)

 この調査は、各国とも1000人以上のサンプルをとって行われた。日本の反政府勢力や望月記者のような適当な定義ではなく、オランダの政治学者キャス·ムッデの定義に従い調査を行った。ムッデは、ポピュリズムを「一般人とそれらを利用する腐敗したエリートが対立しているという前提に立ち、国民の意思こそが国内政治の最高法規であるべきというイデオロギー」だと定義する。

 記事ではこの定義が意味するところは、日本の場合与党や安倍政権ではなく、寧ろ野党がその路線にあると指摘しています。以下に続けます。

 なんだか隣国で起きていることや、「99%と1%」を叫んでいる山本太郎参議院議員や、「ボトムアップ」を僭称する立憲民主党が脳裏をよぎるが、話を進めよう。

 ガーディアンは、この定義に基づき、一般人とそれらを利用する腐敗したエリートが対立しているか?国民の意思こそが国内政治の最高法規であるべきか?と各国国民にアンケートを取り、強く思うと答えた順にランキングしたのである。なおポピュリズムにはSNSを積極的に利用する傾向も見られたという。

 そうしたしっかりした調査で、わが国はスイスに次いで、ポピュリズムが低い国となったのである。これは誇るべき結果だ。しかし、わが国にはとんちんかんなことを喋る教授とメディアがあった。

Maxresdefault-1  これに続いて上述の金子教授の日刊ゲンダイでの記事が紹介されています。しかも「金子勝と日刊ゲンダイの赤っ恥」というサブタイトル付きで。更に記事は続きます。

 上記のガーディアンの後では、(この金子教授の記事は)粗雑な定義に基づく粗雑な感想文でしかない。金子氏が如何に適当に文章を書いているか、よくわかる。そもそも、ムッデの定義でいえば、枝野幸男代表、おしどりマコ(立憲民主党参議院議員候補・全国比例)、山本太郎参議院議員こそがポピュリストである。

 彼らは自分たちがエリートのくせに、一般市民は上級国民によって搾取され、対立状態にあるかのようなデマを放射能やら何やらで拡散し、対立をあおる。枝野代表に至っては、自分は一般市民の側だと自称する始末。そして、彼らはSNS利用が大好きであり、SNSを通じて、民衆を扇動している。

 そして、彼らを支持する国民は少なく、安倍政権の支持率が高いという事実は、ある意味、ガーディアンが報じた『日本はポピュリズムから程遠い』という調査結果を証明している。

 そしてこの記事は以下の言葉で結んでいます。

Images-1_4  今回のガーディアンの共同調査は、安倍総理がいかにポピュリズムから程遠く、枝野代表他こそ真のポピュリスト、つまり扇動政治家だと証明する結果が出た。誰が、わが国内での不幸ないさかいを助長するポピュリストかは明らかだ。

 私もこの記事に示されているとおり、野党、とりわけ立憲民主党、社民党、日本共産党特定野党「一般人とそれらを利用する腐敗したエリートが対立しているという前提に立ち、国民の意思こそが国内政治の最高法規であるべきというイデオロギー」を確実に持って、マスコミや日弁連、左翼ジャーナリストを巻き込み、口先だけで国民を扇動するポピュリストだと確信します。

 自分たちはエリートで上級国民でありながら、一般国民に寄り添うふりをしている、これら口先きポピュリストに日本を貶められないよう、今後とも日本の主権と独立をしっかり守り、国民の財産と生命、安全と安心の生活を、きちんと政策で担保する政治家を、応援していきたいと思います。

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