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2019年7月21日 (日)

京アニ事件のようなテロに対処するには

Photo_20190720173001  京都のアニメ制作会社の放火殺人事件、またしても精神的に異常と思われる犯罪者が起こした、無差別殺人事件で、まさにテロと認定できる凶悪な事件です。20日付の読売新聞は容疑者の実名とともに、次のように報じています。

 京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで起きた放火殺人事件で、京都府警は19日、ガソリンをまいて火をつけたとして身柄を確保した男を、住所、職業不詳の青葉真司容疑者(41)と発表した。現場付近では、青葉容疑者に似た男が数日前から目撃されていたことも府警の調べなどで判明。府警は、同社側に一方的に反感を抱いた青葉容疑者が襲撃を計画し、現場を下見したとみている。死者は新たに1人増え、34人となった。

 青葉容疑者は茨城県内や埼玉県内などで生活し、最近はさいたま市のアパートで暮らしていた。2012年6月には、茨城県内のコンビニ店で強盗事件を起こし、逮捕されていた。

個人が起こすこの手の事件には、過去にも「秋葉原通り魔事件」や「相模原障害者施設殺傷事件」など、幾つかの無差別殺傷事件が起きていますが、今回の事件はその規模や手口、計画性など、ひと際悪質なものが窺えます。

 この容疑者は以前住んでいたアパートでも住民との間でトラブルを起こしています。朝日新聞デジタルから引用します。

 20代男性の住人によると、男の部屋からは毎日のように騒音が聞こえ、ゲームのBGMが大音量で聞こえたこともあった。今月14日昼ごろ、男が男性の部屋の玄関ドアをたたいたり、ドアノブを回したりした。部屋の中から壁をたたかれるなどしたため、男性が男の部屋へ行くと、胸ぐらをつかまれ「殺すぞ」「こっちは余裕ないんだ」「うるせえ」などと10分ほど繰り返されたという。

 その後も部屋の壁をたたかれ、男の大声が続き、近くの交番に相談に行ったという。これまでにも、騒音トラブルが何度かあり、4、5回警察に通報し、警察官が対応したこともあったという。

Download-3_20190720173101  つまり、この容疑者は前科もあり、近隣住民との間でも警察沙汰のトラブルを起こしています。このアニメ制作会社にも脅迫の文言を送っているようです。そういった状況から、警察も容疑者の性格異常もつかんでいたはずでしょう。ただ以前の事件でもそうですが、警察が事前に異常を把握していたとしても、すぐにでも事件につながるという確信がなければ、動けないのも事実でしょう。

 しかしいくつかの事件やトラブルを起こした人物をリストアップし、常に監視の対象としていれば、この事件のようにその人物が20リッターのガソリンを2缶も買えば、犯罪につなげるような異常行動だと、直ぐにでも判断できるのではないでしょうか。確かに警察官の人数の制限や人権問題が取りざたされますが、そんなことは、安全といわれる日本でこんな事件を発生させ、34人もの尊い命を失わせたことの重大性に比較すれば、言い訳にしかなりません。

 最新の監視や分析技術を駆使すれば、警察官の手薄状況も代替できるのではないでしょうか。それにもっと大事なことは、このような無差別殺人を起こすような、精神異常者、つまりテロリストを、人権とは切り離して徹底的に監視できるよう法整備をすることです。人権を声高に叫ぶ人権擁護者には、被害者の人権はどうするのだと返したいと思います。

 ストーカー殺人事件や幼児虐待殺人事件など、最近大きく報道されていますが、この場合でもテロ事件ほど重大性はありませんが、少なくとも人の命が失われていることに違いはありません。ここでもその前兆や通報などのいわゆる被害者側のシグナルがあったにもかかわらず、警察や児相の事件性の判断が甘く、結果として事件を防げなかった事例がほとんどです。これも上記と同様、監視機器によるハードと法によるソフトの面で対応すべきでしょう。

 以前から述べて来ましたが、日本は現行憲法が謳う人権、そして権利や自由を第一に考えるのは、社会が善人で満たされている場合の理想でしかないと思います。善悪混在する世界では、悪に対する防御と制裁が必要です。従って善を脅かす悪に対する人権は制限されてしかるべきだと思います。そうでなければ多くの善人は少数の悪人に大きな被害を受けてしまいます。今回の事件のように。

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