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2019年9月 6日 (金)

韓国・文在寅政権の「軌道修正」に、日本が乗ってはいけない理由


  今回は長谷川幸洋氏の『韓国・文在寅政権の「軌道修正」に、日本が乗ってはいけない理由』(現代ビジネス)を取り上げます。

   反日で突っ走る韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が、日本にすり寄ってきた。日本の輸出管理強化と韓国の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄をセットで見直す案を出してきたのだ。もちろん、日本がこれに応じる必要はない。

文在寅政権は、もうアメリカに「見放されてしまった」可能性

 文政権は、よほど動揺しているようだ。訪韓した河村建夫・元官房長官(日韓議員連盟幹事長)に対して、李洛淵(イ・ナギョン)首相は「輸出管理強化とGSOMIA破棄をセットで解決したい」という考えを示した。

 日本が韓国に対する輸出管理を元の仕組みに戻せば、韓国も日本とのGSOMIA破棄を見直す、という提案である。中身はともかく、これまでの強硬路線を修正するような発言が文政権の首脳から出たのは、初めてである。

 これに対して、安倍晋三首相は9月3日、根本にある「いわゆる元徴用工問題」の解決が最優先として、応じない考えを示した。

 日本が輸出管理を強化したのは、韓国の不適切な管理が理由で、安全保障上の懸念があるためだ。韓国側の発表でも、4年間に156件もの不適切事例が見つかっている(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66554)。一方、GSOMIAは北朝鮮の脅威を念頭にした防衛協力の枠組みである。

 この2つの問題は直接、関係がない。ただ、親北容共の文政権とすれば、ともに「北朝鮮を敵視するのは許せない」という話になるのだろう。日本から見れば、どちらも「文政権は信頼できない」という話にほかならない。

 したがって、安倍首相が文政権に対して「まずは徴用工問題を解決してくれ」と求めたのは、当然である。徴用工に関する韓国の最高裁判決は、1965年の日韓請求権協定を無視している。韓国が国と国の約束を守らない現状では、信頼関係の根幹が崩れており、何を議論したところで、まともな話はできないからだ。

 そうだとしても、今回の提案は文政権が現状打開を模索し始めた兆候かもしれない。いくら反日運動を盛り上げても、韓国経済への打撃が和らぐわけではない。GSOMIA破棄は、米国のトランプ政権を本気で怒らせてしまった。このままでは国が立ち行かない、とみたのではないか。

 そこで、なんとか面子を保ちながら、日本との関係を修復して、米国の怒りもなだめたい。そんな思惑がにじみ出ている。文政権の「軌道修正」をどう見るか。ここでは、細かい現状分析をひとまず措いて、歴史的な観点から評価してみよう。

歴史にみる「朝鮮半島のサバイバル」

 結論から言えば、文政権が軌道修正を図ったとしても、不思議ではない。彼らは自分たちの都合が悪くなれば、いつだって豹変する。

 朝鮮半島の人々はもともと主体性がなく、その時々で他国を都合よく利用して、生き延びてきた。苦境に追い込まれると、日本や中国、米国、ロシアといった周辺の大国を巻き込むことで、サバイバルしてきたのである。

 本来、民族の独立を大切にして、自国の文化と歴史にプライドを持つ普通の国であれば、他国の干渉はできるだけ排し、自分たちの力で国を守り、発展を目指すのが当然である。ところが、朝鮮半島は歴史的にそうではなかった。

 いくつか、例を挙げよう。以下の歴史的記述は、主に評論家の石平氏が著した『韓民族こそ歴史の加害者である』(飛鳥新社、2016年)に基づいている。

 古くは、日本が戦闘に巻き込まれた663年の「白村江の戦い」がそうだった。当時の朝鮮半島は百済と新羅、高句麗という3つの国に分かれて、互いに領土拡張を目指し、激しい勢力争いを繰り返していた。

 そんな中、百済との戦いに負けた新羅は捲土重来を期して、隣の大国である唐を味方にする策謀を考えた。これに成功して唐の支援を得ると、唐・新羅連合軍は660年、さっそく攻撃を開始して、百済を滅ぼしてしまった。

 ところが、残った百済の遺民たちは国の再興を期して、海を隔てた日本に支援を求めた。当時の大和朝廷はこれを受け入れ、3度にわたって計42000人もの大軍を朝鮮半島に派兵した。だが、唐・新羅連合軍には勝てず、大敗を喫してしまった。これが、白村江の戦いである。

 なぜ、大和朝廷は国が滅亡した後に百済の遺民を支援したのか。そこは歴史の謎だ。だが、ここで重要なのは、新羅も百済もそれぞれ異民族の中国と日本に支援を求めて、ライバルを蹴落とそうとした点である。相手は同じ朝鮮民族なのに、他民族の力を借りて、やっつけようとしたのである。

 唐の支援を得るために、新羅は唐に「絶対の忠誠」を誓っている。もともと中国に朝貢する冊封国だったが、官僚の制服から暦まで中国のものを採用したくらいだ。自分たちを「小さな中国」とみなして誇る「小中華」という言葉もある。他国を利用するためには、プライドも何もかも捨てるのは、古来から朝鮮伝統の芸風である。

 1274年と1281年の2度にわたる「元寇」では、朝鮮が中国の属国として軍事侵攻に協力した。朝鮮王朝である高麗は、高麗軍を編成して元軍とともに侵攻した。対馬や壱岐島では、武士だけでなく、非戦闘員の農民を含めて多くの日本人が虐殺された。

 これについて、石平氏は「日本軍の『戦争犯罪』を厳しく追及している韓国政府と韓国人は自分たちの祖先が実行した虐殺と戦争犯罪に対して、かつて一度でも反省したことがあるか。…謝ったことがあるだろうか。もちろん皆無である」と指摘している(前掲書、106ページ)。

 2度目の侵攻は、高麗王朝内の政争で、宗主国であるモンゴルへの不忠を疑われた王が自分への信頼を取り戻すために、モンゴル皇帝のフビライに日本への再侵攻を促した結果だった。自分が生き延びるために、日本攻撃をそそのかしたのである。

生き残るための「常套手段」

 1894年の日清戦争は、どうだったか。

 日本と清が対立するきっかけになったのは、1882年の壬午(じんご)軍乱だった。朝鮮内部での政争で親清派がライバルを倒すために、清に軍事介入を要請し、政権奪取に成功した。清は政変が収まった後も、朝鮮に部隊を駐留させて影響力を行使した。

 84年になると、今度は反清・反政府の勢力が、邦人保護を名目に駐留していた日本兵の協力を得て、クーデターを決行した。これが「甲申(こうしん)政変」である。これで朝鮮半島における影響力をめぐって、日本と清の対立が深まっていった。

 そこへ94年に起きたのが「東学党の乱」だった。「東学」という新興宗教の信者である農民が反乱を起こして、全羅道という地方を制圧した反乱である。

 朝鮮政府は鎮圧するために、清に出兵を頼んだ。清は要請に応じて出兵し、反乱を鎮圧した。ここでも中国頼みだった。すると、日本も邦人保護を理由に出兵した。日本は朝鮮半島における清の勢力拡大を警戒していたので、絶好のチャンスと捉えて出兵し、農民の反乱が収まった後も居残った。

 日本は朝鮮に内政改革を要求し、応じないとみるや、朝鮮政府内の親清派勢力を一掃する。それで、清との対立が決定的になり、日清戦争に発展した。先に見たように、対立のきっかけは、親清であれ反清であれ、朝鮮が清や日本に介入を求めたからだった。

 歴史を振り返ると、朝鮮という国は何度も他国を頼り、ときには他国の力を借りて自国のライバルや別の国を攻撃し、自らの生き残りを図ってきた。

 石平氏は「古代から現代まで長い歴史の中で、半島内で紛争や覇権争いが起きるたびに、外国勢を自分たちの内紛に巻き込んで、散々に利用するのは、半島国家が多用する常套手段であり、韓民族の不変の習性」と書いている(前掲書、9ページ)。

 さて、そうだとすれば、いまの文政権の行動もよく分かる。

 そもそも、反日運動は「自分たちの生き残りのため」なのだ。さすがに、いまの時代に武力は使えないから、代わりに悪口をあちこちで言い募って、政権の求心力維持を図る。韓国お得意の「告げ口外交」は、いまに始まった話ではなく、古代からそうだった。

「巻き込み戦略」に応じてはならない

 普通の国は「自国の平和と繁栄のために、自分たちが何をすべきか」と考える。ところが、韓国はそうでなく「自国の平和と繁栄、生き残りのために、他国をどう利用するか」と考えるのだ。実に特異な国である。その表れが、現段階では反日運動にほかならない。

 それが行き過ぎると、しっぺ返しに遭う。日本の輸出管理強化は、まさにそれだ。韓国は日本と親密な経済関係を築いたからこそ発展してきたのに、反日運動を盛り上げて、日本を失いかけている。日本は韓国から遠ざかろうとしている。

 すると、韓国はGSOMIAを破棄した。これは韓国伝統の「他国を巻き込む戦略」から見れば、間違いだった、と言えるだろう。日本を上手に利用するには、日本との関係を維持しておかなければならなかったはずだ。

 たとえば、ミサイル発射のような北朝鮮の重大情報をつかめなくても、GSOMIAを破棄した韓国は日本のせいにできなくなってしまうのだ。

 GSOMIA破棄は米国も怒らせ、自分たちの墓穴を掘る結果になってしまった。そうと気づいて、あわてて輸出管理強化とGSOMIA破棄の見直しを言い出した。それが、いまの局面である。

 輸出管理強化とGSOMIA破棄はまさに、韓国と日本が関係を薄めていく方向を向いている。そうであるとすれば、韓国には間違いであっても、日本には、それこそが望ましい。韓国が日本を利用しようにも、そうはいかなくなるからだ。

 そこに気付いたからこそ、文政権は見直しを言い出したのかもしれない。「生き残るためには他国を利用する」という自分たちの「DNAに染み付いた伝統芸」を記憶の彼方から思い出して「対日関係を薄めるのではなく、逆に深める必要がある」と気付いた可能性がある。

 そうであれば、なおさら日本はその手に乗ってはならない。

 韓国の反日運動は「日本を巻き込む戦略」の裏返しにすぎない。悪口を言って、自分が有利になろうとするのだ。そんな反日運動を、日本が心配する必要はまったくない。逆に、親日運動が起きたところで、日本が感謝する必要もさらさらない。

 韓国は歴史的に日本に支援を求めたことも、逆に攻撃したこともある。いま文政権の韓国に近寄って、ろくなことはない。ここは、安倍政権がそうしているように、無視するのが一番である。

  日本も長谷川氏の言うように無視するのが一番。こと有る毎に言いがかりをつけ自己を正当化し相手を罵倒する国とは関わらないことが一番。非韓三原則、教えない、助けない、関わらないことが、今こそもっとも必要な対応です。

 

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