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2019年9月24日 (火)

いじめ自殺と戦後教育

1  今回は明治大学名誉教授・入江隆則氏のコラム「いじめと戦う重要性を教えよ」(正論8/30)を取り上げます。最近のいじめは陰湿さを増し、自殺する被害者も増えています。こうしたいじめの要因の一つに、戦後教育があると氏は述べています。以下その記事を紹介します。

 岐阜市立中学3年の男子生徒がいじめを苦にして今年7月にマンションから飛び降りて自殺した。一昨年には兵庫県尼崎市立中学の女子生徒が、いじめられた末に自殺をしたようだし、その前年には新潟県立高校の男子生徒がやはり似たような理由で自殺している。

 報道されることがなく、表面化していない同様な事件の数は多いはずだから、「いじめ自殺」の問題は現在の教育界の極めて深刻な課題の一つといっていいだろう。

 ≪あらゆる人生の段階で≫

 それが重要な問題だというのは、いじめられる側においての「戦うことの重要性」が教育現場においても、あるいはさまざまなメディアでもほとんど意識されておらず、したがって指摘されていないからである。

 学校の校長や担任教師、地域の教育委員会の人々が、もっと早く問題の所在を把握し、いじめをやめさせるようにしていればよかったのにそうしなかったのが悪かった-という点が、すべてだとの認識で、この問題が論議されているような気がする。

 これがなぜ悪いかというと、人間社会のいじめの問題は、単に小中学校や高校においてだけではなく、われわれが生まれて死ぬまでのあらゆる人生の段階で、社会の中に大同小異、常に存在する問題だからである。

 したがっていじめられている生徒への教育としては、彼あるいは彼女に「いじめと戦うことの重要性」を教えることこそが、もっとも重要であるのにそれが理解されておらず、実行されてもいないのである。

 ここで、私自身の少年時代の経験を語ることをお許しいただきたい。私は昭和10年の横浜の生まれである。だから6歳のときに大東亜戦争が始まった。当時国民学校と呼ばれていた小学校の4年生のときに、戦火を避けるため父の生まれ故郷の島根県の山間部に家族とともに疎開をした。

 今では信じがたいことだが、当時その地域には電気もなく、新聞も3日は遅れてくる僻地(へきち)だった。方言も横浜の言葉とは違い、意思もよく通じなかった。体も弱かったので、一対一で田舎の子供と喧嘩(けんか)をしてもかなわない。

 ≪真っ当な声が無視され≫

 峠を越え4キロの道を歩いて小学校に通う途中、毎日十数人の悪ガキによっていじめられていた。崖から下に突き落とされ、「上がってこい」と言われて木の枝や蔦(つた)をにぎって苦労をして崖を上がっていくと、私に向かって並んで小便をしていて、それを頭から浴びるというようなことが日常茶飯だった。こういう具合に散々土地の子供たちにいじめられたので、この状態にどう対処するかというのが大問題だった。

 その時の私がどうしたのかというと、ほかにもう一人いじめられっ子がいたので、彼と相談をして、どうすればガキ大将をぶん殴ることができるかを考えぬいたのである。その結果われわれは少しずつ仲間を増やしていき、ある日その全員で、ガキ大将を殴りつけることができた。それは村の神社の前の広場だったが、今でも忘れられない記念すべき日となった。

 この経験が私のその後の人生の中で極めて重要な原体験になったのはいうまでもない。この時点で「人生に於(お)ける戦うことの重要性」を学んだからである。

 さて話を、冒頭で述べた岐阜市立中学校でのいじめ自殺の問題に戻すが、報道を読む限りでは、いじめられている子供に対して「戦え」という指導は一切行われなかったようである。同じクラスの女子生徒が「私も一緒に戦います。先生、力を貸してください」とつづって提出した事実があったようだが、その至極真っ当な声は無視されてしまったようである。

 ≪戦後教育の深刻な問題隠され≫

 それはどんな時にも「戦うことは良くない」という認識があったからではないかと思われる。なぜそんな認識があったかという点にこそ、すでに75年になんなんとする、この国の戦後教育の深刻な問題が隠されているのである。

 日本における戦後という時代の特色の一つは、「平和、平和」という掛け声があらゆる場面で連呼されてきた時代だった。これはむろん、米国による洗脳だったのだが、そういう背後の状況は隠蔽(いんぺい)されて、広く「平和ボケ」と称される現象が発生し、その原因となった「平和教」とでもいうべき一種の宗教的とでもいうほかない感情が広がってしまった。

 米国によって書かれて、押し付けられた日本国憲法を厳守し、とりわけその第9条を、世界遺産として残そうというような奇妙な運動が起こっているのも、今に残るその残滓(ざんし)であろう。

 昭和時代について書いている歴史家の多くは、日本人の眼で見るのではなくて、敵国だった米国人の眼で見ているケースが多い。だからこそ「東京裁判史観」だとか「自虐史観」によっていると非難されているわけだ。私はその非難を正しいと思っている。悪い慣習を糾(ただ)すことこそが今日の重要課題なのである。

 私も入江氏ほどひどくはありませんが、同様な経験はあります。私の場合も仲間を見つけ、いじめの相手を殴り返しました。いじめやそれに似た行為は、学校だけでなくほとんどの人が経験しているのではないでしょうか。それに対し何もできずに死を選んでしまう、これほど弱い人間はありません。

 入江氏の言う通り9条教信者などは「攻められたら逃げる、逃げ切れなかったら殺されても仕方がない」などと、動物の本能すら失った発言を繰り返しています。そういう人間こそ実際の戦いの場面に遭遇したら、助かりたい一心で逃げまどい、逃げ切れなかったら命乞いをして助かろうとするに違いありません。

 これからは、攻められたら身を守るため戦う、いじめられたらいじめから逃れるために戦う、そういう教えを、学校も、家庭もすべきでしょう。

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