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2019年10月

2019年10月31日 (木)

徴用工判決から1年、日本に渦巻く「嫌韓」の原点

As20190903003128_comm  今回は東京通信大教授重村智計氏のコラム『徴用工判決から1年、日本に渦巻く「嫌韓」の原点』(iRONNA 10/31)を取り上げます。

 2018年10月30日、韓国大法院(最高裁)は、新日鉄住金(現日本製鉄)に対し、韓国人元徴用工へ計4億ウォン(約4千万円)の賠償支払いを命じた2審判決を支持し、企業側の上告を棄却した。だが、最高裁は、精神的苦痛を与えた加害者を特定する構成要件を明らかにすることはなかった。

 判決の衝撃は大きく、文在寅(ムン・ジェイン)政権を批判する者と嫌韓や怨韓の論調を批判する者、両者の対立が日本で激化した。判決から1年たっても、嫌韓・怨韓感情の収まる気配は一向にないが、その原点は朝鮮半島問題の教科書的存在といえる著名な日本の雑誌が展開した二つの「運動」にある。

 筆者は、1975年に高麗(こうらい)大に留学してから40年以上も韓国・北朝鮮問題を取材し、多くの本や論文を執筆してきた。だから、韓国人と朝鮮人に好意を抱いているし、尊敬すべき多くの韓国人にも助けられてきた。市井の韓国人は素朴で親切だが、政治や運動に携わる人たちは平気で嘘をつく。

 徴用工問題が話題に上るたび、筆者は一人の若者を思い出す。三十数年前、米スタンフォード大のキャンパスで出会った李隆(イ・ヨン)君だ。山口県出身の在日韓国人だが、韓国語は使えない。

 人を「在日の敵か味方か」見極める目つきがギラギラしていたのが印象的だった。でも、韓国人留学生と韓国語で自由に話す様子を認めたのか、警戒を解いた李君はすぐに筆者と打ち溶け、ある日こんなことを話してくれた。

「在日が強制連行で日本に来たのは嘘ですよ。オヤジに日本人に絶対に話すなと言われた」

 李君の父親は戦前徴用工として八幡製鉄所(現日本製鉄)で働かされたが、毎月給与はきちんともらえたし、仕事上で差別もいじめもなかった。それに、終戦で韓国に帰る際には退職金も渡されたし、日本人工員たちも送別会を開いて、餞別(せんべつ)までくれたという。

 ところが、韓国に帰国したものの、仕事がなく食べていけなくなって、再び日本に密航したのであった。「日本人に話すな。強制連行と思い込んでいるから、本当の話をするな」と李君に念押ししたのも無理もない。

 李君の父親のような証言は長きにわたって封印されてきた。こうした証言収集に取り組んだ学者も攻撃に遭い、存在をも否定されてしまった。

 なぜか。戦後の朝鮮半島問題は革新系の学者が先導したからだ。しかも、その多くは戦前に朝鮮の植民地化を支持した人たちだ。

 彼らは韓国を否定し、北朝鮮を肯定する「運動」に取り組むことで、自分の過去を合理化してきた。そうして「日本人にいじめられた朝鮮人もいただろうが、それが全てではない」と主張する者に激しく攻撃を加えたのである。

 筆者は新聞社に勤務していた75年、韓国の延世(ヨンセ)大と高麗大に留学し「韓国はやがて先進国になる」と書いたところ、社の内外から「韓国の手先」と陰口を叩かれて、いじめを受けた。それが、94年に月刊誌『中央公論』で「北朝鮮は石油がないから戦争できない」と指摘すると、「北朝鮮の手先」と攻撃されるようになった。

 日本の新聞は、朝鮮戦争について長い間「北朝鮮が始めた」とは書けず、日本人拉致が「北朝鮮の犯行」と指摘するのもはばかられたころの話である。そのような時代に、「真実」を書く場所を筆者に与えてくれた『中央公論』の宮一穂編集長には本当に感謝しかない。

 筆者は新聞社の先輩に「記者や学者が『運動』に加担するようになったら終わりだ」と口を酸っぱくして言われたので手を染めることはなかったが、運動に乗せられた記者も少なくなかった。運動に加担すれば、目的のために平気で嘘をつくようになる。このように、日本で扱われる朝鮮半島問題は、運動が主流となり、運動の前に「真実」は妨害され続けてきたのである。

 そのような中で、記憶に残る韓国人学者もいる。国民大の韓相一(ハン・サンイル)名誉教授は、著書『知識人の傲慢(ごうまん)と偏見』(韓国・キパラン社)で、月刊誌『世界』の「親北反韓」の姿勢を厳しく批判した。

 韓氏は、日本人と韓国人が友好的で平和的な関係を築くには、互いに尊敬し合えるようになることが重要だと説く。それなのに、『世界』と執筆陣は「南朝鮮(韓国)」への差別感情をむき出しにしながら、「人権抑圧の独裁国家」北朝鮮礼賛に人々を導き、日本人拉致を否定してきた。

 北朝鮮の工作活動として使われた「代表作」が、『世界』で73年から約15年続いた連載「韓国からの通信」だ。駆け出し記者のころの筆者も愛読したほど、多くの新聞記者の「教科書」だった。

 ところが、実はこの連載は日本で書かれていて、ジャーナリズムの基準に照らし合わせれば「捏造(ねつぞう)」であったことが後に分かる。当時の『世界』編集長も韓国月刊誌のインタビューで「自分も執筆している」と認めている。本当に韓国から届いた寄稿だと思っていた記者たちはすっかり騙されたことになる。

 「韓国からの通信」は、韓国でも反体制派学生の翻訳により地下出版されていた。筆者がソウル特派員時代、翻訳本を持参した学生は「日本人が韓国の状況を『宮廷闘争』のように楽しんでいるが、その参考のために翻訳した。日本人の差別意識が分かる」と発刊の理由を語った。この思いは本の序文にもつづられていたほどだ。

 そもそも、『世界』は掲載論文に大韓民国(韓国)という用語を使わせず、84年10月号まで「南朝鮮」と表記させた。明らかな韓国蔑視だが、「韓国という国は存在しない」という北朝鮮の主張に従ったものである。

 エピソードでも分かるように、日本人の心の底にある「韓国・朝鮮人蔑視」の感情を、『世界』が韓国人にだけ向けさせたと韓氏は指摘する。だが、同誌から反省の言葉は聞かれない。

 韓国蔑視、北朝鮮礼賛の「呪縛」から解放されたことで、ようやく日本での論調が変化した。常識的な日本人は「南朝鮮」の表記や「日本人拉致はない」という一連の主張に疑問を感じていたのだ。

 反韓親北の運動を展開した雑誌の部数が激減し、保守論調の雑誌が部数を拡大した現実がそれを物語っている。一部の主張には過激で理解不足も見受けられるが、呪縛からの独立が生んだ反動であり、やがて正常化していくだろう。

 このように、朝鮮半島問題の真実は、日本人の心の底にある「差別意識」を南北朝鮮の当事者双方が利用し、敵対する相手に向けさせた「運動」と「工作」の歴史にある。つまり、北か南か、どちらかの「旗振り役」にさせる運動と工作が展開されてきた。

 この構図は「(日本文化人による)日本的オリエンタリズム」だといえる。「オリエンタリズム」はパレスチナ出身の批評家、エドワード・サイードが解明した欧米によるイスラム蔑視の理論である。

 韓国の革新勢力は、すなわち北朝鮮支持者たちである。徴用工判決の背後には、北朝鮮を支援する日韓左派の「運動協力」がある。

Hqdefault_20191031154401  米コロンビア大のキャロル・グラック教授によれば、日韓対立は「記憶の戦争」であって、真実の解明ではないという。徴用工判決は「日本の植民地支配は違法であった」ことを法的根拠にしたが、日韓併合条約は大韓帝国皇帝が自ら決断したもので合法であると、多くの国際法学者が認めている。

 現在の日本国民が「朝鮮の植民地化はよくない」と反省している事実は、韓国では理解されない。戦後の日本人が変わった事実すら認めない。日本国憲法の掲げる「平和主義」も知られていない。

 「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に尽力した加藤康子元内閣官房参与は、元工員や鉱夫の証言を地道に集め、嘘の証言を検証しながら真実を解明するという、気の遠くなるような仕事に取り組んでいる。それでも、ウェブサイト「軍艦島の真実―朝鮮人徴用工の検証」でも見られる加藤氏の成果は、韓国人に理解されることはないのである。

 子供のころから捏造された歴史をもとにした「日本=悪」の反日教育を受けている韓国人には、どのような真実の歴史に基づく見解も理解されないでしょう。重村氏の言う通り日本でも戦後革新系の学者がこぞって「日本=悪」の主張をしてきた罪は深いと思います。

 その後の日本のお人好し腰砕け外交が、解消どころか油に火を注いだこの「日本=悪」の構図は、容易に解消されないでしょう。しかしそれに乗って反日蛮行を繰り返す韓国には、さすがに一般の日本人もキレだしたようです。それは重村氏の言う歴史に基づいた韓国蔑視とは全く異なる意味での新しい「嫌韓」です。まさにこのコラムのタイトルが示すように「渦巻く嫌韓」のあらしが吹き始めました。ようやく日本も普通の国になろうとしているのでしょうか。

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2019年10月30日 (水)

日本の核武装はあり得るか? 米国で専門家が議論

Img_17d1fba64525f868983a1f17d93b27391073  今回は産経新聞ワシントン駐在客員特派員で麗澤大学特別教授古森義久氏のコラム「日本の核武装はあり得るか? 米国で専門家が議論」(JBpress 10/30)を取り上げます。核武装についてはこのブログで数回取り上げました。今回は米国での議論が中心です。

 日本は独自の核能力を開発する意図があるのか――つい最近、米国のアジア専門家集団の間でこんな議論が展開され、その内容が公表された。

 日本は自国を取り巻く国際安全保障環境が厳しさを増すなか米国と離反することをいとわず、核武装へと向かうのではないか、という仮説が提起されたのだ。

 日本にとっての国際情勢は、米国から見てもそれほど危険を感じさせる状況だということだろう。

危機に直面した日本の対応を討論

 米国で「日本の核武装はあり得るのか」という疑問が取り沙汰されていることについて、日本側としては「なぜ、いま?」と当惑することだろう。だが、米国でこの問題をめぐる討論の舞台となったのは、ワシントンで最も伝統があり、最も規模の大きい民間研究機関のブルッキングス研究所(左上の図)である。しかもその討論に参加したのは、実績があり米国で名前を知られた官民の専門家や学者だった。

 ブルッキングス研究所は10月下旬、「パワー大競合時代の日本」と題する報告書を公表した。執筆者は、同研究所副所長で外交政策部長のブルース・ジョーンズ氏を中心とした7人のブルッキングス所属の研究員である。いずれも中国、日本、東アジアなどの専門家だ。

 彼らは、東アジアで米国にとって最重要の同盟国とされる日本が、中国や朝鮮半島などの変化に対してどんな対外戦略をとるのかを、長時間討論した。その討論の記録をまとめたのが、報告書「パワー大競合時代の日本」である。

 ブルッキングスといえば、ワシントンに数ある民間のシンクタンクのなかでも伝統的に民主党寄り、リベラル系の機関である。研究所としての基本スタンスも民主党リベラルに傾斜している。研究所に集まる研究者、学者、元政府高官、元軍人らもほぼ全員が民主党政権支持を明確にしてきた。だから共和党保守のトランプ政権には批判的な傾向が強い。

 そのブルッキング研究所がこの時点で日本の安全保障について論じるのは、日本にとっての国際環境がかつてなく厳しいと見ているからだ。報告書の作成にあたったジョーンズ氏は、日本にとっての安保上の脅威や危険、不安定の要因として以下の諸点を挙げていた。

・中国の軍拡と対外的な軍事的攻勢

・中国の武装艦艇の尖閣諸島海域への侵入

・米国の対中攻勢による緊張の高まり

・北朝鮮の核兵器とミサイルの脅威

・日本と韓国の対立

・トランプ政権の一貫しない対日防衛政策、対アジア政策

 以上のような要因により危機に直面した日本が、自国防衛のため、さらには対外戦略としてどんな対応を示すのかを探るのが、討論の主目的だった。トランプ政権の政策を日本にとっての脅威や不安定の要因として挙げるのは、いかにも民主党寄りの専門家たちらしい認識だと言えるだろう。

1_20191030141801 日本は核武装するのか?専門家の見方

 さて、その7人による討論のなかに、「日本の核オプション(選択肢)は?」と題された章があった。

 問題を提起したのはジョーンズ氏だ。同氏は「さあ、こうした情勢下の日本は独自の核兵器能力を開発する必要性をどのように感じているだろうか」と問いかけた。その背後に、日本にとってこれだけ安保上の危機や脅威が高まると、自主防衛や、極端な場合、核武装という手段を考え始めても不自然ではない、という推定があることは明白だった。

 この問いに対する討論参加者たちの発言を紹介しよう。

◎マイケル・オハンロン氏(日米同盟やアジア安全保障の専門家) 

「日本にとって、核兵器保有の決定を下すにはまだ時期尚早だと思う。しかし日本では核武装について会議で語り、論文で論じることはこれまでのような禁断ではなくなったと言える。日本がその方向に実際に動くのは、まだ遠い先のことだろう。ただし日本がいったん核武装の決定を下せば、きわめて早くそれを実行できるだろう。核兵器の拡散を心配する側にとっては慰めにならない状況だと言える」

◎ミレヤ・ソリス氏(日本研究学者)

「日本では、(アメリカに)自国が放棄されるのではないかという懸念が高まっている。トランプ政権が北朝鮮の核兵器保有や短距離ミサイル能力保持を完全に認めてしまい、日本の根幹の安全保障が脅かされるのではないか、という恐れが日本にはある。核兵器保有の選択をめぐる論議も、それに伴い広がる可能性がある。

 しかし安倍晋三首相は日本の非核三原則には変化はないと言明し続けている。日本全体としても、現在は核武装に進むことによるマイナスはプラスをはるかに上回ると考えているようだ。日本の核武装はアジアに軍拡競争をもたらすだろう。しかも日本国民の意見は反核が強く、原子力の平和利用にも反対の立場の人たちが多数いる。まして核兵器を配備して他国に照準を合わせるという計画を受け入れる国民は少ないだろう」

◎アダム・リフ氏(日中安保関係の専門家)

「日本の(被爆国という)歴史の重みを考えると、独自の核兵器保有という道は、たとえ戦略的論理がその必要性を認めていても、きわめて難しいと思う。最近の日本では、核武装の必要性を説く戦略的議論が登場してきた。だが、現状を完全に激変させる一大危機が突然起きたような場合でなければ、核のオプションを選ぶことは難しいだろう。

 安倍政権は2012年以来、安全保障面で重要な政策をいくつも採択し、自衛隊を徐々に強化してきた。だが核兵器の開発となると次元は異なる。自衛隊の強化とは根本的に異なる、きわめて政治的な範疇の政策となる。

 日本の核兵器への反応は、韓国のそれと比べると興味深い。両国ともに北朝鮮の核兵器の脅威に直面しているが、それぞれの国民の核に対する態度はまるで異なるのだ」

 こうした米国の専門家たちの発言は、いずれも、近い将来に日本が核武装する可能性はないという判断を示している。だが、それでもこうした議論が同盟国の米国で真剣に展開されるという現実は、日本側としても知っておくべきだろう。

 米国の専門家たちは「近い将来に日本が核武装する可能性はない」と言う判断をしているようですが、多くの日本人も同様の考えだと思います。しかしこの記事にもあるように「日本にとっての安保上の脅威や危険、不安定の要因」が増大していることは見逃せない現実です。

 従って近い将来核武装をする可能性はないといっても、より情勢がひっ迫すればそうは言っていられない状況も起こりえるでしょう。「殺されても戦わない」というバカな左翼人はさておき、日本が脅威にさらされれば日本を守るための防衛手段は絶対必要です。その中でも核による抑止力は甚大です。ですからやはりいつでも核武装できる準備は整えておく必要があるのではないでしょうか。

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2019年10月29日 (火)

基本的人権と義務は表裏一体だ

Dobfumsuuaaohs7   今回は山学院大学教授福井義高氏のコラム「基本的人権と義務は表裏一体だ」(正論10/25)を取り上げます。

 ≪誰かの権利は他の人の義務≫

 昨今、なんでもかんでも基本的人権であるという風潮が広がっている。しかし、自らの要求を通すための単なるレトリックではないとしたら、人権すなわち人間の権利の拡大は、人間の義務の拡大を意味することが十分理解されていない。

 権利行使には義務あるいは責任が伴うという、ありふれた主張を繰り返したいわけではない。

 ここで議論の出発点としたいのは、日本の法学界にも大きな影響を与えたオーストリア出身の法哲学者ハンス・ケルゼンの「純粋法学」の前提でもある、誰かの権利はそれ以外の人の義務であるという、権利と義務の論理的関係である。

 たとえば、表現の自由すなわち自分が思うところを好きなように表現する権利は、この表現行為を邪魔してはならないという義務を他人に課している。また、健康で文化的な生活を営む権利は、こうした生活が送れるよう支援する義務を他人に課している。

 この文字通り、権利と義務が表裏一体となった関係は、賛否両論あり得る権利行使責任論とは異なり、どんな場合も成り立つ論理的必然である。

 したがって、米国の哲学者ジョン・サールが指摘しているように、基本的な人間の権利があるとすれば、当然、「基本的人義」とでもいうべき、それに対応する基本的な人間の義務が存在する。

 権利の拡大は、同時に義務の拡大をもたらすことで、我々の自由を制約し、耐え難い状況を引き起こしかねない。それでも、我々が人間として義務を負わねばならない基本的人権があるとしたら、どのようなものがそれにあたるのであろうか。

 ≪消極的義務と積極的義務≫

 義務にはふたつのタイプがある。ひとつは、他人が権利を行使する際、それを邪魔してはならないという消極的義務。もうひとつは、他人の権利行使に対応して、なんらかの行動を強いられる積極的義務である。

 人間として生まれた以上、自らの幸福を自由に追求することにお互い最大限の考慮を払いあうべきであろう。したがって、他人に消極的義務を課すだけの、表現の自由、身体の自由、結社の自由などは、まさしく基本的人権といってよい。

 表現の自由の場合、映画館で偽って「火事だ」と叫ぶことや名誉毀損(きそん)にあたる場合などを除けば、その内容の制限には極力慎重でなければならない。

 表現の自由を最重要視する米国では、言語学者ノーム・チョムスキーをはじめ、リベラルの間でもヘイトスピーチ規制反対の声は根強く、実際、法律で規制されていない。「ことばの暴力」というけれども、他人に石を投げつけるのと不愉快な言葉を投げつけるのは異質の行為である。

 好きなものを食べる自由と異なり、なぜ好きなことを表現する自由が基本的人権として強調されるのか。それは、食べる自由が侵害される危険性はまずない一方、表現する自由が侵害される危険性は常に存在するからである。

 一方、積極的義務を他人に課す基本的人権を想定することは難しい。積極的義務を果たすには、おカネがかかる。国家の義務と言ったところで、国家は打ち出の小槌(づち)ではなく、個人から強制的に徴収した税金を配分しているにすぎない。

 たとえば、健康で文化的な生活を営む権利が基本的人権だとすれば、日本国民に限定されず、日本在住か否かを問わず人間であれば誰でも行使できることになる。その財政負担は耐えがたいというより不可能である。

 ≪おカネが必要な権利は≫

 積極的義務すなわち、おカネが必要な権利は、人間ではなく日本国民としての権利に限られるというしかない。もちろん、たとえば外国人を生活保護の対象にするなといっているわけではない。しかし、それは外国人にとって権利ではなく政策的配慮である。

 そもそも税金は少ない方が望ましいし、有無を言わさず集められた税金の使い道に関しては、民意が反映されなければならない。国民としての権利であっても、積極的義務が必要なものには、抑制的であることが求められる。

20190927023605  愛知県の芸術祭「あいちトリエンナーレ」の展示に関して言えば、有志が民間施設で開催するのであれば、たとえその内容が多くの人にとって不愉快なものであっても、許容する義務がある。

 ただし、表現の自由という基本的人権が要求するのは、気に食わなくとも好きにさせるというところまでである。

 それ以上の義務を他人に課すものではなく、支援しないからといって基本的人権を侵害したことにはならない。

 芸術(と称するもの)への支援は、基本的人権の問題ではない。民意に沿って、何にいくら税金を投入するか、最終的には議会の承認を得て、行政が決めるべき政策の順位づけの問題である。

 福井義孝氏のこのコラムは権利ばかり主張して義務を果たしていない人に対して痛烈なパンチを与えます。ただし認識していればの話ですが。

 以前から社会福祉などのサービス向上を高らかに謳う野党議員が、その財源に対して語らないのはおかしいと思っていたのですが、財源のもとになる税金を納める「義務」を訴えることによる、国民へのマイナスイメージを被りたくないからでしょう。

 そして左翼界隈の「あいちトリエンナーレ」への公金投入中止に関する単純な反対論も、氏の見解から言えば簡単に封殺できるでしょう。

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2019年10月28日 (月)

米大使館にまたも韓国人侵入

 今回は米国在住のジャーナリスト高濱賛氏のコラムImg_aa1dca233e4afe2f959b621e758eb8109896 、甘い取締に世界唖然」(JBpress 10/28)を取り上げます。副題はもはや得意技の国際法違反でますます孤立深める」です。

対米抗議に韓国語の垂れ幕

 まず左上の写真をご覧いただきたい。(米国大使館の塀をよじ登り、次々と中に侵入する韓国人の学生たち)

 また、下のワシントンポストの記事では冒頭に動画もついている。

(https://www.washingtonpost.com/world/2019/10/19/seoul-students-scale-wall-us-embassy-protest-american-troop-presence-south-korea/)

 これはハロウィンの出し物ではない。ソウルの米大使の公邸の塀に梯子をかけて上ろうとしているのは、一応最高学府に通っているという韓国人大学生男女十数人。

 メガホンや韓国語で書かれた垂れ幕を持っている。中にはバックパックを背負ったものもいる。

 韓国メディアの報道によれば、大学生たちは10月18日、白昼「ハリス(大使)は出ていけ」「駐韓米軍は撤退せよ」と叫びながら大使公邸に侵入しようとした。

 米軍駐留経費倍増を要求するトランプ政権に反対するのが目的だったと言っているらしい。

 米大使への抗議なのに韓国語だけなのはなぜか。まさかこの程度の英語が書けないわけでもあるまい。

 しかも学生の一人は撮影班よろしくビデオカメラで「侵入の決定的瞬間」を撮っていた。その後SNSで拡散している。

 韓国人向け、特に反米的な韓国人に自分たちの「雄姿」を知らせるのが目的だったからではないかと思う。組織内の「功名争い」なのかもしれない。

 侵入を阻止しようとしているのは最初はたったの一人の民間警備員。どこかやる気がない。その後警官が駆けつけるが皆丸腰。

 侵入しようとする学生たちをあえて阻止しようとしなかったのは「学生たちがケガをするのではないかと思って積極的に阻止しなかった」とか「女子学生の身体に触れるわけにはいかず婦人警官が来るのを待った」とか弁明しているそうだ。

(韓国という国がそんなに人権を尊重する国だとは初めて聞く話だ)

 東京・赤坂や狸穴、麻布にある米国、ロシア、中国各大使館周辺の警備体制を知る筆者にとっては韓国の外国公館警備の緩さには驚きを禁じ得ない。

 もう一度冒頭の記事リンクの動画を見ていただきたい。これは韓国人による米国領土への侵略以外のなにものでもない。こんな暴挙を知って文在寅大統領は何一つコメントしていない。

 文在寅大統領率いる韓国政府は、反日、反米、民族統一を掲げるものであれば、国際法に違反していても目をつぶっている。

 外国公館周辺の路上に少女像(通称慰安婦像)を建てるのも許可している。

 安倍晋三首相は10月24日の李洛淵首相との会談で元徴用工をめぐる最高裁判決について「明確な国際法違反で日韓関係の法的基盤を根本から覆している」と強調した。

 最高裁自ら国際法を違反しているのだから親北朝鮮の左翼分子が国際法を無視することなどは朝飯前かもしれない。

 このビデオには「Korea University Student Association」(韓国大学学生進歩連合)*1というクレジットがついている。「Storyful」というSNSエージェントに「提供」し、それをワシントン・ポストが入手したらしい。

*1=韓国メディアによると、「韓国大学学生進歩連合」(大進連)は親北朝鮮・左派団体で、さる7月にはフジテレビのソウル支局や日本企業の系列会社に不法侵入、また野党第一党「自由韓国党」幹部の議員会館に乱入したりしている。

 6月末のトランプ大統領の訪韓の際には米大使館周辺で反米デモを行っている。

「普通のまともな国」ならその国に駐在する大使ら外国使節の生命の安全の守ること、外国公館を守ることはその政府の責務だ。

 国と国との重要な約束事だ。それが国際法だ。

「外交に関するウィーン条約」(1961年発効)の第22条にはこう書かれている。

「使節団の公館は不可侵とする。接受国の管理は使節団の長が同意した場合を除くほか、公館に立ち入りすることはできない」

「接受国は、侵入または破壊に対し、使節団の公館を保護するためおよび公館の安寧の妨害、または高官の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置をとる特別の責務を有する」

 韓国はれっきとした同条約締結国である。それなのにである。

 今や反日機運のとともに反米機運が高まり、反米分子のデモや示威が目立っている韓国国内で米大使館公邸の警備に当たっているのが民間の警備員とはどういうことなのだろうか。

 急遽、駆けつけた警官たちもこん棒すら持っていなかったそうだ。

朝鮮系中国人も公館に乱入

 学生たちは知ってか知らずか、この日ハリス米大使は夫人同伴で青瓦台で開かれていた会合に出席していたため不在。危害を加えられることはなかった。

 ハリス大使はさっそくツイッターに書き込んだ。

「警備に努力した韓国警察に感謝する。幸い私たちの猫たちは無事だった。(米大使館への侵入は)13か月ぶり*2で2回目の(米大使館侵入)事件だ」

「今回は侵入者は無理やりに我が家に入ってこようとした。19人が逮捕された」

*2=2018年9月には朝鮮系中国人の40代の女が米大使館の壁を乗り越えて侵入し、大使公館の玄関前をうろうろしているところを警備員が見つけて逮捕された。

「私たちの猫たちは無事だった」――これ以上ユーモアたっぷりの皮肉はあるだろうか。

 しかし、大使を知る退役軍人の一人は筆者に大使のツイートに秘められた「憤り」をこう解釈してくれた。

「ハリーは筋金入りの軍人だが、どんな危機に直面した時にもジョークを言うところがある」

「ハリー自身、横須賀生まれ。母親フミコさんは日本生まれ日本育ちということもあって日本人独特の相手を思う優しさも兼ね備えている」

「アジア系では海軍最高位の海軍大将で太平洋軍司令官を務めた米軍が誇るヤンキー・サムライだ」

「もっとも韓国人に聞いたことがあるが、韓国人がハリーを目の敵にするのは彼が日本人とのハーフだかららしい」

「反日が反米に乗り移ったとしても不自然じゃないからね。今回のツイッターにも彼特有の将来がある若者たちへの思いやりが感じられる」

「また、愛猫たちの無事を喜ぶことで若者の違法行為に目をつぶる余裕をみせている」

 無論米国を代表する駐韓大使としては、大使公館への侵入は米国への挑戦だと主張して当然だ。

 こうした行動を半ば容認するような言動をとり続けてきた文在寅大統領とその側近たちへの憤りがないはずはない。

 実は米大使に危害を加えようとする韓国人の行動はこれが初めてではない。

 2015年には講演中のマーク・リッパート駐韓大使(当時)に襲いかかり、18針も縫う重傷を負わせる殺人未遂事件が起こっている。他国では考えられないような事件だ。

 この時もリッパート大使は憤りを抑えて、米韓の友好関係に触れてダメージを最小限に抑えた経緯がある。

 韓国駐在経験もある国務省関係者は筆者にこう指摘する。

「韓国人は目下、朝鮮民族中心主義熱に浮かれすぎて国際法や国際的な常識を失っている。それが若年層にまで浸透している。これはこの国の将来を危うくする要因にもなりかねない」

「世界的人気を誇る韓国男性7人の音楽グループ『BTS』(防弾少年団)がナチス親衛隊(SS)の気性をあしらった帽子を被って写真を撮ったり、原爆のキノコ雲をプリントしたTシャツを着てパフォーマンスしたり・・・」

「韓国人が世界の常識に疎いことは、これまでにも欧米から指摘されてきた」

「外国公館は不可侵だという国際法のイロハすら知らない大学生がいることを今回は目の当たりにした。今回の事件は韓国の非国際的な側面を示す氷山の一角にすぎない」

「こうした行動を未然に防ぐための外国公館への警備体制が全くお粗末なことなど、まともな国家といえない部分がある」

「ハリス大使はそうした点に驚き呆れて、まともに抗議するのも馬鹿らしくなったのではないだろうか」

同盟国か、敵国か

 米国務省は10月19日、次のような報道官談話を発表した。

「我々は大韓民国に対し、同国に駐在するすべての外国公館への警備を強化することを要請する」

(We urge the ROK to strengthen its efforts to protect all diplomatic mission to the Repbulic of Korea.)

 米国務省筋によると、米外交官が駐在する第三国で生じた「不祥事」に抗議する表現には、段階順にCall upon(求める)、Hope(期待する)、Urge(強く要請する)、Demand(要求する)、Expect(当然のこととして要求する)などがあるという。各国外交当局の共通外交用語だという。

「Urge」は通常、同盟国や友好国の「不祥事」に対する要求だ。

「Demand」は敵国や潜在的な敵国に対する強い抗議を込めた「要求」だ。

 ちなみに2015年のリッパ―ト大使襲撃事件の際には、米国務省は以下のような声明を発表している。

「We strongly condemn this act of violence.(われわれはこの暴力行為を強く糾弾する)」

 これは韓国という国家に対してではなく、「不心得者」が行った殺人未遂・暴行に対しての「糾弾」になっている。

(https://www.theguardian.com/world/2015/mar/05/us-ambassador-to-south-korea-mark-lippert-injured-in-attack)

「私は金正恩が大好きだ」

 米メディアもワシントン・ポストをはじめ主要各紙やテレビの3大ネットワークが速報した。

 世界の出来事には敏感にツイートするトランプ大統領はどうだったか。一言も触れていない。知らされていないのか、関心がないのか。

 駐豪大使だったハリス氏を急遽駐韓米大使に指名したのはトランプ氏だ。それまで1年7か月も空席になっていたポストだ。

 そのトランプ大統領は21日、即席の記者会見では朝鮮半島問題についてこう触れている。

「私は金正恩(委員長)が好きだ。彼も私が好きだ。私たちはうまくいっている。私は彼を尊敬しているし、彼も私を尊敬している」

「私はかって『バラク・オバマ(前大統領)に金正恩に電話したことがあるか』と聞いたら『ない』と答えた」

「実はオバマは金正恩に11回も電話してるんだな。ところが電話の向こう側のジェントルマン(金委員長のこと)は1回も電話口には出なかった。オバマは金委員長を尊敬していないからだ」

「彼は私が電話すると必ず出る。おそらく北朝鮮でも何かが起きるだろう。北朝鮮に関して若干の興味深い情報がある。多くのことが起きている」

「それはある時点で大きな再建(Major rebuild)になるだろう」

 トランプ氏の発言を一字一句その通り「再現」したわけだが、例によって何を記者団に言いたいのか、筆者にはよく理解できない。

 ストックホルムで行われていた米朝実務者協議が決裂して2週間。その後何か新たな動きが出てきたことを受けての発言なのかどうか。

 あるいは日増しに逃げ場を失いつつある「ウクライナゲート疑惑」を巡る弾劾調査を意図的に無視するために「外交上の成果」を自画自賛したいだけの発言か。

 米外交の基本姿勢を重視し、国際法に基づく国際秩序のイロハを知らないトランプ大統領。

 普通の大統領であれば、自分が指名した駐韓大使の公館が親北朝鮮の分子に奇襲された事件には真っ先に反応を示していただろう。

 韓国の中央日報は21日付の社説でこう指摘していた。

「米国務省が異例的に強い語調で(今回の事件について)遺憾の意を表明した点が懸念される」

「10月22日から24日にはハワイで開かれる在韓米軍防衛費分担特別協定(SMA)交渉ではできるだけ目立たぬスタンスで臨もうとしていた韓国としては困ったことになった。国益を考えると痛恨な事件になりかねない」

(https://japanese.joins.com/JArticle/258734)

 トランプ政権は韓国に対し現行の防衛分担費の5倍増を非公式に要求しているとされている。今回の事件を逆手にとって一層プレッシャーをかけてきてもおかしくないはずだ。

 ところが次から次へと出てくる政権内の高官たちの証言で身動きできないトランプ大統領にとっては「駐韓米大使公館侵入事件」など構っていられないのかもしれない。

 文在寅大統領も韓国警察当局もラッキー(?)だったのかもしれない。

 韓国は上から下まで国際法に疎いことがこのコラムでよくわかります。ですから徴用工問題に関しても平気で国際法を無視し続けているのでしょう。こんな国とはまともに付き合いはできません。

トランプ氏やフィリピンのドテルテ氏、ブラジルのボルソナル氏のような、強い政治家と同様に対応しないと、逆に日本が悪者になりかねません。相手はやくざのような国です、覚悟を持った対応を望みます。

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2019年10月27日 (日)

毎日新聞の捏造記事と、それを引用した森裕子議員の意味不明発言の罪

Ebnjgwuuiaevq_  今回は上武大学ビジネス情報学部教授田中秀臣氏のコラム『国家公務員なら刑罰、意味不明発言を生んだ「利権トライアングル」』(iRONNA 10/24)を取り上げます。

 政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)座長代理を務める原英史氏が考案した「新・利権トライアングル」という図式がある。これは、首相官邸サイドや国家戦略特区の仕組みやWG委員を攻撃するための既得権側の批判を図式で表したものである。

 新・利権トライアングルは「業界ないし役所」「マスコミ」「野党」から成るという。ただ、官邸や国家戦略特区を直接攻撃するのは「業界ないし役所」ではなく、野党やマスコミが主体となる。

 野党は国会での委員会質問や、疑惑追及などの際に野党が立ち上げるプロジェクトチーム(PT)の形で、官邸や国家戦略特区を批判する。他方で、マスコミも批判記事を書くことで、国家戦略特区や官邸を攻撃する。

 もちろん、官邸や国家戦略特区が不正や常識的に批判に値することを行っていれば、どんどん批判すべきだ。しかし、国家戦略特区に関する出来事を見ていると、まっとうな理由でマスコミや野党が批判しているようにはとても思えない。

 この連載で何度も取り上げた学校法人加計学園(岡山市)問題や、原氏が巻き込まれた毎日新聞による「指導料」「会食接待」報道などが典型例だろう。現在は後者に関して、国民民主党の森裕子参院議員の発言が大きな話題となっている。森氏の発言を取り上げる前に、なぜこれほどまでに国家戦略特区が批判されるか、考えてみたい。

 批判される理由は二つあるのではないか。一つは「反市場バイアス」というもので、もう一つは単に無知であることだ。

 問題としては無知の方が簡単で、事実を知りさえすれば、問題は基本的に解決する。ただし、無知の前提には、基礎教養の欠如や専門知識の無理解があるかもしれないので、それらを補うには時間がかかるかもしれない。

 だが、反市場バイアスの方はそう簡単にはいかない。同じ事実を提示されても、出てくる結論に「歪み(バイアス)」が掛かっているからだ。

 反市場バイアスとは、ガチガチに規制のある分野に対して、規制を緩和することでさまざまな人たちが取引への自由な参入や退出を可能にする枠組みを、否定的なものとして捉える感情である。

 例えば、貿易自由化によって、ある農産物の関税が廃止されたとする。関税を導入していた理由の多くで挙げられるのが、国内農家の保護だ。

 一部の農家を保護するために、その国の国民は関税分だけ割高な農産物の消費を強いられる。関税を撤廃すれば、国内の消費者はより安い農産物を消費できるため、得になる。

 他方で、自国の一部農家にとっては打撃となるだろう。このとき、消費者の「得」と生産者の「損」を比べて、社会全体で「徳」が上回っていれば、関税の撤廃、つまり貿易自由化を行うべきだとの考えに至る。経済学など知らなくても理解できるはずだ。

 だが、この「常識」的思考はそう簡単には通用しない。損をする人たちの声がクローズアップされるため、あたかも得する人たちがいないかのように報道されたり、政治家が農家の声だけを代弁したりすることも多い。

 これでは、世論の中から、マスコミと政治家の声によって誘導され、あたかも関税撤廃が「悪」のように思う人たちも出てきかねない。実際、過去の貿易自由化をめぐる話題では、この種の「貿易自由化=悪」という図式が、いともたやすく人々が信じる「物語」と化した。

 最近では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する議論がそうだった。その中で「TPPは米国の陰謀」「TPPで日本が滅ぶ」という「物語」が多数生まれた。関税も規制の一種なので、規制緩和や規制撤廃はこの種の「物語」を生みやすい。そして、これらの「物語」こそが反市場バイアスの別名なのである。

 そもそも、国家戦略特区は規制緩和を担う仕組みである。そのため、常に反市場バイアスに直面することになる。

 さらに「政府の行うことは常に間違い」「権力とは異なる姿勢を取るのが正しい」といった素朴な意見が、政府=悪魔という「悪魔理論」を生み出す。最近では、反市場バイアスと悪魔理論の矛先が原英史氏に向いていることは、過去の連載でも指摘した。

Maxresdefault_20191027114401  ことの発端は、毎日新聞が6月11日に「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円会食も」と報じたことにある。記事を通常に読解すれば、原氏が「公務員なら収賄罪にも問われる可能性」があると理解してしまう。全く事実に依存しないひどい誹謗(ひぼう)中傷だと思う。

 この記事をめぐって、原氏は毎日新聞社と裁判で係争中である。ところが、原氏の報告によると、裁判の過程で驚くべき「事実」が判明した。第1回口頭弁論で、なんと毎日側は当該記事について、原氏が200万円ももらっていなければ、会食もしていないことが、「一般読者の普通の注意と読み方」をすれば理解できると主張したのである。

 これには正直驚いた。それならば、なぜ原氏がわざわざ写真付きで大きく取り上げられなければならないのだろうか。全く意味がわからない。

Free_l_20191027114501  意味不明な記事をもとにして、今度は国会でさらに意味不明な事件が起きた。10月15日の参院予算委員会で、森裕子参院議員の「(原氏が)国家公務員だったら斡旋(あっせん)利得、収賄で刑罰を受ける(行為をした)」との発言をめぐる問題である。

 森氏は毎日新聞の記事をベースにして言及したのだろう。もちろん、そんな「斡旋利得、収賄」にあたるような事実は全くない。ないものは証明もできない。これは原氏に正当性がある。

 他方で、毎日新聞の裁判でのへりくつ(と筆者には思える)でも、やはりそのような事実は原氏についてはない。つまり原氏、毎日新聞双方の言い分でも、森氏が国会で指摘したような事実を裏付けるものはないのだ。このような発言は、まさに言葉の正しい意味での「冤罪(えんざい)」だろう。

 国会議員は憲法51条に定められているように、国会における発言で免責の特権を有している。そうならば、なおさら国会議員は、民間人の名誉を損なうことのないように慎重な発言をすべきだ。

 もちろん、原氏をはじめ、森氏の発言を知った多くの人たちは憤りとともに森氏を批判した。だが、森氏から反省の弁は全くない。真に憂慮する事態だとはいえないだろうか。

 筆者は多くの知人たちとともに、今回の森氏の発言とその後の「自省のなさ」に異議を唱えたい。既に具体的な活動も始まっている。参加するかしないかは読者の賢明な判断に任せるが、筆者が積極的に参加したことをお知らせしたい。

 問題は、原氏個人の名誉の問題だけにとどまらない。WGの八田達夫座長らが指摘しているように、毎日新聞では(他のメディアや識者でもそのような発想があるが)、WG委員が特定の提案者に助言することが「利益相反」に当たるとか、あるいはWGの一部会合が「隠蔽(いんぺい)」されたとする報道姿勢にある。

 これは先述したバイアスに基づくものか、無知に基づくものか、いずれかは判然とはしない。しかし、無知であれば、WG委員が提案者に助言したりすることはむしろ職務であることを理解すべきだろう。さらには、会合の一部情報を公開しないのは隠蔽ではなく、提案者を既得権者からの妨害などから守ることでもあると学んだ方がいいと思う。

 要するに、無知ならば、まず無知を正すことから始めるべきだ。ただ、毎日新聞は戦前から不況期に緊縮政策を唱えるような反経済学的な論調を採用したことがあり、今もその文化的遺伝子は健在だといえる。

 その意味で、実は反市場バイアス、反経済学バイアスが記者の文化的土壌に深く根付いている可能性もある。そうであれば、組織内から変化する可能性は乏しいと言わざるを得ない。

 田中氏が指摘するように、一部のマスコミや野党議員は、事実を捻じ曲げあるいは捏造し、政権批判や政権の推進する政策を条件反射的に批判しそれに反対する。政権側の多くの政策が国益を考えた政策のはずであることから、これらの反対分子はまさに反国家的反日分子と言っていいでしょう。

 いつも思うことですが、マスコミや野党議員は、たとえ政権側と違う見解を持っていても、その批判や反論は少なくとも日本国や日本国民の利益の擁護の上に立って、展開しなければなりません。だがこの例にみられるように、単なる批判のための批判を展開している例が多い。日本の維持発展を阻害しているのは彼ら自身だという思いが強くします。

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2019年10月26日 (土)

文在寅大統領、八方塞がりでもなお自画自賛の悪弊

Img_bc4b109c94427462aac39730ad3ada8b8444  今回は元在韓国特命全権大使武藤正敏氏のコラム「文在寅大統領、八方塞がりでもなお自画自賛の悪弊」(JBpress10/26)を取り上げます。副題は「支持率、北朝鮮、経済、日韓関係——暗い見通し直視せぬ大統領」です。

 文在寅大統領の支持率がついに固定支持基盤である40%も侵食し始めた。18日に発表された韓国ギャラップの世論調査によれば、文大統領の国政遂行に対して「うまくやっている」との回答は39%であり、「間違っている」との回答は53%であった。この国政支持率は先週比で4%も落ち、否定評価は2%上昇した。特に無党派層では否定評価が60%で、肯定評価19%に比べ、41%高く表れており、中道層の離脱が明確となっている。さらには、共に民主党支持層でも肯定的評価は81%まで落ちた。

 もちろんこの支持率の低下には、曺国氏一家をめぐるスキャンダルが大きく影響している。曺国氏辞任自体は「評価する」が64%だったものの、辞任に追い込まれるほどスキャンダルが広がったことに対する反発がやはり大きかったことを物語っている。

検察捜査、いよいよ曺国氏本人に及ぶか

 曺国は法相を辞任したが、それで矛を収める検察ではない。

 ソウル地裁は24日午前0時過ぎ、曺氏の妻チョン・ギョンシム東洋大学教授に対する逮捕令状を発布した。同氏をめぐって検察は子供の入試、私募ファンドへの家族ぐるみの不透明な投資などに絡み、11の容疑を挙げて逮捕令状を請求していた。チョン氏は容疑の大部分を否認していたというが、地裁は「証拠隠滅の恐れがある」などとして逮捕令状を発付、逮捕に踏み切った。

 この少し前、曺国氏の親族が経営する学校法人の不正疑惑をめぐり、検察が同氏の弟の背任容疑で逮捕状を請求したが、ソウル地裁がこれを棄却していたことから、チョン・ギョンシム氏に対する逮捕状を発付するかどうか注目されていた。同氏の逮捕によって、曺氏一家に対する検察の捜査に弾みがつくものと思われる。

 韓国主要紙の多くの報道によれば、チョン氏に対する11の容疑のうち、少なくとも4つの容疑は曺国氏に対する容疑と一致するそうで、検察は今週末か少なくとも来週初めには曺国氏に対しても被疑者として召喚し捜査する考えだという。

 仮に曺国氏が逮捕されるようなことになれば文大統領の法相任命責任が改めて厳しく問われることになる。そうなれば、文大統領の支持率が一層の下落するのは間違いない。来年4月に総選挙を控え、文大統領には頭の痛い事態になっている。

国民に「公正」と「寛容」を訴えた文大統領

 そんな中、文大統領は国会での予算審議を前に、22日に施政方針演説を行った。そこでは、「公正」と「寛容」が主要テーマとなった。国民の不満が曺国氏子弟の不正入学に及んだことから「社会指導層であるほどさらに高い公正性を発揮しろということでした。大統領として重い責任を感じます」と謝罪した。また、革新と保守の激化する街頭デモに対し、「多様な声が出てくるようになり、互いの理解と違いに対する寛容と多様性の中の協力が、どの時よりも重要になった」と分析している。

 しかし、演説では曺国氏の任命責任には直接触れなかった。逆に国論がわかれている検察改革について、高位公職者捜査処法と捜査権限調整法等の検察改革に関連した法案を早く処理するよう国会に求めた。

 演説ではさらに「『豊かに暮らす時代』を超え『ともに豊かに暮らす時代』に向かうために『革新的包容国家』の礎石を築いてきた」と国政哲学を説明した。しかし、これまで文大統領が、積弊の清算を強行し国民の分断を図ってきたことが、激化する街頭デモの元凶でもあった。それが事ここに至っても、国民の声に反して、曺国氏を法相に任命しことに反省がなく、検察改革を強行しようとした姿勢を変えずにいる。

 拙書『文在寅という災厄』(悟空出版)で文大統領政治の一つの特徴としての言行不一致を挙げた。

 文大統領の支持率が就任当初のように80%に達していれば、国民は文大統領の耳障りのいい言葉を信じるだろう。しかし、中道層が離反し、固定的な支持基盤まで侵食するようになったいま、言葉ではなく行動で示さない限り国民は信じてくれないだろう。そうした現実に早く気付くことが支持率回復の鍵であることをわかっていない。

北朝鮮は「親北」文在寅政権を見限ったのか

 文在寅政権の看板は南北融和であり、先月の国連総会での演説でも北朝鮮との融和を切々と訴えている。

 ところが当の北朝鮮は、文在寅政権のラブコールに肘鉄を加えている。文政権は、「朝鮮半島に平和と定着させること」、「2032年ソウル・平壌オリンピック共同開催」、「開城工業団地と金剛山観光事業の再開」にたびたび言及してきたのだが、北朝鮮はそのいずれに対してもゼロ回答を突き付けているのだ。

 北朝鮮は短距離ミサイルやSLBMなどの発射を繰り返しており、韓国の国防予算増額や軍事演習に対する非難を繰り返している。これは韓国に対する不満の意思表示であるとともに、北朝鮮が比較優位を有するミサイル技術の完成を目指すものである。韓国が一方的に「融和」「平和」といっても北朝鮮にとってそれは意味がない。

 さらに15日、北朝鮮で行われたサッカーワールドカップのアジア予選「韓国vs.北朝鮮」戦が「無観客」「無中継」という異例の事態となったことで、韓国のサッカーファンからは、「W杯の試合の生中継もできない国と何が共同開催だ」というブーイングが出た。専門家からも「北朝鮮に対する不信感が植え付けられただけに、文大統領のオリンピック共同開催構想は容易でないだろう」との分析が示されている。

 また、帰国した選手たちからも「悪夢のような試合だった」との声が上がった。「(北朝鮮の選手たちは)肘を振り回して膝を当ててきた」「けがをせず帰って来られただけでもよかった」というくらいなので、北朝鮮側は徹底して韓国に対する不快感を示そうとしたのだろう。

 ところが、韓国内で「親北」代表格の金錬鉄統一部長官は「失望した」としながらも、「(無観客試合は)韓国のサポーターを受け入れなかったことによる公平な対応ということもある」と北朝鮮を庇う態度まで示すのだ。国の代表を守るのが政府の役割のはずで、北朝鮮に抗議するべき立場の人物の発言がこれだ。さすがに韓国国民も呆れていることだろう。

 北の揺さぶりはまだある。23日、朝鮮中央通信によれば、金正恩朝鮮労働党委員長は金剛山を視察した上で、「金剛山にある韓国側の施設は撤去する必要がある」と述べたという。さらに、金剛山を南北関係の象徴と見るのは「誤った考え」であり、金剛山は北朝鮮の国土、韓国側が仕切るべきではないと主張したようだ。韓国側によれば、2018年9月の南北首脳会談で、金剛山観光と開城工業団地を正常化することで合意していたという。

 北朝鮮は、朴槿恵前大統領の弾劾の際には、韓国内にある親北朝鮮系の労働組合などを通じ政権打倒に加わった。朴槿恵前大統領は、「北朝鮮は核ミサイル開発でルビコン川を渡った」として、北朝鮮に対し強硬な姿勢を取ってきたからであろう。しかし、常に北朝鮮に寄り添っている文政権に対してまで、何故このような強硬姿勢を金正恩委員長は取り続けるのであろうか。

 確かに、北朝鮮が米国と首脳会談を行う前までは、文政権と近づいていたと言っていい。しかし、それは米国への橋渡しを期待してのことであった。韓国に対し冷淡になってきたのは、ベトナムにおける第2回米朝首脳会談が決裂してからだ。韓国が米朝の橋渡しをしようとしても、北側はそれを否定する発言も増えた。おそらく韓国サイドは、それまで北朝鮮に対して「米国は降りてくるだろう」との情報を伝えていたはずだ。金正恩委員長もこれに期待を持ち、勇んでベトナムに乗り込んだのであろう。文在寅大統領は、根拠もない言葉で北に期待を抱かせ、金正恩委員長のメンツをズタズタにしてしまった。拙書で「二枚舌政治」と述べた所以である。

 金正恩委員長の強硬姿勢は、文在寅大統領を信頼できなくなったこと、そしてベトナム会談が決裂して国内に対しても面目を失ったことへの腹いせと見るべきだろう。北朝鮮における絶対的指導者で、決して間違いを起こさない金正恩委員長が、ベトナムでの失敗の責任を文在寅氏に転嫁したということなのだ。北朝鮮では、失敗を犯せば粛清される。今回はそれが文在寅大統領だったのかもしれない。

 確かに、韓国に保守政権が再度登場すれば、北朝鮮に対してより厳しい姿勢を示すであろう。しかし、そうした損得よりも金正恩氏の権威を傷つけたことの方が北朝鮮的な価値観からすれば大きいのかもしれない。こうした状況は北朝鮮に対する経済制裁が解除されるまでは続くのではないか。

Images_20191026112801 現実無視の経済政策で危機に直面する韓国

 支持率低下、南北融和の行き詰まりに加え、文在寅政権が直面している大きな懸案事項が経済の低迷だ。

 文在寅大統領はこれまで常に「青年の雇用が増えている」と広報してきた。施政方針演説でも「青年雇用率が12年ぶりに最高値」になったと述べ、「今年第二四半期の家計所得と勤労所得が過去5年間で最も高い増加率」になったと自画自賛している。しかし、これらの実績は、野党や経済専門家が指摘するように、多額の予算を投入することにより生まれた短期的なものにすぎない。

 国会における施政方針演説で文大統領は、来年度の予算は「拡張予算」であり、それは選択ではなく必須のことであると述べている。これに対しては、選挙用のばらまきであるとの批判が出ているが、共に民主党の李海チャン代表も、各地域の予算政策協議会ごとに、「過去に何時になく地方政府の要求を最も多く反映した」と選挙運動に近い発言を繰り返している。

 文大統領はそれでも「予算案の国家債務率が対GDP40%を超えない」と財政の健全性に言及しているが、21日の健全財政フォーラムでは文政権の財政管理に警告灯が灯ったとの指摘が出ている。2018~20年の財政支出増加率が名目経済成長率の2倍を大きく上回っているが、これは経済危機でだけ経験した異常兆候だということである。加えて、本年の経済成長率が下方修正されており、企業の収益が落ち込んでいることから、税収の大幅な落ち込みが指摘されている。

 それでは韓国経済の状況はどうか。10月1~20日の輸出額は前年同期比19.5%減少し、昨年12月から11カ月連続で輸出がマイナスとなっている。GDPの40%を占める輸出がマイナスとなるのは韓国にとって大打撃である。加えて今年1~8月の設備投資は前年比11.8%減と投資心理も冷え込んでいる。さらに9月の雇用統計を見ると週36時間以上働く本当の就業者は45万人減であった。9月には、消費者物価と生産者物価指数が前年同月変化率でマイナスに落ち込んだ。多くの指標が異常事態の接近を警告している。韓国経済が“デフレ経済”に落ち込む懸念が指摘されている。

 それでも文大統領は、国民の体感と大きくかけ離れた非現実的な経済認識を持ち続けているらしい。文大統領は姿勢方針演説でも、景気沈滞化を加速させてきた既存の経済政策は固守したまま、「世界経済悪化」のせいばかりにし、統計歪曲による自画自賛を繰り返した。そして相変わらず検察改革と北朝鮮融和を優先している。韓国経済を立て直すには最低賃金引き上げの見直しと規制強化で企業の収益を圧迫する状況を改善すべきであるが、これに対する取り組みには関心がないようである。

 自分が見たいものだけを見て、現実を直視しない政治。また、自分の過ちを認めず謝罪もしない政治。まさに拙書で指摘したとおりである。文大統領の政治は世界経済が良くなるという運に任せ、今は支持率の一層の低下を恐れて言い訳ばかりしているのであろう。問題を見極めこれにあった対策を講じなければ、改善はない。

文大統領の歴史問題へのこだわりでは日韓関係の改善はない

 韓国がこうした苦境から脱する一つの道は、日韓関係の改善あるが、そこで動きがあった。天皇陛下の即位の礼に、李洛淵首相が来日、安倍総理と会談した一件だ。韓国では有力紙が「今回の訪日が関係回復の最後の機会になる」と期待を示している。

 李首相は、「両国の懸案が早期に解決されるよう互いに関心を持って努めよう」という主旨の文大統領の親書を渡し、今後の関係改善を提案した。鍵は日韓首脳会談が行われるか否かであるが、李首相は「時期や場所に対する言及はいっさいなかった」と述べている。それもそのはずだ。「元徴用工問題」に関する韓国側の抜本的な立場の変更なくして関係改善は難しい。

 だが、李首相は会談後、記者団に対して「依然として状況が難しく絡まっているが、2日前に(日本行きの)飛行機に乗った時に比べれば希望が少し増えた」などと述べて、日本を後にした。関係改善の糸口をつかみかけているといったニュアンスを伝えたわけだ。

 しかし実態は全く違ったようだ。会談終了の3時間後、日本では予定になかった記者会見を、岡田直樹・官房副長官が開いた。そこで明らかにされたのは、李洛淵首相との会談の冒頭で、安倍首相が徴用工判決を改めて批判した事実だった。「(韓国・最高裁の徴用工判決は)国際法に明確に違反しており、日韓関係の法的基盤を根本から覆している」と、はっきりと伝えたのだという。さらに最後にも、同じ趣旨の発言をし、李首相との会談を締めくくったのだという。

 であれば、韓国がこの問題を解決しない限り日韓関係は改善に向かわないという明確な意思表示と理解するべきだろう。李首相の発言は事実を正確に伝えていないと断じざるを得ない。

 日本には、外交交渉はお互い譲歩してまとめるのが基本だという意見がある。これは正論であるが、それは韓国側の要求が合理的な場合に言えることである。今回の「元徴用工問題」のように、日韓請求権協定の合意を無視して、無体な要求を突き付けてきてもそれは交渉の出発点にはならない。これに日本が歩み寄れば今後の日韓関係に禍根を残すことになる。

 日韓関係を改善することは韓国にとって国益である。国益を無視して人権弁護士時代と同じ立ち位置で日本に対応しているのが現実である。これでは日本として対等な立ち位置で交渉することはできない。文大統領の姿勢が変わらないと良くはならないであろうが、現在の政治的対立が国民同士の交流や経済関係に悪影響を及ぼすのは良くない。これを機会に国民交流、経済交流が回復し、両国の雰囲気が良くなることで、政治的な対立を改善しやすくなる雰囲気が生まれることを期待する。

 韓国、特に文政権に批判的立場を明確にしている武藤正敏氏でも、「現在の政治的対立が国民同士の交流や経済関係に悪影響を及ぼすのは良くない」と述べていますが、これはいわゆる優等生的発言でしょう。「より悪化することを望む」とは言えないのはよくわかります。

 しかし現実的には文在寅反日親北政権が続く限り、韓国側は口先だけの融和の態度を示すでしょうが、本質的な友好関係になることは絶対にないでしょう。むしろ韓国がこのまま自壊し、そのうえで日本のありがたさを真に感じ取るまで、つまり併合時代のインフラ・教育等の援助や日韓条約時の資金援助を「カムサハムニダ」と唱えるまでは、非韓を続けるのが日本の国益上ベストだと思います。

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2019年10月25日 (金)

中国で次々に捕まる日本人、日中関係正常化は幻想だ

Photo_20191025105601  今回はジャーナリスト福島 香織氏のコラム「中国で次々に捕まる日本人、日中関係正常化は幻想だ」(JBpress10/24)を取り上げます。副題は「『人質外交』に走る習近平政権、日本政府は対抗策を」です。

 またもや中国で日本人がスパイとして捕まった。しかも大学教授、研究者だ。

 中国が反スパイ法を根拠に拘束した日本人13人のほとんどが、たいして機密とも思えない“情報”を盗んだとして逮捕、9人が起訴され8人が判決を受け、その中には12年もの懲役刑を受けた人もいる。今回、14人目の逮捕者が出た。しかも国立大学教授、准公務員が捕まったのは初めてである。

 おりしも日本では天皇陛下の即位礼に中国の王岐山氏が賓客に招かれていた。来年(2020年)春の“桜の咲くころ”、習近平国家主席を国賓として招くことが決定している。安倍晋三首相は日中関係は完全に正常な軌道に戻ったと昨年秋の訪中時に発表し、中国の国家戦略“一帯一路”への支持も鮮明にしている

 だが、日本人が不当にスパイ容疑をかけられ、尖閣諸島接続水域に中国海警船が日常的に侵入している状況が、果たして日中関係の「正常な軌道」なのだろうか。

どんな情報に触れたのか?

 今回捕まったのは北海道大学法学部教授。9月に中国を訪問して以降、消息を絶っていた。

 防衛相防衛研究所戦史研究センターや外務省大臣官房国際文化協力室の主任研究官、外務事務管の勤務がある40歳代の男性で、専門は日中戦争史だった。かつて中国の治安機関史に関する論文を執筆したこともあるという。日本のメディア関係者によれば、今回の訪中は社会科学院の招待を受けていたという話があり、そのついでに研究のための資料集めやフィールドワークも行ったのかもしれない。帰りの空港で逮捕されたという。

 ネット上の公開情報によれば、教授は公募の研究予算をとって2018年から2021年までの期間で、日中戦争の再検討、というテーマの研究に従事していた。研究手法は、各国の文書館や図書館所蔵の多言語アーカイブを利用するものという。北海道大学は中国との研究機関や研究者との交流も深く、未公開の歴史的資料を閲覧したりする機会もあったかもしれない。

 古い未公開の戦争資料の中には共産党の秘密文書扱いのものもあるかもしれない。だが、中国には実際は「秘密」「機密」扱いとされ、絶対タブーとされていても、まったく国家の安全と無縁のものも、あるいは関係者、研究者なら常識と言っていいほど知られていることも山ほどある。

 例えば共産党史の抗日英雄譚「狼牙山五壮士」の捏造問題。狼牙山五壮士とは、中国の小学校国語教科書にも載っていたことがある共産党抗日烈士5人のことだ。1941年、河北省の狼牙山で旧日本軍の激しい攻撃に応戦しながら地元農民を守り、最後は日本軍に包囲され軍糧尽きて9月25日、このまま捕虜になるならば、と崖から飛び降りた、と言う美談で知られている。

 だが、これはプロパガンダ用につくられた「お話」で、本当はこの5人は村に逃げ込んだあと、銃で脅して村人の食糧を奪い、村人に暴力を振るって散々の悪行をつくして逃走。あとから来た日本軍に村人は彼らの悪事を訴え、逃げた方向を教えた。日本軍は村人の協力で彼らを追いつめ、3人を討ち取り、2人を捕虜とした。だが2人はのちに逃げ出し八路軍に戻ったあと、自分の悪行を取り繕うために、教科書に載るような美談をでっち上げた、という。この話は歴史研究者の間では結構知られているが、表だって触れてはいけない話だ。

 中国の山岳部の地形などは国家機密扱いなので、中国で登山用GPSの携帯を理由にスパイ容疑で取調べを受けることもある。私の知るケースは、たまたま初犯の観光客だったからGPS没収だけで無罪放免となった。中国では意外なものが、国家機密、タブーだったりする。

 だが歴史分野の「秘密」文書が、たとえ抗日戦争関連であっても現代の国家の安全に関わるとは考えにくい。教授の訪中目的は純粋な学術研究であろう。ただ、教授が過去に防衛研究所勤務であったことや、中国にとって近代戦争史が「プロパンガンダ戦略」上、重視されていることなども考えれば、逮捕拘束して取り調べすることで、中国がほしい情報を手に入れたり、あるいは圧力によって中国に都合のよいコマにしようとしたりする可能性だってゼロではないかもしれない。そういう想像力を働かせてしまうと今後、研究者たちはたとえ社会科学院や中国の大学の招待であっても、怖くて中国に研究やフィールドワーク、資料収集に行けなくなってしまうのではないか。詳細な情報はいまのところ何一つでていないが、今後の展開しだいでは日中の学術交流にも大きな禍根を残す事件になるかもしれない。

日本では野放しの中国のスパイ

 根本的なことをいえば、日本には英米のような本格的インテリジェンス機関はない。

 現在、中国でスパイ容疑で捕まり、有罪判決を受けている日本人の中には、法務省公安調査庁から数万円から十数万程度の薄謝を受け取って情報を提供したことが直接の原因になっているケースもある。彼らは「情報周辺者」などと呼ばれるが、実際は日本にとっても中国にとってもさして重要性のない情報である。

 北京で敏感な情報に業務上触れる立場にある日本人の「情報周辺者」と、東京で日本の政治上、治安上、技術上、研究上の重要秘密を知りうる中国人の数を比べると、人口比的にも後者の方が100倍くらい多いと言われている。

 また、在日中国人は中国政府に命じられたら、知りえた重要情報をすべて提供せねばならない法律上の義務を負っている。つまり中国の法律を基準にして考えれば、在日中国人の情報周辺者は全員がスパイ、となる。

 日本政府が民間の情報周辺者に薄謝で協力を仰ぐなら、先に日本国内にいる中国のための情報周辺者を管理し、取り締まる法律をつくるべきだろう。日本にはそういう法律がない。そうした法的整備がないまま、リスクをさほど意識していない民間人を通じて安価に情報を集めようとするから、日本の情報周辺者リストが中国にばれたりするのではないだろうか。

「人質」を取り戻そうとしない日本政府

「ボイス・オブ・アメリカ」など海外メディアは、習近平政権になって中国当局が外国人をスパイ容疑やでっち上げ罪状で逮捕するケースが急増したことを指して、はっきり「人質外交」だと批判している。

 たとえば昨年12月、中国のファーウェイのナンバー2、孟晩舟を米国に頼まれて逮捕したカナダは、自国民2人をスパイ容疑などで中国に“報復”のように逮捕された。今年9月には、FBIが中国の「千人計画」(海外で先端技術研究に従事する研究者を呼び戻す戦略的政策)の責任者であった柳忠三・中国国際人材交流協会ニューヨーク事務所主席代表を逮捕し取り調べを受けたことへの報復のように、中国で17年間続いてきた英語学習企業を創設、運営してきた2人の米国人男女を「違法越境」容疑で逮捕した。これはでっち上げの罪とみられている。違法越境は最悪無期懲役もある重罪だ。中国は外交交渉を有利に運ぶように相手国民をスパイ罪や冤罪で逮捕するのが常套手段だ。

 では、明らかに先鋭的な対立要因を抱えているカナダや米国に比べて、関係改善が喧伝されている日本の国民がなぜ14人も捕まってしまうのか。日本はそんなに対外スパイ工作が盛んなお国柄であったのか。

 私がここで腹立たしく思うのは、2015年に中国が反スパイ法(2014年)に続いて国家安全法を施行し、中国国内で外国人を「スパイ容疑」で捕まえ始めて以降、日本人だけですでに13人捕まり、9人が起訴され8人が有罪判決を受けているのに、日本政府は中国でスパイ扱いされている日本人を取り戻す交渉を中国政府相手にやった形跡がないことだ。

 交渉というのは、こちらの要求を聞かねば制裁を行うと圧力をかけ、要求を聞き入れられれば相手にとっての利益を考慮する、というものだ。米トランプ大統領がやっているように、恫喝と甘言を交えてゆさぶりをかけて、相手からの譲歩を引き出すやり方だ。中国にとって日本との関係正常化や経済支援、一帯一路への支持などが、米中関係で苦戦中の中国にとっての大いなる救済になるのだから、その見返りに、日本人を取り戻すことがなぜできなかったのか。さらに逮捕者が増えるとは、日本外交が中国に完全にみくびられている、とは言えないだろうか。

 中国外交部の華春瑩報道官は10月21日の記者会見で、記者の質問に答えるかたちで「中国の法律に違反した外国人は法に従って処理する。中日領事協定の関連規定に従い、日本側領事職務に必要な協力を提供する」と事実確認をした。また、この事件は日中関係には全く影響がない、とした。それは中国の言い分だ。日本は、日中関係に大いに影響ある問題として、日本人全員を取り返すまで、習近平氏の国賓訪問を延期してもらったらどうだろう。

Plt1709170006p1  ロシア、北朝鮮、そして韓国と同様、日本の弱腰外交を最大限に利用し、やりたいことをやる中国。そしてやられっぱなしの日本。日本の外交はなぜこれほど弱いのでしょうか。

 その理由のトップに挙げられるのがやはり軍事力の脆弱さだと思います。韓国を北朝鮮と仮に一体とみなせば、これらすべての国は核戦力を持ち、中国、ロシアに至っては米国に次ぐ軍事大国です。

 そして経済力に関しては吹けば飛ぶような最貧国北朝鮮でさえ、米国に楯突く強さを持っています。それは一にも二にも核兵器のおかげです。と言うことは日本も核を持たなければ対等な外交力を持てないということです。いくら米国の核の傘に頼れるといっても、その脆弱さは論を俟たないでしょう。

 今すぐに核兵器など現実的には持てないことは自明の理ですが、しかし以前このブログで取り上げたように、核をいつでも持てるようにハード、ソフトの準備を完了させておくことは極めて重要だと思います。そしてそれをあえてリークさせ、いつでも核を持てるのだということを外交カードの一つにして、交渉に当たることができれば、これまでの腰砕け外交から脱却できるでしょう。

 ただその前に大きな障害があります。それは海外の反発よりも国内の反対分子です。海外に対しては「内政干渉」という大きな楯がありますが、国内にはマスコミやリベラル(反日売国)人の妨害の嵐が吹きまくるでしょう。それをどうやって食い止めるかが核兵器の準備公開への最大の課題のように思います。

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2019年10月22日 (火)

即位礼正殿の儀のこの日、令和に目指すべき日本の姿思う

129844  今回は本日即位礼正殿の儀が行われるのに因んで、日本大学教授先崎彰容氏の「令和に目指すべき日本の姿思う」(正論 10/22)を取り上げます。 

 本日より、即位礼正殿の儀が行われ、国民と諸外国に対し広くご即位が宣明される。これを祝して国民の休日となった今日は、無料開放される動物園などもあると聞く。特別な感情を抱くことなく、動物園で休日のひと時を楽しむ者も多いだろう。またいつもの如く、若干の者たちは即位礼そのものに反対することであろう。だがこうしたさまざまな光景が「いつもの如く」続くこと、これこそが天皇陛下が最も望まれていることのはずである。なぜなら陛下は、人びとが平和であること、天災などの激変を蒙(こうむ)らず坦々と日常生活を営むことの困難をご存じだからである。だから私は、祝日を静かに過ごしたいと思う。改めて平成を振り返り、令和を考える日として過ごしたいのだ。

 ≪改めて時代を振り返る≫

 平成とは何だったのか。政治から見れば、冷戦体制の崩壊と55年体制の終焉(しゅうえん)といえるだろう。平成初期の政治制度改革は、小選挙区制を導入し二大政党制を目指すことで政治腐敗にメスを入れるはずであった。また橋本龍太郎内閣で本格化した行政改革は、中央官庁の再編によって官邸機能を強化し、分散していた統治機能を改善するために行われたものだった。

 いずれの場合も、国際社会が米ソの2色で色分けされていた時代が終わったことを見据え、多様化し、流動化する時代にしなやかに対応するための改革だったはずである。

 一方で経済から見れば新自由主義の流れに乗って市場開放、規制緩和が正しいとされ、新しい発想の登場が待望された。自由な競争は自由な発想を生み、激変する時代状況に対応できるであろう。これが当初の目論見(もくろみ)だったわけだ。

 だがこれら政治・経済における改革が、生みだしたものは何だったのか。政治では多党制で収拾不能に陥った野党の乱立であり、経済では市場原理に翻弄され、米国で起きた不況に直接身をさらすことを強いられた中小零細企業と、そこで働く不安定な雇用の登場であった。つまり平成の30年間を通じこの国は個別化・細分化してしまったのである。多様化する時代に対応したのではない。逆に多様化に翻弄され、バラバラになってしまったのである。

 ≪身近な生活圏を見ると≫

 この状況は、身近な生活圏を見ると、もっとすっきり理解できる。たとえば過日の参院選挙で、2つの小さな政党が議席を獲得し、その動向が注目された。N国党、すなわち「NHKから国民を守る党」と、山本太郎氏率いる「れいわ新選組」のことである。彼らの登場について、歴史学者の與那覇(よなは)潤氏が月刊誌『Voice』10月号上で面白い分析を試みている。すなわち、2つの政党が議席を獲得できたのは、単に「ネット右翼」などの支持があったからだけでは説明できない。N国党は、受信料は無駄だと思いませんかという市民感情を刺激したからであり、新選組は今の生活、辛くないですか? と訴えたからである。つまり2つの政党は、個人の感情に直接訴えかけ、政治問題を議論した点に特徴があったのだ(「野党は『文化左翼』と訣別(けつべつ)せよ」)。

 これが問題なのは、公共放送の是非であれ消費税増税の可否であれ、現在のこの国の状況と将来の人口変動など、長期的な視野と国家を考慮に入れなければならない問題が、すべて個人の生理的不快感、感情の次元で判断されているからだ。言い換えれば公的な問題が完全に私的で、一時的な好悪の感情に支配されてしまっているのである。私たちはしばしば、「最近の若者は政治に無関心でよくない」という言葉を聞くが、もし、政治に関心を持ったとしても感情に左右されたかたちでしかあり得ないわけだ。政治制度や経済体制だけではなく、個人の感情に分け入った場合でも、徹底した個人化が進んでしまっているのである。

 ≪私たちはどう振る舞うか≫

 こうした個人化は、かつてない孤独感を人びとに与えている。ポケットベルは携帯電話となり、スマートフォンにまで進化し、僕らは簡単に「つながれる」ようになった。しかし個人の心を覗(のぞ)き込むと孤独と不安に駆られ、癒やしてくれるものはない。逆に大量の情報は、自分よりも恵まれた人の存在を教え、嫉妬とフラストレーションにかき乱されているのである。

 この感情に答えを与え、敵の存在を明確化し叩(たた)く。不安をその場しのぎの快楽に代える。これこそが反権力デモからハロウィーンの無礼講、そして2つの政党が登場してきた背景にあった。つまり「平成」とは、公的な関心を喪失した時代であり、不安のせり出してくる時代だったのである。

 では、令和に入った今、私たちはどのように振る舞うべきなのか。どのような日本像を目指すべきなのだろうか。公共性への関心をどう取り戻すか。来月行われる祝賀御列(おんれつ)の儀が、拍手喝采のタレント騒ぎに終わることなく、平成30年間を振り返り、来る令和30年に思いを致すような行事となることを、筆者は切に願っている。

 日本国憲法に謳う「自由」が、「公共の福祉」の制約下に置かれるということをよく知らない日本人が、戦後の教育や社会風土の中で「自由と権利」を謳歌し、「責任と義務」を軽んじてきた経緯は、個人主義の蔓延とともにもはや厳然たる事実となりました。

 結果、核家族化の進展とニートや引きこもりの増大、家族同士や目的なき無差別殺人の増大、無婚化の進展、少子化や経済の停滞へとつながってきたように感じます。いまこそ「個」と同時に「公」の重要さを改めて認識させられます。しかしよく考えて見れば、こう言った状況こそGHQが最大の狙いとした「日本弱体化」の結果だった、と言うのは考えすぎでしょうか。

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2019年10月21日 (月)

イギリスで国際人権問題化した韓国の戦争犯罪ライダイハン

Images-10_20191021160001 今回は産経新聞論説委員で前ロンドン支局長岡部伸氏のレポート「イギリスで国際人権問題化した韓国の戦争犯罪ライダイハン」(月刊Hanada 10/10)を取り上げます。ライダイハンに関しての記事は今月になって3回目ですが、岡部氏のレポートにはさらにその詳細が述べられています。

1964年から73年までベトナム戦争に出兵した約32万人の韓国軍兵士たちが、12歳の少女を含む数千人のベトナム人女性を強姦し、5,000人から30,000人の混血児が生まれた――韓国が、文在寅大統領が、今もひた隠す戦争犯罪に対して国際社会が遂に怒りの声を上げ始めた。日本では報じられない歴史戦の最前線を徹底レポート

求めているのは「謝罪でも賠償でもなく、韓国政府が悲惨な性暴力を起こした事実を認めることだ」

ベトナム戦争における韓国軍によるベトナム人女性に対する性暴力に関して、英国の民間団体を中心に韓国政府の加害者責任を追及する動きが急ピッチで進んでいる。

韓国が慰安婦問題で国連などに人権問題と訴え、国際社会を巻き込んだように、国連人権理事会(UNHRC)の独自調査を通じて国際的な性暴力問題となりつつあるのだ。

1964年から73年までベトナム戦争に出兵した約32万人の韓国軍兵士たちが、12歳の少女を含む数千人のベトナム人女性を強姦し、5,000人から30,000人の混血児が生まれた。ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン」(大韓)は韓国の蔑称の意味であることから「ライダイハン」と呼ばれたが、韓国政府は約40年間、その存在を認めず、公式謝罪も賠償も行っていない。

かつてグルカ兵(ネパールの山岳民族出身の兵士)の待遇改善運動に取り組んだ英国人たちが2017年9月、「国際的人権問題」として韓国政府に「徹底調査と謝罪」を求める民間団体「ライダイハンのための正義」を設立。その経緯は月刊『Hanada』2017年12月号で、「英国で告発された韓国兵ベトナムでの強姦事件、慰安婦問題」として詳しく報じた。

その後、「ライダイハンのための正義」は約1年間の準備期間を経て、今年1月から本格的に活動を始めた。

EU離脱を巡る離脱協定案が大差で否決され、メイ前首相が歴史的敗北を喫した今年1月16日、ロンドンの中枢、ウェストミンスター地区にある英議会に、クルド民族少数派ヤジディ教徒で、「イスラム国」(IS)の性暴力を告発して、2018年ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏らを招いて盛大なレセプションを開催した。

 議会が採決する約3時間前に、議会内のホール「ストレンジャー・ダイニングルーム」にムラド氏やライダイハンのトラン・ダイ・ナットさんと母親、トラン・ティ・ンガイさん、保守党の重鎮で英政府の性暴力防止イニシアチブ(PSVI)を設立したウィリアム・ヘイグ元英外相、メイ首相の紛争地における性暴力防止特別代表、タリク・アマド氏(当時)らが集まった。

「ライダイハンのための正義」の「国際大使」を務めるジャック・ストロー元外相は、ジュネーブにある国連人権理事会にベトナム戦争における性暴力として徹底調査するよう申し立てたことを明らかにした。

「韓国人兵士の犠牲になったライダイハンの彼らが求めているのは謝罪でも賠償でもなく、韓国政府が悲惨な性暴力を起こした事実を認めることだ」と語り、そのうえで、「韓国政府に韓国軍が犯した罪を認め、国連の独立調査を受け入れる姿勢へと変わることを願っている」と、無視を続ける韓国政府に対する国連人権難民高等弁務官事務所(UNHCR)の独立調査が進展することに期待を示した。

英政府を代表してタリク・アマド氏は、「戦場における性暴力防止は英国の外交政策。ライダイハンを含むあらゆる性暴力に取り組む」と決意を表明した。

また、ムラド氏は「認識と正義を求める性暴力被害者であるベトナム人の現状を多くの人に知ってもらえた。長い間、母子たちはベトナム社会の陰に追いやられていた。世界中のすべての性暴力被害者のために立ち上がることを誇りに思う。韓国は過去に行った戦争犯罪を認めて、正義を示すべきだ」と述べた。

ISに性奴隷とされた経験をカミングアウトしてノーベル平和賞を受賞したムラド氏が支援したことで、ライダイハン問題は欧州で国際的な性暴力事件として認知されたと言っていいだろう。

1154671348 アンジェリーナ・ジョリー氏も「いまこそ、行動を起こすべき」と

さらに、英国人彫刻家、レベッカ・ホーキンスさんがベトナム戦争で残虐な性虐待を受けた女性たちをはじめ、世界中の紛争下において性暴力の被害者となった人々を哀悼する目的で高さ230センチ、重さ700キログラムのブロンズ製の「ライダイハン母子像」を製作。枝が人々の体を包み込んで抜け出せなくする  「ライダイハン母子像」は、ベトナム原産の「絞め殺しの木」の根が母と子を締め付けている様子を表している。

彫刻を製作したホーキンスさんは、こう胸を張った。

「この像は、逆境に負けない母子の内面の逞しさを称賛する。重要な運動をより多くの人々に知ってもらいたい。被害女性や子供たちが受けてきた苦しみに終止符を打ち、正義と決着を与えることを願う。母子たちは、困難と苦境にありながら、勇気を持って自分たちのことを語り、正義を勝ち取ろうと運動を始めた。像が、この運動の一部となり、これらの勇敢で勇気ある女性たちと会うことは生涯にわたる名誉だ」

6月11日にはウェストミンスターのチャーチハウスで除幕式を行い、ムラド氏らが全世界に向けて発表した。

ヘイグ元外相は性暴力防止イニシアチブを立ち上げ、性暴力抑止に乗り出したが、南スーダンやミャンマー、シリア、イラクで性暴力が継続しており、「いまこそ、行動を起こすべき」(国連難民高等弁務官事務所特使を務める米女優、アンジェリーナ・ジョリーさん)との認識から、英政府は性暴力防止の専門家を紛争地に派遣して、性暴力犯罪の証拠を集めて司法に訴え、被害者に寄り添い、サポートする構えだ。

「国際大使」のストロー元外相は、早速英議会のオンラインメディア「ポリティックス・ホーム」に寄稿して、「世界の性暴力撲滅に主導的な役割を果たそうとしている英国は、過去の歴史的な性暴力を忘れてはならない」と述べ、置き去りにされてきたライダイハンも注視すべきだと訴えた。

ストロー元外相は、「日本に対して、従軍慰安婦について責任追及して謝罪させることに成功した韓国政府が、ライダイハンについては存在を認めず、被りして事実調査も行っていないのは大変残念だ」と、韓国政府の矛盾する対応に、繰り返し疑問を呈している。

8 韓国政府と戦い続ける

その後、7月31日に「ライダイハン母子像」はウェストミンスターにある小さな公園、セントジェームズスクエアガーデンに野外展示され、一般公開された。

周囲には、ロンドン図書館やシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス)、さらにオックスフォード・アンド・ケンブリッジ・クラブや、退役海軍・陸軍軍人クラブなど格式高い会員制のジェントルマンズクラブ(紳士クラブ)が立ち並ぶ。高級住宅街の中心にある閑静なガーデンは、都心のオアシスだ。プライベートのガーデンだが、平日は午前10時から午後4時半まで一般に開放されている。

その公園の真ん中に、名誉革命で英国国王となり、権利の章典を発布して「君臨すれども統治せず」の大原則によって、立憲君主制の基礎を築いたウィリアム3世のブロンズ像がある。「ライダイハン母子像」がこの近くに建立されたのは、「ライダイハンのための正義」がウィリアム3世の功績にあやかって、議会制民主主義に基づいてライダイハン問題を解決しようという意図を表している。

裏を返せば、ベトナムで女性の人権を踏みにじりながら、40年間にわたって反省も公式謝罪も、賠償どころか調査さえも避けてきた韓国政府の姿勢が、英国の民主主義や人権、法の支配の価値観から、大きくかけ離れていることを示している。

もちろん被害者のライダイハンにとっても、ロンドンの中心地での「母子像」建立は大きな意味がある。ライダイハンのトラン・ダイ・ナットさんは、「我々ライダイハンと、韓国軍兵士により蹂躙された母たちにとって歴史的な日となった。韓国政府からの認知と正義を勝ち取るため、戦い続ける」と決意を新たにした。

「文在寅大統領、答えて下さい」―送った公開書簡

こうした動きを受けて、トラン・ダイ・ナットさんら3人のライダイハンは5月28日付で、在英国韓国大使館を通じて韓国の文在寅大統領に公開書簡を送った。

ナットさんは、書簡のなかでこう訴えている。

「韓国政府は、韓国軍兵士がベトナム女性に性暴力を行っていたことを認め、国連人権理事会の独立調査に協力せよ。韓国政府が我々の存在を認めないため、ライダイハン50人は、韓国軍兵士のDNAデータベースと照合するためにDNAサンプルを提供する。DNA型鑑定で父子関係が確定すれば、性暴力の犠牲になり、現在生存している約800人の女性とその子供たちに公式謝罪してほしい」

しかし韓国外務省からの回答は、「ベトナムとの友好関係が発展するよう努力していく」とだけだった。

このため、ナットさんらは6月10日、ウェストミンスターの通称ナンバー10といわれる英首相官邸を訪問し、メイ前首相宛に書簡を手渡した。ナットさんらは、英国政府に国連人権理事会主導で進める独立調査を公式に支持するよう求めたのだ。

この要請を受けてジョンソン新政権は、11月にロンドンで開く性暴力防止イニシアチブを「ライダイハンのための正義」と共催することを決めた。英政府や議員らの間で、韓国の戦争犯罪であるライダイハン問題を本格追及する動きが広がっていることは間違いない。

1_20191021160101 こうした韓国軍の蛮行を追及する草の根運動を英メディアも報じ始めた。2017年9月11日、インディペンデント紙(電子版)が「戦時下で強姦されたベトナム女性たちは、生涯受ける苦痛と損害に対する裁きを求めている」との記事を掲載した。

今年一月に英議会で開催したレセプションを取材したガーディアン紙は1月19日付で、「ベトナム戦争中、韓国兵に強姦された女性たちはまだ謝罪を待っている」との見出しで、「韓国軍が女性に性暴力を行い、その結果として生まれた数千人の子供の存在を韓国政府が認めることが求められる」と指摘したうえで、「韓国政府は、韓国軍が数千人の女性や女児を暴行した。被害者のなかには12歳の少女までいた。

韓国はベトナムにおける戦争犯罪を一切認めていない。にもかかわらず、日本には第二次大戦で韓国からの従軍慰安婦に対して、謝罪を要求し続けている」と自分に甘く、他人に厳しい韓国のダブルスタンダードの対応を批判し、ストロー元外相が韓国に性暴力被害を受けた家族に謝罪するように圧力をかけていると報じた。

また、ロイター通信も1月16日付で、「ヤジディ教徒(ナディア・ムラド氏)の生存者がベトナム戦争でレイプされた女性の正義を要求した」と題して、英議会のレセプションでムラド氏が、「性暴力を犯した加害者は、犯した罪に対して正義のため、より多くのことをすべきだ」と述べ、韓国政府に性暴力を認めることを求めたと報じた。

こうしたことを踏まえて、ロイター通信は、「ここ数年、韓国政府は慰安婦問題で日本に謝罪を求め続け、すでに謝罪して決着済みとする日本との間で論争となり、関係が悪化する要因となっている。しかし、ベトナムと韓国の間ではそのような合意はない」と伝え、日本に謝罪を求めながら被りを続ける韓国政府の国家としての対応に疑問符をつけた。

BBC放送は、ベトナム語放送と韓国語放送でレセプションの様子をベトナムと韓国向けに伝えた。デイリーテレグラフ紙は、「ライダイハン母子像」を建立後の8月5日付で、ストロー元外相の「多くの困難にもかかわらず、ライダイハン運動は進歩しており、紛争地の性暴力撲滅に向けて、さらに正義を強化し、責任を果たしていかなければならない」との寄稿を掲載した。

絶望のなか30年間出し続けた手紙

最後に、ライダイハンと呼ばれる混血児のトラン・ダイ・ナットさんが筆者に語った肉声を伝えたい。

ナットさんが自らのアイデンティティに疑問を持ったのは五歳の時。ベトナム戦争が終結した1975年4月だった。旧北ベトナム、現在のベトナム社会主義共和国が南ベトナムの首都だったサイゴン(現ホーチミン)を陥落させ統一すると、共産主義政権の下で状況が一変した。

「北の共産政権は、南の体制を支持して戦った米国とその同盟国を敵とみなし、彼らに関係するベトナム人を・反逆者・として弾圧した。韓国人に強姦された母親は敵の仲間とされ、あらゆる財産は没収され、母親と祖父、叔父は投獄された。祖父は収監中に鞭で打たれ、その傷が原因で、出獄から1週間後に死亡した」

ナットさんも敵の子ということで「犬」と呼ばれ、学校でいじめられた。

「私は母親と暮らせたから恵まれていた。敵の・残滓・とみなされた多くのライダイハンは、母親と引き離された。今後20年間、国家に反乱を起こさせない狙いからだ。母子がともに暮らしたければ、人里離れたジャングルに隔離された。未開のジャングルを選択した母子の多くはさまざまな病気にかかり、命を落とした」

絶望のなかで、ナットさんは歯を食いしばって学校に通い、読み書きを覚えた。しかし、ライダイハンのほとんどが学校に行けず、教育を受けられなかった。

「非識字者のため職に就けず、人間として最低限の社会生活も送れない。悪い時代に悪い場所に生まれてきたと諦めるしかなかった」

ナットさんの母親、トラン・ティ・ンガイさんが真実を明かしたのは、ナットさんが18歳の時だった。跪いて、「韓国軍兵士にレイプされた」と告白した。1人の兵士のみならず、さらに2人の将校からも数度にわたって強姦された。2人の姉妹がいて、それぞれ父親が異なる混血児。3人ともライダイハンだ。

ナットさんが韓国政府に性暴力被害の実態調査依頼を始めたのは、1989年。盧泰愚氏から文在寅氏まで歴代7人の大統領、駐ベトナム韓国大使、韓国の閣僚に手紙を出し続けたが、返信はなかった。

「彼らは、『大統領に要求を届ける。大統領からの返事を待ってほしい』と繰り返し、30年間なしのつぶてだ」

「日本に助けてもらいたい」

多くのライダイハンたちは50歳を迎える。しかし、ベトナムでは偏見と差別で職に就けない。1年でも韓国で働き、生活の糧を得られないか。ナットさんが在ベトナム韓国領事に、「生活苦のライダイハン10人でも韓国で働かせてほしい」と申し出たが、韓国領事は「教育を受けていない人に労働ビザは出せない。出せるのは観光ビザ」と断られた。観光ビザで渡韓しても働けない。働けば不法就労となる。ナットさんたちは途方に暮れた。

「ベトナム戦争で北ベトナムの兵士と市民を虐殺し、南ベトナムの女性を強姦した韓国は、アジアの竜と呼ばれるほど経済成長したが、高いモラルや倫理を持ち得た国か疑問に思う。ただ、われわれのような混血児がいることを認めてもらいたい」

ナットさんたちが韓国政府に求めるのは、謝罪でも補償でもない。認知だ。公に知ってもらいたい。自分たちの話を伝えてほしいと願っている。ただ、韓国との経済関係を重視してライダイハンの訴えを拒絶するベトナム政府の姿勢にも問題がある。

「エンターテインメントなどソフトパワーによる発信で、過去を封印する韓国をベトナム政府は追及しない。経済支援する韓国に配慮して、われわれの訴えに耳を傾けず、両政府は『過去にこだわらない』と同意した。慰安婦問題で日本を攻撃しながら、自らの罪を封印して反省も謝罪も調査も拒否する韓国政府の姿勢は矛盾に満ちているが、ベトナム政府も同調してわれわれを見捨てる。人間の尊厳を回復できるように日本に助けてもらいたい」

祖国ベトナムと韓国に絶望するナットさんの日本への眼差しは、悲痛で真剣だった。

戦時慰安婦を日本軍が関与し強制的に連行した性奴隷だというデマを作り上げ(そのもとは日本の左翼人権派弁護士のようだが)て、日本を非難する韓国のこの蛮行は、完全に「天唾」もののお笑いのようなものです。

ただありもしない強制連行説に、よく検証もせずただ単に謝った日本より、あの手この手でしぶとく公(おおやけ)のものとしてこなかった韓国の方が、外交的には優れているという見方もできるでしょうか?

いずれにせよこの人権問題は国際的に史実として公開されるべきであり、結果として韓国による該当者への謝罪と賠償は必然だと思います。「日本に助けてもらいたい」というメッセージに果たして日本が手を差し伸べられるか、どうでしょうか。ナットさんの願いに対し、韓国の横やりをものともせず、しっかりとした所見を持って覚悟のある対応ができる政治家が出てくることを願いますが。

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2019年10月20日 (日)

左右とも中国になぜ媚びるのか

As20190707002527_comm  今回は文化人類学者で静岡大学教授の楊海英氏のコラム「左右とも中国になぜ媚びるのか」(正論 10/18)を取り上げます。

 民主主義を守ろうとする香港市民のデモが勃発してからはや半年がたとうとしているが、日本政府といわゆる左右両翼の論壇からの発言に目立ったものはほとんどない。曖昧を美徳とする日本らしい、あたりさわりのないコメントばかりで、官民一体でぎこちない「日中友好」のムードをつくり上げようとしているように映る。いや、一党独裁の指導者、習近平氏に媚(こ)びようとしているようにすら見えて仕方ない。

 ≪中国を熱愛すれば進歩的か≫

 沈黙を守り通しているサヨクには「前科」がある。チベット人が共産中国の侵略に抵抗して、1959年にダライ・ラマ法王を擁してインドに亡命し、今日に至るが、「世界の屋根」で人権が侵害され続けてきた事実を左の論客は取り上げてこなかった。ダライ・ラマ法王が日本を訪れて講演会を開いても彼らは耳を傾けようとしない。

 チベットが侵略された歴史は数十年も前のことで、健忘症に陥ったとしても、ウイグルの問題は現在進行形で展開されている。百万人単位で強制収容所に閉じ込められ、女性たちは性犯罪に巻き込まれ、児童は親から隔離されている。それなのに左側から批判の声は上がらない。彼らは日本の過去については声高に非難するが中国については批判しようとしない。

 なぜ、普段は舌鋒(ぜっぽう)鋭い左の闘士たちが北京当局を擁護するのか。中国を批判すれば、右翼だとみられるからだ、と彼らは弁明する。中国を熱愛すれば進歩的で、批判したら右翼。この歪(ゆが)んだ精神構造が戦後日本に形成され、国民の健全な思考や論陣の発展を阻害してきたのではないか。

Cpnluowxyaej_k1  中国は1958年からの公有化政策で自国民を数千万人も餓死させたといわれ、モンゴル人やチベット人、ウイグル人に対し繰り返し大量虐殺を断行してきた。世界でも類例をみない独裁政権の問題を正してどこが悪いのか。民主主義国家の正義感ある論客であるならば、中国批判は当然の責務ではないのか。

 左の「友好人士」は、中国に抑圧されているマイノリティーに冷淡なだけでなく、台湾にも背を向けてきた。現代台湾の論壇を代表する若い知識人で中央研究院の呉叡人氏は次のように書いている。

 ≪被抑圧者の「代弁者」は虚言≫

 「日本の政界における左翼勢力はずっと親中的で、台湾を無視してきた」。日本が台湾を切り捨てて中共を選んで以降、日本の右翼だけが台湾独立派を支持してきた。だが台湾独立派はもともと左翼的思想を抱く日本留学生だった。本来なら日本左翼と台湾独立派は一卵性兄弟のような存在だった。それにも関わらず日本の左翼と進歩的知識人は北京に媚びを売り民主主義国家台湾を裏切った。左翼は弱者に寄り添い、被抑圧者の代弁者だというのは虚言であって、強い者、それも独裁政権に恭順な態度を取るのが彼らの特徴である(呉叡人「受困的思想」)。

 呉叡人氏は、「日本の知識人たちに裏切られ続けてきた台湾」の運命を嘆き、台湾国民をあえて「賤民(せんみん)」と自虐的に呼ぶ。「賤民」にも「賤民」らしい高潔な生き方があり、それは決して権力に媚びることのない生き方である。強い中共に媚びる先進国日本と、弱い台湾の「賤民宣言」は正に好対照である。

 台湾だけではない。私の故郷内モンゴルに対しても同じだ。内モンゴルもその一部は「満蒙(まんもう)」として日本の植民地支配を経験した。台湾統治と同様に、日本は満蒙でインフラ整備を進め、近代化を促した。モンゴル人は真の独立を求めたが、「在満蒙左派系日本人」顧問たちは頑として反対した。

 ≪国賓習氏と何を語り合うのか≫

 「蒙古独立」に反対していた左派系日本人顧問団は戦後になって相次いで毛沢東に平伏して「反省」の態度を示し、「日中友好」を謳歌(おうか)した。彼らは戦前にはモンゴル人を敵視し、戦後にはモンゴル人を抑圧する中国政府に加担しようとした。台湾も内モンゴルも、左翼に期待したのが間違いだった。

 左の論客たちは現在も時々北京に「朝貢」して「安倍政権の悪弊」を批判するが、中華料理に舌鼓を打つ彼らは決して中共がウイグル人を虐待していることに触れようとしない。北京で安倍政権を攻撃して東京に凱旋(がいせん)しても、日本では逮捕されることがないどころか、かえって「勇気ある論客」としてもてはやされる。本当に肝の据わったサムライならば、天安門広場に立って、少数民族弾圧をやめろ、と叫ぶべきだったのではないか。

 では、右の陣営は堅牢(けんろう)かというと、決してそうでもない。「来春に桜が満開する頃に、気分良く習近平国家主席を国賓として迎えよう」との天真爛漫(らんまん)な夢を見る保守派もいる。国賓と何を語り合うのか。保守陣営も、安倍政権も「日中友好の意義」について国民に説明しなければならない。左右両翼とも、中国との付き合い方について、論陣を張るべき時が来ている、と呼びかけておきたい。

 私にも中国の友人がいて、13億中国人との友好の推進を図りたいとは思います。しかしそのことと中国政府、つまり共産党による人権抑圧の問題とは別の話です。楊海英氏の言う通り、いつも人権人権と叫んでいる人権擁護派の知識人や野党政治家は、中国の人権弾圧については声を挙げません。政府外務省も同様です。

 中国政府の目指す繁栄は中華民族のみの繁栄であって、中国内の少数民族や周辺諸国の繁栄とは完全に切り離されています。むしろ中華民族の繁栄のために、その他の民族を恫喝しひれ伏すように仕向ける、かつての中華帝国を再現させているように思われます。少なくとも東アジアのもう一つの大国として、日本に求められる中国への向き合い方は、友好関係推進と民主化支援を同時に進めることにありそうです。ただそのためには相当の覚悟がいるでしょうし、今の政治家には荷が重すぎるような気がします。

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2019年10月19日 (土)

離反しだした韓国と米国に共通する「超格差」の反動

Img_6028d6d8146497b59512f065780a131e6981  今回はT.W.カン氏のコラム『離反しだした韓国と米国に共通する「超格差」の反動』(JBpress 10/10 副題:「弱者を支持」目当ての政権運営がもたらす矛盾と迷走)を取り上げます。チョ・グク氏の辞任(10/14)前の記事ですのでご承知ください。

 先ごろ二週間ほど韓国に滞在し、母国である韓国の情勢について深く考えさせられた。日本、韓国ともに、論客のほとんどがこの二国間関係を日本ないし韓国の視点からしか捉えていないのだ。しかも、最近の両国関係の悪化局面の影響から、韓国vs.日本、文在寅(ムン・ジェイン)政権vs.安倍政権、または韓国の左翼勢力vs.日本の右翼勢力という構図の枠で語られることが多い。それも、最近は激しく。

ギクシャクする韓米関係の中の不気味な韓国とアメリカの類似点

 仕事柄、1年の4分の1はアメリカに、同じく4分の1は韓国に滞在するような生活を長く続けているが、そういう経験をしていると、韓国を取り巻く違った構図が見えてくる。韓国やアメリカには、日本人がちょっと想像できないくらいの格差社会が出来上がっている。その中で、大多数を占める弱者層の声が、その国の政治家に与える影響力も大きくなっている。その力学が日本と韓国の葛藤をより激しくしている面があるのだ。

 今回、韓国滞在中に文在寅大統領の側近・曺国(チョ・グク)法務長官候補(当時)の聴聞会を十数時間見ることができた。具体的な疑惑のやり取りについてはすでに日本でも報道されているので割愛する。振り返って総合的に見ると、二つのテーマが浮き彫りになったように感じる。

 まず一つ目は、曺氏の「言行不一致」(韓国語ではオンヘンブルイルチ)、すなわち進歩的改革を打ち出しているのに、身内は保守的手法により利益を得ているということだ。もう一つは、曺氏自身の発言で、「民主主義と社会主義は両立できると思う」というものである。

 曺氏がこれからいかなる運命を辿るかは未知であるが、この二つのテーマは韓国のみならず、日本やアメリカにとっても無関係ではない。キャリアや影響力からすれば比べ物にならないが、人格的にみると、曺氏、そして現韓国政権を支えている人たちにはトランプ的な要素とアメリカの民主党側大統領候補者のサンダース、ウォーレン的要素が混ざっているように見える。すなわち、日韓に見る葛藤は複雑にアメリカや世界の格差問題や民主主義の漂流とも絡み合っているのである。

「言行不一致」は矛盾ではないのか

 韓国では、日本以上に社会の中の格差が拡大している。この弱肉強食的社会構造は、強者である保守勢力が弱者を搾取するという構図で捉えられている。そして進歩系勢力は弱者のために不公平性を生む社会の歪みを是正するのが大義となっている。その象徴的政策というのが、曺氏が青瓦台の前民情首席、そして今回の法務長官として担う司法改革である。すなわち、捜査権と起訴権を両方行使できる検察権力の改革だ。

 ところが、韓国の国民が最も公平性を求める入試の過程において、曺氏の子どもたちは不公平と思われる手法で進学していると疑われるようになり、不法行為の有無が究明されるようになった。まさに、「言行不一致」の候補(当時)が司法を司る長官職に相応しいのか、国民の過半数以上が疑問に思った。

 アメリカにも言行不一致の人がいる。お馴染みのトランプ大統領だ。最近、アメリカのメディアからは、トランプ氏が中米からの不法移民に対して厳しい処置を取り続けているのは、中米やメキシコからの移民を犯罪者や麻薬業者とする氏の差別的表現に起因していると批判した。しかし、トランプはその発言記録を突きつけられても、「わたしは世界で最も非差別的な人だ」(least racist)と躊躇なく返した。今度の大統領選に向けいくつかの放送局がトランプ支持者に「再度、氏を支持するつもりか」と聞くと、多くの人が、「嘘つきであろうが人を裏切ろうが、氏に投票する」と回答したという。

 同じように、曺氏にも熱烈なサポーターが多い。彼はけっして恵まれない環境で育ったわけではない。政府幹部の資産公開資料によれば、50億~70億ウォン(おおよそ5億~7億円)の資産を持っているという。しかも、教授、すなわち学問畑の人がいかにここまで蓄えたのであろうか。そうした人が、韓国の4つの蟻地獄、すなわち教育、就職、不動産、老後を改善すると主張するのだからいびつに見える。そのような人がいかに恵まれない人の境遇がわかるのであろうか。不思議なことに、進歩系でこうした「言行不一致」の人は曺氏だけではない。ある文政権の青瓦台元幹部スタッフも資産公開で5億円の資産を保有していた。こちらも大学教授だ。こうした人々を韓国では「江南左派」(カンナムチョアパ)と呼ぶ。

 トランプ氏のほうは、億万長者どころかビリオネアー(10億ドル以上)だ。しかも、氏の父は若いころから彼に強力な弁護士をあてがい、不動産事業などでは使用人や下請けにとって不利な条件で整理などを押し通した。弱者の涙を共有したことのない人に弱者の期待が集まったのだ。

 対極に位置するのが、民主党大統領候補のエリザベス・ウォーレン氏だ。彼女は貧しい家で育ち、兄弟は軍隊に行き、自身は授業料が払えなく、苦学してやっと大学学位を取り、学校の先生になった。その後、政治の世界に入り、有力上院議員の座に上り詰めた。CNNなどで演説会やインタビューを見たが、さすが弱者共感とはこういうことを言うのかと思った。そのウォーレン上院議員はアメリカの50億円以上保有する世帯の流動資産に2%税をかけることにより教育や福祉などの支援の財源を捻出しようとしている。

 曺氏とトランプ氏には共通する側面がある。それはゲームプレーヤーだということだ。目的は権力の頂点に立つこと。そのためには現存の機会を掴む。その機会とは極度に開いた格差に悩む多くの弱者が熱烈に期待する既存勢力の破壊だ。そのためには手段を選ばない。矛盾であろうが、何であろうが。そうした力学が現在韓国でもアメリカでも民主主義という仕組みを新たな方向へ変形させている。

三つのタイプの市民

 私は最近、韓国に滞在した折に、文政権のサポーターの一人と話してみた。彼の息子は韓国の大手航空会社(財閥系)の社員で、その企業の優遇措置として海外研修に行っているそうだ。このように息子が保守系企業の恩恵を身内が受けているにも関わらず、彼は政治的には保守解体を強く主張している。矛盾しているように思えるが、韓国にはこのような人は意外に多い。

 私は、民主主義体制下で市民が示す意思の裏側の態度は3つに分類できると考えている。例えば、ある人はタバコを吸わない。だから、禁煙政策を支持し、それを主張する政治家に投票する。現実的にはひとつの政策だけではなく、多くの政策の集合体で投票先が決まるのであろうが、基本的には自分の利害をベースに考える。これを「利己主義」と呼ぶことにしよう。これが一つ目だ。

 さらに、成熟した民主主義社会においては、自分の利害より社会の利害や理想を優先する考えを持つ人がいる。先ほどのタバコの喩えを続けるなら、愛煙家が、副流煙は健康に悪いから自分はタバコが吸えなくなって不便を感じても、禁煙政策に賛成するというケース。これを「利他主義」と呼ぼう。これが二つ目になる。

 では、前記した、保守系の恩恵を受けながら進歩系の改革を熱烈に支持する市民はいかに捉えるべきであろうか。こうした傾向は日本でも見たことがある。経営コンサルタントとして多くの組織改革を促してきた経験からすると、日本の大企業の経営陣から次の考えが透けて見える。「企業の競争力アップのため改革は大賛成だ」。ここまでは建前だ。次の本音を言う人はたまにしかいない。「だけど私がこの仕事から転出した後にしてほしい」。一種の抵抗勢力である。現行の恩恵を受けながら、スタンスとしては改革を支持する。国籍を問わずこのタイプを「超利己主義」と私は呼ぶ。これが三つ目だ。彼らは、現在の体制から一定の恩恵を受けていても、その権力構造を破壊するためなら手段を択ばない。そしてそのことを矛盾とも考えない。超格差社会が生んだ、現状打破を願う大衆とも言える。

 実は、この超利己主義の層をいかにうまく掴むかがそれこそ政治ゲームプレーヤーの知恵比べということになる。彼らの支持を得られれば、世論の大勢を掴むことが出来るし、改革も進めやすいからだ。ただ問題は、これが果して民主主義を良い方向に導くのかどうか、だ。弱者である彼らの声を掬い上げることは、必然的に社会主義の考えに近づいていくからだ。実際、韓国はもちろん、アメリカでも社会主義的思想が市民の共感を獲得しつつある。

社会主義は20世紀に死ななかったのか

 次に、曺氏の「民主主義と社会主義は両立できる」とした発言について考えてみたい。

 日本の論客の中には、韓国はアメリカから離れ、中国に近寄っているという流れを主張する人がいる。文在寅氏が優先課題として掲げている北朝鮮融和政策と関連して、こうした傾向があることは否定しない。しかし、もう少し深く分析する必要があるのではないか。

 ベルリンの壁崩壊後、アメリカのブレジンスキー元安全保障アドバイザーが『大いなる失敗』(The Grand Failure)という本を書き、20世紀の社会主義は大規模な、そして弊害の多かった実験であったが、失敗に終わったと主張した。ところが最近、変形した社会主義が再び注目を浴びるようになってきている。これは紛れも無く極度に開いた格差のためであろう。

 こうした格差認識を決定付けた歴史的転換点がアメリカと韓国の両国にある。アメリカの場合は2008年のリーマン・ショックだ。ウォール・ストリート(金融エリート)という「1%」が弱者の「99%」を食い物にした、と人々はウォール街を占領しデモした。ちなみに、この年中国では北京オリンピックが開かれ、国民は自信を高揚させたと同時に、リーマンの悪影響を目の当たりにし、アメリカ流資本主義の限界を意識するようになった。

 韓国の場合は2016年の朴槿恵(パク・クネ)前大統領と親友崔順実(チェ・スンシル)による不正発覚である。それ以前のセウォル号沈没事件の際、高校生など乗客(弱者)の救助を朴氏は優先しなかった。それとその後親友とされる崔氏の蓄財に政権の一部を導員し、企業まで巻き込んだこととの間のコントラストが市民を極度に怒らせ、朴氏は弾劾された。これにより左派政権が誕生したのである。

20191016t040828z_1_lynxmpef9f086_rtroptp  最近、欧米のメディアでは、アメリカの社会主義化に警鐘を鳴らす報道が目を引く。アメリカの民主党は極左とも言えるバーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウォーレン上院議員と、中道左派でオバマ政策を継承しようとしているバイデン元副大統領との間の論戦が注目を集めているが、アメリカ企業や富裕層は極左勢力の台頭に戦々恐々としている。「金持ちから奪い、貧困層に与える」(Take from the rich and give to the poor)という表現がアメリカにあるが、まさにそれを教育や福祉政策を通して実行しようとしている。

 サンダース氏もこうした中、自身をどう位置付けるか模索しているようだ。北欧の「社会主義」はうまくいっていると言ってみたり、中国は莫大な数の人々を貧困から救い出したと言ったと思えば、中国の国家主導型社会構造や経済システムには警戒心を示してみたりもする。

 トランプ氏と習近平氏のどちらの交渉能力が上手か競い合うようになってから、アメリカの報道は、中国が自国市場や企業をガードしながら、アメリカの自由市場の弱点を突く、一見賢く、一見不公平にも見える動きを明らかにしてきた。例えば最近の取材では、中国の国家情報員がアメリカの元諜報員達をリクルートし、アメリカ企業の機密情報を巧みに取得していたことが明かにされた。最後に記者がこうした事件を調査した検察官に「どの国も諜報活動は行っているのでは」と聞いたところ、中国の場合、国家が企業のために相手国の企業機密情報まで諜報するケースがここ数年あとを絶たないと言っていた。逆に、他の国の場合は国家同士、そして民間同士の諜報活動が主となるケースが多いそうだ。

超格差社会が育む社会主義的思想

 果して、今後の世界においては、当分の間(30年サイクルを主張する学者もいる)、中国に見るような国家主導型の社会・経済システムが幅を利かすようになるのだろうか。そして、これからの「社会主義」というのは、果して20世紀に見た全体主義的色彩を必然的に含むものなのであろうか。

 現在の香港情勢を見ても分かるように、国家主導型の社会構造や経済システムは、民主主義を必ずどこかで抑圧する。一方で、自由主義経済の行き着く先に出現した超格差社会は、大衆の中の社会主義的思想を育むことになる。

 こうした動きの中、従来の北東アジアの政治構造、すなわち、中朝露対日韓米、という二つの軸はどうなっていくのであろうか。韓国だけが中朝に接近するという従来の見方の一歩先を読むとアメリカ自体どうなっていくのかを見極める必要がありそうだ。民主主義と自由経済に飼い馴らされてきた私にとってこの過渡期は心配だ。社会主義や国家主導型経済システムは経済発展や技術開発、そして人権を妨げる傾向があることを経験から知っているからだ。

 日韓米を行き来している直感からすると、かつて日本は「総中流社会」といわれたこともあり、今日本がいくら自らを格差社会と認識しようが、韓国やアメリカにおける格差の大きさに対する実感が湧きにくいのではないだろうか。仮にトランプ再選の場合においても、カリフォルニアやマサチューセッツなどで幅を利かす左派勢力がいかにアメリカの国政に影響を及ぼし、日本にはこうしたアメリカ、そして北東アジアといかに向き合うのか、巧みな舵取りが求められる。

T.W.カンのプロフィール:グローバル戦略立案を専門とする「グローバル・シナージー・アソシエツ」代表。東京生まれ。米マサチューセッツ工科大学(MIT)卒業、ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。米インテル本社勤務・インテルジャパン幹部を経て独立し、現職。サムスン、シーメンス、フィリップスなどの経営コンサルタント活動を行い、東証一部上場企業を含む日米中各国企業4社の社外取締役を歴任。

 もちろん日本は米国、韓国ほど格差社会ではありませんが、年収数億の人もいれば200万未満の人もいて、結構格差はあるようです。そしてカン氏の指摘のように、現在の体制から恩恵を受けていてかなりの収入を得ていながら、弱者に寄り添うフリをする、いわゆる進歩派とかリベラルとかいう知識人や野党政治家もいますね。ですから日本もこの2つの国と余り大差ないような気がします。決して社会主義の罠に陥らないよう気を付けなければと思います。

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2019年10月18日 (金)

日本の研究力低下、このまま中国に後れをとってもよいのか

6_20191018154401  今回は筑波大学准教授掛谷英紀氏のコラム「日本の研究力低下、このまま中国に後れをとってもよいのか」(iRONNA 10/11)を取り上げます。今年も吉野彰氏のノーベル化学賞受賞に沸いた日本、しかし研究分野では問題が多く存在しているようです。

 現在、大学では運営費交付金の削減、研究論文の本数や引用数の低下、博士課程の定員割れ、博士号取得者の雇用難などが問題になっている。今後、こうした問題が日本の研究力の低下をもたらし、将来的にノーベル賞受賞者を輩出できない国になるのではないかといった議論が盛んに行われている。

 これらの問題は、主に理学系、生命系の研究者の関心事である。著者自身は情報系、工学系を専門にしているので、事情は若干異なる。工学分野は企業からの資金援助が受けやすく、また博士号取得者でも企業に就職しやすい。しかし、工学系は工学系で別の問題を抱えていることはあまり知られていない。

 そこで、本稿では、最初に現在懸念されている研究力低下の問題に対してデータに基づく分析を行い、次に普段あまり語られていない工学系の研究現場で起きている問題を紹介することにする。

 ノーベル賞受賞者数を研究力のバロメーターにするならば、まずは過去の受賞者のデータを見るところから始める必要があるだろう。

 本年度、ノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰氏(71)までの自然科学分野での日本人(後に外国に帰化した人を含む)ノーベル賞受賞者と、その生年(西暦下2桁)を並べると以下のようになる。

06朝永振一郎、07湯川秀樹、18福井謙一、21南部陽一郎、25江崎玲於奈、26小柴昌俊、28下村脩、29赤崎勇、30鈴木章、35根岸英一、35大村智、36白川英樹、38野依良治、39利根川進、40益川敏英、42本庶佑、44小林誠、45大隅良典、48吉野彰 54中村修二、59田中耕一、59梶田隆章、60天野浩、62山中伸弥 ※敬称略

 注目すべきは、1907~18年生まれと1948~54年生まれの間にある空白である。前者については、研究に最も打ち込める30代に戦争を経験した世代であり、大きな研究成果を得るのは不可能に近かっただろう。一方後者は、その前後の吉野彰氏、中村修二氏、田中耕一氏の3人が博士課程に進んでおらず、いずれも企業における研究成果による受賞であることを考えると、大学の研究という意味では1945~59年の生まれの間の空白と見ることもできる。

 この原因の一つとみられるのが、1947~49年生まれの団塊の世代が当事者であった70年安保闘争である。左翼学生運動が大学の研究教育活動を妨害し、施設を破壊したことの後遺症が、この知の空白を生んだと考えられる。2013年の平和安全法制制定時も、主に文系の大学教員とごく一部の学生に、大学を拠点に反対運動を盛り上げようとする動きがあったが、そういう政治的動きが大学で過激化、暴徒化することが、研究力の維持に対する最大の脅威の一つであることが分かる。

 また、当然ながら、これまでのノーベル賞受賞者は、全て1990年代の大学院重点化より前に学生時代を過ごしている。博士課程の定員割れ、博士号取得者の雇用難といった問題は、大学院重点化で大学院の定員を増やしたゆえに起きている現象である。大学院進学者が少なかった時代に多くのノーベル賞受賞者を生んでいること、さらに博士課程に進学していないノーベル賞受賞者も多数輩出されていることを考えると、博士号取得者が計画通り増えないからといって、今後ノーベル賞級の研究ができなくなるという結論にはならない。

 著者の専門分野に話を移そう。情報系、工学系では、日本の優位がまだ残っている分野と、日本が完全に後れてしまっている分野がある。まだアドバンテージがあるのはハードウエア分野である。もちろん、ここでも日本の優位性は小さくなっているのは事実である。筆者の専門分野の一つである電子ディスプレイについても、10年前までは日本企業に存在感があったが、民主党政権が超円高政策で日本の製造業に致命的なダメージを与えて以降、産業の中心は韓国、台湾、中国にとって代わられた。

 しかし、研究については日本もまだある程度勝負できている。最大の理由は、国内に優良な部品を作れる中小企業がたくさんあることだ。これが、新しい実験装置や試作機を作るのに非常に役立つ。筆者自身、国際会議などで「お前の使っているこの部品はどこで購入できるのか?」と聞かれることがよくある。ハードウエア分野の研究力を維持する上で、日本の国内の中小製造業がもつ技術やノウハウは、今後も大事に守っていく必要がある。

Raw_20191018154501  一方、ソフトウエアについては、日本は完全に後れをとっている。今流行の人工知能分野でも、米国勢や中国勢が先行しており、日本は全くついていけていない。筆者の専門分野の一つに人工知能を使った医療画像自動診断があるが、同分野のトップカンファレンスである「MICCAI」でも、昨年の会議における中国、韓国からの参加者数が全体の4位、5位を占める一方、日本はトップ10にも入っていない。

 発表件数も全体で300件以上ある中、日本からの発表は筆者を含めて1桁にとどまっている。今年開催された腎臓がんの自動検出の国際コンペにおいても、106の参加チーム中、中国からの参加が半数以上を占めた。トップはドイツチームだったものの、中国チームも多数上位に食い込んでいた。筆者を含む研究グループは、日本からの参加チームの中ではトップだったが、中国の上位勢には及ばない状況である。

 今の中国は、人工知能以外でも、宇宙、エネルギー、計算機など、軍事的優位を築くことに資する研究分野に重点的に投資をしている。これまでの米国の戦略と同じである。一方、日本はというと、ご存じの通り、日本学術会議の声明の影響で、多くの主要大学で防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度に学内の教員が応募できない状態である。

 今関心を集めている自動車の自動運転技術も、米国では米国防高等研究計画局(DARPA)のグランド・チャレンジで、スタンフォード大学、カーネギーメロン大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)などの名門大学が技術を磨いてきた歴史がある。そうした軍事技術の積み上げは、当然民生への応用を考える場合も大きなアドバンテージになる。防衛関係の研究を大学が禁じる日本が、軍事研究に力を注ぐ米国や中国に太刀打ちできないのは当然である。

 さらに、中国勢には、もう一つ大きな武器がある。それは、ペナルティーがないなら平気でモラル違反をすることである。例えば、学会では予稿集に論文を投稿しておきながら、学会で発表に来ない「No Show」と呼ばれる行為がある。予稿集が学会後に出版される場合は、No Showの論文は削除されるが、同時出版の場合は削除されずに実績となる。

 中国の研究者は、このNo Showを行う確率が非常に高い。また、ポスター発表で、ポスターを貼っただけで何の説明もしない「貼り逃げ」行為もしばしば見られる。実際、私が参加した学会で貼り逃げ行為をカウントしてみたところ、中国の研究グループがその7割を占めた。その学会の中国からのポスターは約35%であったことを考えると、中国の研究グループは他国のグループに比べ、貼り逃げをする確率が非常に高いことが分かる。最近、中国が論文数を増やしていることがしばしば取り上げられるが、彼らがこうした手段で数を稼いでいることは割り引いて考える必要がある。

 中国勢との競争を考える上で、最大の懸念事項は知的財産権の軽視である。筆者が研究室内で企業との共同研究を学会発表する話をしていたとき、ある中国人学生に「この研究は商品化を考えていないのですか?」と質問されたことがある。私が驚いて「商品化を考えないなら企業は研究しない」と答えると、「学会発表してしまったら、盗まれるじゃないですか」と言われた。私が学会発表の前には特許出願をすると説明したが、中国では特許をとっても誰もそれを尊重しないので、企業は学会発表しないというのが彼から聞いた話であった。

 もちろん、学会で中国企業の発表を見かけることはある。しかし、その発表内容は結果を自慢する種のものが多く、その技術的詳細に触れるものはほとんどない。われわれ自由主義国の研究者とは、学会発表の捉え方が全く違うことが分かる。

 もし、こうした違いがそのまま放置されると、自由主義国からは中国に細かな技術情報が全て開示される一方、中国からは自由主義国に技術情報は伝わらないという非対称な関係が続くことになる。そうした状況下では、技術開発において今後中国がさらなる優位を築くことは間違いない。

 米ソ冷戦では自由主義国が独裁国に勝利したが、そのときは人、モノ、金、情報の往来に制限があった。今、自由主義国と独裁国中国の間では、人、モノ、金が自由に行き交う。そして、情報については自由主義国から中国への一方通行に近い状況である。これでは、独裁国側が圧倒的に有利である。中国の軍事的脅威が現実的なものになる中、米国はトランプ政権になってこの非対称なゲームのルール是正に乗り出した。多くの日本人は、この危機的状況においても鈍感なままだが、米中対立が露見しているこの機会に、自分たちの置かれている立ち位置を考え直してみる必要があるだろう。

 掛谷氏の指摘で一番注目に値するのは、研究開発の成果にドライブをかけるのは軍事研究だということでしょう。この研究を日本の大学はできない。もちろん憲法9条の縛りが背景にあるのは自明の理です。つまり憲法が研究開発の阻害要因になっている点に興味を覚えます。

 また中国の近年におけるこの分野への台頭も、一つは軍事面、もう一つは知的財産権の軽視によるいわゆる「パクリ」がそれを可能にしている点です。同盟国はもとより決して真の友好国になれない隣国中国のこの分野の台頭は、経済や軍事面だけではなく看過できない状況のようです。

 日本は技術立国としてしか国力を維持できない、国土も狭く資源もない国です。研究開発の重要性を今一度見直して、与野党を問わずきちんとした仕組みづくりが求められます。

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2019年10月17日 (木)

曺国辞任、文在寅が食らった強烈な「しっぺ返し」

Tyoguku  今回は東京通信大教授重村智計氏のコラム『曺国辞任、文在寅が食らった強烈な「しっぺ返し」』(iRONNA 10/17)を取り上げます。文政権がこの先どうなるのか興味があるところです。

 韓国の曺国(チョ・グク)法相が辞任した。就任からわずか35日目のことだった。曺氏の辞任もそうだが、韓国政治には必ず裏があって、陰謀と落とし所が待ち受けている。法相辞任会見と大統領声明で、真実は語られなかった。

 曺氏は自身と家族の不徳を国民に謝罪せず、大統領への感謝も見せなかった。文在寅(ムン・ジェイン)大統領もまた、国民を忘れてしまったようだ。

 2人の発言は、曺氏の更迭が突然であった事実を物語っている。その証拠に、後任も決まっていない。後任を決める時間もなかったのである。

 突然の辞任の理由について、日本経済新聞の恩地洋介記者は「ある革新系新聞社が実施した世論調査で文氏の支持率は32%にとどまった」が「報道は見送られた」と明らかにした。こうした事実は、普段から地道に取材していなければ入手できない。

 これまで革新系メディアの世論調査は、政権が有利になるように結果を操作した。だが、32%ではさすがに操作のしようもない。操作すれば、社内から漏れるため報道できなかったわけだ。

 韓国では、文在寅政権を支える「進歩派」「革新派」と呼ばれる左派の岩盤勢力が有権者の35%を占める一方、保守派の岩盤支持は25%程度とみられていた。それが、32%まで支持率が落ち込んだことは、左派岩盤層の崩壊を意味する。

 一方で、野党第1党の自由韓国党が支持率を35%に伸ばしてしまった。国民は曺氏に愛想をつかし、検察改革にも関心のないことが明らかになったため、文大統領は慌ててサムスンや現代自動車の視察に出かけ、経済対策を強調した。

 「曺国政局」第1ラウンドは明らかに文大統領の敗北で、検察の勝利だ。左派はデモと大集会を連日仕掛けることで朴槿恵(パク・クネ)政権を引きずり下ろし、政権を運営してきた。

 今度は、事件の指揮を執る尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長を追い詰めるため、実際は10万人程度の「300万人集会」で検察庁前に陣取り、圧力を強めた。その上で、尹氏を「検察改革に応じなかった」として解任する計画だったが、保守勢力も数十万人の「300万人集会」やデモで対抗し、「曺国解任」を求めた。

 この動きでも分かるように、韓国は自由民主主義国家ではなく、単なる「儒教民主主義国家」である。民主主義は、ルール・オブ・ロー(法治主義)が原則だ。

 集会とデモを武器に政治を動かすのは、中国の「民衆裁判」か「大衆動員」と同じだ。韓国の儒教では「法治」が無視され、賄賂と特権乱用が横行する。曺氏の家族による推薦状偽造や不正入試こそが、「儒教民主主義」の病巣である。

 報道の自由も抑圧され、政府に批判的な新聞は朝鮮日報と文化日報だけだ。編成権を労働組合に握られ、政府批判に転じたテレビ局もある。

 韓国の歴史は、3・1独立運動や四月革命、日韓基本条約に反対した6・3学生デモ、70年代から80年代の民主化闘争、87年の民主化運動、そして朴槿恵政権打倒のロウソク集会など、デモや集会、宣言を正義として神話化している。これが、韓国政治の後進性を表している。

 大規模なデモや集会は、言論や報道の自由が抑圧されている国にとって必要だが、民主主義国家では言論や報道、自由選挙、議会での論争が基本になる。

For1910120002m1  文大統領も曺氏も、まさか大規模デモと集会の手法が自分たちの支持率激減につながるとは夢にも思わなかったであろう。保守勢力が左派と同じ手法を使ったことで、神通力を失ってしまったのである。

 「儒教政治」とは権威主義の政治であり、権力者が権力を示し、恐れられなければ国民は従わない。検事総長の解任や野党議員の逮捕などの強権を発動しないと、文大統領はレームダック(死に体)化へと向かう。

 いずれにしろ、文大統領は、尹氏と手打ちせざるをえない状況だ。2021年7月まで任期を残す尹氏を更迭しない代わりに、曺氏を不起訴にする「取引」を持ち掛けるだろう。

 そうすれば、曺氏は来年4月の総選挙に出馬できる。当選できれば、政治力を回復するのは難しくない。

一方、文大統領が解任に踏み切れば、尹氏は「ヒーロー」となって総選挙に出馬しかねない。だから、総選挙が終わるまでは解任できない。ただ、総選挙後に解任しても、尹氏は次期大統領候補に浮上してしまう。

 そのような思惑が交錯する中、大統領と検事総長の手打ちとなる材料の一つが「国会先進化法」だ。

 韓国国会は乱闘騒ぎが絶えなかった。この状況を抑えるために、与野党が合意して法案を成立させた。

 ところが、最近も乱闘が絶えず、「先進化法」に違反に該当する国会議員は与野党合わせて30人にも上った。この中に多数いる野党幹部を多く起訴してほしい、というのが文大統領の「尹氏続投」の条件だ。

 もう一つの「大統領の陰謀」は選挙法の改正だ。韓国国会は一院制で、小選挙区比例代表並立制を採用している。

 そこで法改正により、比例代表選出の議席を増やすことで野党勢力を抑え、弱小だった極左勢力を躍進させようとしている。全ては、国会で3分の2の支持勢力を確保し、文大統領悲願の憲法改正を実現するためだ。

 ところで、尹氏が総選挙や大統領選挙に出馬するシナリオには、無理がある。尹氏の出馬には左派の岩盤勢力が反対するため、与党の共に民主党からでは不可能だからだ。

 かといって、保守野党の自由韓国党からの出馬も難しい。尹氏は朴前大統領を逮捕した検事だから、朴前大統領の与党だったセヌリ党の流れをくむ最大野党からの立候補を保守の岩盤勢力が許さない。あとは第三の勢力から出馬するしかないが、それでは大統領当選はおぼつかない。

 法相辞任では成功した保守勢力だが、先の見通しは立っていない。岩盤支持が25%しかないのに、分裂状態にあるからだ。

 それに、保守勢力には、朴政権崩壊の際に朴前大統領の追放を支持した政治家がいる。岩盤層は彼らを「裏切り者」と呼び、決して許さない。

 政権を奪還するには、保守政治家が「反朴」「親朴」の怨念を超えて団結しないとまず無理だろう。保守統合を実現できるのは、朴槿恵しかいない。

 拘置所に収監されていた朴前大統領は現在、左肩手術後のリハビリ治療のため、入院中だ。その病院から声明を発表し、保守の大同団結を呼びかければ可能だ。

 声明では「不徳を国民に謝罪し、反朴姿勢をとった保守政治家も愛国者だ。尹検事総長も許す」と述べる。そして、「国家を救うために反朴・親朴の対立を乗り越え団結してほしい」と訴えればいい。

 韓国では、朴前大統領にこうした行動を取るよう説得している人たちもいる。彼女は偉大な政治家として歴史に残れるかどうか、最後のチャンスを迎えている。

 韓国と北朝鮮を40年以上取材してきた経験からすれば、韓国民の一つの問題に対する関心は3カ月以上続かないと筆者は常に主張してきた。次から次に大事件が起こり、前の事件がかき消されるからだ。

 結局、今回も徴用工や慰安婦問題、「ホワイト国」除外などに対する反日運動は消え去った。だから、燃え盛っているうちに、韓国に手を出すと、日本は大やけどしてしまう。

 日本の歴代首相が教科書問題や慰安婦問題に慌てて対応して、失敗した歴史が物語る。時間をかけて対応するのが、韓国と北朝鮮への「駆け引きの原則」なのだ。

 高みの見物を決め込めるほどの距離感と、茶番劇との理解。そして儒教文化に関する知識と、左派の悪意を見抜く判断力。韓国政治の解釈には、これらを踏まえて将来を見通す力が必要なのである。

重村智計氏:東京通信大教授、早稲田大名誉教授。昭和20年、中国・遼寧省生まれ。毎日新聞記者としてソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員などを歴任。朝鮮半島情勢や米国のアジア政策を専門に研究している。

 重村氏の指摘のように、日本は他国から仕掛けられた案件への対応は「慌てて対応」で失敗してきましたが、最近になって尖閣諸島への中国公船の接近に対する対応や北方領土問題への取り組み、竹島奪還や拉致被害者奪還への動きを見るにつけ、日本側から動かなければならない案件への対応は、「慌てて対応」ではなく、真逆の腰の引けた対応でありほとんど前に進んでいません。

 韓国国内の政治の動きに一喜一憂する必要はありませんが、その影響が日本に及ぶとき、毅然とした対応を取り続けていただきたいと思いますね。韓国の問題点が「儒教政治」で情緒優先の法治無視でしょうが、日本の問題点はこの「腰砕け対応外交」と言えると思います。

 韓国の政治が革新(共産主義)から保守に代わるのは望ましいことと思いますが、かといって反日志向は変わらないので、「将来を見通す力」を十分備えて今以上に毅然とした対応を続けて欲しいことを切に願います。

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2019年10月16日 (水)

中国資本に“買われる”北海道…その絶望的な実態

Dshsat5vaaepti7  今回はジャーナリスト有本香氏のコラム「中国資本に“買われる”北海道…その絶望的な実態」(zakzak 10/11 副題:小樽の由緒ある建物も続々と中国人の手に 買収時と話が違う?地元からは不安の声)を取り上げます。

 先週末、講演と取材を兼ねて北海道へ行ってきた。取材とは、約10年、断続的に取材してきた、「中国資本による土地買収」の最新状況についてだ。

 案内役を買って出てくれたのは、10年前、この問題で知己を得て以来の友人、元北海道議会議員の小野寺まさる氏。

 2008年に産経新聞が、他社に先駆けて「全国の水源地や森林が中国に買われている」と報じたものの、個人情報の壁などの理由で、売買の実例は特定できなかった。それを当時、道議会議員だった小野寺氏が独力で調査し、道内の複数の実例を突きとめた。この問題のパイオニアであり、エキスパートだ。

 約10年前には、小野寺氏や筆者が、中国系資本の大規模な不動産買収について警鐘を鳴らす発信をすると、たちまち批判を浴びた。「右翼の世迷言」「デマで日中の友好関係を破壊するな」という批難が山ほど寄せられた。

 当時は「専門家」と称する人々からも、まことしやかな反論が多数寄せられたが、いまではその同じ人たちが「政府は法整備などの対策を急ぐべきだ」などと、神妙な顔つきで言っている。実に片腹痛い。

 与野党の国会議員はといえば、時折、「外資の土地買収は問題だ」と騒いでアドバルーン(観測気球)を上げるが、結局、根本対策には結びつかない。この件を突き詰めると憲法の壁に突き当たるのだが、10年間でその憲法改正も一歩も進んでいない。

 日本の政府と国会がグズグズしていた間に事態はどう変化したのか。

 結果から言えば、現状は絶望的だ。今回見たのは苫小牧、札幌、小樽だったが、紙幅の関係で小樽の一例を紹介する。

4_20191016133101 「小樽和光荘」は大正時代に、当時の「北の誉酒造」経営者の私邸として建てられた洋館だ。終戦から9年後の1954年には、昭和天皇と香淳皇后が北海道行幸啓の折に宿としたことでも知られる由緒ある建物だ。

 この和光荘は、いまや中国人の手に渡っている。

 買い主は、同じく由緒ある建物として知られる「夕張鹿鳴館」を買った在日中国人が経営する法人。昨年夏、新オーナーがメディアに「夕張と小樽の歴史的建物に投資し、多くの集客を目指す」と語っていたが、1年後の週末、和光荘は静まり返っていた。

 資金難で補修もままならなかった古い建造物を買い取って有効活用してくれるなら、買い手が中国人であってもありがたい話-。こう言うのは行政と一部の利権者、地元メディアだけだ。地元では不安の声も多い。

 なぜなら過去、買収の際に「再開発」をぶち上げて地元を期待させながら、一向にその開発が始まらない事例が道内にたくさんあるからだ。その大半が中国系資本による買収である。

 ほかにも、小樽の高台、特に市街だけではなく小樽港を見下ろす高台の不動産が中国資本に買われていた。これらも買収時に言われた「用途」どおりに活用されていない。

 同じ日、小樽で別の高台も訪ねた。北海道を救ったある偉人、樋口季一郎中将の足跡を知るためだ。45年8月18日以降、樋口中将は占守島、樺太における対ソビエト軍への戦闘を指揮した。この奮闘がなければ、北海道はソ連領となっていた可能性が高い。

 樋口は38年、ナチスの迫害から逃れたユダヤ人を救ったことでも知られる。その樋口が住んでいたのも小樽の海を望む高台だ。北海道を救った偉人は、現代の底の抜けたような日本と、北海道に迫る「危機」をどう見ているのだろうか。

 中国の李克強首相は、来日の際北海道を訪問しました。また即位の礼に出席する王岐山氏も北海道を訪問する予定です。その理由として中国側は「王氏が訪問する北海道は中国人の旅行先として人気がある。昨年5月に日本を公式訪問した中国の李克強首相も北海道を視察した。李氏は現地で、貿易摩擦を抱える米国を意識して北海道の農産物の輸入拡大をアピールした」と言うようなことを言っていますが、それが本当の目的とは思えません。

 以前から複数の識者が北海道の土地が危ない、と警告をしています。ただ道知事も政府もこの場に及んでも腰が重いようです。中国による長期戦略を読み解き適切な対応をしなければ、沖縄同様じわじわと魔の手に陥る恐れは十分にあるのではないでしょうか。

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2019年10月15日 (火)

「反・曺国」だった韓国保守層が「反・文在寅」の旗印に集結

00048541hdk  今回はジャーナリスト李正宣氏のコラム『「曺国辞任」も文在寅政権の支持率、好転の兆しなし』(JBpress 10/15 副題:「反・曺国」だった韓国保守層が「反・文在寅」の旗印に集結)を取り上げます。昨日、とうとう疑惑の渦中にある韓国法相の曺国氏が辞任しました。李正宣氏が周辺の情報を記述しています。

 この2カ月以上、韓国社会を揺るがせ、混乱と分裂を招いた張本人である曺国(チョ・グク)氏が14日、ついに法相を辞任した。曺氏は、前日の13日には日曜日にもかかわらず、検察改革に向けた与党と政府、大統領府との合同会議に出席し、翌14日午前、記者会見を開いて検察改革案を発表した。だが、そのわずか3時間後、電撃的に辞任を発表したのだ。

大統領府は曺国氏自身の決断と強調

 曺氏は午後1時半ごろ、『エンバーゴ(報道猶予):2019.10.14.(月)14:00から報道』という前提をつけて、メディア各社に自分の辞任を明らかにする文書を配布した。『検察改革のための役割はここまでです』というタイトルの文書には、「長官としてわずか数日を働くとも、検察改革に向けて私の役目は最後まで果たしてから辞めたいという覚悟で毎日を耐えてきた」「もう私の役割はここまでだと思う。一人の市民に帰りたい」という、曺氏の心境が込められていた。

 韓国メディアによると、曺氏が辞任の意思を最終的に固めて大統領府に伝えたのは、13日の合同会議の直後だという。

 大統領府の関係者はあくまでも「曺国法相が自ら辞任を決定した」と強調した。しかし、韓国メディアでは曺氏の辞任をめぐって、大統領府と与党による圧迫があったのではという推論も浮上している。朝鮮日報系列のケーブル放送局のTV朝鮮は、13日の合同会議直後に「行くべき道はまだまだ長い」「今回こそは最後までたどり着いてやる」「最後まで責任を取る」と語った曺氏が、14日に配布した辞任表明文では「ここまでが私が役目だ」という態度に変わったことを指摘し、14日に大統領や与党関係者から辞任を催促されたという推測ができる、と解説した。

 東亜日報系列のケーブル放送局のチャンネルAは、曺氏が辞任文を慌てて作成したため、「法務部」が「法部務」になっているなど、スペルが間違っていたと指摘した。

 ところで、大統領府が「自発的」な辞任であることを強調する背景には、来年の4月の総選挙を控え、大統領と与党の支持率下落が止まらないことに対する危機感があるとみて間違いないだろう。

危険水域に迫る支持率

 文大統領の支持率は、曺国法相の任命後から下落し続け、大統領選挙の際の得票率(41.1%)を下回る寸前だった。なかには支持率はすでに30%台へ落ち込んだという衝撃的な世論調査もあった。中央日報が9月23~24日に実施した世論調査では、文大統領の支持率は37.9%だった。政府寄りの明日新聞(ネイル新聞)の世論調査でも支持率は32.4%まで暴落していた。この2つの世論調査は、なぜか世論調査を依頼したメディアが結果を報道せず、選挙管理委員会のホームページにだけ掲載し、朝鮮日報をはじめとする保守紙から論議を提起されるなど、韓国メディアを騒がせていた。

 文大統領の支持率が他の世論調査機関よりも高めに出る傾向があるリアルメーターでさえ、10月第2週目の文大統領の支持率は41.4%へ下がっていた。電話ARS方式(プッシュ回線を通じ音声ガイドによって行う投票方式)の調査で回答率がわずか5%前後のリアルメーター調査は、その低い回答率と調査方式によってしばしば公正性問題が指摘されているが、その調査でさえ「史上最安値」を記録してしまったのだ。

 さらに、10月第2週目リアルメーターによる支持政党の調査では、与党の共に民主党(35.3%)と第1野党の自由韓国党(34.4)の支持率が、「誤差の範囲内」とも言えるレベルで拮抗している点も与党には衝撃的だった。これまで共に民主党の支持率がいくら下がっても、自由韓国党の支持率はまったく上がらず、浮動層だけが増える現象が続いてきた。それゆえ、共に民主党としては支持率下落をあまり気にしてこなかった。

 しかし、曺国問題が長期化するにつれ、浮動層が曺氏をかばい続ける共に民主党に愛想をつかし、「曺国退陣」を叫ぶ自由韓国党に流れる現象が顕著になっていた。

 韓国では、来年4月に総選挙を控えている。なのに、文大統領も与党・共に民主党も支持率の下落に歯止めがかからない。この状況が大統領府と与党の危機感を刺激しないわけがない。そこで、曺氏の「自発的」な電撃辞任をもって事態の反転を図ろうとしたのだろう。

Maxresdefault_20191015115001 「曺国辞任」では何も解決されない

 だが、曺国氏が辞任したからといって、何か問題が解決されるわけがない。

 なにより、検察の捜査が続く限り、曺国氏をめぐる疑惑は引き続きマスコミが追いかけることになるし、これは文政権支持率に継続的な「下げ圧力」の要因として影響を及ぼすことになるだろう。それに検察の捜査は、もはや曺国氏の家族を越え、大統領府民情首席室を狙っている。

 結局、曺国氏の法相辞任は文在寅(ムン・ジェイン)大統領のレームダックを招くことになるだろう。というのも、今や野党は文大統領の責任を問うとして、追及の矛先を曺国氏から文大統領へと変え、「国民に謝罪せよ」と総攻撃に乗り出している。曺氏の辞任直後、自由韓国党の黄教安(ファン・ギョアン)代表は声明文を発表し、「次は文大統領の番だ。国民の傷と憤り、国家的混乱を招いた人事惨事、司法破壊、憲政蹂躙について、大統領が国民の前で痛烈に謝罪しなければならない」と述べた。正しい未来党も文大統領による国民への謝罪と、大統領府秘書陣の解任を要求している。

 曺国問題で怒りのろうそくを手にした大学生らも同様だ。曺氏辞任後、これまで大学生の集会を推進してきたソウル大学集会推進委員会は声明文を発表し、「私たちは聞き続けてきました。“これが正義なのか、返答せよ、文在寅!”と。 誰も答えてくれなかったこの質問に、返事してくれる時まで私たちは聞き続けます。曺国辞退は、この質問の答えではないということは、あまりにも明らかです」と、闘争を続ける考えを明らかにした。

 要するに、「反曺国」の声を上げていた韓国の保守層は、いまや「反文在寅戦線」として結集されつつある。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾以降、求心点を失って彷徨していた保守性向の韓国人たちが曺国問題を機に、「反文在寅」の旗印の下で再び団結しはじめているのだ。これに浮動層までが加勢している。今のところ、「曺国辞任」が、文政権や与党の支持率下落に歯止めをかけるようにはまるで見えないのだ。

 経済危機、外交危機などでただでさえ国民の支持を失いつつある文在寅政権だが、曺国氏の法相「強行」任命とその辞任をきっかけに、絶体絶命の危機に直面した。自らの判断が招いた非常事態を、文大統領はどのような思いで眺めているのだろうか。

李 正宣のプロフィール:ジャーナリスト。釜山出身、日本の大学を卒業後、韓国でジャーナリスト活動を始める。

 強大な権力を欲しいままにし、自己の掲げる政策と政権の基盤を万全にするために、最高裁判所や検察庁のトップに息のかかった人物を送り込み、疑惑まみれでありながらも側近のチョ・グク氏まで法相に任命してきた文大統領も、そろそろ年貢の納め時が近づいてきたように思います。

 支持率の低下は、経済政策の失敗や行き過ぎた反日政策にもその原因はあるでしょうが、やはり疑惑の玉ねぎ男を無理に法相に任命したことが、国民の怒りを帯び、その最大の要素になったものと思われます。

 文大統領の思惑通り事が進めば、その裏返しとして民主国家からどんどん遠ざかることになるでしょうから、韓国としてもここで立ち止まる兆しが出てきたことは、結果的には良いことでしょう。しかしこれで子供じみた反日侮日は少し和らいでも、根本的な反日が消え去ることはないでしょう。やはり非韓三原則の継続は必要だと思います。

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2019年10月14日 (月)

「表現の不自由展」とか言っている場合か

Bn_aojc  今回は銀座の画廊<秋華洞>社長ブログより、田中千秋氏の『「表現の不自由」とか言っている場合でしょうか』(10/11)を取り上げます。田中氏は美術商の立場から「表現の不自由展」を痛烈に批判しています。

 僕は今回あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」の騒動は対岸の火事、ということにしておこう、と思っていました。およそ美術の畑とは関係ない人たちがちょっとオツムのネジがずれてしまった愛知県のごく一部の人たちと組んで起きてしまった、不幸な事件で、美術業界とはなんの関係もない、と、思っておきたかったからです。

 その根本の問題は津田大介さんのような全く美術に対して不見識な人物を芸術監督として迎えてしまう、愛知県の芸術への関心の無さだと思っておりました。

 ただ、東京大学有志、芸大有志、現代美術画廊の数名など、文化庁の予算執行停止に対して連名で異を唱える人々が出てきたことで、どうもこれは私達美術業界を巻き込む事象となり、彼らの圧倒的な問題意識の低さに直面して、少しは自分の意見を出しておく必要にも駆られました。

 まず、最初に言っておくべきことは、今回の事件は「表現の自由」とはなんの関係もないことです。今回は「表現の自由」という言葉を隠れ蓑にした反日プロパガンダであるという事実をまず指摘しなければ議論は始まらないでしょう。その嘘を朝日新聞自らが吐露した「慰安婦」の物語を元とした「反日有理」のシンボル「少女像」を始め、天皇の肖像を燃やして踏みつける展示、特攻隊で亡くなられた方を揶揄する展示など、「自由」とはなにかを真面目に問う内容とは程遠いことはすでに御存知の通りです。

 ところが、予算を執行停止した行政も、それに反論する側も、これはなんの戦略か、その中身に触れず、手続き論に終止しています。両者は「大人の対応」と言うべきでしょうか。僕には、本質を議論するのを避け、マスコミに切り取りの報道を許す態度と思えます。

Images-8_20191014154401  ここで、問題の層はいくつかありますが、大きくは2つでしょう。

 第一は、上記の内容が単なる政治的な偏見によるもので、芸術とは何ら関係がないことです。特に、天皇像を焼く、特攻隊を愚弄する、という作品を見たある女性は、涙が出て止まらなかったそうですが、同じことを別の国でやれば即座に殺されてしまうような国民の根源的な怒りを招くものでもあり、最低でも国家侮辱罪で捕まることでしょう。温厚な日本人に甘えた、たるみきった展示です。

 第二の問題は、実は今回の展示は、事前に予算申請する際には伝えなかった反日的内容をゲリラ的に展示してしまったことです。有名な東・津田の動画など傍証材料も出揃っています。この意味で大村愛知県知事と津田監督は、予算をだまし取ったことになり、実は刑事罰が適用されるべき案件でもあります。

 これらの根の深い問題があるにもかかわらず、擁護にまわった有識者は、実は個人できちんと論拠を述べた方が少ない。東京画廊の山本さんには直接説明していただきましたが、残念ながら納得はしておりません。小山登美夫さんもどういうつもりで文化庁を責めているのか。不見識を感じざるを得ません。この展示に参加しているチンポムのエリーさんもなにか意見を述べているようですが、やはり本質から逃げています。(ぼくはChim♂Pomの過剰でセンセーショナルな数々の表現についてはむしろ面白く見てますし、今回の「放射能」の展示について、必ずしも否定的には捉えていませんが、予算に関する彼女の発言は、正鵠を得たものとは思いません。)

 僕が個人的に好きな山猫日記の三浦瑠麗さんも執行停止に反対していますが、その論理は私には理解できません。

 文化庁の予算停止が「不自由展」充当分だけでなく、全体であったことは、論点になりうるでしょう。ですが、上記の2つの問題は、予算停止どころか、強い処罰をするべき根深い問題を含んでいます。

 今回の大村知事は、リコールどころか、「予算騙し取り」で塀の向こうに落ちる可能性さえあると思いますが、東大芸大現代美術の各有識者の皆さんは、犯罪擁護とも思える態度を今後も貫くおつもりでしょうか。

「表現の自由」を擁護することじたいは、僕ももちろんやぶさかではありません。政治的なネタも、エログロも、僕の画廊では大いにやっていきたいし、他の画廊のみなさんも様々挑戦していただきたい。

 ですが、国家の根幹、個人の誇りを徹底して傷付ける今回の企画は、放置すれば国家の存立そのものを危うくするものでさえあると私は思います。「国」というものへの帰属意識は、共通の物語がなせること。日本人は、その物語の大きな部分を天皇のご存在によってきました。これは、古くからの日本美術を扱っていると、自ずと気付かされることです。美術活動、表現の自由を私達が行使できるのは、安定した国家の基盤があってこそです。その基盤そのものの破壊を試みる今回の企画は「表現の自由」の基盤を破壊するものです。

 今回の企画を、税金を投入する場所でやるのがとんでもない、というのが巷でよく言われていることです。もし「騙して」やっていなかったとしても、なおこの問題が残ります。「一般の画廊でやればよい」とも言われますね。

 ところがどっこい、画廊の立場でいえば、『一般の画廊』でやるのもとんでもない。我々コマーシャルギャラリーでも、貸画廊でも、展示には画廊主の責任とポリシーが問われます。それはブランド価値になるのです。

 なんども言うように、僕の画廊ではエロもグロも政治も、やりたいと思っています。ですが、そこにはバランス感覚やセンスが必要です。いらした方を楽しませる工夫と、ウイットが必要です。すこし過激な展示なら、それを相対化して冷静に見られるような仕掛けが必要です。あのようなひたすらに日本人の歴史を踏みにじるような作品をやる画廊があれば、それは勝手かもしれませんが、多くの人に軽蔑される覚悟も必要でしょう。

 じっさいのところ、「画廊」でもやるべき展示ではないと思います。画廊だって公器なのです。

 今回の愛知の展示には軽蔑される覚悟さえ感じられない。ベタベタに世間に甘えきった大村さんと津田さん、そして愚かなる参謀としての東浩紀さんの覚悟のないのんべんだらりとした反日ごっこ。

Images-3_20191014153701  しかも反対するこの展示のナンバー2、河村たかし名古屋市長の制止も振り切っての展示再開は、常軌を逸しています。

 こんなものをもって「表現の自由」を語られたら、表現の自由が泣きます。表現の自由を切り開いてきた先人たちも泣くことでしょう。自由な表現への弾圧が「死」を意味する、いくつかの国で、どうぞ覚悟を持っておやりください。あるいは「表現の自由」のメッカとも思われるアメリカで、星条旗やワシントン・キリストの肖像を燃やす展示をしてご覧なさい。何が起きるのか。

 国が維持され、発展してこそ、私達が自由に活動できるのです。その原点を忘れて、今もなお文化庁に抗議する不見識で顔の見えない人たちすべてに言いたいです。あなたたちこそ、表現の自由の敵だ。

 田中氏のご意見に全面的に賛同します。芸術でも何でもない、ただ単に日本の伝統をぶち壊し、国体をも揺るがそうという意図を持った、政治的色彩一色のこの展示会、それを表現の自由を楯に開催しようなどとたくらむのは、朝日や極左活動家など反日親中親朝鮮の一団であることは明らかでしょう。

 補助金の交付はもとより、田中氏の言うように開催そのものが許されない展示会です。日本だからこそ開催されてしまっていますが、親中親朝鮮の知識人は親しみのあるそれらの国で同様な展示会が開かれたら、開催関係者はどうなるか少しは考えたことがあるのでしょうか。本当に甘え切った集団ですね。

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2019年10月13日 (日)

国境最前線の島守る体制整備を

2_20191013144001  今回は東海大学教授・山田吉彦氏の「国境最前線の島守る体制整備を」(正論10/7)を取り上げます。韓国人観光客の大幅減少に見舞われている対馬の現状と問題点が述べられています。

 韓国の文在寅政権下における反日的な政策の影響が国内の一部地域の経済、社会に影響を与えている。その影響が顕著なのは、国境の島「対馬」(長崎県)である。韓国からの距離は約49・5キロ、高速船が約70分で結んでいる。昨年、対馬を訪れた韓国人観光客数は、約41万人に上った。2017(平成29)年の韓国人観光客による島内消費額は、約79億4千万円となり、島の経済は韓国人に依存する体質になっていた。しかし今年に入り急速に韓国人観光客の来訪は減少している。7月は前年比約4割減、8月は約8割減となり、この2カ月間の島内消費額は約10億円の減額と試算された。

≪対馬の現状に目向けたい≫

 韓国人観光客が急増したのは、2005年愛知万博が開催されるのに当たり期間限定で韓国から日本への90日以内の観光目的の滞在にビザが不要になってからである。翌年、この期間が無期限に延長され、韓国に最も近い対馬に観光客が押し寄せたのだ。

 半面、対馬では、自衛隊基地の周辺の土地が韓国資本に買われ、ホテルが建設されるなど、安全保障上の問題も起きた。また、対馬市の北部にある比田勝港の出入国者数は月平均5万人を超え、2017年度、全国の港の中で最も出入国者の多い港となり、入管、税関、検疫の担当者は、急増した出入国者への対応に苦慮した。

 韓国人観光客の急激な増減は、島の経済を混乱に陥れた。そのような対馬の窮状を見かねて、韓国人旅行者問題などに警鐘を鳴らしていた自民党議員による「日本の尊厳と国益を護る会」は、政府に対し対馬振興法(仮称)を制定し国防上重要な自衛隊基地周辺土地の国有化や国内旅行者の航空運賃を引き下げることを要望した。

 日本の防衛体制を考えるにあたり国境の島や沿岸部に日本人が安定して生活を営むことができる環境を作ることが欠かせない。政府は国境の島々において安定した人々の暮らしが国土、国家の主権を守ることにつながることを考慮し、2016年4月に有人国境離島法を制定した。

 同法では、創業支援や雇用確保のための補助金制度、島と近隣の主要都市を結ぶ航路・航空路の島民運賃の低減を図る施策などが盛り込まれている。

≪人々の暮らしが主権を守る≫

 対馬ではこの補助制度を使い2017年には77人の雇用が増えたが、地域経済の振興までは結び付いていない。早急に韓国人観光客に頼らない地域の再構築をしなければ国境の島の社会が崩壊しかねないのだ。自民党議員の提案も考慮し速やかな対応が必要である。

 韓国人旅行者の減少と合わせ、さらに深刻な問題が対馬に忍び寄っている。

 10月2日早朝、北朝鮮は日本海に向け弾道ミサイルを発射した。島根県隠岐諸島沖のわが国の排他的経済水域(EEZ)内に落下したとみられる。この海域は、好漁場として知られる大和堆(やまとたい)海域に近く、この日も石川県のイカ釣り漁船が10隻ほど出漁していて極めて危険な状況だった。

 北朝鮮のミサイルは、すでに韓国と日本の全土を射程圏内に入れていると考えられる。このような東アジアの安全保障にとって危機的な状況にある中で、韓国は日本との間の「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」を破棄しようというのだ。

 この協定は、2010年、北朝鮮が韓国の延坪島を攻撃した事案を契機に、日米韓の3カ国が防衛体制を確立するために軍事情報の保護を目的とした枠組みである。北朝鮮がミサイル実験を繰り返す状況下において、GSOMIAを破棄するということは、日米韓3カ国の防衛協力の終焉(しゅうえん)を招き、東アジアの秩序を崩壊させることにつながる。

≪わが国全体の問題につながる≫

 北朝鮮、その支援国である中国と韓国が密接なつながりを持つようになり、わが国の防衛ラインは韓国とわが国領土との間の対馬海峡に置かれ対馬が国境の最前線になるのだ。すでに中国は、日本海にも1千隻規模の漁船団を送り込み海域侵出の布石を打っている。韓国の外交姿勢を冷静に分析し、日本の外交、防衛体制を再構築しなければならない。

Images-7_20191013144101  とはいえ、わが国の防衛力の増強には限界がある。国民が安全保障上の危機を感じ、防衛力、警備力を支持するとともに、生活の中で国境地域の社会の安定や振興を支援する体制構築が必要である。そのためには、政府による支援策のみならず、国民全体が対馬などの国境の島に目を向け、旅行や島の物品を購入するなどの日常的な経済的支援が有効である。

 対馬での韓国人観光客の問題は数的増加を最優先にしたインバウンド戦略に警鐘を鳴らしている。多数の外国人観光客を受け入れるには、社会体制を整備する必要がある。まずは国家の主権を守り、治安を維持するための施策の充実を優先しなければならない。

 国境の島で起きている問題は、いずれわが国全体の問題になることだろう。

 このコラムでは二つの重要な提言がなされています。一つは外国人観光客に地域の経済を頼るのはいいが、一国だけに集中して頼る場合のリスク。対馬だけではなく九州のいくつかの観光地も同じ問題を抱えています。氏の言う通り官民一体となった経済的支援は必要でしょう。

 もう一つは国境最前線での防衛の問題。対馬はその最重要地域でもあり、対馬に限らずこのような状況の地域には、しっかりした戦略的な防衛体制を構築することは言を俟たないでしょう。そのためのさらなる法整備が待たれます。

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2019年10月12日 (土)

核心突いた?丸山発言「遺憾砲で竹島は返るか」

6e98935232e7556e3f21b2a1d56c3007  今回は竹島に関する記事です。拓殖大教授下條正男氏の『核心突いた?丸山発言「遺憾砲で竹島は返るか」』(産経WEST)を取り上げます。

 現在、日韓の「歴史戦」は膠着(こうちゃく)状態にある。日韓双方ともに何をどう戦ったらよいのか、戦術や戦略がないまま感情的な対立に終始しているからだ。その日韓関係を象徴しているのが、丸山穂高衆院議員の言動である。韓国の保守系議員が竹島に上陸したことと関連して、丸山氏は「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツイートした。一方、韓国の議員の一人は「丸山氏には歴史認識不在と法的知識の無知を指摘した」「現在の日本政治の水準は住民自治会の水準よりも劣っている」などと評して、悦にいっている。

 この丸山氏に対して、ある人が「丸山穂高議員みたいな人が竹島に行って住んだりすると、日本国として認められやすい」「口先だけでなく、竹島に自ら行ってほしいです。渡航費なら出します」とツイートすると、丸山氏は「とりあえず調査費で、今年度臨時でまず3億円ほど」と応じていた。

Images-6_20191012110401  だが残念なことに、竹島は現在、韓国によって不法に占拠されている。その竹島に上陸するには、日本の旅券を提示して乗船することになっている。一般の国民が面白半分で竹島に上陸するのとは違って、日本の国会議員が旅券を示して竹島に上陸すれば、その時点で竹島を韓国領と認めたことになってしまう。

 韓国の文学評論家は、この丸山氏に対して「無識であれば仕方がないが、無識になればなるほど自制ができない」と揶揄(やゆ)したが、丸山氏にも核心を突いた発言がある。それは「政府もまたまた遺憾砲で竹島も本当に交渉で返ってくるんですかね?」とした部分である。

 竹島の領有権をめぐって日韓が争うのは1952年、公海上に「李承晩ライン」を設定し、その中に竹島を含めた時から始まる。問題はそれから70年近くの歳月が流れても、日本政府は解決の糸口すら見いだせずにいるからだ。近年になって、竹島問題が浮上したのは、2005年3月に島根県議会が「竹島の日」条例を制定したからで、日本政府が交渉したからではない。

竹島問題解決への“司令塔”がいない

 だが周知のように、当時の自民党政権は「竹島の日」条例を封印しようとして島根県に圧力をかけ、続く民主党政権の小沢一郎氏や鳩山由紀夫首相らには、竹島を韓国領と認識していた痕跡がある。残念なことだが、日本には竹島問題で韓国と戦う態勢が整っていないのである。丸山氏が国会議員であるなら、まずその現実をこそ国民の前に明らかにすべきであった。

 領土問題に関して、日本政府の主張を発信する「領土・主権対策企画調整室」を発足させたのは2013年だった。だがそこは日本政府の主張を発信するだけで、韓国側と戦う機能は備わっていない。それも近年、担当大臣の任期が終わる頃になると、島根県と隠岐諸島への訪問が慣例のようになっている。

 竹島問題に対する「司令塔」がいないため、何をどうしたらよいのか分かっていないからであろう。これは国会議員の先生方も大同小異で、丸山氏の「調査費で3億円云々(うんぬん)」の発言も、出自がお役人ということもあってか、予算を組んで調査をすればそれが問題の解決につながるといった錯覚があるのではないか。

 竹島問題に関して言えば、島根県ではすでに韓国側の主張を論破し、竹島が歴史的に韓国領であった事実がないことを実証している。今さら何を調査するのだろうか。問題は、韓国政府が竹島を不法占拠している事実があっても、それを外交の場で争うことのできる「政治」が、日本にはないことである。「遺憾砲」はその証しである。

問題を複雑にするパフォーマンス

 領土問題を含めて、「歴史戦」は戦費を調達したからといって戦えるものではない。兵隊も必要なら、武器もいる。この場合、兵隊が韓国側の主張を論破できる人士だとすれば、武器は歴史的事実である。

さらに広報戦をするには、客観的な歴史事実を駆使して、応戦する態勢を整えておくことである。

 近年、日本の国会議員の先生方の中には、ご自身のパフォーマンスで外交の懸案を解決しようとする傾向がある。だが「慰安婦問題」がそうであったように、慰安婦像が設置された米国の現地に、日本の国会議員たちが飛んでみせるパフォーマンスは、問題を複雑にするだけである。

 慰安婦像の設置は、現地の韓国系米国人らによって周到に準備されているからだ。そこに日本の国会議員が抗議などに赴けば、飛んで火に入る夏の虫である。現地で抗議活動をすれば、慰安婦像を設置した自治体の反感を買うだけである。

 今日、日韓が争う「歴史戦」は、1952年から始まる竹島問題にその淵源(えんげん)がある。その竹島問題で醸成された韓国側の歴史認識が「歴史教科書問題」や「慰安婦問題」「日本海呼称問題」「徴用工問題」などにつながって今日に至っている。

 慰安婦問題も1990年に自民党の金丸信元副総理と社会党の田辺誠副委員長らが訪朝した際に、北朝鮮側に「戦後補償」を提案したことが契機となっている。

戦う態勢ないまま「歴史戦」に臨む日本

 韓国側による慰安婦問題に対する論理は、日韓の国交正常化交渉の際には問題になっていなかった。北朝鮮に「戦後補償」をするなら、慰安婦問題もその対象とすべきだとする中から派生したものである。慰安婦像が建てられたからといって、これに抗議して解決する類の問題ではない。

 日韓の「歴史問題」は、不法占拠する竹島を死守するため、韓国側で醸成された「歴史認識」に起因しているからだ。従って、韓国側の「歴史認識」の自己増殖を阻止するには、病原である竹島問題の解決以外に方法がないのである。

 だがこれまで日本政府がしてきたことは、「領土・主権展示館」の開設と竹島や尖閣諸島に対する調査研究であった。もちろん、それでは韓国との「歴史戦」は戦えない。

 韓国側では国策提言機関である「東北アジア歴史財団」が、2011年に小・中高生を対象とした「独島(竹島の韓国側呼称)教育」の教材を開発し、現在も年間10時間ほどの独島教育が実施されている。日本でも竹島問題に対する教育が始まるというが、完成度の高い韓国側の独島教育には到底、太刀打ちができない。

 さらに「東北アジア歴史財団」は近年、「慰安婦問題」と「徴用工問題」に関連した研究書や資料集を刊行し、「歴史戦」に備えている。

 この状況で韓国に対する輸出管理を強化し、韓国を「ホワイト国」から除外すれば韓国側がどのような反応を示し、日韓関係がどのような状態に陥るかは明らかであった。日本は「歴史戦」を戦う態勢がないまま、韓国との「歴史戦」に臨んでいるのである。

竹島問題から派生した日本海呼称問題

 その象徴的事例が「日本海呼称問題」である。韓国側が日本海を問題にするのは、竹島問題があるからである。「独島が日本海の中にあると、日本の領海の中にあるようで不適切だ」とする論理である。

 そこで韓国側では1992年、「東海は2千年前から使ってきた」として国連地名標準化会議で問題にしたのである。その後、1997年には国際水路機関で日本海と東海の併記を主張して、現在に至っている。

 だが韓国側が主張する「東海」は、歴史的には中国の東海(黄海・東シナ海)か朝鮮半島の沿海部分の呼称のことで、日本海とは重ならない。それを日本政府は、「日本海は世界が認めた唯一の呼称」と主張するだけで、韓国側の「歴史認識」の誤りを指摘してこなかった。

この「日本海呼称問題」は、来年度の東京オリンピックにも少なからず影響を与えている。すでに韓国政府は、IOCに対して、日本海と竹島の表記をしないよう外交的圧力を加えている。

Takeshimaheadertop パフォーマンスよりも国益を

 そこで韓国政府の理不尽な要求を封印するため、今年の3月と6月、まず島根県の「ウェブ竹島問題研究所」のサイト(「実事求是」)に韓国側の主張の誤謬(ごびゅう)を明らかにした記事を掲載し、8月には外務省の外郭団体のサイトでもそれを閲覧できるようにした。ウェブ竹島問題研究所の「実事求是」のコーナーはボランティアで執筆しているが、今回、外務省の外郭団体からは原稿料3万円をいただいた。

 お役人的な発想では「調査費3億円ほど」が必要だが、その1万分の1の金額でも韓国側の主張は論破できるのである。この事実は、戦略や戦術がないまま「歴史戦」を戦えば無駄な支出をするだけで、戦果を挙げることはできない、ということである。

 だが韓国側の主張をいくら論破しても、その武器を使いこなせなければ、絵に描いた餅で終わってしまう。日本の国会議員の皆さん、ご自分のパフォーマンスではなく、少しは日本の「国益」を考えてお仕事をしてください。

下條正男(しもじょう・まさお) 竹島問題研究の第一人者。拓殖大国際学部教授。平成17(2005)年に島根県が設立した「竹島問題研究会」の座長。著書に「竹島は日韓どちらのものか」(文春新書)など。

 下條正男氏の記述の通り、韓国は戦略的にも戦術的にも竹島の領有に対する主張は日本より長けています。と言うより「遺憾砲」だけに頼る日本外交の腰砕けた対応は、目を覆うばかりです。これでは竹島奪還は夢のまた夢でしょう。

 「竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。」と外務省ホームページに記載していても、韓国は微塵にもその見解を気にすることはないでしょう。今迄の日本の外交対応を見透かしているからです。

 政府はまず国民に「竹島奪還」について、その歴史的経緯や具体的方法について説明すべきです。「外交的努力」では1ミリも前に進みません。その間に韓国は着々と既成事実を積み重ね、日本の「遺憾砲」には一顧だにせず、やがて真の領土化を狙うでしょう。「どうする日本」、その具体的回答をもらいたいものです。

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2019年10月11日 (金)

「表現の不自由展」はヘイトそのものだ

2154064  今回は8月1日に開催され様々な物議を醸しだしたあいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」に関する、作家でジャーナリストの門田隆将氏によるコラム『「表現の不自由展」はヘイトそのものだ』を取り上げます。このコラムは不自由展が中止になる前日の模様を描いたものです。

「表現の不自由展」初の実体験レポート!月刊『Hanada』2019年10月号(完売御礼!)に掲載され、大反響を呼んだ門田隆将氏のルポを特別に全文公開!本日の午後、「表現の不自由展・その後」が再開されましたが、門田隆将氏のルポは8月3日、つまりは中止になる前日の模様を描いた希少な体験記です。

 8月3日午前11時、私は名古屋市東区の愛知芸術文化センタービル10階の愛知県美術館チケット売り場に並んでいた。

 この日の名古屋は最高気温34.8度が示すように朝からぐんぐんと温度計の目盛りが上昇。汗がねっとりと首にまとわりつく典型的な熱暑の1日だった。

 広い吹き抜けの空間は冷房があまり効いておらず、汗が滲む中、チケット売り場には、200人近くが並んでいた。

 だが、窓口には職員が2人しかいない。緩慢な切符の売り方に、列は時間が経つごとに長くなっていった。窓口の2人も、やがて片方が消え、1人だけの販売になる。あまりのサービス精神の欠如に、私は近くの職員に「この長蛇の列が目に入りませんか?なぜ売り場に1人だけなんですか。おかしいと思いませんか」と言った。

 しかし、職員は「申し訳ありません」というだけで何もしない。私は同じフレーズをこの入口だけで別々の職員に3回も言う羽目になる。

 しかも、チケットをやっと買って中に入っても「順路」の案内がない。仕方がないので左側に歩を進めたら「順路はあっちです」と職員に注意されてしまった。順路を示す印も出さないまま「順路はあっちです」と平然と言う職員。これほど観覧者をバカにした芸術祭も珍しい。

(ああ、きっと県の職員がやっているんだろう)

 私は、観る側のことを全く考慮に入れていない様子に、公務員なら「さもありなん」と勝手に解釈した。職員のレベルの低さ――まず、それが私の最初の印象だ。

SNS投稿禁止という矛盾

 芸術祭のテーマは「情の時代」である。パンフレットには〈「情の時代」とは、いかなるものでしょうか。そこではきっと、私たちの習慣的な知覚を揺さぶる視点、例えば、動物の視点、子供の視点、いま・ここから遠く離れた「誰か」の視点などが盛り込まれることでしょう〉とある。何が言いたいのかよくわからない文章だが、芸術祭にはままあることだ。

 私は、まず10階の展示をひとまわりした。この手の作品は、作家の意図が伝わるものと、そうでないものとが明確に分かれる。いったい何を表したいのだろう、という作品もあれば、ストレートに心に飛び込んでくるものもあった。ひと通り10階の観覧を終えた私は、いよいよ「表現の不自由展・その後」の会場がある8階に向かった。

 同展示は、日本国内の美術館やイベント等で撤去や公開中止になった作品ばかり20点以上を集めた企画である。すでに公開中止になったものを集めて展示するのだから、「あいちトリエンナーレ」にとって当然、覚悟の催しということになる。私も、「いったいどんなものなのか」と興味が湧いた。

 8階には長い列ができている場所があり、すぐに「あそこか」とわかった。近づくと職員が「待ち時間は1時間ほどです」と叫んでいる。まさか1時間も? そう思いながら列に並んだ。

 すでに100人以上が並んでおり、人々の関心の高さが窺えた。やがて30分ほどで会場の入口に来た。意外に早い。

「展示品の写真撮影は結構です。ただし、SNS(ソーシャルネットワーク)への使用はお断りしています」

 観覧にあたっての注意事項をスタッフが1人ひとりに伝えている。また、そのことを書いた「撮影写真・動画のSNS投稿禁止」という注意書きが入口手前に掲示されていた。どうやら「表現の不自由展」には、観る側も「不自由」が強制されるものらしい。そういう不自由さについて訴えるはずの展示なのに、「自己矛盾」に気づかないところが主催者のレベルを物語っている気がした。

昭和天皇の顔を損壊

 入口には、白いカーテンがかかっている。めくって中へ入ると、幅2メートルもない狭い通路に、ぎっしり人がいた。左右の壁に作品が展示されており、それを人々が食い入るように見つめている。

 手前の右側には、いきなり、昭和天皇を髑髏が見つめている版画があった。最初から“メッセージ性”全開だ。

 反対の左側に目を向けると、こっちは昭和天皇の顔がくり抜かれた作品が壁に掛けられている。背景には大きく×が描かれ、正装した昭和天皇の顔を損壊した銅版画だ。タイトルは「焼かれるべき絵」。作者による天皇への剥き出しの憎悪がひしひしと伝わってくる。

(……)

 皆、無言で観ている。声を上げる者は1人もいない。私も言葉を失っていた。

 その先には、モニターがあり、前にはこれまた「無言の人だかり」ができている。

 やはり昭和天皇がモチーフだ。昭和天皇の肖像がバーナーで焼かれ、燃え上がっていくシーンが映し出される。奇妙な音楽が流れ、なんとも嫌な思いが湧き上がる。

 次第に焼かれていく昭和天皇の肖像。すべてが焼かれ、やがて燃えかすが足で踏みつけられる。強烈な映像だ。作者の昭和天皇へのヘイト(憎悪)がストレートに伝わる。

 よほど昭和天皇に恨みがあるのだろう。これをつくって、作者はエクスタシーでも感じているのだろうか。そんな思いで私は映像を見つめた。思い浮かんだのは「グロテスク」という言葉だった。

 画面は切り替わり、若い日本の女性が、母親への手紙を読み上げるシーンとなる。

「明日、インパールに従軍看護婦として出立します」

「私の身に何が起こっても、お国のために頑張ったと誉めてくださいね」

 そんな台詞を彼女は口にする。インパール作戦は、昭和19年3月から始まった補給もないまま2,000メートル級のアラカン山脈を踏破する過酷な作戦だ。とても看護婦が同行できるようなものではない。

 私自身が拙著『太平洋戦争 最後の証言』シリーズ第2部の「陸軍玉砕編」で、この作戦の生き残りに直接取材し、飢餓に陥って数万の戦死・餓死者を出し、白骨街道と化した凄まじいありさまをノンフィクションで描いている。おそらくこの映像作品は真実の歴史など“二の次”なのだろう。

 やがて、海岸の砂浜にドラム缶が置かれた場面となり、そのドラム缶が爆発し、宙に舞う。まったく意味不明だ。

 私の頭には、「自己満足」という言葉も浮かんできた。これをつくり、展示してもらうことで作者は溜飲を下げ、きっと自らの「創造性(?)」を満足させたのだろう。

 しかし、私には、取材させてもらった老兵たち、つまり多くの戦友を失った元兵士たちがどんな思いでこれを観るだろうか、ということが頭に浮かんだ。そして一般の日本人は、これを観て何を感じるだろうか、と。

 当時の若者は日本の未来を信じ、そのために尊い命を捧げた。私たち後世の人間が、2度とあの惨禍をくり返さない意味でもその先人の無念を語り継ぐことは大切だ。少なくとも私はそういう思いで10冊を超える戦争ノンフィクションを書いてきた。

3_20191011164401 怒号が起こった少女像前

 少女像が展示されているのは、この作品群の先である。通路を出て広い空間に出たら、そこにはテントのような作品がまん中に置かれ、左奥に少女像があった。

 少女像を人が取り囲んでいる。いきなり、

「やめてください」

「なぜですか!」

 そんな怒号が響いてきた。観覧者の1人が少女像の隣の椅子に座り、紙袋をかぶっている。どうやら、その紙袋を少女像にもかぶせようとしたらしい。

 それを阻止されたようだ。少女像のある床には、〈あなたも作品に参加できます。隣に座ってみてください。手で触れてみてください。一緒に写真も撮ってみてください。平和への意思を広めることを願います〉という作者の呼びかけがあり、それを受けて隣の席に座ろうとする人間もそれなりにいるようだ。

「やめてください」と叫んだ人は、どうやら展示の案内人らしい。観覧している人から質問をされたら答え、抗議されたら、それに応えるためにここにいるようだ。ご苦労なことだ。なかには過激な抗議をする人もいるだろう。いちいちこれに対応するのは大変だ。

 少女像と一緒に写真を撮りたい人がいれば、この人はシャッターも押してあげていた。この日、美術館で最も大変な“業務”に就いていた人は間違いなくこの人物である。

 怒号はすぐに収まり、何事もなかったような空間に戻った。

少女像の解説文に「性奴隷」

 日本人はおとなしい。ひどい作品だと思っても、ほとんどが抗議をするでもなく、無言で観ていた。その代わり、ひっきりなしにカメラやスマホのシャッター音が響いている。

 少女像自体は、どうということはない。あのソウルの日本大使館前や、世界中のさまざまな場所に建てられている像だ。その横にはミニチュアサイズの少女像も展示されていた。さらにその左側の壁には、元慰安婦の女性たちの写真も掲げられている。

 私は少女像の説明書きを読んでみた。〈1992年1月8日、日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜デモが、日本大使館前で始まった。2011年12月14日、1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する〉と書かれている。

 英語の解説文には、「SexualSlavery」(性奴隷制)という言葉が見てとれた。「性奴隷」の象徴としてこの少女像が存在していることがしっかり記されていた。日本の公式見解とは明らかに異なるものであり、これらの説明には2つの点で「虚偽」があった。

 まず、慰安婦は「性奴隷」ではない。あの貧困の時代に春を鬻ぐ商売についた女性たちだ。当時の朝鮮の新聞には〈慰安婦募集 月収三百圓以上勤務先 後方〇〇部隊慰安所 委細面談〉などという新聞広告が出ていたように、上等兵の給料およそ十圓の時代にその「30倍以上」の収入を保証されて集まった女性たちである。彼女たちの収入は、当時の軍司令官の給与をはるかに凌駕していた。

 恵まれた収入面については、さまざまなエピソードがあるが、ここでは触れない。ともかく慰安所(「P屋」と呼ばれた)には、日本人女性が約4割、朝鮮人女性が約2割、残りは……という具合に、あくまで中心は日本の女性たちだった。ちなみに日本人女性で慰安婦として名乗り出たり、補償を求めた者は1人もいない。

 もちろん喜んで慰安婦になった女性は少ないだろうと思う。貧困の中、さまざまな事情を抱えて、お金のために慰安婦の募集に応じざるを得なかったのだろう。私たち日本人は大いに彼女たち慰安婦の身の上に同情するし、その幸せ薄かった人生に思いを致し、実際に日本は代々の首相が謝罪し、財団もつくり、その気持ちを談話として伝えてきている。

朝日と韓国が虚偽の歴史を

 しかし、朝日新聞や韓国は、これを日本軍や日本の官憲が無理やり「強制連行した女性たち」であるという“虚偽の歴史”を創り上げた。韓国は世界中に慰安婦像なるものを建て、性奴隷を弄んだ国民として日本人の名誉を汚し続けている。私たちは、この虚偽を認めるわけにはいかない。

 まして「少女が性奴隷になった」などという、さらなる虚構を韓国が主張するなら、それはもう論外だ。そして、目の前の少女像は、その「虚偽」を世界中に流布させることを目的とするものである。日本人は少女像が虚偽の歴史を広めるものであることを知っており、少女像の存在は間違いなく「両国の分断」をより深くするものと言える。

 しかし、韓国がどこまでもこの虚構にこだわるなら、もはや両国に「友好」などという概念など、未来永劫生まれるはずはない。

 軍需工場などに勤労動員された「女子挺身隊」を慰安婦と混同した朝日新聞の大誤報から始まった虚構がここまで韓国の人々を誤らせたことに、私は両国の不幸を感じる。それと共に同じ日本のジャーナリズムの人間として朝日新聞のことを本当に腹立たしく、また悔しく思う。

不快極まる作品群

 私は、少女像の前に展示されていた作品にも首を傾げた。「時代の肖像―絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳―」と題されたその作品はテントのようなかまくら形の外壁の天頂部に出征兵士に寄せ書きした日の丸を貼りつけ、まわりには憲法九条を守れという新聞記事や靖国神社参拝の批判記事、あるいは安倍政権非難の言葉などをベタベタと貼りつけ、底部には米国の星条旗を敷いた作品だった。

 idiot とは「愚かな」という意味であり、JAPONICAは「日本趣味」とでも訳すべきなのか。いずれにしても「絶滅危惧種」 「円墳」という言葉からも、絶滅危惧種たる「愚かな」日本人、あるいは日本趣味の人々の「お墓」を表すものなのだろう。日の丸の寄せ書きを頂点に貼った上にこのタイトルなので、少なくとも戦死した先人たちへの侮蔑を含む作品のように私には感じられた。

 どの作品も「反日」という統一テーマで括られた展示だった。会場の壁には「表現の不自由をめぐる年表」も掲げられていたが、「表現の不自由」といえば、チャタレー事件に始まり、四畳半襖の下張事件、日活ロマンポルノ事件をはじめ、ポルノやヘアをめぐって当局との激しい闘いの歴史が日本には存在する。

 私は、これらが「なぜ無視されているのか」を考えた。つまり、展示はあくまで政治的な主張が目的なのであって、純粋な「表現の自由」をめぐる訴えなどは考慮にないのではないか、と感じたのである。

 あいちトリエンナーレは、日本人の税金が10億円も投入され、公の施設で開かれる「公共のイベント」だ。そんな場所で、わざわざ他国が主張する「虚偽の歴史」のアピールをする意味は何だろうか。それを許す責任者、つまり大村秀章・愛知県知事は余程の「愚か者」か、あるいはその韓国の主張に確固として「同調する人物」のどちらかなのだろう。

 私は、こんな人物が愛知県知事という重責を担っていることに疑問を持つ1人だが、首長を選ぶのは、その地域の人たちの役割なので、私などがとやかく言う話ではない。

 私は、試しに韓国や中国へ行って同じことをやってみたらどうだろうか、と想像した。たとえば韓国人の税金が投入された芸術祭で、何代か前の大統領の肖像をバーナーで焼き、その燃えかすを思いっきり踏みつけてみる。そして、その大統領の顔を損壊し、剥落させた銅版画を展示してみる。韓国人はどんな反応を示すだろうか。

 また中国へ行って、中国共産党の公金が支出された芸術祭で、同じように毛沢東の肖像をバーナーで燃やしてみる……。どんな事態になるかは容易に想像がつく。作者は、おそらく表現の自由というものは、決して「無制限」なものではなく、一定の「節度」と「常識」というものが必要であることに気づかされるのではないか。イスラム社会で仮にこれをやったら、おそらく命が断たれるだろう。逆に私は「日本はいかに幸せか」をこの展示で感じることができた。

 しかし、日本人にとって国民統合の象徴である昭和天皇がここまで貶められるのはどうだろうかと思わざるを得ない。昭和天皇、そして昭和天皇のご家族にとどまらず、自分たち日本人そのものの「心」と「尊厳」が踏みにじられる思いがするのではないだろうか。つまり、これらは、間違いなく日本人全体への憎悪(ヘイト)を表現した作品なのである。

 もし、これを「芸術だ」と言い張る人には、本物のアーティストたちが怒るのではないか、と私は思った。「あなたは芸術家ではない。偏った思想を持った、ただの政治活動家だよ」と。

 それは昭和天皇を憎悪しない普通の観覧者にとっては、ただ「不快」というほかない作品群だった。少なくとも、多くの日本人の心を踏みにじるこんなものが「アート」であるはずはない。作者が日本人に対するヘイトをぶつけただけの展示物だと私には思えた

支離滅裂の大村知事

 私が会場を去って間もなくの午後5時。同センターで緊急記者会見した大村秀章・愛知県知事は、

「テロや脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」

と語り、突如、展示中止を発表した。芸術祭事務局に「美術館にガソリン携行缶を持って行く」との脅迫のファックスがあり、安全が保てないことを理由に「中止を決めた」という。開幕からわずか3日。信じがたい展開だった。

 それは「あってはならないこと」である。「表現の自由」を標榜して展示をおこなっているなら、どんなことがあっても脅迫や暴力に「負けてはならない」からだ。まして大村氏は愛知県知事だ。愛知県警を大動員してでも、「暴力には決して屈しない」姿勢を毅然と示さなければならない立場である。

 一方で私には「ああ、逃げたな」という思いがこみ上げた。あの展示物を見れば、常識のある大人ならこれに税金を投じることの理不尽さを感じ、非難がますます大きくなることはわかる。それを察知した大村知事は、テロの危険性をことさら強調し、自分たちを「被害者の立場」に置いた上で“遁走”したのだろう。

 その証拠に四日後、実際にファックスを送った当の脅迫犯が逮捕されても大村知事は展示再開を拒否した。

 芸術祭の実行委員長代理である名古屋市の河村たかし市長はこの展示を知らず、慌てて観覧した後、

「少女像の設置は韓国側の主張を認めたことを意味する。日本の主張とは明らかに違う。やめればすむという問題ではない」

と大村知事と激しく対立した。これに対して大村知事は、

「(河村氏の)発言は憲法違反の疑いが極めて濃厚。憲法21条には、“集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない”と書いてある。公権力を持っているからこそ、表現の自由は保障しなければならない。公権力を行使される方が、この内容はいい、悪いと言うのは、憲法21条のいう検閲と取られても仕方がない。そのことは自覚されたほうがいい」

と反撃。だが、憲法12条には、「表現の自由」などの憲法上の権利は濫用されてはならないとして、〈常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ〉と記されている。表現の自由をあたかも「無制限」であるかのように思い込んでいる大村知事の認識の甘さは明白だった。

真実を報じないマスコミ

 もうひとつの問題点は、報道のあり方だ。産経新聞やフジテレビを除くマスコミは、少女像のことばかりを報道し、昭和天皇の肖像焼却や顔の損壊などのヘイト作品について一切、触れなかった。ただ「表現の自由が圧殺される日本」という報道に終始したのである。

 もし、展示中止が妥当なほど作品がひどいものだったら、そもそも自分たちの論理は成り立たなくなる。そのため少女像だけの問題に矮小化し、いかに日本では「表現の自由」が風前の灯であるかという報じ方に徹したのだ。

 真実を報じず、自分の論理展開に都合のいいものだけを取り上げるのは、日本のマスコミの特徴だ。

 8月4日の朝日新聞の天声人語では、〈75日間公開されるはずだったのに、わずか3日で閉じられたのは残念でならない▼ある時は官憲による検閲や批判、ある時は抗議や脅し。表現の自由はあっけなく後退してしまう。価値観の違いを実感させ、議論を生みだす芸術作品は、私たちがいま何より大切にすべきものではないか〉と主張し、8月6日付の記事では、〈表現の不自由展 政治家中止要請 憲法21条違反か 応酬〉〈永田町からも危惧する声「政府万歳しか出せなくなる」〉と、展示物の詳細は伝えないまま大村知事を全面支援した。

 だが、ネットではいち早く作品群の詳細が伝えられ、芸術監督を務めた津田大介氏と企画アドバイザーの東浩紀氏が昭和天皇の肖像を焼却する作品が展示されることを笑いながら話す動画など、さまざまな情報が炙り出されていった。

 今回も新聞とテレビだけを観る層とネットを観る層との著しい情報量の乖離が明らかになった。いま日本は情報面において完全に「二分」されている。

 ネットを駆使する人たちはマスコミが隠す情報さえ容易に手に入れることができ、一方では、偏った主義主張を持つメディアにいいように誘導される人たちがいる。そこには、大きな、そして根本的なギャップが存在しているのである。

 今回の出来事は、「芸術である」と主張さえすれば何でも通ってしまうのか、極めて偏った政治主張によるヘイト行為もすべて認められるものなのか、という実にシンプルな問題と言える。同時に、韓国への批判は「ヘイト」、日本を貶めるものは「表現の自由」という倒錯したマスコミの論理に国民が「ノー」を突きつけたものでもあった。

 一部の反日、反皇室、親韓勢力による公的芸術祭の乗っ取りとも言える行為は、こうして途中で頓挫した。そして、日本のマスコミの「あり得ない姿」も露わになった。

 今回の出来事を通じて、私たち日本人は日本の“内なる敵”マスコミと、特異な主張を展開する一部政治勢力への「警戒」と「監視」を疎かにしてはならないことを改めて学ばせてもらったのである。

Images-3_20191011164501  公金を使ってまで、天皇をあからさまに批判・侮蔑し、加えて慰安婦問題の政府見解を否定し韓国側見解を肯定する、こんな展示会を開催するなど正気の沙汰ではないと思います。

 今月から再開されたようですが、文化庁からの補助金は全額不交付と言う決定のようです。当たり前の処置だと思いますが、またぞろ左側からは「実質的な検閲だ」との批判が出ています。

 毎日新聞の社説では「今回の企画展で抗議の対象になったのは、元従軍慰安婦を象徴する少女像や、昭和天皇の肖像を素材とした作品だ。政治性の高い作品を公共の空間でどう見せるか。これを機に議論を深めたい。」などと記述しています。

 そもそも政治性と言っても完全に一方向、「反日」の立場での展示であり、しかも天皇の肖像を燃やす動画などは「日本国民の統合の象徴」を汚す行為だという認識があるのかどうか非常に疑問です。完全に狂った論調を繰り返す日本の左派系新聞、これらメディアの罪も重いと言わざるを得ません。

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2019年10月10日 (木)

なぜ韓国は「ライダイハン」に無関心でいられるのか

20400  今回も前回に引き続き「ライダイハン」の話題を取り上げます。元在韓ジャーナリストの竹嶋渉氏の『なぜ韓国は「ライダイハン」に無関心でいられるのか』(iRONNAから引用)がそれです。無関心と言えば聞こえがいいですが、蛮行に対する単なる逃げとしか言いようがありません。

 「他人がやれば不倫、自分がやればロマンス」。韓国で「自分に甘く、他人に厳しい」、つまり「身内びいき」や「ダブルスタンダード」を指して語られる言葉である。

 「ライダイハン」とは、「韓国系のベトナム人」を意味する言葉である。もともとはベトナム語で「Lai Đại Hàn(𤳆大韓)」と表記するが、韓国でも一般に広く用いられている。

 なぜ、韓国の隣国でもないベトナムに「韓国系ベトナム人」が存在するのだろうか。これは、韓国のベトナム戦争参戦が原因である。韓国は1964年からベトナムに派兵し、本格的にベトナム戦争に参戦した。ベトナムに赴いたのは韓国軍の軍人だけではない。軍人とともに数多くの労務者や韓国企業の労働者が特需を求めてベトナムに殺到した。大韓航空を傘下に収める「韓進」は軍需品の輸送で、「ヒュンダイ」の名で知られる「現代」は土木・建設分野で、今はなき「大宇」は繊維製品をはじめとする軍需品の生産で大きく飛躍した企業である。最盛期には、5万人の韓国軍がベトナムに駐留し、それに伴って韓国人労働者の数も2万人まで増加した。その過程で韓国人男性とベトナム人女性の間に数多くの「韓国系ベトナム人=ライダイハン」が誕生することになった。

 1973年のパリ平和協定に伴って韓国軍がベトナムから撤退し、75年の南ベトナム(ベトナム共和国)の崩壊とともに韓国企業や韓国人労働者もベトナムから撤収することになった。統一されたベトナムで「ライダイハン」は「敵軍との間に生まれた子ども」としてさまざまな圧迫や差別に直面することになった。ちなみに「ライダイハン(𤳆大韓)」の「𤳆」は「ハーフ」をあらわす接頭辞であるが、そこには多分に軽蔑の意味が込められている。

 現在、「ライダイハン」の正確な数は把握されていない。1500人から3万人までさまざまな数字が提示されているが、公式的な統計は現在も存在しない。その内幕については公にされていないが、強姦や売買春の他に、韓国人の「現地妻」が生んだ「ライダイハン」も相当数存在すると思われる。「ライダイハン」の居住地は韓国軍が駐屯していたホーチミン(サイゴン)、クィニョンなどであり、首都・ハノイにはほとんど居住していないという。

 92年に韓国とベトナムは国交を回復したが、修好に際し韓国の盧泰愚大統領(当時)は「ライダイハン」に対して、謝罪どころか何の言及もしなかった。ただ、修好が契機となり、韓国国内で「ライダイハン」に対する関心が一時的に高まったことも事実である。修好直後には「『ライダイハン』が生みの父と再会した」などというニュースが「美談」として報じられもした。

 94年2月には韓国南部の馬山の短大に留学していた「ライダイハン」が23年ぶりに韓国人の父親と再会し、韓国のマスコミは「韓国人の父親の国で技術を学びに来て、23年ぶりに生みの父に会う喜びをかみしめた『ライダイハン』」などと浪花節調に報じていた。ただし、そうした関心も一時的なもので、韓国政府が「ライダイハン」に対して積極的な対応策を取ることはなかった。韓国の民間団体やキリスト教宣教団体がベトナム現地で「ライダイハン」に対する支援事業を行うことはあったが、現在に至るまで、韓国政府が公式的に「ライダイハン」について何らかの支援処置を講じたことはない。また、大多数の韓国人も「ライダイハン」については無関心のままであった。

 これは、ベトナムにおける韓国軍の蛮行が韓国国内ではまったく報じられてこなかったためでもある。韓国軍がベトナム戦争において民間人虐殺や婦女子強姦などの悪行を働いてきたことは周知の事実であるが、韓国では、90年代中盤になるまで完全に隠蔽(いんぺい)され、公の場で語られることはなかった。90年代の中盤から韓国の進歩系メディアによって、ベトナム戦争における韓国軍の蛮行が明らかにされ始めたが、そうした報道がなされる度に、ベトナム参戦兵の団体からの妨害や襲撃が繰り返されてきた。

 「ライダイハン」に対して語ることは、韓国軍の強姦や買春、韓国人労働者の無責任な養育放棄に触れることにほかならず、「自由陣営の一員として民主主義を守るためにベトナムで戦った」韓国の国家的な威信を傷つけることにつながるからである。そうした韓国で「ライダイハン」に注意を払う韓国人が皆無だったとしても不思議ではない。

 韓国のキリスト教系放送局であるCBSは、昨年11月14日、韓国軍の強姦によって生まれた「ライダイハン」が、ベトナムで「敵軍である韓国軍の子」として迫害を受け、就学や就職、就業などでさまざまな差別を受けている実態を放送している。この放送では、韓国の国防部(国防省)が「現在でも、韓国軍の強姦問題については事実関係が明らかではないため、当分の間、別途の調査計画がない」という立場を取っていることも報じられた。日本に対しては慰安婦問題などで「反省」や「謝罪」を要求してくる韓国人であるが、いざ自分のこととなると、「反省」や「謝罪」どころか、調査すらしないのである。

 ベトナムで差別され、韓国からも見放された孤立無援の「ライダイハン」の中には、韓国で訴訟を起こし、自らの父親が韓国人であることを立証して、韓国国籍を取得することができた者もいる。2000年代に入るとこうした父親との血縁関係確認訴訟が相次ぐようになった。

 2002年7月26日、ソウル地方裁判所は産業研修生として韓国に入国した「ライダイハン」R氏が父親を相手に起こした訴訟で、「血縁関係が認められる」という判決を下している。注目されるのは、その「血縁関係」の内幕である。判決は、「父親の李○○氏はベトナムのホーチミン(旧サイゴン)で自動車修理工として勤務していた去る69年にベトナム人女性に出会い、原告が生まれた後、74年にベトナムの国内法に従って結婚したという事実が認められる」として、原告勝訴の判決を下している。要するに現地で結婚しておきながら、妻子を捨てて韓国に帰国していたわけである。李氏は控訴せず、R氏は李氏の戸籍に「子」として記載されることになり、遺産相続や韓国国籍取得も可能になった。ただし、これは父親が韓国人であるということが立証できた場合に限られている。

 また、韓国国籍の取得と韓国国内での就職を目指すR氏のようなケースは、「ライダイハン」の中で少数派である。韓国とベトナムの経済関係が発展するにつれ、「ライダイハン」の境遇もある程度改善されたからである。2世、3世の「ライダイハン」の中には、その出自を生かしてベトナムに進出した韓国企業に就職し、一般のベトナム人よりはるかに高い給与と恩恵を享受している例も散見される。必ずしも「ライダイハン」のすべてが偏見と差別に苦しんでいるわけではないのである。

 「ライダイハン」の境遇は改善されつつあるようだが、ここに来て新たに「新ライダイハン」の問題が台頭している。「新ライダイハン」とは、92年の修交後、ベトナムに進出した韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子供のことである。なぜか、韓国人は事業で海外などに進出した場合、「現地妻」を囲う傾向があるようで、1999年7月14日付聯合ニュースは、ベトナムに事業目的で居住する韓国人の30%程度が「ベトナム人現地妻」を囲っていると報道している。問題は、こうした韓国人男性が「現地妻」と、「現地妻」に産ませた子供を放棄して帰国してしまう事例が後を絶たないということである。韓国では、いまだ「新ライダイハン」についてあまり公に語られていないが、遠からず問題となることは明らかである。なぜなら、フィリピンに事業目的で進出した韓国人とフィリピン人「現地妻」の間に生まれた子供による認知が、すでに大きな問題になっているからである。

 韓国人とフィリピン人「現地妻」との間に生まれた子供を「コピーノ」と呼ぶ。「ライダイハン」同様、「コピーノ」の数は正確に把握されていないが、ECPAT(アジア観光における児童買春根絶国際キャンペーン)関連団体の集計によると3万人にも達するという。2014年には、「コピーノ」の兄弟が事業家である韓国人男性を相手取って起こした訴訟において、ソウル家庭裁判所が「嫡出子であることを認知する」という原告勝訴判決を言い渡している。

 被告の韓国人男性は90年代末にフィリピンで現地女性と同居し、二人の息子をもうけたが、2004年に韓国に帰国し連絡を絶ったという。この当時、同様の訴訟が9件も進行中で、被告はいずれも事業や留学を目的としてフィリピンに赴いた韓国人男性だった。過去、日本人男性もフィリピンで現地女性との間に子供(「ジャピーノ」と呼ばれる)をもうけた後、養育を放棄する事例があり、大きな社会問題になったことがあるが、それと同様の問題が韓国でも起きているのである。ただし、日本は法改正を行い「ジャピーノ」の国籍取得の簡略化に努めている反面、韓国政府はまったく無関心である。そのため、子供の認知訴訟のために韓国に入国しようとしたフィリピン人女性が、経済事情を理由にビザの発給を受けられないという事態まで起こっている。

Hqdefault_20191010170401  現在、「新ライダイハン」の数は1万人に達しているとされるが、「コピーノ」同様、韓国政府は何らの対策もとっていない。キリスト教系放送局であるCBS「ノーカットニュース」は2008年12月25日、「新ライダイハン」出生の事例と、現在の境遇について報じている。報じられた事例は、ホーチミンに住むベトナム人女性Aさん(32)とBさん(26)のケース。Aさんはベトナムに進出した韓国企業で出会った韓国人男性との間に息子1人をもうけたが、男性は2005年5月に帰国後、連絡を絶った。Aさんはシングルマザーとして息子を育てている。Bさんの夫である韓国人男性(56)は「病院治療に行く」という名目で韓国に帰国、消息不明となった。後にBさんの夫は営んでいた水産事業に失敗し、韓国に逃亡したことが判明。Bさんもシングルマザーとして6歳の息子を育てている。今後、「コピーノ」同様、こうした「新ライダイハン」による認知訴訟が起こされ、韓国の新たな社会問題になることは容易に想像がつく。

 昨年、韓国では、ベトナム修好25周年を記念する映画『パパの川』の制作が発表された。この映画は韓国・ベトナムの共同制作で、「韓国人の父親とベトナム人の母親との間に生まれた主人公が韓国でオーディション番組に参加してスターとなり、父親に会うという内容」だという。昨年の8月30日には撮影地である南東部の都市、蔚山で制作発表会も開かれた。実は、韓国ではこれまでも「ライダイハン」を題材とした映画やドラマが製作されてきた。こうした作品の中には「ライダイハン」が置かれている境遇を真摯(しんし)に扱った作品もあるのだが、報道を見る限り『パパの川』がそうした内容だとは到底思えない。「ライダイハン」が生まれた経緯や実態把握には大した関心がないくせに、こうした興行活動にはやたらとご熱心な韓国人の姿勢には、正直、強い違和感を抱かざるを得ない。日本に対しては、事あるごとに「正しい歴史認識」と、「過去に対する謝罪」を求めている韓国人だから、なおさらなのである。

 やはり、「他人がやれば不倫、自分がやればロマンス」ということか。

 「他人がやれば不倫、自分がやればロマンス」。まさにその通り。日本がやれば強制連行・性奴隷、韓国がやれば合意の下でのロマンス。そんな詭弁が通るわけがありません。前回に続いてこの韓国の蛮行のコラム。ぜひとも実態を国際社会に拡散し、韓国の非道を知ってもらいたいと思います。

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2019年10月 9日 (水)

「ベトナム大虐殺」現地取材で見た韓国の過ちと憎悪の念

2019012321342868f  今回はフォトジャーナリスト村山康文氏によるコラム『「ベトナム大虐殺」現地取材で見た韓国の過ちと憎悪の念』を取り上げます。日本に対し執拗に併合時代の圧政(ほとんどが捏造)を非難し賠償を要求する韓国。その韓国によるベトナム戦争時のベトナム人への蛮行の数々が、赤裸々につづられています。

 ベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)は多くの国々が関わった国際的な戦争だった。社会主義を掲げた北ベトナムには中・ソ・北朝鮮が側面支援を主に行い、南ベトナムにはアメリカを筆頭に韓国、台湾、スペイン、東南アジア条約機構(SEATO)の国々が支援した。

 1964年8月、ベトナム北部のトンキン湾で北ベトナム軍の哨戒艇が米軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとされる「トンキン湾事件」が起きる。これを機に、アメリカは本格的な軍事介入を始め、翌65年2月に北爆を開始。同時期に韓国軍の派兵も始まった。

 朝鮮戦争で壊滅的な被害を受けた韓国。休戦の53年にはアジア最貧国グループの一つとなった。当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、日本が朝鮮戦争で高度経済成長のきっかけをつかんだことをよく知っていた。韓国を豊かな国に変えるべく、ベトナム戦争を経済発展の絶好の機会ととらえ、韓国軍戦闘部隊のベトナム派兵を決定する。

 韓国の派兵は64年9月に医療班やテコンドー教官などの非戦闘先遣部隊が送り込まれ、翌65年2月、工兵部隊を中心に2000人を派遣。戦況が悪化していくにつれ、同年10月には1万8500人あまりの戦闘部隊を本格的に投入した。その数や、韓国軍が撤退する73年3月までに延べ32万5517人にのぼり、アメリカに次ぐ大量派兵となった。

 韓国軍のベトナム参戦について、ノンフィクション作家の野村進氏が『コリアン世界の旅』(講談社、1997年)の中で、韓国軍元上等兵の発言を次のように書き綴っている。

 「韓国がベトナム戦争に参戦したのは、世界の自由主義を守るためだとか言ってましたけど、本当はカネのためなんですよ。カネ目当てなんだから、早い話がアメリカの“傭兵”ということですよね」

 「カネ」のためにベトナム戦争に参戦した韓国軍。彼らはベトナムの地で歴史上ぬぐい去ることのできない多くの恥辱を残すこととなる。韓国軍戦闘部隊の多くは、ベトナム中部のニントゥアン省からダナン市にかけての海岸沿いを走る国道1号線の主要都市に駐屯し、至るところで罪もない民間人の虐殺を繰り返した。

 1990年代後半に、ホーチミン大大学院でベトナム現代史を勉強していたク・スジョン氏。彼女がベトナム政府局の資料を入手し、韓国の左派紙「ハンギョレ」に提供した情報によると、「韓国兵はきれいに殺して、きれいに燃やし、きれいに破壊するというスローガンのもと、掃討作戦を繰り広げて、民間人を次々と無差別殺戮していった」(『ハンギョレ21』1999年5月 第256号)。

 また、韓国軍の虐殺地が点在しているベトナム中部のフーイエン省で『フーイエン省の歴史書』(2013年12月発行)の作成のために聞き取り調査を行い、編纂(へんさん)したフーイエン新聞社のファン・タン・ビン編集長(54歳=09年9月当時)は次のように話す。

 「韓国兵は村のすべてを焼き払い、無抵抗の子供や妊婦も容赦なく殺害し、年ごろの娘においては輪姦したあとに女性器を銃剣でかき回し、射殺するという暴挙もあった」。そしてついには、「韓国兵に出あうことは死ぬことだ」と、ベトナム人に言わしめたという。

 韓国軍のベトナム戦争参戦によって起きた問題は、「民間人虐殺行為」だけではなく、「ライダイハン」問題がある。ライダイハンとは、「ライ」がベトナム語で混血を表し、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する蔑称である。ベトナム戦争時にできたライダイハンの数は、最少1500人(朝日新聞1995年5月2日付)から最大3万人(釜山日報2004年9月18日)と推計されている。

 ベトナム戦争時、中部ビンディン省にできた韓国軍施設でウエートレスをしていたヴォー・ティ・マイ・ディンさん(59歳=09年9月当時)は、19歳のころに施設内の食堂で輪姦され、誰の子だかわからないライダイハンの息子、ヴォー・スアン・ヴィンさん(39歳=同)を身ごもった。

 ヴィンさんは母を前にして寂しそうに話す。

 「戦後、アメラジアン(アメリカ人とアジア人のハーフ)同様、『敵国』との間の子だと差別され、辛かったことを覚えています。小学校のころには、『この学校に敵がいると規律が乱れる』と罵られ、帰り道、同級生に石を投げられたこともありました」

 ヴィンさんは戦後40年以上経った今でもライダイハンというだけで差別を受けて定職に就くことができず、日雇いでトラックの積み荷を降ろす仕事をしている(2015年6月当時)。

 では、ベトナムの地で数々の過ちを犯した韓国は、戦後、どのような補償をしているのだろうか。

 2000年代に入り、ようやく韓国の市民団体らが、韓国軍による民間人虐殺やライダイハンに対する謝罪の意味合いを込めて、韓国軍が駐屯地を中心に「ベトナム平和医療連帯」が無料診療を行い始め、虐殺があったとされる場所の「憎悪碑」や「慰霊碑」などの訪問を始めた。

 また、03年1月には韓国左派紙のハンギョレ新聞社が資金を募り、フーイエン省ドンホア県に8000平方メートルの土地を買い、10万米ドル(およそ1100万円)をかけて、韓越平和公園を造景した。しかし現在、公園は利用者もなく放置され、ゴミが散らばり、廃園となっている。

 韓越平和公園の近くに住み、カフェを営む50代の女性は、「公園はボロボロで汚いし、使い物にならない。手入れされていない木が生い茂っているので、たまに若いカップルが木陰で話しているくらいです。韓国軍が虐殺事件を起こした地域に公園を造るなら話もわかりますが、なぜこの場所にあんな大きな公園を造ったのかが理解できません」と話す。

 韓越平和公園造景後、同地域に韓越友好病院(05年9月)を設立。15年3月には韓国軍の虐殺が行われたフーイエン省タイホア県内に、韓国の民間支援で小学校を創立した。

2_20191009143501  さらに16年春、「平和の少女像(慰安婦像)」を作成した彫刻家のキム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻が、ベトナム戦争での韓国軍による民間人虐殺を謝罪する意味で「ベトナム・ピエタ像」を制作。16年中に韓国の済州(チェジュ)江汀(カンジョン)村とベトナムのクアンガイ省ビンソン県に建立される予定だった。ベトナム戦争終結から42年目の17年4月30日、韓国の済州江汀村でお披露目されたが、ベトナムでは未だ世に出ていない。

 また、16年10月11日に韓越平和財団が、ダナン市にある中部最大のダナン博物館に「ベトナム・ピエタ像」を贈呈。さらに同年12月3日、クアンガイ省ビンソン県での韓国軍による民間人虐殺の生き残り、ドアン・ギアさん(50歳=16年9月当時)の自宅訪問の際、「ピエタ像」を持参した。

 しかし、「ピエタ像」は、ダナン博物館では日が当たることもなく地下倉庫に眠り、ギアさんはクアンガイ省庁から受け取ることを拒否するように言われているため、受け取ることができなかった。

 「韓越の関係は今、良くなっています。私らがピエタ像を受け取るということは、今さら過去を掘り返してまで、時代に逆行することはないということでしょう」(ギアさん)

 韓越問題に詳しいベトナムのジャーナリスト、チャン・クアン・ティさん(39歳=同)。フーイエン省で生まれ、祖父母から韓国軍による民間人虐殺の話を聞いて育った。

 「右肩上がりの今のベトナム経済にとって、韓国は切っても切り離せないでしょう。しかし、だからと言って過去の韓国軍による民間人虐殺やライダイハン問題に蓋をして、なかったことにするというのは筋違いです。ベトナム政府も目先の『カネ』ばかりを追うのではなく、じっくりと韓国政府と向き合い解決の糸口を見つけるべきです」

 韓国の政府レベルでは、98年に当時の金大中(キム・デジュン)大統領が訪越した際に「不本意ながら、過去の一時期、ベトナム国民に苦痛を与えたことを遺憾に思う」と謝罪するも、保守派ハンナラ党(現セリヌ党)副総裁だった朴正煕の娘、朴槿恵(パク・クネ)氏が、金大中の発言に対し、「大統領の歴史認識に不安を抱く。軽はずみな発言は参戦者会の名誉を著しく傷つけた」と強く非難した。

 13年2月、朴槿恵氏が大統領に就任する。9月に初訪越し、ベトナムのチュオン・タン・サン国家主席と会談したが、ベトナムに向けた謝罪の言葉は一切なかった。また17年11月に文在寅(ムン・ジェイン)大統領も初訪越し、チャン・ダイ・クアン国家主席と会談。しかし、そこでも謝罪の言葉はなく、革新派としての姿勢を後退させた。

 「平和の少女像(慰安婦像)」は、ソウル特別市の在大韓民国日本国大使館前(2011年12月設置)を始め、釜山市の在釜山日本国総領事館前(16年12月設置)、加えて海外のカナダ・トロント市(15年11月設置)やアメリカ・サンフランシスコ市(17年9月設置)などに次々と建立している。

 「思わずブロンズ像建立が趣味なのですか?」と問いただしたくなるほど自己主張する韓国の行動。ベトナム戦争時、被害に遭遇したが奇跡的に生き延びた人らは、少なくとも押し付けがましい「ハコモノ設置」や「ブロンズ像建立」よりも、韓国国家の「正しい判断」を求めている。

 この記事で注目すべきは韓国軍のベトナム戦争参戦の目的が自由主義を守るためではなく「カネ」であったこと。そして日本に執拗に謝罪を要求しているのに対し、ベトナムには謝罪をほとんどしていないことでしょう。いかに唯我独尊自己中だということがよくわかります。

 ではなぜベトナムは韓国の過去の蛮行に対して、積極的な賠償要求もせず目をつぶっているのでしょうか。中野亜里氏は以下のように語っています(抜粋)

 <現在のベトナムの公的史観は、「共産党の常に正しい指導」による社会主義革命と民族解放闘争の歴史に沿ったものであり、勝者の側から語られる物語である。一方、韓国軍に虐殺・暴行された人々は、共産党の敵であった南ベトナム地域の住民で、党の「輝かしい勝利」には貢献しなかった人々である。南北統一後、ベトナム共産党政府は南部の市民、宗教者、少数民族などによる、党から独立した活動を警戒し、厳しく統制してきた。韓国軍による虐殺・暴行についても、諸外国の働きかけで南部の人々が自発的に史実を検証し、その情報が国内と国際社会で共有されることは、ベトナム共産党政府にとって警戒すべきことなのである。

 現在のベトナム共産党政府は、もはや過去の民族解放の実績だけでは支配の正当性を主張できない。経済発展の実績のみが共産党支配の正当性のよりどころであり、体制維持に不可欠の条件である。そのため、韓国を含む資本主義諸国との経済関係を拡大することが、自国民の意思よりも優先されるのである。「南朝鮮」を敵視する路線から、「韓国」と歩み寄る路線に転換した国家は、「ライダイハンのための正義」に対してどのような態度をとるのだろうか。>

 やはりベトナム現政権の立場が大きく影響しているようです。それにしても「韓国軍に虐殺・暴行された人々は、共産党の敵であった南ベトナム地域の住民」だということは、味方となるべき南ベトナムの民間人を殺戮・暴行したという、世紀に名だたる悪行をしたということでしょうか。全く許しがたい蛮行で、世界に拡散すべき虐殺・暴行事件だと思います。

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2019年10月 8日 (火)

竹島奪還への第一歩、竹島上空に防空識別圏設定を

Img_111d2fd5a21111e1f9567d8e227c840c3466  今回はディフェンスリサーチセンター研究委員の横山恭三氏のコラム「日韓関係最悪の今、竹島上空に防空識別圏設定を」(JBpress 10/4 副題:中国、韓国が防空識別圏拡大、事なかれ主義は身を亡ぼす)を取り上げます。少し長くなりますが、竹島奪還へ向けての一方の重要課題である、防空識別圏への竹島の組み込みを歴史的経緯を含めて氏は詳述しています。

 防衛省は2019年7月23日、ロシア空軍の「A50」早期警戒管制機1機が同日朝、竹島周辺の領空を侵犯したと発表した。

 一方、竹島の領有権を主張する韓国は同日、緊急発進した韓国空軍の戦闘機が、「A50が『領空侵犯』したとして機銃360発あまりの警告射撃を行った」と発表した。

 日本政府はロシアと韓国に外交ルートを通じて抗議した。

 竹島は日本固有の領土であるにもかかわらず日本の防空識別圏(ADIZ)に含まれていない。また、竹島周辺の彼我不明機は、航空自衛隊機による緊急発進の対象となっていない。

 多くの国民は、この事実を今回の事案を通して、初めて知ったのではないだろうか。

 日本では、ADIZや対領空侵犯措置についてあまりよく知られていない。自衛隊機はこれまで、領空を侵犯した軍用機に対して警告射撃をしたことが一度だけあるが、撃墜したことは一度もない。

 世界の常識では、外国の領空を侵犯した航空機(軍用機であろうと民間機であろうと)は撃墜されてもやむを得ないというものである。

 事例として、1983年9月1日、ニューヨーク発ソウル行きの大韓航空機007便がソ連の領空を侵犯し、宗谷海峡上空でソ連空軍戦闘機に撃墜される事案が発生した。

 機体は宗谷海峡付近に墜落し、日本人28人を含む乗客乗員269人は全員死亡した。

 この事例を国際法の観点から見れば、国家主権とは「国家が領域内(領土、領海、領空)においてもつ排他的支配権」であり、国家主権が侵されたときは自衛権が発動されるのである。これが国際社会の現実である。

 外国の軍用機による竹島の領空侵犯は今回が初めてであるが、今後、中ロの日本海での軍事活動が活発になるに従い、同様の事例が増加することが予想される。

 日本はどう対応すべきであろうか。竹島に関する問題点は2つある。

 一つは竹島が日本のADIZに含まれていないことである。もう一つは、竹島が対領空侵犯措置の対象となっていないことである。

 さらに重大なことは、なぜこのようになっているかを誰も知らない、あるいは答えられないことである。

 第185回国会安全保障委員会(2013年12月)において、渡辺(周)委員(元防衛副大臣)は次のように述べている。

「実は私も防衛省で、どうして竹島と北方領土の上空は入っていないのか、我が国の領土だろうと。そのとおりですと」

「だったら、その領空は当然、領空の外側にある識別圏、これが入っていないのはおかしいんじゃないかと。ある意味では、防衛省の皆さんにも何回も尋ねて、大変苦しんでいた」

 本稿の主旨は、現行のADIZの見直しと竹島に対する対領空侵犯措置の運用要領を見直すことである。

 以下、初めに今回の竹島領空侵犯事案の概要を述べ、次に対領空侵犯措置とADIZについて述べ、次に日本および日本周辺のADIZの現況について述べる。

 最後にADIZの見直しと竹島に対する対領空侵犯措置の運用要領を見直すことについて私見を述べる。

1.竹島領空侵犯事案の概要

(1)中ロ軍用機の行動

 当該中ロ軍機は、中国空軍「H-6」爆撃機×2機、ロシア空軍「Tu-95」爆撃機×2機、ロシア空軍「A-50」早期警戒機×1機の計5機で、うち4機の爆撃機が合流して行動し、日韓のADIZに進入している。

 竹島を「領空侵犯」したのは4機の爆撃機とは別行動していたロシア空軍のA-50早期警戒機の1機で、23日午前9時9分と33分にそれぞれ、およそ3分から4分間にわたって「領空侵犯」を行っている。

(2)日本の対応(緊急発進)

 菅義偉官房長官は7月23日の記者会見で、ロシア機に対して自衛隊機の緊急発進で対応したと述べた。

 一方韓国の中央日報日本語版(7月25日)は、「自衛隊戦闘機は東海(日本海)上でなく東シナ海に出撃させた。独島(竹島)は韓国領土のみならず実効支配しているので韓国ADIZの中に位置する。自衛隊戦闘機が出撃する名分がない。だが、菅官房長官はロシア軍用機の独島領空侵犯に関連し、自衛隊機を緊急発進させたかのように話した」と報じた。

 日本は竹島を領空侵犯したロシア機に対して自衛隊機を緊急発進させたのか。

 2012年8月28日の参議院外交委員会で、森本敏防衛大臣(当時)は、「自衛隊としては、従来から、竹島に対する対領空侵犯措置あるいは警戒監視活動などを行っておりません」と明言している。

 また、防衛省の伊藤茂樹報道官は、「(竹島をめぐる問題は)外交により解決するとの立場から、緊急発進は実施していない(朝日新聞デジタル7月23日)」と述べている。

 これらのことから、当初、緊急発進の対象は、中ロの爆撃機であったと思われる。その後、A-50の監視任務に転用されたと思われる。

 なぜなら、防衛省は、転用された戦闘機が撮影したと見られるA-50の写真をHP上に公開している。

(3)ロシアからの遺憾の意の表明

 竹島付近の空域で、韓国軍機がロシア軍機に対し警告射撃を行ったことをめぐり、韓国側が「ロシア側から遺憾の意が伝えられた」としていることについて、菅官房長官は、日本政府に対して遺憾の意が伝えられた事実はないと明らかにした(NHK7月24日)。

 一方、韓国大統領府の高官は、24日、ロシア側が遺憾の意を表明したうえで、「機器の誤作動で計画していなかった空域に進入したと考えられる。意図を持って領空侵犯したのではない」と強調した。

 ところが、ロシアのインタファクス通信は、24日にロシアが韓国に遺憾の意を表明したという韓国政府の主張について、「事実にそぐわないことがたくさんある。ロシア側は公式な謝罪をしていない」と否定した、と報じた(BBC7月25日)。

2.対領空侵犯措置とADIZ

 国際法上、国家はその領空に対して完全かつ排他的な主権を有している。

 対領空侵犯措置は、公共の秩序を維持するための警察権の行使として行うものであり、陸上や海上とは異なり、この措置を実施できる能力を有するのは自衛隊のみであることから、自衛隊法第84条に基づき、第一義的に航空自衛隊(以下、空自)が対処している。

 空自は、我が国周辺を飛行する航空機を警戒管制レーダーや早期警戒管制機などにより探知・識別し、領空侵犯のおそれのある航空機を発見した場合には、戦闘機などを緊急発進(スクランブル)させ、その航空機の状況を確認し、必要に応じてその行動を監視している。

 さらに、この航空機が実際に領空を侵犯した場合には、退去の警告などを行う。

 ちなみに、領空とは、国家の領土・領海の上空空域をいう。領空の高度限界については、大気圏内というのが一応の通説となっている。領海とは、基線(海岸の低潮線)から12海里(約22.2km)の水域である。

 防衛省は、対領空侵犯措置を有効に実施するために、我が国周辺を囲むようなADIZという空域を設定している。

(下図『我が国及び周辺国の防衛識別圏』を参照)

 一般に、ADIZは、各国が防空上の観点から国内措置として設定しているものであり、領空の範囲を定める性格のものではないが、中国やロシアの軍用機が活発に活動している日本海に位置する竹島がADIZに含まれていないことは、防空上の観点から見ればあり得ないことである。

 これに対して、東京から南へ1000キロの太平洋上に位置し、経空脅威が想定できない小笠原諸島がADIZに含まれてないことは妥当なことであろう。

 日本のADIZは、もともと米軍が我が国の防空および航空管制を実施していたころに設置したものを、当時の防衛庁が、1969年に米軍の線引きをほぼ踏襲する形で、防衛省訓令「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」によって規定したものである。

 さらに、2010年に与那国島周辺空域のADIZの範囲を変更する防衛省訓令が発出されている。

 ADIZは、ICAO(国際民間航空機関)により設定された飛行情報区(FIR:Flight Information Region)とは異なるものである。

 民間航空機にあっては、あらかじめICAOの基準に基づき航空当局に飛行計画(フライト・プラン)が提出されているため、外国の民間航空機がADIZ内を飛行する場合においても、計画どおりの航路を管制されながら飛行する限り、緊急発進の対象とはならない。

3.日本および日本周辺国のADIZの現況など

(1)米軍によるADIZの設定

 なぜ、竹島が日本のADIZに含まれなかったかについて筆者の推論を述べる。

 米軍は1950年に日本のADIZを設定したとされる。

 1950年6月に朝鮮戦争が勃発したのに伴い、日本と朝鮮半島 の防空任務を担当していた第5空軍の司令部と隷下部隊が朝鮮半島に移転した。

 空白域となった日本の防空のため、第5空軍の隷下部隊として新たに第314航空師団が任命された。

 この時、日本の防空と朝鮮半島の防空任務を分割する必要からADIZが設定されたものと筆者は推測する。

 そして、固有の領土である竹島は、北方領土などとともにADIZに含まれなかった。その理由・背景については次のことが考えられる。

 1946年1月、連合国総司令部は連合国最高司令官指令(SCAPIN)第677号をもって、一部の地域に対し、日本国政府が政治上または行政上の権力を行使することおよび行使しようと企てることを暫定的に停止するよう指令した。

 日本が政治上・行政上の権力を行使しうる地域に「含まない」地域として鬱陵島や済州島,伊豆諸島、小笠原群島等のほか、竹島も列挙された。

 1946年6月、連合国総司令部は連合国最高司令官指令(SCAPIN)1033号をもって、日本の漁業および捕鯨許可区域を定めた。

 この領域は「マッカーサー・ライン」として知られている。本指令では、竹島周囲12海里以内の地域を日本の操業区域から除外している。

 従って、当時、ADIZ作成に当たった米軍としては、上記2つの連合国最高司令官指令を考慮して、竹島をADIZの外に置かざるを得なかったと考えられる。

(2)日本によるADIZの設定

 初めに、防空任務の空自への移管について、簡単に述べる。

 終戦直後の第5空軍の駐留とともに、航空機の管制や防空のため日本周辺地域ではレー ダーサイトが逐次整備され、1946年頃から米軍航空警戒管制組織の編成、配置が開始された。

 1950年6月の朝鮮戦争勃発に伴い、より本格的な固定レーダーサイトの建設が進められた。これらのレーダーサイトは1951年から逐次運用が開始され、1957年頃にはほぼ現在空自が運用している形が整った。

 1954年7月1日、空自が発足した。

 1957年6月13日、極東軍司令部と防衛庁が交わした「覚え書き」に従い、レーダーサイトの移管が進められた。

 しかし、日米が共通の防空システム下での運用を開始するためには、具体的な手順や対領空侵犯措置の相違をどのようにするかという差し迫った問題が残されていた。

 そして、1958年4月23日、「対領空侵犯措置に関する第5空軍司令官と航空集団司令官の間の取極」 (いわゆる「源田・スミス協定」)が締結され、領空侵犯機の撃墜要件を除いては手順の連携が図られ、同一の防空システム内での運用が可能となった。

 その3日後の1958年4月26日、津島壽一防衛庁長官は空自に対し領空侵犯に対する行動命令を発出し、翌27日零時より実施するよう命じた。

 空自は1950年に米軍が定めたADIZに基づき、沖縄空域(南西防衛区域)を除き対領空侵犯措置を開始したのである。

 当時、沖縄は米国の施政権下にあった。沖縄の施政権が米国から日本に返還されたのは1972年5月である。そして、沖縄において自衛隊が対領空侵犯措置を開始したのは1973年1月である。

 この間の1969年8月に、防衛省は、「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」を制定している。

 なぜ、この時期に当該訓令を制定したかについては不明であるが、筆者は次のように推測する。

 1964年の佐藤栄作政権の発足により沖縄などの施政権返還を求める動きが高まり、1968 年には小笠原諸島の返還が実現し、さらに1969年11月の日米首脳会談で沖縄の施政権返還の方針が合意されている。

 このような情勢の中で、独立国家として米軍の線引きを踏襲しているのはおかしいことに気づき、新たに自ら設定しようとしたのではないかと考えられる。

 振り返れば、この時が竹島をADIZ内に取り込み、かつ竹島を対領空侵犯措置の対象とするチャンスであったのではないか。

 当時、政府・自衛隊が、国内および米国とどのような協議をしたかは不明である。

(3) 与那国島周辺空域のADIZの範囲を変更

 与那国島の西側3分の2が我が国の防空識別圏の外にあることについて、沖縄県および与那国町から累次の見直しの要望があり、政府・防衛省は、与那国島上空の我が国の防空識別圏の見直しについて検討した。

 そして、2010年、与那国島西側の我が国領空およびその外側2海里について、我が国のADIZに含めることとする、与那国島周辺空域のADIZの範囲を変更する防衛省訓令(2010年6月16日省訓第23号)を発出した。

 与那国島上空の防空識別圏の見直しに関する日本の台湾側との協議について、「台湾の外交部は5月29日、日本政府が台湾に隣接する沖縄県与那国島上空の防空識別圏を修正し、台湾側の洋上に広げる方針を決めたことに対し、『受け入れられない』とする声明を発表した。『日本が事前に十分な意思疎通をはからなかったのは遺憾』とした」とする報道(日経2010年5月30日)もある。

 しかし、他方で「普天間問題をめぐる日米協議で、日本側は新たなADIZを与那国島より西側の台湾側洋上となる案を示し、米側は了承した。台湾側は与那国島を半月状に台湾ADIZから外しているとされ、台湾の理解は得られるとみている」とする報道(東京新聞2010年5月26日 )もある。

 いずれにしても、与那国島を巡るADIZの見直しは、日台間の外交上の軋轢を生むこともなく行われた。

(4)中国による新規のADIZの設定

 中国国防部は、2013年11月23日、「東シナ海防空識別圏」を設定した。これにより中国のADIZは、日本および韓国のADIZと一部重なることとなった。

 特に、尖閣諸島は日本および中国双方のADIZ内に含まれることとなった。また、中韓間でかつて「領有権」を争った離於島(イオド、中国名・蘇岩礁)が、中国のADIZ内に含まれることとなった。

 ADIZの設定と同時に、中国国防部は、すべての航空機に①中国当局に飛行計画の提出を義務づける②規則や指示に従わない場合は軍当局が防御的緊急措置をとる、などの規則を公表し、中国民用航空局も臨時航空情報で同規則を海外の航空関係者に通知した。

 この措置に対して、日米両政府は「飛行の自由を不当に侵害する」と反発して規則に従わない意向を表明したが、航空各社は中国側に飛行計画を提出するなど対応が混乱した。

 2014年12月、中国国防部が防空識別圏内で指示に従わない飛行機に対し、「防御的緊急措置を取る」とした運用規則を各国向けの航空情報から削除した(朝日新聞デジタル2014年12月28日)。

 中国のADIZ設定により懸念される問題は、日本は尖閣諸島には領土問題は存在しないとしているが、中国の立場に立てば、中国の領土とする同諸島の上空は中国の領空ということになり、これへの侵入を阻止する権利を有すると主張するであろう。

 従って、両国の戦闘機が尖閣諸島の対領空侵犯措置のため緊急発進した場合、上空で不測の事態が生起する可能性が否定できないことである。

(5)韓国のADIZの拡大

 2013年、韓国国防省は、中国が「東シナ海防空識別圏」を設定したことに対抗して、韓国の「防空識別圏」を南方に拡大すると発表した。

 拡大された範囲は、下図『我が国及び周辺国の防衛識別圏』において、韓国ADIZのうち破線表示された部分である。

 これにより、中韓間でかつて「領有権」を争った離於島が、韓国のADIZ内に位置することになった。また、韓国のADIZは、日本のADIZとも一部重なることとなった。

 韓国外交部の趙泰永報道官は記者会見で、「離於島は海中の暗礁で領土ではない」との見解を示した。韓国が、このように離於島が領土でないことを強調するのは、竹島を念頭に日本にADIZ拡大の口実を与えないためであると考えられる。

 つまり、離於島が領土であれば、韓国は、中国と「領有権」争っている領土を自国のADIZ内に取り込むために中国のADIZ内に自国のADIZを拡大したことになるからであろう。

我が国および周辺国の防衛識別圏

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(出典:平成30年版防衛白書)

4.現行のADIZの見直しおよび竹島に対する対領空侵犯措置の運用要領の見直し

(1)現行のADIZの見直し

 現在、ADIZの外に位置している日本の領土は、北方領土、竹島よび小笠原諸島である。

 小笠原諸島がADIZに含まれない理由は既述した。北方領土は現在返還交渉中であるので割愛する。以下、竹島について述べる。

 政府は、竹島問題については、問題の平和的解決を図るため、粘り強い外交努力を行っていくという方針を堅持しているが、聞く耳を持たない韓国相手では、未来永劫この問題の解決は不可能であろう。

 渡辺(周)委員(元防衛副大臣)は、第185回国会安全保障委員会(2013年12月6日)において次のように述べている。

「竹島と北方領土をADIZに入れた場合に、何かしらのお互いの外交的な一つの懸案になってしまうのではないか。そういう、現実的に考えれば、政治的な判断が、歴代政権の中にずっとあった」

 このような国会の「事なかれ主義」に対する国民の不満は高まっていくだろう。国民民主党の玉木代表は、2019年9月1日、自身のツィッターで次のように述べている。

「政府は、ただ遺憾と言うだけでなく、少なくとも米国とも協議して竹島上空を日本のADIZ(防空識別区)に組み込むべきだ。実は、我が国が領土だと主張する竹島も、そして北方四島も日本ADIZの対象に入っていない。これでは、日本の本気度が疑われる」

 日韓関係は戦後最悪であると言われる。これより悪くなることのない今、日本ADIZの見直しについて日本は韓国との協議を開始するべきである。

 もともとADIZの設定・変更に外国の了解は必要ない。各国が独自に設定できるものである。しかし、関係国の了解を得るに越したことはない。

 韓国は、中国のADIZ設定に対抗して自国のADIZを日本および中国のADIZ内に拡大したのである。ただし、韓国との協議に入る前に、米国政府・米軍との協議が欠かせない。

 まずは、日米安全保障高級事務レベル協議(SSC)での意見交換からスタートすべきである。

(2)竹島に対する対領空侵犯措置の運用要領の見直し

 対領空侵犯措置は、自衛隊法第84条に規定された自衛隊の行動の一つである。

 第84条には「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令の規定に違反して我が国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又は我が国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と規定している。

 この条文に反して、根拠が分からぬまま、竹島を対領空侵犯措置の対象外としていることは法治国家としてあってはならぬ行為である。根拠などについて是非、国会で明らかしてほしいものである。

 政府・防衛省は、竹島領空を対領空侵犯措置の対象にするよう早急に運用要領を見直すべきである。

 本来、ADIZの範囲と「対領空侵犯措置の発動」とは直接の関係はないものである。従って、ADIZの見直しと切り離して、早急に見直すべきである。

 その際、韓国戦闘機との不測事態を回避するための手順を加えておかなければならない。また、公になっていない日本と米国との間の取り決めがあるかもしれないので、米国との協議が不可欠であることを付け加えたい。

おわりに

 本稿は領空主権に関連するADIZと対領空侵犯措置について述べたが、国家主権には、領空主権のほか領海主権と領土主権がある。

 領海主権と領土主権の主管は、それぞれ海上保安庁・海上自衛隊と警察・陸上自衛隊であろう。

 それぞれの官庁においても竹島を管轄外としているのであろうか。そうであるならば、その根拠についても国会で明らかにしてほしいものである。

 さて、韓国による竹島不法占拠を排除する方策をそろそろ真剣に検討すべきである。

 政府は、平和的解決を図るため、粘り強い外交努力を行っていくとしているが、聞く耳を持たない韓国相手では、未来永劫この問題の解決は不可能である。

 このままでは国際社会に、「日本は韓国による占拠を認める」という誤ったメッセージを送ることになりかねない。

 では、日本は何をすべきか。日本は、早急に竹島問題について国際司法裁判所へ単独提訴するべきである。

 安倍晋三首相は2014年1月30日の参院本会議での各党代表質問で、竹島を巡る韓国との領有権問題について「国際司法裁判所(ICJ)への単独提訴も含め、検討・準備している。種々の情勢を総合的に判断して適切に対応する」と表明した(日経1月30日)。

 それから、既に5年以上経過している。

 日本がICJに単独提訴して、韓国が同意しない場合は、韓国に理由の説明義務が生じるのである。

 しかし、単独提訴には幾つかのリスクが伴う。それらのリスクに十分な対策を講じるべきである。中でも米国の支持の取り付けが重要であることは言うまでもない。

 横山恭三氏の詳細な研究・分析により、竹島の負の歴史が明確になりました。それにしても日本外交の事なかれ主義、腰砕けぶりがよくわかります。国民民主党の玉木代表でさえADIZに組み込むべきだと、政府より前向きな発言をしているではありませんか。(もっとも彼の初当選は民主党政権時代、この時同様な発言していたかどうかは定かではありませんが)

そうです、ここは横山氏のおっしゃる通り、まずはADIZの見直しと、ICJ単独提訴の実施でしょう。日韓関係のさらなる悪化が予想されますが、、、不退転の決意でこれを実施しなければ、腰砕け外交は永遠に続いてしまいます。安倍政権の茂木外相と河野防衛省の腕の見せ所でしょう。

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2019年10月 7日 (月)

「日本から輸入した化学物資を使っているのは誰か」なぜ、韓国は明言できないのか?

Images_20191007162601  今回は退役米陸軍中佐アーチー・ミヤモト(Archie Miyamoto)氏によるコラム(JAPANForward 9/30)を取り上げます。

 日本と韓国の間の貿易摩擦について根本的な誤解がある。日本が韓国にハイテク化学物資3品目を販売することを拒否しホワイト国から韓国を除外したことについて、徴用工問題をめぐる日本企業資産押収に対する報復の一形態との見方が多い。

 しかし、問題の本質は、韓国が購入を増やした戦略物資の最終使用者について説明を拒否したことにある。

 韓国は物語を変えることに成功し、政治対立の報復に経済的優位性を利用していると日本を非難している。

 なぜ、日本は、韓国の対北朝鮮国連制裁違反の疑いを、徴用工問題に転化することを許してしまったのか。いかに国際的な安全保障の問題が、突如として、韓国が要求した第二次大戦時の賠償に対する経済的な日本の報復の問題にすり替えられたのか。

1_20191007162601  兵器製造に使用可能な物資を購入する韓国に対する日本の懸念の本当の理由を、多くの人がまだ知らない。実は、文在寅が大統領に就任した後、韓国が購入した戦略物資の量は劇的に増加している。

 文政権自体は違法な貨物を知らないかもしれないが、日本の物資の販売が国際的な制裁に違反しないことを保証するための最終使用者の確認要求を韓国は無視している。これは、日本ではなく完全に韓国に責がある。

 私の理解では、半導体のエッチングガスとして使用されるフッ化水素は核濃縮にも使用できる。検証を必要とする安全保障上の問題があるという日本の繰り返しの声明は、韓国の耳に届かなかった。

 このすべてにおいて、米国は中立的な立場をとっており、日本と韓国の二者による「歴史問題」解決に任せている。

日本だけでなく、世界にとって非常に深刻な問題

 しかし、最終使用者が未確認であることは、日本だけの問題ではない。これは世界にとって非常に深刻な問題だ。リストされた物資を韓国に無制限に出荷許可し続ければ、その一部が北朝鮮に取引されると日本が共犯者となるだろう。米国はこの点を見逃すことはできない。

 もう一つ明確にする必要がある点がある。日本は合法的な使用のための戦略物資を韓国に販売することを拒否していない。最終使用者が適切なものであると確認されると販売が行われる。

 この問題は米国の国益に深刻な影響を及ぼすにもかかわらず、おそらく、過去および現在進行中の人種的な不正義に対する謝罪への米国の懸念が米国人の心を曇らせ、多くの人が「犠牲者」を自任する韓国人に同情しているようだ。

 韓国人は、日本に対して被害者カードを出すことに長けている。その長い歴史を通じて、韓国は何度も何度も侵略され、搾取されてきたが、そのほとんどは中国によるものだ。しかし、韓国人は日本に対してのみ被害者意識を抱えており、あらゆる機会に日本に謝罪を求める。

 朝鮮半島が日本に併合された35年の真実は、彼らにとってもこの問題にとっても重要ではない。重要なのは、韓国人が誤った歴史認識の結果として取る行動だ。

 このような被害者意識を抱えた元植民地は、世界に他に例はない。

 第二次大戦中に日本の軍事占領下にあった旧インドシナの一部であるベトナムは最近、フランスからの独立戦争でベトナムを支援した日本の天皇と大戦後に残った元日本兵に感謝の意を示した。

 インドネシアでは、オランダからの独立戦争でインドネシア人を支援するために残って死亡した数千人の日本兵が、南ジャワのカリバタ英雄墓地に埋葬されてる。

 台湾は韓国よりも10年長く日本の支配下にあったが、ある調査によると、日本は台湾の人々から最も称賛された国だ。台湾人は過去の出来事の良い面も悪い面も両方覚えているが、現在と未来に目を向けている。

 韓国人が反日感情と被害者意識を克服する時間はとうに終わっている。もちろん、個人レベルでは多くの人がすでに克服している。また、日本人を憎んだことのない韓国人も多くいる。

 しかし、関連団体とメディアによって広められた韓国の歴史認識は、その時々の政治目的に合うように形作られた。事実と過去の出来事は必要に応じて変更された。今日の日本人は、日本による朝鮮半島の併合が適切、あるいは正当だと主張することに時間をかけない。

 同時に、日本が直面する外敵からの安全保障上の脅威は変化したが、大きな変化ではない。日本が中国、ロシアと戦ったのは朝鮮半島と満州からそれらの力を追い出すためだった。

 皮肉なことに、韓国の併合に反対し、韓国人の裵貞子(Bae Jung-ja)を養子とした日本の政治家、伊藤博文は1909年に韓国人の安重根によって暗殺された。今日、暗殺者安重根は韓国人によって国民的英雄と見なされており、韓国の潜水艦の名前にもなっている。他の国々に影響を与えることの達人である中国人は、暗殺現場ハルビンに安重根の彫像を建てて韓国人の感情を表した。

 しかし、伊藤博文は、安重根をそれほどのものとは考えていなかった。死に際には、「愚かな奴だ」と呟いた。伊藤博文はおそらく正しかった。安重根は、韓国人にとって最も影響力を持つ日本の友人を暗殺した。

「憎しみの定着」と韓国の米国との対処における誤り

 韓国人にとって、日本に対する憎しみは理性よりも優先されるようだ。政治家は左右を問わずこの感情を利用して支持者を集める。韓国人は子供の頃から日本を憎むように教えられている。日本を憎むことは国をまとめ上げるための効果的な手段であるため、政府はこれを奨励する。

 日本への憎しみは彼らの破滅も招く。

 韓国人からのほとんどすべての言葉は、日本がどのように韓国人に謝罪するかについてだ。韓国の最近の大統領、朴槿恵は、日本が千年謝罪すべきだと言った。この日本に対する憎しみの定着は、韓国が日本の同盟国である米国との対処において大きな誤りを犯すことになる。

 日本との問題は別にして、一つ確かなことは、韓国が米国に接近していないことだ。日本とのこの「憎しみの定着」のために、韓国は最近、米国との取引において多くの重大な誤りを犯した。

 韓国の過ちのひとつは、日本との情報交換協定である日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄だ。北朝鮮から発射されたミサイルをタイムリーに正確に追跡するには、韓国と日本の間の即時の情報交換が不可欠だ。米国の反対にもかかわらず、韓国は協定を破棄した。

 韓国が犯したもうひとつの間違いは、韓国の米国大使を呼び出して、GSOMIAの破棄について、韓国の内政問題であるためコメントしないよう要請したことだ。韓国に約3万人、日本には数え切れないほどの米軍兵がいるのに、北朝鮮のミサイルの追跡が内政問題といえるだろうか?

 これに加えて、最近、日本を煽ることを目的とした独島/竹島での軍事演習があった。これらもまた、日米間の緊張を緩和するために誠実な努力を払ってきた米国に対する平手打ちとなった。

 韓国は用心する時期がきている。米国は日本ではない。日本は怒りにくく、すぐに許す。米国国務省と国防総省はソウルで予定された韓国のグループとの会議への出席を拒否することにより、これらの傲慢な態度に対応した。韓国は、ドナルド・トランプ大統領の予測不可能な性質に最も関心を持つべきだということを知らないかもしれない。韓国が決めることであり、自分で決めるものだ。トランプ大統領がすることで韓国に何が起きようと責めることはできない。

 韓国人は私の予想が間違っていることを祈るべきだ。私の予想? 「政治的目的に合うように歴史を偽造する韓国文化は、破滅に導く」。

 これを言ったのは私だけではない。朴栄喆(Bak Yeong Cheol)は、著書『五十年の回顧』(1929)の中で似たことを言っている。

 朴氏は韓国人の立場で「今日あるは自業自得であると云わねばならぬ」と言った。 90年も前に!

 まさにアーチー・ミヤモト氏の言う通りだと思います。特に文中で以下の部分は我が意を得たりと深く思いました。

 「韓国人は、日本に対して被害者カードを出すことに長けている。その長い歴史を通じて、韓国は何度も何度も侵略され、搾取されてきたが、そのほとんどは中国によるものだ。しかし、韓国人は日本に対してのみ被害者意識を抱えており、あらゆる機会に日本に謝罪を求める。

 朝鮮半島が日本に併合された35年の真実は、彼らにとってもこの問題にとっても重要ではない。重要なのは、韓国人が誤った歴史認識の結果として取る行動だ。

 このような被害者意識を抱えた元植民地は、世界に他に例はない。」

 「韓国人が反日感情と被害者意識を克服する時間はとうに終わっている。もちろん、個人レベルでは多くの人がすでに克服している。また、日本人を憎んだことのない韓国人も多くいる。

 しかし、関連団体とメディアによって広められた韓国の歴史認識は、その時々の政治目的に合うように形作られた。事実と過去の出来事は必要に応じて変更された。今日の日本人は、日本による朝鮮半島の併合が適切、あるいは正当だと主張することに時間をかけない。」

 日本は日本の汚名を正すために、もっと反論し、主張し、広報しなければなりません。特に「反日」を政治に利用し続ける韓国政界には、一段と強い調子で反論、主張を繰り返さなければ、日韓関係はいつまでたっても変わらないでしょう。

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2019年10月 6日 (日)

なぜ習近平は毛沢東の「暗黒時代」に戻そうとするのか

5  今回は拓殖大学客員教授で評論家の石平氏による『なぜ習近平は毛沢東の「暗黒時代」に戻そうとするのか』(ironna 10/04)を取り上げます。中国から日本に帰化した石平氏による中国事情の詳細を以下に紹介します。

 この10月1日、中華人民共和国は建国70周年を迎えた。今や世界第二の経済大国であり、軍事大国でもあるこの巨大国家は今後、どのような方向へ向かうのだろうか。

 これを考えるためには、中華人民共和国の生い立ちと歴史を一度振り返ってみる必要があろう。

 今から70年前の中国の建国はそもそも、毛沢東(もうたくとう)共産党が中華民国という合法政府に対して軍事反乱を起こして内戦に勝ち抜いたことの結果である。だから建国当時からこの国は軍事力を基盤にした共産党独裁の軍事政権であり、今でもこの体質は全く変わっていない。近代政治文明の視点からすれば、中国はまさに異質な国であり、「民主と自由」の普遍的価値観とは正反対の政治理念の持ち主である。

 建国してから1976年までの毛沢東時代、中国は共産党の一党独裁によって支配されていたのと同時に、希代の暴君である毛沢東の個人独裁の支配下にもあった。

 その時代、国民全員は人権と自由のすべてを奪われて完璧な密告制度によって監視されていて常に政治的恐怖におびえていた。その一方、国民の経済生活はいわば社会主義計画経済によって完全に統制されていた。民間企業が消滅させられ競争の論理も放棄された中では経済が活力を失って成長が止まり、中国はアジアの中でも最貧困国家の一つに成り下がっていた。

 その一方、毛沢東の共産党政権は対外的には覇権主義的拡張戦略を積極的に進めた。建国の直後にチベット人やウイグル人の住む地域に人民解放軍を派遣してそれを占領して中国の一部にした。朝鮮半島にも出兵して連合国軍と戦い、ベトナム戦争にも参戦してベトナムの共産党勢力を支援した。そして国境を挟んでインドや旧ソ連とも局部的な戦争をした。

 まさしく軍事政権よろしく、毛沢東の中国は軍事力を使って周辺民族に対する侵略を繰り返し、周辺国との無謀な戦争にも明け暮れていた。しかし結果的には中国は国際社会からますます孤立してしまい、一時は米ソ両大国を敵に回して世界と断絶するような鎖国政策をとった。

 やがて毛沢東晩年の文革期になると、嵐のような紅衛兵運動の中で1億人単位の人々が何らかのかたちで政治的迫害を受け、知識人を中心にして数千万人の人々が殺されたり自殺に追い込まれたりした。中国全体はまさに阿鼻(あび)叫喚の生き地獄となった。おそらく中国四千年の歴史の中では、文革の十年こそは最も悲惨なる暗黒期だったのであろう。

 そして1976年に毛沢東が死去すると、中国の現代史に大きな転機が訪れた。毛沢東死後の一連の政治闘争を経て党と国家の最高権力を手に入れたのは実務派幹部の鄧小平(とうしょうへい)であるが、彼は政治の実権を握ると、毛沢東の政治路線とは正反対の改革・開放路線を進め始めた。

 「改革」とは要するに、硬直した社会主義計画経済に競争の論理を導入すると同時に民間企業の復活を認めて経済に活力を与えることだ。一方の「開放」とは要するに、毛沢東時代の鎖国政策に終止符を打ち、中国の「国門」を外部世界、特に西側先進国にオープンしていくことによって、諸先進国から経済成長のために必要な資金と技術を導入することである。

 そのためには、鄧小平は毛沢東時代の拡張戦略にも一定の軌道修正を加えた。いわば「韜光養晦」(とうこうようかい)戦略の下で、覇権主義的野望を一時的に覆い隠してソフトな外交路線を進めることで西側諸国の警戒心を和らげ、外国資本と技術が中国に入りやすくなるための環境整備を行った。

 結果的にはこのような鄧小平路線と戦略は大いなる成功を収めた。1980年代からの数十年間、アメリカや日本、そしてEU諸国を含めた西側先進国は皆、「中国はそのまま開放を拡大して成長が続けば、いずれか西側の価値観と民主主義制度を受け入れて穏やかな国になるだろう」との期待感を膨らませて、さまざまなかたちで中国の近代化と経済成長を支援した。

 西側先進国の企業も「巨大な中国市場」に魅了されてわれが先にと中国進出を果たして資金と技術の両方を中国に持ち込んだ。その結果、中国は数十年間にわたって高度成長を続け、今や経済規模において経済大国の日本を抜いて世界第二の経済大国となった。そしてそれに伴って、中国という国の全体的国力は、毛沢東時代のそれとは比べにならないほど強大化した。

 しかし中国は果たして、西側の期待する通りに普遍的な価値観を受け入れて穏やかな民主主義国家となっていくのだろうか。答えはもちろん「NO」である。

 鄧小平は国力増大のために経済システムの改革と諸外国に対する開放政策を進めたが、それはあくまでも共産党一党独裁体制を強化するための手段であって戦略であり、西側の価値観を受け入れて中国を民主主義国家にしていくつもりは毛頭ない。1989年6月、それこそ西側の普遍的価値観に共鳴して中国の民主化を求める学生運動に対し、鄧小平政権が断固として血の鎮圧を敢行したのはまさにそのことの証拠だ。共産党政権の異常なる本質はこれでよく分かったはずである。 

 だが、残念ながら天安門の血の鎮圧の後でも、アメリカや日本などの先進国は依然として中国への幻想を捨てきれず中国への支援を続けた。特に2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した後には、アメリカなどの先進国は技術と資金だけでなく、国内市場をも中国に提供することとなって中国の産業育成・雇用確保・外貨の獲得に大きく貢献した。

 このため中国の経済規模の拡大は勢いを増したが、それに伴って中国の全体的国力と軍事力が飛躍的に上昇して、中国は西洋諸国をしのぐ世界第二の経済大国になっただけでなく、世界有数の軍事大国になって世界全体に大いなる脅威になっているのである。

 この流れの中で、2012年に今の習近平政権が成立してから、中国は鄧小平時代の築き上げた強大な経済力と軍事力をバックにして再び世界制覇・アジア支配の覇権主義的野望をむき出しにして、そのための本格的戦略を推し進め始めた。

 習近平主席は就任したときから、いわば「民族の偉大なる復興」を政権の基本的政策理念として全面的に持ち出した。その意味するところはすなわち、中華民族が近代になってから失った世界ナンバーワンの大国地位を取り戻して、かつての「華夷秩序」の再建を果たしてアジアを再びその支配下に置くことである。

 そのためには習主席と彼の政権は、鄧小平以来の「韜光養晦」戦略と決別し「平和的台頭」の仮面をかなぐり捨て、赤裸々な覇権主義戦略の推進を始めた。

Plt17061316240018m2  巨額な外貨準備高を武器にアジア諸国やアフリカ諸国を借金漬けにして「一帯一路」による「中華経済圏」、すなわち経済版の「華夷秩序」の構築をたくらむ一方、南シナ海の軍事支配戦略の推進によってアジアと環太平洋諸国にとっての生命線である南シナ海のシーレーンを抑え、中国を頂点とした支配的な政治秩序の樹立を狙っているのである。

 それと同時に、習政権は国内的には毛沢東時代以来、最も厳しい思想統制・言論弾圧・人権弾圧・少数民族弾圧を行い、人工知能(AI)技術による完璧な国民監視システムの構築を進めた。その一方、習政権はいわゆる「国進民退」政策を推進して、国有企業のさらなる強大化を図って民間企業を圧迫し、毛沢東時代の計画経済に戻ろうとする傾向さえを強めてきている。

 つまり、外交と内政の両面において今の習近平政権は鄧小平以来の「穏健路線」を放棄して、毛沢東時代の強硬政治と過激路線に逆戻りしている。そして、政権運営の仕方に関しても、習主席は鄧小平時代以来の集団的指導体制を破壊して、彼自身を頂点に立つ独裁者とする、毛沢東流の個人独裁体制を作り上げている。そのために彼は憲法まで改正し、国家主席の任期に対する制限を撤廃して自らが終身独裁者となる道を開いた。

 しかし、ここまで来たら、鄧小平の改革時代以来、西側先進国の中国に対する甘い期待が完全に裏切られることとなった。中国が成長して繁栄すれば、西側の期待する通りの穏やかな民主主義国家になるというわけでは全くない。

 中国が成長して強大化すればするほど、極端な独裁体制になって人民の自由と人権を抑圧し、国際的にはますます横暴になって覇権主義的・帝国主義的拡張戦略を推し進め、アジアと世界全体にとっての脅威となっているのである。

 だが、結果的にはそれはまた、西側諸国の中国に対する甘い幻想を粉々にうち壊して、中国共産党政権の変わらぬ本質と中国の危険性を人々に再認識させ、国際社会の警戒心を呼び起こした。

 その中で特に重要なのは、習政権の危険なる行いはやがて、数十年間にわたって「中国幻想」を抱くアメリカという国を目覚めさせ、「敵は北京にあり」との認識をアメリカに広げたことである。

 今のアメリカでは、民主党、共和党問わず、「中国敵視」こそが政界とエリート層の共通したコンセンサスとなってしまった。習政権は愚かにも、アメリカという世界最強の技術大国・軍事大国を眠りから起こして敵に回した。

Https___imgixproxyn8sjp_dsxmzo4939632004  こうした中で、2017年に誕生したトランプ政権は成立当時からまさに中国からの脅威への対処を最も重要な政策課題にした。「航行の自由作戦」を展開して中国の南シナ海支配戦略を強くけん制する一方、日本との同盟関係強化や台湾との関係強化を図って中国のアジア支配に「NO」を突きつけてきた。 

 2018年になると、トランプ政権はさらに、中国に対する本格的な貿易戦争を発動した。それは実は、今の中国の最も痛いところを直撃するような高度なる戦略である。前述のように、強大化した中華帝国の土台を支えているのはあくまでも今までの経済成長だが、中国経済のアキレス腱(けん)は実は、内需が徹底的に不足している中で、経済の成長は国内の投資拡大と対外輸出の拡大に大きく依存している点である。そして中国の対外輸出の最大の得意様はまさにアメリカであり、中国の貿易黒字の6割は実はアメリカ市場から稼いでいる。

 つまり、広大なアメリカ市場こそが中国の経済成長の命綱の一つであるが、トランプ政権が貿易戦争を発動して中国製品に高い関税をかけると、中国の輸出品はアメリカ市場から徐々に締め出されていくことになる。実際、今年の上半期においては、中国の対米輸出は前年同期比で8%以上も減ってしまい、輸出全体もマイナス成長に陥っているのである。

 対米輸出と輸出全体が減ってしまうと、当然の結果、国内の輸出向け企業が軒並みに倒産して失業が拡大し、景気の悪化が加速する。その一方、輸出減がそのまま中国の手持ちの外貨の減少にもつながるから、一帯一路推進のための財源も枯渇していく。言ってみれば、トランプ政権が発動した貿易戦争は、中国経済に大きな打撃を与えているのと同時に、習政権の覇権主義的国際戦略の推進に対する「兵糧攻め」にもなるから、まさに一石二鳥である。

 貿易戦争の発動と拡大が一因となって、中国経済全体は今や毎月のように減速して沈没への一途をたどっている。政府の公表した数字にしても、中国の成長率はすでに最盛期の10%台から直近では6・2%に陥っているが、中国国内の専門家が明らかにしたところでは、2018年の実際の成長率が1・67%であって、高度成長はほぼ終焉(しゅうえん)しているのである。それ以外には、中国経済はまた、巨額な国内負債問題や史上最大の不動産バブルの膨張などの「時限爆弾」的な大問題を抱えているが、その中の一つでも「爆発」すれば中国経済は一気に崩壊の末日を迎える可能性は十分にあろう。

 その一方、国際戦略の推進に関しては、習政権肝いりの一帯一路構想は今や「闇金融」であるとの「名声」を世界的に広げて、欧米諸国から厳しく批判される一方、アジア諸国からの離反も相次いでいる。一帯一路は今、風前のともしびとなっているのである。

 こうした中で、中国国内でも習政権にとっては頭の痛い政治的大混乱が起きている。中国の特別区である香港で起きた抗議運動の長期化である。

 いわゆる「逃亡犯条例修正案」の提出をきっかけに今年6月に巻き起こった香港の市民運動であるが、香港当局が「条例修正案」の撤回を正式に表明した後でも、運動は静まる気配を一切見せていない。今ではそれは完全に、香港市民の中国共産党政権に対するボイコット運動となっていて、長期化していく様相を呈している。

 そして、香港の抗議運動が数カ月にわたって展開していても、中国政府と香港政府はそれを収拾することもできなければ沈静化することもできない。

 10月1日、習政権は北京で国威発揚のための建国70周年記念式典・軍事パレードを盛大に行ったその当日、香港市民が黒い服を身につけて大規模な抗議活動を展開していた。習政権のメンツはこれで丸つぶれとなって「国威発揚」はただの笑い話となっているのである。

 こうしてみると、中国の習近平政権は四面楚歌(そか)・内憂外患の中で建国70周年を迎えたことになっているが、考えてみればそれはまさに、70年前に成立した中国共産党政権の歪(いびつ)な体質をさらに拡大化して独裁と覇権主義を強めた習政権の政治・外交路線のもたらした必然な結果であろう。アメリカも香港市民も、この共産独裁帝国の危険性、そして習政権の危険に気が付いて中華帝国に対する逆襲を始めたわけである。

 こうした中で、習政権は今後一体どうやって、国内外の難局を乗り越えて活路を見いだしていくのだろうか。それを占うのに示唆の富んだ動きの一つがあった。9月30日、建国70周年記念日の前日、習主席はなんと、最高指導部の面々を率いて、天安門広場にある「毛主席記念堂」を参拝したのである。

 鄧小平の時代以来、共産党最高指導部の人々が毛沢東の遺体を安置しているこの記念堂を参拝するのは普通、毛沢東誕辰(誕生日)100周年や110周年などの節目の記念日に限ったことであって、建国記念日に合わせて参拝した前例はない。

 習近平指導部による、上述のような前例破りの行動には当然、特別な政治的な意味合いが込められているはずだ。要するに習主席はこの行動をとることによって、自分と自分の政権は今後、まさに毛沢東路線へ回帰することによって内憂外患の難局を打破していく意志であることを内外に向かって宣言したわけである。

 人間が窮地に立たされた時には退嬰(たいえい)的な行動をとるのはよくあることだが、それと同様、今になって窮途(きゅうと)末路の習主席と習政権はどうやら、毛沢東時代への先祖返りで政権の自己防衛を図り、生きていく道を切り開こうとしているのである。

 こうしてみると、建国して70年がたっても、共産党政権は一向に変わることなく毛沢東時代以来の独裁軍事政権のままであることがよく分かるし、70年間にわたる中国共産党政権の歴史は結局、70年前の悪しき原点に立ち戻ることを最終の帰結としている。

 もちろん、毛沢東時代への回帰は中国自身と周辺国にとって何を意味するのかは明々白々である。習政権の下では中国という国は今後、国内的には思想統制と言論弾圧・民族弾圧がますます厳しくなって、経済が再び社会主義計画経済の統制下におかれて活力を失っていくのであろう。そして対外的には、今後の中国は武力と恫喝による台湾併合を進めていくだけでなく、周辺諸国に対してますます覇権主義的強硬外交を展開していき、習政権の中国はこれまで以上に、アジアと世界全体にとっての脅威になっていくのであろう。

 毛沢東時代に先祖返りしていく、この凶暴にして退嬰的な巨大帝国の脅威にどう対処していくのか。それこそが今後、日本を含めたアジア諸国が直面していく最大の安全保障上の難題であろう。

 石 平(せき へい、シー・ピン(中国語発音表記:Shi Ping)(1962年〈昭和37年〉1月30日 - )は、日本の評論家。主に日中問題・中国問題を評論している。中華人民共和国四川省成都市出身。2007年に日本国籍を取得。2008年4月より拓殖大学客員教授。

 石平氏の論調はおおむね中国に対し厳しい評価を下す傾向にありますが、氏の言うように習近平国家主席の目指す方向と、現在中国が抱えている問題については、氏の指摘の通りだと思います。

 ただ立花聡氏は彼のコラムで、「米中貿易戦争で程度の差こそあれ両国とも経済的ダメージを受ける。そしてそこでは一党独裁の中国の方が国民を御し易いし、逆にアメリカは選挙で政権がひっくり返る恐れがある。つまり長期的には中国の方が耐えきる可能性がある」と述べています。

 結果がどう出るかは分かりませんが、中国と言う異質な一党独裁体制が、民主的な国家へとソフトランディング出来る日が来るのでしょうか。隣国としては目を離すことはできません。

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2019年10月 5日 (土)

文春編集部による「反・文在寅」デモの現地緊急レポート

181  今回は「週刊文春デジタル」編集部による、韓国における「反・文在寅」デモの現地緊急レポート「お前は親日なのか! 取材許可証を出せ!」を取り上げます。

「文在寅、曺国は異常だ! 間違っている!」

「文在寅は大韓民国のための大統領ではない! 北の将軍のための大統領だ!」

 10月3日、韓国・ソウル中心部の光化門広場。台風18号が過ぎ去って、汗ばむほどの陽気となった会場は溢れんばかりの人集りで、各所で行われる演説やシュプレヒコールが響き渡り、行き交う人同士の会話も聞こえなくなるほどの爆音に包まれていた。

 この日に行われた保守派による「反・文在寅」デモは、「保守系の集会としては史上最大の市民集会」(10月3日付中央日報電子版)となった。主催者発表の300万人から500万人には及ばないものの数十万人規模の集会となり、デモ隊の列は光化門広場からソウル駅前まで約2キロにわたって断続的に続いた。参加しているのは40代以上とみられる中高年層で、口々に文在寅批判の声を上げながら行進していた。

 12時半にソウル駅前で始まった「1000万人無罪釈放本部」のデモを皮切りに、13時からは光化門広場で最大団体である「文在寅下野汎国民闘争本部」らのデモも開始。幅広い団体が集まった会場では、各所で演説が行われて、爆音が響いていた。

「大韓民国を守るために文在寅をやめさせねばならない!」

「大韓民国を守れ! 大韓民国を殺すな!」

 熱弁を振るう野党議員を見つめながら、インタビューにこたえた女性(70代)は語った。

「文在寅政権が北朝鮮を愛するのはいいけど、韓国の若者の暮らしを見てみろと言いたい。まず彼らのことを先に大切にしてあげてほしい」

 会場には、「機会は平等であり、過程は公正であり、結果は正義であるように!」と語る文在寅氏の大統領選時のスピーチ映像が流されていた。娘の教育問題で揺れる曺国氏をかばう文在寅氏を揶揄したものだ。その映像が続くなかで、女性は続ける。

「文在寅政権になって、たしかに最低賃金は上がった。でも、景気は悪くなるばかり。北朝鮮の貧しい人を抱えきれるような状態じゃない。ましてや、北朝鮮は韓国だけでなく世界中を脅迫するような国です」

異様な数の星条旗

 広場でひと際目を引いたのが、異様なほど多く掲げられた星条旗だった。デモ団体のブースにも、至る所に韓国国旗とアメリカ国旗が並べられ、トランプ大統領の自伝も販売されていた。

 史上最悪と言われる日韓関係を反映してか、比較的親日的といわれる保守層の集会にもかかわらず、日本のメディアであることを伝えただけで質問にも応じてもらえない場面が続く。そんな中、インタビューに応じた大学4年生の24歳男性は、記者にこう打ち明けた。

「本来、星条旗がここにあるのは望ましくありません。ですが、これまでの韓米同盟を守るべきだという主張を届けるためにはやむを得ません。昨日(2日)も北朝鮮はミサイルを発射しました。どう考えても日本との間でGSOMIA破棄を決定したのは間違いです。韓国と日本だけの問題ではなく、韓米問題にもなる。将来的に韓米安保も崩しかねない。

 文在寅政権になって、国の政治は国防、外交、経済、すべてがダメになりました。日本との関係もボロボロ。北朝鮮にばかり目を向けて経済は市場経済をやっているとは思えないし、国際政策でも国際秩序を無視してばかり。韓国は本来、アメリカ、日本という海洋勢力と一緒になるべきです。なのに、ロシア、北朝鮮、中国という大陸勢力と一緒になろうとしている。国際的な暴力団と一緒になるようなもので、大きな間違いです」

 男性へのインタビューが終わると、元ソウル市長の呉世勲(オ・セフン)氏が「政権は国民をバカにしている! にもかかわらず国民はまだまだ大人しい。今こそ立ち上がれ!」とアジテーションを繰り返す。反文在寅のデモ隊は16時を過ぎるまで光化門広場でシュプレヒコールをあげたのちに、青瓦台の方向へと歩み始め、21時を過ぎても続いていた。

正義と公正を求める学生たち

 同じ日、延世大学、高麗大学などの大学生が主催する「反・曺国集会」も開催された。日が傾いた18時半ごろ、光化門広場の喧噪から車で15分ほど離れた旧ソウル大跡地であるマロニエ公園では、軽快な音楽とともに「青年よ、祖国(※韓国語で曺国〔チョグク〕と同じ発音)を改革せよ」と書かれたトレーラーのステージに上がった学生たちが、曺国氏の聴聞会での様子やSNSへの投稿を、コミカルな動画にまとめて映しだした。学生約200人を含む500人ほどが参加する集会は、まるでライブ会場のような盛り上がりだ。

 印象的なのは、「曺国を罷免しろ」という声は上がるものの、「文在寅」という名前がほとんど聞こえないこと。集会に来ていた20代後半の女性3人組の1人、塾講師の女性が語る。

「曺国のSNSを動画にしているのも、彼がかつてSNSで我々に向かって正義を訴えていたのに、彼自身が公正でないことをして、若者を裏切ったからです。光化門のデモは『自由民主主義を守れ!』といっていますが、こちらでは『正義』や『公正』、いってみれば『あるべきかたちであること』を主張しているだけなんです」

Ecll1z6uwaazlbe  曺国の罷免が目的という集会趣旨を反映してか、文在寅大統領自身は「『任命権者』は曺国を罷免してお詫びをしろ!」と宣言文に読み上げられる形で登場。といっても、文在寅が支持されているわけではない。先ほどの女性が続ける。

「文在寅政権になって、徴用工に慰安婦、ホワイト国にGSOMIAと韓日関係がギクシャクしているけど、あれも政権が持っている理念のために行っているだけで、反日感情を選挙に利用しようと思っていることが見え透いています。私は塾講師をしていますが、小学校や中学校の先生も、生徒の親も、輸出規制問題などを取り上げて日本を悪い国として教えている影響で、生徒たちまで『日本には行きたくない』と言っていて、衝撃を受けました。本当にひどいです」

「文在寅は自分の支持層を囲いたいだけ」

 光化門で出会ったデモ隊とは違い、こちらの会場に集まる若者に共通するのは、文在寅の「反日」政策に疑問を抱いていることだ。同様の声は、集会脇のテントでステージを見つめていた32歳の大学院生の男性からも聞こえた。

「文在寅の最大の問題点は、反日扇動で自分の支持者を結集させようとすることです。平気で嘘をついて扇動しようとする政権で、もはや世論調査も信用できません。彼らは、反日という国民の心の中にある部分を刺激して、『愛国』に変えようとしますが、その世論操作があまりに下劣でレベルも低い。そもそも、日本製品の不買運動が国益になるわけないじゃないですか。結局、文在寅は支持層を囲いたいだけなのです。朴槿恵前大統領の時よりも経済も悪くなって、言論の自由もなくなった。ウォンも下落し、いつ経済危機が来るのかと不安です」

慰安婦像は「集団的な狂気」

 男性が危惧するのは、韓国国内の「言論の自由」が侵されていることだという。

「文在寅政権になって徴用工、慰安婦と日本ともめることも増えましたが、原因は文在寅の姿勢にあります。裁判所の判事に自分に近い人物をたくさん送り込んで、韓日基本条約という国際的な条約をひっくり返し、ことさら騒いで世論を操作している。日本に行くのもよくないと世論を形成して反日的なプラカードを掲げてあおる。内政的にも大問題ですし、外交もひどいものです。

 そもそも、慰安婦少女像は『集団的な狂気』です。でも韓国ではこれについてまともに話せません。これに反対したら自分がつるし上げられてしまう。しかもこの政権はそれを止めるばかりか扇動しているんです。言論の自由はありません」(同前)

 20時頃には散会となった集会。集会も後半にさしかかった頃、インタビュー中の取材班の韓国人通訳に、中年男性が食ってかかった。

「文在寅政権は反日なのに、日本メディアの通訳をするなんて、お前は親日なのか! 取材許可証を出せ!」

 許可証を無理矢理引っ張り、カメラで撮影するその姿に、先ほどの大学院生の男性が声を上げた。

「どうして親日だと決め込むんだ。それだから韓国の認識は浅いんだよ」

 ロウソク革命で倒れた朴槿恵政権。いま、その炎が文在寅政権を照らしている。

 この記事が創作(文春さんには失礼ですが)ではないとすれば、韓国人の中でもかなり公正な見方をする人もいるということです。日本人としてはそれが当たり前なのですが、子供のころから自国に都合のいいように捏造され、日本を悪者にした歴史を教え込まれた韓国人には、なかなかそうは思えないことがあるでしょう。

 いずれにしろ親北一辺倒でかつ嘘で固めた反日政策を続け、経済を顧みない政権は内から崩壊していく運命にあると思います。そこへの「うねり」の一端がこの記事により見えてきたように思います。

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2019年10月 4日 (金)

韓国による「放射能汚染日本地図」名前使われた団体が怒りの声

2019092680241_0  今回はNEWSポストセブンに寄稿されたフリーライター清水典之氏のコラム『韓国の「放射能汚染日本地図」名前使われた団体が怒りの声』(zakzak 10/04)を取り上げます。またもや嘘つき韓国が日本の団体のデータを捏造し、日本を貶めるための工作をやっています。以下にその詳細を紹介します。

 韓国与党「共に民主党」の日本経済侵略対策特別委員会は9月26日、福島第1原発事故(2011年)による「放射能汚染地図」を公開した。

 韓国紙・朝鮮日報日本語版の記事「与党の日本特委、日本の放射能汚染地図公開…『五輪競技場も汚染地域に入る』」(2019年9月26日付)によると、この地図は〈原発事故以降の放射能汚染の程度を測定する日本の市民団体『みんなのデータサイト』で公開している資料を基に制作した地図〉で、汚染地域には東京五輪の競技会場である「宮城スタジアム」と「福島あづま球場」などが含まれていると報じている。

 この「放射能汚染地図」を作成した意図について、〈特別委の委員長を務めるチェ・ジェソン議員は「わが国民の生命と安全のために取ることができる措置の根拠を地図として作成した」〉としている(同前)。

 東京五輪に出場する選手や観戦に行く客は、放射能で健康被害を受ける可能性があることを示唆したいようだ。

 この地図は、東京五輪の主要な競技場がある場所の土壌の放射性物質量を示しており、福島あづま球場(野球)で1平方メートルあたり205万7800ベクレル、宮城スタジアム(野球)で同4万8000ベクレル、埼玉スタジアム(サッカー)で同20万3800ベクレル、カシマサッカースタジアム(サッカー)で同4万6900ベクレル、国立競技場(開会式)で同21万9480ベクレルという数値が並んでいる。

 セシウム134、同137がまだ日本の土壌中に残っているのは事実だが、一見して、数値が大きすぎるように見える。

同記事によると、数値の出典は「みんなのデータサイト」だという。同サイトは、日本全国の市民がボランティアで居住地の土壌や食品の放射能を測定し、データを集計したサイトだ。そこで、みんなのデータサイトで公開されている各地の測定値と突き合わせてみた。

 韓国作成の「放射能汚染地図」では福島あづま球場のセシウム137濃度は1平方メートルあたり205万7800ベクレルと記されているが、みんなのデータサイトで福島あづま球場に近い測定ポイントの数値(「2019年(最近)」)を見ると、「福島市庄野」で同14万5200ベクレル、「荒井(空き地)」で同13万1400ベクレルとなっていて、桁が1桁違う。

 埼玉スタジアムは同20万3800ベクレルとなっているが、そもそも埼スタ周辺に測定ポイントは見当たらない。かなり離れているが、一番近い測定ポイントの「さいたま市岩槻区南下新井」で同200ベクレルで桁が3桁も異なる。国立競技場も同21万9480ベクレルとあるが、周辺に測定ポイントがなく、一番近い測定ポイントの「新宿区片町」で同1万9100ベクレルだ。

 5つの競技場の数値をすべて照合したところ、基本的に競技場近くに測定ポイントがなく、一番近い測定ポイントと比較するしかなかったが、韓国の「放射能汚染地図」には、参照したはずの「みんなのデータサイト」の数値より1~3桁も大きい数字で放射線量が記されていたのだ。

 「みんなのデータサイト」共同代表の阿部浩美氏はこう憤る。

 「事前に、共に民主党からデータを使用するという連絡が何もなかったので、朝鮮日報の報道で初めて知ったのですが、ホットスポットでないとありえないような高い数値が出ていて驚きました。

 各競技場の位置に該当する測定地点があるのは福島あづま球場くらいですが、1平方メートル当たり205万7800ベクレルというとんでもない数値が出ている。原発事故直後の2011年のデータでもこんな数値はありません。

 私たちは専門家の指導のもと、ホットスポットのデータが極力入らないよう注意して測定をしているので、こんな数値にはなりません。しかも、この放射能汚染地図では同心円状のグラデーションで汚染度が表示されているのですが、これも私たちが作成した地図とは大きく異なっています。

 私たちの名前を使って、まったく別のデータを使うというやり方は、これまで測定に協力してくれた市民や地道に活動してきたスタッフの努力を無にする行為です。共に民主党には、釈明を求めていきます」

 韓国与党の共に民主党は、「みんなのデータサイト」の資料をもとにしたと言いながら、由来不明の極端に大きな数値を記載していたのである。

 みんなのデータサイト事務局では、該当する地点や測定値がデータベースにみつからないことや、汚染地図が示す日本各地への汚染の広がりが独自に作成した地図と合致しないことなどを問題視し、9月27日、韓国の共に民主党に対し、「マップ作成時に使用した元データと出所の開示」と「このような発表となった経緯についての説明」を求める申し入れ書を、地図を作成した議員個人のFacebookページを通じて送付した。しかし、9月30日18時の時点で回答はないという。

 日本政府は韓国の政府与党によるこうした行為を看過すべきではない。

 この記事に示されている通り韓国によるまったくの捏造です。併合時代の日本の圧政と蛮行、慰安婦強制連行や徴用工の強制労働など、歴史捏造を重ねてきた嘘つき国の面目躍如です。ここは相手が韓国の与党なので、日本の政府から公式に抗議し謝罪を求めると同時に、訂正文書の公開を求めるべきでしょう。

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2019年10月 3日 (木)

小川榮太郎氏、吉永小百合さんは共産党の広告塔

Images-7_20191003153401  今回も少し前のコラムですが、作家で文藝評論家の小川榮太郞氏の「吉永小百合さんへの手紙」(『月刊正論』 2016年3月号)を取り上げます。吉永さんは有名な女優ですが小川氏によれば共産党の広告塔だという評価です。大変長い手紙なので長文が苦手な方は中盤以降の「原爆詩朗読という「祈り」の純粋さ故に」から読んでいただいても結構かと思います。

 吉永小百合さん、この一文を手紙形式でしたためたのは、貴女に実際に読んで頂きたいからです。

 私はこの小文後半で、貴女の政治的な言動を批判する事になりますが、単に紋切型の、また、批判の為の批判をするつもりはありません。

 私は心から平和を愛してをり、その為の道を真剣に模索してきましたし、一方、女優としての貴女を大変高く評価してゐます。だからこそ、私は貴女にお伝へしたい事がある、これはさういふ一文だと御承知ください。

日本女優史に残る女優たらしめているもの

 私は吉永小百合さんの「声」が好きです。

 吉永さんは「目」の女優だといふのがいはば定評なのだらうと思ひます。勿論、私も、貴女の眼差しの、豊かな表現力と魅力はよく知つてゐます。

 が、貴女の女優としての本質を最も深いところで支へてゐるのは、やはりその声なのではないか。

 決して透明ではなく、くぐもつた、しかし非常に暖かい声。淑やかさと天真爛漫さが瞬時に入れ替はる声の運動性の軽やかさ。溢れ出る気品。

 いや、何よりも誠意といふもの、実意といふものを、心底聞き手に信じさせる「声」を、貴女は持つてゐます。

 勿論、貴女はラヂオでのデビュー当初を除けば、基本的に声優ではなく、その姿の魅力、演戯の魅力抜きに「吉永小百合」を語ることはできないでせう。

 とりわけ若き日の貴女の、生命力がそのまま演戯を凌駕してしまふやうな生きたままの姿の魅力!

 私がここに断るまでもなく、貴女が大女優になる決定的な一歩は、昭和三十七年発表『キューポラのある街』での中学三年生の石黒ジュン役でした。

 この映画には、既に、吉永小百合の女優としての本質的な魅力がはつきりと現れてゐます。即ち、女性の持つ両義性、あるいは多義性の表現者としての女優像がそれです。

 透明な綺麗さ一辺倒の女優はゐます。気品の高さで魅了する女優もゐるし、逆にコケティッシュな女優もゐる。天真爛漫だが、陰影のない女優もゐる。表現意欲に溢れた演技派もゐれば、お人形さん的な女優もゐる。

 吉永さんは一般に清純派とされますが、それは社会的なイメージとしての呼称に過ぎません。藝術家としての女優といふ観点から言へば、吉永さんの本質は、静かな落ち着いた佇まひを保持しながらも、多義性を軽やかに移動する「速度」にあると、私は思ふ。佇まひの一貫性の中に多くの人が思つてゐる以上に繊細で多様で迅速な「動き」がある。

 実際、十七歳で中学三年生の主人公を演じた『キューポラ』で、貴女は既に、「成熟した中学生」といふ矛盾を見事に演じてゐます。そしてまた、埼玉県川口といふ鋳物の工場町、キューポラといふ独特の煙突のある泥水と板塀の職工の世界に、一輪の若百合のやうに咲く花を自然な姿で演じて、不思議な程違和感を感じさせません。東野英治郎演じる親父は飲んだくれの気違ひじみた頑固者で、弟は逞し過ぎてヤクザにもなりかねない悪童、家では親子や夫婦の喧嘩が絶えない。

 勿論、戦後の映画界の常で、若干の左翼プロパガンダが巧みに織り込まれた一面もないではありません。労働組合を嫌ふ親父にむかつて浜田光夫演じる若い職工が、「労働組合を赤だなんて物笑ひだぜ」と一笑に付す場面や、事ある毎に散りばめられた「民主主義」のルールを観客に説教するやうな科白は、さすがに今日素直に受け取る訳にはゆきません。

 その中で吉永さんはまさに掃き溜めの鶴、ガサツな飲んだくれの娘なのに、何とも筋の通つた美しく強い女の子像、旺盛な生活力のある女の子像を謳ひあげてゐる。それと同時に、家計を支へながら高校進学も諦めない健気な努力が再三父親の我が儘によつて水の泡になることに耐へかねて心荒れ狂ふ姿、さうした時に見せる、子供から大人になり切れぬ処女性もよく演じられてゐる。それらが、天性の自然さで、しかし充分に練られた演技になつてゐることに、大器を感じないわけにはゆきません。

 これは翌年の『伊豆の踊子』においても同じです。歴代の映画版『伊豆の踊子』の中でも、おそらく最も川端康成の心に適つた踊子像だつたと言つていいでせう。

 川端が、湯ケ野の撮影現場をわざわざ訪うて、吉永小百合の側から離れなかつたのは有名なエピソードですが、これは俗に言ふ川端の少女趣味といつて侮る訳にはゆかない逸話です。川端といふ人は、女性の美と醜悪とに対して、普通では考へられない異常に鋭敏な眼と、異様な妄執を持つてゐました。

 その川端は、例へば岸恵子、岩下志麻らに対してならば、たとひ若い時であつても、既に大人の女を見てゐたと考へられますが、では、十八歳の吉永小百合に、川端は、何を見て、離れ難かつたのか。十八歳ですから無論少女とは言へない。一方、大人にもなりきつてゐない。

 子供である事の手放しの無邪気さが急速に失はれ、しかし女である事への怖れと、女になり染めの輝きによつて、手の届かないやうな神聖さが女性に宿る一瞬─その瞬間の吉永小百合を、川端の残酷なまでに女を見通す目が見落とす筈はありません。

 男といふ生き物には、彼が子供である時と、大人になつた彼しか存在しない。

 が、少女の中には、大人の女になつたら失はれてしまふやうな強さと、そして叡智がある。普通ならば、十八歳といふ年齢は、女から、さういふ処女性を奪ふ年です。ところが十八歳の吉永さんの中には、寧ろ、時は今ぞとばかり、大人と永遠の処女性の同居といふ奇跡が輝いてゐた。川端はそれに喜びを覚えつつ、おそらく彼の破れた初恋を思ひ出し、衝撃を受けたのではなかつたでせうか。

 この初恋の女性─千代といふ娘は浅草の喫茶店の女給でしたが、その印象は「踊子」の中にも色濃く投影してゐます。『伊豆の踊子』は、まだ全くの子供である踊子に、主人公の学生が女を強く感じる事で発生する抒情劇ですが、川端は、吉永さんの扮する踊子に、逆に大人へと強く揺れ動く女を感じ、それにも関はらず、女になつてしまはぬ少女性の深さにあはれを感じた、その意味で、川端は吉永さんの演戯から、『伊豆の踊子』の新たな可能性を教へられたのではなかつたかと思はれます。

 実際、『伊豆の踊子』での吉永さんは、「大人」と「子供」との往復のテンポ感が非常に早い。高橋英樹さんの演じる「学生」が、逆に、原作にある「孤児だといふ負ひ目から自分を解放する」学生の葛藤の全く感じられない、健康な大人の男になりきつてしまつてゐる分だけ、その男性としての安定した高橋に自然に寄り添ひながら、吉永の踊子は、急速に恋に目覚めてゆきます。

 特に、三十歳前後までの貴女の演技は、僅かなセリフだけしか与へられてゐない時でも、表情の変化だけで、心の急速な変化を表現する瞬発力に溢れてゐました。

 日本の女優史の中では、さういふ心理的な運動神経のよさを自然に演戯できる人は、吉永さん以前には余りゐなかつたのではないでせうか。

『ふしぎな岬の物語』はなぜリアリズムを欠いたのか

 吉永さんは、幸ひにも、名子役で終りませんでした。貴女に貼られた清純派のレッテルを越えようとする努力が実つたかどうかは疑問です。何故なら、貴女は始めからそのやうなレッテルを越えて迅速な演戯者だつたのだから。寧ろ、年輪を重ねながら、貴女は逆に、自分の内側に向けて成熟していつたやうに見えます。最近の作品を見ると、どこか童女のまま老女になつたやうな、何か能の夢幻性に貴女の存在そのものが近づいてゐるやうな印象を受ける事が増えました。

4  平成二十六年にモントリオール映画祭の審査員特別大賞を受賞した、貴女自身のプロデュース作品『ふしぎな岬の物語』はその典型でせう。

 感動と疑問の両方を込めていふのですが、見てゐる最中、私の脳裏をしきりによぎつたのは「美しい衰弱」といふ言葉でした。

 この中で吉永さんは、岬の突端の喫茶店の女主人、絵描きである夫は何十年も前に亡くなつてゐるが、この喫茶店は、そこだけが半ばこの世で半ばあの世のやうな不思議な明るみの中にあつて、村人たちの魂の安らぎの場となつてゐる。吉永さん扮する柏木悦子は、正に永遠の少女性によつて仄明るく場を照らし、店に掲げられた夫の遺作は、この岬から垂直に近いアーチ状で天上に向かつて掛けられた虹の絵で、この店とあの世の往還の道になつてゐるかのやうです。悦子の入れるコーヒーは特別に美味しい、彼女が「おいしくなあれ」と声を掛けながら淹れると「魔法」で美味しくなるからです。

 この、ある意味で、宮崎駿さんの無重力的ユートピア世界と最近のある種のヨーロッパ映画─成熟を通り越して、ヨーロッパ文明の終焉を思はせるやうな静か過ぎる佇まひ─の混淆のやうな映画空間は、夢幻劇としては充分に美しく、愉しかつた。

 しかし、一方、この作品は、何かが妙に居心地が悪い。あるいは、居心地が良すぎて居心地が悪いと言ひたくなるやうな違和感が、見ながら絶えず頭をもたげます。

 登場する人々は、余りにもヒューマニスティックであり、童話の中の人物たちのやうです。

 悦子自身、ある日、店に包丁を持つた泥棒に入られたが、この泥棒にご飯を食べさせて、話を聞いてあげ、泥棒は泣いて悔い改める。まことにヒューマニスティックな泥棒といふ他はない。実際、世界中の犯罪者たちが、皆、この位ヒューマンだつたら、世界はたちどころに平和になるでせう。まさに、童話です。

 そしてその童話の中に、鯨の豊漁祭─村祭りの場面が出てくる。或いは、昔からある中学校の夜の校舎で、阿部寛扮する悦子の甥役浩司と竹内結子扮するみどりが、中学時代の先生に再会をする。

 日本、あるいは戦後日本の、懐メロです。

 では、この映画の全体は、一体、日本なのか、非日本なのか。

 さういふこだはりは要らないと言ふわけにはゆきません。これは何も偏狭なナショナリストとして映画に詰問してゐるのでもなければ、映画の中の非日本性を難じてゐるのでもない。

 寧ろ逆です。

 この映画は余りにも「日本」に依存してゐるのに、その事を観客に徹底的に忘れさせてしまふ、そこが問題だと私は言ひたいのです。

 まづ第一に、この映画の美しさは、日本或いは日本人の美しさと切り離す事はできません。ヨーロッパ映画が描く老いは殆どの場合、孤独、信仰、共同体の回復といふ明確な筋道があります。が、この映画には、最初から孤独はなく、共同体の安らぎが保証されてゐます。最初から死の恐怖はなく、死者との共存があり、最初から懐疑はなく、受容と情愛がある。これはあへて言へば、柳田國男が拾ひあげた日本民俗の極端な純化と美化であつて、「日本」といふ堅牢な観念なしには成立しない美の世界なのです。

 では、その美しい「日本」固有の映画世界を、現実に守つてゐるのは何でせう。無論、それは日本の国家であり、国力であり、社会です。勿論、それらはこの、現実から隔離され、霊界と交差してさへゐる映画空間から見れば、純粋な夢幻劇を脅かす夾雑物です。

 だから、この映画は、その脅かす外界を徹底的に観客に忘れさせる事で、夢を編んでゐる。

 それを端的に証立てるのは、この映画に「男性」が登場しないといふ事実でせう。

 勿論性別としての男性は登場しますが、この映画には、実は、成熟した男性は一人も登場しない。本来、それを表現すべきなのは阿部寛扮する浩司ですが、彼は、四十五歳になつても定職に就けない風来坊であり、口よりも先に手が出てしまふガキ大将のまま中年になつた男として描かれます。

 ところがこの浩司以外の男性は、彼の子分でなければ、後は皆老人なのです。

 そして悦子の夫はずつと昔に死んでゐる。

 要するに、ここには餓鬼大将と老人と死者しか、男が出てこない。映画の世界から、成熟した男性が注意深く排除されてゐる。だから、当然男と男との葛藤もありません。男と女の葛藤もない。

 もう一つ、正式な婚姻も印象の上で無効化されてゐる。

 この映画では、特に筋立て上必要がないのに、盛大な結婚式の場面がある。ところが、そこで永遠の愛を誓つた二人の結婚は、たちどころに破綻してしまひます。一方、この映画は、浩司とみどりとが未婚のまま子種を宿した報告を悦子が祝福する場面で、虹が海に掛かつて終ります。

 盛大に祝はれた結婚は破綻し、未婚の男女が宿した赤ちやんに祝福があつて、映画が閉ぢられる。

 要するに、この美しい映画は、日本独自の死生観や優しく育まれた共同体に根差しながら、一方で、構造の内に、成熟した男性を排除し、結婚といふ制度を無効とするやうな志向性を強く持つ事で、この映画が描いてゐる美しい日本を破壊するイデオロギーを内包してしまつてゐる。

 夢幻劇に過ぎないのだから、難しい事を言はずに楽しめばいい、一応さうは言へる。

 が、夢幻劇の外界をなかつた事にしてしまふのと、夢幻劇を荒々しいリアリズムの世界から守り美しく育てることは違ひます。ここで詳しく論じることはできませんが、多くの偉大な文學、戯曲における夢幻劇は、それを脅かす現実との葛藤を内に含んで自らの純潔を守つてゐるのです。『源氏物語』や能にせよ、シェイクスピアの『嵐』、ヴァグナーの『トリスタン』……全て夢幻性を脅かす外界との緊張関係こそが、これらを美しく掛け替へないものにしてゐる。

 ところが、戦後の日本は、夢幻劇を成立させる為に不可欠な、荒々しいリアリズムの世界を直視する事を忘れて、夢を編んできた。

 そして、いはばさういふ力との葛藤なしに成立する夢幻劇に狎れ過ぎてきた、それが余りにも続いた結果、我々は、現実と理想との混同に疚しさや痛みを感じなくなつてしまつてゐる。

 この映画はその谷間に咲いた百合なのです。

 が、さうした問題に於いて、吉永さんを更に危ふひ所に追ひ込んでしまつたのが、貴女の場合、原爆詩の朗読だつたのだらうと思はれます。節を改めて論じてみませう。

Fc2_20130818_184618340 原爆詩朗読という「祈り」の純粋さ故に

 吉永さんは昭和四十一年に、『愛と死の記録』といふ被爆者を主人公にした映画に出演して以来、原爆或いは被爆者、戦争に対する関心を深めてゆかれた。そしてその思ひが今日に至るまでの原爆詩の朗読といふ活動に繋がります。これは、吉永さんの中で非常に大切な、重い意味を持つた活動に違ひありません。

 実際、原爆といふ主題に、貴女のやうな真面目でイノセントな女性が心の強い痛みを抱いたといふことを、私は素直に理解できます。そして、女優として、一人の人間として、それを形にし、伝へたいといふ思ひも理解できる。

 私も又、核兵器の発明と使用が、人類史上最大の罪悪であつて、原爆で焼かれた民族である我々日本人こそが、その災厄の真実を世界中に知らしめ続けねばならないと考へます。

 人類は戦争を繰り返しながら、文明を高めてきました。あらゆる神話や宗教が描いてゐるやうに、破壊と創造は一つのパッケージになつてをり、文明の発展のみで戦争のない世界はあり得ません。人間の中の破壊衝動、憎悪や殺意と、建設への熱意、愛や創造性とを簡単に切り分け、前者のみをこの世から消し去つてしまふ事は不可能です。

 が、核兵器の発明と使用は、さうした破壊と創造といふ構造に根本から見直しを迫るものだつたと言ふ他はありません。少なくとも大東亜戦争末期、既に戦争終結に向けた国際工作を何カ月も続けてゐた戦意なき日本相手に原爆を落とすといふアメリカの禁じ手、そして報復を恐れたアメリカによる日本の軍事力の封印と洗脳が成功した為に、核兵器使用による報復が生じなかつたものの、今後は、万一地上のどこかで核兵器使用があれば、報復の応酬、また、非国家集団による核兵器の濫用への道が開かれ、破壊の後に破壊しか続かぬ可能性が充分にある。

 だからこそ、二つの事が必要です。

 もう発明されてしまつたものはどうしようもないと肚を据ゑるのが第一です。発明された悪魔を乗り越えるのはより優れた技術しかない。原爆反対、原発反対と唱へた所で、世界の技術競争は止まらない。より良心的な陣営が開発競争の先頭に立ち、やがてこれを無害化する所まで技術を追求する以外に、この悪魔を鎮める道はない。安易な反対運動は、かへつて技術による無害化の可能性を閉ざします。

 もう一つは、核兵器を使はせない国際環境を強化する事です。その意味で、核兵器使用がどれ程悲惨かの実態を世界人類に共有させるのは、日本の重要な平和活動に違ひありません。

 そしてその為に、端的に被爆の悲惨さの「記憶」と「記録」を伝へる事と同時に、貴女がなさつてゐるやうに、「表現」された原爆を伝へるといふ手段もあり得る事になる。

 勿論、原爆の実態を伝へる事と、原爆を詩にすること、またそれを朗読することは意味が全く違ふ。

 「記録」を直視する事は世界人類の責務です。

 が、原爆や被爆を詩といふ表現にすることは可能なのでせうか。

 被爆といふ経験は、悲惨極まる、想像を絶する経験であり、私はその人達に同情する資格さへありません。自分や自分の家族が被爆する、即死してしまへば後の事は分らないが、ひどい被爆をしてケロイドや全身にガラスの突き刺さつた状態で苦しみ、しかも後遺症に苦しみながら生きてゆく─それは想像を絶する経験です。

 しかし、それが「表現」として人を感動させるかどうかは別問題でせう。

 原爆を扱つた詩だから価値があり、だからそれを語り、だからそれを後世や世界に伝へなければならないといふのは本末転倒です。何を扱つてゐようが、本当に胸に突き刺さる「言葉」になつてゐるかどうか、もしそれが「記録」ではなく「詩」であるならば、それが問はれるべき全てだ。被爆した人の詩だから、詩として価値を持つ、そんな事はない。被爆した人が作曲したからといふだけの理由で、被爆音楽といふジャンルが成立する筈がないやうに、「記録」でなく「表現」である以上、「表現」としての基準以外に価値を計りやうがない。

 そして、そこにこそ、貴女が、あへて原爆詩に賭けた思ひがあると私には思はれるのです。

Cdavm84uiaaifdw  貴女の本当の祈りでこれらの詩の真実性を歌ひ出さねば、それは表現には達しない、だから貴女は詩の朗読といふ地味な仕事を続けてきたのではなかつたか。

 その意味で貴女の朗読は、原爆詩に込められた思ひを甦らせやうとする「祈り」であり、「祈り」を通じて「表現」を希求する行為だつたのではないでせうか。

 ところが、逆に、貴女のさうした動機の純粋さこそが、政治にとつては、実に都合のよい好餌なのです。

 原爆の「記録」ではなく、貴女が原爆の「表現」の伝道者になつた時、政治の魔手がそこに付け入ります。貴女は、無力な者の声、一方的に傷つけられた者の声の伝達者である事を通じて、寧ろ、さうした無力さを政治的に利用する者によつて、政治的な「強者」の立場を演じさせられ始めます。

 何よりも問題になるのは、原爆詩が、弱き者の声といふ形を借りた特権的な場になつてしまつてゐる事です。

 吉永さん自身は一昨年広島原爆忌に掲載された朝日新聞のインタビューで「私の力は小さくて、大きくはならいのですが……」と仰つてゐる。本当に無力だつたらどれ程よかつたでせう。無力な声が無力なまま己の信ずる道を行く事程、真実の意味で強い事はない、それこそが祈りの道だからです。

 しかし原爆詩の朗読は、世界の核環境に対しては無力でも、日本の政治状況に於いては全く無力ではありません。例へば、昨年十月に、貴女は、菊池寛賞を受賞しましたが、受賞理由に原爆詩の朗読を殊更に挙げてある。妙な仮定ですが、もし貴女が原爆詩でなく、中原中也の詩や齋藤茂吉の和歌の朗読をライフワークにしてゐたら、少なくともこのタイミングでの菊池寛賞の受賞はなかつたでせう。そして、この受賞をきつかけに、原爆詩を朗読する貴女は、間違ひなく、ある種の政治勢力にとつて、今まで以上に、政治的な利用価値を増す事になるでせう。

 その時、貴女はあの類稀な女優としてでもなく、又、祈りの道を一人で歩む朗読者としてでもなく、核戦争の脅威への防波堤でもなく、単に国内政局の喧噪の中での、シンボルとなつてしまふ。

 最近であれば、安保法制反対の大合唱の中に、いや、その先頭に貴女の名前が絶えず持ちだされたのは記憶に新しい。

『キューポラ』で父親にぶつけた科白の皮肉

 例へば渡辺謙さんが安保法制騒ぎの最中の八月一日にかうツイートしてゐる。「ひとりも兵士が戦死しないで七十年を過ごしてきたこの国(憲法)は、世界に誇れると思う。戦争はしないんだ」と。

 或いは笑福亭鶴瓶さんも、八月八日の東海テレビで「あの法律も含め、今の政府がああいう方向に行つてしまふつていふのは止めないと絶対だめ」と発言し、対談相手の樹木希林さんが「七十年も戦争しないで済んだのは憲法九条があるから」と応じてゐます。

 竹下景子さんも、安保法案反対アピールに名前を連ね、「日本が戦争する国になれば、被害者であると同時に加害者にもならざるを得ません」

七十年間日本人の戦死者がなかつたのは、世界に戦争がなかつたからでも、日本への過酷な脅威がなかつたからでもありません。拉致被害者は厳然と存在しますし、そもそも、憲法九条といふ紙切れ一つで地球の中で日本だけが特殊な楽園であり続けられるかどうか、この人達は一度でも考へた事があるのでせうか。

 この七十年の内の前半、東西冷戦時代には、朝鮮戦争、ベトナム戦争、核の軍拡競争、共産主義国家による恐怖政治がありました。隣にはソ連、共産中国がゐて、内政による弾圧や失政の為の犠牲者は数千万人と言はれてゐる。その軍事的脅威を憲法といふ紙切れ一枚で防げたとこの人達は本当に思つてゐるのでせうか。冷戦が終つた後、欧米知識人達の一部は自由主義陣営が勝利した結果、世界は平和になるといふ幻想を持ちました。が、アメリカが世界の警察官を務める中で、中東の動揺は全く去らず、オバマ時代に入り、今度はアメリカが警察官の仕事から手を引き始めた途端、中国、ロシアなどの軍事国家が世界秩序の変更に向けてチャレンジを始めた。

 冷戦時代の我が国を守つてゐたのはアメリカです。アメリカにとつて日本こそが共産主義勢力からの防波堤だつたからなのは言ふまでもありません。

 が、かつてのソ連と違ひ、アメリカにとつて、今の中国共産党政権は駆引きの相手であり、日本はアメリカの死活的な防衛ラインではなくなりつつあります。中国と手を組んだ方がよければアメリカはさうするでせう。その時、憲法といふ紙切れ一枚で日本の「平和」を守り切れる根拠はどこにあるのでせう。

 「平和」が大切だといふ声を挙げる事と、特定の法案に反対する事は全く意味が違ひます。

 法案に反対するのであれば、その法案が本当に平和を脅かす根拠と、新たな立法措置を取らずとも我が国の平和が守られ続けるといふ根拠を持たねばならない。これは、俳優とか知名人とかいふ事以前に、人としてのイロハではないでせうか。

 実際、根拠なき安倍政治への反対がどれ程滑稽で国論を過つものかは既に証明されてゐます。

Images-9_20191003153701  たつた二年前、平成二十五年十一月の特定秘密保護法制定の時、安保法制時と同様、芸能人や映画人、ジャーナリストたちが、日本の民主主義の死といふやうな過激な反対キャンペーンを張りました。

 政治ジャーナリストの田勢康弘氏は「この政権の体質を見てゐても、間違ひなく拡大解釈してくると思ふ」と発言してゐる。映画監督の崔洋一氏は「この法案ができると日本映画界はお上の都合に合はせるやうなさういふ物ばつかりになる」と言ひ、同じく映画監督の大林宣彦氏に至つては「この法律ができると、国家犯罪に繋がつてしまふかもしれないといふ事を常に考へてゐなくちやならない」とテレビで発言してゐます。

 それにしては、安保法制反対時の、殆ど同じ顔触れの皆さんの威勢の良かつた事!

 「国家犯罪」に怯えるどころか、「戦争法案」だ「赤紙」だ「徴兵制」だと、法案の中身などそつちのけの途方もないプロパガンダで大騒ぎしてくれたが、安倍政権は弾圧の「だ」の字もしなかつたやうです。「拡大解釈」も「お上の都合」も、「国家犯罪」も全て幻想だつたのですが、法案の中身も知らずに反対の大合唱に加はつたこの人達の誰か一人でも、発言の責任を取つた人はゐるのでせうか。

 あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか。

 『キューポラ』の中で高校生だつた貴女は、理不尽な父親に向かつて、かつてかう言つてゐる。「お父ちやんみたいに何もわかつてゐない癖に、頭から思ひこんで変へようとしないの、『無知蒙昧』つていふのよ。さういふの一番いけないよ」

 「平和」を大切にする事と、知りもしない法案に大声で反対する事を混同しながら政治利用されてゆく、貴女を始めとする映画人や芸能人達は、正に「無知蒙昧」そのものではないでせうか。

 貴女自身は、広告塔のつもりはないと仰るかもしれません。

 が、残念ながら、貴女がどう思はうと、貴女の名前は、今や広告塔の筆頭格の一人になつてしまつてゐます。

 誰の広告塔か?

 驚くべき事に、日本共産党の広告塔です。

 別表のやうに、昨年一年間だけで、吉永さんは「しんぶん赤旗」(日曜版のぞく)に見出し、記事として、十回も登場してゐる(アット・ニフティのデータベースによる)。これは、もうすつかり日本共産党お馴染みの「顔」になつてゐると言ふべき数字でせう。

 歴史上、藝術家や文化人の政治利用に一番熱心だつたのは、共産党に代表される全体主義国家であり、中でも最も藝術家を政治利用したのは、ナチスとソ連共産党でした。そして日本共産党は言うまでもなく、現在でもマルクス・レーニン主義を奉じ、共産主義社会を目指す政党です。

 共産主義が世界史上最大の政治犯罪だつた事は疑ひの余地がありません。共産主義国家は全て、プロレタリア独裁のまま軍事政権化し、自国民を恣に弾圧、虐殺し続けました。自由な共産主義国家は、一つも存在できなかつた。その共産主義を奉じてゐる日本共産党の広告塔に吉永さん、貴女がなるといふのは一体どういふ事でせうか。

 ナイーブな声の上げ方は、あくまでか細く、そしてあくまでも一人の人の声の限界を慎ましく守るべきなのではないでせうか。

 私は貴女の「声」の持つ「実意」、「誠意」について語ることからこの手紙を書き起こしました。その「実意」「誠意」を、国内政局に悪用させてはなりません。

 貴女には、女優として、最近とみに表現領域を開拓してゐる「祈り」の世界がある。映画の中での、近年の貴女の姿は、それだけで人を浄めるオーラを静かに温かく発してゐるやうに私には思はれます。

 「祈り」─吉永さんの世界は、今や女優としても朗読者としても、その世界にはつきり足を踏み入れてゐる。だからこそ、政治に関与せず、政治から利用されない、その峻拒こそが、今、貴女には求められてゐるのではないでせうか。

 その世界に徹し、政治利用からはつきりと距離を取る時、貴女の中の女優と、貴女の中の人間としての正義とが、必ず一致点を見出す筈です、私はそれを信じたい。いや、それを信じてゐるからこそ、あへてこの一文を草した次第です。

 吉永小百合さんに限らず、多くの俳優たちや監督などの映画関係者、音楽関係者、テレビタレント、さらには大学関教授や弁護士たちに、なぜこうも多くの共産党の代弁者が生まれてくるのでしょう。共産党の直接介入もありますが、様々な周辺の政治的グループからの影響、また朝日新聞やTBSなどのマスコミがその媒介となって、彼らを狙い甘い言葉で洗脳するのでしょうか。

 こうして小川氏の言う、法案の中身も政権の実相もほとんど知らずに、洗脳された世界の中での単純思考で政権批判、果ては日本批判をし、逆に朝鮮中国の肩をもつ人間に育て上げられてきたのでしょう。

 確かに権力批判は痛快ではあるでしょう。人は批判することの快感を覚えるものです。ただすでに述べたように、批判の矛先を理解しない上でただ反射的に批判している多くの人達を見ると、一方のマスコミや市民活動家グループと言うこれまた壮大な権力の餌食となってしまっているのでしょう。室井佑月氏などはその代表的な一人と思いますね。

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2019年10月 2日 (水)

「世界一」の原発安全規制 ここがおかしい

13sendai  今回は話は少し古くはなりますが、経済・環境ジャーナリストの石井孝明によるコラム『「世界一」の原発安全規制 ここがおかしい』(月刊Wedge  2015年9月号)を取り上げます。最近また韓国が福島の汚染水だの日本の放射線量だの、東京五輪に絡めて非難の矛先を向け、稼働中の原発には世界一厳しい規制がかけられているのに、その実態は全く無視して反日カードの一環として言いがかりをつけています。その厳しい規制、良し悪しを含めてその実態の記事を紹介します。

 <4年3カ月ぶりに再稼働した九州電力川内原発1号機が、原子炉内で発生する熱出力を100%に保つ「フル出力運転」を始めた。これほど歳月を要した原因は、過剰で不合理な「世界一厳しい規制」にある。私たち日本人に、原子力のような複雑で高度な科学技術を扱う資格はあるのか。>

 8月11日、九州電力の川内原子力発電所1号機(鹿児島県)が実に4年3カ月振りに再稼動した。午前10時30分に原子炉内の核分裂反応を抑える制御棒を引き抜き、原子炉を起動させると、午後11時に核分裂が安定して続く「臨界」に到達した。同社は「これまで以上に緊張感をもって、安全確保を最優先に今後の工程を慎重に進めてまいります」とコメントし、9月上旬の営業運転開始を目指す。

 再稼動に先立つ7月8日、記者は同発電所で原子炉に燃料を装荷する作業を見学した。すると、原発構内では不思議な光景があった。

九州電力川内原発1号機の原子炉容器に装荷される燃料集合体

 プラント設備に新しいワイヤーなどが取り付けられていた。そして巨大な金属製の檻(おり)があった。これは何か。別の機会に現地を視察した東京工業大学の澤田哲生原子炉工学研究所助教に聞くと「竜巻対策、地震対策の設備。おそらく邪魔になるだけだろう」と解説してくれた。

 原子力規制委員会が求めた新規制基準では天災への対応が強化された。ワイヤーや檻は地震や竜巻で主要設備が壊れないようにするためのものだ。同原発では国内で観測された最大規模の風速毎秒100メートルの竜巻に耐える対策を行ったが、発生確率は極めて低い。

 公開された審査資料を読むと、規制委の事務局である原子力規制庁の担当者は、対策を九電に「やれ」とは明示していない。また法律の規定もあいまいだ。どこまで対策が必要か具体的な範囲を設定すると事故時に責任問題になるために、原子力事業者側が「自発的に」対策したことになっている。

 他の原発でも、規制委は明確な指示を出さないことがある。中部電力浜岡原発(静岡県)では津波対策として巨大な防波壁を作った。規制委側の指示はなかったが、自主的に決めた。高さは14~16メートル、海抜22メートルで「万里の長城」を連想させるほど壮観だ。この対策を規制委側は高く評価したが、同社内部からは「やりすぎ」(営業幹部)との声が聞こえる。この費用は約3000億円以上という。

 「ゴテゴテプラント」。規制対応で過剰な設備がつけられた今の日本の原発を専門家はこう形容する。「リスクゼロを求めるおかしな規制が多すぎる。工事の手間、費用と時間のコストを考えなければならないのに」と、澤田氏は批判した。

 「原子力発電を使いたくない。けれどもすぐゼロは難しいので、当面は安全に運営してほしい」。これが福島原発事故を経験した日本人の平均的な考えだろう。しかし規制の内実を見ると、首をかしげることだらけだ。

10万ページの申請書類

 福島原発事故の反省から、原子力規制委員会は2012年9月に発足。政治の介入を受けない「独立行政委員会」となった。そして規制をめぐる約180もの法改正、政令、省令、規則の改正を行った。これらは総称「新規制基準」と呼ばれ、従来規定になかった重大事故や天災への対応などの規制も整備された。

 新基準に基づく審査は遅れ、混乱している。規制委の田中俊一委員長は、「審査は原子炉1基、半年で終わる」と当初述べたが、2年経過して終わったのは1基のみ。法令上は稼働しながら審査することが原則だが、規制委は法的根拠のないまま、基準に合格した原子炉から再稼動を認めると表明した。

 再稼動の遅れで電力各社の経営は悪化し、電力料金は2~3割上昇した。震災以降、火力発電の燃料代は14年度で余分に約4兆円かかったと推計される。また10電力の新基準の対応費用は推計2兆5000億円だ。一連の巨額負担によって得られる安全と支出のバランスを、負担者である私たち電力消費者は検討する必要がある。

 審査の状況も、おかしさを感じるものだ。「事業者と私たちは対等ではない。こちらの決定を受け止めるべきだ」。規制庁の定年間際のノンキャリアの管理官(課長補佐クラス)が、記者説明で感情的に吐き捨てた。活断層をめぐり、事業者の反論を受けた後の言葉だ。

 「人員も予算も限りがある。審査を続けられない」。規制部長がこう述べて、「もっと話を聞き、慎重に判断してほしい」と要請する事業者との会合を打ち切る場面が頻繁にある。許認可権を持つ当局側がコミュニケーションを拒否し自分の意見を押しつける。上から下まで規制庁には、奇妙な「お上意識」があるようだ。

 日本の官僚機構の宿痾(しゅくあ)は、書類好きの形式主義とされる。規制委・規制庁も同じだ。事業者が規制委に提出する書類は正式なもので8~10万ページになる。扱う書類はその数倍になり、それを各社社員がトラックを連ね運ぶ。規制庁の役人は書式の間違い、誤字脱字があると、書き直しを求める。どの会社でも社員が総出で、書類の読み直しをしている。

 書類は電子化すればいいし、他国ではそうだが、日本は紙にこだわる。「書類で原子炉が安全になるとは思えない。ばかばかしくなる」と、ある電力会社の社員はつぶやいた。

非科学的な審査の実態

 事業者と規制当局は、立場は違えど「原子力の安全」という目指す方向は同じであるはずだ。ところが両者は不幸な対立関係に陥っている。

東日本大震災から原発再稼動までの道のり

 規制庁と事業者のやりとりは、非科学的なものが多い。当局が事業者に何をすればいいのか明確に言わないことが頻繁にある。そこで業を煮やした事業者が自ら災害レベルの想定を引き上げ、過剰対策をすると、規制庁は認めることがある。

 特に基準地震動の設定が長引いている。これは原発やその周辺で想定される地震の最大の揺れだ。規制委はこの問題で、過剰な安全性を求める。

 関西電力は7月、美浜原発3号機(福井県)の安全審査で、基準地震動の前提となる震源断層の深さを「4キロより深い」から「3キロより深い」に見直した。深度が浅いと、地震の想定振動は大きくなる。

 関電は同社の3つの発電所共通の手法で震源断層を推定。美浜だけは「4キロより深い」と導いたが、規制委は「他と同じ深さになるべき」と主張。科学的な根拠は示されなかったが、関電は結局、規制委の意向に従った。九電川内原発の審査でも同様に基準地震動の引き上げを求め、同社が応じたところ、ここが優先審査の対象とされた。

 意図を明確にしない規制行為は、細かな事でも存在する。ある原発では火災対策で、重要な場所に火災報知器を設置している。すると規制庁は「この場所につけない理由は何だ」と聞いてきた。そこは安全に関わる重要な設備が置かれていない場所だった。しかし、電力会社は言外に「ここに置け」と命じられたと推量し、設置場所を増やしたという。

「責任逃れ」と「朝礼暮改」

 原子炉は現代の工業技術の粋を集めた設備だ。原子炉、地震、配管、発電設備、防災・防火などの専門が細分化し、審査も各分野ごとに行われる。ところが審査担当官の能力差が著しい。優れた担当者もいれば、「素人で一からこちらが原発の構造を教えなければならなかった。規制庁は寄り合い所帯で、初めて審査を担当する役人もいる」(ある電力会社)という例もある。

注水ポンプ車は竜巻に備えてワイヤーで固縛されている

 そして事業者が規制庁の審査の特徴として挙げるのは「責任逃れ」だ。上司の言うことに過剰に反応し、責任を事業者側に押しつけ「朝令暮改」が繰り返されるという。福島事故の後に規制当局は「規制の虜(とりこ)」、つまり専門性のある事業者に取り込まれたと批判された。それゆえに今は事業者に厳しい態度を示しているのだろうが、その審査には安全性を合理的に追求したとは言い切れないものも多い。判断が審査官の裁量で左右されて行政が権力を振り回しているように見える。

 結果、事業者に規制当局への不信感が広がる。「基準を示してほしい。それに合わせる」。ある電力会社の担当者は不満を訴えた。しかし、これは危険な考えだ。原子力の運営で、規制に合わせることが目的になってしまうと、安全を向上させる意識が薄れてしまう。

 事業者側にも問題がある。規制委・規制庁のおかしな主張に対し、現場の実態を理解してもらう取り組みを尽くしていない。米国では1979年のスリーマイル島の原発事故の後で事業者が業界団体をつくり、技術情報の共有、規制当局との交渉、原発の安全性評価など国民への情報公開を行った。それがきっかけで規制内容は修正されていった。しかし、日本の事業者の動きは鈍い。規制側に主張するという発想が現場にも経営陣にもないのだろう。

 規制庁をマネジメントするのが規制委、つまり5人の規制委員の役割だ。民主党政権の人事で田中委員長が任期5年で選ばれた。炉の安全性審査は更田豊志委員長代理、地震関係は石渡明委員が担当する。彼ら3人は研究者で民間の原子炉を運営、管理したことはない。各委員は事務局の行動を追認、そして規制の混乱を放置している。

 田中委員長は、審査の遅れと混乱について、政治家やメディア、事業者から批判を受けているが、具体的な改善に動かない。彼は「原子炉の安全性のみを考える」「判定は安全について保守的に行う」と繰り返す。

 規制委側も状況のおかしさは認識しているようだ。退任した元幹部に非公開の勉強会で話を聞いた。この人は「素人が多く審査に慣れていない」「法律上の根拠がない規制が行われている」「審査の遅れは深刻だ」と、現状を正確に分析した。「では、なぜあなたは問題を正さなかったのか」と聞くと「自分の担当ではないし、スタッフがいなかった」などの弁解をした。高級官僚によくある責任逃れの体質を持つ幹部が、規制委の運営にかかわっていた。

 日本の規制の混乱は国際的に連携する原子力専門家の世界でも不思議がられている。福島事故前から日本の規制行政は、米国の追随が多く、科学的な分析が足りず、国際的な評価は低かった。今回の長期停止も「動かしながら新基準の工事をすればいいのに」と不思議がられているそうだ。長期停止によって事業者は損害を受けるし、運転員の技量低下や動かしてわかるプラントの不具合の見落としなど安全に関わる問題が発生しかねないためだ。

 日本の規制をめぐる国際的な評価の低さを示す例がある。日本原子力発電の敦賀発電所2号機の下に活断層があるとした規制委の判定に、同社は猛反発し、地質学の世界的権威である英国シェフィールド大学のニールチャップマン教授に審査を依頼した。同教授は「原電の主張が正しい」「日本では専門家と事業者と行政の対話が必要だ」とした上で、世界の地震研究の中心的な学会誌である米国地球物理学連合学会誌「EOS」(14年1月発行)に論文を掲載した。

 ところが規制委はこれを無視した。ある地震学者は「一流の学者におかしいと言われたのに日本というガラパゴスにいる規制委と周辺の学者は自分の姿に気づかないのだろう」と嘆いた。

8a42e77c 安全文化を醸成するには

 「過剰に設備をつける」「リスクゼロを求める」。規制委が行う取り組みは一見良く見えるが、専門家が見ると安全性は必ずしも高まっていないそうだ。

 ある研究者は「稼働3年後に事故が起こるかもしれない」と警告した。新規制基準によって監視の必要な設備が増えた。しかし長期に亘りすべての管理などできないはずで、監視の緩くなった機器が壊れるかもしれない。そして「ゴテゴテプラント」が緊急時の対応を混乱させる可能性があるという。

 一つのリスクを減らす行為が別のリスクを発生させる。また「想定外」は常に起こり得る。規制委の新規制基準には、こうした当たり前の発想がない。

 東京大学大学院工学系研究科の岡本孝司教授は、規制委の活動について手厳しく批判する。「行政訴訟や事故時に責任を逃れるためという方針は一貫している。国民の安全を確保するという発想ではない」。

 岡本氏は機会あるごとに、世界の原子力工学で強調される「セーフティーカルチャー」という考えを提唱する。日本では「安全文化」として訳されるが、英語の「Culture」は、日本の「文化」という単語よりも意味が広く「態度」「社会的規範」も含む。

 「安全には終わりがない。規制をクリアするのは最低限。自発的に事業者がより高い安全を目指し、たゆまぬ努力を続けることが必要で、それを促すのが規制当局の本来の役割だ。今の日本の規制では事業者が向上する動機が欠ける」と懸念する。保守的に考えて、事業者に厳しく対応すればよいと考える規制委の態度では、「常に安全のために改善し続ける」という安全文化は醸成されない。

 また岡本氏など多くの研究者が、米国をはじめ世界の原子力プラントの設計、安全管理、規制で導入されている「確率論的安全評価」(PSA:Probabilistic Safety Assessment)の考えを日本に取り入れることを提唱している。これは様々な事故のケースの確率を推計し、そのリスクを総合的に分析し、対策に活かすものだ。

 日本の安全規制は、いまだにリスクの大小にかかわらず一つ一つの事象に対して個別に最大限の規制を行うという発想を続けている。リスクはもっと総合的に捉えなければならない。

 現在の原子力規制の問題は、「不適切な規制によって、原発がなかなか活用できない上に、国民の安全確保の観点からも疑問がある」ということだ。ところがメディアも社会も、原子力の賛成、反対の意見表明ばかりに熱心で、議論すべき論点がずれている。

 原子力に対する世論は厳しい。将来的に原子力を維持するか卒業するかについては意見が分かれるとしても、現時点では原発を使ってエネルギーの安定供給と経済合理性の両立を図らざるを得ないことは多くの国民が理解している。原子力規制委・規制庁の混乱した行政活動を是正することは、私たちの経済の安定と安全な生活につながる。

 なんだかため息が出てきそうなこの実態、確かに安全は第一であるにしても、100%安全を満たすことなど絶対にできません。世論とその世論を作り上げた原発反対派の口車に乗って、がんじがらめの規制を原発会社に強い、結果的に原発稼働をなくしていこうとの思惑も見えてきます。

 100%安全などあり得ませんし、それを言うなら車の運転や、自転車の走行さえ大幅な規制が必要でしょう。要はこの記事にあるように実利に立脚した科学的な規制案が望まれます。それと国民に恐怖をあおるような原発や放射線量危険アナウンスを科学的根拠を持って、否定し広報していく必要があります。韓国の執拗な言いがかりに対応するためにも。

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