なぜ習近平は毛沢東の「暗黒時代」に戻そうとするのか
今回は拓殖大学客員教授で評論家の石平氏による『なぜ習近平は毛沢東の「暗黒時代」に戻そうとするのか』(ironna 10/04)を取り上げます。中国から日本に帰化した石平氏による中国事情の詳細を以下に紹介します。
◇
この10月1日、中華人民共和国は建国70周年を迎えた。今や世界第二の経済大国であり、軍事大国でもあるこの巨大国家は今後、どのような方向へ向かうのだろうか。
これを考えるためには、中華人民共和国の生い立ちと歴史を一度振り返ってみる必要があろう。
今から70年前の中国の建国はそもそも、毛沢東(もうたくとう)共産党が中華民国という合法政府に対して軍事反乱を起こして内戦に勝ち抜いたことの結果である。だから建国当時からこの国は軍事力を基盤にした共産党独裁の軍事政権であり、今でもこの体質は全く変わっていない。近代政治文明の視点からすれば、中国はまさに異質な国であり、「民主と自由」の普遍的価値観とは正反対の政治理念の持ち主である。
建国してから1976年までの毛沢東時代、中国は共産党の一党独裁によって支配されていたのと同時に、希代の暴君である毛沢東の個人独裁の支配下にもあった。
その時代、国民全員は人権と自由のすべてを奪われて完璧な密告制度によって監視されていて常に政治的恐怖におびえていた。その一方、国民の経済生活はいわば社会主義計画経済によって完全に統制されていた。民間企業が消滅させられ競争の論理も放棄された中では経済が活力を失って成長が止まり、中国はアジアの中でも最貧困国家の一つに成り下がっていた。
その一方、毛沢東の共産党政権は対外的には覇権主義的拡張戦略を積極的に進めた。建国の直後にチベット人やウイグル人の住む地域に人民解放軍を派遣してそれを占領して中国の一部にした。朝鮮半島にも出兵して連合国軍と戦い、ベトナム戦争にも参戦してベトナムの共産党勢力を支援した。そして国境を挟んでインドや旧ソ連とも局部的な戦争をした。
まさしく軍事政権よろしく、毛沢東の中国は軍事力を使って周辺民族に対する侵略を繰り返し、周辺国との無謀な戦争にも明け暮れていた。しかし結果的には中国は国際社会からますます孤立してしまい、一時は米ソ両大国を敵に回して世界と断絶するような鎖国政策をとった。
やがて毛沢東晩年の文革期になると、嵐のような紅衛兵運動の中で1億人単位の人々が何らかのかたちで政治的迫害を受け、知識人を中心にして数千万人の人々が殺されたり自殺に追い込まれたりした。中国全体はまさに阿鼻(あび)叫喚の生き地獄となった。おそらく中国四千年の歴史の中では、文革の十年こそは最も悲惨なる暗黒期だったのであろう。
そして1976年に毛沢東が死去すると、中国の現代史に大きな転機が訪れた。毛沢東死後の一連の政治闘争を経て党と国家の最高権力を手に入れたのは実務派幹部の鄧小平(とうしょうへい)であるが、彼は政治の実権を握ると、毛沢東の政治路線とは正反対の改革・開放路線を進め始めた。
「改革」とは要するに、硬直した社会主義計画経済に競争の論理を導入すると同時に民間企業の復活を認めて経済に活力を与えることだ。一方の「開放」とは要するに、毛沢東時代の鎖国政策に終止符を打ち、中国の「国門」を外部世界、特に西側先進国にオープンしていくことによって、諸先進国から経済成長のために必要な資金と技術を導入することである。
そのためには、鄧小平は毛沢東時代の拡張戦略にも一定の軌道修正を加えた。いわば「韜光養晦」(とうこうようかい)戦略の下で、覇権主義的野望を一時的に覆い隠してソフトな外交路線を進めることで西側諸国の警戒心を和らげ、外国資本と技術が中国に入りやすくなるための環境整備を行った。
結果的にはこのような鄧小平路線と戦略は大いなる成功を収めた。1980年代からの数十年間、アメリカや日本、そしてEU諸国を含めた西側先進国は皆、「中国はそのまま開放を拡大して成長が続けば、いずれか西側の価値観と民主主義制度を受け入れて穏やかな国になるだろう」との期待感を膨らませて、さまざまなかたちで中国の近代化と経済成長を支援した。
西側先進国の企業も「巨大な中国市場」に魅了されてわれが先にと中国進出を果たして資金と技術の両方を中国に持ち込んだ。その結果、中国は数十年間にわたって高度成長を続け、今や経済規模において経済大国の日本を抜いて世界第二の経済大国となった。そしてそれに伴って、中国という国の全体的国力は、毛沢東時代のそれとは比べにならないほど強大化した。
しかし中国は果たして、西側の期待する通りに普遍的な価値観を受け入れて穏やかな民主主義国家となっていくのだろうか。答えはもちろん「NO」である。
鄧小平は国力増大のために経済システムの改革と諸外国に対する開放政策を進めたが、それはあくまでも共産党一党独裁体制を強化するための手段であって戦略であり、西側の価値観を受け入れて中国を民主主義国家にしていくつもりは毛頭ない。1989年6月、それこそ西側の普遍的価値観に共鳴して中国の民主化を求める学生運動に対し、鄧小平政権が断固として血の鎮圧を敢行したのはまさにそのことの証拠だ。共産党政権の異常なる本質はこれでよく分かったはずである。
だが、残念ながら天安門の血の鎮圧の後でも、アメリカや日本などの先進国は依然として中国への幻想を捨てきれず中国への支援を続けた。特に2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した後には、アメリカなどの先進国は技術と資金だけでなく、国内市場をも中国に提供することとなって中国の産業育成・雇用確保・外貨の獲得に大きく貢献した。
このため中国の経済規模の拡大は勢いを増したが、それに伴って中国の全体的国力と軍事力が飛躍的に上昇して、中国は西洋諸国をしのぐ世界第二の経済大国になっただけでなく、世界有数の軍事大国になって世界全体に大いなる脅威になっているのである。
この流れの中で、2012年に今の習近平政権が成立してから、中国は鄧小平時代の築き上げた強大な経済力と軍事力をバックにして再び世界制覇・アジア支配の覇権主義的野望をむき出しにして、そのための本格的戦略を推し進め始めた。
習近平主席は就任したときから、いわば「民族の偉大なる復興」を政権の基本的政策理念として全面的に持ち出した。その意味するところはすなわち、中華民族が近代になってから失った世界ナンバーワンの大国地位を取り戻して、かつての「華夷秩序」の再建を果たしてアジアを再びその支配下に置くことである。
そのためには習主席と彼の政権は、鄧小平以来の「韜光養晦」戦略と決別し「平和的台頭」の仮面をかなぐり捨て、赤裸々な覇権主義戦略の推進を始めた。
巨額な外貨準備高を武器にアジア諸国やアフリカ諸国を借金漬けにして「一帯一路」による「中華経済圏」、すなわち経済版の「華夷秩序」の構築をたくらむ一方、南シナ海の軍事支配戦略の推進によってアジアと環太平洋諸国にとっての生命線である南シナ海のシーレーンを抑え、中国を頂点とした支配的な政治秩序の樹立を狙っているのである。
それと同時に、習政権は国内的には毛沢東時代以来、最も厳しい思想統制・言論弾圧・人権弾圧・少数民族弾圧を行い、人工知能(AI)技術による完璧な国民監視システムの構築を進めた。その一方、習政権はいわゆる「国進民退」政策を推進して、国有企業のさらなる強大化を図って民間企業を圧迫し、毛沢東時代の計画経済に戻ろうとする傾向さえを強めてきている。
つまり、外交と内政の両面において今の習近平政権は鄧小平以来の「穏健路線」を放棄して、毛沢東時代の強硬政治と過激路線に逆戻りしている。そして、政権運営の仕方に関しても、習主席は鄧小平時代以来の集団的指導体制を破壊して、彼自身を頂点に立つ独裁者とする、毛沢東流の個人独裁体制を作り上げている。そのために彼は憲法まで改正し、国家主席の任期に対する制限を撤廃して自らが終身独裁者となる道を開いた。
しかし、ここまで来たら、鄧小平の改革時代以来、西側先進国の中国に対する甘い期待が完全に裏切られることとなった。中国が成長して繁栄すれば、西側の期待する通りの穏やかな民主主義国家になるというわけでは全くない。
中国が成長して強大化すればするほど、極端な独裁体制になって人民の自由と人権を抑圧し、国際的にはますます横暴になって覇権主義的・帝国主義的拡張戦略を推し進め、アジアと世界全体にとっての脅威となっているのである。
だが、結果的にはそれはまた、西側諸国の中国に対する甘い幻想を粉々にうち壊して、中国共産党政権の変わらぬ本質と中国の危険性を人々に再認識させ、国際社会の警戒心を呼び起こした。
その中で特に重要なのは、習政権の危険なる行いはやがて、数十年間にわたって「中国幻想」を抱くアメリカという国を目覚めさせ、「敵は北京にあり」との認識をアメリカに広げたことである。
今のアメリカでは、民主党、共和党問わず、「中国敵視」こそが政界とエリート層の共通したコンセンサスとなってしまった。習政権は愚かにも、アメリカという世界最強の技術大国・軍事大国を眠りから起こして敵に回した。
こうした中で、2017年に誕生したトランプ政権は成立当時からまさに中国からの脅威への対処を最も重要な政策課題にした。「航行の自由作戦」を展開して中国の南シナ海支配戦略を強くけん制する一方、日本との同盟関係強化や台湾との関係強化を図って中国のアジア支配に「NO」を突きつけてきた。
2018年になると、トランプ政権はさらに、中国に対する本格的な貿易戦争を発動した。それは実は、今の中国の最も痛いところを直撃するような高度なる戦略である。前述のように、強大化した中華帝国の土台を支えているのはあくまでも今までの経済成長だが、中国経済のアキレス腱(けん)は実は、内需が徹底的に不足している中で、経済の成長は国内の投資拡大と対外輸出の拡大に大きく依存している点である。そして中国の対外輸出の最大の得意様はまさにアメリカであり、中国の貿易黒字の6割は実はアメリカ市場から稼いでいる。
つまり、広大なアメリカ市場こそが中国の経済成長の命綱の一つであるが、トランプ政権が貿易戦争を発動して中国製品に高い関税をかけると、中国の輸出品はアメリカ市場から徐々に締め出されていくことになる。実際、今年の上半期においては、中国の対米輸出は前年同期比で8%以上も減ってしまい、輸出全体もマイナス成長に陥っているのである。
対米輸出と輸出全体が減ってしまうと、当然の結果、国内の輸出向け企業が軒並みに倒産して失業が拡大し、景気の悪化が加速する。その一方、輸出減がそのまま中国の手持ちの外貨の減少にもつながるから、一帯一路推進のための財源も枯渇していく。言ってみれば、トランプ政権が発動した貿易戦争は、中国経済に大きな打撃を与えているのと同時に、習政権の覇権主義的国際戦略の推進に対する「兵糧攻め」にもなるから、まさに一石二鳥である。
貿易戦争の発動と拡大が一因となって、中国経済全体は今や毎月のように減速して沈没への一途をたどっている。政府の公表した数字にしても、中国の成長率はすでに最盛期の10%台から直近では6・2%に陥っているが、中国国内の専門家が明らかにしたところでは、2018年の実際の成長率が1・67%であって、高度成長はほぼ終焉(しゅうえん)しているのである。それ以外には、中国経済はまた、巨額な国内負債問題や史上最大の不動産バブルの膨張などの「時限爆弾」的な大問題を抱えているが、その中の一つでも「爆発」すれば中国経済は一気に崩壊の末日を迎える可能性は十分にあろう。
その一方、国際戦略の推進に関しては、習政権肝いりの一帯一路構想は今や「闇金融」であるとの「名声」を世界的に広げて、欧米諸国から厳しく批判される一方、アジア諸国からの離反も相次いでいる。一帯一路は今、風前のともしびとなっているのである。
こうした中で、中国国内でも習政権にとっては頭の痛い政治的大混乱が起きている。中国の特別区である香港で起きた抗議運動の長期化である。
いわゆる「逃亡犯条例修正案」の提出をきっかけに今年6月に巻き起こった香港の市民運動であるが、香港当局が「条例修正案」の撤回を正式に表明した後でも、運動は静まる気配を一切見せていない。今ではそれは完全に、香港市民の中国共産党政権に対するボイコット運動となっていて、長期化していく様相を呈している。
そして、香港の抗議運動が数カ月にわたって展開していても、中国政府と香港政府はそれを収拾することもできなければ沈静化することもできない。
10月1日、習政権は北京で国威発揚のための建国70周年記念式典・軍事パレードを盛大に行ったその当日、香港市民が黒い服を身につけて大規模な抗議活動を展開していた。習政権のメンツはこれで丸つぶれとなって「国威発揚」はただの笑い話となっているのである。
こうしてみると、中国の習近平政権は四面楚歌(そか)・内憂外患の中で建国70周年を迎えたことになっているが、考えてみればそれはまさに、70年前に成立した中国共産党政権の歪(いびつ)な体質をさらに拡大化して独裁と覇権主義を強めた習政権の政治・外交路線のもたらした必然な結果であろう。アメリカも香港市民も、この共産独裁帝国の危険性、そして習政権の危険に気が付いて中華帝国に対する逆襲を始めたわけである。
こうした中で、習政権は今後一体どうやって、国内外の難局を乗り越えて活路を見いだしていくのだろうか。それを占うのに示唆の富んだ動きの一つがあった。9月30日、建国70周年記念日の前日、習主席はなんと、最高指導部の面々を率いて、天安門広場にある「毛主席記念堂」を参拝したのである。
鄧小平の時代以来、共産党最高指導部の人々が毛沢東の遺体を安置しているこの記念堂を参拝するのは普通、毛沢東誕辰(誕生日)100周年や110周年などの節目の記念日に限ったことであって、建国記念日に合わせて参拝した前例はない。
習近平指導部による、上述のような前例破りの行動には当然、特別な政治的な意味合いが込められているはずだ。要するに習主席はこの行動をとることによって、自分と自分の政権は今後、まさに毛沢東路線へ回帰することによって内憂外患の難局を打破していく意志であることを内外に向かって宣言したわけである。
人間が窮地に立たされた時には退嬰(たいえい)的な行動をとるのはよくあることだが、それと同様、今になって窮途(きゅうと)末路の習主席と習政権はどうやら、毛沢東時代への先祖返りで政権の自己防衛を図り、生きていく道を切り開こうとしているのである。
こうしてみると、建国して70年がたっても、共産党政権は一向に変わることなく毛沢東時代以来の独裁軍事政権のままであることがよく分かるし、70年間にわたる中国共産党政権の歴史は結局、70年前の悪しき原点に立ち戻ることを最終の帰結としている。
もちろん、毛沢東時代への回帰は中国自身と周辺国にとって何を意味するのかは明々白々である。習政権の下では中国という国は今後、国内的には思想統制と言論弾圧・民族弾圧がますます厳しくなって、経済が再び社会主義計画経済の統制下におかれて活力を失っていくのであろう。そして対外的には、今後の中国は武力と恫喝による台湾併合を進めていくだけでなく、周辺諸国に対してますます覇権主義的強硬外交を展開していき、習政権の中国はこれまで以上に、アジアと世界全体にとっての脅威になっていくのであろう。
毛沢東時代に先祖返りしていく、この凶暴にして退嬰的な巨大帝国の脅威にどう対処していくのか。それこそが今後、日本を含めたアジア諸国が直面していく最大の安全保障上の難題であろう。
石 平(せき へい、シー・ピン(中国語発音表記:Shi Ping)(1962年〈昭和37年〉1月30日 - )は、日本の評論家。主に日中問題・中国問題を評論している。中華人民共和国四川省成都市出身。2007年に日本国籍を取得。2008年4月より拓殖大学客員教授。
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石平氏の論調はおおむね中国に対し厳しい評価を下す傾向にありますが、氏の言うように習近平国家主席の目指す方向と、現在中国が抱えている問題については、氏の指摘の通りだと思います。
ただ立花聡氏は彼のコラムで、「米中貿易戦争で程度の差こそあれ両国とも経済的ダメージを受ける。そしてそこでは一党独裁の中国の方が国民を御し易いし、逆にアメリカは選挙で政権がひっくり返る恐れがある。つまり長期的には中国の方が耐えきる可能性がある」と述べています。
結果がどう出るかは分かりませんが、中国と言う異質な一党独裁体制が、民主的な国家へとソフトランディング出来る日が来るのでしょうか。隣国としては目を離すことはできません。
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