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2020年4月17日 (金)

コロナ危機でも「プライバシー」と「人権」を振りまく批評家、しかし中国には一切触れず

Images_20200417121901  なかなか新型コロナウイルスの新規感染者が減らない今の日本の現状を見て、複数のテレビのコメンテーターが、自粛要請に限られた今の特措法の限界を指摘し始めました。もともと日本人は全体として、他国の人より比較的規則やルールをよく守り、自律性を持って行動する民族だと言われているし、私もそう思います。

 しかしハロウィン期間での渋谷の騒動や、としまえんでのバカ騒ぎなど、ルールなど全く無視した行動も、若者中心に垣間見られます。オレオレ詐欺や幼児虐待、近親者殺人やDVなど、非情な刑事事件も後を絶ちません。確かに他国より犯罪率は低いかもしれませんが、一定数のはみ出し者は居るものです。

 「芸能人でも自粛モードに入って夜の街から姿を消したと思ったら、たくさん出歩いている。中には報道番組のコメンテーターもいる。(訃報に泣いた人も多い)志村けんさんも自粛せず、コロナの影響で経営が苦しくなった馴染み店をハシゴして回り、わざわざお金を落としに行っていたようだ」(日刊ゲンダイ)という報道もあるようです。

 ですから全くの「自粛要請」だけではなく、一定の強制性を持たせ、罰則も考えようという人も増えてきているのでしょう。欧米を中心とする諸外国は緊急事態宣言発令の際、初めから強制性を持たせ、かつ罰則を徐々に追加していっています。

 ところがこの改正特措法から「私権制限」を取り払い骨抜きにした野党と、その応援団の左側の人たちを代表すると思われる論評を見かけました。自称批評家の東浩紀氏のエッセイ「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力が各国でまかり通っている」(4/16)がAERAに投稿されているので、以下に引用します。

生権力(せいけんりょく)という言葉がある。フランスの哲学者フーコーの概念で、人間を家畜のように捉える権力を意味する。たとえば税制を変えれば出生率も変わるが、そのようにして集団を「管理」するのが生権力である。

生権力の働きは、非人称で政治的に中立なふりをしてくるので抵抗が難しい。だからこそ警戒が必要だというのが常識だったが、コロナ禍でその歯止めは吹き飛んだ。

00 しかも現在台頭しつつある生権力は、感染拡大防止という「絶対善」とGPSのような監視技術に結びついているため、はるかに強力である。韓国や台湾では初期からスマホの位置情報で感染者の行動を監視している。欧州も始めている。

ビッグデータの利用はさらに多くの国で行われている。米国ではスマホ監視により集会が確認され警察が出動したと伝えられる。位置情報は究極のプライバシーだし、集会がなければ政治的自由もない。数カ月前ならいずれも非難の大合唱が起こったはずだが、いま異議を唱える声はほとんどない。世界はコロナの恐怖に駆り立てられ、自由や人権についての議論をかなぐり捨てつつある。

人類は残念ながら、生き残るためには家畜になってもいいと判断したようだ。緊急なのでやむなしとの声もあろうが、問題は二つある。一つはコロナ禍の出口が見えないこと。日本でも緊急事態宣言が発令され、感染拡大のため接触の8割削減が必要だといわれている。しかしウイルスが完全に消えることはない。いつ監視は終わるのか。

そしてもう一つはコロナ禍後の社会のヴィジョンがほとんど語られないことだ。コロナは人類全体を滅ぼすほどのウイルスではない。ほとんどのひとは生き残る。そのときどんな社会を残すかも考えるべきである。いまマスコミでは命か経済かと選択を迫る議論が多い。でも本当の選択は「現在の恐怖」と「未来の社会」のあいだにもある。こんな監視社会の実績を未来に残していいのか。

人間は確かに動物である。だから動物を管理するように管理すれば感染は防げる。でも同時に人間は動物では「ない」。そのことの意味を、絶対忘れてはならない。

 たいそうな論評ですね。しかし私は以下の4つの点で反論したいと思います。

 まず第一に、このような危機的状況においても「プライバシー」を優先する姿勢。そして人と人との接触を回避することが、この危機を乗り越えるための最大の課題なのに、自由と人権を持ち出してその最良の手段である位置情報把握の否定をして、自由に動き回らせよでもいうような議論にしている。その結果感染が抑えられず、死者や重傷者が増えることによって、むしろ人権を無視していることに気が付いていない。

 第二には、生権力による集団管理を批判している矛先が、欧米や台湾、韓国を名指ししている(おそらく日本もその中に入ると言いたいのだろう)が、なぜ最も国民を徹底的に監視している中国を除いているのか。自身が大の中国びいきだからではないだろうか。

 第三には「同時に人間は動物ではない。そのことの意味を、絶対忘れてはならない」と言っているが、犬や猫の動物の方が危険に対して非常に敏感で、人間のように意図的に無視したりはしない。だから人間に対しては危機的状況では、ある程度私権を無視して管理する必要がある。そのことを知っているのだろうか。

 そして最後に「コロナ禍後の社会のヴィジョンがほとんど語られない」と不満を述べているが、元通りの経済や社会にすることがまず必要なのではないか。そしてこの厄災を教訓にして、二度と混乱を繰り返さないことだろう。まさか出来もしないユートピアを考えているのだろうか。いずれにしろこの人自身のヴィジョンを聞いてみたいものだ。

 以上、私なりに反論して見ました。いずれにしろ、これだけのことを言うからには、中国を代表する人権抑圧の国民監視国家にこそ矛先を向けて、堂々と国際発信して欲しいものです。こんな論評を自由に寄稿できるほど、人権に最も優しいと思われる日本でぶつぶつ言うのではなくて。

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