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2020年4月16日 (木)

日本はイタリアの医療崩壊から学んでいない

P1_20200416140301   今回は3月にベルギーから一時帰国した後に、日本で新型コロナ患者の診察をしている澁谷泰介医師が、日経ビジネスロンドン支局長の大西孝弘氏の質問に答える形で述べた対談記事『欧州から帰国の医師「日本はイタリアの医療崩壊から学んでいない」』(日経ビジネス4/16)を取り上げます。かなり長文になりますが示唆に富んでいますのでご参考になればと思います。

 日本の新型コロナウイルス対策が新しい局面に入っている。従来は感染ルートを特定し、無症状も含め濃厚接触者の隔離を進めてきたものの、最近は感染ルートが分からない感染者が急増し、対策の見直しが迫られている。7日に安倍晋三首相が非常事態宣言を発令したが、一部の医療機関では受け入れ能力を超え、パンク寸前の病院や、院内感染によって患者の受け入れを停止する病院も出てきた。

 一方、欧州各国ではイタリアやスペインの医療崩壊に警戒を強め、急速に医療体制を整備してきた。現時点で日本に比べ感染者数や死亡者数は圧倒的に多いが、1日当たりの増加数はピークを越えつつある。修羅場を覚悟しシフトチェンジした欧州の医療現場と比較し、日本の医療現場は今、どのような状況にあるのだろうか。日本でイタリアのような医療崩壊は起きるのだろうか。日本と欧州の医療現場を知る澁谷泰介医師に話を聞いた。

―澁谷さんは3月にベルギーから一時帰国した後に、日本で新型コロナ患者の診察をしています。どのような経緯なのでしょうか。

澁谷泰介医師(以下、澁谷氏):3月中旬までベルギーのルーベン・カトリック大学で心臓外科医として勤務していました。ルーベン大学はベルギーの新型コロナ対応指定病院なので、欧州を中心に様々な情報が入ってきます。

 3月中旬にベルギーがロックダウンになり、新型コロナ対応から心臓外科の手術も減り、子供たちの学校再開のメドも立たないため、日本に一時帰国しました。

 ルーベン大学に籍があるままなので、日本では神奈川県の中核病院の救急外来など複数の病院で非常勤医師として勤務しています。日々、新型コロナの感染疑いの方からの電話に対応し、感染者の診察も行っています。今は頻繁に「発熱がある、呼吸が苦しい」という患者さんから連絡が入る状況です。現場で様々な問題を感じますので、所属先とは関係なく、日本と欧州の新型コロナ対応の医療現場を知る医師として、個人的な感想や意見を伝えたいと思います。

日本の準備不足に愕然とした

―日本の新型コロナ対応を見て、どのような感想を持っていますか。

澁谷氏 :まず、準備不足に愕然(がくぜん)としました。ベルギーから帰国する際は、日本の新型コロナ対策は既に成熟していると思っていました。欧州に比べて感染者は少ないですし、各国の事例を見ており、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の新型コロナ患者に対応した経験もあるからです。しかし、実際に医療現場に入ると、様々な問題点があることが分かり、感染を抑制してきた期間を有効に使ってきたのか非常に疑問を持っています。

救急患者の搬送先病院が見つからない事態に

 今は新型コロナ患者を受け入れられる病院が限られており、その病院では受け入れ能力を超えてパンクしかねない状況になっています。私は新型コロナ患者に対応できる病院と対応できない病院の両方に勤務しているのでそれぞれの状況が分かるのですが、一般の病院では受け入れ準備ができていないため、感染疑い患者の救急外来を避ける傾向にあります。

 具体的には、救急隊が現場で新型コロナの感染か否かを判断できないため、感染疑い患者の搬送先が見つからず、病院をたらい回しになる事態が発生しています。結果として、私が勤める地域の中核病院や、大きな病院の救命センターに重症者だけでなく軽症者までが集中し、過大な負担がかかっています。首都圏の新型コロナ対応病院は既に厳しい状況だと聞いています。

 本来は病院ごとの役割分担を明確にして、一部の病院に負荷がかかり過ぎないようにすべきなのですが、準備不足のために一部の病院に患者さんが集中し、いわゆる医療崩壊が起きかねない状態になっているのです。

 大病院の救命センターが新型コロナ患者の対応に追われ、治療に迅速な対応を必要とする脳疾患や心臓疾患などの患者さんを適切なタイミングで治療できなくなる恐れがあり、本来救える命も救うことができなくなってしまう状況です。日本救急医学会と日本臨床救急医学会は、新型コロナへの対応で医療崩壊が起きる兆候である「救急医療体制の崩壊」に直面しており、他の救急患者の治療に支障が出ているとの声明を既に発表しています。

マスク不足で院内感染の恐れ

 新型コロナ患者に対応している病院の現場でも、新型コロナに感染しているか否かの判断がつきにくい点が頭痛の種です。この時期は通常の肺炎の患者さんもたくさんいます。現状では病院の受け入れ能力や検査能力に限りがあるので、電話を受けて軽症の方には自宅待機をお願いしています。それでも病院での診察や問い合わせは非常に多く、医療現場に大きな負担がかかっています。

―新型コロナ患者を診察する際には、どのような問題点を感じていますか。

澁谷氏:マスクなど医療防護具の不足が深刻で、正直に言って怖さを感じています。医療用の高性能マスクであるN95が足りず、通常の医療現場で使うサージカルマスクで対応しているところもあります。例えば、救急外来に医師2人、看護師は8人という現場でN95が2個しかなく、非常に困っています。

 新型コロナの重症者の対応に当たっている同僚に話を聞くと、そこでも防護具が不足しているそうです。人工呼吸器を使う前に気管挿管を行いますが、医師や看護師の感染リスクがとても高まるために、その時だけは全身を覆う防護服を着ます。逆に言えば、防護服の不足から普段はN95マスク、ガウン、アイシールドのみで対応し、防護服は利用できないとのことです。感染症に対応するガウンも足りず、本来は患者ごとに交換すべきなのですが、同じ服を使い回さざるを得ないケースもある状況です。

 自分が感染する恐れと同時に、同僚や患者さんにうつしてしまう可能性があるため、緊張感がすごくあります。多いケースだと1日当たり100人ぐらいの患者さんを診察する医師もいるので、感染リスクは非常に高いと思います。これは深刻な問題で、院内感染が広がると医療現場の受け入れ能力がなくなり、一気に医療崩壊が起こりかねません。

どの病院でも院内感染は起こり得る

―日本は新型コロナの感染ルートを特定し、無症状も含め濃厚接触者の隔離を進めてきましたが、最近は感染者が急増し、感染ルートが分からなくなってきています。

澁谷氏:はい。その通りで、対策のフェーズが変わりました。感染ルートが追跡できず無症状の感染者が増えているため、新型コロナ対策ができていない病院に受診に来た患者さんが新型コロナに感染している可能性があります。知らないうちに感染者が病院に紛れ込むリスクが大変高くなっているので、今やどの病院で院内感染が起きてもおかしくない状況ではないでしょうか。

 イタリアやスペイン、ニューヨーク州で医療崩壊が起きたことが連日ニュースになっていますが、これらの地域では医療技術が劣っていたとは全く思っていません。ベルギーの医師たちに聞いてもそういう認識はありません。

 医療従事者や防護具が不足し、一部の病院に新型コロナ患者が集中したために、医療崩壊が起こってしまったのです。日本の準備不足を見ると、イタリアなどの事例から学んでいないと感じざるを得ません。今は日本の医療現場が海外の医療崩壊の二の舞いになるのではないかとの心配があります。既に都内では医療従事者が感染し、院内感染が広がり始め、患者さんの受け入れを停止した病院も出てきました。

ベルギーの大学では精神科病棟を新型コロナ専用に

―澁谷さんが勤務するルーベン大学病院ではどのような新型コロナ対策を取っていますか。

澁谷氏:欧州ではイタリアの医療崩壊の状況を注視しており、ベルギーでも3月くらいから急速に様々な対応を進めてきました。新型コロナ対策で大事な点は、感染者や感染が強く疑われる患者を、感染していない患者から隔離するゾーニングです。イタリアではこれが不十分で、院内感染が広がってしまいました。それを受け、ルーベン大学病院は敷地内にある精神科病棟を重症コロナ患者の専用病棟とし、新型コロナ専用の集中治療室(ICU)も増設しました。

 ちなみに、ベルギーは4月14日時点で感染者が3万人に達していますが、ルーベン大学病院のような新型コロナ対応病院が整備されており、救急でたらい回しになったり、病院がパンクしたりするような状況にはなっていません。ICUの受け入れ能力にもまだ余裕がある状況です。

 日本も新型コロナ対応病院を増やそうとしていますが、ベルギーとは事情が異なります。ルーベン大学病院は2000床のベッドがある大規模病院で敷地に余裕があるのですが、日本で500床を超える大規模病院は全体の5%ほどしかなく、一般的な病院は規模が小さいため、大胆なゾーニングは難しい状況です。特定の階を新型コロナ専用とし、そこに至る通路なども一般患者用と隔離しなければならず、非常にコストと手間がかかります。

 私が現在勤務する病院でも、新型コロナ患者を診察する度に換気し、導線をすべて消毒しており、たいへん手間がかかります。病院側がゾーニングのコストを負担するのは難しいため、政府がこの対策に予算をいち早く投じ、整備を進める優先順位は高かったように思いますが、整備が遅れてしまっている印象です。

ベルギーでは患者や医療従事者の精神的サポートも

 日本とベルギーでは新型コロナ患者への初期対応も大きく異なります。ベルギーではまず、症状がある患者はかかりつけ医に報告し、自宅でできる限りのケアを受けるように努めます。呼吸困難などの症状で病院にかかる必要がある場合は、大学病院の救急部門に相談し、必要な検査を受けます。

 当初、新型コロナ患者はルーベン大学関連の付属病院に送られていましたが、その能力を超えそうになったので、今は大学病院が新型コロナ患者を直接受け入れるようになりました。それまで大学病院は新型コロナの「研究施設」としての役割を担い、すべてのサンプルが大学病院内に送られ、多くの知見を積んできました。状況を見ながら病院の役割を柔軟に変えていったように見えます。

―日本の医療現場で参考になりそうな取り組みはありますか。

澁谷氏:1つは人手不足への対応です。ルーベン大学病院ではビデオや電話相談の専用窓口を開設し、付属大学の看護学生に常駐してもらっています。ここに現場の医師や看護師のリソースを取られることを防ぐためです。

 また、特徴的なのは新型コロナに関する心理的なサポートが充実している点です。今回のウイルスとの戦いにおいて、患者と医療従事者は共に隔離による孤独感や死への恐怖など精神的なストレスを抱えています。

 ICUを含むすべての新型コロナ部門には最低1人の精神科スタッフが任命され、患者やその家族向けに必要に応じて精神面のケアやサポートを行います。さらに、ストレスのかかる医療従事者向けの心理的なサポートも重視しており、そのための専門部署を作りました。

―日本でも新型コロナ対応の病院を整備しようとしています。

澁谷氏:それは喫緊の課題で、できるだけ早く整備してもらいたいと思います。それと同時に、専門知識や技術を持つ人材を新型コロナ対応の病院に集中させるべきだと思います。

 例えば、重症者の対応で人工呼吸器の不足がニュースになっていますが、医師なら誰もが使える訳ではありません。訓練された医師しか扱えないため、人工呼吸器があっても稼働できない事態はあり得るのです。体外式膜型人工肺(ECMO)に至っては、存在を知らなかった医師も多くいると思われます。

 また、医師だけではなくICU治療に精通した看護師や、人工呼吸器などの医療機器を管理する臨床工学技士などの人員確保は急務です。これらは高度な知識と経験を要する専門職のため、付け焼き刃で育成できる人材ではありません。

 そのため、新型コロナ対応病院には限りある専門の医療スタッフを集中させるべきだと思います。私は心臓外科医なので普段から人工呼吸器やECMOを使う機会が多く、今後重症患者が増えていけばそれらの治療をメインで担当する可能性があります。

 ただ、人工呼吸器やECMOによる治療は確固たる治療法ではありません。新型コロナは重症化してからさらに悪化するスピードがとても早いため、海外での報告を見るとあくまで体が回復するまでの時間稼ぎにすぎないといった認識の方が適切なのかもしれません。

 治療を始めても元の健康状態に戻らないこともあります。若い人が感染し重症になり亡くなってしまうケースもあります。確立された治療法がない現在の状況では、とにかく感染しないことが最も大事なのです。何より今の医療体制では、感染者や感染疑いの人が急増し医療崩壊が起こる危険性があるからです。

テレビの情報で不安になり病院での診察を望む人が非常に多い

―新型コロナ関連の診察の中で、気になることはありますか。

澁谷氏:患者さんが持っている情報について気になることがあります。過剰に感染を疑い、病院での診察を希望する方が非常に多く、現場ではその方々の対応に追われています。例えば、通常の風邪でも新型コロナのガイドラインでも発熱の基準は37.5度以上と定義していますが、36度台後半で発熱の症状を訴える方がとても多い状況です。「発熱があったら新型コロナの疑いがあるとテレビで聞いた」と言うのです。

 特に一部の中高年の方に顕著なのですが、情報源がテレビだけの人が多く、テレビの情報番組などの断片的な情報で新型コロナかどうかを判断するケースが散見されます。

 若い人はインターネットで様々な情報を調べられる人が多いのかもしれませんが、中高年の一部の方は自分で情報を調べないため、テレビの情報番組の情報をうのみにしてしまうようです。テレビでは医療の専門家でない方が誤解を招くような情報を伝えるケースがあるので、できるだけご自身で情報を調べた方がいいと思います。テレビ側としても、もう少し専門家が正しい知識や情報を発信する機会を増やした方がいいような気がします。

 日常生活においては、密閉・密集・密接の「3密」がいまだに回避されていないのが気になります。ベルギーでは外出制限の中で、他の家族や子供同士で集まることは禁止されています。日本ではスーパーや飲食店に家族全員で出かけていたり、公園に子供だけでたむろしていたりしています。外出自粛なので強制させることは難しいのかもしれませんが、感染者を増やさないために行動を見直してもらいたいと思います。

 世界各国と比較すると、日本の新型コロナ対策は非常にユニークな方法を取っており、3月ぐらいまでは感染による死亡者を抑えられてきました。初期の政策や医療現場の努力のたまものではないでしょうか。

 ただ、最近は感染者が急増し、感染ルートが分からなくなってきており、医療現場の緊張感は非常に高まっています。無症状の患者さんも増え、医療従事者は感染リスクにさらされながら、全力で目の前の命を救う努力をしています。患者さんと同じように、私たち医療従事者にも家族や大切な人がいることをご理解いただき、皆さんにはどうか、人との接触を避けることを徹底してもらいたいというのが切なる願いです。

 他国のように活動制限を強制させられず、個人の自主性に任せられた状態で100年に一度と言われるパンデミックを乗り切ることができれば、それこそ世界に誇ることができるのではないでしょうか。

澁谷泰介(しぶや・たいすけ)医師

神奈川県出身、私立桐朋高校卒業。2012年横浜市立大学医学部医学科卒業。同大学で初期研修の後、横浜市立大学外科治療学教室に入局し、心臓血管外科医として勤務。2019年よりベルギーのルーベン・カトリック大学心臓外科で臨床・研究フェローとして勤務

 イタリアや米国で働く医師が日本の状況を心配する報道もよく目にしますが、渋谷氏のように、ベルギーと日本の両方で働く機会と経験を持っている医師の話は、おおいに現実味があります。

 医療崩壊の大きな要因が知見を持った医師や医療スタッフの不足であり、他方医療物資の不足も大きく影響しています。又病院の整備やそれに伴う医師やスタッフの配置や集中化など、病院横断的な施策も必要だと訴えます。テレビ報道の影響にも触れ、その情報を一方的に信じ込んだ行動が医療現場に影響を与えていることも指摘しています。

 最後に日本の感染防止対策を「非常にユニークな方法」とみていて、「強制ではなく、自主性に任せられた状態で乗り切れれば、世界に誇れるのではないか」、と結んでいますが、半分は皮肉のように聞こえてしまうのは私だけでしょうか。いずれにしろ医療現場の大変さを実感する談話です。テレビなどでもう少し多くの時間を割いて報道したほうがいいように思います。

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