ファーウェイの混迷、それより日本技術の停滞を憂う
米中貿易戦争が新型コロナウイルスの感染拡大を経て、今や政治対立化してきて第2の冷戦期に入ったという人もいます。中国が急速に力をつけてきている情報通信分野の技術。特にそのシンボルともいうべき国策会社ファーウェイに、アメリカを始め西側諸国は警戒を強めてきました。
そのファーウェイの最近の動向を技術経営コンサルタントで微細加工研究所所長の湯之上隆氏がJBpressに寄稿したコラム『中国SMICにも見捨てられたファーウェイの末路 打開策なし?半導体の製造委託先が見つからない』(7/08)を以下に引用掲載します。
TSMCの公開データが突然修正された?
筆者は定期的に、台湾のファンドリーTSMCが公開する「投資家向け情報」をウォッチしている。その中で最も注視しているのは、「過去の決算情報」内のエクセル形式でダウンロードできる“Historical Operating Data”である。このデータには、テクノロジーノード(微細加工技術)ごとのウエハ・キャパシティの割合、アプリケーション別の売上高比率、地域別の売上高比率などが漏れなく記載されているからである。
ところが最近、2020年第1四半期の地域別売上高比率のデータが修正されていることに気づいた。修正される前のデータを基にしたグラフを図1に示す。2019年第4四半期に22%あった中国比率が、2020年第1四半期に11%に低下していることに注目されたい。
これは、米商務省が中国のファーウェイへの輸出規制を厳格化し、TSMCが2020年9月以降、ファーウェイ向けの新規半導体の出荷を停止することになったため、ファーウェイが製造委託していた半導体の一部を、TSMCから中国のSMICに切り替えたことによるものと解釈していた。
ところが、7月7日に行うセミナー用の資料作成のために、改めてTSMCの公式HPから“Historical Operating Data”をダウンロードしたところ、地域別売上高比率のデータが修正されていたのである(図2)。修正後のデータでは、2020年第1四半期の中国比率は、2019年第4四半期と同じ22%になっている。
まさか、TSMCともあろう企業が単純な「記載ミス」を起こすとは考えにくい。TSMCが当初11%に半減するはずだった中国比率が、何らかの事情で22%に戻ることになったとしか考えられない。では、それは、どのような事情なのだろうか?
そこで、筆者なりに調査を行ったところ、思わぬ事態が明らかになってきた。本稿では、TSMCが2020年第1四半期の中国比率を11%から22%へ修正した事情について説明したい。
SMICがファーウェイの製造委託を断った!
筆者は、まず、次のようなことを突き止めた。ファーウェイは、14nm(または16nm)の半導体の製造委託先を、TSMCから中国のファンドリーSMICへ切り替えることにした。その切り替えの打診は確かに行われたようで、材料メーカーなどは、これまでTSMCに出荷していた材料をSMICに輸出先を変更したと聞いた。
ところが、SMICは、ファーウェイの製造委託を断ったというのである。それは、なぜだろうか? その理由は、3つほど考えられる。以下に列挙してみよう。
(1)SMICの14nmが立ち上がっていない
SMICが14nmのリスク生産を開始したのは2019年第4四半期で、ビジネス全体に占める14nmの割合は、2020年第1四半期でもわずか1.4%しかない(図3)。
また、そのキャパシティは、12インチウエハ換算で、月産5000枚しかないことも分かってきた。ちなみに、TSMCは2020年第1四半期時点で、SMICの14nmに相当する16/20nmのキャパシティは58万5000枚もある(図4)。
(2)SMICのキャパシティが全然足りない
SMICの微細加工技術は、TSMCより5年ほど遅れているが、それ以上に問題なのは、SMICの生産キャパシティの貧弱さである(図5)。12インチ換算の月産キャパシティで、TSMCが108万3000枚あるのに対して、SMICは20万5000枚しかな い。
もし、SMICが、ファーウェイが要求する半導体を製造委託する場合、微細加工技術が遅れていることを横に置いておくとしても、SMICの全キャパシテイ20万5000枚のうちの約80%をファーウェイ向けに確保する必要がある。
このように、SMICは、ファーウェイが必要とする7nmや5nmの微細加工技術は全くなく、かろうじて開発した14nmもたった月産5000枚しかキャパシティがない。また、微細加工技術は無視するとしても全キャパシティの80%が必要になる。そのため、SMIC自身が、「ファーウェイの製造委託は無理だ」ということを悟ったのかもしれない。
さらに、SMICには、ファーウェイの製造委託を引き受けたくない理由があった。それは、わずかでもファーウェイの製造委託を引き受けたがために、米商務省がSMICをエンティティリスト(EL)に追加する可能性があるからだ。
もし、SMICがELに追加されると、アプライドマテリアルズ(AMAT)、ラムリサーチ(Lam)、KLAなど米国製の製造装置を導入できなくなる。それは、半導体メーカーにとって“死”を意味する。というのは、10種類ほどある製造装置について、米国製の製造装置がなければ、どうにもならない分野が多数あるからだ。
図6に、各種半導体製造装置の企業別シェアを示す。露光装置は、オランダの ASMLが90%以上のシェアを独占している。特に、最先端のEUV露光装置は、ASML1社しか供給することができない。そして、EUV露光装置の心臓部となる光源は、傘下の米Cymerが製造しているため、中国企業が導入することが困難となっている。実際、2019年にSMICがEUVを導入しようとしたが、米国がオランダ政府に圧力をかけたため、ASMLはEUVの輸出を停止した。
レジストを塗布するコータ・デベロッパは、日本の東京エレクトロン(TEL)の独壇場であるため、ELには関係ないかもしれない。しかし、ドライエッチング装置は、LamとAMATを止められたら、アウトである。というのは、TELが高いシェアを持っているのは絶縁膜用で、メタルやゲートなど導電膜用は、LamとAMATが独占しているからだ。
さらに、成膜用のCVD装置はAMATとLamが独占しているし、スパッタ(PVD)装置はAMATが独占している。研磨するためのCMP装置もAMATのシェアが高く、加えて、パーティクル検査装置や欠陥検査装置はKLAとAMATがシェアを独占している。
SMICは、中国政府からの支援を得て、今後、半導体製造キャパシティを拡大していく計画である。しかし、米国製の製造装置の導入にストップをかけられたら、その計画は雲散霧消する。したがって、筆者の予想では、SMICがファーウェイからの製造委託を断った最大の理由は、米国のELに追加されるのが怖かったからではないかと思う。
SMICに見放されたファーウェイ
同じ中国にあるSMICに製造委託を断られたファーウェイは、いったんキャンセルしたTSMCに、再び製造委託を頼んだのではないだろうか?
TSMCがファーウェイ向けの新規半導体の出荷を停止するのは9月中旬である。そこで、ファーウェイは、それまでの猶予期間は、これまで通り、もしかしたらこれまで以上にTSMCに半導体を製造委託することにしたのではないか。
このように、一度はSMICに委託先を変更しようとしたが断られてしまったため、ファーウェイが再度、TSMCに製造委託を依頼し、“Historical Operating Data”で当初11%になっていた中国比率が22%に修正されたものと考えられる。ファーウェイが慌てふためく様子が伝わってくるようだ。
9月中旬以降ファーウェイはどうするのか?
9月中旬以降、TSMCはファーウェイ向けの半導体を出荷しない。SMICは、ファーウェイの半導体の製造委託を断った。今後、ファーウェイはどうするのだろうか?
あちこちから、ファーウェイが半導体の製造委託先を模索している話が伝わってくる。TSMCと同じレベルで先端半導体を製造することができるのは、韓国のサムスン電子である。そのため、ファーウェイは、どうやら、サムスン電子に先端半導体の製造委託を打診しているらしい。しかし、筆者は、サムスン電子が、というより韓国政府がファーウェイの製造委託を引き受けないようにすると思う。
というのは、韓国は、米国の軍事同盟国であるからだ。もし、サムスン電子がファーウェイの製造委託を引き受けたら、米国と韓国の政府間に亀裂が生じるだろう。要するに、米韓の国家問題になる可能性がある。
さらに、もし、サムスン電子が米韓政府の言うことを無視して、ファーウェイの製造委託を引き受けたら、米国はサムスン電子をELに載せるかもしれない。すると、ファーウェイ向けのロジック半導体だけでなく、DRAMやNANDなどメモリすら輸出が禁止されることになる。その上、米国製の製造装置が導入できなくなるだろう。そうなると、サムスン電子は、メモリのチャンピオンの座を失うことになる。サムスン電子が、そのような愚挙を犯すとは考えられない。
また、ファーウェイが、日本企業へ協力を打診しているという話も聞こえてくる。例えば、ニコンやキヤノンに、EUV露光装置をつくってくれないかというような依頼である。ニコンは、EUVの1つ前の世代のArF液浸で、ASMLに完膚無きまでに叩きのめされ、2016年末に先端の露光装置開発から撤退した。キヤノンは、もっと古い世代のi線とKrF露光装置に注力しており、ArFすらつくっていない。このようなニコンとキヤノンに、EUVなどつくれるはずがない。
加えて、日本には、SMICレベルのファンドリーすらない。富士通の三重工場や東芝の大分工場などがあるにはあるが、45nmレベルで時が止まってしまっている。ファーウェイの要求には、1mmも応えることができないだろう。
このように考えると、ファーウェイには、もはや打開策は無いように思う。時間がかかろうとも、ファーウェイが、自社で半導体製造装置を開発し、自社でファンドリーを行うしか道は無いように思う。ただし、それには果てしない時間を必要とする。
この記事からは確かにファーウェイの惨状が見えてきますが、何しろ独裁国家中国の事ですから、共産党の威信をかけて解決法を見出していくでしょう。それを少しでも食い止めるためにも日米欧の結束はより求められています。
それより懸念されるのは、日本の微細加工技術の停滞と情報通信技術全体の地盤沈下です。今後民間用途、軍事用途ともに最先端技術の多くを占めるであろうこれらの技術の停滞は、日本の産業そのものの停滞に影響していくものと憂慮されます。
コロナを機にテレワークや感染者情報の把握など、IT、情報通信技術の基礎技術・用途開発ともにその重要性が叫ばれています。中国に周回遅れとならないよう、官民一体となった技術の底上げが望まれます。
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