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2020年7月11日 (土)

新型コロナは明らかに第2波、二兎を追った結果が最悪の状況に

Https___imgixproxyn8sjp_dsxmzo6137820010  昨日243人と、2日続けて東京都の新型コロナウイルス感染者数は200人を超え、再び最高値を更新しました。全国でも24都道府県に広がり、合計430人と危機ラインに近づいています。政府関係者は第2波の危険性が増した、と言っていますが、明らかに第2波に入ったと言っていいでしょう。

 政府高官はまだ「緊急事態宣言の発令のタイミングではない」と言っていますが、全国一律の宣言ではなく、感染拡大中の都道府県に絞っての宣言も必要ではないでしょうか。

 このブログで何度も指摘していますが、強制力と罰則、それに付随する補償を伴ったものではなく、国民のマナーや協力姿勢に寄り掛かった、いわゆる「性善説」で塗り固めたような感染防止対策では、もはや収束は夢物語になるでしょう。経済ジャーナリストの小倉正男氏がiRONNAに寄稿したコラム『「奇妙な成功」は褒め殺し、コロナ封じ失敗を呼ぶ日本のご都合主義』(7/10)にその辺の答えがみられるのではないでしょうか。以下に引用掲載します。

 日本の新型コロナウイルス感染対策について、米外交誌のフォーリン・ポリシーは「奇妙にうまくいっているようだ」と論評している(5月14日電子版)。

 「日本の新型コロナウイルス感染対策はことごとく見当違いに見えるが世界で最も死亡率を低く抑えた国の一つで、結果は敬服すべきもの。単に幸運だったのか、政策が良かったのかは分からない」。東京発の記事である。

 半分は皮肉というか、「褒め殺し」のようなものだ。「奇妙な成功」「奇妙な勝利」は決して単純な褒め言葉とはいえない。だが、先行きに自信を持っている人々には、結果から見てともあれ胸を張ってよいと受け止められた模様だ。

 日本人は新型コロナに抵抗力があるとされる「ファクターX」という未解明な要因も騒がれた。緊急事態宣言(7都府県に4月7日発令、全国は同月16日~5月6日)がにわかに解除されて経済再開ということになった。

 安倍晋三総理は「日本モデルの力を示した」、とスピーチした。この言葉はとりあえずの「新型コロナ終息宣言」なのだろうが、確信を持って凱歌を上げたものには見えなかった。

 それかあらぬか新型コロナは、日本の「奇妙な成功」の心許なさにつけ込むように逆襲に転じている。専門家筋の多くは、新型コロナがぶり返すのはこの秋冬という見方だった。新型コロナは本来暑さと湿度に弱く、夏場は一服する。当面の危機は何とか乗り越えたとして、この間に検査、ベッド数といった医療体制を整備する期間としていた。だが、新型コロナはそうした「定説」をあっさり覆している。新型コロナに人々の予断や注文はあてはまらない。

 6月後半、東京都は新型コロナ感染者が連日50人を超える事態になっていた。小池百合子知事は、新宿などのホストクラブ、キャバクラといった「夜の街」関係者に予防的に検査を進めたことによる結果という見方を表明した。

 しかし、予防的検査を織り込んだとしても、感染経路不明者もじわりと増加していた。はたしてこれらの動きは、新型コロナ感染ぶり返しの大きなシグナルにほかならなかった。

 7月2日、新型コロナの感染者数は緊急事態宣言解除後で最悪な記録となった。東京107人、全国196人。3日は東京124人、全国249人。4日は東京131人、全国274人。その後も記録を連日更新する動きとなった。

 「しっかりと感染防止策を講じて経済活動との両立を図っていく。これができないなら、もう経済活動できません」「もう誰もああいう緊急事態をやりたくないですよ。休業をやりたくないでしょ。だから感染対策をしっかりとってですね。これ皆が努力しないとこのウイルスに勝てません」(西村康稔経済再生担当相、7月2日記者会見)

 西村氏は、東京の感染者が再び100人を超えたのが想定外で衝撃だったのか、やや冷静さを欠いた発言をした。7月2日もそうだったが、その後も何度となく強調しているのは「新型コロナ感染対策と経済の両立」という既定路線である。そして、その都度繰り返しているのが「マスク、手洗い、そして換気」という感染対策である。

 西村氏が、誰に対して、あるいは何に対して怒ったのか不明だ。おそらくもたらされた現実、あるいは事実というものにいら立ったのかもしれない。だが、もたらされているものは受け止めなければならない。

 その現実、あるいは事実からすれば新型コロナ感染症対策の特別措置法の限界が露呈しているように見える。特措法も与野党など人々がつくったものだ。特措法は日本の新型コロナへの対応を偽りなくすべてリアルに映し出している。

 特措法では、総理大臣が緊急事態宣言を発令し、都道府県知事が感染防止のために外出自粛、店舗・施設などの使用制限など協力要請をできることになっている。あくまで協力要請で強制力はない。したがって緊急事態宣言による経済損失に補償は想定していない。

 強制ではなく協力要請になるため、協力に対する資金などの実質的な支援は自治体の財源次第である。協力要請に対して資金が提供されたり、されなかったりということになる。逆にいえば、財源、資金がないと協力要請も遠慮が生じかねない。

 東京都は、休業要請に協力した中小企業、個人事業主に対して「感染防止協力金」を給付している。神奈川、千葉、埼玉3県などが「東京都のような財源がない」と、セコいというか露骨に協力金拠出から逃げ回ったのは記憶に新しいところだ。

 国は新型コロナで収入が大幅減となった中小企業、個人事業主に「持続化給付金」を出している。これも補償ではなく、新型コロナ禍に打撃を受けている事業継続への支援金ということになっている。

 補償金は出さないが、協力金、給付金は出している。どこかの海沿いの大型温泉旅館の継ぎ足し増改築ではないが、本館、新館、アネックスと複雑な設計となっている。新型コロナとの闘いは、「戦争とは異なる」とお叱りを受けそうだが、「戦争」に例えると誰がどう闘うのか、責任、役割、管轄が曖昧であり、悪くいえば皆が逃げている。本館、新館が迷路のようになっており災害など実際のクライシス時になると下手をすれば大きな混乱の元になりかねない。

 特措法を日本の企業組織でいえば、総理大臣が社長で命令を出す、都道府県知事が各部門の執行役員で現場業務を行うようなものである。ただし、執行役員が担当している部署、特に財務・資金ポジションで行う業務内容、業務スタンスも大きく異なっている。

 緊急事態宣言発令直前の4月初旬、小池知事が理髪店、ネットカフェ、居酒屋などに休業要請を進めようとした。国が経済への影響を懸念して発令を渋って小池知事にストップをかけた。小池知事は、「社長だと思っていたら、天の声がいろいろ聞こえてきて、中間管理職になったようだった」と。指揮命令系統、役割分担、責任など曖昧につくられているため運用面でも混乱が避けられない。

 緊急事態宣言では一度目がそうだったが、国も自治体も財源問題があって、補償にはお互いの顔を見て尻込みすることになりかねない。責任や役割、権限が曖昧で国、自治体、あるいは自治体同士が押し付け合ったり逃げたりすることになる。結局は、世論という「空気」待ちになる。これではコンセンサスを形成するのに手間暇がかかる。

 そうしたことから総理大臣が緊急事態宣言を発令するとしても、タイミングがどうしても遅れ気味になる。新型コロナ感染拡大を叩くタイミングではなく、自然にピークアウトしたころに発令する事態を招きかねない。

 新型コロナウイルスに関連して、すでに当サイトに4本寄稿している。5月10日の「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」で、新型コロナ対策と経済再開の両立に移行という動きについて、「二兎を追えば一兎も得ず」という可能性に触れている。

 新型コロナ感染症対策の特措法は3月13日に成立している。せめて特措法成立直後の3月後半に緊急事態宣言を発令して、強制力はないにしても強い協力要請を示す必要があった。補償はできないが、実質的に資金支援するような手法で新型コロナ封じ込めを徹底する。まずは新型コロナという「一兎」を叩いて封じ込める運用が先決だった。

 ところが、この「一兎」を徹底して叩くという仕事が不十分だった。緊急事態宣言が「遅い」、しかも運用が「緩い」という不徹底さが否定できないものだった。これが今の新型コロナのぶり返しの根源をなしているとみられる。

 経済のためにも主要な敵である新型コロナ封じ込めに全力を傾ける。迂遠な道に見えるが、税金や時間をセーブするのが、新型コロナという「一兎」を徹底して叩くという手順への集中だった。

 工場などで問題が発生し生産ラインが順調に動かなくなったケースを想像してほしい。なぜ故障が発生しているのか。機械なのか、あるいは人がからんだ使い方に問題なのか。どこに問題があるのかを究明して根因を突き詰める。トヨタ自動車に「5W1H」(5つのWHY、1つのHOW)という危機管理手法がある。

 トヨタ式の危機管理では、あらゆる視点で問題の根因を究明する。(社内の情実抜きで)「事実」を徹底して突き詰める。それが5WHYだ。5WHYで「事実」が究明できたら、どうしたらよいか方向性(1HOW)が自ずと判明する。

 その「事実」究明から派生して生み出されたのが、今は一般化した「見える化」だ。「見える化」は、「事実」を曖昧にすると会社は倒産するという危機感から生み出された「トヨタ語」にほかならない。さまざまな情実や不都合よりも「事実」究明が最も重要だという危機管理手法になる。

 国も自治体も拙速気味に緊急事態宣言を終わらせて経済再開を急いだ。「withコロナ」「コロナとの共存」=新型コロナ感染防止と経済の両立という「新しい生活様式」を総括なしでいわばなし崩しに既定路線としてスタートさせた(日本式というのか、5WHYどころか1WHYもなかった)。

 新型コロナ防止と経済が両立するということは都合は極めてよいが、「二兎を追う」ことになる。上手くいけばよいが、「二兎を追えば一兎も得ず」がお定まりになりかねない。新型コロナ感染が急増すれば、経済の稼働に支障が及ばざるを得ない。

 東京で新型コロナ感染者が一日50人を超えるということは、すぐに100人超になるリスクを抱えていたことが、すでに実証されている。感染者が100人超になれば、次は200人超に爆発する。そして7月9日、それは現実となった。

 中途半端な「二正面作戦」、「二兎を追う」という罠にすっぽりとはまろうとしているように見える。もともと「二正面作戦」というのは難しいものである。そんな難しい作戦を運用できると思っていることにリスクが内在している。

 小池知事は、「夜の街など予防的に検査をしている結果で、緊急事態宣言ということではなく、ピンポイントで感染対策を行う」としている。しかし、感染者が100人超程度にとどまればよいが、200人超に爆発するリスクもあった。はたしてピンポイントで感染対策を行うというのは可能なのか。

 これまでの寄稿でも指摘したが、今川義元の桶狭間では、上洛作戦なのか尾張攻略なのか戦略目標が曖昧だったことが敗因として指摘されている。ミッドウェー作戦では、敵空母殲滅なのかミッドウェー島攻略なのか、これも戦略目標が曖昧だった。いずれも「最善の想定」で臨み、「最悪の結果」を招いている。「二正面作戦」の罠である。

 経済再開が最終目標であるならば、その阻害要因にして主たる敵である新型コロナを徹底して封じ込める作業を先行させることが不可欠である。「安心・安全」の完璧までの達成は無理としても、「安心・安全」をある程度確立できれば、経済は稼働させられる。しかし、緊急事態宣言が「遅い」「緩い」では「奇妙な成功」でしかなく、幸運に頼りすぎているといわれても仕方がない。

 新型コロナ対策のみならず「クライシスマネジメント」では、「最悪の想定」に立つのが基本だ。だが、特措法、特措法による緊急事態宣言、解除後の新型コロナ対策と経済の両立などで、ほとんど一貫しているのは「最善の想定」でクライシスマネジメントが行われている。控えめにいっても、そうしたきらいがあり、払拭できていない。

 日本人の多くは、国や東京都の協力要請に従順に行動してくれる。だが、新型コロナウイルスは、国や地方自治体の要請を考慮してくれるわけではない。「誰も緊急事態宣言などやりたくないでしょ」。だが、これはそうであるにしても「やりたくない」というのは願望でしかない。新型コロナ感染対策と経済と両立させるというのも国、地方自治体の都合というか願望の部類にほかならない。

 都合がよい悪いということでいえば、新型コロナはこれほど都合が悪い存在はない。願望や都合で新型コロナに対応するなら、むしろ「税金と時間を食う」といった最も避けなければならない道を歩むことになりかねない。

 今さら迂遠すぎる、後戻りもできない。とはいえピンポイントで効果的に感染防止を行うというのも言うほど簡単ではない。新型コロナは、「最善の想定」すなわち願望や都合で闘える相手ではない。「事実」からリセットしなければ、新型コロナ対策と経済の両立を急ぐという効率的な「日本モデル」は、ことごとく「見当違い」といわれかねない。

 経済が失速すれば日本が危うい。その経済を失速させないよう、事業活動や店舗運営、人の移動を制限できない。政府行政はそういう理論で緊急事態宣言を解除、外出自粛を緩和し、休業要請を解除し、移動も緩和してきました。

 そうなれば終息(完全に収まる、ゼロになる)していないコロナの再燃は、当たり前の現象であって、再燃の火が小さいうちに徹底的な消火活動を行わなければ、感染力の強いこの疫病は、あっという間に広がるのは目に見えています。

 その再燃の起爆剤ともいえるのが、接客業でありアルコールを伴った飲食業で、かつそこに群がるこの疫病の恐れを知らぬ若者を中心とした客層たちです。声を出して騒いだり、お互いに触ったりすることで感染するのは、分かり切ったことではないですか。しかも経済への影響と言っても、この業種だけなら僅かだと思われます。終息するまではそういった業種を休業させることが最低限必要です。もちろんある程度の補償付きで。

 つまり小倉氏の指摘通り、2兎を追う結果が1兎も得られず、経済の全面再開が遠のき、却って経済を失速させる、堂々巡りで最悪の状況になっていくのです。ここはしっかりと真に効果的な対策を、迅速に、強制力と補償を持って行う必要がある、そう強く思います。

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