うがい薬買い占めで露呈する、社会の科学低見識
今月4日大阪吉村府知事の「ポヴィドンヨードうがい薬が新型コロナウイルスの感染防止に効果的だ」、と言う会見を受け、薬局の店頭からそのうがい薬が、あっという間に消えた事件は、まだ記憶に新しいことと思います。
その後、その発表時点の検証にはサンプル数が少なすぎることと、実際には医学的に見て、感染予防にも病状の回復にも、どうも効果がなさそうだという見解が、多方面からなされ、当の吉村知事は釈明会見を余儀なくされました。
その辺の詳細を、東京大学大学院情報学環准教授の伊藤乾氏が、JBpressに寄稿したコラムから引用掲載します。タイトルは『うがい薬買い占めで露呈する、社会の科学低見識 イソジンでコロナ重症化が防げたら誰も苦労しない』(8/11)です。
◇
日本の西の方で「イソジン」などのポヴィドンヨード剤が「コロナウイルスを減少させる」云々、多分に衛生機関が提出した常識的なリポートを、必要な前提となる学術見識のない人が勘違いして、大きな騒ぎにしてしまっているようです。
バカも休み休み、という話ですが、身近な若い人たちと少し話をしてみると、意外に本質的な誤解をしているケースもありそうに思われましたので、分かりやすい例で確認しておきましょう。
先に結論。ヨード殺菌剤を飲んでも、新型コロナウイルスの予防効果もなければ、発症している病状の好転効果なども一切「ありません」。
「確認されていない」などと、科学的に正確な表現を取ろうとしても、それを読み取れないリテラシー欠如がマスコミにまであるようですので、明記しておきます。
「薬効はありません」
薬理を考えても期待できるわけがない、まともに大学教養程度の教育を受けていれば自明の内容がすでに社会に通用していない、末期状態に警鐘を鳴らす必要があると感じます。
酒を飲んだらコロナが死ぬか?!
石鹸やアルコールで手を洗うと、手に付着したウイルスや雑菌が破壊され、殺菌消毒の効果があります。
厨房に立つ人などは、そうやって自分の手の衛生管理に気を配る必要があります。
であるとするなら、体の中に存在するウイルスや雑菌を除去するのにも、アルコールや洗剤が役に立つだろう・・・という発想を持つ人が、善くも悪しくも世界には存在しています。
では、コロナ感染が怪しい、というひとが、台所の中性洗剤をごくごく飲んだとして、それで肺炎や関連症状がよくなる、と思われる方がありますでしょうか?
「さあ、これからアルコールでウイルス退治だ」と お父さんが焼酎とサキイカなど持ち出してきたら、それは話が違うというものであって、落語みたいなお笑いになる。
かと思いきや、そんなことはないんですね。残念ながら21世紀の国際社会には、いまだ「中性洗剤ごくごく」「焼酎チューチュー」の類、つまり科学的低見識の極みのようなものを目にします。
一見そうみえないような科学を装う体裁のものにも、おまじないかオカルトみたいな代物がしばしば混ざっています。
対岸の火事で分かりやすい例から示してみましょう。
2020年4月23日木曜日、不幸なことに、アメリカ合衆国大統領に就任しているドナルド・トランプ氏が記者会見の場で、「感染者体内のコロナウイルスによる汚染を除去するため、消毒剤を飲んだり、注射してみてはどうか?」と発言。
全米でこれを真に受けた人が消毒薬を摂取して病院に運ばれるという、全く洒落にならない事態が発生しました。
海の向こうではドナルドも・・・
米国では、医師や専門家がただちに声を挙げ、とんでもない間違いであるからトランプ発言を無視するようにと警告を発しました。
それより速かったのか、あるいは聞く耳を持たなかったのか、マスコミが駄々洩れにした愚かな発言を鵜呑みにした人が、消毒剤の中毒症状で病院に担ぎ込まれる騒ぎが相次ぎます。
政治屋というのはこういうとき、じつに最低な反応を見せます。
トランプ大統領は直ちに「人々が消毒剤を飲んだのは、私の責任でない」として責任逃れを主張。
「どうしてそんなことを考えたのが想像もつかない」「あれは皮肉だった」などと言い訳に終始します。
しかし、実際に死亡した例も報告されメタノールを含む手の消毒剤を服用した結果、生涯にわたって後遺症の残る視覚障害を負ったケースなども報告されています。
政治家が、入れ札で過半数を占めたというだけの理由で、完全に素人でしかない医療や化学、防疫や公衆衛生に関する、初歩的に誤った内容を垂れ流してよい、ということにはなりません。
ドナルド・トランプ氏にはほかにも様々な刑事事犯の容疑がかけられていますが、「消毒薬を飲んだり注射したり」についても、一定の責任を追及する必要があるように思います。
でないと、こういう悪質な発言を繰り返す政治屋の類犯を根絶することは困難、ないし不可能になってしまうかもしれません。
仕事柄、欧州の目線から米国を冷ややかに見る意見に日頃多く接しているので、ギャップを痛感します。
「同じことがドイツやフランスで起きたら、とっくに革命暴動が起きても不思議ではない」と欧州の同僚である学識経験者たちは口を揃えます。
そのうえで「無知蒙昧の愚かな金持ちを『リーダー』に選んでしまったのもその国民なんだから、結果自分たちも火の粉を浴びるのは自業自得」といった冷静な観測。
「アメリカというもの、それ自体」を「困ったもの」と位置づける欧州の基本的なトーンは冷ややかです。
ちなみに、しばらく前のことになりますが、「USA」とかいう国名を連呼しながらぴょんぴょん跳ねたりする国民性を紹介してみたところ、ただただ理解不能、頭痛と返されたことは以前連載でも触れたかと思います。
後鳥羽院からガチャピンまで蔓延するアニミズム
全世界の原始部族には、いくつか共通する原型的な宗教儀礼が存在することが、比較宗教学では久しく指摘されています。
私はその道の専門でも何でもありませんが、文化人類学者の山口昌男さんに倣って「食儀礼」について、以下に参考になる範囲で記してみたいと思います。
例えば、酋長のような存在が、何らかの「特別な食べもの」を食することでパワーを得、予知能力を身に着けるとか、敵を撃退する能力を得る、といった思考や発想は、あらゆる大陸のあらゆる神話に登場するといって過言ではありません。
古来人間は多様なゲテモノを食することで克服してきた様子です。
古事記や日本書紀に出てくる「ヤマタノオロチ」伝説は、娘を食べてしまう怪物「八岐大蛇」をスサノオが退治し、頭から尻尾まで身を寸切りにしていくと、その尻尾から世界を統治する力を持つスーパースウォード、剣が現れたというRPGまがいの設定になっています。
そこで得られたのが「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」というストーリーに繋がり、そのシナリオは建前としては2020年の日本にまで続きます。
大蛇の尻尾から得たはずの神剣はスサノオから(姉とされる)天照大神に献上され、日本の皇室の正統性を保証する「三種の神器」の一つとして定着、もとは大蛇が娘を食って作った(?)剣が、えらい出世をするものです。
ところが、古代の由緒正しい「草薙剣」は、1185年「壇ノ浦の戦い」で平氏が滅亡し、罪もない子供であった安徳天皇の入水という顛末に際して、関門海峡に沈んで永遠に失われてしまいました。
平家が政権正統性の根拠として三種の神器を持ち去ったため、神器なしに即位せざるを得なかった後鳥羽天皇―後鳥羽上皇は、最終的に「承久の変」で隠岐に流されてしまいます。
のちに挙兵する後醍醐天皇(南朝)も、今の日本の皇族(北朝)も、後鳥羽上皇の子孫にほかなりません。
「食べちゃう」ことでパワーを得るで、もう一つ思い出されるのは、ひらけ!ポンキッキ「たべちゃうぞ事件」でしょう。いまからほぼ半世紀前、1970年代の出来事です。
着ぐるみキャラクター「ガチャピン」が「いたずらする子はたべちゃうぞ」という歌詞が、子供たち(というよりは親でしょう)の不安を招くという理由で1週間ほどで放送中止となった騒ぎがありました。
当時、小学校高学年であった私は、すでに幼児番組を卒業していましたが、幼児が「たべちゃう」ことに持つ原初的な所有意識と、食べられてしまうことへの恐怖のようなものを面白く感じたのを覚えています。
そこで、そういう幼児の精神年齢と大差ないのでは、と判断せざるを得ないのが、片やドナルド・トランプ氏の蒙昧ぶりであり、他方、日本国にもヤマタノオロチからガチャピンに至る正統性をもって息づく、アニミズムを指摘しないわけにはいきません。
トランプ氏のおバカ会見に先立って、同様の民間療法を試したケースが日本でも報告されていました。
参院候補、漂白剤を飲む
4月2日、北関東の某県で、コロナを退治しようと(?)漂白剤などとしても使われる次亜塩素酸ナトリウムを摂取した主婦が病院で手当てを受けるという珍事が発生。
ネットで話題になりましたが、すでに多くの方には過去の記憶、あるいは記憶する価値もないジャンク情報になっているかもしれません。
あろうことか、この「コロナ退治」で漂白剤を飲んだ人は、2019年の参院選挙にミニ政党から出馬し、落選していたことも伝えられ、頭痛を感じたわけですが・・・。
この主婦の場合は落選、ドナルド・トランプ氏は何の拍子か、背景も指摘されていますが、ともかく当選してしまって、ああいう無知蒙昧ぶりを曝しているわけで・・・。
とてもではありませんが、人の命にかかわる判断を下す椅子に座らせることのできない低見識ぶりと言わねばなりません。
「アフターコロナ」、つまり今回のパンデミックを克服する「必要条件」は、ウイルス蔓延の収束ですが、最低限必要な科学的、疫学的常識もない者を責任判断の椅子につけていては、治る病気も治りません。
政府と自治体の首長が、帰省一つでも正反対の主張を並行させる日本の現状は、真面目な防疫に取り組んでおらず、パンデミックを政争の具としてもて遊ぶ態度として、極めて低い評価しか得られていません。
ヨード製剤のうがい薬について総括しておきます。
ヨード系の消毒液は、外科手術などの折にも用いられ、2次感染予防などに有効、歯科医なども常用する、確立された薬剤です。
これは、活性の高いヨウ素イオンがばい菌やウイルスを叩いて破壊することで効果が出るもので、人間が細胞の中に取り込んだウイルスや、それが引き起こす炎症を抑える鎮痛消炎などの効果は一切持ちません。
ウソのようなウソをどこでどう流布したかは別として、うがい薬を用いてうがいをすることは、普通の意味での感染症予防には役に立つでしょう。常識的なことです。
しかし、ヨード剤の効果については保険医の間でも意見が分かれ、白湯と効果に違いはない、ヨード・アレルギーを引き起こしているなどの批判も長く続いています。
ちなみに本コラムの長い読者には周知のとおり、私は日常生活においては殺菌消毒魔で、気になるときはヨード剤で頭髪を洗ったりすることもある程度、この薬品には日常的になじみがあります。
一度罹患した肺炎を治療したり、重症化を防ぐ効果が、ヨード剤うがい薬にあると考える理由はありません。
間違いないことは、炎症など起こしている喉粘膜などに刺激性の強いこうした薬剤を下手に使っても、予後を悪くする恐れがある。肺に直接うがい薬など入れた日には生命にかかわる事態にもなりかねません。
要するにロクでもない結果しか、引き起こしません。
もし日本が、まともにコロナ対策に取り組む気が少しでもあるのなら、最低限の科学と疫学のリテラシーがない政治家が関連対策におかしな愚見を混ぜ込む事態を一掃する必要があるのは、間違いありません。
◇
伊藤乾氏はこのコラムの最後で、ポヴィドンヨードを含むうがい薬で「うがい」をしても、「一度罹患した肺炎を治療したり、重症化を防ぐ効果が、ヨード剤うがい薬にあると考える理由はありません」と結んでいますが、その前の事例では殆どが、殺菌剤を「飲む」行為は「効果はないし馬鹿げている」と、トランプ大統領や参議院選の立候補者を引き合いに出し、揶揄しながら記述しています。
まあそれはいいとして、確かに学術的な見識があいまいなまま、政治家などの発言を鵜呑みにするのは好ましくないという、一つの良き例ではありますね。吉村知事に悪意はなかったことは認めるにしても、やはりこのような会見は政治家がやるべきではないでしょう。実は私もこの会見の報道に影響を受けて、薬局に買いに行こうと思った一人ですから、何も言えませんが(もちろんどの薬局も売り切れでした、凄まじい買い占めパワーです)。
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