« 常識外れの学術会議、有用な研究を潰し「学問の自由」を侵害していた…! | トップページ | テレビで詭弁、逆ギレの政治運動を展開「羽鳥慎一モーニングショー」 »

2020年10月13日 (火)

第二の吉田調書事件か またも罪なき被災者を踏みにじる朝日新聞

Img_0475a66be0fb0d78d99c710bb75330ec3231  朝日新聞の虚飾、捏造記事は止まりません。朝日新聞は毎日新聞や東京新聞と共に、日本の弱体化を狙う、そこに社是社訓を置いている反日新聞です。そのためには嘘で固めた内容であろうと、政権とその政権が推し進めようとする、例えばエネルギー政策、とりわけ原発に対して、攻撃する習性があります。

 それは左翼政党もそうですが、これも朝日などのメディアの後押しがあるからでしょう。いや、持ちつ持たれつかも知れません。福島の原発事故の後さらに反原発の勢いが増したのも、国の根幹をなす電力会社の弱体化を狙っているとしか思えません。世界一安全基準の厳しい、日本の原発の再稼働を常に反対するのも、そういう理由からでしょう。

 安全性を錦の御旗にする彼らが、より安全性の低い韓国などの原発に、一向に触れないのも、日本がその攻撃の対象と言う証拠でしょう。人権や格差の問題と同じ構図です。とにかく日本を悪く言いたいのです。

 ところでその朝日新聞、また原発に絡めた捏造記事を執筆したようです。赤津今朝二氏が月刊Hanadaプラスに寄稿した記事から引用します。タイトルは『第二の吉田調書事件か またも罪なき被災者を踏みにじる朝日新聞』(10/02)です。

同僚記者が絶賛!“「スクープ」と言っていいと思います”

9月20日、双葉町に東日本大震災・原子力災害伝承館が開館した。

福島県庁ホームページによると、この施設は “原子力災害を中心とした資料を収集・保存し、展示・プレゼンテーション、研究及び研修に活用することにより、震災の記憶の風化防止のための情報発信を行うとともに、防災・減災に役立てます。また、福島第一原子力発電所や廃炉資料館等と連携して交流人口の拡大を図ります。”とされている。

あれだけの歴史的災害を後世に記録として遺していくことには、大きな意義があるだろう。

とはいえ、あまりにも大きく多岐にわたった被害実情を網羅し、かつ客観性や政治的中立性を確保し、展示を整え公開までこぎつけることは並大抵の労力ではない。

当然、施設も全てに完璧とは言えないだろうが、それでもまもなく10年になろうとする節目のタイミングに間に合わせて一定の形とした関係者の苦労はいかばかりであったことだろう。同時に、その背後にいる復興への歩みを続けてきた無数の被災者・元被災者たちの苦難を想わずにはいられない。まだ訪れることは出来ていないが、折を見て施設に行ってみたいものである。

ところが、だ。

ここでまたしても、朝日新聞が冷や水を浴びせたのである。その記事がこれだ。

【国や東電の批判NG? 伝承館語り部に要求、原稿添削も】

https://www.asahi.com/articles/ASN9Q63FQN9CUGTB00H.html

かなり煽った題目の記事である。内容の無料部分を読むと、

“館内で活動する語り部が話す内容について「特定の団体」の批判などをしないよう求めていることが関係者への取材でわかった。県などによると、国や東京電力も対象だといい、語り部から戸惑いの声があがっている。”

と記載され、同僚を名乗る朝日新聞記者は“「スクープ」と言っていいと思います”などと絶賛している。

____ 9月23日朝日新聞より

また、この件では福島の地元局テレビユー福島までもが朝日新聞に追随するような報道を行っていた。

ところが、この「スクープ」記事には、本来は書かれるべき重大な事実が書かれていない。肝心の部分が記事から抜け落ちているのは単純なミスなのか、あるいは悪意ある隠蔽なのか。

朝日が好む「原発推進を企む東電・政権」という陰謀論

まず、今回の記事は公共施設で雇われる語り部についての問題だ。

語り部は学者とか学校の教師、あるいは報道関係者ではない地元の一般人、いわば素人である。そして、その多くが私と同年代、あるいはそれ以上の高齢者だ。経験を教訓と出来るよう人前で話したいという意志と矜持をもち、しかしその経験が多くはない被災者の話を公に聞かせるものにする。言葉の選び方や構成など聴衆が聴くに堪え得る水準の説話をするには一定の訓練が必要だ。

まして“語り部”といっても多様な人がいて、個人の記憶や発言には事実と異なっており不正確なときもある。なかには不要なオマケ精神を発揮して、話を必要以上に“盛る”、聴衆にウケのよい話、例えば泣けるような話、激しく誰か・何かを糾弾するような話ばかりを過度に強調して反復するようになっていくこともあるかもしれない。これは“語り部”という伝達手段を用いる以上、常につきまとう問題でもある。無論、個人的に思ったこと、考えたことを、友人・知人の前で語る分にはそれは自由にすればよいことだろう。

一方で、公共施設に所属する以上は、その発言内容の正確性や中立・公平性にはある程度施設側の責任が及ぶ。施設は特定の被災者に“語り部”としての活躍の場を与え、他の被災者には与えられない権威付けをする役割を果たしてしまう。ただでさえ傷ついてきた被災者の中に、強者の被災者=“語り部”と弱者の被災者=語る場を持たぬものとの新たな分断を作り上げてしまう可能性に常に配慮しなければならない。どこかの新聞じゃあるまいし、「発言は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません」などと銘打っておけばどんな放言も無責任に免責されるわけではないのである。責任を問われる以上、組織が不要な問題発生を避けるための事前予防策を講じ、具体的な指示や要望を出すのは当然の話だ。

だからと言って、公共施設側が語り部に言論弾圧ともいえる過度な無理を要求して良いのか? それは当然許されないことだ。そして、朝日新聞はそれを指摘した“スクープ”を書いたから素晴らしい!

・・・などと、この記事の無料部分を読んだ読者、あるいは見出ししか見ないで脊椎反射した聴衆はそう思い絶賛したのだろうか。

“吉田調書事件“と同じ構図

ところが、事実は全く違うところにある。皆さんは、今回の朝日新聞記事を見て、以下の質問にどう答えるだろうか。

“東電、経産省の批判をするなとマニュアルに書いてある?”

“役所の都合の悪い発言をすると係員に止められる?“

正解はこうだ。

“東電、経産省の批判をするなとマニュアルに書いてある?”→間違い。そんな記述はどこにもない。

“役所の都合の悪い発言をすると係員に止められる?“→これも間違い。そんなこともどこにも書いてない。むしろ“聴講の姿勢等が客観的に見ても不適切なものへの対応等については、伝承館スタッフが適宜フォローを行います”などと語り部が不快な思いをしたりトラブルに巻き込まれない配慮がされている。

しかし、このマニュアル原本を朝日は出していない。なぜか。出してしまえば、以前の“吉田調書事件“(福島第一原発事故についての報道において深刻な誤報を犯し、経営陣の辞任等につながった事件)と全く同じで、記事が強い偏向のもとでつくり上げられていることがバレてしまうからだ。

つまり、施設側がマニュアルを通して語り部に講演内容に含めぬよう確認しているのは

・特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗中傷等  

・教育的観点から不適切と思われる表現  

・個人情報

たったこれだけの、ごく一般的なことだ。朝日新聞が期待する恣意的な要求など初めから存在していないのである。

“特定の団体”には当然、全ての政党や全ての宗教、全ての国・地域、自治体、全ての企業・組織が含まれてくる。「A政治家はよくやったがB政治家はカネ儲けだけして逃げた」「C町の住民は賠償をもらいまくっている」「D町は強欲だからE企業とF役所のコネであんなにハコモノをもらえたんだ」。ここで一例として挙げたA・B・C・D・E・F全てが“特定の団体“に該当する。

朝日新聞は「原発推進を企む東電・政権」という陰謀論を展開したいのだろうが、この「特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗中傷等」は、東電・政権、あるいは原子力政策の評価の如何にはよらない。つまり、東電への過度な批判・誹謗中傷が控えられるべきなのと同様に、現在野党の顔役をしている原発事故当時の政権関係者への過度な批判・誹謗中傷も控えられるべきである。被災体験を聞きにくる来客に対して、特定のイデオロギーに足場を置き賛同を得ようと、特定党派や特定個人への誹謗中傷混じりになされる原発推進派のアジテーション、あるいは反原発派のアジテーション、いずれを聞かせるのもふさわしくない。

被災地で飛び交う噂話

朝日新聞記者は知らなかったのかも知れないが、被災地においては、実際に批判・誹謗中傷、あるいはそれに繋がりかねない噂話が飛び交ってきた。例えば、関東大震災後に外国人が井戸水に毒を入れたとの流言飛語が流れたことは有名だが、原発事故直後も「外国人窃盗団が避難地域に大挙してやってきて空き巣をはたらいた」という類の噂は地元では広く流布してきたところだ。空き巣が増えたのは事実だが、それが外国人だったという確証はない。しかし、一般住民の中には、その噂をそのまま信じている人間がいる。では、その話を語り部が滔々として、それが“真実”として流布してよいのか。その時、公共施設は特定の宗教、特定の国籍・民族・人種への差別を生み出す凶器となるだろう。

例えば「●●町は賠償をいっぱいもらっているから、あそこで商売している●●さんは大儲けしたって聞いている」とか「●●さんの会社は有力者の●●さんと仲が良いからあんな目立っているんだ」といった、現実に被災者と接した経験すれば聞かされるような噂話。これをそのまま出すことが無秩序に絶対的に許容されるべきという議論は極論だ。しかし、朝日新聞の理屈でいけば、この差別と憎悪を煽り立てる内容を語り部が語ることも放任されることになる。

しかし、そういった具体的かつ本質的な議論をあえて隠蔽し、読者の目を逸らすべく、その無限にある“特定の団体”の解答群からわざと政府と東電だけを抽出して“国や東電の批判NG?”“語り部から戸惑いの声があがっている。”などと印象操作したのが、今回の朝日新聞らのやり方だと言える。

風評と福島差別の固定化に加担

あらためて、

・特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗中傷等  

・教育的観点から不適切と思われる表現  

・個人情報

について配慮することは、公的な立場にあれば当たり前に求められてくる初歩的な態度だ。とりわけ日常的に多くの人に事実を伝える報道機関には特に厳しく求められてきたはずのものだが、朝日新聞では、そうした公的な立場から情報発信をする際の配慮がそんなに物珍しいものだったのだろうか。

その配慮の無さが、吉田調書問題等につながり、朝日新聞のみならず報道業界全体へのフクイチ事故後の信頼失墜につながってきたのではないか。

語り部から発せられる批判・誹謗中傷が差別発言となれば、当然、その発言に施設の責任が求められる。その時はまた嬉々として朝日新聞が読者を煽り立てる記事を書き、購読料を稼ぎ、内輪ウケありきの記事を書いた記者は自らの手柄として今後の出世競争の糧にするのだろうか。

いずれにせよ、特に原子力災害は実際の被害とは無関係に、個人の政治的主張や立ち位置・価値観によって文字通り“見えている景色が全く違う”繊細で複雑なものである。そうした中で“ただ事実を事実として示し、イデオロギーありきの偏向に染まらせず、中立を保つ”ために慎重であることがいかに大切で難しいことかを、しっかりと考える必要があるだろう。

そもそも、偉そうに“反省を伝承できていない”などと問題視している朝日新聞は、原発事故後に先述の“吉田調書問題”などで現場を踏み荒らして復興を妨害ばかりしてきた“実績”がある。果たして、伝承館の在り方を批判できるような立場にあるのか。

たとえばこの記事を絶賛し、“何のための伝承館なのか”などと批判していた三浦記者について少し調べてみたところ、これまでも度々“風評被害の拡大に加担してきたのではないか”という指摘がなされている。

昨年の台風19号の際に福島で流された大型土のうについて、環境への放射線影響などあり得ないにも関わらず執拗にその危険性をほのめかす主観的な報道を続け、それが韓国で新たな風評被害の発生源となったと指摘されている。これが事実であれば、朝日新聞が海外へ風評を輸出したと言っても過言ではない。

また、三浦記者は8月には福島での土壌実証実験に対し、科学的根拠や現場の農家・地域住民の多大な苦労を示すこともなく、“安全と安心は違う“などと主観的かつ答えありきの主張を繰り広げ、批判の声があがっていた。

汚染が起こるかどうかの検証すら許さないというのは、実証主義に反した”ケガレ“扱いであり、風評被害、ひいては福島差別の固定化への加担そのものである。これは朝日新聞記者による明らかな復興の妨害ではないのか。”福島で取材している僕が個人的な意見を言わせてもらえるなら”などと最近転勤してきただけの立場でありながら当事者性全開で雄弁に語っているが、この記者に対する反応はこれで確認できるようにほぼ批判一色である。

他にも、次の記事では、複数の地元民と思しき人たちが三浦記者に苦しめられている様子も見て取れた。三浦記者が起こしてきた問題は、思った以上に深刻なようだ。

これらの批判の声こそが三浦記者よりはるかに当事者性が高いのではないかと思える。現場の声なき声を拾うジャーナリズムはどこへ行ったのか。そもそも、自分達が朝日新聞関係者として風評と差別の拡散に加担しておきながら、その後何らかの対応や責任を取ろうとしたのか。

朝日新聞の加害者責任

朝日新聞記者認証付きアカウントからの発信である以上、記者の発言は朝日新聞内の見解だとある程度見做されるのも避けられない。所属組織認証という強い影響力をもって発信していながら、その恩恵だけは得て組織には全く責任が及ばないなどという話にはならないからだ。ましてや特定地域への差別に加担しかねない問題であれば尚更である。それが判らないからこそ、公共施設における語り部の仕事と責任も理解できないのかも知れないが。

この件では、別の朝日新聞関係者も同様の発言をしている。朝日新聞は、どうしても福島を“ケガレ”の地としたまま復興を許さず、風評被害を固定化させたいのであろうか。

こちらはさらに深刻で、そうした朝日新聞関係者の発言に騙された被害者が、まったくのデタラメを広めてしまっている現場も確認できた。“日常生活に放射性物質がどんどん入ってくる”“前代未聞の官製公害が絶対起きます”とまで断言されてしまっているのだ。当然ながら、これらの発言は悪質な流言飛語と言って差支えが無いものだ。

これらの実例は“フクイチ事故から10年近く経っても風評被害が朝日新聞によって現行犯的に発生している現場”といえる。

未だにコレではこの10年間、まして震災直後に朝日新聞によって広められた風評被害は潜在・顕在合わせどれだけ膨大になるのか。今もなお続くフクイチ事故風評被害の責任の一端が朝日新聞にあることは明白であろう。本来ならば、朝日新聞社が加害者責任として県や国の風評対策予算を一部負担しなければならないのが筋ではないのか。

「朝日新聞不祥事伝承館」を

今回の伝承館報道は、まさに朝日新聞が過去に起こしてきた“KY珊瑚事件” “新党日本虚偽メモ問題”“吉田調書捏造”と全く同じ、内輪ウケありきの“スクープ”欲しさの功名心で自分達で問題を自作自演的に創作してきた構図の繰り返しであると言える。自分達の過ちを反省せず、伝承もしてこなかったのはむしろ朝日新聞側であろう。

朝日新聞は今回も火のないところに問題を放火してまで他人にだけ責任を要求している場合ではなく、得意の不動産業を活かしてでも自分達こそが”朝日新聞不祥事伝承館“あたりを建てる必要があったのではないか。

もっとも。仮に今回、朝日新聞が要求したように語り部の政治的発言がより自由にまかり通るようになったと仮定したとしても、だ。

これまで散々復興の邪魔をしたり、先の三浦記者のように“安全より安心”などと関係者の成果や暮らしを平気で踏みにじってきた連中は、まさか自分達に都合の良い“国や東電への恨み節”ばかりが被災地から聞こえてくるなどとは思わないほうがいい。

福島県民にはもとより、和を乱しかねない内心を公の場で雄弁に語ることを“恥”と考える人も少なくない。しかし、その口を一度開かせれば批判が国や東電ばかりに向かうと信じて疑わないならば、それこそ当事者を碌に取材もせず、都合良く利用することしか考えて来なかったのだと言えるだろう。

朝日新聞をはじめ新聞記者たちに言いたい。たとえ口に出さずとも、あなた方がフクイチ事故後にしてきた所業の数々や安っぽい功名心・被災地住民への内なる蔑視を見透かしている人間は、あなた方が思うほど少なくない、と。

Ii126a  朝日新聞は「表現の自由」を錦の御旗に、それが真実なのか、正しい方向なのかはどうでもよく、ただただ自身のイデオロギーに沿って論説を作り上げる、そうしたどうしようもない性癖がありそうです。しかも現場での取材や検証をおろそかにして。

 それは戦後、大学での共産主義にかぶれた教授たちが、スターリンや毛沢東の稀に見る蛮行と言う現実は全く見ずに、ただマルクス・エンゲルスの机上の学問的論説に夢を見、かぶれて、日本は悪い、共産主義化が必要だと、日本の論壇を占有した状況と重なって見えます。しかも自分から共産主義革命を実行しようなどとは全く思わずに。

 つまりその流れを今も引きずる朝日の論調は、政府が悪いと言い続けても政権交代を仕掛けるリーダーになり得ないので、モリカケや桜、今では学術会議にその論点を集約して、少しでも政権にダメージを与えようと、世論操作をするメディアの風上にも置けない、組織になり下がっているのでしょう。

 そこで世論操作をより有効にするために、都合の良いストーリー作りのための嘘や捏造を、繰り返すのだと思います。全くどこかの国のストーリー作りと酷似しています。そしてその国からは、日本での素晴らしいメディアだと持ち上げられているのです。そのストーリーが国のためになればいいのでしょうが、とにかく日本弱体化狙いであるのは間違いありません。本当に消えてなくなって欲しいメディアです。


(よろしければ下記バナーの応援クリックをお願いします。)


保守ランキング

(お手数ですがこちらもポチッとクリックをお願いします)

にほんブログ村 政治ブログ 保守へ
にほんブログ村

 

« 常識外れの学術会議、有用な研究を潰し「学問の自由」を侵害していた…! | トップページ | テレビで詭弁、逆ギレの政治運動を展開「羽鳥慎一モーニングショー」 »

メディアと政治」カテゴリの記事

2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
フォト
無料ブログはココログ