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2021年6月

2021年6月30日 (水)

なぜ国産ワクチン開発が進まないのか

K10013022871_2105102203_2105102230_01_03  今日本ではワクチンの接種が高齢者を手始めに進んでいて、6月28日現在一回接種した人は全人口の22.1%、65歳以上の高齢者の58.3%、2回目の終わった人は全人口の10.8%、高齢者の24.4%となっています。

 しかし世界的に見ると一回接種では8カ国以上が50%を超えていますし、接種が完了した人が25%を超えている国も10カ国以上と、日本は決して早いほうではありません。その大きな原因の一つにワクチンの入手の問題があり、全量海外製のワクチンの輸入に頼っていて、国産ワクチンの供給が未だ見通せない状況にあることです。

 医療先進国と言われながら、なぜワクチンの開発があまり進まないのか、今回はその原因を探ることにします。まず最初に開発国のアメリカ、イギリス、ロシア、中国、インドなどと日本の違いの一つに、感染症のワクチン開発が国防の一つだという認識の差があるようです。昨日の産経WESTの記事『欠ける国防意識 米中は軍を挙げ開発』(6/29)から引用します。

日本で新型コロナウイルスの国産ワクチン開発が遅れたのは「ワクチンは国防の手段」との観点が欠けているからだ。米国、中国などは細菌兵器によるバイオテロなどを想定し平時から研究を進める。「感染症は有事」との緊張感を持たなければ、日本は失敗を繰り返すことになる。

国防予算で開発支援

「国防総省の助成金の対象にしたい。その製剤はどんな技術で作り、いつ実用化するのか」

国産ワクチンの話を耳にすると、再生医療ベンチャー「メガカリオン」(京都市)創業者の三輪玄二郎氏は、米国大使館の男性からかけられた言葉を思い出す。9年前、東京・本郷の東京大学構内でのことだ。同社は人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作る血小板製剤の開発を進めてきた。製剤には血液を固め出血を止める働きがある。男性の目的は国防予算で開発を支援し、米兵の治療薬として使うことだった。

申請書類はわずか数ページで、日本の助成金申請に比べて極めて簡素。だが支援は受けなかった。「技術は素晴らしいのに実用化で外国に先を越される。その失敗を日本はまた繰り返すことになる」。血相を変えた元経済産業省次官の松永和夫氏からやめるよう、このように説得されたためだ。

三輪氏のケースはワクチンでない。しかし米国が医薬品開発を「国防」とみていることを示している。三輪氏はいう。「防衛省からは援助の話がない。日本の世論を考えると軍事費での支援は簡単でないのかもしれない」

バイオテロ事件が契機

「米国や英国、中国、ロシアはバイオテロなども想定し、平時から軍を挙げワクチン開発を進めている」。東大医科学研究所の石井健教授はこう指摘する。

米国では、炭疽(たんそ)菌入りの郵便物が郵送された2001年のテロ事件を機に、軍が急速にワクチン開発への関与を強めた。国防総省が13年、2500万ドル(約27億円)を援助したのが米モデルナ。対象は、今や新型コロナワクチンの潮流である「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」の開発だ。

同社は豊富な資金で開発を進め知見を蓄積。この知見が、早くも昨年3月に新型コロナワクチンの第1段階の臨床試験(治験)を始めることに貢献した。

中国では同5月、第1段階の治験において世界で初めて新型コロナワクチンの人への効果が確認された。共同開発したのは人民解放軍。エボラ出血熱のワクチン開発に関わった女性少将が指揮した。

「人民解放軍の貢献は、中国の制度の優位性を証明するものとして習近平指導部によって喧伝(けんでん)されている」。防衛省防衛研究所の報告書はこう分析した。

次のパンデミック、国民を守れるか

ワクチン戦略を国防の手段と位置づける視点は「日本に皆無」と石井教授は批判する。

政府は今年6月、ワクチンの開発や生産体制の強化に向けた政策をまとめた戦略を閣議決定。「(体制強化は)危機管理上もきわめて重要だ」。先立つ会合で菅義偉(よしひで)首相は強調した。

だが、戦略にワクチンを国防の手段と定義する文言は明記されず、中心となり携わる省庁として挙げられた中に防衛省はなかった。

自民党では危機意識が強まる。甘利明税調会長が座長を務める新国際秩序創造戦略本部は5月にまとめた提言で「緊急事態における特別に使用を認めるための制度のあり方について検討すること」を求め、ワクチン戦略を経済安全保障の観点からもとらえる重要性を強調した。

国防、安全保障の目的は国民の命を守ることだ。次のパンデミックの脅威から国民を守るには、未知の感染症に対応するワクチンを素早く開発できる技術を持てるか否かにかかっている。国を挙げた仕組みを整える責務が政府にはある。

 ◇

 何しろ日本は大学で軍事研究はおろか、武器などの開発研究もその周辺技術でさえ自粛を要請される問題があります。日本学術会議の提言にもなったほどです。戦後75年を過ぎた今でも、軍事アレルギーは強く、そこに異常に反応するメディアや知識人がいます。

 こうした現状を改善しなければ、医療に限らず、日本の学術研究は衰退の一途をたどるのは目に見えています。ところで少し前になりますが、ミオ戦略会議室がM-NEWSとして発行している情報誌に、この問題に関する記事がありましたので、以下に引用します。タイトルは『日本のワクチン対応は「世界最低レベル」』(5/10)です。

 ◇

東京2020オリンピックを開催するならワクチン戦略がキーポイントだった

 今となっては遅いものの、日本が本気で東京2 0 2 0オリンピック五輪を開催したいと考えるなら、実は「ワクチンの確保」こそが、万難を排して取り組むべきことだった のかもしれません。日本国民の大多数がワクチンを接種し、諸外国のオリンピック参加者にもワクチンを提供することが、世界が不安にならない東京 2 0 2 0オリンピック開催の最低条件だったのかもしれません。

甘かったワクチンに対する日本の考え

 英国は2020年12月に世界で最初に臨床試験を経て認可されたワクチンの接種を開始しています。さらに、ボリス・ジョンソン首相は「 6月2 1日にほとんどの制限を解除する」と宣言しました。そして 8月か 9月までには国内の全ての成人が 2度のワクチン接種を終えると自信も示しています。

 血栓症発症の問題はあるものの、英国のオックスフォード大学と大手製薬会社アストラゼネカが共同開発したワクチンが世界中に輸出されており、もしも英国が五輪を開催する立場ならば、当然ワクチン戦略を最優先に取り組んだに違いなでしょう。

 日本は英国と比べて新型コロナの感染者数・死者数が約 1 0 0分の1の規模にとどまっています。ワクチン情報を正確に得て、国を挙げて戦略的に動けば、ワクチンを十分に確保して安全な東京2 0 2 0オリンピックの開催が宣言できたのではないのでしょうか。

日本のワクチン情勢の現実-決して国内のワクチン開発の遅れが問題のポイントではない-

 当初 4月からとされた高齢者のワクチン接種が5の中旬以降に延期され、医療従事者のワクチン接種も2 5%という低値に留まっています。ワクチン担当の河野太郎行革担当相が記者会見を開くたびにワクチンの接種スケジュールが混乱して遅れており、国民は日本のワクチン接種計画に焦燥感を募らせています。

 世界と比較してみても日本のワクチン接種の開始はG 7最も遅く、現在までにワクチン接種を完了した人数についても、米国4 4 5 2 . 8 9万人 、トルコ501.37万人、ドイツ 3 2 4 . 6 0万人、英国 4 5 0 . 0 4万人である一方、日本はわずか1 9 0万人に留まっています。その理由の一つに、ワクチン大国であったはずの日本における国内での開発の遅れが指摘されています。現在、日本では約1 0の小グループが自国ワクチンの開発を行っていますが、欧米と比較して小規模でリソースが足りず、多くのワクチンは臨床試験に入れる前の動物実験や細胞での実験の段階にとどまっています。この中で、人に投与するワクチン臨床試験に入れたワクチンは大阪のバイオベンチャー企業「アンジェス」と製薬大手の塩野義製薬の2社だけです。

 しかし、世界のワクチン接種が進んでいる国を見てみましょう。ワクチン接種が日本より進んでいる国の多くでは自国製ワクチンを開発していません。結論から言うと、素早く十分な量のワクチンを外国の製薬会社から調達できればいいのです。何も国産 にこだわらず、外国製で十分なのです。そのためのワクチン獲得交渉を、政府が迅速に行ってこなかったことが重要な問題なのです。

首相のフットワークの悪さ、国内規制が足かせに

 イスラエルは昨年、2020年6月にベンヤミン・ネタニヤフ首相が自ら製薬会社であるファイザー社のトップとワクチン調達の交渉を開始しました。ファイザー社のアルバート・ブーラCEO(最高経営責任者)とはなんと17回会談し、ファイザー社のワクチン提供の合意にこぎつけています。多くの国ではその国の首相が製薬会社と交渉してワクチン獲得競争を繰り広げている一方で、日本は厚生労働省が製薬会社と交渉してきました。しかし製薬会社が望む医療データ提供についてプライバシー保護の観点から不可能と拒否するなど、従来の国内規制に沿ったしゃくし定規の回答を繰り返していたため、交渉はうまく進みませんでした。

 本来なら当時の安倍前首相がファイザー社のアルバート・ブーラCEOとトップ会談を行い、オリンピック開催のためにもワクチン調達の交渉をするべきでしたが、このころから「桜を見る会問題」などの政治的な問題から体調を崩し、ワクチン調達の前面から姿を消していました。

 業を煮やした首相官邸は、2021年1月下旬になって河野担当相がファイザーとの直接交渉に乗り出したものの、ファイザーは「交渉は首相を出してほしい」と突っぱね、一閣僚を相手にしないという強い姿勢を示してきました。日本のワクチン獲得の遅れは首相官邸の動きがあまりに遅すぎた、ということに尽きると思われます。

これほどまでに遅れた原因は

 日本の厚労省には古くから国内製薬会社の既得権益を守ろうとする因習があります。従来から特にワクチン供給や開発に対して、厚労省は国内製薬会社を守るために、海外メーカーからの新しいワクチン調達に後ろ向きで、国内のワクチン開発を待つという姿勢でした。したがって、新しいワクチン調達では、海外メーカーと杓子定規な交渉に終始し、事態の打開に首相を担ぎ出すことを避け続け、いつもの「官僚支配」を新型コロナウイルスワクチン調達にも採用し、失敗したのです。

 もう一つの問題は、厚労省と「専門家」のワクチン開発に対する勉強不足です。従来のワクチン開発の常識(日本の得意分野である不活化ワクチンや生ワクチン)を超えて驚異的なスピードで進んでしまった新型コロナウイルスのmRNAワクチン開発の進捗状況を読み切っていなかったことにあります。

 これまでの感染症のワクチンが数年以内に開発されたことはありませんでした。しかし、世界ではエボラ出血熱、SARSやMARSの感染を経験したことで、コロナウイルスのワクチン開発競争は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック発生前にすでに始まっていました。それと同時に、DNAワクチン、mRNAワクチンなどの従来の弱毒化ワクチンや不活化ワクチンとは大きく発想が異なる、新しいテクノロジーが開発されていたのです。

 今回のコロナワクチン開発にはワクチン開発のための国際的なアライアンスが多数形成されました。英ウェルカム・トラスト財団や、ビル・ゲイツ財団などがワクチン開発のために巨額の開発資金を提供したのです。これらの支援を受けて、多くの研究施設はコロナ禍の環境にもかかわらず、1年という短期間で新しいワクチンの開発を実現させたのです。

 イスラエルのネタニヤフ首相が、昨年6月という早い時点で製薬会社と交渉を開始したのは、この新しいワクチン開発の進化を的確に学び、理解していたからです。 日本では、「ワクチン開発には数年かかる」として、ワクチン接種によるパンデミックの終結は想定していませんでした。厚労省の多くの技官は、世界の新型コロナの研究を主導する「ネイチャー」「ランセット」などの世界の学術誌の最先端の議論をフォローしきれておらず、また政府が設置した「専門家会議」の委員の多くは、過去の業績を認められた学会の権威にすぎず、新しい感染症のパンデミックを世界の最先端で研究している人ではありませんでした。

 多くのワクチン専門家会議の委員は、この新しいDNAワクチン、mRNAワクチンの新しいテクノロジーとその威力には懐疑的でした。こうしたさまざまな要因が重なり、首相官邸に世界のワクチン開発の最先端の情報はもたらされることなく、ワクチン獲得は後手に回ってしまったのです。

終わりに

 日本の新型コロナワクチン獲得の「敗北」からは、今後の日本の新興感染症対策の体制の再構築へ向けた教訓があります。まず、諮問会議に起用する専門家は、学会が推薦する過去に実績のある権威ではなく、世界の最先端の研究に取り組む若手を起用することです。委員も日本人に限る必要すらありません。感染症に国境はなく、その対策の決定は国際的な協力が必要で、国家が隠すべきことはないからです。

 次に、感染症の研究やワクチン開発の機関の集約です。日本では大学病院や小規模な製薬会社が個別に動いていますが、これを集約して大規模な取り組みとすることが必要です。

 さらに、民間による巨額の資金の確保が必要です。オックスフォード大学は、前述のウェルカム・トラスト財団から約130億ポンドもの巨額資金を得て運営されています。英国のような巨大な慈善団体が存在しない日本では、企業が資金を拠出して基金を設立すべきです。

 ◇

 今回の新型コロナウィルスに限らずその防疫のためのワクチン開発などの施策は、大国と言われる大方の国は、国の安全保障の一環と捉え、軍事研究の一つに挙げられていますが、日本はその考えも体制も全くゼロ。これがワクチン開発の遅れの理由の一つです。

 そしてしかも医療体制の仕組みも取り組みも周回遅れです。その理由は厚労省はじめ、国の官僚の責任逃れ体質と既得権益保護の体質が根底にあります。ここは日本の最大の弱点と言ってもいいでしょう。その点にメスを入れなければ今後も同様な事態が続くでしょう。

 以上二つの大きな理由があって、ワクチン開発が致命的に遅れているのですが、現在の感染の拡大は外国製に頼っても仕方がありませんが、来年以降のコロナ感染抑制は国産ワクチンの完成でもって、是非収束に向かわせたいものです。

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2021年6月29日 (火)

戦勝国からお仕着せられた憲法、その背景(2)

20  今回も前回に引き続き、日本国憲法の制作背景です。前回は現憲法がGHQの手で作られた経緯を矢部宏治氏の著書『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』から引用しました。今回はその続きとして、憲法前文や9条の条文がどこからどのように組み込まれたのか、同著書の一部を引用して解き明かしたいと思います。

憲法9条のルーツをたどる

 憲法9条の問題について調べていくと、やはり「ポツダム宣言」や「降伏文書」とまったく同じ問題に直面します。つまり私たち日本人は、9条というこの憲法上の問題について、基本的な文書をまったく読まずにこれまで「議論」してきたのです。

 その代表が、「戦後日本最高の知識人」として名高い丸山其男なのですから、何とも複雑な思いがしますが、そのことについては本章の最後でお話しします。

 日本国憲法について、それが国連憲章との強い関連のなかから生まれたという話は、比較的よく知られています。

 だとすれば当然、憲法9条や憲法前文について少しでも論じようとするなら、それらの条文が、国連憲章のどの条文にルーツがあるのか、さらにその国連憲章の条文はそれぞれどこにルーツをもっているかについて、まず調べる必要があります。

 そうすれば私のような門外漢でも、国連憲章を語るには最低でも次の①から④までの四つの段階の条文を読まなければならないということが、すぐにわかるのです。

戦後の世界のかたちを決めた大西洋憲章

 詳しくは『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』という本に書きましたので、ここでは全体の流れだけを、ざっとご説明しておきます。

 まず、まだ太平洋戦争が始まっていない1941年8月14日の段階で、当時のフランクリン・ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相が、まもなくアメリカが対日戦に参戦することを前提に、

Chtotakoeatlanticheskayahartiyapodpisani  「米英が理想とする戦後世界のかたち」を宣言した二ヵ国協定を結びます。それが大西洋憲章です。

 翌1942年1月1日、米英はその大西洋憲章にもとづき、ソ連と中国(中華民国)を含めた26ヵ国の巨大軍事協定を成立させ、第二次大戦を戦う体制を整えます。その参加国をあらわす言葉が「連合国」(United Nations)で、協定の名が②連合国共同宣言です。

 その後、さらに参加国を増やしながら第二次大戦を戦い、連合国の勝利が確実になった1944年10月、米・英・ソ・中の四ヵ国で国連憲章の原案である③ダンバートン・オークス提案をつくります。

 そしてヨーロッパ戦線の戦いがほぼ終了した翌1945年の4月から6月にかけて、③の条文をもとにサンフランシスコで50ヵ国が会議を行い、④国連憲章をつくります。その結果、同年10月に51ヵ国が参加して、軍事上の国家連合から平時の国際機関に衣替えした「国際連合」(United Nations)が誕生したのです(ご覧のとおり、英語では「連合国」と「国連」は同じ表記です)。

 この経緯を簡略化すると次の通りです。

  •  大西洋憲章(米英二ヵ国で基本文書作成/1941年8月)

     ↓

  •  連合国共同宣言(26ヵ国が参加/1942年1月)

     ↓

  •  ダンバートン・オークス提案(米英ソ中の四ヵ国で基本文書作成/1944年10月)

     ↓

  •  国連憲章(五〇ヵ国が参加して作成/1945年6月)

 まず主要国で基本文書をつくり、それにもとづいて加盟国を集める。さらに大きな枠組みをつくって、また同じことをくり返す。非常に論理的かつ戦略的なやり方です。こうした物事の進め方こそ、日本人が最も見習わなければならないところだとつくづく思います。このやり方で米英は第二次大戦に勝利し、そのまま「戦後世界」を支配し続けているわけです。ですから、そのすべてのスタート地点となった「大西洋憲章」は、日本ではあまり知られていませんが、非常に重要な文書なのです。

 現在、私たちが暮らす第二次大戦後の世界は、「領土不拡大の原則」や「民族自決の原則」など、基本的にはまだ、このとき大西洋憲章で示された枠組みの上にあります。

 したがって、本当は現代史を教えるには、まずこの大西洋憲章から教え始めなければならない ― それほど重要なものなのです。

1.両国は、領土その他の拡大を求めない。

2.両国は、当事国の国民が自由に表明した希望と一致しない領土の変更は望まない。

3.両国はすべての民族が、自国の政治体制を選択する権利を尊重する。両国は、かつて強制的に奪われた主権と自治が、人々に返還されることを望む。

4.両国は、現存する債務関係について正しく配慮しながら、すべての国家が、大国、小国を問わず、また戦勝国、敗戦国にかかわらず、経済的繁栄のために必要な、世界における商取引と原料の確保について、平等な条件で利用できるよう努力する。

5.両国は、改善された労働条件、経済的進歩および社会保障をすべての人々に確保するため、経済分野におけるすべての国家間の完全な協力が達成されることを希望する。

6.両国は、ナチスによる暴虐な独裁体制が最終的に破壊されたのち、すべての国民がそれぞれの国境内で安全に居住できるような、またすべての国の民族が、恐怖と欠乏から解放されて、その生命をまっとうできるような平和が確立されることを望む。

7.そのような平和は、すべての人びとが妨害を受けることなく、公海・外洋を航行できるものでなければならない。

8.両国は、世界のすべての国民が、現実的または精神的な理由から、武力の使用を放棄するようにならなければならないことを信じる。もしも陸、海、空の軍事力が、自国の国外へ侵略的脅威を与えるか、または与える可能性のある国によって使われ続けるなら、未来の平和は維持されない。そのため両国は、いっそう広く永久的な一般的安全保障制度〔=のちの国連〕が確立されるまでは、そのような国の武装解除は不可欠であると信じる。両国はまた、平和を愛する諸国民のために、軍備の過重な負担を軽減するすべての実行可能な措置を助け、援助する。

フランクリン・D・ルーズベルト ウィンストンーチャーチル

憲法9条のルーツである大西洋憲章・第8項

 大西洋憲章のなかで、日本の憲法9条を議論するにあたり、まず見なければならないのは、第8項です。そこには憲法9条の持つ、

A「平和に対する人類究極の夢(=戦争放棄)」

B「邪悪な敗戦国への懲罰条項(=武装解除)」

 というふたつのルーツが、はっきりと書かれているからです。

 それを読むとわかるように、日本国憲法9条は、ただ素晴らしいだけの「人類の夢」として生まれたものではありません。その条文のなかには、戦争と平和をめぐる人類の歴史の光(A)と闇(B)が、どちらも内包されています。そのふたつの現実を、私たち日本人はよく知らなければならないのです。

 以下がその光(A)と闇(B)に対応する、大西洋憲章の条文です。

A「両国〔米英〕は、世界のすべての国民が、現実的または精神的な理由から、武力の使用を放棄するようにならなければならないことを信じる」 (戦争放棄:第8項前半)

B「もしも陸、海、空の軍事力が、自国の国外へ侵略的脅威を与えるか、または与える可能性のある国によって使われ続けるなら、未来の平和は維持されない。そのため両国は、いっそう広く永久的な一般的安全保障制度[=のちの国連]が確立されるまでは、そのような国の武装解除は不可欠であると信じる」 (武装解除‥同後半)

憲法9条は国連軍の存在を前提としていた

 こうした大西洋憲章の理念を三年後、旦一体的な条文にしたのが、国連憲章の原案である「ダンバートンーオークス提案」 (③)でした。この段階で「戦争放棄」の理念も条文化され、世界の安全保障は国連軍を中心に行い、米英ソ中という四大国以外の一般国は、基本的に独自の交戦権は持たないという、戦後世界の大原則が定められました(第8章・12章)。

 これはまさしく日本国憲法9条そのものなんですね。ですから憲法9条とは、完全に国連軍の存在を前提として書かれたものなのです。

 日本ではさまざまな議論が錯綜する憲法9条2項についても、この段階の条文を読めば、あっけなくその本来の意味がわかります。要するに、日本国憲法は国連軍の存在を前提に、自国の武力も交戦権も放棄したということです。

実現しなかった国連軍

 ですから、もしこの「ダンバートンーオークス提案」の条文が、そのまま国連憲章に受け継がれ、戦後世界の基礎となっていれば、日本国憲法9条は新しい時代の到来を告げる理想的な憲法の条文として、世界中の国々のモデルとなったはずなのです。

 ところが現実はどうだったかというと、結局、この段階で想定されていたような正規の国連軍は、ついに一度も編成されることはありませんでした。それどころか、逆にその後、国連憲章に意図的に挿入された「集団的自衛権」などのいくつかの例外条項が、朝鮮戦争をきっかけに猛威を振るい始め、現在まで続く戦争の絶えない「戦後世界」が出現してしまったのです。

 1946年2月3日、マッカーサーの指示のもと、部下のケーディス大佐たちが日本国憲法の草案をつくり始めた日、ロンドンではまさに、第一回・国連安保理決議にもとづく「国連軍創設のための五大国の会議」(第一回軍事参謀委員会会議)が始まっていました。

 そしてその日、マッカーサーが部下たちに示した憲法草案執筆のための三原則(いわゆる「マッカーサー・ノート」)のなかには、

 「日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」

 と書かれていました。

 憲法9条が国連軍を前提として書かれた条文であることに、疑いの余地はありません。そしてその背景にはいま見たように、1941年の大西洋憲章にはじまる、国際的な安全保障体制についての長い議論の積み重ねがあったのです。

 ところが、「9条は日本人が書いた」「幣原首相が書かせた」と主張する人たちが9条に抱いているイメージというのは、安全保障とは基本的に関係のない、おもに「絶対平和主義」という思想上の系譜ですので、ここでどうしても話がかみ合わなくなってしまうのです。

丸山眞男の憲法9条論

 その代表が先にふれた丸山眞男でした。

 意外なことに、この「戦後日本最高の知識人」と称されるほどの人物が、ここまで私がご説明してきた、

 「大西洋憲章」 → 「連合国共同宣言」 → 「ダンバートン・オークス提案」 → 「国連憲章」

 という歴史的経緯をまったく理解しないまま、有名な憲法9条論 (「憲法第九条をめぐる若干の考察」 『後衛の位置から』 未来社 所収)を書いていたことは、すぐにわかるのです。

 それは憲法前文の、

 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 という部分について、彼が論じた文章を読めば明らかです。

 丸山は、前文のなかにあるこの一節は、日本人からよく誤解されているといいます。

 というのも、9条と強い関連を持つこの一節の、

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」

 という部分を、日本人が、

「他の国家に依存すること」

 とゴッチャにしているからだ。それは日本人が「ピープル」と「ネイション」と「ステイト」の区別がよくわかっていないための「誤解」なのだと指摘しています。

 丸山によれば、そうではなく、あくまでもこの部分は、

 「普遍的理念に立った行動を通じて、日本国民はみずからも平和愛好諸国民の共同体の名誉ある成員としての地位を実証してゆくのだ」

 という論理であり、決意の表明または思想を意味しているのであって、

 「特定の単数または複数の他国家に日本の安全と生存をゆだねること」

 とは、まったく違っているのだというのです。

「平和を愛する諸国民」とは?

 しかし、この見解は残念ながら、かなり初歩的な間違いなのです。

 なぜなら、丸山が問題にしている「平和を愛する諸国民」とは、彼がいうような抽象的な概念ではなく、本来、

 「第二次大戦に勝利した連合国(およびその国民)」

 を意味する言葉だからです。

 それはこれまで見てきたように、国連憲章や大西洋憲章の条文をさかのぼってみればすぐにわかることなのです。

 そもそも[平和を愛する諸国民]という言葉は、まず先にご紹介した「大西洋憲章」の第8項に登場します。そこでは、これからはじまる世界大戦が、

 「他国へ侵略的脅威をあたえる国」 (=ドイツや日本などの枢軸国)

 「平和を愛する諸国民」 (=のちの連合国)

との戦いであるという、米英の基本的な世界観がはっきりと示されているのです。

 大西洋憲章の条文が、いかに日本国憲法の前文にダイレクトな影響を与えているかについては、いま触れた部分のすぐあとにある、

 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

 という憲法前文の有名な箇所が、

 「〔米英〕両国は、(略)すべての国の民族が、恐怖と欠乏から解放されて、その生命をまっとうできるような平和が確立されることを望む」

 という大西洋憲章・第6項の後半を、ほとんどコピーしたような内容であることからもわかります。

 もっとはっきり言ってしまえば、つまり憲法前文の執筆を担当したGHQのハッシー中佐が、大西洋憲章を参照しながら、このあたりの文章を書いていたということです。丸山は同じ「論文」のなかでその箇所についても言及していますが、残念ながらそのルーツが大西洋憲章・第6項にあることも、まったくわかっていないようです。

 「調べたこと」と「頭で思ったこと」

 そして大西洋憲章にもとづいてつくられた「ダンバートン・オークス提案」(第3章)でも、「国連憲章」(第4条1項)でも、「平和愛好国」という言葉が、「国連」の加盟国とほぼ同じ意昧でつかわれていることを思えば、

 「日本国民は(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 という丸山が問題とする憲法前文の一節が、

 「日本は第二次大戦に勝利した連合国(=国連)の集団安全保障体制に入ることを受け入れ、その前提のもと、憲法9条で国家としての軍事力と交戦権を放棄した」

 という意味であることは、あまりにも明らかなのです。

 つまり丸山は、憲法9条という法学上の問題を議論するにあたって、最低限行うべき、条文をさかのぼって「調べたこと」を書くという作業をせず、ただ自分が「頭で思ったこと」を書いているにすぎないのです。

「丸山教団」と日本の知識人の倒錯

 この「論文」のなかで丸山は、

 「〔憲法〕前文と第九条との思想的連関を全面的に考察するには、さらにそこに含まれた理念の思想史的な背景にまで遡らねばならないでしょう」

 とも語っています。

 「9条と前文を考察するなら、まず条文のルーツをさかのぼった方がいいのでは?」

 と突っ込みたくなりますが、丸山はこう続けます。

 「これはサンピエールやカントからガンジーに至るまでの恒久平和あるいは非暴力思想の発展の問題であり、日本の近代思想史においても、横井小楠などからはじまって、植木枝盛、北村透谷、内村鑑三、木下尚江、徳富蘆花などへの流れがありますし、さらに現実の社会運動にあらわれた思想としては……」

 と、さらに述べたあと、

 「……など、いろいろな形態の表現を第九条の思想的前史として追うことができますが、そうしたことは今日の報告では省かせていただきます」

 と、まさかの肩すかしをくらわせます。

 「えっ、説明しないのり‥」と、この部分だけは、読んでいて声をあげそうになりました。

新しい時代を始めるために必要なこと

 説明しないのに、なぜそんなに多くの思想家たちの名前をあげたかといえば、それは単なる権威づけにすぎず、そのあと自分が述べる意見(つまり「自分が頭で思ったこと」)に説得力を持たせたかったからでしょう。けれどもその意見というのが、憲法9条は日本人が自主的に書いたという「絵本のような歴史」なのですから、もうどうしようもありません。

 可能な限り公平な視点から、この「論文」が収録された本(『後衛の位置から』)を読んでみたところ、もっとも評価できたのは次の点です。

 それは付録としておさめられた、アメリカ国務省での勤務経験を持つ日本文学者(コロンビア大学教授)、サイデンステッカーの次のような丸山評を、削除せずそのまま残しているところです。

 「丸山はあくまでも日本的な現象である。さまざまな観念がこんぐらがった(ママ)彼の文章を見てゆくと、それが対象とする日本国民とその過去の倒錯〔=丸山のおもな研究テーマだった戦前の軍国主義やファシズムのこと〕についてのべるところよりも、むしろ、その中にあらわにされている「丸山教団」や日本知識人とその現在の倒錯を探るために読みたいという強い誘惑をおぼえる」

 つまり、基本的に何をいってるかさっぱりわからず、日本の国外ではまったく通用しない文章であり、議論だとはっきりいっているのです。

 私も全面的にこのサイデンステッカーの意見に賛成します。

 丸山のように飛びぬけて優秀な頭脳を持つ必要も、際立って高い社会的地位を持つ必要もありません。

 ただこれから私たちはできるだけ、「頭で思ったこと」ではなく、「調べたこと」を持ち寄って、重要な問題をみんなで話しあっていきましょう。

 おそらく、そこから新しい時代がはじまります。

 ◇

 なるほど憲法前文や9条の条文は、米英二カ国が協定した大西洋憲章の条文から抜き出した文章なのですね。しかも9条は国連軍の存在を前提にしていた。つまりその前提が崩れたからにはもう使い物にならない条文だと言うことです。理想と現実は異なります。しかも戦勝国にとっての理想であって、敗戦国には何の役にも立ちません。

 それを丸山眞男氏を始め、多くの9条教信者の人たちは、さも大事な理想条文として崇めていますが、矢部氏の指摘の通り単なる勘違いが生んだ代物であり、さっさと現実を見つめ直して、現状にあったものに作り替えていく必要があると思います。そうでなければ、竹島や北方領土、拉致被害者の奪還など交渉の入り口にも立てない状態が、今後も続くことになるでしょう。覚醒せよ日本人、今こそ自前の憲法を持とう、と声を上げていきたいですね。

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2021年6月28日 (月)

戦勝国からお仕着せられた憲法、その背景(1)

J191015komoritop700x485  「日本憲法はGHQが起草した」。これは今では周知の事実ですが、その前文や9条の条文がどういう経緯で書かれたのかは私自身知識はありませんでした。ただアメリカを始めその当時日本と戦った国としては、急速に力をつけたアジアの小国に、もう二度と刃向かうことのできないように、徹底的に弱体化を狙ったため、そう思っていました。

 それもその理由の一つとして間違いではないと思いますが、あの「平和を愛する諸国民の、公正と信義に信頼して・・・」や「正義と秩序を基調とする国際平和を・・・」と言う文章は、まさか当時の連合国がそうであったとはとても思えず、その後の米英ソ中の行動を見れば真っ赤な嘘だったことがバレバレです。

 では、果たしてどこから来たのか、それをひもとく鍵は、作家の矢部宏治氏の著書『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』にありました。今回と次回の2回にわたってその裏側の事実を、彼の著書の一部から引用させていただき探っていきたいと思います。今回は第二次世界大戦でポツダム宣言を受諾し降伏した日本を、アメリカがどう戦後処理しようとしたか、その中でその処理の一環として、日本憲法をGHQの手で作成した事実を追います。

 ◇

重要な文書は、最初すべて英語で作成する。

 本書でいま、私がお伝えしているような大きな日本の歪みについて、多くの方が関心を持つようになったきっかけは、2012年にペストセラーとなった孫崎享氏の『戦後史の正体』だったかもしれません。

 外務省の国際情報局長という、インテリジェンス部門のトップを務めた孫崎氏は、同書の第一章を、次のような少し意外な問いかけから始めています。

 「日本はいつ、第二次大戦を終えたのでしょう」

 こう聞くと、ほとんどの人が、「1945年8月15日に決まっているじやないか」というが、それは違う。8月15日が「終戦記念日」だというのは、世界の常識とは、まったくかけ離れているのだと孫崎氏はいうのです。

 「私は米国や英国の外交官に友人がたくさんいます。彼らに「日本と連合国の戦争がいつ終わったか」と聞くと、だれも8月15日とはいいません。かならず9月2日という答えが返ってくるのです」

 世界の常識からいうと、日本の「終戦記念日」である8月15日には何の意味もない。

 国際法上、意味があるのは日本がミズーリ号で「降伏文書」にサインし、[ポツダム宣言]を正式に受け入れた9月2日だけだからです。

 それなのに、なぜ日本では、9月2日のことを誰も知らないのかというと、

 「日本は8月15日を戦争の終わりと位置づけることで、「降伏」というきびしい現実から目をそらしつづけているのです。 「日本は負けた。無条件降伏した」。本当はここから新しい日本を始めるべきだったのです。しかし「降伏」ではなく「終戦」という言葉を使うことで、戦争に負けた日本のきびしい状況について目をつぶりつづけてきた。それが日本の戦後だったといえるでしょう」

自分たちに都合のいい主観的な歴史

 いま読み返してみても、じつにあざやかな書き出しだったと思います。

 私も『戦後史の正体』の編集を担当するまでは、「降伏文書」や 「ポツダム宣言」について、もちろん一度も読んだことがありませんでした。孫崎氏が教授を務めた防衛大学校でも、とくに「降伏文書」は授業でほとんど教えられていなかったそうですから、おそらく普通の日本人は誰も読んだことがないといっていいでしょう。

 けれども、敗戦にあたって日本がどういう法的義務を受け入れたかを書いた「ポツダム宣言」と「降伏文書」は、もちろんその後の日本にとって、なにより重要な国家としてのスタートラインであるはずです。

 にもかかわらず、「戦後日本」という国はそうやって、その出発時点(8月15日)から国際法の世界を見ようとせず、ただ自分たちに都合のいい主観的な歴史だけを見て、これまで過ごしてきてしまったのです。

 もっとも、もちろんそれは戦勝国であるアメリカにとってもそのほうが、都合がよかったからでもありました。もしそうでなければ、そんな勝手な解釈が許されるはずがありません。

 歴史をひも解いてみると、「降伏という厳しい現実」を日本人に骨身に沁みてわからせる別のオプションのほうが、実行される可能性は、はるかに高かったのです。

 それは昭和天皇自身がミズーリ号の艦上で、自ら降伏文書にサインをするというオプションでした。

天皇自身による降伏の表明

 考えてみると、日本は天皇の名のもとに戦争をはじめ、また天皇は憲法上、講和を行う権限も持っていたわけですから(大日本帝国憲法・第13条)、降伏するにあたっても、本来天皇が降伏文書にサインするのか当然のなりゆきでした。

 事実、ミズーリ号の調印式の7ヵ月前、1945年2月時点のアメリカの政策文書では、日本の降伏文書には昭和天皇白身がサインし、さらにそのとき、次のような宣言を行うことが想定されていた

のです。

日本国天皇の宣言

 「私はここに、日本と交戦中の連合国に対して、無条件降伏することを宣言する。

 私は、どの地域にいるかを問わず、すべての日本国の軍隊および日本国民に対し、ただちに敵対行為を中止し、以後、連合国軍最高司令官の求めるすべての要求にしたがうよう命令する。(略)

 私は本日以後、そのすべての権力と権限を、連合国軍最高司令官に委ねる」

(国務・陸軍・海軍三省調整委員会(SWNCC)文書21「日本の無条件降伏」)

天皇をつかえば、多くの命が救われる

 もしもこのプランか実行されていたら、日本人が9月2日の「降伏」に目をつぶりつづけることなど、もちろん不可能だったでしょう。

 けれども、日本が8月10日にポツダム宣言の受け入れを表明した直後、このプランは撤回され、天皇に代わって日本政府と軍部の代表が、二人で降伏文書にサインするプランへと変更されます。

 その理由は、アメリカにとって最大の同盟国であるイギリスのアトリー首相とベヴィン外相から、バーンズ国務長官のもとに、

 「天皇個人に直接降伏文書へのサインを求めることが、良い方法かどうかは疑問です」

 というメッセージが届いたからでした(「アメリカ外交文書 (FRUS)」1950年8月11日)。

 なぜならこれから私たちは、天皇を使って、広大な地域に広がる日本軍を確実に武装解除していかなければなりません。それがアメリカ、イギリス、その他、連合国の多くの兵士たちの命を救う方法なのです、と。

 つまり、今後は天皇の命令というかたちで、アジア全域にいる日本軍を武装解除させていく計画なのだから、そのためには、なるべく天皇の権威を傷つけないほうがいいというわけです。

 このメッセージを本国に伝えたアメリカの駐英大使からは、その夜、イギリスのチャーチル前首相からも電話があり、そのとき彼が、

 「天皇をつかえば、遠い場所で多くの兵士の命が救われる」

 と確信をもってのべていたということが報告されています。

意図的に隠された昭和天皇の姿 

 その結果、ミズーリ号の調印式には、日本政府の代表である外務大臣・重光葵と、軍部の代表である陸軍参謀総長・梅津美治郎が二人で出席し、9月2日、降伏文書にサインすることになりました。こうしてこの一大セレモニーから、天皇の姿が意図的に隠されることになったのです。

 その一方で、昭和天皇には8月21日、マニラにいるマッカーサーから英語で書かれた「布告文」が届けられました。それは本来なら天皇自身か調印式に出席して、そこで読みあげる可能性のあった、あの「日本国天皇の宣言」が、その後、アメリカ国務省のなかで何度も改訂されてできあがったものでした。

 日本語に翻訳したその布告文に署名と捺印(御名御璽)をして、9月2日のミズーリ号の調印式にあわせて表明せよと指示してきた。言い換えれば、それさえやってくれれば、昭和天皇は調印式に出席することも、降伏文書にサインすることも、宣言を読みあげることも、すべてやらなくていいということになったわけです。

 こうして占領期を貫く。

 「最初は英語で書かれたアメリカ側の文書を、日本側が翻訳してそこに多少のアレンジを加え、最後はそれに昭和天皇がお墨付きをあたえて国民に布告する」 という基本パターンが、このときスタートすることになりました。

アメリカ国務省の冷静な視点

 私も以前から、ミズーリ号での調印式の映像を見て、

 「なぜ、重光と梅津のふたりがサインしているのだろう。ひとりじゃダメなのか」

 と不思議に思っていたのですが、彼らは昭和天皇の代わりだったわけです。

 その事実を知って、

 「なるほど。さすがにアメリカはよく調べているなあ。戦前の憲法では天皇の「大権」は、政府と軍部の二本立てになっていた。「統帥権」といって、軍を動かす権限は政府を通さず天皇に直結していたから、サインする人間もふたり必要だったわけだな」

 と勝手に感心していたのですが、今回本書を執筆するにあたり、あらためて調べ直してみたところ、さらに意外な事実を知りました。

 もし当初の計画どおり、昭和天皇白身が降伏文書にサインすることになった場合でも、アメリカ国務省は天皇のほかに、やはりもうひとりサインする人間が必要だと考えていたのです。

 それは、誰だと思いますか。

 首相でしょうか。外務大臣でしょうか。

 いや、違います。

 それは、軍部(大本営)の代表で、実際のミズーリ号での署名者でいうと、梅津美治郎だったのです。

 というのも、すでにその前年、1944年11月の時点でアメリカ国務省は、

 「日本軍の統帥権は、名目上は天皇にあるが、実際の権限は軍部 (大本営)が握っており、軍事行動の責任もすべて軍部にある」

 という認識をはっきり持っており、

 「だから降伏文書への署名も、まず天皇によって行われ、続いて大本営の正式な代表者によっても署名されることが望ましい」

 と考えていたからだったのです(国務省戦後計画委員会(PWC)文書284a)。

 日本の軍事上の権限(統帥権)が、政府にないことだけでなく、じつは天皇にもないことをアメリカ国務省はきちんと把握していた。

 つまり、第二次大戦中の日本が、

 「形式上は天皇に全権があるように見えるが、実際は軍部に乗っとられたような国なのだ」

 という分析を、アメリカは冷静かつ正確に行っていたわけです。

 だからこそ、そうした前提の上に立って、戦争に勝ったあと行う日本の占領では、

 「天皇を完全に軍部から切り離し、平和のシンボルとして利用する」

 という基本方針が早くから立てられていたのです。

 「人間官一言」の作成過程

 ここまで「降伏文書」について、なぜこれほど詳しくお話ししたかというと、この降伏文書の受け入れから、7年後の1952年4月にいちおうの独立を回復するまで、日本政府や昭和天皇が自分だけの判断にもとづいて、何か重要な文書を作成したり、発表したりすることなどまったくなかったのだということを、よく覚えておいてほしかったからです。

 「降伏」というひとつのセレモニーで、誰と誰が降伏文書にサインするべきか。その問題ひとつとっても、おどろくほど多くのレポートが書かれ、政策文書がつくられ、それがまた信じられないほど長い時間をかけて、何度も何度も改定されていく。

 それがアメリカという国の「占領」のやり方であり、「戦争」のやり方であり、また「外交」のやり方なのです。日本人をうまく誘導するためにつくられる、イメージ操作用のオモテのストーリー (「絵本のような歴史」)のウラ側には、すべてそうした分厚い研究の裏づけがあるのです。

 もっとも「占領」とは、現実の戦闘行為は終わっているものの、平和条約を結んで国と国の関係が法的に決着するまでは、法的にも政治的にもまだ「武器を使わない戦争」が続いている状態なわけですから、日本に決定権がないのは当然のことなのです。

 たとえば1946年1月1日に発せられた有名な昭和天皇の「人間宣言」も、やはり最初は英文で書かれたものでした。以下は、その日本文がどのような過程を経て生まれたかを、当時学習院の事務官だった浅野長光氏が、チャート化してメモしていたものです(一部、筆者が補足)。

「前半」 昭和天皇の意向を打診し、文案を相談した段階

 「原案(レジナルド・ブライス学習院教師・作成) → 石渡荘太郎宮内相 → 昭和天皇 → 石渡 → 大金益次郎宮内次官、浅野長光学習院事務官 → (吉田茂外相 → 幣原喜重郎首相 → 吉田) → 大金 → 浅野 → ブライス」

「後半」 正式な文章を確定した段階

 「ブライス → ヘンダーソンGHQ(連合国軍総司令部)民間情報教育局課長十ダイク同局長 → マッカーサー元帥 → マッカーサーの承認 → ブライス → 浅野 → 石渡、大金 → 昭和天皇 → 幣原 → 閣議 → 公布」

 アメリカ側も日本側も、じつに多くの人たちが関わっていたことが、おわかりいただけると思います。

 このなかの誰であれ、「人間宣言は、本当は自分が書いたのだ」ということは、主観的には可能です。しかしこのチャートには書かれていないそれ以前の段階には、戦争開始前から長い時間をかけて蓄積された本当に膨大な、アメリカによる日本の天皇と天皇制についてのさまざまな研究が存在するのです。

まず天皇自身に宣言させ、それから日本人に受け入れさせる

 ミズーリ号で「降伏文書」を受け入れたあと、天皇を使った日本軍の武装解除は、予想以上に順調に進みました。800万人ともいわれるアジア全域の日本軍が、天皇の命令によってあっけなく戦闘をやめ、武器を手放したのです。

 これからはじまる日本占領という巨大プロジェクトにおいて、昭和天皇がどれほど重要な存在であるかを痛感したマッカーサーは、天皇を占領政策に協力させ、そのまま利用し続けたいと強く思うようになります。そのための「絶対条件」が、翌1946年5月に開廷することになる東京裁判において、天皇が裁かれないようにすることでした。

 先の「人間宣言」も、その目的のために考え出されたものでした。天皇制をそのままのかたちで残したら、日本はすぐにまた狂信的な軍事国家に戻ってしまうのではないか。そうした国際世論の懸念を払拭し、広く世界にアピールして、昭和天皇を東京裁判にかけないようにするためのものだったのです。

 そして、この計画が大成功をおさめました。非常に好意的な反応が国際社会からあったのです。そこで次は「戦争放棄」という宣言を、天皇白身に行わせてはどうかというプランが、急速に浮上することになったのです。

 つまり「降伏文書」 → 「人間宣言」 → 「戦争放棄」と、重大な政策はすぺて、まず天皇自身に宣言させ、それから日本人に受け入れさせるという基本方針があったわけです。

 1946年1月に、天皇による「戦争放棄の宣言」が検討された理由も、同じく4ヵ月後に迫った東京裁判にありました。そしてそのプランが「人間宣言」のような、単なる声明の発表としてではなく、非常に大きなスケールに形を変えて実現したのが、翌月(1946年2月)に行われたGHQによる日本国憲法の草案の執筆、なかでも9条の執筆と、その国際社会へのアピールだったのです。

 「絵本のような歴史」

 その詳しい経緯については、また別の機会にお話しするとして、占領期に「最初は英語で書かれた」もっとも重要な文書が、日本国憲法であることはいうまでもありません。ですから、もしも前章(略)からお話ししている、

 「現在はその機能が停止している日本国憲法を、どうすれば再生することができるのか」

 という問題について本気で取り組もうとするなら、その憲法の成立過程で何か起きたかを、あくまで事実にもとづいて冷静に検証する必要があります。

 日本国憲法の機能停止という大問題については、第六章(略)でみたとおり、GHQの書いた憲法9条2項の問題が大きな影を落としているからです。

 「日本国憲法の草案は、占領下で占領軍によって書かれたものである」

 まずこの明白な事実を、いかなるあいまいな言い訳もなく、真正面から受け入れる必要があります。たしかに厳しい現実です。大きな心の痛みも伴います。

 でも、そこから出発するしかありません。事実にもとづかない主観的な議論には、いくらやっても着地点というものがないからです。

 「日本国憲法の草案は、本当は日本人が書いた」というのは、「戦争は、8月15日に終わった」

 というのと同じ、日本のなかだけで通用する、口当たりの良い「絵本のような歴史」にすぎないのです。

 たしかにそこには、一面の真実がある。とくに感情面での真実がある。平和憲法は戦争で大きな苦しみを味わった日本人の思いが、形になったものであることは、確かです。

 けれどもその草案を書いたのは百パーセント、占領軍(GHQ)でした。何月何日に、誰がどの条文を、誰とどのように相談しながら書いたかまでわかっている。そこに日本人が書いた条文の話など、いっさい出てこないのです。

 しかもGHQは、憲法草案を執筆した9ヵ月後の1946年11月25日、

 「GHQが憲法草案を書いたことに対する批判といっさいの言及」

 を検閲の対象として、メディアで報じたり、手紙に書くことをすべて禁じました。

 だから私たち日本人は、長年、それを自分たちが書いたと信じこんできたのです。

 このあまりにも明らかな事実に目をつぶって、憲法についてなにか意味のあることを議論することなど、絶対に不可能なのです。

 ◇

 ここまでで、日本国憲法はGHQの手で書かれた、純粋にお仕着せられた憲法だと言うことが再確認できました。従って日本人がその条文に縛られることなく、日本人による日本人のための日本国憲法を新しく作る必要をより強く感じました。なぜなら主権国家の何処の国でもその最高法規たる憲法は、その国民の手で作らなければならないし、しっかりした政府を持つ国で、自国民の手によって作っていない国は日本以外にはないからです。このことだけとっても日本の現状は極めて異常な状態だと言えるでしょう。

 ところでもう一つの疑問、その前文や9条の条文が、なぜあれほど現実離れした理想の文章になったのか、そこには米英の長期にわたる綿密で繊細な戦略と計画があったのです。 その理由は次回に譲ります。

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2021年6月27日 (日)

NHKの大罪と反核団体の嘘、日本で反原発を謳うが中共の核には無反応

Q  今回も原子力問題を取り上げます。以前このブログで、日本の原発には反対しても、中国共産党が行う核実験には反対しない、共産主義に毒された日本の多くの知識人の実態を、その象徴であるノーベル賞作家大江健三郎氏を取り上げて記述しましたが、実はNHKも組織としてそれと同じ罪を犯しているのです。

 以前にも登場願った物理学者の高田純氏の著書「脱原発は中共の罠」の一節に、その詳細が記述されているので以下に引用してご紹介します。

 ◇

NHKの大罪と反核団体の嘘

 日木人は楼蘭遺跡周辺での中国共産党の核実験の事実をほとんど知らされてこなかった。NHKをはじめ、日本のメディアがこの情報を報道してこなかった。しかも、米仏の核実験に強く抗議してきた国内の反核平和団体が、この問題に沈黙していた。時には、中国の核実験を擁誰する発言すらあったのだ。

 中国政府のウイグル人およびチベット人等への核を使用した犯罪は明白である。戦時でなく平時での戦慄の核使用が、国家により実行されていた。前世紀から今世紀に続く史上最大の人権・人道問題である。

 これに対する日本メディアの姿勢に問題ありと言わざるを得ない。特に、この核爆発災害に一切触れることなく、一力的にシルクロードの歴史ロマン番組を繰り返し放送してきたNHKの責任は重い。日本の公共放送は、この地での中国による核爆発の危険性についての情報を報道してこなかった。あたかも、NHKからの情報発信が中共政府により制御されているかのごときである。

 NHKの国際部が、チャイナの核実験のおおよその場所を知らないはずはない。普通の日本人でさえ、その場所がロプノールであることは知っているからである。この彷徨える湖として知られるシルクロードのロプノールは、NHKが現地取材し放送した楼蘭遺跡に近い。

 NHK国際部およびNHK広島局は、以前より、核爆発災害学の専門家である私のことを知っている。しかし、2008年7月に『中国の核実験』が刊行されて、この書の存在を知ってからも、この情報を全く番組で取り上げていない。

 知り合いの国際部記者と、この件について電話で話したことがある。その際、英国のテレビ局がウイグルの核被災者たちの健康影響を隠密取材したドキュメンタリー「死のシルクロード」を話題にした。これは1998年に世界83力国で放送され、翌年、ローリー・ペック賞を得ている。これをNHKで放送したかどうか確認したが、答えはNOであった。私の『中国の核実験』と合わせて、NHKで放送すべきだと提案したのが、2008年のことである。未だに、そうした番組制作の話はない。同様な態度をとっているのは、広島市に本社を置く中国新開だ。拙著が発行された年の7月に、付き合いのある記者へ、本件の情報を知らせた。また、出版社から、拙著が謹呈されている。

 チャイナ問題に対する日本の主要メディアの報道姿勢に異常を感じているのは、筆者だけではあるまい。特に、人権・人道問題に関わる日本の報道はおかしい。

19  核爆発災害で、矛盾が露呈したのは、国内の“反核”団体である。私は、「原水禁」(原水爆禁止日本国民会議)、「原水協」(原水爆禁止日本協議会)などの団体と直接の付き合いはないので、『中国の核実験』出版後、どういった見解を持ったのかはわからない。

 しかし、チャイナの核爆発災害に対する黙認は、「ノーモアーヒロシマ、ノーモアーナガサキ」の大合唱と矛盾する。これら。”反核”団体の核の蛮行の黙認は、これら団体が反核団体ではなかったことを証明するものである。私は、ある程度の範囲で、これら団体の存在意義をこれまで認めていたが、その意識は100%、吹き飛んでしまった。

 それら団体の中枢は、反核平和の意識ではなく、単なる「反米・反日」に違いない。真に平和を望む心ある日本人は、これら団体から離れた方が良い。最悪の人権・人道問題となった中共の核の蛮行を黙認する人たちは、共産党と同罪である。

日本の木馬NHKを粉砕しようI・

 私は放射線防護情報センターを主宰し、国内外の核事象の発生に対して、適切な情報を日本国民へ迅速に発信すべく、インターネットサイトを運営している。それは20年近く前、私が最初の著書『世界の放射線被曝地調査』を出版した頃に始まった。

 非営利・井政府組織だが、国民保護の課題や核放射線利用の正しい方向への進厦のために、政府機関・地方機関・民問機関の個人と連携している。また、この分野のわが国の研究の進厦を促すために、大学および国立研究機関の専門家を世話人として、私か代表となって、放射線防護医療研究会を運営した。

 これらのきっかけは、2004年に出版した『東京に核兵器テロ!』が、内閣官房および初代国民保護室長らに注目されて、私が国民保護基本指針作成に関わったことにある。こうして私は国防課題に目覚めた。

 これまで、2006年の北朝鮮の核実験の日本への核放射線影響の予測と監視、2007年の中越沖地震に対する柏崎刈羽原子力発電所の耐震性の確認、2008年の四川地震で崩壊したと想像されるチャイナの核兵器関連施設などを報じてきた。

 放射線情報センターとして、最大に注力している対象が、中共の核兵器・弾道ミサイル問題である。日本を標的とした核を搭載した弾道ミサイル、これが日本最大の脅威である。

 人命無視の共産党だから、真に怖い。北の弾道ミサイルの比ではない。まさに、わが国にとってのダモクレスの剣である。有事の際には、中共政府は躊躇せず、発射ボタンを押すだろう。

 3・18東京シンポジウムの席で、私から参加者へ、この目的を持つシルクロード科学プロジェクトが始動した。私とアニワル・トフテイ氏が中心である。白石念舟氏は特別顧問として応援いただいた(白石念舟氏は2015年お亡くなりになられた)。

 プロジェクトは、国内外の専門科学者および普通の人たちの組織である日本シルクロード科学倶楽部の応援を受けながら、複数の課題が進められている。『中国の核実験』の英語・ウイグル語翻訳版の出版事業も、そのひとつであった。

 シルクロードでの核爆発災害の調査は、人道と科学による、ウイグル、チベット、南モンゴル、カザフスタンなどのシルクロードの人々への支援であった。

 私は「対岸の火事ではない」と訴え、全国の大学図書館へ50冊寄贈することで、情報の拡散を図った。しかし、10年が経過し、中共支配地域の事態はさらに悪化した。

 100万人以上のウイグル人を強制収容する人権問題。

 南シナ海に中共は人工島の軍事基地を建設し、軍事力による支配を強めた。

 2020年、香港の一国二制度の約束を反故とし、民主主義を崩壊させた。

 無実の囚人=法輪功信者やウイグル人からの臓器狩りと移植ビジネス。

 習近平を国家主席とする中共は21世紀の今、帝国化し、「一帯一路」のスローガンで、世界支配の野望をむき出しにしている。

 これに対し、国際社会は中共の人権蹂躙と軍事拡大路線を背景とした横暴を強く非難している。その先頭にあるアメリカのトランプ大統領は、2020年、まず米国内のトロイの木馬を粉砕した。

 日本は、日米同盟がありながら、トランプ流の木馬粉砕ができていない。「日本の木馬」の力も小さくない。多くの日本国民が国内に人っている木馬の存在に気がつかなければいけない。それが国防の第一歩になる。

 日本シルクロード倶楽部の副会長は関西で人気のインターネット・ブロガーの”おつるさん”こと、中曽千鶴子氏である。札幌にいた私は、人を惹き付ける大きな魅力ある彼女と共同し、人道と科学の行動を厦開してきた。その彼女が、「NHKから国民を守る党」から立候補して、川西市市議会議員となったのは、大変うれしい。

 危険な工作組織の中国中央電視台がNHK局内にいるのは許せない事態だ。NHKを解体するか、改組しなければ、日本の未来はない。中共の悪事の隠蔽とデマ報道に加担するメディアをはじめとする日本の木馬を粉砕しよう。その世爆剤となるのが本書の出版であり、私の狙いである。

 ◇

 トロイの木馬とは「内通者や巧妙に相手を陥れる罠」のことを言いますが、日本にはそのトロイの木馬たる、反日親中の人や組織が至る所にいて、日本の弱体化を虎視眈々と狙っています。NHKもその一つであり、また多くのメディアや個人がそれに加担しています。

 中共の核実験もさすがに現在では頻度は少なくなっているでしょうが、その成果たる核爆発物・核弾頭は日本に向け数百発も狙いを定めているのです。親中の人たちはだからこそ対話が必要と常に言いますが、軍事力の後ろ盾のない日本が、腰の引けた対話をしても、彼らが覇権や侵略をやめるはずはありません。いくら抗議しても尖閣の領海侵犯はやめないのがそれを物語っています。ですから違う対応が必要です。それは日本人が英知を結集して考え出さねばなりません。もちろんその前に「トロイの木馬」を粉砕することが重要ですが。

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2021年6月26日 (土)

原発は資源小国日本の切り札、原発の再稼働、新設で中国に対抗せよ

73f0acf5d0ee0672772310278f2119ad_1624414  東日本大震災の発生前、日本には54基の原発があり、日本で使う電力の30%前後を原子力で賄っていました。しかし、東京電力の福島第1原子力発電所の事故により、原発に対する不信感や不安感が強まり、原発の位置づけは大きく変わりました。

 事故から10年が経過した2021年3月時点で地元の同意を得て再稼働した原発は大飯(関西電力)、高浜(関西電力)、玄海(九州電力)、川内(九州電力)、伊方(四国電力)の5発電所の9基のみ。それについ最近40年超の美浜原発3号機が再稼働して10基となりました。西日本エリアに集中しており、いずれも事故を起こした「沸騰水型」の福島第1原発とはタイプが異なる「加圧水型」だそうです。一方、東日本大震災以降に廃炉が決定した原発は21基に上るようです。

 資源エネルギーの殆どを海外に頼る日本、原発の稼働停止で追加の化石エネルギーの輸入額は毎年数兆円、これを減税や追加の福祉予算に回せれば、と思うのは私だけでしょうか。

 再稼働も困難な日本、しかし隣国中国では事故の疑いがある中でも新設の動きは活発で、1930年にも最大のアメリカを追い越す見通しです。ロシア、インドも追随します。こうした世界の情勢の中で日本だけが原発の設計や安全技術に資する原発の新設を躊躇していてもいいのでしょうか。プルサーマルを完成させ、資源小国日本を救う道を探るのは必然だと考えます。

 そうした中、福井県立大学教授の島田洋一氏が「正論」で以下のコラムを寄稿していますので引用します。タイトルは『原発の新設で中国に対抗せよ』(6/25)です。

 ◇

国会で珍しく、自民党議員同士の激しいやり取りがあった。5月27日の参院環境委員会のことである。滝波宏文氏(福井選挙区)が小泉進次郎環境相に対し、「原子力を脱炭素電源として利用するか」と基本認識を質(ただ)した。小泉氏は「最優先は再エネです」とたった一言、木で鼻をくくったような答弁で応じた。

空虚な「脱炭素ファースト」

その前に滝波氏が、「原発を使わなくて済むならその方がいい。ただし移行期というのも必要」という小泉氏のネット番組での発言を読み上げ、「大臣もエネルギーや原子力への理解が多少進んだようだ」と揶揄(やゆ)したことへの反発もあったのだろう。それにしても、国民注視の場であることを忘れた子供っぽい無責任な答弁だった。

本人もまずいと思ったのか、滝波氏の別の質問で、自分は原発を「どのように残せるかではなく、どのようにしたらなくせるかという立場だ。自分たちの推進したい方向に発言を曲解するのはやめてもらいたい」と「補足説明」を行った。しかし「曲解するな」と凄(すご)んだ割に中身は空虚である。小泉氏の答弁を通じて明らかなのは「原子力を脱炭素電源として利用するか」という肝心の論点から逃げたいという姿勢だけだった。

筆者は脱炭素に関して、日本も米共和党的な立場を取るべきだと思っている。すなわち、(1)テクノロジー開発を通じたエネルギーの効率利用を進める(その結果、米国のCO2排出量は年々減っている)(2)国内企業の競争力を弱め家計の負担を増すような無理なCO2規制は行わない(3)省エネテクノロジーの普及を図ることこそ先進国型の国際貢献と捉える(4)安全保障の観点からエネルギー自立を進める。

これらの原則を外れ、内向きの「脱炭素ファースト」に走ると、国力を弱めると同時に中国共産党政権を利することになる。環境規制の緩い中国の企業が国際競争に勝ち、活動量を増やせば、その分、有害物質の排出量も増える。太陽光パネルで最大シェアを誇る中国が、製造過程でどれだけ環境に負荷を掛けているか。そこに目を向けないなら、環境原理主義者としても失格だろう。

二重に安全保障の基盤崩す

輸出で得た外貨を用いて、中国は軍拡に邁進(まいしん)している。一方、環境原理主義に叩頭(こうとう)するバイデン政権は、非効率な「脱炭素化投資」に空前の財政支出を行う一方、軍事費は実質減となる予算案を出した。化石燃料を敵視することで、トランプ時代に大きく進んだ米国のエネルギー自立も損なわれつつある。二重に安全保障の基盤を掘り崩しているわけだ。

もっとも米国には、強力な牽制(けんせい)役として共和党が存在する。現在、下院はわずか8議席差で与党民主党が多数、上院は与野党同数だが、民主党でも、地元に化石燃料産業を持つ議員は急進的な脱炭素政策に同意しない。要のポジション、エネルギー委員長を務めるジョー・マンチン上院議員はその代表格である。バイデン政権がいかに「野心的な脱炭素目標」を掲げても、関連予算の相当部分は議会を通らない。

過去には漫画的な光景もあった。2019年に最左派がまとめた過激な「グリーン・ニューディール」決議案にカマラ・ハリス上院議員(当時)はじめ民主党議員の多くが賛意を表したが、共和党側が個々の議員の賛否を明らかにすべく投票に持ち込んだところ、民主党上院議員47人中43人が棄権した(共和党は全員反対)。

ハリス氏らは、「グリーン・ニューディール」という美しい響きの案に寄り添ったというイメージが欲しかっただけで、10年以内の火力発電所廃止、脱航空機といった無謀な案に賛成したという記録を残したくなかったのである。

日本は自滅の道たどるな

米国は、トランプ時代に石油と天然ガスの生産量で世界一となった事実が示すように、共和党政権に代わればもちろん、中国との対立が激化した場合など、いつでも脱炭素路線を「一時停止」して、エネルギー自立優先に立場を変えうる化石燃料大国である。

日本はそうはいかない。エネルギーの自立度を高めようと思えば、自前の技術で建設し運用できる原発を充実させる方向しかない。それは、国力を損なわずに脱炭素を進める道でもある。

国際情勢を冷徹に見据えずに「脱炭素バスに乗り遅れるな」と自虐的政策を取り、同時に脱原発に突き進むのは明らかに自滅の道である。炭素税に代表される懲罰的政策で一般家庭や企業を絞り上げ、無理やりCO2を減らしても、その程度は、桜島が一度噴火すれば一瞬にして水泡に帰す。愚かというほかない。

しかし冒頭の滝波氏のように原発の新設を公開の場で明確に主張する国会議員はごくわずかである。原発立地地域・福井の町議会、県議会、知事の方がはるかに「国のエネルギー政策推進に寄与する」と堂々と口にした上での政策決定を行っている。国会は一体何のためにあるのか。(しまだ よういち)

 ◇

 確かに原発は一度大事故を起こせば他の発電所より被害が大きい。それはその通りですがそれを理由に原発反対を唱える大国は日本とドイツくらいでしょう。なぜか両国とも第2次敗戦国ですが、それは関係ないにしても、100年いや1000年に一度の大津波に見舞われただけではなく、自衛隊嫌いで補助電源装置の搬送を怠った時の政府の過失もその原因の一つです。つまり電源が喪失してもしっかり補助電源さえ働かせれば炉心溶融は防げたようです。

 ですから、そうした対策をしっかりして稼働を続ければ安全は保てますし、なおかつ日本だけ原発を廃止しても世界を見渡せばますます原発は増えるでしょう。私は原発アレルギーはイデオロギーを帯びていると思います。安全を御旗に不安を煽る人がいますが、アメリカのスリーマイル島原発の事故では直接の死者はぜろ、福島でもゼロでした。

 北海道胆振東部地震で苫東厚真火力発電所の停止による病院への電源供給ストップで、かなりの死者が出たとの報告もあるようです。ですから地震や津波による電源喪失は何も原発のみではないことを知っておく必要があるでしょう。

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2021年6月25日 (金)

習近平の“大誤算”…まさか中国の若者たちが「三人っ子政策」にブチ切れ始めた!

16  今回は日本でも大きな課題の少子化対策。近年中国も同様の問題が深刻化しつつあります。そのあたりの事情を、昨日も登場いただいたフリージャーナリストの福島香氏のコラムから引用します。タイトルは『習近平の“大誤算”…まさか中国の若者たちが「三人っ子政策」にブチ切れ始めた!』(現代ビジネス 6/22)です。

中国経済の高齢化に焦る習近平が打ち出した「三胎政策(三人っ子政策)」が、中国の若者たちの不評を買っている。そうした中、いまの中国で流行しているのが「内巻(インボリューション)」「躺平(寝そべり)」というキーワードだ。激しい競争社会を勝ち抜いても、決して報われるとは限らない中国社会の“過酷さ”に消耗する様が「内巻」とされる。そうした中で、「躺平(寝そべり)」の境地に達する若者たちが急増しており、これが中国の“大きな問題”となってきているというのだ――。

習近平への「抵抗」

中国ではいまや社会階層のピラミッドのてっぺんのほんの一の富裕層が総どりし、ほとんどの大衆は懸命に努力しても報われず、階層の固定化が進んでいる。

こうした報われなさに悔しがることさえあきらめた境地が「躺平(寝そべり)」だ。

一種の仏教系の悟りにも似ているが、階級の固定化に対する無言の反抗、という見方もある。「躺平学大師」(寝そべり学師匠)と呼ばれる匿名のネットユーザーの「躺平こそ正義。寝そべりながら、かくれてあくせく働く人を笑っていたい」という発言は、中国の若者に広く共感を得て、メディアにも取り上げられた。

これは習近平が2017年の新年のあいさつで「みんな袖をまくって頑張って仕事をすれば、この時代の長征(国民党軍の包囲網からの紅軍の撤退戦、進退極まった時の持久戦を表す言葉として使われている)の道程を必ず乗り切ることができる」と、人民に一層の努力と我慢を呼び掛けたことへの抵抗という見方がある。

特に新型コロナ下では、人民に我慢と犠牲を強いるスローガンが繰り返されたとも関係ありそうだ。

やる気を失った「中国人たち」

ちなみにこうした無気力カルチャーは日本が先行モデルだという。これは中国でも日本の「低欲望社会」として紹介され、断捨離やミニマリストといったライフスタイルがむしろ、かっこいいものとして一部の中国の若者たちには受け止められている。

だが、こうした風潮が、日本の長引く経済のデフレのひとつの要因でもあり、失われた10年が失われた30年に伸びた背景だ、という分析もある。

15_20210625092001 躺平という言葉が最近急に注目されるようになったのは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で世界の中央銀行が一斉に金融緩和に動いたことが導火線であったという。

これら資金が株、ビットコイン、不動産などの資産価格を高騰させ、さらに少数の富裕層のみがこれで利益を得たのに対し、大多数の人々はなんら恩恵を受けず、むしろ貧富の格差が拡大し、階層の固定化がさらに進み、多くの人がどうしようもない、と完全にやる気をうしなった、ということらしい。

さらに、中国当局が、若者のこうした傾向に危機感をもち、中国官製メディアが躺平主義に対する批判キャンペーンを展開したことが、さらに有識者らの議論をよぶことになった。

ジャック・マーも嫌い

こういう状況を総合して、今後の中国の社会、経済の動向について目下、さまざまな提言や意見が飛び交っているのだが、「内巻」は結局のところ、悪性の内循環でしかなく、この状況を突破するためには、イノベーションによる外向きの発展の流れを作るしかない、というのが概ねの体制内学者たちの主張だ。

内循環を「双循環」に転換し、国際市場への窓口を大きく開き、経済構造のレベルアップとグローバル化を進めて、経済のパイ自体を大きくしていくことが必要だと訴えられている。

だが、「内巻」への抵抗感をもち、「躺平が正義」と言ってのける若者世代が怒りの矛先のひとつを向けるのは、実はアリババの馬雲(ジャック・マー)らに象徴される、グローバル経済を牽引すべき民営企業家の資本家たちだったりする。

彼らは過当競争を勝ち抜き「996」以上のブラック労働を乗り越えた成功者であり、若い世代にも同様の競争と頑張りを当然のように強要し、それについてこられない人間は負け組として切って捨ててきた。

庶民の民営資本家に対するこうした「恨み」からくる風当たりの強さが、習近平の「民営企業家いじめ」とも見える厳しい共産党の指導強化、「国進民退(国有企業推進、民営企業の後退)政策の後押しをしているともいえる。

この民営経済の後退は、イノベーション活力の後退につながると懸念もでている。しかも、習近平政権は経済のグローバル化もスローガンとしては掲げているものの、欧米英など西側自由主義経済とのデカップリングが進む流れが大きく転換する見込みは、今のところ見えない。

無気力カルチャーは日本でも蔓延し、おそらくそれが経済や社会の停滞感とも関連しているのだろうが、個人的な感覚としては中国の場合、単なる無気力ではなく、比較的はっきりとした「若者の抵抗」の意思を感じる。

「三人っ子政策への抵抗」「内巻への抵抗」「躺平による抵抗」――。

では、日本と中国の差は何か、といえば幅広いの中間層が存在するか否かではないだろうか。

若者たちの「静かな革命」

日本は貧富の格差が徐々に開いているとはいえ、やはり中間層が主流。その中間層を維持するための社会福祉システムがとりあえず存在する。

生活保護、国民年金、医療保険などだ。そこそこの生活を維持しながら、足るを知る「低欲望」の暮らしをよしとするのと、中国の絶望的な貧富の格差の中で「努力を放棄する」ことは、意味合いがかなり違う。

中国は日本ほどの社会福祉制度設計ができていないにもかかわらず、人口オーナス時代に突入し、格差固定が進み、その格差が開き、中間層が消滅しかかっている。

中国の若者の「無気力の抵抗」は、私は一種の消極的な革命ではないか、という気がしている。

だとしたら、本当の意味での中国が直面する問題の解決の道筋はやはり体制の転換しかないということになる。

 ◇

 一党独裁、と言うよりも一人独裁に近い共産党最高幹部だけの舵取りで、この14億の国を意のままに動かそうとすれば、さすがに抵抗したりシカトしたりする層は必ず出てきますが、そこは全国民の情報を管理する仕組みの整った中国のことですから、何とか対応しようとするでしょう。日本のように政府や自治体の要請を全く無視して、路上で飲酒し騒ぐ若者を一掃できない国とは違います。

 しかしこの躺平運動は明らかな政府批判でないところが共産党にとってやっかいなところでしょう。そしてその本音が実は今の体制への不満から出てきているところが、じわじわと体制を浸食する流れになっていくとも限りません。福島氏の言うとおり「解決の道筋はやはり体制の転換しかない」と言うことかもしれませんが、強固に作り上げた治安部隊の組織と個人情報管理の仕組みの中で、体制の返還は一筋縄にはいかないのも事実かも知れませんが。

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2021年6月24日 (木)

香港で「報道の自由」が終わりを告げる 中国に踏みつぶされた「蘋果日報」

Img_cfb2e80cbe0b046cad70664fc3b436071308  中国共産党がまた暴挙に出ました。中共の意を受けた香港当局の度重なる取り締まりの中、資産凍結という荒療治を受け事業継続の断念を余儀なくされる形で、蘋果日報(リンゴ日報) が昨日休刊を発表しました。

 産経新聞は共同通信の記事を引用し『リンゴ日報、100万部発行 廃刊嘆く市民、長蛇の列』というタイトルで、現地の様子を以下のように伝えています。

 ◇

 中国に批判的な論調で知られた民主派系の香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)は24日、最後の新聞として過去最多の100万部を発行し、26年の歴史に幕を閉じた。前夜から新聞スタンドに長蛇の列をつくって購入した市民らは廃刊を惜しみ「言論の自由が失われる」と嘆いた。

 同社は23日、警察によりさらなる逮捕者が出る危険を避けるため、記者らに本社には戻らないよう通知。最低限の編集者だけを残し、深夜まで編集作業を行った。本社ビルの周囲には多くの市民が集まり「蘋果日報、頑張れ。香港人頑張れ。最後まで支持する」などとエールを送った。

 蘋果日報は、実業家だった黎智英氏が1995年に創刊。黎氏は、89年に中国が民主化運動を武力弾圧した天安門事件に衝撃を受け、メディア業界に参入。一貫して中国政府に批判的な同紙の論調をリードした。(共同)

 各国メディアもこの件に関し様々の形で伝えています。同じ産経新聞の記事から引用します。タイトルは『「香港の自由に打撃」 蘋果日報休刊で各国メディア』です。

 香港の蘋果日報(アップルデイリー)が発行停止を発表したことを受け、旧宗主国である英国でBBC放送(電子版)が23日、「香港のメディアの自由に打撃を与えた」との見方を示すなど、各国から報道の自由が失われることに対する懸念の声が相次いだ。

 BBCは蘋果日報について「香港で最も大きな『民主主義の声』の一つ」とし、「長期にわたり、中国語圏における報道の自由を照らし出す光だった」とたたえた。

 「香港と中国の指導者を批判する代表的な出版物」とし、「26年間で中国に挑戦する数少ない存在へと進化した」と強調。「香港の反体制派に広く支持されてきた」と振り返った。

 また、BBCは、香港政府が政府に反発する声を抑える新たな手段を講じる可能性が懸念されているとの見方を示した。

 発行停止の発表を受け、英紙ガーディアン(同)も「民主化運動のシンボルがなくなった」と指摘。英スカイニューズ・テレビ(同)は香港でのメディアの自由やその他の権利が失われるという「警戒感が高まっている」と強調した。

 米国のニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は「中国は実質的に蘋果日報を沈黙させた」と報じるとともに、住民の「アップル・デイリーが『禁断の果実』になろうとは思わなかった」との落胆の声を紹介した。

 一方、ロシアメディアは事実関係を淡々と伝えるにとどめた。国営イタル・タス通信は23日、蘋果日報が発行停止を発表したとする記事を配信。同社の声明の一部を引用し、香港国家安全維持法(国安法)に基づく資産凍結や編集幹部の拘束などの経過も伝えた。

 政権と一定の距離を取る民営インタファクス通信をはじめ、露各紙や独立系メディアの多くは休刊を報じても事実関係のみの短い記事にとどまっている。

 ただ、蘋果日報の休刊は露メディアにとって人ごとではない。プーチン政権は現在、政権に批判的なメディアを中心に、スパイと同義語の「外国の代理人」への指定を進めている。財務状況や活動内容などが当局の厳しい監視下に置かれる外国の代理人制度は、政権による実質的な言論封殺の手段となっている。

 実際、良質な調査報道で知られる電子新聞「メドゥーザ」は4月に外国の代理人に指定され、多くのスポンサー企業が撤退。経営が悪化し、存続が危ぶまれている。5月に指定された電子メディア「Vタイムズ」は今月、広告収入減少を理由に活動停止を発表した。(ロンドン 板東和正、モスクワ 小野田雄一)

 さすがに欧米とは距離を置く、やや親中姿勢のロシアメディアの論調は異なりますが、対岸の火事では済まされないという懸念も示されています。

 ここでこの件に関し詳細を述べている、元産経新聞特派員で現フリージャーナリストの福島香氏のコラムを取り上げます。タイトルは『今日、香港で「報道の自由」が終わりを告げる 中国に踏みつぶされた「蘋果日報」』(6/24 JBpress)で以下に引用掲載します。

 かつて報道天国と呼ばれた香港で、1つの時代をつくったメディア「蘋果日報(ひんかにっぽう)」(Apple Daily、リンゴ日報)が6月24日の紙面をもって、その26年の歴史に終止符を打つ。それは香港の報道の自由の終焉を意味する。香港で特派員生活のスタートを切った私としては、なんともつらく悲しい弔いの気持ちでこの原稿を書いている。

 香港の取材現場で一番出会うことが多かったのは蘋果日報の記者であった。困ったときに手を差し伸べてくれたのも蘋果日報の記者が多かった。李怡はじめ、私の尊敬するジャーナリストやコラムニストたちの連載もたくさんあった。

 その一方で、いわゆるグレーゾーンのぎりぎりの取材、タブーへの挑戦、一部の読者たちからみれば鼻白むような芸能ネタやプライバシー侵害を疑われるような過激で下品な記事も多く、ゴシップ報道、イエロージャーナリズムの代名詞として、メディアの中では低く扱われることもあった。

 だが、習近平政権になり、香港メディアへの弾圧が本格化して以降、蘋果日報ほど果敢であった新聞を私はほかに知らない。

 2014年の雨傘運動のとき、「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」も「明報」も中国当局に過剰に忖度して、香港の経済や観光、市民生活に悪影響を及ぼす懸念を報じていた。それに対して蘋果日報だけが、公道を占拠する若者たちの思いを代弁して報じていた。このとき、香港のコンビニで一番早く売り切れていたのは蘋果日報だった。反送中デモの報道も、主要紙がデモ参加者を“暴徒”と非難する報道を行っている中で、蘋果日報はデモ参加者の主張を正確に伝える紙面づくりに徹していた。

 ゴシップ、イエロージャーナリズム、けっこうではないか。それは権威と相対する大衆の視線に身を置き、大衆の知りたいという欲望に忠実であるということだ。ある意味、ジャーナリズムの本質ではないか。

徹底したアンチ共産党の黎智英

 香港中文大学メディア民意調査センターの調べでは、2013年以降、香港市民からの信頼度を唯一高めた新聞は蘋果日報だ。2019年時点で、蘋果日報の信頼度は明報に匹敵している。明報は1959年創刊、あの知る人ぞ知る武侠小説家、金庸らが創刊した伝統ある新聞で、文化大革命を批判的に報じ、香港の左派紙と激しい論争を行ったことでも知られる。

 2002年4月、私は九龍嘉道の豪邸を訪れ、蘋果日報を発行するネクスト・デジタルの創業者である黎智英(れい・ちえい、ジミー・ライ)にインタビューした。

 黎智英は自伝『我是黎智英』にサインしながら、自分は徹底したアンチ共産党だ、と語っていた。12歳で中国・広東省から香港に単身でやって来た黎智英は、コツコツ働いて貯めた金を株で増やし、アパレルブランド「ジョルダーノ」を創業。天安門事件に対する怒りのメッセージをプリントしたTシャツを大ヒットさせるなど事業は成功を収め、その資金を投じてメディア業に参入した。彼には、最初から香港の自由を共産党の魔の手から守ろうという強い意思があった。だが、それでも祖国中国への愛着はあったようで、中国の広東省で蘋果日報をいつか売るのだと夢を語っていた。「中国は変わる」とも言っていた。

 その時は私も、いずれ中国が国際社会の普遍的価値観を共有する日がきて、報道の自由は香港から広東省へ、そして北京へと広がっていくのだという期待をもったものだ。

 今、収監中の黎智英はあの時の夢をどんな思いで振り返っているだろう。

資産を凍結し、幹部5人を逮捕

 そんな蘋果日報について、どんなことが起こったのかきちんと伝えておきたい。

 6月17日、香港警察は500人を動員し、ネクスト・デジタル本部と蘋果日報社へのガサ入れ(家宅捜査)を行い、取材資料など44枚のディスクなどを押収。また、「外国あるいは国家安全保障を脅かす外部勢力と共謀した」として、「香港版国家安全維持法」(国安法)違反の名目で幹部5人をそれぞれ自宅で逮捕した。逮捕されたのは、蘋果日報の羅偉光編集局長、陳沛敏副社長、張志偉ディレクター、ネクスト・デジタルの張剣虹CEO、周達権COOである。同時にネクスト・デジタルの資産230万ドル(1800万香港ドル)を凍結した。

 蘋果日報はこの翌日6月18日、通常の発行部数の5倍に当たる50万部の新聞を発行。1面トップは、香港警察にガサ入れされ、自社幹部が5人逮捕されたニュースだった。蘋果日報を愛する市民は、18日未明、まだ暗いうちから新聞スタンドの前に並び、刷り上がったばかりの新聞が運び込まれる様子を見守っていた。応援のつもりで、何十部も買ってゆく市民の姿もあった。

 最後の発行となる6月24日付蘋果日報は100万部が刷られるらしい。私の香港の友人たちは、夜が明ける前からスタンド前に行って、まだインクの湿った新聞を買うのだろう。私の分も買ってもらうように頼んだ。

 黎智英は5月28日に無認可集会組織、参与などの罪で禁固14か月の判決を受け、それ以前に受けた判決も加えると累計20カ月の禁固刑で収監中だ。さらに、「国外勢力と結託して国家安全に危害を加えようとした」とされ、国安法違反で起訴されている。黎智英の保有する資産も、5月14日に国安法違反を理由に凍結された。この個人資産にはネクスト・デジタル株の71%が含まれている。

 これを受けて、台湾で発行している蘋果日報は5月17日をもって停刊していた。この流れから、香港の蘋果日報の停刊、そしてネクスト・デジタルそのものの廃業は時間の問題だとみられていた。そして、とどめを刺したのが6月17日のガサ入れ、ということになる。ちなみに、黎智英とネクスト・デジタル幹部のどのような行為が具体的に国安法違反に当たるのかは、つまびらかにされていない。

資産凍結は「国家安全に危害を加えた」から

 ネクスト・デジタルは社員・従業員たちに対して、6月21日から即日離職を選択できる旨を通達していた。役員会では、李家超保安局長あてに手紙を出し、従業員への給与の支払いなどを行うため、ネクスト・デジタルグループの企業口座の凍結を25日前に解除するよう求めた。

 香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、6月22日の行政会議前の記者会見で、蘋果日報が国家安全に危害を加え続けるのを防ぐために資産を凍結したこと、国際慣例に倣った措置であること、を説明し、資産凍結を解除するかどうかについては回答を拒否した。

 また「報道の仕事は国家安全に危害を加えるものであってはならない。メディアは政府を批判してもいいが、国家安全に危害を加えることはできない。記者はそこをわきまえるべきだ」と強調。「(蘋果日報は)国家安全に危害を与える行為に関わった」「メディアの責任者は報道の自由を隠れ蓑にすべきではない」「今回の事件で、国家安全危害予防の概念を可視化したことの意味は大きい」とも述べた。さらに外国政府に対し、「香港が国安法を、メディアや言論の自由を弾圧する道具にしている」という非難をしないよう釘を刺した。

 香港の新興メディア「香港01」によれば、蘋果日報の多くの記者、社員が6月21日に離職を決定したという。今回、国安法違反で逮捕された蘋果日報のニュースプラットフォーム・ディレクターの張志偉はすでに辞職している。

 またネクスト・デジタル制作のテレビ報道番組「9時半蘋果新聞報道」は、6月21日夜が最後の放送となった。ニュースキャスタ―の謝馨怡は視聴者に向かって「とても残念なお知らせです。今晩が最後の放送になります」と伝えた。蘋果日報の財金ネットは22日未明、サイト上で「これをもって更新を停止します」と伝えた。

 香港記者協会は21日、香港政府に対して「労働者の最も基本的な権利は汗を流して食い扶持を稼ぐことだ。香港政府は、この企業の社員・従業員の給与を保障しなければならない」との声明を出した。警察による幹部たちの取り調べが数百人の社員、従業員の権益に影響を与えるべきではない、と強調し、「国際金融センターである香港で、上場企業の数百人の社員・従業員への給与が未払いになることは容認できない」と述べるとともに、香港の企業やメディアに対して、蘋果日報の社員・従業員に仕事を提供できる場合は協会に連絡をとるよう、呼びかけた。

「数十年前の台湾よりもひどい」

 今回の蘋果日報停刊の一番の理由は、国安法により黎智英の個人資産とネクスト・デジタルの企業資産の両方が凍結され、運営資金が尽きたからだ。

 黎智英自身は刑務所に入っても戦い続ける、とかつて発言しており、現場の記者たちも闘志を失っていなかった。だが、人は食わずには生きていけない。こういう形でメディアの息の根が止められると、香港の他のメディアも香港市民も誰も抵抗できなくなってしまう。

 もし、抵抗手段があるとするならば、米国を中心とした国際社会が、蘋果日報の資産凍結を行った銀行に対してSWIFT(国際銀行間通信協会)ネットワークの使用を禁じるといった制裁措置をとるなどの力技しかない。

 だが、まがりなりにも国際金融センターである香港で金融デカップリング(切り離し)制裁に踏み込むと、西側国際社会が受ける痛手も大きい。米国企業を含め多くの国際企業が香港に資産を置いている。もし、蘋果日報やネクスト・デジタルを擁護したり、資金の補填や移転などに加担すれば、その企業や、その企業の幹部も資産凍結の目に合うかもしれない。

 多くのメディア関係者たちが、今の香港を台湾の戒厳令時代に例えるようになった。

 台湾華人である民主書院董事会主席の曾建元は米メディア「ボイス・オブ・アメリカ」に対し、「今の香港は数十年前の台湾よりもひどい」と語っている。「台湾の戒厳令時代は、報道の検閲は事後検閲だった。政府は新聞社に自己検閲させて、違反すれば罰金を課した。新聞社の資産を凍結して、経営させないようにして潰すのは、人民の財産権を侵害するに等しい。財産は憲法で保障される基本的権利だ。たとえ凍結するにしても、司法の判決があって初めて凍結が可能となるものなのに」と。

 今回の蘋果日報潰しは、香港メディアに対する大がかりな恫喝であった。他のメディアはもう抵抗する気力もないだろう。

 私たちにできるのは、香港がかつて報道天国といわれた時代があったということを忘れないことだ。そして、もう一度、報道の自由がいかにかけがえのないものなのかを真剣に考えてほしい。報道の自由の死が中国から日本や台湾、周辺国家に広がるのをどうやって食い止めるかを考えなければ、蘋果日報の死は報われない。

 ◇

 政府批判をするデモを暴力で鎮圧するとともに、国家安全維持法という強力な治安維持法を使って、国家の安全に危害を加えたと、でっち上げて取り締まる、完全な強権政治です。自己の方針に従わないものは完全に排除する、これが共産主義者の典型的なやり方です。

 この「報道の自由」への蹂躙を、日本のメディアはどう受け止めているのでしょうか。朝日新聞や毎日新聞、東京新聞など政府批判の急先鋒の新聞は、日本での「報道の自由」のありがたさをかみしめているでしょうか。むしろそれを自分たちの特権のように扱って、角度をつけ、捏造までして報道するその様を、この香港メディアの実態から少しは反省してほしいものです。

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2021年6月23日 (水)

韓国の「面子」を潰した文政権は“死に体”へ!

14_20210622110901  本日も隣国韓国を取り上げます。親北反日の文在寅大統領が先日行われたG7の会合に呼ばれました。その訳は覇権主義を臆面もなく突き進める中国を念頭に、G7以外にもインド、オーストラリア、南アフリカとともに、その包囲網を形成したいという思惑からでした。

 それが実態としてどうであったか、1週間前にもこのブログで取り上げましたが、今回はより掘り下げた記事を、外交評論家で元駐韓国特命全権大使の武藤正敏氏が、現代ビジネスに『文在寅、まさか「菅総理に無視」されて“逆ギレ”…韓国の「面子」を潰した文政権は“死に体”へ!』(6/17)と言うタイトルで寄稿していますので、以下に引用します。

 ◇

文在寅がG7に呼ばれた「本当のワケ」

韓国大統領府は、文在寅大統領がG7に議長国の英国から招待を受けたのは「主要20か国(G20)を越え、主要7か国(G7)諸国と肩を並べるほど高まった韓国の国際的地位を示すもの」と自画自賛した。

また、朴洙賢(パク・スヒョン)国民首席秘書官は帰国後に「名実ともにG8国家に位置付けられているのではないかという国際的評価を得ている重要な成果」と述べた。

特に保健分野で韓国が称賛されたとし「韓国は学ぶところが多い国で、全世界のパンデミック状況で防疫やワクチン、経済まで全部成功したという評価を得ている重要な位置」と強調した。

朝鮮半島は、歴史的に列強がしのぎを削ってきたところであり、強大国が勝手の帰属を決めてきた歴史もある。韓国が戦後の経済復興を実現し、国際的地位を向上させてきたことは韓国国民の大いに誇りとしていいものである。

しかし、このG7における文在寅氏のパーフォーマンスとなると別の話である。

文在寅大統領は英国滞在中、ドイツのメルケル首相とはワクチン協力について、豪のモリソン首相とは水素経済協力について、EU連合のミッシェル大統領、フォンデアライエン欧州委員長とはグリーン・デジタル協力で一致し、フランスのマクロン大統領とも先端技術と文化・教育分野での協力を約束した。

文在寅大統領の主要な会談内容が経済、保健分野に限られ、政治外交安全保障分野が含まれていないのは、文在寅氏の出席するセッションとも関係があろう。しかし、首脳同士の会談であり、かつ今回のサミットの「影の主役」が中国であることを考えれば、主要国が見る韓国の位置づけが、経済一流、政治外交は対話の相手ではないということなのであろう。

菅から無視された文在寅

文在寅外交の最大の弱点は、米中を天秤にかけ自由・民主主義国としての立場を明確にしていないことである。特に、隣国であり、これまで基本的価値観を共有してきた日本の菅総理とは電話会談すら行えていないことである。

こうした弱点をいかに克服していくか、文在寅外交の神髄が試されたのが今回のG7首脳会談出席であった。韓国にとっては国際的地位が向上したと浮かれるのではなく、実質が問われる首脳会談であった。

文在寅氏にとって日韓首脳会談は、G7の場において是非とも実現した課題であったろう。そのため、これまでの文在寅政治の基本を変えもした。慰安婦や徴用工問題の裁判では文在寅氏の支持基盤である市民団体の意向を無視して、これまでの判例を覆す原告敗訴の判決を出した。これまで文在寅氏は司法の独立を主張し、影響力を行使できないとしてきたが、現実には判決が覆った背景に文在寅大統領の1月の記者会見での発言があったのであろう。

文在寅氏は「(日本政府の資産が差し押さえられて売却され動きがあることについて)正直困惑しているのは事実」と述べた。さらに慰安婦に関する2015年の合意についても政府間の公式合意であったことを初めて認めた。

また、東京オリンピックのホームページに描かれた聖火リレーの地図に竹島が日本領土と記載されていることをめぐり、韓国内で東京オリンピックボイコット論が拡散されていたにもかかわらず、韓国外交部は8日、「東京オリンピックボイコットは検討していない」との方針を示してきた。

文在寅の面子はつぶされた

こうした土台の上で、韓国政府は日韓首脳会談に向けた調整を進めてきた。日本側が本格的な会談には応じない見通しとなると、会議場の廊下などで短時間の「簡略な首脳会談」を持ち掛けたようであり、それに暫定合意したとの報道も流れていた。

しかし日本側は簡略化した形式の会談にも応じなかった。

すると、6月14日、韓国聯合ニュースは韓国外交部当局者の話として「日韓両首脳はG7で簡略な首脳会談にも暫定合意していたものの、15日韓国軍が竹島で行う軍事訓練を理由に一方的にキャンセルした」と報じた。

同当局者は「常に存在してきた独島問題を理由に、首脳間の外交対話まで取りやめるのは非常識な処置」「韓国側は初めから開かれた姿勢で、日本側の呼応を期待していた」「日本側が、韓国が例年実施する東海(日本海)領土守護訓練を理由に当初実務レベルで暫定合意していた略式会談まで応じなかったことは残念」と不満を表明し、会談の中止が日本が竹島問題を持ち出して合意違反をしたためと非難したのである。

同訓練は海軍と海洋警察艦艇及び航空機などを動員して1986年から毎年上・下半期に行われてきた。

日本は守護訓練のたびに外交チャンネルを通じ抗議してきたものであり、韓国側が今年は6月15日から行うことが明らかになると日本側は改めて抗議を行った。

韓国の「屈辱」

韓国側のこうした会談中止の言い訳に対し、加藤官房長官は直ちに「このような事実に全く反するのみならず一方的な発信は極めて遺憾であり、直ちに韓国に抗議した。そのうえで、今回のG7サミットではスケジュールなどの都合により日韓首脳会談は実施をされなかったと承知している」と韓国側の説明に反駁している。

ただ、スケジュールの都合で会談が実施されなかったというのは、外交辞令であろう。本来の理由は別にある。菅総理は同行記者との懇談で、日米韓首脳会談について慎重な考えを示した。

6月14日の日本経済新聞は、菅総理が「国と国との約束が守られていない状況で、その環境にはない」と述べたと報じている。さらに「韓国側の動きで日韓問題が厳しくなっている。(徴用工問題と慰安婦問題の解決について)韓国が方向性を示すべきだ」と強調したという。

菅総理は、日韓首脳会談についても「文大統領が指導力を発揮し、問題をしっかり整理してほしい」と述べ、首脳会談の開催に対し韓国側の態度を改めるよう求めた。

韓国側としては、日本から首脳会談の申し入れを無視されたことは屈辱的であり、それをそのまま受け入れることはできなかったのであろう。そこで韓国海軍等による竹島周辺での軍事訓練を口実に日本側から断ってきたことにすれば韓国国内的には面子が立つと考えたのではないか。韓国軍が15日から訓練を行うことは、こうした発言があった後に知り、抗議を行っている。

韓国外交部が「野暮だ」と…

菅総理と文在寅大統領との出会いは、短時間の挨拶を交わすにとどまった。大統領府によると「『会えてうれしい』とお互いに挨拶を交わした」ようである。

しかし、その現実にも韓国側は報道ぶりに文句をつけてきた。

外交部崔鍾文(チェ・ジョンムン)第2次官は、文在寅大統領が菅総理に先に近寄ってあいさつしたという日本メディアの報道に対し、「誰が先にあいさつしたと話すことからして事実やや野暮だ」「首脳ラウンジや夕食会場では先に見つけた首脳が他の首脳に行って挨拶するのが慣例」と説明している。どちらでもいい話ではないか。

文在寅氏はツイッターに「菅総理との初対面は韓日関係の新しい始まりとなる貴重な時間だったが、会談に結びつかなかったことを残念に思う」と述べたが、これまでの文在寅政権の対日姿勢の積み重ねがこのような結果となったのであり、これを修復しようとすれば、より一層の努力が必要であることを文在寅政権が理解する必要があろう。

韓国竹島問題でも「一人相撲で面子丸つぶれ」

東京オリンピックの公式ホームページの聖火リレーのコースを示す日本地図で、竹島を日本領としたことに対し、次期大統領選挙に出馬する見込みの与党系候補が次々に反発のコメントを寄せたており、メディアが表記反対の論陣を張っている。

支持率で最も後れを取る丁世均(チョン・セギュン)前首相がまず「(日本がオリンピックの地図に表記された韓国名“独島”(竹島)の削除を)最後まで拒否するならばオリンピック不参加などすべての手段を総動員しなければならない」と主張した。

李洛淵(イ・ナギョン)元首相も「独島を直ちに削除することを求める」「日本のこのような行為は人類の和合を追求するオリンピック精神に反する」と述べ、IOCに対しても「迅速かつ断固たる措置を要求する」と圧力をかけた。

常日頃から反日活動を繰り広げる李在明(イ・ジェミョン)氏も、1日トーマス・バッハIOC会長に書簡を送り独島の表示が削除されるよう「積極的に措置を取ってほしい」と要請した。

しかし、地図上の竹島の表記は、島根県の上に小さな点を表記しているだけであり、裸眼では見えず、画面を拡大すると依然としてその位置に小さな点があるという程度である。

それでもIOCに問題を提起しているのは、3年前の平昌オリンピックの際、日本側が統一朝鮮旗に描かれた独島を問題視したところ、IOCが仲裁に乗り出し、統一旗から独島は削除された前例があるためである。しかし、韓国側は淡々と地図上に竹島を記載したものではなく、韓国領土と主張する目的で誇大に統一旗に記載した政治的目的の行為を行っていたのである。

竹島を日本領土と表示されていることに対し韓国側が削除を要求していた問題で、IOCは竹島の記載に問題はないとする見解を韓国側に示していたと10日韓国SBSが報じた。IOC各国五輪委の連携を管轄するジェームズ・マクラウド氏の名で回答「東京五輪組織委員会と議論したが、竹島表記は単に地政学的な表示に過ぎず、政治的宣伝とは言えない」とする内容だった。

これは、平昌の時の韓国側の政治目的の行為とは明らかに違うことをみとめたものであり、韓国の一方的な主張が国際社会では通用しないことを物語るものである。

もう韓国の一人相撲には付き合ってはいられない

韓国は今回の竹島の問題ばかりでなく、福島原発の処理水放出の問題でも日本を激しく非難したが、米国やIEAは日本の取った措置には問題がないと認めており、それ以来韓国の声は小さくなった。

軍艦島の世界遺産登録の問題でも、日本が韓国人徴用工を使っていた歴史が十分に示されていないとしていちゃもんをつけてきた。

韓国は、累次日韓関係の問題を国際社会に持ち出し、日本を批判している。しかし、韓国国内の一方的な論理は国際社会では通用しない。日本はそうした韓国にしびれを来しており、韓国を無視するようになった。それがまた無視されたものとして面子に拘り、日本批判に結び付いている。それは韓国の劣等感の裏返しでもある。

韓国は日本をそうしたこだわりの目で見つめるのではなく、あくまでも隣の主権国家として敬意を持った目で眺めてもらいたいものである。

 ◇

 もうかなり昔の話になりますが、韓国(当時の大韓民国)が国際社会の中で、国としての統治にその力がなく、日本がロシアの侵攻を食い止めるためアメリカの賛同も得て併合した歴史を、単に主権を奪われたとして劣等感を持ち、それが戦後の日本批判の根底をなしています。

 そして併合時代の歴史を、日本が圧政と収奪を持って蛮行を繰り返したような、嘘の歴史を作り上げ、何も知らない戦後の国民を教育し洗脳し続けたことは、韓国人の良識のある識者も認める周知の事実です。武藤氏も言うように「もう韓国の一人相撲には付き合ってはいられない」というのが、日本人としてこの面倒くさい隣国への率直な感情でしょう。

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2021年6月22日 (火)

韓国人はなぜ日本を嫌うのか 偏見はなくならない

13_20210622085601 今回は『週刊現代』2020年6月27日号に掲載された、作家の佐藤優氏のコラムシリーズ『知らないと恥をかく世界の大問題』から、『「韓国人はなぜ日本を嫌うのか」についてのある一つの答え 偏見はなくならない」』を取り上げます。今までこのブログで取り上げた同種のコラムと殆ど同じ内容ですが、後半に「黄禍論」が出てくるので、再度取り上げました。

 ◇

「韓国よりも格下」という価値観

本書で11冊目となる『知らないと恥をかく世界の大問題』シリーズは、池上彰氏による世界年鑑だ。新型コロナウイルスによる感染症がパンデミックに発展したことでグローバル化に歯止めがかかりつつある。この状況をわかりやすく説明している。

池上氏は、〈相手を理解するには、その国の人の宗教観や世界観に立たない限り「なぜそう考えるのか」が理解できません。これが「内在的論理」を理解するということです。世界のさまざまなニュースの裏にはさまざまな国の歴史や文化、哲学があります。違いを知ろうとしてほしいと思います〉と述べる。

評者も相手の内在的論理を知るというアプローチが世界を理解するために不可欠と考える。もっとも相手の内在的論理を知ることは、その論理を受け入れることを意味するものではない。例えば、韓国の対日感情についてだ。

〈韓国で使われている中学校の歴史教科書の日本語訳を見ると「日帝(日本帝国主義)の蛮行は世界史に前例のないことだった」と書いてあります。世界史を見れば、ヨーロッパの植民地政策は、多数の蛮行を伴っていました。日本の植民地政策を擁護するわけではありませんが、「世界史に前例のないこと」ではなかったのです。

考えてみると、朝鮮戦争のときには中国軍が北朝鮮軍を支援して韓国に攻め込みました。韓国人が大勢殺されたにもかかわらず、中国に対しては何も言いません。謝罪を要求することなど一切ありませんでした。

つまり根底にあるのは「中華思想」から抜けられないということでしょう。「中華」とは「中国が世界の真ん中」という意味です。中華こそが文明国であり、ほかは野蛮な国だという考え方で、中華から離れた土地へ行けば行くほど野蛮度が高くなります。

朝鮮は中華の傍で一生懸命に漢字を学び、漢文を読み、儒教の教えを継承してきました。中国の隣に位置する自分たちの国を「小中華」と考えていたのです。自分たちは中国よりはワンランク下だけど、さらにその先の島国の日本は自分たちより格下です〉

池上氏が指摘するように韓国の中国観は甘い。さらに朝鮮戦争中、米軍は朝鮮半島各地で共産勢力一掃との口実で虐殺を行ったが、その事実についても韓国ではあまり強調されない。

これに対して北朝鮮は米軍の残虐行為を強調する。もっとも中国軍の非人道的行為について北朝鮮は一切口をつぐんでいる。同じ出来事でも現在の政治的立場で評価は大きく異なるのだ。「小中華」を切り口にすると韓国の対日観の特徴が見えてくる。

〈その格下の国に侵略され、占領されたという過去の歴史は屈辱的であり、とても受け入れ難いのです。韓国の朴槿恵前大統領は「加害者と被害者という立場は、1000年経っても変わらない」と言いました。この「恨」の思想が朝鮮文化にはあるのです〉

日本人が韓国人の「恨」の文化を理解することは重要だ。しかし、「恨」の歴史観を共有することはできないし、またその必要もない。

コロナパニックで黄禍論が復活した

コロナ禍との関係で、日本人を含むアジア人に対する人種的偏見が高まっていることに池上氏は警鐘を鳴らす。

〈新型コロナウイルスの感染者は最初に中国で発生したことから、アメリカではアジア系女性が相次いで襲われる事件が発生しました。ニューヨークでは、マスク姿の韓国人女性が「病気の女め!」などと暴言を浴びせられ頭を殴られたり、逆にマスクをしていないという理由で、20代の韓国人女性が暴行されたりという被害に遭いました〉

酷い話だ。アメリカ人の行き場のない苛立ちと怒りが人種差別という下劣な形になって現れるのだ。日本人も攻撃の対象になっている。

〈パレスチナ自治区でパレスチナのために働いていた日本人女性が「コロナ、コロナ」とからかわれ、その様子をスマートフォンで撮影するふりをしたらいきなり髪の毛を引っ張られるなどの嫌がらせを受けたのです。

フランスでは、パリ郊外にある日本料理店が「コロナウイルス、出て行け」という差別的な落書きをされました。ドイツにおいても、サッカー・ブンデスリーガの試合を観戦に訪れていた日本人グループが、試合開始15分の段階で警備スタッフから強制退場を求められたという事件がありました〉

池上氏自身もこのような偏見を体験した。

〈実は私も、まだ感染者が拡大する前にキューバにテレビのロケで訪れたのですが、我々テレビクルーを見たキューバの女性たちが、私たちを指して「コロナ、コロナ」と囃し立てました。悲しい経験でした。横浜港に入港し、集団感染が確認されたクルーズ船のイメージが世界に広まり、新型コロナウイルスのイメージが刷り込まれたのでしょうか〉

池上氏は、このようなアジア人に対する差別を過去、欧米で深刻だった「黄禍論」とのアナロジー(類比)で解釈する。

〈ここで私が思い出したのが、「黄禍論」という黄色人種に対する人種差別です。19世紀から20世紀にかけて、欧米で中国人や日本人などの黄色人種に対する差別が燃え盛りました。日清戦争や日露戦争での日本の勝利を見た白人たちが、「黄色人種の脅威」を訴え、差別が広がったのです。新型ウイルスパニックでまた黄禍論が復活したような格好です〉

日露戦争(1904~'05年)のときにロシアが日本の脅威を訴えるために「黄禍論」を宣伝した。その影響は北米大陸にも及んだ。第一次世界大戦後、日本が急速に国力をつけるとアメリカで急速に「黄禍論」が拡大し、日系アメリカ人が不当な差別を受けた。コロナ禍との文脈でトランプ米大統領の白人至上主義が「黄禍論」を甦らせたのだ。

 ◇

 人種や民族の差別の根源には、歴史的な経緯や出来事とともに、文明の発展進度、つまりより早く文明の発展した国や地域の民族が、後に続く民族を蔑むと言う傾向があります。白人がアジア人やアフリカ人を蔑む、などその好例です。

 しかし日本と韓国の間には、その逆の現象が起きていて、その要因が「中華思想」にあり、また「恨」にあるようです。佐藤氏の言うように、「恨」の歴史観を共有することはできないし、またその必要もないでしょう。ただいつまでもストーカーのごとく日本批判に明け暮れる一部の韓国の政治家や活動家には、一度「ガツン」と一撃を下さなければならないような気もしますが、いかがでしょうか。

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2021年6月17日 (木)

立民、共産、またも党利党略のための決議案連発で深夜国会へ

Pyeldlf7d5l47dzvcv4dq6vtii  このブログでは、「国会の本来の姿を目指し改革すべきだ」との視点で、様々な形で現状と改革案を取り上げてきました。今国会も昨日16日閉幕しましたが、またも間際に一部野党の無意味な抵抗が実施され、本来の姿からはほど遠い姿をさらけ出しました。

 今朝の読売新聞が報じた記事を以下に引用します。タイトルは『立・共 未明まで抗戦 安保土地法成立…解任決議案 連発』です。

 ◇

 立憲民主、共産両党は、16日に成立した「重要土地等調査・規制法」の参院採決を巡り、委員長の解任決議案を連発して抵抗路線を鮮明にした。成立が午前2時半頃にずれ込み、コロナ下で「未明国会」に及んだことには与野党から疑問の声が上がっている。

 立民の安住淳国会対策委員長は16日、同法採決を巡る対応について、国会内で記者団に「(与党が)強引にやってきたから我々も対抗せざるを得なかった」と語気を強めた。

 立民、共産両党は14日、与党側が参院内閣委員会で法案採決を提案したことを受け、森屋宏参院内閣委員長(自民)の解任決議案を提出。15日に委員会で法案が可決され、参院本会議に緊急上程されると、今度は水落敏栄参院議院運営委員長(自民)の解任決議案を提出して徹底抗戦した。安住氏は「私権制限に関わり、慎重に審議すべきだった」と与党側を批判した。

 これに対し、自民党参院幹部は「円満に進めてきた審議を立民、共産が壊した。深夜国会にする必要があったのか」と吐き捨てる。与党側は衆院採決にあたり、立民などの主張に配慮した付帯決議も採択した。それでも立民、共産が抵抗を強めたのは、衆院選を意識して対決姿勢をアピールする狙いがあったとみている。公明党の西田実仁選対委員長は党会合で「立民、共産の一体性が大変強く印象に残った」と皮肉った。

 野党からも苦言が相次いだ。日本維新の会の馬場幹事長は「無駄な時間とお金を使って本当に深夜国会をする必要があったのか」と語り、国民民主党の玉木代表も「コロナ禍で国民に夜8時以降は活動を抑えるようお願いしている中で理解を得にくい。働き方改革の観点からも見直すべきだ」と指摘した。

 ◇

 与野党幹部から苦言が呈されたとありますが、なぜ国会の審議中にこのような無意味な決議案を出した党や人物に、その場でその正当性をしっかり質し、筋が通らなければきちんとした反論を出した上で、その提出を止められないのか。権利だと言っても、それが国会の本質的な役割とかけ離れていれば、それを阻止できるようにしなければ、指摘の通り「無駄なお金と時間」を浪費するだけです。

 企業であればその目的、つまりその企業の存続とそのための利益を高めるために、役員会などの会議を開きます。国会も国の存続、つまり主権の維持や、国民の生命と財産の将来にわたっての安全確保のために議論を重ね、その英知を絞る努力をすべきです。上記に見られるようにそれが全くないがしろにされ、党利党略のためだけに行動しているとすれば何をか言わんやです。

 一部野党にとっては、国のための仕事は「政府」、自分たちの役目はその政府のあら探しだと思っているのでしょうか。それではいつまで経っても政権側に立つことは期待できません。こんな人物や党には、さっさと国会から去っていただきたいものです。

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2021年6月15日 (火)

韓国人は日本にもう金を要求するな!

7_20210615110601  韓国のソウル中央地裁が、今月7日、以前の最高裁の判決を覆す「元徴用工の訴えを却下」してから一週間が経過しました。かなり画期的な判決言えます。その時点での産経新聞の紙面では、『韓国地裁、元徴用工の訴え却下 最高裁判例を否定 「提訴の権利」認めず』と題して、以下のように伝えています。

 ◇

 日本の朝鮮半島統治期に徴用工として動員されたと主張する韓国人や遺族85人が日本企業16社に賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は7日、訴訟を通じ賠償請求する権利は1965年の日韓請求権協定により制限されているとし、請求を却下する判決を言い渡した。

 いわゆる徴用工訴訟では2018年10月、韓国最高裁が「強制動員に対する賠償請求権は協定の適用対象に含まれていない」として日本企業側に賠償を命じた。今回、下級審が最高裁判例を否定する異例の判断を示した。原告側の代理人弁護士は「判例と正反対の判断で、あまりに不当だ」とし、控訴する意向だ。

 最高裁判決が「(日本の)違法な植民地支配」を背景に「反人道的な強制動員」が行われたと指弾したのに対し、地裁判決は「植民地支配の違法性を認める(韓国)国内法の事情だけで、請求権協定の『不履行』を正当化することはできない」と指摘した。

 さらに、賠償命令に伴う資産差し押さえが外交問題に発展すれば「国家の安全保障や秩序維持という憲法上の大原則を侵害する」と強調。こうした事態を回避するため、個人の請求権は「消滅したり放棄されたとはいえないが、訴訟で権利行使することは制限される」と結論付けた。

 原告の元徴用工と遺族らは15年、日本製鉄や三菱重工業などを相手取り、計86億ウォン(約8億5000万円)の損害賠償を求める訴えを起こしていた。

 この判決に対し、韓国左翼メディアは一斉に反発、産経新聞は共同通信の記事として8日次のように伝えました。タイトルは『元徴用工敗訴判決を「荒唐無稽」と批判 韓国革新紙』です。

 韓国の元徴用工訴訟で、ソウル中央地裁が原告の訴えを却下した判決について、8日付の韓国紙は1面などで大きく伝えた。日本企業に賠償を命じた2018年の最高裁判決とは正反対の判断を下したことに、革新系紙は「荒唐無稽な論理」(ハンギョレ)と批判した。保守系紙からは韓国政府の対応を求める声も上がった。

 ハンギョレは社説で、判決が、原告の訴えを認めた場合は日韓関係だけでなく米韓関係にも悪影響を及ぼす恐れがあると指摘したことを挙げ「政治・外交的な判断を判決に介入させた。論理の飛躍も見せた」と批判した。

 ただ、多くの韓国メディアは、上級審で覆る可能性もあると指摘。18年の最高裁判決に基づく日本企業の資産売却手続きが進んでいることなどから、日韓関係改善につながる可能性は高くないとの見方が強い。

 こうした韓国の国内の反応を横目で見ながら、日本側はようやく韓国内でも史実をしっかり見る司法関係者もいるとしながらも、今後の推移を見守るという静観の姿勢が強いようです。9日の産経新聞の社説は次のように述べています。

 韓国人元労働者らが日本企業に賠償を求めた「徴用工」訴訟で、韓国のソウル中央地裁は原告の請求を却下した。

 国際法に則(のっと)った常識的な判断である。問題を長引かせれば、韓国は常識外れの国という国際的な不信が増すだけだ。文在寅政権は自身の責任で早急に解決すべきだ。

 ソウル中央地裁は、1965年の日韓請求権協定を踏まえ、賠償請求権は訴訟で行使できないと判じた。協定で両国の請求権問題は「完全かつ最終的に解決した」と明記されており、当然である。

 協定は条約に相当し、請求を認めると条約順守を定めた国際法に反する可能性があるとした。賠償を認めて強制執行が実施され、外交問題に発展すれば、安全保障や秩序維持を侵害するとし、権利の乱用にあたるとも踏み込んだ。

 約束を守るべきは司法に言われるまでもない。合意が反故(ほご)にされるのでは、信頼に基づく国家間の交渉や関係は成り立たない。

 韓国では4月、元慰安婦らが日本政府を相手取った訴訟でも原告の請求を退ける判決が出た。国家は他国の裁判権に服さないとの国際法上の原則を守る常識に適(かな)った判決だ。それでも韓国が正気に戻ったと手放しでは喜べない。

 そもそも「徴用工」訴訟をめぐっては、韓国最高裁が2018年に日本企業に賠償を命じる判断を示している。今回とは正反対であり、これが同種訴訟が相次ぐ要因となっているのだ。最高裁は法律に基づく徴用を「不法な植民地支配と侵略戦争遂行に直結した反人道的不法行為」と決めつけた。最高裁が史実を無視し、国際法を踏みにじる。法治国家として付き合うには不安定極まりない。

 司法の暴走を助長したのは、文大統領自身である。韓国外務省は今回の判決後、「開かれた立場で日本と協議を続ける」などとしたが、解決済みの問題で日本が交渉に応じる余地はない。すべて韓国政府の責任と知るべきである。

 韓国大田(テジョン)市に不法設置された、痩せてあばら骨が浮き出た「徴用工」像についても、韓国の裁判所が5月、「韓国人徴用工ではなく日本人をモデルに制作された」という主張に「真実相当性がある」と認定した。噓はだめだということである。

 慰安婦問題とともに歴史の歪曲(わいきょく)を許さず、事実をもとに日本の名誉を守る発信も欠かせない。

 そして14日、ソウル駐在の産経新聞特別記者黒田勝弘氏が、『韓国人は日本にもう金を要求するな』と言うコラムを寄稿しました。以下に引用します。

 ソウル地裁が先ごろ、日本統治時代に関わるいわゆる徴用工補償問題で、原告の訴えを退け日本の立場を支持する判決を下した。

 外交的大問題を引き起こしている2018年の大法院(最高裁)判決を全面的に否定した、いわば下級審による〝反乱〟である。

 国際法や国家関係を無視した従来の最高裁判決を批判し、国際的常識にしたがった〝正論〟だが、その内容は端的にいって、過去がらみの補償問題は1965年の国交正常化の際に国家間の約束として解決済みだから、もう日本側には要求できないというものだ。

 最高裁判決に反する地裁判決なので今後、上級審での判断は不透明だが、日韓がらみではいつも「日本は悪で韓国は善」という雰囲気のなかで、今回の判決は世論の反発覚悟の勇気ある法治主義的判断である。

 反発の例では、左派系新聞「ハンギョレ」の「日本の金で〝漢江の奇跡〟…わが国の裁判所か」という大々的見出しがそうだ(8日付)。判決が「国交正常化の際、日本から受け取った請求権資金が、その後の韓国の経済発展の基礎」などと指摘していることを、ひどく非難しているのだ。

 韓国の裁判所なら、歴史的事実は無視してでも韓国人原告の立場に立つべきだとの論調だ。「どこの国の裁判長か」と、裁判長の弾劾・罷免を要求する〝ネット請願〟が大統領府には30万件以上、寄せられた。

 ところが一方で、この判決を支持するこれまた勇気ある新聞論調もあった。

 保守系「朝鮮日報」の主筆論評で見出しは「もうわれわれも日本に金をくれと要求するのはやめよう」となっている(10日付)。

 徴用工補償問題は条約で解決済みであり、韓国経済は大いに発展した。なのにいまなお日本相手に金をくれという。21世紀の韓国はまだそんなケチくさいことを…と嘆いているのだ。

 この論評も実はかなり世論を反映している。判決の是非は別に「また日本に金を出せか」「わが国がまだそんなことをいってるのは恥ずかしい」といった街の声は、結構多いからだ。

 「朝鮮日報」の主筆論評には、もう一つ目を引いた指摘があった。過去がらみで日本側に個人補償を要求するとなると、同じ論理で日本人が敗戦後、韓国に残した財産について「個人請求権を行使する」といってくれば受け入れるのか、と問題提起しているのだ。

 ちなみに日本は朝鮮半島からの撤収に際し個人財産を含む膨大な資産を放棄させられた。それらは進駐米軍に没収され、その後、韓国政府側に譲渡された。

 日本はその請求権を52年に、国際社会との講和条約で放棄したことになっているが、これはあくまで国際条約上の国家間のことだから、日本人はその気になれば、個人請求権として韓国に補償を要求できるではないか、という話である。

 日本が残した在韓資産の行方については昨年、李大根著『帰属財産研究』(2015年刊)という文献が存在することを、本紙で紹介した(近く日本で翻訳出版)。しかし日本人は今さら韓国に対し当時の財産を補償しろとはいわない。

 それをいい出すと国家関係や国際秩序は乱れる。今回の地裁判決は、そのことを韓国社会に教えようとしているようにみえる。

 黒田氏は「韓国社会に教えようとしているように見える」と述べていますが、戦後一貫して自国に都合のいいように作りあげた歴史を元に、子供の頃から反日教育を徹底してきた韓国社会が、おいそれと変わるようには思えません。

 ただ「反日種族主義」を著わした元ソウル大学の李栄薫氏のように、歴史を正しく見ようとする人たちも現れてきていますし、同様な意思を持って韓国から日本へ帰化した呉善花のような人たちもいます。大多数の人は未だに捏造された歴史に洗脳されているようですが、節目はすこしずつ変わってきているのかもしれません。ただあまり期待せず、韓国政府がそれを誤りと認めるまで、突き放しておくのが賢明でしょう。

 

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2021年6月13日 (日)

室井佑月氏に「騙されてはいけない」!

Crmn0csumaapyw5  少し前に、TBSの昼の報道バラエティ番組「ひるおび」を降板させられた「室井佑月」氏。稚拙で訳のわからないコメントを聞かされなくなってせいせいしていますが、未だに彼女の思想と親和性の高い、日刊ゲンダイや週刊朝日(AERAdot.)にコラムを寄稿しているようです。彼女このブログでも何回か登場願っていますが、再登場していただきましょう。

 彼女の頭の中は、反日、反安部(今でも引きずっているようです)、反自民で、ある意味すごくわかりやすい。つまり典型的な左巻きです。ですから彼女のコラムはいつもそういった内容で終始します。東京五輪の開催にも反対です。その反対コラムで最近のものを以下に引用します。タイトルは『室井佑月「騙されてはいけない」』(週刊朝日5/28号・・・AERAdot.から)です。

 ◇

 作家の室井佑月氏は、東京五輪開催に反対する人たちへ投げかけられた“賛成派”の言動を指摘する。

*  *  *

 弁護士の宇都宮健児さんが、ネットで五輪開催中止を求める署名活動をはじめた。5月11日配信の「デイリースポーツ」によると、11日午前9時現在で32万筆を突破したようだ。

 なぜ署名活動をはじめたのか、宇都宮さんはこう語っていた。

「今の状況下でオリンピックのために1万人の医療スタッフとか、ますます助けられる命が助けられなくなるという危険性があるということが、こういう署名を開始したということ」

 至極、真っ当だ。これがわからない人はいるのか? いるのだ。

 明治天皇の玄孫として売り出した政治評論家(?)の竹田恒泰氏が、ネットで東京五輪開催を求める運動をはじめた。

 竹田氏は10日、DHCテレビ「虎ノ門ニュース」に出演し、宇都宮さんをこうののしった。

「共産党に担がれていつもつまんない都知事選に出てにぎやかしをやっているクソジジイですよ。今回の彼が立ち上げた署名サイトも完全に次の都知事選挙に向けた政治的なウォーミングアップ」

 このゲスな物言い。やはり、血筋なんてもんは関係がないのだね。むしろ、差別発言をする会長のいるDHCの番組だから、竹田氏に合っているといえば合っているのか。

 竹田氏のツイッターには、

「池江(璃花子)選手への誹謗(ひぼう)中傷を知って、東京五輪開催『賛成』の署名を立ち上げないといけないと思いました」とあった。この原稿を書いている11日19時の時点で、「いいね」が2万8千だった。「いいね」を押した人々はこの男が愛知の不正署名事件でも応援団だったことを知っているのか?

 議員でも竹田氏のようなことをいっている人がいる。よりによって、丸川珠代五輪相だ。

 おなじく5月11日配信の「デイリー」によれば、丸川五輪相は11日、閣議後の定例会見でこんなことをいった。

「(東京五輪は)コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す大きな意義がある」「(池江選手に辞退を求めるメッセージについて)匿名で個人への言葉の暴力はいかなる理由でも許されない」

 池江さんへの誹謗は許されないことだけど、それで東京五輪開催賛成っておかしくないか? まるで彼女の名前を出し、反対派の口を閉ざそうとしているみたいよ。

 それにコロナであたしたちを分断させたのは政府だ。ちょっと前、熱があってもみんななかなか検査できない中、権力に近い人は早々に検査し、入院までしたりして。

 国民の分断を煽(あお)るのは、自民党の得意芸。本来、自分らに向かうはずの問題を、いつもそうやってうやむやにしてきた。もう騙(だま)されてはいけない。

 ◇

 彼女のこんなコラムにこそ「騙されてはいけない」でしょう。竹田恒泰氏の発言を「ゲスな物言い」と言っていますが、そのまま彼女に返してあげましょう。丸川五輪相が発言したからと言って、国民の分断を煽るのは「自民党」も、得意技に持って行く強引さ。論理も何もありません。反対のための反対、理性など何処ヘやら、感情だけでものを言うまるで子供のようです。

 室井氏は小池都知事も嫌いなようで、少し前、まだ「ひるおび」に出演しているときにになりますが、スポーツ報知に『室井佑月さん、小池都知事の動きに危機感「最近嬉々として…強い権限与えるとどこまでやるんだろう?って不安」』(2020/4/9)という記事が掲載されました。

 ◇

 9日放送のTBS系「ひるおび!」(月~金曜・前10時25分)で、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言の発令後の対応をめぐり、政府と東京都の隔たりが表面化していることを伝えた。

 コメンテーターで作家の室井佑月さんは「休業の補償を現実的ではないって政府が言うのは冷たいって思うし、何のために税金払っているんだろうって思う」とコメントした。

 さらに「知事同士が競争しあう?権限を使って、自分のところでは増やしたくないからって。ちょっと私、小池さんがその権限を持つのはちょっと怖いんです。すごいやり過ぎるんじゃないかと思って」と指摘した。

  その理由を「忘れてはいけないと思うのは、五輪が延期になる前は全然、のんびりだったわけですよ。でも、なんか、最近、すごい嬉々として前に出てくる…そういうのが見えちゃって、強い権限与えると、どこまでやるんだろう?って、そういう不安があります小池さんには」と話していた。

 ◇

 この人は自分は偉くて自分以外はすべて「ゲス」だと思っているのでしょうか。そしてことさら自分は税金を払っていると強調しているようですが、いくら払っているのでしょう。数千億円でしょうか。

 それはさておき、この記事に関して「日々是匍匐」というブロガーが、次のようにコメントしていますので引用させていただきます。タイトルは『室井佑月よ、あなたはどこまでバカなのか』です。

 ◇

Images1 以前から室井佑月という女性が嫌いだった。小説家らしいのだけれど、この人がどんな小説を書いたのか、私は知らない。
そもそも小説を書いたことがあるのかどうかも疑わしい。

私の古い友人(編集者)が、この人と、高橋源一郎さんを引き合わせた、らしいのだけれどね。高橋源一郎さんは知ってますよ、ちゃんとした作家さんです。

室井さんは、タレントもしくはコメンテーター的な活動しかしてないですよね。でも肩書は、いっぱしの「作家」になっている。

で、そのコメントが、なんというか、いつもいつも大作家みたいな超上から目線で。その室井「大作家」せんせいが、最近こんなことを言っている。

室井佑月さん、小池都知事の動きに危機感「最近嬉々として…強い権限与えるとどこまでやるんだろう?って不安」

驚き呆れるばかりではありませんか?

その「最近嬉々としている」らしい小池さんをフォーカスしよう。

今日の小池さんは、本当に疲れている。彼女はお洒落さんなのに、髪の根元に、白髪が見えている。私も白髪なので、どのくらい白神染めをさぼったかは、見たらすぐわかる。彼女はもう半月は染めていないと思われる。

小池さんは頑張っている。なのにこの室井というアホ女は、「最近嬉々として…強い権限与えるとどこまでやるんだろう?って不安」とぬかしている。

その理由を「忘れてはいけないと思うのは、五輪が延期になる前は全然、のんびりだったわけですよ。でも、なんか、最近、すごい嬉々として前に出てくる…そういうのが見えちゃって、強い権限与えると、どこまでやるんだろう?って、そういう不安があります小池さんには」と話していた。

室井さん、バカもやすみやすみ言いなさい。今この国で、ここまで身を張って仕事している政治家がいるかね?

作家なら、作品を書くことで意見すべきだと、大江健三郎先生はおっしゃっている。が、このムロイという女は、かつて小説を書いた(らしい)ことだけで、なにをか言わん、なご意見を身の丈の3倍くらい上な目線で。作家なら、意見があるなら書くもので世に問いたまえ。

この女を使うのは……あースポーツ新聞か。わかりました。

この室井という人は、小池さんが妬ましいのです。自分に「世に問える」ほどのものをなす文才がないものだから。

所詮スポーツ新聞に書いたものなので、怒るほどのことではないのかもしれないけれども。私はこういう「頑張る女の足を引っ張る女」が、ねじ伏せて口の中に犬のうんこを突っ込んでやろうかと思うくらい嫌いです。

 ◇

 最後は少し下品な言葉が出たようですが、言っていることは全く同感です。私自身小池さんは好きでも嫌いでもありませんが、首都東京の知事は当然忙しいでしょう。それを揶揄してはばからない。そのためにこのブロガーにこき下ろされている、まあそういう室井氏ですが、捨てる神あれば拾う神あり、で冒頭述べた反日左翼のメディアがその思想の国民への押し売りに利用しているようです。本当にそんな彼女に「騙されてはいけません」

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2021年6月12日 (土)

いつまで「弱小国の振り」を続けるのか?

Images-4_20210612104601  私の願いは、日本がその潜在力を発揮して、世界に発信できる・ものが言える国になることです。そして法を疎かにし、人権を蹂躙する国々にはっきりNOといえる国になることです。そのためには経済力のみならず、しっかりした抑止能力を持つ軍事力を備えることが不可欠です。

 あの経済的な弱小国北朝鮮でさえ、核という最大級の兵器を手に入れ、先軍政治を徹底しているからこそ、米国と渡り合えるまで「力」を発揮しているのでしょう。もちろん砂上の楼閣でしょうが、いいにつけ悪しきにつけ発信力はあります。

 核を持てとまではいいませんが、少なくとも自衛隊を言葉の上でも「軍」と呼び、ポジティブリスト方式で行動を縛るような、手枷足枷を取り去ることが必要です。そのためには「戦力保持」を禁じた憲法9条2項を破棄することが必須です。

5_20210612104601  日本は外力に弱いとされています。これも戦後からでしょうが、上記のような訴求は外国人からも指摘されています。ヘンリーストーク氏やケントギルバート氏らは、彼らの著書の中で何度も指摘しています。ここにまた同様な訴求記事が見られます。「WEB Voice」に寄稿された、国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏のコラム『いつまで「弱小国の振り」を続けるのか? 日本が“再軍備”できない本当の理由』(5/26)がそれです。以下に引用して紹介します。

 ◇

日本はどうして弱小国家の振りを続けているのだろうか。

国際政治学者のグレンコ・アンドリーは、戦後日本の基本原則である「吉田ドクトリン」があったお陰で、日本の軍事力は高まることがなかったと指摘する。この時代の、日本における真の安全保障とは何だろうか。

吉田ドクトリンの功罪

戦後、日本を国際関係の「弱者」「小国」として固定させたのは、いわゆる「吉田ドクトリン」である。

吉田ドクトリンとは、安全保障をアメリカに依存することで、軽武装を維持しながら経済の復興、発展を最優先させることによって、国際的地位の回復を目指した戦後日本の外交の基本原則である。

アメリカは朝鮮戦争勃発のため、日本に軍事費増加を要求したが、吉田茂首相は日本国憲法第9条を盾に、この要求を拒否した。

吉田首相が退陣した後も、吉田ドクトリンの路線は日本に定着した。安全保障をアメリカに任せたおかげで、日本は復興や発展に集中でき、高度経済成長を成し遂げて世界第2位の経済大国となった。吉田ドクトリンに基づく方針はおおむね現在も続いており、多くの人から評価されている。

それでは、実際に吉田ドクトリンは正解だったのだろうか。日本が高度経済成長を成し遂げたのは紛れもない事実だから、成功だという意見は理解できる。

一方、吉田ドクトリンが日本の足枷になっていることもまた、事実である。主権を回復してから70年近く経っているにもかかわらず、日本は憲法9条を改正できず、自国の防衛、安全保障政策を自主的に制限している。

もしあの時、アメリカの要求通り軍事費を増やしていれば、その後の再軍備も現実的になり、今の日本は自立した軍隊を持つ「普通の国」になっていた可能性が高い。

日本が弱小国の振りを続ける余裕はもうない

吉田ドクトリンが妥当だったかについては、やはり議論の余地がある。百歩譲って、吉田首相の在任当時は経済の復興を一刻も早く実現する手段として合理的な判断だったとしても、その後もずっと日本の安全保障政策の基本になっている状態は明らかにおかしい。

吉田首相自身も、再軍備の拒否と復興、発展の最優先を敗戦直後に置かれた状態を踏まえた上で決断したと思われ、同じ状態が未来永劫、続くことは想定しなかっただろう。

「21世紀の日本は小国として、大国の中国やアメリカ、ロシアとバランスを取りながらうまく付き合う」という方針は、驚くべきことに今でもかなりの支持を集めている。実際自民党から共産党まで程度の差はあれども、国政政党が軒並み小国路線を支持している

しかし、これでいいのだろうか。まず言えることは、人口が1億人以上で、世界第3位のGDPの国は、どう見ても「弱小国」ではない。弱小ではない日本がなぜ「弱小国」の振る舞いをしなければならないのか。

日本は東アジアにある。隣に中国とロシアのような凶暴な軍事大国と、日本人を拉致する犯罪国家の北朝鮮がある。このような地域に位置すれば、弱小国は必ず危険に晒される。仮に直接の軍事侵攻を受けなくても、隣国に振り回される運命を免れない。

実際にいま日本の領土はロシアと韓国に不法占領されており、尖閣諸島も中国に狙われている。中国をはじめ、近隣諸国は日本の外交・内政問題への干渉を繰り返している。

この状態で、日本が弱小国として振る舞うことは決して許されない。今は当たり前の平和な日常が破壊されても構わないなら、そのままでもいいのかもしれない。だが、現在の暮らしを守りたいなら、弱小国の振る舞いを続ける余裕は、日本にはもうない。

いつまで「弱小国の振り」を続けるのか? 日本が“再軍備”できない本当の理由

アメリカに"日本を守る気になってもらう"ために

筆者は、地政学的な思考としては「親米」を選ぶ。そして「日本の安全保障政策の基本は、日米同盟を軸にした親米路線しかあり得ない」とも考えている。

しかし、戦後復興を成し遂げた後もなお吉田ドクトリンを続ける路線は、決して親米ではない。さらに言えば、それは対米従属ですらない。もし日本が本当に対米従属であれば、アメリカの要望通りある程度の再軍備を実行したはずだ。

再軍備を拒否した時点で、日本は対米従属の国ではない。現在でも吉田ドクトリンを支持している論者には、アメリカに対する愛も尊敬も、執着もないといえるだろう。自分で生活を守る努力をせず、ただ楽をしたいためにアメリカを利用しているだけである。

吉田ドクトリンの支持者は、「いざというときにアメリカは日本を守ってくれる」と言う。それを批判する反米左翼は「話し合えば分かり合える」と言う。さらにそれらを批判する反米保守は「アメリカは絶対に日本を守ってくれないから、対米自立しかない」と言う。しかし、全部間違いなのである。

吉田ドクトリンの支持者と反米左翼は「日本が努力しなくても済む」という点で共通している。また、反米左翼と反米保守は「アメリカとの同盟は要らない」という点で共通している。

さらに、いずれの一派も「アメリカが日本を守る気になるように、日本は今まで何か努力をしたのか」「アメリカが日本を守る気になるように、どうすればいいのか」を真剣に考えていない、という点で共通している。

実際の安全保障において、「アメリカは日本を守る」「守らない」という議論は無意味であり、現状に何の影響も与えない。

むしろ「アメリカが日本を守る気になるために、何をすればよいか」を語る議論こそ現状に影響を与え、日本の安全保障に役立つ可能性が十分にある。

日本は、今までアメリカが日本を守る気になるための努力をせずに、日米安保の条文だけに甘えてきた。条約の条文は大事だが、それが全てではない。実際に各時代の政権が条約をどう運用するかが重要である。当然、日米安全保障条約も例外ではない。

日本にとっての"真の安全保障"とは

日本人が日米安保条約の第5条(「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」)の条文に頼るだけの態度を続けるなら、いずれアメリカも条文を守る気にならず、条約が形骸化する恐れがある。

アメリカが日本を守る気になるには、まずは日本が国防のための努力を行い、少なくともアメリカが諸同盟国に要求する防衛費の対GDP比2%の予算を実現し、アメリカの地政学的な戦略に付き合う必要がある。

反米左翼と反米保守は「対米従属」と言うであろうが、これは従属ではない。日本の国家安全保障を確立するために必要な外交政策であり、何よりも日本の国益に適うのだ。

吉田ドクトリンに基づく外交を続け、日米安保条約の条文だけに頼っても、日本の主権と独立を守ることはできない。また、左右の反米主義者の極論を聞いても、日本は危うい道を歩むだけだ。

今の日本に必要なのは、防衛費の倍増と再軍備だ。複雑かつ危険極まる現代の世界において、危機はいつ、どこから迫ってくるか全く予測できない。

不測の事態は必ず起きる。有事にいち早く対応するには、平時のうちに危機に備える必要がある。日本の国民一人ひとりが、国家安全保障が日常生活に直結することに気づき、国防の努力の必要性を理解すべきだろう。

政治家もまた、利権や自分の政治生命ばかりではなく、国家の主権と独立を守ることを第一の目的にしなければならない。

 ◇

 幸か不幸か戦後75年の間日本が直接的な戦闘に巻き込まれることはありませんでした。その間朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争やイラク戦争など、多くの戦争や戦闘が繰り返されても、日本は後陣で支援はしても前衛での戦闘に加わってはいません。

 それを9条教の人たちは憲法9条のおかげといいます。しかしそうでしょうか。確かに積極的に戦闘に加わるには、憲法がその抑止に働いたのは事実でしょう。しかし大戦の直後から北方領土や竹島を占拠され、拉致被害者を出し、その奪還は全くできていません。戦闘には加わっていなくても、領土や国民を奪われているのです。これは紛れもなく戦っていなくとも敗戦なのです。この敗戦に9条は何か役立ったのでしょうか。

 アンドリー氏の言うとおり日本は弱小国のふりをしています。そして人口の規模や経済規模に見合った防衛力を持とうとしても、憲法が足かせになります。その憲法を、あえて言いますが、少数の護憲派が手を変え品を変え阻止しようと躍起になります。憲法改正の制度的な困難さも加わります。

 そして日本人自身の安全保障感性の絶対的な弱さ、つまりお花畑思考が追い打ちをかけます。今平和が続いているのになぜ軍備拡張が必要なのか、と。多くのメディア、特に左翼メディアは軍事アレルギーを国民に振りまき、護憲を訴え続けます。島を占拠され続け拉致被害者を放置され続けていても、彼らはそのために何かしようと動きません。中共や南北朝鮮には忖度しても日本の安全保障にはそっぽを向いています。彼らにはそもそも愛国心というものがないのでしょう。

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2021年6月11日 (金)

にわかに強まる新型コロナ「武漢研究所流出」説

Pn2021060801002003ci0003thumb450x3004813  新型コロナウイルスの全世界の感染者は昨日9日時点で173,999,576人、死者は3,747,371人に上っています。これほどのパンデミックは1918年のスペイン風邪以来の、100年ぶりの大流行です。当時より格段に進んだ医療体制の中でここまで感染者、死者を出したのは、このウィルスが何か特別の特徴を持っているとしか思えません。

 そして発生当時からささやかれてきた、中国武漢における研究所からの流出説が、再び取り沙汰されるようになってきました。産経新聞ワシントン駐在客員特派員古森義久氏がJBPressに寄稿したコラム『真相は暴かれるのか?にわかに強まる新型コロナ「研究所流出」説 バイデン政権が再調査を指示、大手メディアも論調が変化』(6/9)を以下に引用して、その中身を掲載します。

 ◇

 全世界をなお苦しめる新型コロナウイルスの発生源に関して、中国・武漢にある中国科学院武漢ウイルス研究所からの流出だとする説が改めて注目を集めている。米国ではバイデン大統領が政府情報機関に本格的な再調査を指示した。

 すでに米欧の一部の科学者たちは、新型コロナウイルスは中国でそれ以前に流行したコロナウイルスに手を加えた産物だと結論付ける報告書を発表している。また、武漢ウイルス研究所で今回の感染症状に酷似した感染者が出ていたという報告もある。それらの動きが契機となって、研究所流出説が再燃している。

 中国当局は研究所流出説を全面否定しているが、今後確証が認められれば、米中関係から国際情勢全般にまで重大な影響を広げる展開ともなりかねない。

動物からの自然発生は考えられない

 米国で新型コロナウイルスの発生源をめぐる議論が白熱してきたが、「コウモリのような動物に自然発生したウイルスが人間に感染した」という説が定着しつつあった。

 ところがここに来て、その説に強い疑念が突き付けられている。

 大手紙ウォール・ストリート・ジャーナル(2021年6月6日付)は、米国の2人の有力科学者ステーブン・クウェイ氏とリチャード・ミラー氏による「科学が武漢研究所からの流出を示している」と題する寄稿記事を掲載した。

 両氏は、2020年2月に発表された米欧の6人の学者による共同研究論文をベースに、「研究所からの流出しか考えられないことを、科学が示している」と述べる。また、新型コロナウイルスの構造をみても、動物からの自然発生は考えられないと指摘していた。

 ベースとなったのは、2020年2月に発表された、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に人工的操作の形跡があることを示す論文である。執筆者はB・コータード氏、C・バレ氏ら米国やフランスのウイルス関連分野の専門研究者6人だった。新型コロナウイルスが武漢で発生したことが世界に知られてから2カ月ほどの時期に、米国の国立衛生研究所(NIH)のサイトに掲載された。

 その論文の趣旨は以下のとおりである。

・新型コロナウイルスが人間の細胞に侵入する際の突起物であるスパイクタンパク質は、中国で2002年から発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスのスパイクタンパク質と酷似しているが、一部に人工的な変更の跡がある。

・この人工的な変更は、既成のウイルスの感染力を高めるための「機能獲得」という作業だったとみられ、ゲノム編集の形跡があった。コロナウイルスに対するこの種の作業は研究所内でしか行えない。当時の武漢ウイルス研究所で同種の研究が行われていた記録がある。

 この研究報告が今になって米国の国政レベルでも注目を集めるようになった。

次々に指摘される研究所流出の可能性

4_20210610110301  科学者たちのこうした動きに関連して、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長のアンソニー(トニー)・ファウチ博士が実は「研究所流出」を知っていたことを示すようなメールの交信記録が明るみに出た。メールの交信記録は、メディアによる情報公開請求を受けて公表された。

 ファウチ博士は、トランプ前政権、バイデン現政権の両方で新型コロナウイルス対策の責任者に任命された。ファウチ氏が同僚、部下、知人などへ送った大量のメールからは、武漢ウイルス研究所でウイルスが人工的に作られ流出したことを知っていたとみられる記述が見つかった。

 以上の報告以外にも、最近になって新型コロナウイルスの「研究所流出」の可能性が次々に指摘されている。

 アメリカ学界でウイルス研究の権威として知られるジェッシー・ブルーム、デービッド・レルマン両氏らを含む科学者18人は、アメリカの科学誌「サイエンス」に、「このウイルスの発生源は動物からの自然感染か、武漢のウイルス研究所からの流出かを決めるだけの十分な調査が実施されておらず、徹底した再調査が不可欠だ」と訴える書簡を送った。

 5月13日号のサイエンスに掲載されたその書簡は、世界保健機関(WHO)が今年(2021年)1月から武漢などで実施した調査への反論でもあった。今年4月はじめに発表されたWHOの調査結果は、ウイルスの研究所からの流出の可能性をほぼ排除していた。だがブルーム氏らは「その根拠は不十分」だと断じ、研究所流出説にかなりの根拠があることを強調していた。

 またフランスでは4月中旬、ノーベル生理学・医学賞の受賞者リュック・モンタニエ教授が「新型コロナウイルスは武漢の研究所でつくられた人為的なものだろう」と発言し、波紋を広げた。同教授はこのウイルスが同研究所から事故で外部に流出したという可能性を指摘していた。

生物兵器開発の途中で所員が感染?

 流出説の信憑性をさらに強める論考も出てきている。トランプ前政権で国務長官の特別顧問として新型コロナウイルス発生源の調査を進めていたデビッド・アッシャー氏による報告書である。

 同氏は、生物兵器を含む大量破壊兵器の拡散防止や国際テロ対策の専門家だ。現在はハドソン研究所の上級研究員で、この5月に「中国政府の新型コロナウイルスの悪用に対する正しい対応」と題する報告書を同研究所を通じて発表した。

 アッシャー氏はこの報告書で、武漢地域でのコロナウイルスの一般感染が知られるようになる直前の2019年11月頃に、武漢ウイルス研究所の所員3人が同ウイルス感染の症状に酷似した感染症にかかっていたことを、米国情報機関の情報として明らかにした。

 アッシャー氏はそのうえで、「100%の証拠はないが、今回の新型コロナウイルスは、武漢の研究所で進めていた生物兵器開発の途中でウイルスがまず所員に感染し、その後、市街へと流出したことが確実だ」と述べる。また武漢ウイルス研究所でのSARSウイルス研究などに対して米国の官民から資金援助があったことも記している。

メディアの論調も変化

 米国ではコロナウイルスの発生源について政治党派性が議論を大きくゆがめてきた。中国の主張する自然発生説はバイデン政権やワシントン・ポスト、CNNテレビなど民主党支持の大手メディアによって支持された。一方、トランプ前政権や共和党支持層は研究所流出説に傾く傾向が顕著だった。

 ところがここにきて、流出説を「陰謀説」として排除していた大手メディアも流出説の可能性を報じ、少なくとも米国政府として徹底調査する必要性を支持するようになった。

 バイデン大統領はそのための政府情報機関による本格的調査の期限を90日と設定した。どのような調査結果が発表されるのか注目が集まっている。

 ◇

 昨日昼のテレビ報道番組でも、DRASTIC RESEARCHという調査機関が、武漢研究所流出説の状況証拠をいくつか提示していると報じていました。その中には関連する重要なデータベースの消去が、宣言の前に行われていたと言う事実もつかんだようです。これは例の”コウモリ女”と呼ばれた石正麗研究員が「宣言後に消えていた」、と言っているのと矛盾しています。これなど隠蔽のかなり重要な証拠になるのではないかと思います。

 どのような起因・原因であるにせよ、その元を突き止めることは、今後の同種の疫病の拡大を防ぐ上では不可欠だと思います。しかしその究明の前には中国当局の壁が強く立ちはだかっています。中国当局は世界の科学者や研究者を受け入れることにより、その原因を明らかにした方が、「研究所流出説」を否定し、中国の主張を裏付ける一助になるはずです。

 しかしそれをしないのは、ますます「研究所流出説」の疑いを濃くしていく、つまり自分で自分の首を絞めることになります。そしてそれはさらにもっと深い疑惑、つまり「生物兵器開発」の証拠をつかませないため、ということにつながるのでしょう。いずれにしろこの共産党に支配された暗黒大陸は、なんとか日本を含む自由主義国家の連携でもって、その悪の根を絶やしていかねばならない、そうしなければ明日の世界の安全に大きな影を落とすことになる、そう思えてなりません。

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2021年6月10日 (木)

小西ひろゆきは国民の敵だ!|鈴木宗男

11fedc67  国会議員の質の低下が叫ばれています。国会議員はそもそも国の重要課題に真摯に向き合い、国権の最高機関である国会で、かつ唯一の国の立法機関であることを念頭に、国家と国民のための政策立案、そして法制化を果たす義務を遂行するために存在します。

 ところが多くの国会議員、特に野党議員の中にはその本質をわきまえず、訳のわからない質問を繰り返し、無用なヤジを飛ばし続ける、およそ議員の資格のない輩が散在しています。立憲民主党の小西ひろゆき議員はその最右翼でしょう。

 その小西議員に腹をすねかねた鈴木宗男参議院議員が月刊Hanadaプラスにコラムを寄稿しているので以下に引用します。タイトルは『小西ひろゆきは国民の敵だ!|鈴木宗男』(5月27日公開)です。小西氏は確か以前、自衛官からそう言われたという騒ぎがありましたね。

 ◇

“国会の爆弾男”“立民のエース”などと呼ばれる小西ひろゆき議員。だが、国民の多くは気づいているのではないだろうか。「相手にする価値もない無礼な男」だということを。しかし、彼は国会議員だ。彼の暴挙をこれ以上許してはならない。鈴木宗男議員が、小西ひろゆき議員の言動を一刀両断!

国会遅刻騒動、大ブーメラン!

5月25日、参議院外交防衛委員会で質疑に立ち、20日の当委員会が流会になったことを質した。

2015年3月30日、参議院外交防衛委員長が理事懇談会に2~3分遅れ、この時、立憲民主党(当時民主党)の小西ひろゆき氏が中止に追い込んだ。

4月2日、当委員会で片山さつき委員長は謝罪をしたが、その時、小西氏は『心からお詫びをしていない』と委員長を叱責し、片山委員長は涙声で謝罪した。

6月11日、当委員会においてトップバッターで質問予定の小西ひろゆき氏は3分も遅刻してしまった。

今度は片山委員長から小西氏は注意を受ける羽目になった。まさに大ブーメランである。小西氏は遅刻したが、片山委員長は『十分ご注意いただきたい』と大人の対応をなされ、委員会は予定通り行われた。

中山防衛副大臣が2分遅れたが、岸防衛大臣は来ており、審議に支障はなかった。にも関わらず委員会を流会させる事は、如何なものか

と委員長にお尋ねしたのである。

この事に関し、昨日の小西氏のTwitterで次のように書かれている。

_____________

「相手にする価値もない」と勝利宣言?

「狼藉は早速理事会で問題となった」とあるが、理事会に出ている我が党の浅田委員に聞くと、「狼藉など」という話は理事会では出ていないとの事である。

「マスク無しでの大声の発言も問題になった」とあるも、話題になっていないとの事である。

私が発言したのは、中断中に小西氏がいろいろ言っているので注意したもので、ちょうど水を飲んでいる時に一瞬マスクを外した時の出来事である。

また、小西氏は次のようにも書いている。

________20210610095601 「相手にする価値もない」という言葉を香典倍返しでお返ししたい。小西ひろゆき氏がなんぼのものかと。

私は20年前、国策捜査で逮捕され最高裁まで闘った。司法判断で現職議員として失脚する事になった。私はルールにのっとり、収監に応じた。この時、私は再審請求をし、今も継続中である。そして裁判所の判断は黒判決だったが、2年前の参議院選挙で堂々と当選する事ができ、国民は私に白判決を出してくれたと感謝している。

私は政治家としてやましい事はしていないので、死ぬまで悪しき権力とは闘っていく。

「私が立案し、立憲が国会提出する『歳費返納法』」とあるが、小西氏よりも公明党さんが先に提案し、今、与党で法改正の議論をしている。立憲はまだ提出しておらず、これも身勝手な「いいとこどり」の発言である。

次のような書き込みもある。

_____________-1

多くの人から「小西氏の頭はどこかズレている。虫かばい菌が入っている。鈴木先生、相手にする価値はないのは小西です。こんなものに負けないで下さい」と激励の声があった。

私は小西氏から「文句があるなら直接言ってこい」と言われた事はない。

3月18日の参議院予算委員会で、質問者たる私に向かって後ろからゴチャゴチャ言っているので、私が「委員会終わってから直接言え」と一喝したのである。

どうも小西氏は何かにつけ自分の都合のいいような頭づくりである。

小西よ、自分の頭の中を整理しろ!

_____________-2 5月21日の上記のTwitterも誤魔化しである。正確を期すために、やりとりを紹介したい。

○鈴木宗男君 

先ほど来質疑の中で質問通告で通告があったないの話もありますけれども、武田大臣、私のところには、小西洋之議員は深夜でも役所に電話をして迷惑している、さらには体調を崩したという情報も寄せられておりますけれども、そういう話は聞いておられますか。

○国務大臣(武田良太君) 

詳細について現場の方からは上がってきていないわけですけれども、担当の課長が体調を崩され、休暇をいただいたという事実は私の方には報告が上がっていますが、その理由については私の段階では把握はいたしておりません。(発言する者あり)

答弁で武田大臣が認めている。私にいうのではなく、武田大臣に聞くのが筋ではないか。これもズレた話である。

また、同日のTwitterでは以下のように書いている。

_____________-3

総理も官房長官も遅刻した事に謝罪と注意をするのは当然だ。

私は2分の遅れで大事な委員会を開かせない、止める事は国民から負託されている国会議員のやる事ではないと言っているのである。

私は「媚び」を売らなくても十分政治家としてやっていける。

これもそっくり小西氏に「恥ずかしいことだ。自分の頭の中を整理しろ」とお返ししたい。

限度を超えている格下男

_____________-4 小西氏がどんな権限を持っているのか教えてほしいものだ。

「暴挙に対処する権限を持っている」というのか。何様のつもりでこういう発言をするのか。

「この人の頭づくりは自分中心でしかなく、政治家として失格です。いや、人として問題です」という声も多数、寄せられた。何をかいわんやである。

読者の皆さんのお受け止めはいかがであろうか。

「相手にするほどの男ではありません。自分中心ですから、ここは鈴木先生、正しい指摘をしっかりやって下さい」という声に勇気100倍である。

参議院予算委員会で「嘘でもいいから口頭で質問通告したといえ」と議員をそそのかした小西氏である。私の事をあれこれ言う前に、「嘘でもいいから口頭で質問通告したといえ」と言った事に反省も謝罪もない小西氏は、自分の発言にどんな責任を取るのか。その点、何も弁明、説明はない。

「先ず自分の発言に責任をもて」「この程度の人間性だと思うと逆に情けない」「鈴木先生、相手にすると鈴木先生が軽く見られる恐れがありますが、黙っていると嘘話が本当になりますので、ここは徹底してやって下さい」等々の話が寄せられた。

意を強くして格下ではあるが、向き合って参りたい。

(2021年5月26日「ムネオ日記」を再構成)

 ◇

 なんとも恥ずかしい話です。私は鈴木宗男議員に好き嫌いの感情はなく、彼の肩を持つわけではありませんが、この小西洋之議員の話はまた別です。小西議員は議員の片隅にもおけない、どうしようもない議員だと思っています。こういう議員が選挙で選ばれることが実に不思議だと感じています。

 クイズ質問をしてみたり、事実無根の誹謗中傷をしてみたり、まるで中韓の言い草そのもののような議員と言えますね。個人攻撃に終始し真面目さが全く感じられないと思うのは私だけでしょうか。鈴木議員も個人攻撃的に反撃していますが、日頃の両者の発言履歴を見れば、鈴木議員に肩入れしたくなります。

 立憲民主党の幹部や周りの議員も、「爆弾男」などと言って、鬱憤晴らしの代弁者として薄ら笑いしながら見ているのでしょう。ましてや「立民のエース」などと本当に思っている議員がいるとすれば何をかいわんや、です。立民の支持率が5%前後で一向に上がらないのもうなずけるところでしょう。

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2021年6月 8日 (火)

「徴用工」問題に火をつけたのはNHKだ

127eb9b51432ec1c3184a525a47c2c02461e6f8c  このブログでは、日本のメディアが歴史を歪曲、さらにはねつ造した事案を取り上げてきました。朝日新聞の「慰安婦強制連行」はその代表的なものですが、ほかにもNHKの台湾での日本統治をねつ造した「JAPANデビュー」など、いくつかあります。

 そしてさらに今回1955年に遡って、当時NHKが報じたドキュメンタリー「緑なき島」を取り上げます。これもねつ造に近い形で結果的に日本をおとしめ、その後「徴用工問題」として韓国の反日の材料になった、慰安婦強制連行と殆ど同じ類いの日本発の反日材料提供作品です。

 これに関して産経新聞編集委員の久保田るり子氏が今月4日「JAPANForward」に寄稿したコラムを以下に引用して紹介します。タイトルは『産業遺産情報センターは韓国の「反日」と闘う情報基地 「軍艦島は地獄島ではない」』です。「緑なき島」が取り上げた軍艦島に関し、その嘘を暴き、真実を伝えるために設立された「産業遺産情報センター」の記述から始まります。

 ◇

Gunkanjimajapansindustrialheritagewartim 世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」を紹介する展示施設「産業遺産情報センター」(東京都新宿区)がまもなく一般公開の開始から1年を迎える。世界遺産登録時に韓国が端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)について「多くの朝鮮人が強制連行で犠牲になった」と反発し、その対応策として設立された経緯があり、徴用工問題で韓国発の「反日」と闘う最前線に立ってきた。「歴史は根拠を求める」との加藤康子センター長の信念で始まった軍艦島元島民の証言収録など、収集1次資料は10万件を超えた。情報センターは日韓「歴史戦」の基地になりつつある。

反日と闘う最前線

平成27(2015)年の世界遺産登録から6年、産業遺産情報センターは現在も韓国政府の攻撃対象だ。

昨年6月中旬の一般公開開始から約1週間後、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相(当時)は国連教育科学文化機関(ユネスコ)のアズレ事務局長に書簡を送り、情報センターは「旧朝鮮半島出身者に対する説明が不十分」だとして、登録取り消しの検討を要求。世界遺産委員会で日本側に対応を促すことも求めた。昨年の委員会は新型コロナウイルスの影響で延期され、今夏にオンラインでの開催が予定されている。

これに先立ち、ユネスコは韓国の要請を受け、日本との協議の上で情報センターに査察官を派遣する予定だ。加藤氏は「正確な情報で判断してもらえばいい。見解が(日韓)両サイドで全く違うこともあるだろうが、われわれは主権国家。歴史をどう判断するかは日本の主権の問題だ」と話す。

端島炭坑に関する展示には「強制連行」説を日韓に広めた在日朝鮮人学者、朴慶植(パク・キョンシク)の著作などもある。一方、端島炭坑の元島民らが語る「軍艦島の真実」の声や資料が、韓国の主張を圧倒している。

加藤氏は世界の産業遺産を研究してきたこの分野の第一人者で、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を推進した。産業遺産は幕末の1850(嘉永3)年から1910(明治43)年が対象で、日本統治下の朝鮮半島での徴用(1940年代)は実は対象外。だが1890(明治23)年に三菱鉱業の炭鉱島となった端島の世界遺産入りで、情報センターが歴史戦の現場に立つことになった。

「(登録後)この約6年間というもの、ありとあらゆる1次資料を集め、元島民証言などを日本語、英語、韓国語で発信してきた。韓国人が(反日)運動の中で形成してきた歴史認識には事実誤認がある。われわれはそれを否定するより、まずは1次資料をもって発信することが重要だと考えている」

韓国メディアはこの間、情報センターや母体の一般財団法人、産業遺産国民会議を「日本の保守団体のフロント組織」などと決めつけ、加藤氏をその代表と名指して批判してきた。

情報センターで公開中の軍艦島資料は文書・写真が1300点だが、開館以来、一般人、企業などからの資料提供が相次ぎ、すでに10万件を超えている。朝鮮半島関連の資料が多く「歴史の闇を照らす原資料が集まっている」という。

NHK「緑なき島」の映像捏造疑惑を暴いた

端島炭坑を扱った昭和30年のNHKドキュメンタリー「緑なき島」で、一部に端島ではない別の炭鉱の映像が使われていた「捏造(ねつぞう)」疑惑は、情報センターが元島民の証言を元に検証したことで明るみに出た。

軍艦島を有名にしたのは、狭い坑内でフンドシ姿で採炭する炭鉱労働者の映像だ。この映像は「朝鮮半島出身者の地獄島での過酷な労働」として韓国のテレビ各局が使い、韓国・釜山の「国立日帝強制動員歴史館」にも展示され、徴用工のシンボルともなった。

加藤氏が「緑なき島」を知ったのは偶然だったという。戦時中の炭鉱に詳しいカメラマンから「緑なき島」のことを聞き、上映会を催したところ、元島民が炭鉱のシーンは「誰が見ても端島ではない」と言い出した。坑内の様子が端島とは全く異なった。炭層の高さが異なり、映像の炭鉱労働者は現場で全員が着けるはずのキャップランプ(頭に着ける照明灯)を着けていなかった。端島では全員が作業着だったが、映像はフンドシ一丁だった。これらは全て当時の「保安規定違反」だった。

炭鉱のシーンは、ガスが濃く危険な端島炭坑で撮影できず、別の炭鉱の映像が使われた可能性があった。しかし、「緑なき島」の裸同然で働く炭鉱労働者の姿は、端島炭坑こそが朝鮮半島出身の「徴用工の地獄島」だという印象を世界に広める元になった。

昨年11月20日、元島民の「真実の歴史を追求する端島島民の会」がNHKに抗議書兼要求書を提出。「いかに事実と異なるか」を指摘し、徹底的な調査と事実公表、訂正報道を求めた。しかし、NHKは「ご指摘のような別の炭鉱で撮影された映像が使用されたという事実は確認されなかった」と否定。今春から国会で青山繁晴、山田宏両参院議員が相次いで質問したことで、NHKはようやく前田晃伸会長が「自主的、自発的、自律的に確認作業を行う」と検証を約束したが、その作業に元島民を加えることを拒んだ。

加藤氏は「韓国には徴用工を戦時捕虜だとする極論もある。南ドイツ新聞は『(端島で)1000人が閉じ込められて爆殺された』とまで書いた。そのイメージを作ったNHKには責任がある。私たちはNHKに国民への謝罪を求めている」と話す。

研究書シリーズ第1弾

産業遺産国民会議は3月末、研究書シリーズの第1弾「朝鮮人戦時労働の実態」を発刊した。編集長は徴用工問題に詳しい西岡力麗澤大学客員教授で、執筆陣は西岡氏と歴史学者2人、法律家2人だ。西岡氏は「歴史的事実として徴用工とは何だったのか。戦後どう処理されたのか。また2018年10月に韓国大法院(最高裁)が日本企業に賠償命令判決を出すが、この判決はどこが問題で、なぜ出たのか。徴用工問題の全体がわかる研究書に構成した」と解説する。

同書で戦後の徴用工問題に関する研究書を分析した勝岡寛次氏によると、徴用工に関する論文や文献など1357点のうち、徴用工を「強制連行」「強制労働」ではないとする立場の文献は109点で、圧倒的に「強制連行」説が多いという。戦後の朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)が組織的に「強制連行」説を広めた影響が大きいとみられている。

加藤氏は研究書シリーズを出す意義について、「歴史は根拠を求めていくもの。研究者が育っていけば変わっていくものがある。センターの資料を使い研究できるようにするのは私の務めだと思っている」と話す。こうした検証はまだ始まったばかりだ。

  ◇

 このように元々歴史を自国に都合のいいようにねつ造し、日韓併合時代を日本による圧政、収奪の期間と決めつけることにより、主権を奪われた「恨」を晴らそうと反日をその国是としている韓国へ、NHKはわざわざ塩を送ったわけです。これで勢いづいた韓国は「徴用工」の強制労働説を確固としたものとし、執拗に揺すり、たかりを続けているのです。

 しかし久保田氏のコラムの中にあるように、このNHKのドキュメンタリーは事実とは全く異なるシーンを流しています。何か意図を感じざるを得ません。この件については少し前4月2日に、青山繁晴氏がラジオ日本放送に出演。NHKのこの「軍艦島」を扱ったドキュメンタリーにおける映像捏造疑惑について解説しています。

3_20210608094701  また櫻井よしこ氏が、週刊新潮3月11日号に寄稿したコラム『歴史捏造のNHKは朝日と同じだ』にも詳述されています。一部久保田氏の内容と重なる部分もありますが以下に引用して掲載します。

 ◇

慰安婦に関する嘘は、朝日新聞が喧伝した吉田清治という詐話師の捏造話が発端となって世界に広まった。戦時朝鮮人労働者は強制的に狩り出され、賃金も貰えない奴隷労働者だったという嘘は、NHKの報道が発端だったと言える。

朝日新聞は2014年に、吉田清治に関する記事の全てを、間違いだったとして取り消した。他方NHKは、彼らの報じた長崎県端島、通称軍艦島を描いた「緑なき島」が今日まで続く徴用工問題の元凶となっているにも拘わらず、訂正を拒み続けている。

「緑なき島」は1955(昭和30)年に報じられた20分間のドキュメンタリーである。端島を含む明治産業革命遺産の研究における第一人者、加藤康子氏が66年前のドキュメンタリーの問題を指摘した。

「炭鉱の坑内の映像はやらせをしています。それに合わせてナレーションの原稿もドラマチックに書いたのでしょう」

「緑なき島」で描かれている端島炭鉱の坑内映像は誰が見ても奇妙だ。まず鉱夫たちが次々に坑道に入っていく。皆作業服をきっちり着込みランプ付きのヘルメットをかぶり、丈夫そうな靴も履いている。

ところが、実際に石炭を掘る次の場面では、全員がふんどし一丁の裸体になっている。ヘルメットのランプはなくなっている一方、腕時計だけはきっちりはめているのもチグハグだ。

「当時端島の炭鉱を経営していた三菱鉱業は保安規定で作業服、ランプ付きヘルメットなしで坑内に入ることを固く禁じています。裸で石炭を採るなど、あり得ないことでした。また、坑道は海中深く掘り下がっています。ランプがなければ真っ暗です。それに昭和30年当時、腕時計は高価で貴重でした。石炭採掘現場に時計も含めて私物を持ち込むというのはなかったことです」と、加藤氏が語る。

「緑なき島」ではまた、坑道は高さがなく、鉱夫たちは全員這いつくばって作業している。だが、これも端島ではあり得ないことだった。

「日本発の歴史捏造」

先述したように端島は海底深く、1100メートルまで斜め竪形に掘り込んでいる。三菱の規定では坑道の高さは1.9メートル以上とされていたが、映像では、坑道の高さがないかわりに、空間が水平に広がり、そこで裸の男たちが這って働いている。だが、実際の端島の坑道にはこのような平場の採掘現場はなかった。

明らかにこれは端島炭鉱の映像ではあり得ない。加藤氏の「やらせ」だという指摘は間違いないだろう。事実、映像を見た元島民全員が、「これは端島じゃない」と証言している。

NHKがやらせで報じたこの映像は韓国に伝わり、朝鮮人鉱夫がこのような形で酷使されたという「事実認定」へとつながっていった。その一例が韓国の国立歴史館に展示されている写真であろう。それは高さのない坑道で上半身裸の男性がうつぶせになって石炭を掘っている写真だ。朝鮮人がこんな形で奴隷労働させられたという象徴的な一葉だ。だが写真の男性は朝鮮人ではなく日本人だ。戦後、廃鉱になった炭鉱で盗掘しているのを、日本人の写真家が撮影したものであることが確認されている。そのベタ焼きも残っている。

66年前のNHKの報道は、厳しい安全管理のルールが徹底されていた現実の炭鉱では明らかにあり得なかった嘘のイメージを作り出した。事実に反する内容であるにも拘わらず、それがドキュメンタリー映像として独り歩きを始めた。韓国が触発され、前述の裸で盗掘する男性の写真に飛びついた。写真はユネスコの明治産業革命遺産登録に反対する韓国側の運動の中で、ニューヨークのタイムズ・スクエアに反日のスローガンと共に掲げられた。さらに2018年10月には、韓国大法院が彼らの云う徴用工問題で日本企業に賠償を命ずるとんでもない判決につながった。

66年前NHKが報じた「緑なき島」のやらせ映像は、現在の問題に直結しているのである。「それだけではない」と指摘するのは麗澤大学客員教授の西岡力氏だ。

「1974年に三菱重工爆破事件が起きました。犯人たちは日本人ながら、大学時代に朴慶植氏の書いた『朝鮮人強制連行の記録』を学んで、日本が朝鮮人を酷い目に遭わせた、その日本企業に報復のテロをしなければならないと考えた。三菱重工がターゲットにされましたが、理由は朝鮮人戦時労働者を使っていたということです」

爆破事件は74年8月30日。しかし、彼らは9月1日、関東大震災で「朝鮮人が虐殺された」とするその日に、復讐を企てていた。しかし日曜日でオフィス街の丸の内には人がいない。土曜もいない。そこで金曜日の8月30日が犯行日になった。

「つまり犯人たちは日本企業が本当に朝鮮人に奴隷労働をさせたと信じ込んでしまった。そうした印象を強烈に与える映像をNHKが作っていた。66年前から始まった日本発の嘘が語り継がれ、広がり、深刻化していった。慰安婦と同じ、日本発の歴史捏造なのです」(西岡氏)

“悪者”のイメージ

さて、加藤氏の働きがあり、昨年3月に産業遺産情報センターが東京・新宿区に開設された。そこには端島の暮らしが、多くの元島民の証言と共に展示されている。VTRの映像と肉声で、端島では日本人も朝鮮人も平和で協調的に暮らしていたことを私たちは知ることができる。

それに反発したのか、NHKがまたもや動いた。66年前の「緑なき島」で描いた奴隷労働こそが島の実態だったと言うかのような「実感ドドド! 追憶の島~ゆれる歴史継承」という番組を、昨年10月16日、九州、沖縄ローカルで放送したのだ。加藤氏も島民もNHKの取材に応じたが、まともには取り上げてもらえず、反対に“悪者”のイメージで取り上げられた、と憤る。

元島民の皆さん方は昨年11月20日にNHKに抗議文と質問状を送った。論点は四つである。➀炭坑内の映像の検証、➁韓国を含む全世界への訂正、➂複製等を残すことなく完全撤収、➃元島民の誇り、自尊心を踏みにじったことへのお詫び、である。

NHKの回答は「別の炭鉱で撮影された映像が使用されたという事実は確認されませんでした」という木で鼻を括ったようなものだった。

「あのドキュメンタリーを見た元島民全員が、あれは端島の炭鉱ではないと証言しているのです。報道機関として、やらせを否定するのなら、その証拠を示すべきでしょう」

加藤氏の憤りはもっともだ。そんなNHKになぜ、私たちは受信料支払いを強要されなければならないのか。公共放送だからというのが理由らしいが、国益を損ない、日本人の名誉を傷つけるこんな虚偽放送を続けるNHKを許してはならないだろう。

 ◇

 1955年と言えば戦後10年、未だGHQの占領の影が残っている時代です。NHKは終戦直後からGHQのプレスコードにさらされ、「眞相はかうだ」のようなGHQお仕着せの反日、反軍番組を制作してきました。もちろん彼らの組織の中には公職追放が実施されたあと、代わりに入ってきた「敗戦利得者」が大勢いたものと思われます。占領が終了した後も彼らはその中枢を占め「緑なき島」を制作したのでしょう。

 そしてかれらの影響は未だに消えず、今日でも偏向番組を制作し続けているのです。保守の識者たちが訴えるように一度解体すべきでしょう。そして真の国と国民のための放送局として、きちんとした理念の元設立し直す必要があります。

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2021年6月 6日 (日)

中共の毒牙に洗脳されたノーベル賞作家大江健三郎氏

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 ある人によれば、日本には日本をおとしめるための「奥の院」(仮称)という地下組織があるそうです。その「奥の院」、決して表には現れないが影で絶大な権力を持ち、反日勢力を操っているそうです。そこには当然多額の中共の地下マネーが流れ、反日メディアをも牛耳っているのでしょう。

 かつてのコミンテルンに端を発し、この日本を共産化し、戦中戦後にはソ連、そして現在は中共の属国としようと企む「奥の院」に、思想を同化・洗脳された数々の知識人たち、その先頭を走った一人に、かのノーベル賞作家大江健三郎氏がいます。

 原子力関連技術に詳しい物理学者の高田純氏が、その著書「脱原発は中共の罠」で、大江健三郎氏のノーベル賞作家にはほど遠い反日の奇行を述べていますので、以下に引用します。少し長いのですがご容赦を。

 ◇

81vmz7y3el ノーベル賞作家が中共の危険な水爆実験を絶賛する

東日本大震災が発生した2011年以来、「反原発」や「脱原発」感情を煽る集団がいる。その先導者の一人はノーベル文学賞の大江健三郎氏で、象徴的な「トロイの木馬」だ。

震災のあった平成3年6月に始まった「さようなら原発1000万人アクション」は、9人の呼びかけ人 = 内橋克人氏、大江健三郎氏、落合恵子氏、鎌田慧氏、坂本龍一氏、澤地久枝氏、瀬戸内寂聴氏、辻井喬氏、鶴見俊輔氏を担いだ、脱原発運動である。

一千万人署名市民の会の都内記者会見では「安倍新政権の原発を増設・再稼働させようとする行為は許せない」と主張。そして2013年1月10日に、大江氏は言った。

「原発に対して、憲法改悪に対してNOと言うには、デモンストレーションしかない」。

「脱原発」と「憲法改正」は全くの無関係である。それなのに、「憲法改悪にNO」とは支離滅裂ではないか。

彼は「脱原発」の先導者として適任者なのか、はなはだ疑問である。その理由は明快だ。

彼は昭和時代、1964年10月に始まった中共の核実験・核武装に対して、「核実験成功のキノコ雲を見守る中国の若い研究者や労働者の喜びの表情が、いかにも美しく感動的であった(『世界』67年9月号)と言った。その地は、中共に侵略された新疆ウイグルである。

中共の核武装はYESで、日本の核エネルギーの平和利用はNOとする大江氏の矛盾。

ならば、脱原発後の日本が核武装することに、大江氏は賛成するのか。さらに言えば、「さようなら原発」一千万人署名市民の会は、日本の核武装に賛成するのか。バカバカしい限りだ。

彼らの目標は、「日本文明の発展と国防強化を阻止することにある」。すなわち、反国益、反日行動である。こうした「市民」運動を大々的、好意的に取り上げるマスコミは、異常だ。「市民の声」は「国民の声」なのか。

大江氏が『世界』で中共の核実験を絶賛した年の6月17日、中共は2メガトン威力の大型水爆実験を強行した。そこは、ウイグル人たちが暮らす楼蘭遺跡周辺地域で、やってはいけない危ない地表核爆発だった。

地表核爆発は莫大な放射能を含む砂を広大な風下地域に降下させるので危ない。風下住民に致死リスクがある。中共は、この内陸で3回もメガトン級の地表核爆発を強行した。そのため、9万人以上が放射線で急性死亡したと推計されている。被害はこれ以上である。総核爆発回数46回、22メガトンは、広島核の1375倍だ。(『中国の核実験』)

米ソは危険回避のために、太平洋や北極海で、人口地域から100m以上も離して水爆実験場とした。

だから、内陸での中共の水爆実験は世界最悪の蛮行である。それを侵略したウイグル人たちの土地で強行した。北京から遠く離れた西方で爆発させた第一の理由は、危険を知っていたからである。

この中共の核武装に対する彼の感情は、平成になっても変わらなかった。それは、フランスと中共の両者の核実験に対しての反応に顕著に表れた。

1991年から96年までの核実験を両国で比べる。フランスが12回南太平洋で、他方、中共は9回ウイグル地区で行った。

フランスが核実験を始めると、彼は猛烈にフランス批判を始めた。フランス産のワインは飲まずに、カリフォルニア産ワインを飲むという写真が新聞で報じられたほどである。

一方で、彼は中共のウイグル地区での核実験にたいしては、完全に沈黙を続けたのだ。

一般人から見れば、大江氏の核に対する言動は明らかに矛盾している。

しかし、彼自身の嗜好は一貫している。彼は、中共が大好きだった。彼は、それを貫いている。だから、日本国内の中共大好き派の集団には人気がある。

大江氏はチャイナが好きなのではなく、共産主義のチャイナ(中共)が好きなのだ。そう解釈したほうが納得できる事実がある。彼が、建国間もない中共を旅行した際の言動が、その理解につながる。

1949(昭和24)年10月1日、毛沢東が北京の天安門の壇上に立ち、中華人民共和国の建国を宣言した。ただし、内戦は終息していなかった。11月30日に重慶を陥落させて蒋介石深いる国民党政府を台湾島に追いやっても、翌年6月まで小規模な戦いが継続した。

建国当初、新民主主義社会の建設を目標に、穏健で秩序ある改革が進められていた。しかし毛沢東は、1952年9月4日、突如として社会主義への移行を表明した。

その後、共産党に批判的な知識人層を排除した。非道な人民裁判による処刑や投獄だった。こうして、毛は、急進的に社会主義建設路線の完成をめざした。

1957年の反右派闘争で党内主導権を得た中央委員会主席の毛沢東は、1958年から1961年までの間、農業と工業の大増産政策である大躍進政策を発動した。

大量の鉄増産を試みたが、農村での人海戦術に頼る原始的な製造法のため、使えない大量の鉄くずができただけだった。農村では「人民公社」が組織されたが、かえって農民の生産意欲を奪い、農業も失敗した。

こうして大躍進政策は失敗し、数年間で2000万人から5000万人以上の餓死者を出した。

1960年5月20日より38日間にわたり、日本から6人の作家・評論家が、まだ国交のない中共を訪問した。その中に大江氏はいた。その時期は、まさに、暴走した共産党が打ち出した大躍進政策が発動された只中だった。

その印象記は、『写真 中国の顔』として、同年10月に出版された。それによると、日本文学代表団の中国訪問旅行は日本中国文化交流協会と中国人民外交協会の間に結ばれた「日中両国人民の文化交流に関する共同声明」に基づき行われた。中国人民対外文化協会、中国作家協会の招待であった。

この時代は、毛沢東が共産党中央委員会主席および中央軍事委員会主席を務める、

最高指導者の地位にあった。当然、この日本からの訪中団の物語全てが、毛の放った対日工作というお盆の上の出来事である。

日本訪問団は広州、北京、蘇州を順に訪れて、主に日本国内での日米安全保障条約(安保)反対闘争を詳しく伝えるために時間を費やした。

これに対して、「中国人民、労働者、農民、学者、文学者、政権の中枢にある人々から、熱烈な歓迎を受け、日本の安保反対闘争にたいして大きな支持を得た」という。

すなわち、日本訪問団は日米安保の反対闘争に関し、中共から熱烈な工作を現地で受けたのだった。これが、大江氏の中共大好きの源流になった。

帰国後に、日本で多くの写真を含む出版を企画する意向を中共側へ相談したが、合意され、積極的に協力を受けた。向こうからしてみれば、全てが工作なのだから当然である。

見て回るところ、会合も、全てが中共にお膳立てされている。だから、不都合な場面を、彼らが見ることはなかった。

そんなわけで、彼は、非道な権力闘争の粛清や投獄を見ることはなかったのではないか。あるいは、それらを感じながらも、革命の空想のなかで正当化したのではないか。

そうして、彼はこう言った。

「もっとも重要な印象は、この東洋の一部に、たしかに希望をもった若い人たちが生きて明日に向かっているということであった」。

一員の野間宏氏も言う。

「1949年の開放以来大きな発展をつづけている中国は、1958年の『大躍進』以来、さらに大きく前進している。私達はこの中国のなかで日本と中国の結合という問題についてたえず考えていた」。

この意味は、日本が中共体制にのみ込まれることを指しているのであろう。とんでもない思考だ。帰国後の彼らは、中共の日本支部代表になっていたのではないか。そんな想像ができる怖い実話だ。

共産党独裁社会の現実の悲劇に目を向けず、彼らが空想する共産理想社会のメガネを通して、日本社会の変革を語っている。これこそが危険な木馬である。

中共中央委員会主席・毛沢東主導の権力闘争である「文化大革命」が1966年に始まり、1976年まで続いた。その間の虐殺は最大2000万人と推計されている。この文革は日本へも輸出された。日本語雑誌である『人民中国』、『北京周報』、『中国画報』や『毛沢東選集』などの出版物や北京放送などの国際放送で、対日世論工作の宣伝がなされた。日本国内での暴力革命事件と文革期間が完全に重なっている。

「天安門事件」は、1989年6月4日に勃発した。北京市にある天安門広場に学生たちを中心に民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した。多数の戦車部隊の武力行使や、踏みつけられた死体の写真が世界中に報じられた。この弾圧で、数万人が殺されたとの推計がある。

その後、中共独裁の悲劇のいくつかは世界が報じた。天安門事件、チベット仏教の弾圧、南モンゴルの土地収奪、ウイグルでの核爆発災害、ウイグル人や法輪功など無実の囚人からの臓器狩りと移植ビジネスなどの暗部を、世界の大多数はそれとなく知っている。

当然、大江氏もその暗部の報道を知っているはずだ。にもかかわらず、1960年と1984年に訪中した。

さらに、天安門事件後の2000年9月、ノーベル賞作家となった彼は、中国社会科学院外国文学研究所の招きに応じ、北京を訪れた。

彼は、「今度の中国行きでは、若い世代の率直な意見を聞きたい。未来に向かうあなた方にとって、日本人は信頼に値するのか。アジア人にとって日本人は信頼に値するのかどうか。そして世界の人々にとって日本人は共に生きることのできる在なのか.…」と語っていた。

この気持ちは、香港の民主主義が死んだ2020年でも、大江氏の心にあるのだろうか。世界の大多数の人からすれば、中共は信頼されない存在だ。他国の発明を奪い、模倣品を製造する多数の工場。周辺国へ武力行使し、圧力をかける存在。尖閣諸島は中共のものだという。

武漢で発生した、さらに言えば、発生させた新型コロナウイルスの感染爆発の事実を隠蔽し、世界中にバイオハザードを巻き起こした張本人。

しかし、彼は中共が大好きだ。一般の人には理解不能の信念の作家は、間違いなく危険な「トロイの木馬」である。

 ◇

 大江健三郎氏は北朝鮮についても『地上の楽園』と称して礼賛していますし、根っからの反米、反日、反天皇制、つまり極左思想の持ち主であることは疑いのないところでしょう。彼がその呼びかけ人の一人となった『さようなら原発1000万人アクション』のメンバーには、そうそうたる人物が参加していますが、皆「奥の院」に洗脳された日本弱体化の中共の手先となった人たちです。

 私自身は原発を何が何でも今以上に推進する派には属しませんが、しかし一方折角設備があるのに、必要以上に厳しい規制を押しつけ、稼働停止状態を長く放置している現状には異を唱えます。少なくとも国産エネルギーをほとんど持たなく、かつ経済的にも長期低落状況の日本が、このような無駄を放置するのではなく、なんとか稼働に持って行くのが国や国民のためでしょう。

 原発反対者に申し上げたい。原発を止めている間に垂れ流す原油や天然ガスの輸入費用をどこから出すのか。反対者がそれを補填するのか。いずれにしろ反日左翼の人たちは、日本を弱体化することにばかり力を注いでいるとしか思えません。もちろんそれは中共の狙いの一つでしょうが。

 歴史を振り返れば、GHQがもたらした戦後日本の左傾化。もちろん占領途中でソ連の台頭、中共の勃興、朝鮮戦争勃発等により、共産化の脅威に気づいたマッカーサーは、レッドパージで共産党を地下に追いやりますが、大学やメディア、言論界、組合等に根付いた共産主義思想はしぶとく残り続け、今も一定の存在感を示しています。

 彼らの大きな目的の一つは日本の防衛力、抑止力の拡大阻止、そのための憲法改正阻止です。未だに戦前の軍国主義を持ち出し、軍アレルギーをばらまいています。

 そして大学、左翼メディア、日本学術会議、日本弁護士連盟等々、彼らの巣窟で日本弱体化を狙っています。それはまさしく中共の意図するところ。彼らを糾弾することが中共から日本を守り、日本の未来を思う我々の最大の課題だと強く感じます。

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2021年6月 5日 (土)

門田隆将氏が暴く、朝日の意図的報道で吊し上げにあった森喜朗会長発言

51rhupnurs_sx316_bo1204203200_  戦後日本のメディアはGHQのプレスコードにより一気に左傾化しました。そして彼らにとって不都合な真実は「報道しない自由」でもって隠蔽していきます。また逆に彼らにとって報道のよき対象となり得るものは、可能な限りセンセーショナルに訴求できるよう、報道の趣旨に合わない前後を切り取り、また角度をつけて、つまり報道機関の目的に沿うよう形を整えて、国民に提供するのです。あたかも洗脳を意図するように。

 今年2月東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で「女性理事を選ぶってのは、文科省がうるさく言うんです。だけど、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」という女性蔑視発言をしたとして、メディアやリベラル陣営に大きくたたかれ、結果謝罪、辞任に追い込まれた事件がありました。

 これに関し作家で評論家の門田隆将氏が彼の著書「新・階級闘争論」の中で、ある意図を持ったメディアによる吊し上げ、つまり「メディアリンチ」に遭った事例として取り上げています。以下にその節を以下に引用掲載します。

 ◇

メディアリンチの目的

「いつから日本は老人いじめの国になったんだい?」

「あの話のどこが悪いの?女性は優れている、って話じゃないの?」

1_20210605112701 森喜朗氏に対する異常な『メディアリンチ事件』が起こった2022年2月、私は森氏の発言全文を読んだ人から、そんな感想を幾度も伺った。

「発言の中身という『事実』は関係ないんですよ。彼らは、ただ吊るし上げて『権力』に打撃を与えられればそれでいいんですから」

私は問われるたびにそう答えた。

2月3日、森氏はマスコミにも公開されていた組織委員会の会合で、およそ40分にわたって長広舌をふるった。オンラインでマスコミが聞き耳を立てている中でのことだ。

いつも話が長い森氏だが、この日は普段以上に饒舌だった。

会議の場所であるジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエアの説明に始まり、秩父宮競技場の移転問題や、ラグビー・ワールドカップの際のラグビー協会の話など、さまざまな話が飛び出した。

テープ起こしをすると約8千4百字になるほどの分量だ。4百字原稿用紙で21枚にも及ぶ膨大なものである。その中の5百字ほどがマスコミに取り上げられた女性に関する部分だ。

ここで森氏は「女性は優れているので、欠員が出たら必ず(後任には)女性を選ぶ」という趣旨の話をしている。女性の能力を讃えるというか、目の前にいる組織委員会の女性たちを褒めあげるものである。

しかし、森氏の話は、結論を簡単には言わないことで知られる。脱線したり、あちこち寄り道しながら、最終的にはあらかじめ決めていた結論へと持っていくのである。政治部の人間なら誰でも知っている、いわゆる『森話法』である。

この日も、結論にいく前に自分が会長を務めていたラグビー協会では女性理事に競争心が強く、会議をすると「時間がかかった」という、『脇道』を通っていった。

森話法に慣れた人間なら、「目の前にいる組織委員会の女性たちを褒めるために、こんな寄り道をするのか」と、笑って終わる話である。

ところが当日の午後6時過ぎ、朝日新聞が1本の記事をデジタル配信してから雰囲気が変わった。

〈「女性がたくさん入っている会議は時間かかる」森喜朗氏〉

朝日の記事には、そんなタイトルがつけられていた。

森発言を耳にし、かつ、朝日の手法を知っている人間は、

「あぁ、ここを取り上げたか」

と納得したに違いない。「朝日は女性差別に仕立て上げ、問題化するつもりなんだな」 とすぐピンと来るからだ。

朝日は発言の切り取りとつなぎ合わせでは、他の追随を許さないメディアである。わざわざあの5百字に過ぎない部分の後半の重要部分ではなく、前半部分の、『脇道』に焦点を当てたのだ。

だが、森話法"を知る記者なら、記事のタイトルは当然、こうするだろう。

〈「女性は優れている。だから欠員が出ると女性を選ぶ」森喜朗氏〉

まるで正反対である。

もちろん、朝日ではそれでは攻撃材料にはならないので記事として成立しない。「角度がついていない」記事は、朝日では許されないからだ。

角度をつける―というのは朝日社内の隠語である。自分たちの主義・主張や社の方針に都合のいいように事実をねじ曲げて記事を『寄せる』ことを意味する言葉だ。

2014年、朝日の慰安婦報道にかかわる問題で、社内に設けられた第三者委員会の報告書の中で、委員の一人である外交評論家の岡本行夫氏がこう書いたことで有名になった。

〈当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた〉

岡本氏だけでなく一般人も、〈事実だけでは記事にならない〉という感覚は驚愕以外のなにものでもないだろう。簡単にいえば、社の方針に従って事実そのものを変えるということなのだから当然である。だが、それが朝日新聞なのだ。

今回の場合、森氏と東京五輪に打撃を与え、できれば中止に追い込み、選挙で自民党を敗北させ、菅義偉首相を政権から引きずり降ろすことが目的にある。朝日の記事はすべて「そこ」に向かっており、事実は都合よく変えられるわけである。

森発言を「女性蔑視」として糾弾するために必要なのは、いかに問題を国際化させるかにある。要するに「外国メディアに取り上げてもらうこと」だ。

これによって、海外で問題になっていることを打ち返し、国内世論を誘導するのである。その際、最重要なのは誰であろうと反対できない『絶対的な』言葉や概念を持ち出すことにある。

そのためには、核になる言葉が必要になる。森氏糾弾に使われ、大きなインパクトを与えたのは、主に以下のキーワードだ。

・Sexist(性差別主義者)

・discrimination against women (女性差別)

・contempt for women (女性蔑視)

朝日新聞、毎日新聞、NHKなどが英語で発信した記事の中で使ったのは、これらの言葉である。

「日本の組織委員会のトップは性差別主義者であり、許されざる女性蔑視発言をおこなった」

海外メディアは、森喜朗氏をそう報じた。

だが、森氏を知る人間は、同氏が「性差別主義者」「女性を蔑視する人間」などと誰も思ってはいない。家庭においても、政界でも女性の力を尊重する人物であることは有名だ。

しかし、日本のマスコミは、朝日を筆頭に「事実」は関係ない。

そのうえで『メディアリンチ』で徹底的に吊るし上げ、架空の事柄によってその人物を葬り去るのである。

差別と女性蔑視の人間ということで海外で報道されれば、今度はそれを以て、海外の有力スポンサーや政治家、あるいは、日本国内の政治家、財界人、スポンサー、識者、スター等のコメントを取るだけでいいのだ。

「差別」 「人権」 「蔑視」というレッテル貼りに成功すれば、もはや、これに反対することはできない。もし反対すれば、今度は自分が槍玉に上がるからだ。

そして一般の人間も巻き込んで異常な『集団リンチ』が完成するわけである。

こうして癌と闘い、週3回の人工透析の中でがんばってきた83歳の森氏は辞任に追い込まれた。

男女の「性別」という差異をことさら強調することによって女性を弱い立場に置き、それを「蔑視する人間」として一人の人間を差別主義者に仕立て上げて葬り去ったのだ。そんな日本のマスコミの手法は、あらゆる意味で卑劣である。

そこには事実の確認も、礼儀も、容赦も、遠慮も、何もなかった。私はマスコミに対してだけでなく、日本そのものに深い失望を覚えた。

世界に、自分たちが思い込んだ『日本の恥』を晒し、貶め、侮蔑する人々。つくり上げられた「新・階級闘争」に踊らされ、SNSを通して集団リンチに加わった人々には、いうべき言葉もない。

 ◇

 実は私もメディアの報道に踊らされた一人でした。何しろどのテレビでもほとんど同じ報道でしたから。「森さんは失言が多いからなあ」などとあまり疑いの目を持たずにこの報道を見聞きしていた記憶があります。ただ彼の謝罪会見の様子からは、逆に不要で執拗な質問をしている記者よりも、森氏のその記者に対する反論にも近い答弁の方に好感が持てましたが。

 いずれにしても門田氏のこの著述内容が事実だとしたら、朝日新聞は相変わらずとんでもない偏向記事発信新聞社ですね。もちろんこれまでの様々な誤報ねつ造の経緯もあって、これ以外にも事実を述べているとは全く信じていません。一度朝日新聞に問いたいですね。「あなた方の真の狙いは何ですか?日本の弱体化ですか?そしてそれは中共の手先として、ですか?」と。

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2021年6月 3日 (木)

野党とメディアの存在意義は果たしてあるのか

Images-2_20210603104001  国会では相も変わらず政府に対する野党の批判が先行し、実のある議論が進まない現状が長らく続いています。一人あたり数千万円の歳費を浪費し、国民から乖離した彼らの言動はどう見ても税金泥棒としか思えません。

 当面の課題である新型コロナウイルス感染症の拡大防止や、ワクチンの早期接種についても提案なき批判が目立ちます。もちろん経済や安全保障、そして憲法問題など日本の行く末や国民生活の根底となる大きな課題についても、ただただ政府の方針にたてつき批判するだけ。こんな国会議員は本当に辞めてほしいと思います。

 そして一部左翼メディアもそれに追随し批判の大合唱を唱えます。テレビや新聞などマスメディアはお互いを批判し合いません。ですから取り上げる話題や論調はどれも似たり寄ったり。視聴率が下がり続け、購読者が低落し続けるのも当たり前のような気がします。

 つい最近「さざ波発言」で、その野党やメディアの批判の矢面に立った、元内閣参事官の高橋洋一氏がこれに関連してzakzakに寄稿しています。タイトルは『ワクチン巡り問われている野党とメディアの存在意義 批判ありきで中身の議論なし』で、以下に引用して掲載します。

 ◇

Images-3_20210603104201  新型コロナワクチンの接種が本格化している。ワクチンをめぐっては、野党からは当初、治験を含めて慎重な実施を求める声が主流だったが、いまになって日本の接種が遅れていると批判している。メディアも以前から危険性を強調する報道が多く、現状でも余った分の接種や予約の問題など重箱の隅をつつく報道が多い。こうした姿勢が公衆衛生や防疫に資するだろうか。

 一般論として、ワクチンは各種の疾病の抑制に効果が大きい。実施にあたっては副反応のリスクと効果のメリットのバランスを比較考量すべきだが、メリットが大きければワクチン使用の社会的な意義は十分にある。

 日本は1994年の予防接種法改正で、ワクチンはそれまでの義務接種から任意接種に変更された。その結果、日本は他の先進国と比較してワクチンを打たない「ワクチンギャップ」の国として批判されている。

 海外生活を経験した人なら分かるが、特に90年以降に生まれた日本人は国内でのワクチン接種が少ないので、海外生活する際、大量のワクチン接種が義務付けられる。こうしたワクチン政策の変更は、副反応を過度に強調したメディアの報道によるところも大きいと筆者は思っている。

 実は、リスクだけを過度に強調する報道はワクチンに限らない。原発や金融緩和政策などでも同じ傾向である。副作用のリスクを気にして、原発をやめるべきだ、金融緩和すべきではないと主張するが、やめた場合のリスクやコストも同時に考え、両者を比較考量しなければならない。副作用のリスクのみで政策を判断するのは間違いだ。

 一部野党は日本のワクチン接種が遅れていると言うが、それは日本が欧米などに比べてコロナの感染が少なかったゆえの結果であって、特に問題でない。

 また、立憲民主党の枝野幸男代表が「菅義偉首相はワクチン頼み」と批判したと報じられた。枝野氏は「ワクチン接種の重要性を前提に述べた上での発言」と釈明しているが、ワクチン接種による感染の抑制効果は定量的にもはっきりとしている。つまり、エビデンス(科学的根拠)があるのだから、それを活用しない手はない。

 一方で他国で普通にやっている行動制限については、前提となる憲法改正議論に乗らずに否定する。さらに、ワクチンの打ち手拡大で政府が超法規的措置をしたことについては、法律改正が必要だという。一部野党はこの種の法改正には規制緩和反対という立場で反対していたが、言うことと行動が矛盾していないだろうか。

 はっきり言って、ワクチンの議論にかぎらず、一部野党とメディアは、政府のやることにケチをつけるだけで、国民にとって建設的なことはまず言わないと思っていい。

 筆者のツイッターでの各種表現を巡っては、多方面にご迷惑をかけたことをおわびする。ただ、表現への批判ばかりで、内容についての議論がなかったことは残念だ。こうした点でも、一部野党とメディアの存在意義が問われているのではないか。

 ◇

 寄稿文ですから「存在意義が問われているのではないか」と軟らかい表現で結んでいますが、氏の心の中では「とっくに存在意義などない」と言い切りたかったのだと思います。

 今テレビメディアでは、どの局も報道番組と称して「コメンテーター付きのバラエティー番組」花盛りですが、政治や芸能スキャンダルや訃報などに関しては、チャンネルを変えてもどの局もほぼ同じ、そして素人コメンテーターが一端の意見を述べていますが、どれもこれもMCの意向通り、というより局の意向通りで勢い一方向にずれていきます。

 中でも政府や官僚への批判などは、相手がいないところでワーワー言っているだけで、何の解決にもなりません。そんなに言いたいことがあれば直接政府関係者に連絡を取ればいいと思いますね。いずれにしろ視聴者受けを狙ったショーなのですから、存在意義など全く蚊帳の外なのでしょう。

Images_20210603104101  また立憲民主党の小西洋之議員のように、「私は天才なんです」とうそぶき、クイズ質問や暴言発言を繰り返し、党内でも「一言で言えば変人の一匹狼」と言われているように、奇行を繰り返しながらのうのうと議員を演じている、こんな国会議員もいます。世も末ですね。

 政府や官僚の問題点を挙げ批判していくのは必要でしょう。ただそれだけしかせず、自らの意見発信や提案をしない議員や、政府側からの反論やそれを補佐する意見を採用しないメディアの姿勢を問題視しているのです。このような状況を改善するためには、議員においてはその資格を検定する制度の導入と、一方通行の質疑を双方向に変えるなどの国会改革、テレビメディアにおいてはお互いが批判し質の向上に資するよう、新規参入枠の大幅拡大が必要でしょう。

 いずれも既得権側の猛反対が予想され、改善には困難が予想されますが、それを実現しなければ日本の弱体化は避けられず、結果としてそれを狙う中共の思うつぼになってしまいます。同じ問題意識を持つ人が増えるのを望むばかりです。

 

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2021年6月 1日 (火)

官僚の不作為が生んだ「ワクチン敗戦」の日本

Photo_20210601112301  私はこのブログで、政府、中でも官僚たちの不作為、特に責任逃れがその要因と思われるそうした態度を強く指摘してきました。外務省の事なかれ主義による、中共や南北朝鮮の干渉や誹謗中傷にほとんど手を打たずに、いわれっぱなし、やられっぱなしの状況は目に余るものがありました。

 それと同様、新型コロナウィルスの感染症への対応やワクチンの開発、接種においても、厚生労働省をはじめ政府、官僚の不作為は顕在化しています。

 本日の読売新聞のコラム「政治の現場」にその実態が詳述されていますので、以下に引用します。タイトルは『「ワクチン敗戦」の日本、開発強化求め続けた教授の問いに官僚はうつむくだけ』です。

 政府の健康・医療戦略推進本部に、官僚や製薬業界、大学関係者ら産官学で作る「医薬品開発協議会」という会議がある。新型コロナウイルス感染拡大を受け、今春からワクチンの実用化を推進する方策を検討してきた。

 4月16日、東京・霞が関で開かれた会合。長机に感染予防のアクリル板が並ぶ会議室で、参考人として出席した東京大学医科学研究所教授(ワクチン科学)の石井健は、こう問いかけた。

 「日本のワクチン開発は周回遅れだ。10年おきに同じ議論を繰り返す反省を、どう今後に生かすのか」

 石井の問いに、厚生労働省の官僚など、参加者は黙ってうつむくだけだった。

 政府は、これまでも国産ワクチン開発の提言を繰り返し受けてきた。2010年6月には「新型インフルエンザ対策総括会議」が、国家の安全保障の観点から、ワクチン製造業者への支援や開発の推進、生産体制の強化などを求めていた。

 結びは、こんな一節だ。

 「発生前の段階からの準備、とりわけ人員体制や予算の充実なくして、抜本的な改善は実現不可能だ。今回こそ、体制強化の実現を強く要望する」

 こうした提言は、この間、顧みられてこなかった。

 新型コロナの国産ワクチン開発で、日本は米英中露などに大きく後れを取る。日本国内で塩野義製薬や第一三共などが開発を進めるが、年内供給の見通しは立たない。「ワクチン敗戦」。そんな言葉もささやかれる。

 1980年代まで、日本は世界に先駆けて水痘や百日ぜきなどに取り組むワクチン先進国だった。だが、効果より副反応の問題が目立ち始め、状況は変化した。

 92年、予防接種の副反応をめぐる訴訟で国が賠償責任を問われると、94年の予防接種法改正で接種が国民の「義務」から「努力義務」へと変わった。国主導から個人の判断に委ねる形になり、接種率も下がっていく。国も製薬会社もワクチン開発に及び腰となり、研究開発の基盤は弱まっていった。

 確かに、開発は一筋縄ではいかない。有効性や安全性を確認するため、必要な臨床試験は3段階ある。最大のハードルは、大規模な試験が必要とされる最終段階の第3相だ。日本では医薬品医療機器法で、後発品でも国内で大規模な臨床試験が求められ、一般的な医薬品でも3~7年かかるのが普通だ。

 だが、時の政権与党や厚労省は、ワクチン接種に慎重な日本人の国民性を強調するあまり、「国産ワクチンが出来ても、世界に先駆け日本が承認するのは難しい」「海外で使用後の方が、安全性を見極められる」と開発に後ろ向きだった。

 まさに、政官の不作為が露呈したと言える。

 ここに来て、与党からは、国産ワクチン開発に向け政府への提言が相次ぐ。5月18日、自民党政調会長の下村博文らが「平時とは異なる新たな薬事承認のあり方」の検討などを訴えた。公明党も4月28日、最終段階の治験を政府主導で進めることなどを求めた。ただ、過去の提言を生かし切れなかった反省の声は、あまり聞こえてこない。

 米国では、通常数年かかるワクチン実用化を、わずか1年で実現させた。

 「ウイルスを打ち負かし、何百万人もの命を救う」

 昨年12月、米ワシントンのホワイトハウスで、トランプ大統領(当時)はワクチン開発期間を大幅短縮させたことを自負した。「ワープ・スピード(超高速)作戦」と称した取り組みだ。

 米国ではバイオテロなどを想定し、国防総省などが、平時から民間企業への開発資金援助を続けてきた。米メディアによると、さらに今回、米政府は開発支援に180億ドル(約2兆円)を投じたほか、承認直後にワクチンを供給できるよう、製薬会社は最終治験と並行してワクチン製造も行った。

 米政府は緊急時、未承認の医薬品やワクチンの使用を認める制度「緊急使用許可」(EUA)も活用した。リスクより利益が上回ると判断すれば、通常の手続きを省略する仕組みだった。

 医薬品開発協議会は5月25日、研究開発拠点の整備や、資金の効率的配分など、国産ワクチン開発に向けた提言をまとめた。提言を受ける際、科学技術相の井上信治は力を込めた。

 「『この機会を逃したら次はない』という気持ちで、実行する覚悟だ」

 東大の石井は、政府がワクチン開発を危機管理と位置づけ、今度こそ本腰で取り組むべきだと訴える。「日本の技術は劣っていない。安全保障の観点で平時に産業を支援し、有事に一気に対応する必要がある」

 政治家や官僚が「感染症は有事」との意識を本当に持てるかどうかが、問われている。

 ◇

 確かにかつて医療先進国と言われた日本が、ワクチン開発でこんなに後れをとっているのは、強く感じるところでした。今法律事務所を賑わせている過去の厚生省の肝ウィルスの注射器使い回し放置や、その他の薬害訴訟に翻弄されたいきさつもあるかもしれませんが、とにかく、何かにつけて腰の引けるこういった省庁の姿勢が、日本を弱体化させているように思います。

 ワクチン開発だけではなく、その接種への対応も、また感染拡大に対する対応も、すべて後手々々のような感じです。緊急事態だといっても私権制限は中途半端だし、それも国民の批判を恐れるあまりの責任逃れとも言えるでしょう。デジタル化の遅れも一因だと思いますが、それも個人情報を慮り過ぎて腰が引けた結果かも知れません。

 とにかく何かにつけて批判する人たちは一定数います。それにマスコミも加担して騒ぐ傾向が強い日本です。そうした声に惑わされず、強くしかも合理的に政策を推し進める政府官僚の姿を取り戻してほしい。サイレントマジョリティは陰で支持しているはずです。そうしなければこの先も弱体化は止まらないでしょう。

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