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2021年6月12日 (土)

いつまで「弱小国の振り」を続けるのか?

Images-4_20210612104601  私の願いは、日本がその潜在力を発揮して、世界に発信できる・ものが言える国になることです。そして法を疎かにし、人権を蹂躙する国々にはっきりNOといえる国になることです。そのためには経済力のみならず、しっかりした抑止能力を持つ軍事力を備えることが不可欠です。

 あの経済的な弱小国北朝鮮でさえ、核という最大級の兵器を手に入れ、先軍政治を徹底しているからこそ、米国と渡り合えるまで「力」を発揮しているのでしょう。もちろん砂上の楼閣でしょうが、いいにつけ悪しきにつけ発信力はあります。

 核を持てとまではいいませんが、少なくとも自衛隊を言葉の上でも「軍」と呼び、ポジティブリスト方式で行動を縛るような、手枷足枷を取り去ることが必要です。そのためには「戦力保持」を禁じた憲法9条2項を破棄することが必須です。

5_20210612104601  日本は外力に弱いとされています。これも戦後からでしょうが、上記のような訴求は外国人からも指摘されています。ヘンリーストーク氏やケントギルバート氏らは、彼らの著書の中で何度も指摘しています。ここにまた同様な訴求記事が見られます。「WEB Voice」に寄稿された、国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏のコラム『いつまで「弱小国の振り」を続けるのか? 日本が“再軍備”できない本当の理由』(5/26)がそれです。以下に引用して紹介します。

 ◇

日本はどうして弱小国家の振りを続けているのだろうか。

国際政治学者のグレンコ・アンドリーは、戦後日本の基本原則である「吉田ドクトリン」があったお陰で、日本の軍事力は高まることがなかったと指摘する。この時代の、日本における真の安全保障とは何だろうか。

吉田ドクトリンの功罪

戦後、日本を国際関係の「弱者」「小国」として固定させたのは、いわゆる「吉田ドクトリン」である。

吉田ドクトリンとは、安全保障をアメリカに依存することで、軽武装を維持しながら経済の復興、発展を最優先させることによって、国際的地位の回復を目指した戦後日本の外交の基本原則である。

アメリカは朝鮮戦争勃発のため、日本に軍事費増加を要求したが、吉田茂首相は日本国憲法第9条を盾に、この要求を拒否した。

吉田首相が退陣した後も、吉田ドクトリンの路線は日本に定着した。安全保障をアメリカに任せたおかげで、日本は復興や発展に集中でき、高度経済成長を成し遂げて世界第2位の経済大国となった。吉田ドクトリンに基づく方針はおおむね現在も続いており、多くの人から評価されている。

それでは、実際に吉田ドクトリンは正解だったのだろうか。日本が高度経済成長を成し遂げたのは紛れもない事実だから、成功だという意見は理解できる。

一方、吉田ドクトリンが日本の足枷になっていることもまた、事実である。主権を回復してから70年近く経っているにもかかわらず、日本は憲法9条を改正できず、自国の防衛、安全保障政策を自主的に制限している。

もしあの時、アメリカの要求通り軍事費を増やしていれば、その後の再軍備も現実的になり、今の日本は自立した軍隊を持つ「普通の国」になっていた可能性が高い。

日本が弱小国の振りを続ける余裕はもうない

吉田ドクトリンが妥当だったかについては、やはり議論の余地がある。百歩譲って、吉田首相の在任当時は経済の復興を一刻も早く実現する手段として合理的な判断だったとしても、その後もずっと日本の安全保障政策の基本になっている状態は明らかにおかしい。

吉田首相自身も、再軍備の拒否と復興、発展の最優先を敗戦直後に置かれた状態を踏まえた上で決断したと思われ、同じ状態が未来永劫、続くことは想定しなかっただろう。

「21世紀の日本は小国として、大国の中国やアメリカ、ロシアとバランスを取りながらうまく付き合う」という方針は、驚くべきことに今でもかなりの支持を集めている。実際自民党から共産党まで程度の差はあれども、国政政党が軒並み小国路線を支持している

しかし、これでいいのだろうか。まず言えることは、人口が1億人以上で、世界第3位のGDPの国は、どう見ても「弱小国」ではない。弱小ではない日本がなぜ「弱小国」の振る舞いをしなければならないのか。

日本は東アジアにある。隣に中国とロシアのような凶暴な軍事大国と、日本人を拉致する犯罪国家の北朝鮮がある。このような地域に位置すれば、弱小国は必ず危険に晒される。仮に直接の軍事侵攻を受けなくても、隣国に振り回される運命を免れない。

実際にいま日本の領土はロシアと韓国に不法占領されており、尖閣諸島も中国に狙われている。中国をはじめ、近隣諸国は日本の外交・内政問題への干渉を繰り返している。

この状態で、日本が弱小国として振る舞うことは決して許されない。今は当たり前の平和な日常が破壊されても構わないなら、そのままでもいいのかもしれない。だが、現在の暮らしを守りたいなら、弱小国の振る舞いを続ける余裕は、日本にはもうない。

いつまで「弱小国の振り」を続けるのか? 日本が“再軍備”できない本当の理由

アメリカに"日本を守る気になってもらう"ために

筆者は、地政学的な思考としては「親米」を選ぶ。そして「日本の安全保障政策の基本は、日米同盟を軸にした親米路線しかあり得ない」とも考えている。

しかし、戦後復興を成し遂げた後もなお吉田ドクトリンを続ける路線は、決して親米ではない。さらに言えば、それは対米従属ですらない。もし日本が本当に対米従属であれば、アメリカの要望通りある程度の再軍備を実行したはずだ。

再軍備を拒否した時点で、日本は対米従属の国ではない。現在でも吉田ドクトリンを支持している論者には、アメリカに対する愛も尊敬も、執着もないといえるだろう。自分で生活を守る努力をせず、ただ楽をしたいためにアメリカを利用しているだけである。

吉田ドクトリンの支持者は、「いざというときにアメリカは日本を守ってくれる」と言う。それを批判する反米左翼は「話し合えば分かり合える」と言う。さらにそれらを批判する反米保守は「アメリカは絶対に日本を守ってくれないから、対米自立しかない」と言う。しかし、全部間違いなのである。

吉田ドクトリンの支持者と反米左翼は「日本が努力しなくても済む」という点で共通している。また、反米左翼と反米保守は「アメリカとの同盟は要らない」という点で共通している。

さらに、いずれの一派も「アメリカが日本を守る気になるように、日本は今まで何か努力をしたのか」「アメリカが日本を守る気になるように、どうすればいいのか」を真剣に考えていない、という点で共通している。

実際の安全保障において、「アメリカは日本を守る」「守らない」という議論は無意味であり、現状に何の影響も与えない。

むしろ「アメリカが日本を守る気になるために、何をすればよいか」を語る議論こそ現状に影響を与え、日本の安全保障に役立つ可能性が十分にある。

日本は、今までアメリカが日本を守る気になるための努力をせずに、日米安保の条文だけに甘えてきた。条約の条文は大事だが、それが全てではない。実際に各時代の政権が条約をどう運用するかが重要である。当然、日米安全保障条約も例外ではない。

日本にとっての"真の安全保障"とは

日本人が日米安保条約の第5条(「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」)の条文に頼るだけの態度を続けるなら、いずれアメリカも条文を守る気にならず、条約が形骸化する恐れがある。

アメリカが日本を守る気になるには、まずは日本が国防のための努力を行い、少なくともアメリカが諸同盟国に要求する防衛費の対GDP比2%の予算を実現し、アメリカの地政学的な戦略に付き合う必要がある。

反米左翼と反米保守は「対米従属」と言うであろうが、これは従属ではない。日本の国家安全保障を確立するために必要な外交政策であり、何よりも日本の国益に適うのだ。

吉田ドクトリンに基づく外交を続け、日米安保条約の条文だけに頼っても、日本の主権と独立を守ることはできない。また、左右の反米主義者の極論を聞いても、日本は危うい道を歩むだけだ。

今の日本に必要なのは、防衛費の倍増と再軍備だ。複雑かつ危険極まる現代の世界において、危機はいつ、どこから迫ってくるか全く予測できない。

不測の事態は必ず起きる。有事にいち早く対応するには、平時のうちに危機に備える必要がある。日本の国民一人ひとりが、国家安全保障が日常生活に直結することに気づき、国防の努力の必要性を理解すべきだろう。

政治家もまた、利権や自分の政治生命ばかりではなく、国家の主権と独立を守ることを第一の目的にしなければならない。

 ◇

 幸か不幸か戦後75年の間日本が直接的な戦闘に巻き込まれることはありませんでした。その間朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争やイラク戦争など、多くの戦争や戦闘が繰り返されても、日本は後陣で支援はしても前衛での戦闘に加わってはいません。

 それを9条教の人たちは憲法9条のおかげといいます。しかしそうでしょうか。確かに積極的に戦闘に加わるには、憲法がその抑止に働いたのは事実でしょう。しかし大戦の直後から北方領土や竹島を占拠され、拉致被害者を出し、その奪還は全くできていません。戦闘には加わっていなくても、領土や国民を奪われているのです。これは紛れもなく戦っていなくとも敗戦なのです。この敗戦に9条は何か役立ったのでしょうか。

 アンドリー氏の言うとおり日本は弱小国のふりをしています。そして人口の規模や経済規模に見合った防衛力を持とうとしても、憲法が足かせになります。その憲法を、あえて言いますが、少数の護憲派が手を変え品を変え阻止しようと躍起になります。憲法改正の制度的な困難さも加わります。

 そして日本人自身の安全保障感性の絶対的な弱さ、つまりお花畑思考が追い打ちをかけます。今平和が続いているのになぜ軍備拡張が必要なのか、と。多くのメディア、特に左翼メディアは軍事アレルギーを国民に振りまき、護憲を訴え続けます。島を占拠され続け拉致被害者を放置され続けていても、彼らはそのために何かしようと動きません。中共や南北朝鮮には忖度しても日本の安全保障にはそっぽを向いています。彼らにはそもそも愛国心というものがないのでしょう。

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