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2021年7月

2021年7月31日 (土)

「中国製ワクチンの中身」に疑問噴出中 まさか「ただの水」なんてことは…

Img_e6729e31728f71a8ae90561323211ae09889  以前もこのブログで取り上げましたが、中国製のワクチンに対し、多くの国からその効果を疑問視する声が聞かれます。もともと採用していない国に加え、ブラジルなどその効果を疑問視して欧米製に切り替えようという国もあります。

 東南アジア各国も同じ問題を抱えているようで、その詳細を現代ビジネスから引用します。フリーランス記者で作家の大塚智彦氏のコラムがそれで、タイトルは『感染者爆増の東南アジア各国で「中国製ワクチンの中身」に疑問噴出中 まさか「ただの水」なんてことは…』(7/22)です。

英米製への切り替え視野

ASEAN(東南アジア諸国連合)各国で使用されている中国製のコロナウイルスワクチンに対して、その有効性、安全性への疑問が広がっている。このため中国製ワクチンの接種を取りやめたり、米英のワクチンへの切り替えを急いだりという動きが顕著になりつつある。

中国は感染拡大予防のために東南アジア各国に対して早い時期から中国製ワクチンを積極的に供与する「ワクチン外交」を展開、インドネシア、ミャンマーなどには中国の王毅外相が直接訪問してワクチン提供を申し出たりした。

東南アジアだけでなくアフリカや南米などに対しても中国は「人道支援」を唱えて「ワクチン外交」を展開しているが、根底にあるのは習近平国家主席が独自に進める「一帯一路」構想で、中国側への取り込みを意図したものとされている。

欧米や日本では中国製ワクチンの安全性が確認できないとして米英が開発したワクチン接種を積極的に進めている。中国当局は自国製ワクチンの詳細な情報を公開していないとされ、提供を受けた国は独自に検査、研究機関でその安全性を確認した上で使用を認可、接種に踏み切っている。

それでも、有効性が米英のワクチンに比べて低いことが知られており、それが中国製ワクチン接種拡大のネックになっているという。

インドネシアで医療関係者の感染相次ぐ

インドネシアでは2021年の感染拡大を前に中国から提供されたワクチンを医療関係者に優先接種した。しかし2021年6月以降、中国製ワクチンを接種した医療関係者の感染が拡大し、感染死する医師や看護師が増えだした。感染者は約300人、死者10人となっている。

また別の数字では6、7月に感染死した医療関係者は131人に上り、その大半が中国製ワクチンの接種を受けていた、との報道もある。

こうした現象はインドネシアだけでなく、マレーシアやタイでも報告されており、米紙「ニューヨーク・タイムズ」は6月22日、「中国ワクチンに頼った国は今感染拡大と戦っている」との記事を掲載して、その有効性、安全性に疑問を投げかけた。

インドネシアでは中国製の「シノバック・バイオテック」「シノファーム」製の2種類が国民の多くに接種されているが、このうち「シノバック社製」を接種した医療関係者に感染が広がっているとして、「ワクチンの中身はただの水ではないか」とか「死のバック」などと陰でささやかれ、中国製ワクチンの接種を躊躇する動きも出ている。

特に現在、東南アジア各国で感染が拡大しているインド株には有効性が低いとの指摘もある。

こうした動きに加えてインドネシア政府は7月13日、これまでシノバック社製のワクチン接種を終えた医療関係者約147万人に対して、「流行が著しいインド株に対応するため」として3回目として米モデルナ社製ワクチンを接種する方針を明らかにしている。

インドネシアではこれまでに確保したワクチンの総数は1億2274回分で、そのうち中国製ワクチンは約1億回分に達しているといい、依然として中国製が中心の接種となっている。

マレーシア、タイも中国製に懸念

7月15日、マレーシア政府は全土で中国製ワクチンの接種を中止する方針を明らかにした。

アドハム・ババ保健相はケランタン州政府が中国製「シノバック」ワクチンの接種を停止するとの方針を受けて「いずれ全国での同ワクチンの接種を停止することになる」との姿勢を示した。

理由に関しては「ファイザー社製など他のワクチンが十分に確保できそうだから」としており、中国製ワクチンの有効性や安全性への疑問を明確にはしなかったものの、国民の多くが「中国製ワクチン接種への不安」を抱えていることが背景にあるのは間違いないとみられている。

タイでは7月17日に1日の感染者数が初めて1万人を超えた。政府はバンコクに「ロックダウン(都市封鎖)」「夜間外出禁止令」を出すなど強力な感染防止策を講じている。

その一方で、1回目に中国製ワクチンの接種を受けた国民に対して、2回目の接種をアストラゼネカ社製ワクチンに変更する計画であることを明らかにした。

これは中国製ワクチンを2回接種した医療関係者600人が感染し、看護師1人が感染死、1人が重体になっている状況などから中国製ワクチンの有効性に疑問が生じたためと言われている。

またベトナムでも、南部の中心都市ホーチミンを中心に感染拡大が続いており、特にこれまでのワクチンの効き目が薄いとされるインド株による感染拡大が深刻化しているという。

未だ中国製ワクチン頼りの国も

一方、カンボジアやラオスなど、いわゆる「親中国」とされる国では依然として中国製ワクチンの接種を積極的に推奨し、約99万回分の提供を受けている。両国では政府による「言論統制」の影響もあり、中国製ワクチンへの不安や不信は今のところ公には伝えられていない。

ラオスのこれまでの感染死者数は公式発表では4人となっているが、カンボジアではすでに1000人を超えている。

中国系国民が多いシンガポールは、そもそも中国製ワクチンに関して「信頼できる有効性に関するデータがない」として国民の接種に関する公式データには「希望して接種した中国系住民や在留中国人」を含めていない状況だ。

2月1日に軍によるクーデターが起きたミャンマーは、実権を握った軍が親中国ではあるが、多くの医療関係者が軍政反対の立場から「不服従運動(CDM)」に参加して職場放棄していることから、コロナ対策は不十分。軍政は軍の医師や看護婦を動員して対応しているが、治療対象者は軍兵士や警察官とその家族に限定されているという。

軍は一般病院から不足している酸素も「奪取」しているとされ、一般国民に十分な感染防止対策がとられているとはいえない状況が続いている。

ミャンマーでの感染者数、死者数も軍政が公表している数字と人権団体などによるデータの差が大きく、実態は不明ながらも相当数の感染者、死者がでているものとみられている。

日本政府によるワクチン提供

インドネシアはさらなる中国製ワクチンの導入を進める傍ら、7月1日には日本政府から英アストラゼネカ社製ワクチン100万回分の緊急提供を受けた。そして7月に入ってファイザー社製ワクチンの使用を緊急認可し、複数のワクチンで国民の要望に応えられる数の確保を進めている。

しかしその一方で、依然として中国製ワクチンの提供も受け続けている。中国政府への配慮とともに、人口世界第4位の2億7000万人分のワクチン確保には中国製も不可欠とする政府の思惑があるといわれている。

同じように日本からアストラゼネカ社製ワクチンの提供を受けたのはフィリピン(100万回分)、タイ(105万回分)となっており、いずれの国でも中国製ワクチンから米英のワクチンへの移行が進んでいる。

在留外国人の脱出、渡航制限相次ぐ

こうした過酷な状況の中、インドネシア在留の外国人の「脱出・避難」も始まっている。日本に続いて韓国や台湾、ベトナムも自国民のインドネシア退去を進めている。

またその一方、爆発的な感染拡大でいまや東南アジアだけでなく全世界で最も深刻な感染国になってしまったインドネシアからの入国を制限する国も出てきている。

これまでにサウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーン、台湾、香港がインドネシア人の入国を原則禁止し、近くフィリピンも制限に踏み切るという。

このように在留外国人の脱出、インドネシア人の入国制限と「孤立」するインドネシアだが、ジョコ・ウィドド大統領は相変わらず地方で続くワクチン接種を視察するのが主な仕事となっており、閣僚らも「コロナ対策に全力を挙げている政府を信用するように」と唱えるだけで、ロックダウンや夜間外出禁止令などの徹底的な感染防止策には「経済活動に影響がでる」として踏み切れない状況が続いている。

首都ジャカルタのあるジャワ島と、バリ島のあるバリ州では「緊急大衆活動制限(PPKM Darurat)」というこれまでより一段厳しい行動制限を7月3日から実施しているが、ジャカルタ中心部は公共交通機関や主要道路の利用制限で閑散としているものの、タナアバン地区など伝統的な市場や商店街には人が溢れている。

まさに「命に関わる危機」がインドネシア国民に差し迫っているというのに、感染拡大を必死に防止するという姿勢は依然としてみられない。

 

 露骨に一帯一路の戦略に組み入れようと、ワクチン外交を進めていますが、その品質の保証があやふやで疑念を持たれるようでは、採用継続に疑問が出てくるのは当然と言えます。しかし強力な経済関係を背景に、その国の指導者が中国に頼らなければならない背景構築など、したたかな、しかし弱みにつけいるこの国独特の戦術が透けて見えます。

 もともと中国武漢起源のこの疫病を、自国ではさっさ収束に向かわせ、感染爆発しているワクチン製造能力のない国をワクチンでおさえようというのは、まるでアニメやテレビゲームのシナリオのような筋書きです。まさに細菌戦争を仕掛けているような意図を感じてしまいます。しかしワクチンが効かなければこの筋書きにも狂いが生じます。中共はこの状況をどう捉えているのでしょうか。

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2021年7月30日 (金)

五輪中に韓国“難クセ”連発 今こそ反日弾劾外交を

Img_57b7d47ba06b30cd9f100f09297850c53058  東京五輪開催前の日本の左翼系メディアや野党の中止コールや、開催後の皮肉たっぷりのやめろコールとは裏腹に、日本選手の大活躍が続いています。ところで海の向こうではあの反日国韓国が、予想通り反日・侮日を続けています。

 作家でジャーナリストの室谷克美氏がzakzakに寄稿したコラムから、その様子をうかがってみましょう。タイトルは『五輪中に「反日報道」コンクール 韓国“難クセ”連発、裏では大会中止画策か 陰謀企て日本の左翼勢力と協調?』 (7/29)で、以下に引用します。

 東京五輪での日本代表の快進撃が止まらない。第5日の27日、ソフトボール決勝は、エース・上野由岐子の力投で、日本が北京大会以来13年ぶりの金メダルを獲得した。柔道男子は81キロ級の永瀬貴規が金メダルを奪取し、競技初日から4階級をすべて制した。世界各国・地域の選手の活躍も含めて、人々が感動・歓喜に沸くなか、日本のあら探しに奔走している人々がいるという。ジャーナリストの室谷克実氏が、日本の左翼勢力と息を合わせたような、韓国メディアの「反日」報道に迫った。

 何しろ、世界に冠たる「イチャモン大国」のことだ。まして、五輪の開催地は「敵陣・日本のド真ん中」(=韓国メディアの表現)となれば、イチャモンのネタ探しの目は全開だ。いま韓国のマスコミは「東京五輪に対するイチャモン報道コンクール中」といった趣だが、その裏にある陰謀を見逃してはならない。

 「いとこが土地を買ったら腹が痛い」とは韓国の諺(ことわざ)だ。近親者の慶事も素直に喜べない。それどころか嫉妬心を抱くのだ。

 わけても日本に対する場合は-。戦後の動乱の中で再建された「反日教」が説く悪魔は日本だ。その日本が栄光を浴する姿なんて、絶対に見たくない-これが韓国の反日教徒たちの本音だ。

 だから2013年9月、国際オリンピック委員会(IOC)が20年五輪の開催地を決める総会を開く直前、「福島など日本8県の水産物の輸入禁止」を発表して“放射能で危険な日本”を印象付ける作戦に出た。

 東京開催が決まってからも、執拗(しつよう)に「放射能五輪キャンペーン」を展開した。「放射能防護服を着た聖火ランナー」を描いたポスターの配布は、その典型だ。与党の有力大統領候補3人がそろって、「東京五輪ボイコット」を主張した事実も重い。

 一方で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領による「押し掛け祝賀・首脳会談」工作は失敗した。そんな経緯がありながら、東京入りした選手団も取材陣も「気恥ずかしさ」の欠片(かけら)も見せない。これは反日教とは別の“国民性”がなせることだろう。

 選手団は早速、反日教が崇める李舜臣(イ・スンシン)将軍の言葉に基づく横断ボードを選手村に掲げた。IOCが撤去を命じると、今度は「寅が降りてくる」と読める爆笑垂れ幕に変えた。

 出国前から準備していたことは明らかだ。「何のために五輪に来たの」と問わねばならない。

 韓国マスコミはコンクールを開始した。「福島の食材を使っている選手村の食堂」と、科学的数値を無視して感情数値で記事を書いた。「競技場周辺の弁当はまずくて高い」「日本のタクシー代はメチャ高い」「マスクをしていない日本人がいたぞ」…。

 憎い東京五輪に何としてでも泥を塗り付けてやろうという意気込みがにじみ出ている。

 開会式とともにコンクールは本格化した。

 「7万人収容のスタジアムに950人…歓呼も拍手もなかった」(朝鮮日報7月24日)

 開会式で独唱された主催国の国歌にまで、「帝国主義の象徴が鳴り響いた」などと各紙、各局がイチャモンを付けた。

 メダリストには、メダルとともに小さな花束が贈られるが、中央日報(7月23日)、ソウル新聞(7月25日)は、花の一部が福島県産であることをクローズアップして「放射能の危険性」を大合唱した。イチャモンと嫌みの報道はエスカレートする一方だ。

 韓国の反日教は21世紀に入ってから、従北左翼が主導権を握り、急速に左傾化した。彼らの中枢はスポーツ自体に関心を持たないが、国際スポーツ大会の政治性には敏感だ。彼らはいま、コロナ感染者の急拡大で、五輪が中途で中止になることを願い、世論盛り上げを策している。

 その場合、コロナは名目に過ぎない。目的は「日本の政権に泥を塗ること」にある。だから、日本の左翼勢力と手を携える。コンクール出展報道の“面白さ”に目を奪われ、陰謀を見逃してはならない。(室谷克美)

 ◇

 韓国の反日教徒はカルト教団に所属していますから、何を言っても何が起きても、まるでスッポンのように反日から離れません。日本も本来なら「反日」には「嫌韓」で倍返しすべきでしょうが、日本にはこの韓国と同調する「反日」メディアや市民団体がいるのです。韓国だけでなくこの日本に巣くう「反日」を何とかしなければなりません。この日本の反日は野党と手を携えて、反政府活動を通じて日本の弱体化を狙っています。

 ところが野党の中でも、このとどまるところなき韓国の反日、福島叩きに激怒する議員もいます。立民の玄葉光一郎氏がその人で、やはりzakzakにコラムを寄稿しています。タイトルは『「ここまでくると侮辱だ」立民・玄葉氏が韓国に激怒! 福島県産食材懸念で独自の給食センター設置、東京五輪でも“反日暴挙”』(7/29)で、以下に引用します。

 ◇

 立憲民主党の玄葉光一郎元外相(衆院福島3区)が、東京五輪でも「反日」暴挙を続ける韓国に激怒した。28日の衆院内閣委員会で、韓国が選手村の食事に福島県産食材が使われることを懸念して独自の給食センターを設けたことなどを取り上げ、こう語った。

Images-2_20210729214501  「ここまでくると侮辱だ。本当に丹精込めて、思いをもって作っている。食材も(安全性を証明する)GAP認証をしている」「今回、静観したら風評被害は拡大する」「大人の対応をしすぎだ。言うべきことは言うべきだ」

 玄葉氏は、国際オリンピック委員会(IOC)に対する抗議を含め、政府に対応を求めた。

 ◇

 野党議員でさえ「言うべきことは言うべきだ」と言っています。いつまで経っても腰砕けの日本外交、「オリンピックは政治性を持たせてはならない」などと、相変わらず大人しすぎる対応が、無法国家につけ込まれているのです。ここは玄葉氏の言うとおり、ガツンと一発言いたいことを言うべきでしょう。それこそ3倍返しくらいの意気込みを持って。

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2021年7月29日 (木)

百田氏:メダリストを応援するなら、まず自身の発言を総括してからにせよ!

Coronaolw640  新型コロナウィルスの感染拡大が止まらず、東京では27日2848人、28日3177人と過去最多を更新、28日は全国でも9576人と1万人に迫っています。これに対し野党は早速反応、立憲民主の蓮舫氏、小西氏がツイッターでつぶやきました。以下「東スポ」の記事から引用します。タイトルは『都新規感染2848人に蓮舫氏「専門家予想なぜ無視」 小西氏は〝放置患者〟続出を予想』(7/27)です。

 ◇

 27日に東京都が発表した新型コロナウイルスの新規感染者数は2848人と過去最多の数字となった。これを受けて、野党からは医療体制を心配する声が上がっている。

 立憲民主党の蓮舫参院議員はツイッターで「再びの宣言から2週間、医療体制と命を守るための審議を国会で行うべき事態。五輪開催で8月にはリバウンドという専門家の予想をなぜ無視したのか、五輪で感染拡大の懸念あたらないと菅総理はなぜ今も言うのか。徹底検査を選手村以外にも広げ国民に。早期発見・隔離と治療を。十分な補償を。臨時国会を」と国会審議を求めた。

 同じく立憲民主党の小西洋之参院議員も「首都圏の医療体制の構築状況(政府資料)から判断する限り、第四波の大阪のように自宅で医師、看護師、保健所からの連絡すら受けることが出来ず、事実上放置される患者が続出するのではないか」とツイートし、危機感を露わにしている。

 ◇

 その通りだとは思いますが、素人でも言えそうな結果論の羅列。蓮舫氏、五輪を目の敵にしている姿勢は変わりませんが、国会を開いて何を提案しようとしているのでしょうか。五輪は止められませんよ。米国のみならず大選手団を派遣している中国にも大反対されるでしょう。

 おそらく国会開催の本音は、感染拡大をネタに政府批判を絶叫し、自党に有利な世論を引き寄せたいのでしょうが、もう国民はそんなパフォーマンスを白けてみています。ただ唯一の支持率向上の方策は、有効な政策提案でしょう。しかしそれができれば既にやっているはず。国会をかき回すだけなのが目に見えますね。

 小西氏も他人事のように言っているだけで、危機感を表してもどうすればいいかは何も語っていません。相変わらず批評家、評論家の域を全く出ていない駄言としか思えません、

 門田隆将氏は違う角度から政府や東京都の対応に苦言を呈しています。これも東スポの記事をYahooニュースが伝えています。タイトルは『門田隆将氏 東京コロナ2848人も「陽性者数を絶対視」に疑問』(7/27)で、以下に引用します。

 ◇

 ジャーナリストの門田隆将氏(62)が27日、ツイッターで新型コロナの新規感染者の2848人という数字に言及した。

 門田氏は「東京の新規陽性者は2848人。“陽性者数を絶体視”する政府&分科会は『東京五輪中止』を宣言せよ」とつづり、症状の有無を重視せず、無症状者を含めた陽性者重視の姿勢に疑問を呈した。

 その上で「しないならワクチン接種8千万回の今“重要なのは重症&死者”であって陽性者“数”ではない事をきちんと説明せよ。都の死者は半年前の14分の1である事をなぜマスコミは報じないのか」と訴えた。

 確かに、高齢者のワクチン接種が進んだこともあり、コロナの死亡者数は約500人となった1月をピークに減少している。

 一方でワクチン接種が広がっていない世代では今なお感染が拡大中。医療体制のひっ迫を懸念する声も根強くある。

 ◇

 仰るとおり新規感染者数のみでは、その拡大が爆発的だと捉えられ、野党の言う「東京五輪中止」の訴求の強度が増してしまう事になるでしょう。門田氏の言うように、より現実的な疫病リスクを表す数字は「重症&死者数」であって、その数字を中心に報道する必要があるかも知れません。

 最後に、五輪の日本選手の活躍を伝える、テレ朝の番組に百田尚樹氏がツイッターで批判し、これも東スポが取り上げたのを、Yahooニュースが伝えています。タイトルは『百田尚樹氏がテレ朝「モーニングショー」を猛批判 「最初に謝ってからインタビューしろや」』(7/28)で、以下に引用します。

 ◇

 作家の百田尚樹氏(65)が28日、ツイッターでテレビ朝日「モーニングショー」を痛烈に批判した。

 28日の「モーニングショー」では米国を破り金メダルを獲得したソフトボール日本代表選手を出演させてインタビュー。羽鳥慎一アナは「本当に素晴らしいプレーでした」などとたたえた。

 これに噛みついたのが百田氏。「まず最初に、『皆さんの活躍の場を奪うために、五輪開催に反対して、すいませんでした』と謝ってから、インタビューしろや。クソモーニングショー!」とバッサリ。

 さらに「『五輪反対と選手応援は別』というのが、五輪反対を唱えていたメディアやエセコメンテーターの言い分だが、こんな欺瞞はない!彼らは選手たちの活躍の場を奪う為に、なりふり構わず開催に反対してきた。メダリストを応援するなら、まず自身の発言を総括してからにせよ!」と強い口調で批判した。

 ◇

 全くその通りですね。以前このブログでも立民の蓮舫氏のツイートを取り上げましたが、全く白々しい手のひら返しで、こういう人たちが日本を悪くしているのだと強く感じます。この百田氏のように政府もはっきり言ったらいいのに、とつくづく思いますね。(言葉遣いは丁寧にする必要がありますが)

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2021年7月28日 (水)

憲法違反の、立憲民主議員「陛下しか五輪は中止できない」発言

2021072700000010ykf0002view  前回は立憲民主党の代表代行、蓮舫議員の、東京オリンピックに関するダブスタの発言を取り上げましたが、これはまだ「かわいい」発言だと思います。しかし同じ立憲民主党の川内議員がツイートした「陛下しか五輪は中止できない」と言う発言は天皇の政治利用と捉えかねず、甚だ問題のある発言だと思います。私もツイッターでそう指摘しました。

 この問題、例によってなぜかメディアが殆ど取り上げていません。しかし27日付の夕刊フジでは以下の通り報じています。タイトルは『「陛下しか五輪は中止できない」物議、立民・川内博史議員に夕刊フジが直撃! 「誤解だ」釈明も、党執行部どうするか』(7/27)で、以下に引用します。

 立憲民主党の川内博史政調会長代行は、東京五輪開会式(23日)直前の21日、自身のツイッターで、「陛下が開会式で『大会の中止』を宣言されるしか、最早(もはや)止める手立ては無い」と投稿し、「天皇の政治利用ではないか」と炎上している。憲法違反が疑われる発信について、夕刊フジは26日、川内氏を国会内で直撃した。

 「誤解を招いたのは本意ではない。反省して(問題のツイートは)削除した」「そもそも、野党議員の私には、天皇を政治利用する権限がない。利用する気もなかった。投稿ではあくまで、五輪が盛り上がるほど新型コロナウイルスの感染拡大を生むことへの危機感を表現した。私は今後も民主主義の申し子として生きていきたい」

 川内氏はこう釈明したが、騒動は簡単に収まりそうにない。

 憲法4条は、天皇について「国政に関する権能を有しない」と規定し、「天皇の政治利用」を固く禁じている。「野党議員」「権限がない」という次元の問題ではない。

 このため、作家でジャーナリストの門田隆将氏が22日、「五輪中止という政治的宣言を陛下に世界に向かってせよ、と。究極の“陛下の政治利用”に唖然。これが立憲の政策幹部。いくら立憲=素人集団でも酷すぎる」とツイートするなど、批判が噴出している。

 立憲民主党の綱領には「立憲主義に基づく民主政治を目指す」とある。政策や法案の立案・作成を行う政務調査会幹部である川内氏の問題を放置するのか。

 同党のベテラン議員は「川内氏は、天皇陛下の威厳に敬意を払わず、勝手に持ち出し、すがろうとした。大問題だ。党執行部は早急に事情聴取すべきだ」と、夕刊フジの取材に語った。

 別の同党幹部は「川内氏の発言は論外で注意するまでもない。本人もすぐに『おかしい』と認識して撤回した。ネット上で社会的制裁も受けた」と語った。

 枝野幸男代表は、どう判断するのか。

 ◇

 立憲民主などの特定野党は、政府批判につなげたいあまり、国家の威信をかけた大イベントをコロナにかこつけ、その感染対策に必死になっている関係者の苦労など全く頓着せず、中止、中止と絶叫し、挙げ句の果てには天皇陛下まで持ち出すとは、全く言語道断です。

 既述の蓮舫氏のダブスタよりもたちが悪いのは、政府与党の発言は重箱の隅をつつくように、根掘り葉掘り報じるのに、野党のこの問題を積極的に報じないメディアの姿勢でしょう。本多平直議員の「50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」という不適切発言にも積極的に反応していません。メディアと野党の癒着の構造が見て取れます。

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2021年7月27日 (火)

五輪中止論の蓮舫氏、金メダル選手に「わくわくしました!」、驚くほどのダブスタ政治家

6_20210727101401  いわゆるリベラルと言われる人たちは、学者であれメディア関係者であれ、そして政治家であれ、表現(言論)の自由を最大限に利用し、彼等の共通の敵「権力」に立ち向ってきます。「権力」とは、時には政府であり、検察であり、警察だったりします。そして彼等権力側が取り上げた発言などを、ことさら誇張し、切り取って攻撃します。権力側には一切表現(言論)の自由は認めないのです。

 更にはそうした権力が推進するイベントなどもその攻撃の対象になります。今開催中の東京オリンピックもまさに格好の攻撃対象となっています。前回も取り上げましたが、野党がオリンピックに反対してきた理由もそこにあります。

 野党第一党の蓮舫代表代行もその一人で、反対の先陣を切っていました。ところがいざオリンピックが始まると、出場選手の健闘をたたえるという、ダブスタをやっています。そもそも反対であれば、オリンピックを見ずに、他の政策課題に集中すればいいのに、と率直に思います。

 その辺の詳細を産経新聞の記事から引用します。タイトルは『五輪中止論の蓮舫氏「反対なら応援するな、ではない」』(7/25)です。

 ◇

 立憲民主党の蓮舫代表代行は25日付のツイッターで、東京五輪・パラリンピックの中止を求めていたにも関わらず、開幕後は出場選手の健闘をたたえていることについて「開催そのものへの反対は変わらない。国民を守る危機管理の問題だからだ」と強調した。

 蓮舫氏は「選手の活躍には心から敬意を表する。反対なら応援するな、ではない」と指摘したうえで、「菅義偉(すが・よしひで)首相には国民の命と暮らしを守るリスク管理ができていない」とも書き込んだ。

 蓮舫氏は21日付のツイッターで「東京都のみならず日本全体の(新型コロナウイルスの)感染拡大の下、五輪を開催するのは止めるべきだ」と開催に強く反対していた。ただ、五輪開幕後の25日はスケートボード男子ストリートで堀米雄斗選手が金メダルを獲得すると「素晴らしいです! ワクワクしました! 」と投稿し、自身の主張の矛盾がインターネット上で指摘されていた。

 そもそも涼しい顔で「反対なら応援するな、ではない」などと、ダブスタなど何処吹く風で自己の矛盾を強弁するところなど、二重国籍騒ぎも平気でやり過ごした人らしいですね。

 オリンピックの中止の訴求は、リベラル勢力の流れに乗っていただけで、「素晴らしいです! ワクワクしました!」と投稿するくらいですから、本音は違うところにあったのかも知れません。

 いずれにしろ、コロナ下だとか、関係者の不祥事とか、オリンピックそのものの開催意義とは別のところに攻撃点を見つけて、かつ左派系メディアも最大限に巻き込んで中止を求めたにしても、国民の本音は、コロナで沈んだ気持ちの高揚を引き出す、日本選手の活躍を見る事にあったのだと言えるでしょう。大義なき中止論はあえなく沈んだのだと言うことが、この蓮舫氏の負け惜しみ記事に現れているのではないでしょうか。

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2021年7月26日 (月)

韓国選手団の選手村の垂れ幕、お里が知れるお粗末なパフォーマンス

2021072100308130wow0004view  東京オリンピックも競技が始まって2日間、熱戦が繰り広げられていますが、開幕前に選手村に入った各国の選手たちの中で、あの反日国韓国が、バカな垂れ幕を窓の外にぶら下げたことはご存じのことと思います。

 産経新聞系の「iza」に、室谷克実氏が寄稿した記事に、その詳細が記されています。タイトルは『「寅が降伏してくる」東京五輪選手村に韓国が“爆笑垂れ幕”  日本人から見ると「文在“寅”が降伏してくる?」 歴史的名言がない惨めさ露わ』(7/24)で以下に引用して紹介します。

 ◇

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「五輪祝賀名目の押しかけ外交」を断念したことは、ひとまず朗報だ。しかし、「恨(ハン)の国」は必ず巻き返しを仕掛けてくる。

東京五輪の選手村に張り出された「抗日文言の横断ボード」が、国際オリンピック委員会(IOC)の命令で撤去されるや、彼らはすぐに別の垂れ幕をつり下げた。これは韓国の「反日」行動を象徴する事例と言える。「反日」のためになら用意周到、二の矢、三の矢を隠しているのだ。

しかし、横断ボードも垂れ幕も、その文言を見れば、「歴史的な英雄がいない国」「歴史的な名言がない国」「漢字を知らない国民」の惨めさがあらわになる。

以下、記すところは「お笑いネタ」だが、「恨の国」「イチャモン大国」に警戒を緩めてはならない。「下手な鉄砲」でも当たってはいけないからだ。

新たにつるした垂れ幕には「ポム ネリョオンダ」(=トラが降りてくる)とのハングルと、アムールトラが伏臥するイラストが描かれている。

「ポム」は韓国語の「トラ」だ。「トラが降りてくる」は伝統謡曲を出典とするという(朝鮮日報7月19日)。

「ポムは加藤清正により退治されて絶滅した」と、韓国人はよく言う(=実際には、李王朝末期にもトラはいたのだから、虚偽だ)。自分たちが清正に殺されたトラの気持ちになり、抗日の戦意を高めるらしい。日本人には考え及ばぬ「恨」の思考だ。

韓国人一般は漢字の知識がない。だから、「ポム」を漢字で記せば「寅」(=韓国語の発音ではイン)、あるいは「虎」(=同じくホ)であることなど知らない。

しかし、日本人から見たら「寅が降りてくる」とは、「文在〝寅〟が降伏してくる」ことだ。

韓国オリンピック委の役員の中に、漢字を知る反体制派がいて、呪いの意を込めて、「ポム ネリョオンダ」と決めたのだろうか、まさか。

イラストのトラは、顔の部分が半島の付け根で、全体として朝鮮半島の形を示す。

それなりに「よくできたイラスト」とも言えるが、「倭人に退治された動物」をもって、戦意高揚のための標語にもってこざるを得ないのは、こうした場合に使う「歴史的な名言」がないからだ。

最初の横断ボードの文言は「臣には5000万国民の応援と支持が残っています」だった。

「抗日の英雄」に祭り上げられている李舜臣(イ・スンシン)将軍が国王あてに送った報告書の中にある一説「尚有十二舜臣不死」(=臣にはまだ12隻の船があり、私はまだ死んでいない)を現代風にアレンジしたとされる。

「皇国の興廃、この一戦にあり」を「日本国の…」に直したということらしい。「興廃、この一戦にあり」なら、まさしく戦意高揚を期す言葉だ。だが、李舜臣の一節は軍船も12隻に減り敗色が漂う中での哀れな報告書だ。歴史を探っても、そんな言葉しか見いだせないのか。実は、この一節すら、後世の捏造(ねつぞう)とされる。

李舜臣その人も、停戦協定を破って、引き揚げていく日本軍船を追撃する途中に、流れ弾に当たって死んだ。そんな人物が「英雄」とは、どこまでも哀れな歴史の国だ。

文政権は「福島の放射能」を〝日本の絶対の弱み〟と誤認して、内部会議を重ねてきた。彼らの涙目の巻き返しは、そこらから始まる可能性が高い。(室谷克実)
 ◇

 他国で、しかも平和の祭典と言われるオリンピックの選手村(高層マンション)に、政治色の強い垂れ幕など正気の沙汰ではありませんが、それをやってのけるのが韓国人で、如何に民度が低いかを物語っています。

 韓国のネットはもちろん、左派系のメディアの東京五輪に対するネガティブな反応は、前回取り上げた朝日新聞と方向性は全く同じですね。韓国の世論と朝日新聞は同じ「東京五輪批判」、つまり「反日」でタッグを組んでいるようです。韓国の反日は「恨」が根っこにあるのですが、朝日新聞の反日はどんな背景・要因が絡んでいるのでしょうか。

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2021年7月25日 (日)

オリンピックの前は中止を叫び、始まれば批判ばかり、朝日は日本から出て行ってくれ

2021052600013102bengocom0002view  開会式も終わり、昨日から本格的に競技が始まった東京オリンピック。テレビも新聞もオリンピック一色になっている中で、あの新聞だけ(実はいくつかの他の新聞もですが)は、相変わらず批判記事に凝り固まっているようです。

 昨日付の産経新聞のコラム、「産経抄」がその概略を報じていますので、以下に引用します。

 ◇

五大陸を表す五つの輪が広がり、大空を美しく彩った。航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」は23日午後、東京五輪開幕を前に、東京上空に世界の団結を示す五輪のマークを描いた。炎天を見上げた人々からは「ありがとう」と、自然な歓声と拍手が起きていた。

▼ブルーインパルスは昨年5月には、新型コロナウイルスに対処する医療従事者に敬意と感謝を表すため、患者を受け入れた東京の医療機関上空を飛んだ。関係者は励まされ、SNS上は感謝の言葉であふれた。イベントは社会に、活気と前向きな気持ちをもたらす。

▼「世界が大きな困難に直面する今こそ団結し、人類の努力と英知によって大会を開催、成功できる。このことを世界に発信をしていきたい」。菅義偉首相は、20日の国際オリンピック委員会(IOC)総会で述べた。まさに、世界が心を一つにする絶好の機会である。

▼ところが、せっかくの五輪にけちをつけずにいられない人たちがいる。23日の朝刊1面トップ記事は、小紙や読売新聞が「五輪きょう開幕」だったのに対し、朝日新聞は五輪開閉会式のディレクター解任の記事である。2面も3面もほぼ全面が、五輪開催をめぐる混乱と迷走の特集だった。

▼社説(主張)のタイトルはとみると、小紙の「明日につながる熱戦望む」、読売の「コロナ禍に希望と力届けたい」に比べ、朝日の「分断と不信、漂流する祭典」は異様に思える。いかに朝日が五輪中止を訴えてきたからといって、こうまで陰鬱な顔をしなくてもいいではないか。

▼ちなみに、朝日の社説は「まちには高揚感も祝祭気分もない」と記すが、同日のデジタル版記事では、五輪を楽しみにし、喜ぶ町の声も素直に報じられていた。

 ◇

 私も昨日の朝日新聞デジタルの記事をのぞいてみました。そうすると最初に目に飛び込んできたタイトルは『13分間スピーチ「長い」 開会式、ツイート200万件』で、バッハ会長のスピーチへの批判記事。次は各国メディア記事の紹介でタイトルは『「最も厚顔でお金目当て」 批判相次ぐ五輪、世界の目線』(これは以下に引用します)、そして『大会関係者がため息交じりの五輪開幕 祈る組織委幹部』、さらに昨日朝始まった射撃競技に『熱気なきメダル授与式 自ら手に取り自身の首に「規制は守る必要が」』と、立て続けにネガティブなタイトルをつけて、社としては開催中止を訴えてきた、周りはこんなに批判的に受け止めている、我々の立場は正しかったのだ、と叫びたいのでしょう。

 しかし東京オリンピックは、長年の招致の努力がようやく実を結んで開催にこぎ着けた、国家的行事です。世界中の国のアスリートが一堂に集まり、熱戦を繰り広げる中でアスリートも応援する日本国民も、そして世界の人々の感動が寄せられる一大イベントです。

 それを言論の自由を錦の御旗に、コロナ下という状況を絶対的な味方につけて、開催主催者や後押しをする関係者の努力など何処吹く風と、中止、中止と絶叫し、始まってしまえば、紙面からオリンピックの文字を消してしまえばいいのに、批判や非難を繰り返す、こんなメディアなど必要ありませんね。

 既述の通り『「最も厚顔でお金目当て」 批判相次ぐ五輪、世界の目線』と言う記事も紹介しましょう.以下に引用します。

 ◇

 コロナ禍の下で始まった東京五輪に注がれる世界からの視線には、不安や批判、逆境で開催されることへの期待が入り交じる。

 「日本人が望まない五輪」――。仏紙ルモンドが、東京特派員が五輪を迎える日本の様子を語ったポッドキャストのタイトルだ。特派員は「五輪のポスターやパネルは見かけるが、人々は熱狂していない。私の友人も(開催は)『ムリムリ』と言っている」と紹介。「日本国民は五輪変異株を恐れており、経済や五輪開催を優先する政府の感染対策に反対している」と説明した。ただ、中止を判断する権限は国際オリンピック委員会(IOC)にあることから、「日本はIOCの囚人になっている」と伝えた。

 また、イタリア紙ラ・スタンパは9日付で関係者を除き無観客で行われる開会式について「人気(ひとけ)の無い通りを仮装した人たちが行進する、紙吹雪のないカーニバルのよう」と評した。

 韓国でも否定的な報道が目立つ。ニュース専門チャンネルYTNは「菅義偉首相は日本の(東日本大震災からの)復興を全世界に伝えると強調したが、国民の支持を得ることにも失敗した」と強調。コロナの影響などから開会式に「(2016年のリオ五輪閉会式で)スーパーマリオに扮して五輪に尽力してきた安倍晋三前首相まで出席を取りやめた」と報じた。

 世論調査機関、韓国ギャラップが23日に発表した東京五輪への関心度調査によると、「関心がある」と回答したのは32%にとどまり、「関心がない」が66%に達した。2012年のロンドン五輪、16年のリオ五輪ではともに6割が関心を示していたのとは対照的な結果に。調査の記録が残る1992年以降、韓国人が最も関心のない五輪となった。

 五輪開催中の感染対策への関心も高い。

 豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドは21日付の朝刊で、東京に入った記者が感染対策の課題や現状を報告。「選手村は安全だ」とする主催者側の説明を紹介したうえで、高層の宿泊施設で感染が広がる心配を「デルタ株の流行を止めるのが難しいのは、隔離ホテルで感染を抑え込むのが難しいのと似ている」と書いた。豪州では帰国者が滞在を義務づけられる隔離先のホテルで、館内を循環した空気によるとみられる感染例が相次いで報告されていることを踏まえた懸念だ。

 日本通として知られるマレーシアのマハティール前首相は21日のオンライン記者会見で、「今回のウイルスは非常に感染しやすい」とし、今回の五輪について「やらない方がいいだろう」と語った。(以下略)

 ◇

 この後も記事は続くのですが、紹介している外国記事の多くはリベラル系のメディアで、さもありなんと思いますね。ここにも朝日特有の角度をつけ偏向しているその性格が良くでています。

 とにかくオリンピック、と言うよりそれを推し進める政府や東京都、IOCや組織委員会が大嫌いなのでしょう。つまり日本の統治者たちが嫌いなのです。どんなに日本のため、地方自治のため、国家的イベントのために尽力していても、です。そんなに嫌いなら是非朝日を歓迎する国に行ってください。嫌なのにいる理由はありませんし、こんな奢りだらけで尊大な新聞を嫌う人たちも多くいます。ただし韓国の場合は社旗を代えた方がいいでしょう、念のため。

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2021年7月24日 (土)

韓国の捏造歴史ごり押しの結果が生んだ、ユネスコの軍艦島「遺憾」決議

5_20210723165501 昨夜オリンピックの開会式が、無観客の中予定通り行われました。いよいよ始まったなと、ある種の感慨があふれてきます。日本選手団は最後の入場で晴れやかに会場を飾りました。

 そうした中、韓国の歴史捏造反日工作は、ユネスコという国際機関の舞台でも繰り広げられています。ユネスコの世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」に関し、もううんざりするほどの韓国側のごり押し攻勢の結果、 世界遺産委員会が22日に日本政府の説明が不十分だとして「遺憾」決議をしました。

 日本政府も反論に努めていたようですが、いつものように攻勢を受けた部分での対症療法で、韓国側の捏造をなんとも思わないでっち上げの攻勢に、委員会が折れてしまったようです。またその背景には日本の反日市民団体も絡んでいるようです。

 産経新聞のコラムをNEWSポストセブンが取り上げた記事を以下に引用します。タイトルは『軍艦島「遺憾」決議の歪んだ調査 元島民「再調査を」』(7/22)です。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会が22日、長崎市の端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)を含む世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」をめぐり、戦時徴用された朝鮮人労働者に関する日本政府の説明が不十分だとして「強い遺憾」を盛り込んだ決議を採択した。外務省は水面下で巻き返しを図ったが、日本の国際社会での評価をおとしめようとする韓国の「政治工作」が成果を収める結果となった。

6月7~9日、ユネスコが派遣したドイツ人の専門家が産業遺産情報センター(東京都新宿区)を訪れた。日本政府が2015年7月の世界遺産登録時に「(軍艦島などでの)犠牲者を記憶にとどめる」と表明した措置が履行されているかどうかの確認だった。現地を訪れたのは1人だが、ほか2人の専門家もオンライン形式で視察した。

ドイツ人は館内を視察し、「(朝鮮半島出身の)犠牲者の展示がない」との主張を繰り返したという。韓国が唱える朝鮮人労働者への非人道的な待遇は記録や証言で裏付けに乏しく、元島民は差別的対応はなかったと証言している。

視察に立ち会った加藤康子センター長は「事実関係も確認できないのに、(韓国が主張するような)元島民の人権を踏みにじる展示ができるわけがない」と説明したが、専門家は納得せず、韓国側の主張を一方的に唱えた。

専門家は視察の前に、韓国の政治家らとセンターの状況についてオンラインで意見交換を行っていた。「強制連行」の究明に取り組む日本の市民団体から情報提供も受けていた。専門家は日韓の歴史問題に十分な知識は備えていたとはいえず、オンラインの参加者は、当時は日本国民であった朝鮮半島出身者を「戦時捕虜」と表現したという。

6月下旬、世界遺産委員会の決議案の土台になる専門家による報告書の原案が日本側に示された。「強制連行」を主張する韓国側の市民団体と連携する日本の市民団体が、センターの運営などから外されていることが盛り込まれていた。

日本のこの団体は韓国最高裁が新日鉄住金(現・日本製鉄)に賠償を命じたいわゆる徴用工訴訟などで原告側を支援している。活動家がセンターの運営に関わって主導することになりかねず、外務省は尾池厚之ユネスコ大使を通じてユネスコ側に反論し、団体の名称は削除された。

韓国政府が世界遺産委員会の委員国にロビー活動を行っていたことも確認されている。外務省関係者は「委員国には日本政府の考えも伝えている。韓国の主張を受け入れた委員国は多くはないはずだ」と語る。

外務省幹部は「遺憾決議」が採択に至った要因は、韓国政府がユネスコの事務局に働きかけた影響が強いとみている。「韓国が専門家の意見を金科玉条のように扱うユネスコの雰囲気につけこみ、政治利用した」との見方だ。

決議に拘束力はないとされ、日本政府関係者は「噓で塗り固めた展示はできない。どういう展示をするかは日本の判断だ」と語る。加藤氏は産経新聞の取材に「ユネスコは歴史的な物事を判断する知識はない。歴史の行司役を務めることはできない」と強調する。ただ、「遺憾決議」により、元島民の名誉やふるさとは理不尽におとしめられた。

元島民の中村陽一氏(83)は「専門家は韓国と綿密に情報交換しており、韓国びいきにならないか。しかも、実際にセンターを視察した専門家はたった1人。ユネスコは第三者による公平な調査をし直すべきではないか。われわれ島民こそ被害者だ」と訴えた。(奥原慎平)

 ◇

 ドイツ人の専門家がその決定に大きく影響しているようですが、完全に韓国側に洗脳されているようです。また日本の市民団体も、今回の一件でも、いつものように韓国側にべったりついて、反日工作を重ねています。そして政府の対症療法的な部分的な対応も、韓国に付け狙われているのでしょう。元島民の悔しさが肌に伝わってきます。

 こういう反日国家には部分対応では埒があきません。慰安婦、徴用工、日韓併合時代の治世、竹島の不法占拠、そして旭日旗やレーザー照射など、いずれも韓国の主張を「捏造に基づくでっち上げ」だと、真っ向から反論し徹底的に論陣を張る必要があります。「断交」も辞さず、です。そして日本にはびこる反日市民団体や関連組織を「日本国の国益を損じた」として告発すべきです。できれば立法処置を講じたらどうでしょうか。そうしないとこれからの日本、外交も内政もかなり危うくなるのではないかと危惧する次第です。

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2021年7月23日 (金)

未だに東京五輪をやり玉にして稼いでいる、日本にいて欲しくない人たち

Images-1_20210722195701  東京五輪はいよいよ今日開幕ですが、事前にスタートした、13年ぶりの開催となったソフトボール女子が、昨日もメキシコに勝って2連勝に沸きました。男子サッカーも初戦をものして、いよいよ盛り上がって来ました。ところがこの場に及んでも、コロナの方が大事だとか中止しろとか誌上で宣っているリベラル(反日)の方々がいます。

 確かに新型コロナウィルス感染症はやっかいな疫病ですが、その中で必死に対応しようとしている人たちに水を差し、アスリートを始め多くの人が楽しみにしてきた国内開催のオリンピックを、いかにも自分たちは下々に対しものを言える人間なんだと、上から目線で宣う人たちを見ると、本当に腹が立ちますね。

 例の反日軍団の巣窟AERAdot.から、二題ご紹介します。小島慶子氏の『オリパラ前に世界はとっくにひとつ 願いはコロナ感染を止めること』と、姜尚中氏の『五輪開催中でも中止の選択が浮上すれば、まだ民主主義は働いている』です。小島さん、米中の争いを知らないのですか、そのアメリカの国の中でも分断が起こっているのを知らないのでしょうか。日本だってあなた方と真に日本を考える人たちとの間の乖離は大きいでしょう。姜さん、五輪中止が民主主義にどうつながるのですか、大会関係者の努力は非民主主義の結果なのですか。と前置きはこれくらいにして、以下に引用させていただきます。

小島慶子氏

「菅」という字がつく政治家は、困難な時に権力の座につく巡り合わせなのでしょうか。未曽有の大震災や未知の感染症への対応は、誰が首相であっても完璧にはできないでしょう。前例のない事態に取り組んでいるのに、なぜダメ出しばかりされるのかと当人には納得のいかない思いがあるのかもしれません。その点では不運な首相とも言えますが、それにしても東京オリンピック・パラリンピックをめぐる菅義偉首相の言葉はあまりに虚ろです。7月8日の会見での「世界で40億人がテレビを通じて視聴すると言われるオリンピック・パラリンピックには、世界中の人々の心を一つにする力がある。新型コロナという大きな困難に直面する今だからこそ、世界が一つになれることを」という言葉には、思わず「菅さん、世界はとっくに一つだよ!」と呟いてしまいました。

 昨年来のパンデミックで、全世界が新型コロナウイルスの脅威に晒(さら)されています。文字通り一丸となって取り組むしか、この感染症の流行を終息させる方法はありません。今さら「スポーツで世界が一つになれる」とは、呑気(のんき)に過ぎやしないか?と思わずにいられません。オリパラ中継で40億人がテレビを見るのを待たずとも、すでに毎日、全世界がワクチンの普及状況や感染者数のニュースに注目しています。70億人が同じ危機に瀕しているのです。

 もし「世界を一つに」と本気で願うのなら、一人でも感染者を減らし、これ以上亡くなる人を増やさないために、オリパラの開催をやめるべきです。

 専門家の懸念にも耳を貸さない首相の言葉は「IOCのために、世界を一つに」と聞こえてなりません。アスリートもオリパラを愛する人びとも、スポーツで世界を脅威に晒すことなど望まないでしょう。本当に、やりきれない思いでいっぱいです。

姜尚中氏

 緊急事態宣言が発出されたなかで五輪が開催されようとしています。コロナ禍が始まって1年数カ月。政府与党の対応は、根拠のない希望的観測と楽観論によって支えられてきました。

 その結果、科学的な合理性に基づく診断と、それに対応する戦略、政策の動員、検証とそれに基づく柔軟な戦略の見直しなど、一連の政治過程のフィードバックが目詰まりを起こしました。時々の官邸の都合で対策が打ち出され、場当たり的な対応が積み重ねられることになったのです。

 アルコール類を提供する飲食関連の業者に金融機関から「圧力」を加えてもらおうとする姑息(こそく)な措置も、内閣ぐるみの政策であったことが明らかになりつつあります。世論の反発が強くなるとすぐに引っ込めてしまう朝令暮改の体質が明らかになりました。これも「選挙戦略」に有利か不利かで全てが決まってしまう矮小(わいしょう)な政治の結果です。

 五輪開催も選挙に有利かどうかで決められているはずです。そうにらんでいるからこそ、あの1972年のミュンヘン五輪のように、多大な犠牲者が出るとしても強行しようとする力学が働くのでしょう。

 もちろん、テロによる犠牲者を出したミュンヘン五輪と、今回のパンデミック下の東京五輪とを同列に論じることはできないかもしれません。しかし、今回の五輪開催強行のしわ寄せが、感染者の増加や医療逼迫(ひっぱく)につながりかねないことは、専門家が予測しています。

 それでも五輪開催という強行突破に出るのは、選挙に有利になると踏んでいるからでしょう。結局、スポーツの祭典で日本列島が感動に包まれれば、有権者は自分たちのところに戻ってくると値踏みしているのです。

 ただ、都内の新規感染者が1日あたり2千人を上回って医療現場が大変な逼迫に陥り、さらにハイブリッドな新型株発生の危険性が高まった場合、選挙に不利に働く可能性があります。そうなれば開催中でも中止の選択が浮上するかもしれません。

 それが選挙の重圧が生んだ結果であれば、逆説的ですが民主主義はまだ働いていることになります。もちろん、それには大きな犠牲が伴うはずで、悲しくも気が滅入(めい)るばかりです。

 ◇

 この両氏のコラムを読んで感じた私の感想は、まさに両氏の最後の言葉通りです。つまり「本当に、やりきれない思いでいっぱいです」「悲しくも気が滅入るばかりです」。

 小島さんは日本人ですが夫と息子がオーストラリアに住んでいるようですので、日本ではこんなエッセイを書くために在留しているのでしょうか。日本(政府)に苦情をお持ちなら、オーストラリアで家族と静かに暮らされたらどうでしょうか。姜さんは在日の方ですので、わざわざ日本のことを心配しないで、文政権で痛めつけられた母国の心配でもしてください。

 このブログで何度も指摘していますが、両氏のようなリベラル(反日)の方たちは、権力がとりわけ嫌いなようで、政府という権力が東京都知事と協力して開催する、その東京五輪も権力の象徴と思いたいのでしょうね。そういう彼等はメディアという今や政府より強い権力を持った場所で、言いたいことを言いながら稼いでいるのです。はっきり言って必要がない人たちだと思います。

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2021年7月22日 (木)

トヨタ社長:「マスコミはもういらない」

Img_52440c7e95b157c9318d77efac6bef733127  トヨタ自動車が、東京オリンピックに関するテレビCMの放送取りやめを決めました。また開会式への出席も見送りました。それに続いて経団連会長やその他の大手企業も開会式の出席を見合わせたようです。コロナ下の無観客大会になった事への配慮からのようです。

 それはそれとしてトヨタのメディア不信は、我々同様かなり根深いものがあるようです。昨年のことになりますが、週刊現代の記事からその辺の事情をくみ取ります。トヨタ社長の豊田章男氏へのインタビュー記事で、タイトルは『マスコミはもういらない…トヨタ社長の「ロバの話」を考える 皆さんはどう思いますか』(20/9/7)で、以下に引用します。

 ◇

「好き勝手に書きやがって」「監視するのが我々の役目」。古くから行われてきた、企業とメディアの丁々発止のやり取り。いまここに、日本一の企業の社長が、大きな波紋を投げかけようとしている。発売中の『週刊現代』が特集する。

唐突に始まった寓話

「話は長くなりますが、ロバを連れている老夫婦の話をさせていただきたい」

6月11日に開かれたトヨタの定時株主総会の壇上、話題が2021年3月期決算の業績見通しに及ぶと、豊田章男社長(64歳)はおもむろに語りだした。

「ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。

『ロバがいるのに乗らないのか?』と。

また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。『威張った旦那だ』。

奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。『あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない』。

夫婦揃ってロバに乗っていると、こう言われるそうです。『ロバがかわいそうだ』。

要は『言論の自由』という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。

最近のメディアを見ておりますと『何がニュースかは自分たちが決める』という傲慢さを感じずにはいられません」

遡ること1ヵ月ほど前、トヨタが発表した見通しを元に、マスコミ各社は、「トヨタの今期営業利益、8割減の5000億円」(日本経済新聞)、「トヨタ衝撃『8割減益』危機再び」(朝日新聞)と報じていた。

豊田氏の不満は、こうした報道に対して向けられたものだった。

「マスコミの報道について、私も決算発表の当日は、いろんな方から『よく予想を出しましたね』『感動しましたよ』と言っていただきました。

ただ、次の日になると『トヨタさん大丈夫』『本当に大丈夫なの』と言われてしまい、一晩明けたときの報道の力に、正直悲しくなりました」

なぜ「こんな状況でも臆さずに決算予想を発表した」ことを評価せず、「8割減益」というネガティブな報じ方をするのか。豊田氏は、そう言いたかったのだろう。

豊田氏は、社長に就任して以来、幾度となくメディアの「掌返し」を味わってきた。

社長に就任した'09年から'10年にかけて、トヨタでは「大規模リコール」が発生し、一時は「経営危機」とまで報じられた。

ところが、'13年に世界の自動車メーカーで初の生産台数1000万台を超え、'15年3月期決算で日本企業として初の純利益2兆円超えを達成すると、今度は一転、豊田氏の経営を称賛する報道が相次ぐ。

その後も、コストをカットすれば「下請け叩き」と非難されたし、執行役員の数を減らせば「独裁体制」と言われた。

そして今度は、あらゆる企業が苦しんでいるコロナ危機のなかで、トヨタの減益だけがことさら大々的に報じられ―。

何を言おうが、何をしようが、その時々の気分で好き勝手に報じるだけのマスコミの相手はしていられない。今回の決算報道のみならず、積年の思いが込められたのが、「ロバの話」だったのだ。

だからキレてしまった

他の企業の経営者たちは、いったいどのようにこの寓話を受け止めたのだろうか。

「すき家」「ココス」などを展開する外食チェーン大手・ゼンショーホールディングスの代表取締役会長兼社長の小川賢太郎氏は「豊田さんの気持ちは理解できる」と語る。

「民主主義国家である以上、それぞれのメディアが変な忖度をせず、自由に報道すべきなのは大前提です。しかし企業側の感覚からすると、メディアの取材を受けても、『こちらの真意がきちんと伝わった』と思えることはめったにありません。

たとえば、テレビであれば10分の取材を受けても、都合のいい10秒だけが切り取られて放送されることもある。『それは、あまりにもアンフェアだよ』という気持ちは、僕が知っている多くの経営者が持っています。

豊田さんは、日本を代表する企業のトップとして常に矢面に立ってきたから、なおのことでしょう。

企業の責務として山ほど社会貢献をしてもほとんど報じてもらえない一方、ほんの少しでもヘマをすれば、『それ見たことか』と鬼の首をとったように書きたてられる。経営する側も人間ですから、苛立たないほうがおかしいのです」

別の一部上場メーカーの広報担当役員も、大手マスコミの取材手法に対する不満を打ち明ける。

「新聞やテレビの記者さんたちと話していて思うのは、とにかく勉強不足だということ。彼らは頻繁に『担当替え』があるので、業界や企業のことをあまり勉強しないまま取材に来る。

別に、難しいことを要求するつもりはありませんが、ホームページで逐一公開しているIR情報とか、有価証券報告書に記載している基本的な経営事項すら頭に入っていない状態はさすがに困ります。

『そんなことも知らないで、ウチの経営を評価する記事を書くんですか?』と思ってしまいます」

くわえて、前出の小川氏は、メディアの報道姿勢が「結論ありき」になっていることにも疑問を感じているという。

「現場の若い記者さんと話していると、『私の考えとは違うのですが、デスクや次長が話の方向性をあらかじめ決めつけていて、異論を受け入れてくれないんです』と言われることが多々あります。

我々の商売もそうですが、本質は現場の人間が一番わかっているものです。しかし、それを重視せず、会社にいる上司が記事の方向性を決めるというのは時代遅れです」

こうした思いを、豊田氏もずっと感じ続けてきたのだろう。'19年には、豊田氏は自ら肝いりでオウンド(自社)メディア「トヨタイムズ」の運用を開始する。

マスコミを見捨てた

一時期、「編集長」を拝命した香川照之が、テレビ電話で豊田氏に取材するCMがやたらと流れていたので、このサイトの名前を知っている人も多いだろう。

ページを開いてみると、アナウンサー・小谷真生子の司会のもと、豊田氏とスズキの鈴木修会長が語らう対談動画から、先述の株主総会の一部始終を書き起こした記事まで、コンテンツがずらりと並んでいる。

デザインも機能も、大手メディアのニュースサイト顔負けの作りで、トヨタの「本気」が伝わってくる。

トヨタイムズが本格始動して以来、豊田氏は大手メディアのインタビューをほとんど受けなくなった。

決算後の会見も、現行の年4回から、年2回(中間、本決算)に減らすという。代わりに、トヨタイムズの記事や動画には頻繁に登場し、経営の理念や考えを事細かに語っている。

消費者に対し、自前でメッセージを発することのできる環境が整ったのだから、もはや大手マスコミを介する必要はないということだろう。

「ここのところ、大手各社が豊田社長にインタビューを依頼しても、すべて断られる状況が続いています。

7月7日には、めずらしく中日新聞にインタビュー記事が載りましたが、後に、まったく同じ内容が『トヨタイムズ』に掲載された。『あれでは、もはや取材ではなく広告だろう』と言われています」(在京キー局記者)

こうしたトヨタの姿勢を、当の大手メディアの記者たちは複雑な思いで見つめている。

「今回の『5000億円の減益』という業績予想だって、客観的な数字を報じているだけで、どの社もトヨタを過剰に批判したり、叩いたりしたわけではありません。

東証一部上場企業であるトヨタは、株主にも、車の消費者に対しても、大きな責任を負っている。それを監視し、情報を提供するのはマスメディアの責務です。

企業の目線で選別された都合のいい情報だけを伝えるのであれば、我々の存在は必要ない」(全国紙経済部デスク)

元日本経済新聞記者でジャーナリストの磯山友幸氏は、「ロバの話」そのものに異論を唱える。

「なぜロバに自分が乗るのか、なぜ妻を乗せるのか、あるいは、なぜ乗らないのか。あらゆる場面ごとに意図を丁寧に説明して、世の中に納得してもらうことこそが、経営者の仕事でしょう。

そもそも、消費者の側だって、オウンドメディアが企業のPRの延長上にあることくらいわかります。

ひとたび自分たちに都合の良い情報だけしか発信されていないと思われれば、常に眉に唾して読まれる媒体になってしまう。そのことをよく考えなければいけません」

インターネットやSNSの普及と共に、大手メディアの報道を「マスゴミ」「ウソばかり」とこき下ろす流れは、次第に大きくなっている。

「新聞通信調査会が行った調査によれば、『新聞の情報は信頼できますか』という質問に対し、70代以上であれば60%以上の人が『信頼できる』と評価したのに対し、30代になると50%弱、20代になると40%弱まで落ちてしまいます。

企業はそういう状況を見て、『マスコミよりも自分達が直に出す情報のほうが消費者に支持される』と踏んでいるのです。

だから、かつては決して表に出すことはなかったオールドメディアへの不満を露にすることをためらわなくなってきた」(元共同通信社記者で名古屋外国語大学教授の小野展克氏)

世間のメディアに対する不信の目は、今年の5月、東京高検の黒川弘務検事長(当時)と大手新聞2社の記者たちがコロナ禍の真っ最中に「賭け麻雀」をしていたことが発覚したのをピークに、更に広がっている。

「メディアのスタンスが問われているいま、取材対象と身内レベルで懇意になってネタをとるというかつての手法は、読者の理解を得られなくなっている。だからこそ、なおさら企業の意向を忖度するような報道はできません」(全国紙経済部記者)

だが、コロナ禍においては、企業トップへの取材が、以前にも増して難しくなっているという。

「多くの企業の会見がオンライン化したため、広報担当者がチャットで事前に記者からの質問をチェックしたうえで、会見に関係のある内容しか、経営者に回答させないようになりました。質問数も各社1問と限定されることがほとんど。

これでは、予想外の質問をして経営者の反応を見たり、追加の質問を重ねて企業の本音に迫りにくい」(前出・全国紙経済部記者)

損をするのは誰か

こうした、報じる側と報じられる側の「相互不信」は、企業報道のみならず、官邸とメディアの間でも顕著になっている。

「一昨年、森友学園問題に関して『私たちは国民の代表として聞いているんですから、ちゃんと対応してください』と官邸に要求した東京新聞の記者に対し、官邸側が『国民の代表は国会議員。あなたたちは人事で官邸クラブに所属されているだけでしょ』と突き放したことがありました。以前の官邸なら、こんな態度に出ることはなかった。

ネットの普及と同時に、『マスコミなんて信用されていないし、取るに足りないものだ』と考える政治家や経営者は、今後どんどん増えていくでしょう」(前出・小野氏)

かつて広報部門の責任者を務めた経験もあるキリンホールディングスの磯崎功典社長は「どんな状況でも、企業とマスコミは対等に、誠実にやっていかなければいけない」と語る。

「メディアから厳しく書かれて悔しい思いをすることもあります。でも、それを報じるのが彼らの仕事であり、逃げずに対応するのが我々の仕事。耳が痛い内容であっても、事実であれば素直に耳を傾けることが、状況の改善に繋がります。

一方で、メディアの側も、『見出しありき』の記事が通用する時代ではなくなったと認識する必要がある。

トヨタさんのように、企業が世の中に広く発信することも可能になった以上、結論ありきの報道では読者の支持も得られなくなる。『反目はしないけれど緊張感のある関係』を保っていくことが、一番大切でしょう」

豊田社長の「ロバの話」が図らずも浮き彫りにした問題。書く側にも、書かれる側にもいずれも理はある。しかし、相互不信のまま、不完全な情報公開が続けば、損をするのは受け取る側だ。

皆さんは、どうお考えになるだろうか。

 ◇

 メディアも千差万別で事実を歪曲せずにしっかりと伝え、その背景や影響も現実的で論理的な判断で行おうと、誠実に対応しているところももちろんあるでしょう。そういう姿勢で対応すれば、良い記事となり受け取る側も信頼できるし、取材を受ける側も安心ですね。しかしどこかの新聞社などのように、社の方針に沿って始めから結論ありきの角度がついた記事や、つごうのいい切り取り記事を何度も発信すれば、これはもう信頼感が完全に失われます。

 そういうメディアにとって、トヨタも政府同様、権力を持つ側に捉えて書く傾向があるのでしょう。しかし私はメディアの側こそ「言論の自由」を御旗に「筆の権力」を大上段に振りかざしているように思います。「『見出しありき』の記事が通用する時代ではなくなった」と言う意見も記事の中にはありますが、まだまだ見出しで読者を洗脳しようとしている記事が多いと思いますね。

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2021年7月21日 (水)

高須院長:緊急事態宣言下の五輪、1年前に開催した方がよかったとすら思うよ

Img_b1ca2e1515e8f22f3f206873a6f4dda62008  東京オリンピックの開催まであと2日に迫った中、前哨戦として始まった女子ソフトボールの日豪戦で、日本が8-1で快勝しました。いよいよオリンピックムードが盛り上がってきましたが、何しろこの大会、無観客での開催となっています。

 男子サッカーの強化試合の後で吉田選手が「アスリートはやはり、ファンの前でプレーしたい」と語ったように、コロナ下とはいえ無観客は異例のことでしょう。更にはこうなってしまったのなら、むしろ昨年やっていた方が良かったという意見もあります。高須クリニックの高須克弥院長が、zakzakに寄稿したコラム『緊急事態宣言下の五輪、1年前に開催した方がよかったとすら思うよ』 (7/20)にそれを見ることができます。以下に引用します。

 ◇

 もうすぐ東京五輪が開幕するね。新型コロナウイルス禍により、ほとんどの会場で無観客での開催となった。

 23日の開会式にはフランスからマクロン大統領、アメリカからジル・バイデン大統領夫人というように各国の要人が出席する予定だ。日本側としても海外からの観客受け入れを断念したこともあり、せめて大物ゲストは招きたいという考えもあるだろう。天皇陛下も開会式で開会を宣言されるらしいしね。

 ただ、東京五輪をめぐるこれまでの対応は行き当たりばったりなものになってしまい、多くの人が開催に疑問を持つようになってしまった。ボクとしては、どうせ無観客でやるなら1年前に開催した方がよかったんじゃないかとすら思うよ。

 気持ちは分かるんだ。東京五輪を「コロナに勝った証しにする」ということにこだわりたかっただろうからね。でもウイルスはそんな都合を忖度(そんたく)してくれない。1年延期して待っている間に感染力が強いとされる変異型が出現して、事態はかえって悪化してしまった。

 新規感染者増加に伴い緊急事態宣言が出たことで、また東京の飲食店でのアルコール提供がなくなったりして、皆の不満が高まってきている。これは政権にとってもダメージだと思うよ。

 選手たちが受けた影響も大きいよね。当初は2020年開催に向けてトレーニングを積んでいたわけだから。1年延長されたことで、ピーク時に大会本番を迎えられなかった人や、出場できず涙をのんだ人もいるんじゃないかな。

 われわれ美容整形業界で受けている影響は、プロポフォールという麻酔薬が手に入らなくなっていることだ。扱いが簡単で短時間手術での全身麻酔でよく使う。メーカーは製造を続けていて流通もストップしていないのに、ボクたちの方に回ってこないの。

 なぜかというと、コロナで入院している重症患者の人工呼吸中の鎮静に使われているからだ。プロポフォールは長く使うと呼吸が止まってしまうという事故が起こるんだけど、人工呼吸中ならその心配がない。だからECMO(体外式膜型人工肺)を備えている病院の需要が高くて、在庫がそちらに回されているんだ。

 まあ、代わりの麻酔薬がないわけではないけど、昔のものだからね。目が覚めるまで時間がかかったりするの。短時間での使用はやっぱりプロポフォールなんだよね。

 さて、東京五輪にはWHO(世界保健機関)のテドロス事務局長も来日するのではと噂されている。彼は、コロナの問題が浮上してから中国を擁護する発言を続けて、世界中を混乱させた張本人だ。もし来日したら、ぜひ厳しく責任を追及してほしいね。

 ◇

 結果論とはいえ、確かに高須院長の言うとおりこれでは去年やったのと同じになってしまいましたね。ヨーロッパの人たちは、ヨーロッパでは日本より遙かに感染者が多い中でも観客を入れてやっているのに、日本はおかしいとまで言う人がいます。

 しかし野党を始めリベラルを標榜する人たちは、無観客は当然でむしろ開催そのものに反対しています。あの室井佑月氏などは「胸糞悪いから観ない」とまで言っているようです。まあ勝手に見なければいいだけですが、こういう人たちはやはり政府が五輪開催を進めているから、それに意固地になって反抗しているのでしょうね。

 そして報道バラエティ番組で、五輪中止のコメントを散々流したTBSやテレ朝なども、ダブスタなど何処吹く風で、五輪特番を組んで放送するのでしょうね。

 そんなどうでもいいことは別にして、日本選手には是非頑張ってもらい彼等の5年間の努力をこの一戦に集中して、記憶に残るいい大会にして欲しいと思います。頑張れ日本!!

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2021年7月20日 (火)

文氏訪日断念 優先課題で日本と埋められぬ隔たり

A4ec39c8e8bc23a27b1f5a3e300826e4  東京五輪が近づいてきました。このイベントに乗じて韓国の文大統領が来日する予定でしたが、キャンセルになりました。もともと五輪にかこつけて、日韓の関係改善を図ろうという魂胆があったようですが、残念と言うより朗報ですが、結局来られなくなったようです。その辺の事情を産経新聞より引用します。タイトルは『文氏訪日断念 優先課題で日本と埋められぬ隔たり』(7/19)です。

【ソウル=桜井紀雄】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が東京五輪の開幕直前になって訪日を取りやめた背景には、埋めがたい日本との認識の隔たりがあった。菅義偉首相と対面で初会談する機会を逸したことで、来年5月までの文氏の任期内に日韓関係を修復するのはますます難しくなったといえそうだ。

文氏は当初、五輪に合わせた訪日に強い意欲を示していた。北朝鮮との対話が途絶える中、対話再開のチャンスととらえていたからだ。3月の演説でも「東京五輪は南北や米朝の対話の機会になる」と強調した。

だが、北朝鮮は4月に五輪不参加を表明。訪日に向けた文氏の熱意はそがれたとみられたが、文氏の訪日を前提にした日韓両政府の調整は続けられてきた。文氏は1965年の国交正常化以来、最悪といわれた日韓関係を放置したまま、任期を終えるわけにはいかないと考えたようだ。

ただ、今回の文氏訪日と日韓首脳会談に懸ける思いは、日韓で当初から食い違っていた。菅首相は「外交上、丁寧に対応するのは当然」と述べつつも、日本にとって文氏は来賓の首脳の1人という位置づけで、本格会談は難しい。

韓国メディアによると、韓国側はこれに対し対韓輸出管理厳格化の撤回など、目に見える「成果」を思い描いた。日本側はいわゆる徴用工訴訟で受け入れ可能な解決策を韓国側が示すのが先決だとの立場を貫き、折り合うことはなかった。

日本メディアが文氏の訪日を先行して報じることにも韓国高官は不信感を強めた。韓国外務省当局者は11日、日本側の報道に遺憾の意を示し、「協議を続けるのは難しい」と説明した。

そこに追い打ちをかけるように16日に在韓日本大使館の総括公使の不適切発言が浮上。文政権の外交を独りよがりと韓国人記者に話す際に性的な表現を使ったもので、韓国大統領府高官は19日、「土壇場で持ち上がった会談の障害について日本側から納得できる措置がない」と事実上、更迭を求めた。日韓で外交上の優先課題の違いは大きく、韓国政界でも「文政権下で韓日関係の修復は無理だ」との見方が強い。

 ◇

 在韓日本大使館の総括公使の不適切発言については、韓国で大きく取り上げられ、日本でも、官房長官が遺憾の談話を出したりしました。韓国の報道の一部を、中央日報の記事から引用します。

 ◇

在韓日本大使館の相馬弘尚総括公使が文在寅(ムン・ジェイン)大統領に向かって不適切な発言をしたことがわかり韓日関係がさらに冷え込んでいる。東京五輪を契機に推進された文大統領の訪日にも否定的な世論が拡散している。

外交部の崔鍾建(チェ・ジョンゴン)第1次官は17日、相星孝一駐韓日本大使を外交部に呼び、相馬公使の発言に対し厳重に抗議した。JTBCは前日に相馬公使が昼食の席で取材陣に「日本政府は韓日問題に神経を使う余裕はない」「マスターベーションをしている」と発言したと報道した。日本大使館は報道直後に相星大使名義で「決して文大統領に対する発言ではなかった。外交官として極めて不適切で非常に残念」という立場を明らかにした。(掲載:ヤフーニュース)

 ◇

 日本では加藤官房長官の「大変遺憾」発言があり、かつ当該公使は移動つまり事実上の更迭になるようですが、韓国で同様の立場の人が同様の発言をした場合はどうでしょうね。かつて伊藤博文を暗殺した犯人の安重根が歴史上の英雄になったように、まさかと思いますが賞賛の対象になるのではないでしょうか。

 そもそも韓国では大統領候補の政治家でさえ、日本の聖火リレーの地図に殆ど点のような竹島が表記されているのを見て、次のように発言したと韓国の記者が伝えています。

 日本が竹島表記の削除を拒めば、『東京五輪をボイコットすべき』と訴えたんです。忠清南道での懇親会では、さらに日本を手厳しい言葉で非難しています。『偏屈で恥知らずではないか』と。

 文大統領自身もかつて日本を侮蔑する発言をしています。こういう日本や日本人を侮蔑する発言をしても、韓国メディアは批判どころかむしろ歓迎の姿勢を示すことが多い。それは韓国の世論と同様です。

 確かに「マスターベーション」との発言はまずいでしょう。おそらく「大局を見ていなくて自己満足にすぎない」と言いたかったのだと思います。外交官としてはいささか資質を問われますが、私個人的にはこの発言、「まさにその通りだ」と理解できますね。

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2021年7月19日 (月)

異例の無観客オリンピック、選手の家族くらいは距離をとって観戦できたはず

4_20210719085401  オリンピックの無観客開催が決まりました。緊急事態宣言下での東京や蔓延防止等重点処置の関東3県はまだしも、この2月間新規感染者が30人に満たない福島の野球、ソフトボールも無観客。この決定は何でしょうね。

 たしかに感染の急拡大を受け、東京都民の多くからこんな時期にオリンピックはやるのか、とか、観客を入れて観戦がさらに拡大したらどうする、と言った声が湧き上がり、政府や知事、関係者が懸念したことが一番でしょうが、本当に都民の声が多かったのか、マスコミや野党、医師会の大合唱が追い込んだのでは、と言う疑念が残ります。

 少し前に開催された、イギリスでの1万5千人を集めたウィンブルトンのテニス決勝戦や、6万人の大観衆下で行われたサッカーヨーロッパ選手権など、今や1日5万人を超える新規感染者を出しているその国と、あまりにもかけ離れた対応に驚きます。

 イギリスでの競技は、多数の競技が同時開催される日本のオリンピックとは異なりますが、この両国にはメディアや国民性の大きな違いもあるのかもしれません。

 緊急事態宣言下でのオリンピックなど辞めてしまえ、と言う声を野党や一部識者からよく聞きます。しかし彼等は東京にオリンピックを招致した関係者の努力や、東京に決定したときの国民や関係者の大きな喜びを、全く取り上げません。

 まるでその辺で行われる小さなスポーツイベントと同じように、簡単にやめろと言います。開催するために感染予防に散々努力してきた人たちにも、そしてこのオリンピックを目標にしてきた選手たちにも、それを目の前でその競技を見ることを心待ちにしてきた一般の人たちにも、心を寄せることなく、ただ感染拡大のリスクを声高に叫ぶだけです。

 さらに無観客と決定したことに嘆いている人たちがいます。選手の家族の人たちです。Newsweek誌に掲載された、レベッカ・クラッパー氏のコラム『無観客開催「選手の家族ぐらいは距離を取って観戦できたはず」と海外から不満の声』(7/16)から引用して以下に掲載します。

 ◇

<リオデジャネイロ五輪の女子体操金メダリスト、シモーネ・バイルズの母親は「ソーシャル・ディスタンスを取って観戦も可能なのに」と主張。時差を考えてわざわざアメリカからテレビ観戦するという南アフリカ選手の両親も>

7月23日に開幕する東京オリンピックは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ほぼ無観客での開催が決まったが、これについて多くのアスリートやその家族から不満の声があがっている。アメリカの女子体操代表でリオデジャネイロ五輪の金メダリスト、シモーネ・バイルズの母親、ネリー・バイルズもその一人だ。競技場でソーシャル・ディスタンスを確保しつつ観戦することはできたはずだ、と彼女は指摘する。

ネリーと夫はテキサス州で体操のトレーニング・センターを運営しており、新型コロナ関連の感染対策については熟知している。1万2000席ある有明体操競技場ならば、アスリートの家族が距離をとりつつ観戦するのに十分なスペースがあると彼女は考えている。

「ソーシャル・ディスタンスを守って、ほかの家族と会わないようにすることは可能だ。東京五輪の競技場には、それだけの広さがある」と彼女は言う。「運営側がそれを調整できないなんて、理解に苦しむ。もちろんこれは私のわがままにすぎないが、東京オリンピックは私の中で、自分がその場にいられなかった大会としてずっと記憶に残ることになるだろう」

一部のアスリートの家族は、自宅でテレビ観戦パーティーを開いて遠くから応援することにしているが、ネリーはそうしたパーティーに参加するつもりはないと言う。

「ひとりで自宅で観戦する」と彼女は言った。「緊張するから、ほかの人と一緒に観ることはできない」

以下にAP通信の報道を引用する。

メダルは「自分で首にかける」

2004年のアテネ五輪から2016年のリオデジャネイロ五輪までで史上最多の28個のメダル(うち23個は金)を取り「水の怪物」と言われたアメリカのマイケル・フェルプスは、19歳で出場したアテネ五輪で初めての金メダルを取ったとき、プール脇の金網越しに母親の手を握った。ひとりで自分を育ててくれた母親とその瞬間を分かち合いたかったのだ。

東京五輪では、アスリートと家族のこうした瞬間は見られない。

大半の競技会場は観客(国内の観客も海外からの観客も)を入れない決定を下しており、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ措置として、表彰式ではアスリートが自分で自分の首にメダルをかける。表彰台での握手やハグもなしだ。

「私は観客の反応からエネルギーを貰っている」と、リオデジャネイロ五輪の金メダリスト、シモーネ・バイルズは言う。「だから無観客だとどうなるのか、少し心配だ」

大舞台に立つアスリートは、競技中に見覚えのある顔を見つけることで元気づけられることがある。リオデジャネイロ五輪男子1500メートルで金メダルを獲得したマシュー・セントロウィッツもそうだ。

「大勢の観客の中にいる家族の顔を見つけ、彼らの声を聞いたことで、少し安心できた。気持ちを落ち着かせるには必要なことだった」

東京五輪に出場する米選手団の中で15歳と最年少の競泳選手ケイティ・グライムズ(15)は、家族が観客席にいないのは「変な感じがする」と述べ、こう続けた。「家族は私が出場する全ての大会に来ているから」

グライムズの先輩のケイティ・ホフは、アテネ五輪に出場した時グライムズと同じ15歳で米選手団の最年少メンバーだった。最初の種目では緊張のあまり過呼吸になり、プールデッキで嘔吐してしまったという。

今回の五輪は東京に緊急事態宣言が発令されているなかでの開催となり、健康面と安全面の懸念から無観客での開催になった。日本ではこのところ新型コロナの感染者が増えており、ワクチン接種を完了している人も人口の16.8%と少ない。世界各地でさまざまな変異株の感染も拡大している。

コーチ陣のサポートが重要に

東京五輪では、観客席にいる選手の家族の興奮した顔やショックを受けた顔をテレビで観ることはない。国旗を振りながら応援する観客の歌声や歓声もなしだ。2016年のリオデジャネイロ五輪では、水泳競技の観客席にいたフェルプスの息子(当時生後3カ月)が可愛いと注目を集めた。だが今大会は、首都圏の会場では子どもの観戦も認められていない。

アスリートたちを育て、精神面や金銭面から彼らを支え、怪我をした時も試合に負けた時も励まし続けてきた家族は、テレビで観戦する以外には電話やメール、ビデオチャットで彼らの状況を知ることで満足するしかない。

オランダの競泳選手キーラ・トゥサントの母親で1984年のロサンゼルス五輪で水泳の金メダルを獲得したヨランダ・デ・ローバーは、「テレビの方があなたがよく見えるわ」と言っていたという。

コーチ陣にとっては、パンデミック中はアスリートのサポート体制を整え、アスリート間の仲間意識を育むことも重要になっている。

競泳アメリカ代表団のディレクター、リンゼー・ミンテンコは、「家族が東京に来れた場合よりは、普段以上にお互いが必要になるだろう」と語る。「その分、絆は強くなるかもしれないが」

高跳びの米代表選手バシュティ・カニングハムは、コーチのランダル・カニングハムが父親でもあるため、一緒に東京入りできる。だが家族のほかのメンバーが一緒ではないのが寂しいと語った。

「家族と一緒に食事に出かけたり、聖書の勉強会に行ったり、買い物に行ったり。家族と一緒だと何をしても楽しい」と彼女は言う。「でも、観客の有無は私にはどうでもいい。東京五輪で高跳びができるというだけで、すごくワクワクしている。家族が一緒に来て観戦できたらもっといいのにとは思うけど」

円盤投げの米代表選手メーソン・フィンリーは、妊娠中の妻と愛犬2匹をアメリカに残して東京入りする。選手村にはニンテンドースイッチを持ち込んで、延々ゲームを楽しむつもりだ。「部屋にこもるにはもってこいだ」

南アフリカ代表の競泳選手チャド・ルクロスの家族は、わざわざアメリカに出かけてテレビ観戦する予定だ。南アフリカだと、水泳競技の放送時間が午前3時だからだ。「朝の3時にテレビで僕を観るのは大変だよ」とルクロスは言う。「終わった後、どうしろと言うんだ?」

世界屈指の男子競泳選手のケーレブ・ドレッセル(アメリカ代表)も、東京大会では妻や家族とは会えず、一緒に時間を過ごすこともできない。

「家族がいなければ駄目という訳ではない」と彼は言う。「彼らが家にいることは分かっているし、そのエネルギーも感じられる。必要ならいつでもメールやフェイスタイムでやり取りできる」、そうはいっても本音は違うところにあるのかも知れない。

 新型コロナウイルスの影響で、異例の大会になった東京オリンピック。それでも、開催するだけでも選手やコーチ関係者の5年間の努力は何とか報われるでしょう。未だに「命が大切かオリンピックが大切か」と言って、開催中止を訴える人たちがいますが、本当に中止にして、これら選手や関係者のゴーゴーたる非難を一手に受けてみたらいい、大会準備をしてきた人たちの給与や来日している人たちの交通費を全額賠償してもらえばいい、と思いますね。

 できないことを言えるのは、責任がないからです。政権を取って責任を持ってからそういう判断をすればいいでしょう。もっとも政権が取れるわけはありませんし、万が一取ったら日本が崩壊してしまうでしょう。

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2021年7月18日 (日)

中国人民解放軍の7割が「1人っ子」 駄々こねて訓練サボる兵士続出

Ihttps3a2f2fseximgjp2fexnews2ffeed2fcyzo  今回も中国の話題を取り上げます。以前中国の高齢化の問題を紹介しましたが、その大きな原因と目される一人っ子政策。政策終了して数年経ちますが、その影響はここにも出ている、と言う記事を見つけました。

 NEWSポストセブンに掲載された『中国人民解放軍の7割が「1人っ子」 駄々こねて訓練サボる兵士続出』(7/15)がそれで、以下に引用します。

 中国が前例のない超高齢社会に突入する。中国国家統計局によると、2020年の中国の総人口は14億1178万人。出生率が過去最低となった一方、65歳以上人口は約1.9億人に増え「少子高齢化」が顕著になった。

 2022年にも人口減少に転じる可能性が指摘され、政府系シンクタンクの試算では2050年に60歳以上が5億人に迫ると予想される。

 高齢化が進んで労働力人口が減れば、驚異的なペースで進んでいた「経済成長」も、大きな曲がり角を迎える。

 米・ウィスコンシン大の易富賢研究員は、中国の労働人口が減少するとの見地から、近年は年7~8%である中国の実質経済成長率が、「2030年には3.3%まで低下する」と試算している。

 1978年のトウ小平氏による「改革開放」以降、外資による技術導入と国内の安価な労働力を武器に「世界の工場」の地位を確立してきた。ただ、2000年代半ば以降は農村から都市部への人口流入が減り、沿海部を中心に労働コストが急上昇した。

「中国は2015年には人口オーナス(総人口に占める高齢者や子供の人口割合が高く、経済成長を阻害している状態)に転換しており、国際的に見ても労働力や価格競争力は緩やかに低下を始めました。これまで消費バブルが補っていましたが、いよいよ経済成長の鈍化は避けられなくなるでしょう」(経済評論家の渡邉哲也氏)

 急速な高齢化の進行による社会保障負担の増大、都市部を中心にした不動産価格の上昇による住宅難などもあり、若い世代の不満は鬱積する一方だ。

「体制批判を封じるべく、習近平政権は中国経済の立役者・アリババなどハイテク企業への締め付けを強めた。しかし、共産党の関与が強まれば、企業から技術革新や世界的競争力が失われ、経済にさらにブレーキをかける結果になることが懸念される」(経済誌記者)

 経済大国としての地位が揺らぐとともに、軍事大国としてのポジションにも変化が起きると考えられる。

 党中央軍事委員会の指揮下にある中国海警局や空軍は尖閣諸島周辺で領海・領空侵犯を繰り返し、中国海軍は南シナ海・台湾周辺での軍事演習を活発化させている。海軍は国産空母や強襲揚陸艦の新規建造を進めており、軍拡に余念がない。

 だが、ストックホルム国際平和研究所の推計によれば経済成長の鈍化に伴い軍事費の伸びは鈍化。今後、軍拡を続けられなくなる公算が大きい。

 人民解放軍兵士の7割が両親や祖父母に大事に育てられた「1人っ子」という問題もある。

「2008年の四川大地震の際に『危険だから行きたくない』と駄々をこねた、仮病を使って訓練をサボったといった話は数多くある。士気の低い兵士ばかり増えれば、米国と覇を競うどころの話ではなくなる」(中国事情に詳しいジャーナリスト)

 社会的な競争を好まず、勤労や結婚、出産に消極的で物質的な欲求にも乏しい20~30代の若者を表わす言葉として、中国では最近、「横たわり族」なる言葉が使われ始めた。幼少期からの厳しい競争に疲れ果て、無気力になる中国の若者が増えている。彼らに、5億人の高齢者を支えられるだろうか。

 ◇

 「横たわり族」、いわゆる「躺平族」については以前このブログで既述していますが、一気にそして爆発的に増える事はないと思われます。しかし一人っ子政策による甘えた駄々っ子の問題は、かなり深刻かもしれません。日本でも少子化が進んだことと、学校や親の子育てへの甘さによる、いわゆる「無気力または跳ねっ返り」の若者が増加していますが、独裁中国の、国の強力な管理下の中でも、同じ現象が起きているのは興味深いと思います。

 中国の今の勢いは多分に経済力によることが大きいので、今後はじわじわと沈静化していくかもしれません。朗報ですが、だからといって黙視していれば、尖閣はとられ台湾は武力統一される可能性は大きい。対岸の火事と捉えずに、日本は足下の少子化を食い止め、経済衰退を少しでも止めて、このやっかいな大国に対処していかなければなりません。

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2021年7月17日 (土)

韓国選手団、「いちゃもん」つけるなら来ないでほしい

1571982538130308  韓国はどうして日本を目の敵にして批判を繰り返すのでしょう。そのやり方は時の首相や天皇の肖像画を燃やしたり、不敬な発言をしてみることから始まって、旭日旗の毀損や世界中のそれに似た模様へのクレーム、段ボール箱を踏みつける日本製品ボイコットのデモンストレーション、はたまた歴史を歪曲解釈した結果の少女像(実際は売春婦像)を、韓国内のみならず、海外にも設置しまくっています。

 政治家の発言、メディアの論調も明けても暮れても反日、反日。反日報道なしには1日が終わらないようです。その理由はこのブログでも何回も取り上げましたが、一言で言えば歴史捏造の反日教育とDNAに刻まれた「恨」の民族性につきるようです。

 実は今日の読売新聞朝刊で、またもくだらない反日訴求の記事を見つけました。題して『韓国選手団に「福島産食べるな」と指導、弁当配送へ…自民「いちゃもんだ」』です。まさに「いちゃもん」のこの行為、同紙の記事から以下に引用させていただきます。

 ◇

 【ソウル=建石剛】韓国のオリンピック委員会に当たる大韓体育会が、東京五輪の選手村の食事で使われる福島県産などの食材を食べないよう、自国選手団を指導していることがわかった。放射性物質による汚染の危険があると主張している。自民党内からは「そこまでいちゃもんをつけるとは本当に不愉快だ」との批判が出ている。

 2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、福島県産などの農水産物は放射性物質検査を経て、安全なものだけが出荷されている。大会組織委は、検査の数値も示して安全性を説明していた。

 しかし、大韓体育会の担当者は取材に、「放射能汚染の危険性を考慮し、食事をする場合は(福島産などを)摂取しないよう注意喚起している」と語った。今月20日には、選手村近くのホテルに「給食支援センター」を開設し、希望する選手のために弁当を作って選手村に届けるという。韓国から調理師や栄養士ら24人を派遣する。

 韓国は過去の五輪でも栄養管理などのためにセンターを設置していた。今回は「放射性物質対策」も理由に掲げ、韓国から送った食材などを使うという。農林水産省によると、韓国は福島を含む8県の水産物などの禁輸を続けている。

 韓国の対応について、自民党の佐藤正久外交部会長は「食材はおもてなしの気持ちで努力し、相当気を使っている。福島県民の心を踏みにじる行為だ」と語った。選手村のレストランでは、福島県など被災地の食材を活用した食事を選手に提供している。

 ◇

 韓国は、日本が福島第一原発で汚染された地下水を処理した、いわゆる「処理水」を、海に投棄することを決定したことに異常に反発しています。自国の原発の処理水のトリチウム濃度の方が福島の処理水より高いにもかかわらず、です。

 これが韓国の特徴です。つまり日本が批判の相手であれば、科学的根拠はそっちのけで、とにかく批判したいのです。ユネスコに登録された「明治日本の産業革命遺産」の軍艦島にも、ナチス・ドイツの収容所と同列視するような歴史をねじ曲げた韓国側による主張など、枚挙にいとまがありません。併合時代の歴史も慰安婦問題も徴用工問題も、すべてそれと同一の歴史改ざんをして、かつ国民へ教育洗脳しているのです。

 このブログで散々述べてきたのでこれ以上は割愛しますが、この読売新聞の記事に関して思うことは、「そこまでするなら日本に来ないでくれ」と言いたい、それにつきますね。前回のさようなら「パヨク」ならぬ、さようなら「韓国」です。

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2021年7月16日 (金)

「批判だけで提案なし」こんな反日輩にはさようならと言いたい

Images_20210716093401  野党もそうですが、言論界の反日輩の「批判だけで提案なし」にはいつも辟易しています。AERAdot.に掲載された、元東大名誉教授の対談記事『日本は海外から「衰退国」という印象に? 上野千鶴子「この状況は危機的」』(7/15)にも、それが満載です。以下に引用します。

 ◇

日本の問題点を浮かび上がらせた、東京五輪やコロナをめぐる政府対応。世界にも報道されており、日本のイメージダウンは避けられない。五輪の開催中止を求める署名活動を呼びかける元交官の飯村豊さん(74)と社会学者の上野千鶴子さん(73)は何を思うのか。AERA 2021年7月19日号でオンライン対談した。

*  *  *

──今回の五輪はコロナ以外にも問題が山積みでした。

上野:招致の際の贈賄疑惑とか、(建築家)ザハ・ハディドのスタジアム設計案の撤回、エンブレムの盗作問題、森喜朗氏(当時大会組織委員会会長)の女性差別発言など、様々な問題がありました。五輪がナショナリズムと商業主義に利用されていることはみんながとっくに感じていたことです。今回、五輪への嫌気が蔓延(まんえん)したことで、五輪のネガティブな面が改めて噴出しています。

飯村:森発言やコロナを巡る混乱は海外メディアも特派員たちが大きく書いています。そんな現状も含め、人口減少社会でイノベーションも起きづらくなった日本は、海外からは衰退しつつある国と見られています。

上野:おっしゃるとおりです。ICT(情報通信技術)が遅れ、リモートワークもうまくいかず、国産ワクチンもつくれなかった。コロナ禍で顕在化したこの状況は危機的だと思います。

■国として大きな過ち

飯村:国際的な日本の地位は明らかに落ちています。その割に危機感がない。そもそも五輪をやっているときじゃないですよ。

上野:海外メディアからはよくジェンダーギャップ指数や報道の自由ランキングの低さを指摘されますが、それだけじゃない。GDP(国内総生産)は今も世界3位ですけれど、1人当たりGDPはいつの間にか23位(2020年)まで落ちました。労働生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟37カ国中26位(19年)です。日本の大学のランキングも低下しましたね。日本は二流国に転落しています。

飯村:ほかのことに国力を結集しなければいけないときで、それが政治の役割だと思うけれど、斜め右の方向に全力疾走してしまっている。国として大きな過ちを犯しています。違う方向に走ってしまったツケはいつか払わなければなりません。

上野:政治の向かう優先順位が間違っています。このツケがどれほど巨大になるのか、誰が払うのか。問題は山積みです。

──安倍晋三前首相は月刊誌で、「反日的な人が五輪に強く反対」と発言しています。

上野:反安倍を反日と言い換えただけです。

飯村:安倍さんや一部の右派は「開催反対なんて非愛国者だ」という認識を持っている。でも、そうじゃない。僕みたいに役人としてまじめにやってきた保守派も怒っている。今回の署名は、健全な保守からリベラルまで含めた運動、受け皿にしていきたいと思っています。

上野:飯村さんも私も日本の行く末を思ってこの活動をしています。私の口からこんなことを言うと仰天する人もいるかもしれないけれど、私たちはいわば「憂国の士」ですよ。

 ◇

 本当に飯村さんは保守派だったのですか。しかし今では完全左翼ですね。この二人、何が「憂国の士」ですか。だったらこうしろと提案したらどうでしょうか。この対談記事にも見られるように、とにかく悪いことだけあげつらって、そしてその悪かった責任は全部政治(政府)の所為だと決めつけています。そんなことなら中学生でも言えるでしょう。

 まず森発言、これはこのブログでも取り上げましたが、一部左翼メディア(朝日新聞)の切り取り報道で、他のメディアもつられて報道し炎上しました。そして五輪を悪者のように言っていますけれど、招致の時みんながどれだけ努力したか、そして東京に決定したときどんなに喜んだことか。そんなことには一つも触れていません。

 ICTの遅れもマイナンバーに代表されるように、私権制限阻止を絶叫する左翼輩の妨害が大きいし、労働生産性や科学技術の落ち込みも、共産党や立民系の労働組合の妨害や、上野千鶴子さんに代表される左翼教授に支配された大学の非協力な態度が原因でしょう。

 日本の行く末を心配するなら少子化を止めなければならないのに、彼らはLGBTの権利拡大を謳うけれども、子供3人を産んでほしいと言えば私権の蹂躙だと大合唱。福祉に充てる税金が足りないと言えば、すぐに大企業からとれと言う。今日本の法人税を支えているのは大企業なのに、これではますます海外に逃げてしまいます。一体彼らはどうやって日本を強くしていくのでしょうか。私見ですが一番いいのは彼らが日本を離れることだと思いますね。

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2021年7月15日 (木)

緊急事態下でも自由とプライバシー保護を求める異常な国日本

3_20210715110701  昨今の日本では、新型コロナ下での感染拡大防止やワクチン接種、はたまた定額給付金や持続化給付金の支給などで、様々な混乱が出ています。政府や自治体の対応のまずさや突然の変更などが繰り返されています。

 メディアの捉え方や報道の仕方も大げさな面もありますが、確かに制度や仕組みの欠陥、その時々の判断の巧拙、タイミングの問題など、混乱の原因にはいろいろありそうです。

 しかしメディアも国民も、緊急事態宣言下だという認識が薄いのも事実かも知れません。4度目の緊急事態宣言が発出された東京など、まるで通常の日常と変わりがないようです。確かに酒類提供の飲食業には休業要請や時短要請が出され、業種としては緊急事態に陥っているかもしれません。

 しかし周りの市民はいたって平時の様相です。つまり緊急事態で自由を奪われた人たちと、そうでない人たちの2極化ができているのです。しかも緊急事態宣言の長期化が飲食業に限らず、仕事を失った人たちの自由を、完全に奪ってしまっているのです。そしてそれを解決できる唯一の手段、つまり給付金の支給が遅く、かつ少額なのが実態として浮かび上がっています。

 どうしてこうなったのか、そして緊急事態での自由とは何なのか、平時の自由とどう違うのかを、解き明かす鍵が先崎彰容氏の著作「国家の尊厳」の第一章コロナ禍で対立した「二つの自由」にありましたので以下に一部抜粋して引用します。

516trf76js_sx309_bo1204203200_ マイナンバー制度と人海戦術

新型コロナ禍をうけ、安倍政権が戦後初の緊急事態宣言を発令した前後、筆者は、自由と民主主義が再び問われていると考えていました。

自由や民主主義などという、古典的で手垢のついた問いに対して、私たちは普段、思想らしい思想を紡いでこなかった事実を突きつけられたと思ったのです。

具体的には、全国民に一人当たり10万円が支給される特別定額給付金について、自治体ごとの遅速の差が報道されました。遅速の理由は簡単で、オンライン申請をしたとしても、役所の職員はそのデータを紙に印刷し、住民基本台帳とにらめっこして確認し、時間を浪費していたからです。オンライン申請まではデジタル化できていた。でも、その先は驚くべき前時代的な人海戦術にゆだねられていた。

その背景には、平成20年9月、アメリカ大手証券会社の経営破綻にはじまる金融危機、いわゆるリーマン・ショックがあることを思い出さねばなりません。わが国はその対策として、一人あたり1万2000円を支給する決定をしましたが、定額給付金の支給方法をめぐって大混乱を経験した。その反省からマイナンバー制度の導入に踏み切ったのでした。

にもかかわらず、コロナ禍前におけるマイナンバーカードの普及率は10パーセント台に留まっていて、前回の反省を全く生かすことができず、混乱の再現をもたらした。

泥縄式の作業を必死でおこなう公務員の姿は、戦争末期に粗悪な飛行機を死に物狂いで生産し、竹槍戦術の練習に明け暮れた国民とおなじであると思います。アメリカが社会保障番号制度をつかい、二週間たらずで給付金を振り込んでいる時代に、わが日本は紙をめくる作業に忙殺されていたからです。

戦前の国民も、コロナ時代の公務員も、一人ひとりは異常なまでに頑張っている。でも力の使いどころを間違えたまま、行政組織の全体を変えずに公務員の自助努力を叫んでいたのは、あまりにも典型的な精神論でしょう。新たに誕生した菅義偉内閣の目玉政策が、デジタル庁の新設であり、また河野太郎氏を行政改革担当大臣にすえて、ハンコの廃止をぶちあげているのも、その反省に基づく組織改革だと思われます。

給付が遅々として進まない中で、マイナンバーと銀行口座の紐づけが検討された際、導入推進派にたいし判で押したように「国家によるプライバシーの侵害と個人資産の把握を警戒せよ」という議論がありました。この立場には、個人の権利を重んじ、国家権力からの監視や拘束を受けることを拒否したいという、戦後一貫した心理が作用している。つまり戦後日本人の常識、こういってよければ「戦後のアイデンティティー」ということになるでしょう。

しかし、この典型的な導入と批判の二項対立、政府 = 善 = 導入と政府 = 悪 = 警戒の図式に、私たちは正直、飽き飽きしているのではないでしょうか。

リーマン・ショックの際、マスコミを中心とする警戒の大合唱を前に、マイナンバー制度導入は中途半端に終わった。そのこと自体に問題があることは、今回同様の混乱に直面したので十分に分かっている。

にもかかわらず、またおなじ二項対立に言葉と紙面を割いている。何かを議論しているように見えて、それは議論ではなく、おなじ場所を堂々巡りして問題の直視を避けている。

いいかえれば、この図式では今、直面している自由とは何か、民主主義とは何かという問題を解くことができないのではないか。

以下、筆者が述べたいのは、新型コロナ禍とマイナンバー制度という具体的な問題を、思想や哲学を参考に論じてみたいということです。

自由をめぐる二つの間い

コロナ禍で顕著な損害を被ったのは、自営業と非正規雇用の人たちでしょう。外食するという生活スタイルが消滅した結果、居酒屋等の外食産業は瞬く間に窒息しました。酒の卸売業やおしぼりを納品している業者など、付随する産業への影響は甚大なものです。また、夜の街での飲食接待で働く人の多くは、給与は高いものの非正規雇用、つまり時給制で働いていました。最後まで自粛要請となるこうした分野には、さまざまな事情を抱えた男女が働いていることも多く、雇用の消滅は即座に生活危機に直結するはずです。

例えば、子供を三人抱えた単身の親がいると仮定しましょう。コロナ禍の影響の直撃を受けたばあい、親は職を失い収入のめどが立たずに在宅することを強いられる。一方、保育園には預けられず学校が休校では、子供たちは狭い家に閉じ込められる。想像しただけでも、閉塞感を覚えます。

親子双方がストレスを抱えたまま、2ヶ月以上収入がなく、またこれから先どうなるのかもわからない。4人家族は、家庭内暴力がいつ起きてもおかしくない状況に陥っているかもしれません。

もし仮に、この家族に緊急事態宣言や自粛要請から一週間足らずで、特別定額給付金が振り込まれたとしましょう。仕事を失った直後、自分の通帳に40万円の記載を見た時の安堵感は、金銭的な救いだけでなく精神面の安定をもたらすにちがいありません。40万円が、外出できず自宅に籠る子供を虐待から防ぐかもしれず、子供たちは待機時間をつぶすためのおもちゃを買ってもらえるかもしれない。

だとすれば、マイナンバーと銀行口座を紐づけすることは、非常事態が生じた際、もっとも弱い立場にある人たちの、経済面と精神面の「自由」を守ることにつながるのではないか。

つまり、新型コロナ禍が私たちに突きつけた課題とは、「自由」をめぐる二つの困難な問いなのです。

私たちは平穏な生活を淡々と続けられることを前提に、私権の侵害はもってのほかだといってきた。しかしそこで求める自由とは、平穏が瓦解し想定外の事態にさらされた際、都会の片隅で給付金40万円の支給を待つひとり親家族を、二カ月以上にわたり路頭に迷わせることを前提とした自由なのです。

私たちの目の前にあるのは、平時にあらゆる束縛を拒絶し、絶叫される自由と、非常時に即座に40万円を確保できたことで得られる「自由」ではないでしょうか。

この二つの自由が、今回、天秤にかけられた。

自由とは何かという問いが大事だというのは、以上のような論点を強調したかったからです。(モイセス・ナイム『権力の終活』 - 中略-)

多頭化する権力、絶対化する私権

さて、このいささか大上段に構えた世界的な変化を念頭に、もう一度、日本社会に目を向けてみましょう。

そこには、ナイムの指摘にすっぽりと覆われた令和の日本が見えてくるのではないか。

いや令和に入ってからだけではない。終戦以来、一貫した民主主義擁護の掛け声は、私権の制限を認めず、権力は縮小解体されるべきだという雰囲気を生みだしてきました。リーマン・ショックの影響をうけて定額給付金の配布をめぐり混乱した際にも、わが国は制度改正を躊躇い、マイナンバーカードの普及に失敗し今日をむかえたわけです。権力は強大であるどころか、銀行口座を紐づけすることにすら、強制力を発揮できませんでした。

また例えば、経済学者の土居丈朗氏によれば、低所得者にのみ定額給付をすればよい、という誰もが思いつく政策を、日本では行うことができません。なぜならわが国では、高額所得者と低額所得者を全体として把握している機関が、実はどこにもないからです。
税務署は所得税をとってはいるものの、所得の全貌を把握しているわけではありません。500万円以下の所得についての情報を税務署は把握しておらず、またメルカリなどネット上の収入情報まで税務署が把握することはできません。また低所得者の情報は、税務署ではなく、住民税を課している市区町村が把握しているように思えますが、これまた約100万円以下の年金収入しかない人の個人情報を把握することはできないのです。
つまり制度設計ひとつ見ても、戦後のわが国は中央集権的であるどころか、逆に情報集約が分散化し、ナイムのいう無秩序な状態にあるわけです。権力が一元化されず、多頭化している。

そこに自由をふりかざし、私権制限を警戒する論調が輪をかけた結果、今回のコロナ禍で、すみやかな現金給付を行うことができなかった。陣頭指揮をとる機関が政府にも地方自治体にもないまま、一気に非常事態に巻き込まれたのです。そしてデジタル化以前の手作業で、公務員は膨大な努力をかたむけ、疲弊していった……。
かくして、三人の子供を抱えるひとり親家族への40万円給付は、遅配を余儀なくされ、「自由」が奪われることになったわけだ。こうした事態こそ、「権力が抑制されすぎると、何も決められない状態になり、安定性、予見性、安全、物質的な繁栄が損なわれるのだ」というナイムの指摘の、日本版ではないでしょうか。
具体例を駆使したナイムの主張は、一言でいえば、相対化と無秩序への警告です。
相対化とは、複数の価値観や権力が乱立し、自らこそは正義であると主張するカオス状態のことです。「障壁の消滅」とはそういう意味です。
と同時に、前時代の価値観の否定は、蓄積されてきた文化への敬意や歴史感覚を人びとから奪います。情緒的で一時的な情報に飛びつく傾向を現代社会はもってしまう。これが無秩序です。
完全な自由を求めた結果が、社会を逆に混乱に突き落とし、不自由で暴力的な状態を生みだす。国際レベルでは、警察権力の崩壊にともなう海賊やテロの跋扈、アメリカ国内では、コロナ禍での銃の買い占めとなって現出します。
わが日本においては、自粛警察と呼ばれる他者への誹謗中傷が起きてしまう。我こそは正義だという感情にとらわれた日本人が、バラバラな価値基準に基づき、警察官のようにわが物顔で正義を行使し、他者に警告を発するのです。

また政権批判の大合唱はあるが、自ら政権を担うだけの胆力のない野党やマスコミが、引きずりおろし民主主義に明け暮れ、混乱だけを引き起こしている。ナイムのいう熟練と知識の解体による「物事の単純化」は、わが国のばあい、ネット情報に左右されたトイレットペーパーの買い占めを引き起こしてしまう。人同士のつながり方、関係構築の手段がきわめて短時間で、気分的なものになっている。

自由と義務のジレンマ

ナイムの指摘した相対化と無秩序は、権力を拒絶し引きずりおろし、各人が絶対の自由を求めることに原因があります。

だとすれば、私たちが勘違いしているのは、人間には完全な自由が存在する、ということではないですか。豊かさ革命も、移動の自由も、意識革命も、要するに、「もっと欲しい!」という、自分が絶対的な自由を得られるという妄想です。それが収拾のつかない相対化を世界的規模でもたらしている。

しかし自由には必ず義務や拘束、すなわち制限が伴うはずです。実際、欧米諸国の多くは、この自由と義務のジレンマを、完璧なまでに演じて見せたのです。新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するための「ロックダウン」、すなわち強制措置のことです。自由と民主主義を掲げ、中国の独裁体制を全体主義と呼んで非難していた欧米各国がロックダウンをした。

この措置は、みずからが掲げてきた理念を自己否定する内容をふくんでいます。なぜなら国家権力による商業活動の禁止と移動の禁止、歓楽街での遊興の禁止は、まさしくチィムのいう「3M革命」の即時停止を意味しているからです。

豊かさを求める活動、世界中を飛行機で移動すること、他人と比較し、より自由を求める意識、これらすべてを国家が統一的な権力に基づいて瞬く間に制限した。憲法にさえ明記されている、移動の自由を欧米諸国は奪った。その様子は、中国の独裁体制に近い道を通らねば、ウイルスによる破滅的な無秩序と混乱に対抗できないという事実を突きつけたのです。

ここには、自由と義務をめぐる高度な緊張関係がありました。欧米諸国のロックダウンには、「自由は無秩序にならない限りで保障されている」、という強いメッセージが込められていた。平時でないからこそ、自由とは何かという問いが頭在化したのです。

ところが、一方の日本はどうだったでしょうか。ここでもわが国は日本流のあいまいさで逃げ切ろうとした。よくも悪くも、自由とは何かが真剣に問われることはなかったのです。

プライバシーを絶叫する自由と、非常時に弱者が飯を食い、虐待を防ぐための「自由」がある。

私たちはいずれかを選択せねばならない。

そして結局のところ、自由と「自由」いずれを選ぶのかは、その国の国民の価値観、つまり文化や死生観に関わるものだと思うのです。

現在の日本国民は、非常時に多少の犠牲などお構いなく、弱者の困窮を見過ごしてもなお死守したいプライバシーを抱えているのでしょうか。あるいは逆に、私権の一部を供したとしても、身を寄せ合う四人家族が飯を食い、おもちゃを買い、泣き声ではなく笑い声が聞こえてくる光景の方を望むのか。

筆者自身は後者のような「自由」に基づく死生観をもった人間でありたいと思います。

すなわち、人間には「絶対的な自由」などありえないということ、自らが生きる時代と場所(国家)という制約を受け入れざるをえない、ということに私たちは気づくべきなのです。

 ◇

 先崎氏の『プライバシーを絶叫する自由と、非常時に弱者が飯を食い、虐待を防ぐための「自由」がある』と言う表現は言い得て妙だと思います。特にカギ括弧付きの「自由」は、平時慣れしている我々に問題を突きつけているようです。

 確かに自由には義務を伴います。そしてそれは緊急事態ほど重要になってきます。平時の自由を守るためにも、緊急事態下では国民としては自粛の義務、政府としては支援の義務があり、その支援の円滑運用のためにも、個人の私権の制限も必要だと思います。

 あの自由を超え高に叫んできたフランスやイギリス、そしてアメリカでも私権制限の最たるロックダウンを繰り返し実施しました。日本は緊急事態での対応は自粛要請だけで、周回遅れでした。その最大の要因は「プライバシーを絶叫する自由」の立役者、左翼メディアと野党だとつくづく思いました。 

 そして彼らは、自分たちの言論の自由は絶叫するのに、政府与党の言論の自由は封殺する、ダブスタの典型例です。そして今、その彼らの前で政府側は「前言撤回、陳謝」を繰り返しています。「何を言う、俺の言うことを聞けなければおまえが代わりに言ってみろ」という位の、腰の据わった政治家が政府与党にほしいですね。石原慎太郎氏が懐かしく思えます。

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2021年7月14日 (水)

いつまで「欧米のモノマネ」を続けるのか? イノベーションに立ち後れた日本

2_20210714113501  日本の国際競争力が右肩下がりに落ちはじめて久しくなります。同時に大学の国際ランキングも右肩下がり、一人あたりGDPも右肩下がり。いつからそうなったのでしょうか?おおよその起点を言えば、おそらく平成になってからでしょう。

 そのときを境にバブル崩壊と安定成長の終焉。バブルの後処理のミスも重なってデフレが常態化します。そして平成初期の1995年をピークに生産年齢人口が減少し始め、GDPの停滞に拍車をかけます。そうです失われた20年(あるいは30年)が始まるのです。

 生産年齢人口減少下で経済の停滞を救うのは生産性の向上、そしてそのためにはイノベーションが欠かせません。ところが実態はそうなっていないようです。そのあたりの状況を、同志社大学政策学部教授の太田肇氏の著書、「同調圧力の正体」より内容を抜粋編集して「WEBVoice」に寄稿された記事『いつまで「欧米のモノマネ」を続けるのか? 日本のイノベーションが“口だけで終わる”理由』(7/9)から引用して、以下に掲載します。

 ◇

戦後、先進国のキャッチアップをすることで成長してきた日本。しかし、ここにイノベーションが生まれない理由があると、同志社大学教授の太田肇氏は指摘する。なぜ、日本はいつまでも変われないのか?

組織と個人の蜜月時代が終わった

振り返ってみると昭和の時代は、組織と個人にとってまれにみる共存共栄の時代だったといえるだろう。個別の問題はあるにしろ、組織が成長し、繁栄することはメンバー個々人の利益にもつながった。そして組織の同調圧力も、その効果や必要性が実感できるだけに抵抗も小さかった。

ところが時代の変化によって組織と個人の利害が必ずしも一致しないケースが増えてきた。「蜜月時代」の終焉である。蜜月時代のつぎに訪れたのは、組織による引き締めの時代である。その意味で共同体主義がいっそう露骨になったといえる。

1989年(昭和64年)1月7日、昭和天皇の崩御によって長く続いた昭和の時代が終わり、平成という新たな時代の幕が開いた。

平成とほぼ同時にスタートした1990年代。世界に視野を広げれば、1989年にベルリンの壁が崩壊し東西冷戦が終結した。そしてインターネットの普及に代表されるIT革命により、グローバル化、ボーダレス化がさらに加速した。

そう、平成時代の始まりを告げる1990年代を象徴するキーワードは「グローバル化」「ボーダレス化」「IT化」である。

けれども日本社会の動きはこうした世界の潮流と連動しないばかりか、むしろ逆行するかのような様相さえ呈した。

象徴的な写真がある。某大企業の入社式風景を平成初期と現在とで比較した写真をみると、平成初期の写真は服装も髪型も個性的で、会場は自然な笑顔に溢れている。

いっぽう、現在の写真は全員がリクルートスーツに身を固め、髪型も一緒。マナー研修で教えられたとおり背筋をピンと伸ばして手を前に組み、緊張した面持ちで視線をまっすぐ前に向けている。

この会社が特異なわけではなく、どこの会社にもみられる変化のようである。そして外見の変化があらわすように、現場の声に耳を傾けてみても同調を促す社内の圧力が強まったことがうかがえる。

背景には社会全体の空気がいっそう内向きになったことがあると指摘する人が多い。1995年に発生した阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災を機に、「絆」という言葉が独り歩きし、運命共同体的な連帯が称揚されるようになったことも大きい。

平成は「敗北の時代」

そして平成時代の日本は、グローバル化の潮流から取り残されて世界の中での地位、プレゼンスを低下させ、当初の予想をはるかに超える長い低迷期を経験したのである。それが顕著にあらわれたのは、やはり経済面である。

経済同友会の代表幹事だった小林喜光氏は、朝日新聞のインタビューで「平成の30年間、日本は敗北の時代だった」と喝破した。(注1)たしかに国民一人あたりのGDP(国内総生産)は1992年には7位だったのが、2000年には16位に低下した。(注2)国際競争力も1992年の1位から、2000年には21位にまで急落している。(注3)

ちなみに両指標とも、その後さらに低落傾向が続き、今日まで回復の兆しがみられない。このことからも、工業社会における成功体験が新たな時代に適応するうえでいかに重い足かせとなっているかがわかる。

グローバル化にしてもボーダレス化にしても、閉鎖的な共同体の論理と真っ向から対立する。

またIT化は人間に求められる要素を根本から変えた。共同体型組織の特徴である均質な知識・能力や、統制のとれた働き方を必要とする仕事がITに取って代わられたのだ。

とはいえ分野によっては統制のとれた働き方と、そこから得られる仕事の「完璧」さが求められることに変わりはない。それどころか、世界全体がシステムとしてつながったいまの時代には、一つのミスさえ許されなくなっている。

しかし、人間がいくら完璧を目指しても限界がある。そこで完璧さが不可欠な仕事はITなどに任せ、人間は創造や洞察、高度な判断といった人間特有の能力を生かせる仕事に専念する。

世界の趨勢(すうせい)として、このような役割分担が徹底されつつある。ところが日本では、いまだに人間の力でそれに立ち向かおうとしているようにみえる。

イノベーションと相容れない共同体の論理

そしてポスト工業社会では、企業にとっても社会にとってもイノベーションこそが成長の原動力になった。しかし同調圧力が強い日本の職場では、メンバーの合意が得られやすい改善活動は盛んだが、異端者や少数派から生まれるイノベーションは起こりにくい。

また、イノベーションには、突出した意欲や個性の発揮が必要である。そもそもアイデアや創造などソフトの世界において、他人と一緒では価値がない。さらに同調圧力によって生じる「やらされ感」は、イノベーションに不可欠な自発的モチベーションと対極にある。

したがって共同体型組織に特有の同質性と閉鎖性、そして共同体主義がもたらす同調圧力はイノベーションの大敵だといえる。

職場の同調圧力を発見した古典的な研究として知られるのが、いまから一世紀ほど前の1924年~32年にアメリカのウェスタンエレクトリック社、ホーソン工場で行われた「ホーソン研究」である。(注4)

この研究では、職場に公式な組織とは別の非公式組織が存在すること、その中でメンバー自身によってつくられた独自の標準が生産性を左右することが明らかになった。

仕事をさぼっても、逆にがんばりすぎても仲間に迷惑をかけるので、「標準」に従うよう周りから圧力がかけられるのだ。とりわけ「出る杭は打たれる」日本的風土のもとでは、集団の中で突出することがいっそう困難なのは想像に難くない。

また共同体型組織では会社の人事評価も減点主義で、前述した「裏の承認」が中心になる。

研究開発の世界には「千三つ」という言葉がある。千回挑戦して三回成功すればよいという意味であり、それだけ失敗を恐れず挑戦すること、失敗から学ぶことが大切なわけである。

ところが減点主義の風土では、リスクを冒さず無難な仕事をしていたほうが得だという計算が働く。イノベーションと共同体の論理がいかに相容れないものかわかるだろう。

ただ、これは評価だけの問題にとどまらず、獲得できるリターン(見返り)の問題でもある。社内でいくら加点主義を取り入れ、「出る杭」を伸ばそうとしても社内で得られるものには限界があるのも事実だ。

巨万の富を手に入れたい、世界に自分の名をとどろかせたい、自分が理想とする会社をつくって社会に貢献したい、といった野心を社内で満たすことは困難だからである。

したがって画期的なイノベーションやブレークスルーを引き出そうとすれば、社員を組織の中に留めようとするのではなく、社員の独立や起業も視野に入れて制度や慣行を見直す必要がある。

1990年代に日本経済が凋落していくのを尻目に、アメリカ経済は逆にV字回復を遂げたが、その原動力となったのが、既存企業をスピンアウトしてシリコンバレーなどで夢を実現した起業家たちだったことを忘れてはならない。

イノベーションが「攻め」の経営に大切なのはいうまでもないが、じつは「守り」にも必要だといわれる。

福島の原発事故とJR福知山線の列車転覆事故には「技術経営の過失」があり、その根源は東電もJR西日本もイノベーションを要しない組織だったからではないか。

こう指摘するのは、イノベーション理論を研究する山口栄一である。山口によると熾烈な国際競争のさなかにあるハイテク企業と違って、両社は事実上の寡占ないし独占企業であり、そこでは職員の評価は減点法になる。そして減点法の世界におけるリスク・マネジメントは、想定外のことが起きたときに「いかに被害を最小限にとどめるか」ではなく、「いかにリスクに近寄らないか」という発想に陥りがちだという。(注5)

このように共同体は、イノベーションの源泉である"やる気"にも「天井」をつくってしまい、それが企業経営にも社会の利益にも多様な形でマイナスの影響をもたらしていると考えられる。

さらにイノベーションは共同体の利益と真っ向から対立するケースが多い。仕事のプロセスが効率化されたら部署や人員の削減につながり、製品のイノベーションは旧製品の製造に携わる人の職場を奪うからである。

そのため共同体とそのメンバーはイノベーションに消極的であるばかりか、逆にそれを阻止しようという動機を抱きやすい。

「キャッチアップ型」から抜け出せない現実

共同体の論理がもたらすイノベーションの阻害は、高等教育の分野にも起きている。しかも皮肉な形で。

前述したように日本の大学は近年、世界ランキングでその地位を落とし、アジアの中でも中国などの後塵(こうじん)を拝しているのが現実だ。そうした現実を受け止めて近年、日本の大学はグローバル化に適応するため語学(とくに英語)教育に力を入れ始めた。

同時に「入りにくいが出やすい」現状が学生の学力低下を招いているという認識から、単位の認定や卒業要件を厳しくし、「学生の質を保証して世の中に送り出すのが大学の役目だ」と公言されるようになった。

しかし考えてみれば、先頭を走る欧米などの大学を目標に定め、語学力の向上に主眼を置く方針こそ、イノベーションとは対極の「キャッチアップ型」ではないか。

キャッチアップ型を続けるかぎり、目標はいくら追っても蜃気楼のように先へ、先へ逃げてしまう。いつまでたっても追いかけるばかりで、追い越すことはおろか、トップに並ぶこともできない。

欧米にハンディなくイノベーションの競争を勝ち抜こうとするなら、むしろ日本が競争優位なものは何かを探す必要がある。教育社会学者の苅谷剛彦がいうように、グローバル化の時代だからこそ英語教育より日本的な特殊性を前面に出すという戦略もあるだろう。(注6)

また「質を保証して世の中に送り出す」という発想は、工業社会における品質管理の発想そのものである。人間はモノと違って「質」を測れるわけではないし、絶えず変化・成長する。

高度な能力になればなおさらだ。少し皮肉を交えていえば、あらかじめ測れるような能力がそもそもイノベーティブだといえるかどうか疑わしい。

このようなキャッチアップ型、工業社会型の発想は個別組織のレベルにとどまらず、社会全体に浸透している。その弊害が表面化するのは、大きな方向転換や迅速な行動が要求されるときだ。

少数意見を抑圧するような風土では改革の芽は育たないし、成功したときの評価より失敗したときの責任追及が厳しい社会では、客観的にみてメリットが明らかにデメリットを上回るような政策でも為政者を尻込みさせる。

 ◇

 世界のイノベーションの潮流は、インターネットの世界とそれを応用したデジタル化に集中しています。かつては後進国と言われていた中国の技術革新も、そこに目標を定め成功しています。もっともその大きな目的は、軍事技術への応用と国民監視のための個人情報管理技術です。顔認証などその好例でしょう。

 日本はこの中国の取り組む方向へは進めません。つまり科学技術の軍事への応用には高いハードルが、個人情報保護や私権侵害という大きなハードルとともに、こうした技術への取り組みを阻害し、周回遅れどころか2周3周遅れた状況に陥っています。結果半導体や電気業界は衰退の一途です。

 遅きに失したとは言え、デジタル庁の新設に見られるように、日本も一歩前進への舵を切り始めました。しかしコロナ下で見えてきた申請や認可の、あまりにも遅く前近代的なやり方を変えるには、まだまだ時間がかかりそうです。そして個人情報保護や私権侵害へのハードルをどう超えていくか。イノベーションの前にこういった現実にメスを入れていき、官民双方の意識を変えていく必要がありそうです。

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2021年7月13日 (火)

日本より深刻な超高齢化の中国 要介護者4000万人の実情

Photo_20210713101801  日本では少子高齢化が進み、すでに2015年から人口減少が始まっています。世界でも例をみないスピードで人口減少と高齢化が進んでいて、その影響が顕著である地方では、さらに過疎化が進むことが考えられます。

 人口の減少が進行することにより、住宅の需要は下がり、空き家の増加にもさらに影響を与えるでしょう。また、国内総生産(GDP)の減少や、総労働力の減少に伴う日本経済の衰退、さらには年金問題など、多くの問題を誘発する事は間違いありません。

 しかしこの少子高齢化は日本だけの問題ではなく、韓国、中国なども同じ問題を抱えています。しかもこの両国はいったん減少が始まれば、日本以上にその減少スピードは大きいものと予想されます。中国のこの問題について、週刊ポストに記載された記事をzakzakが引用していますので以下に記載します。タイトルは『超高齢化の中国 行方不明の高齢者50万人超、要介護者4000万人の実情』(7/10)です。

 7月1日に創立100周年を迎えた中国共産党。習近平指導部が2050年までの「超大国化」を掲げる一方で、前例のない超高齢社会に突入しようとしている。中国国家統計局によると、2020年の中国の総人口は14億1178万人。出生率は過去最低となったが、65歳以上人口は約1.9億人に増え「少子高齢化」が顕著になった。

 2022年にも人口減少に転じる可能性が指摘され、政府系シンクタンクの試算では2050年に60歳以上が5億人に迫ると予想される。

 そこで大きな社会問題になると懸念されるのが「認知症患者」の急増だ。

 中国国家情報センターの推計では、3人に1人が65歳以上となる2050年、中国のアルツハイマー患者は1000万人に上る見込みだ。中国民政部傘下の研究機関が2016年に出した報告書によると、すでに年間50万人以上の高齢者が行方不明になっており、そのうち約25%がアルツハイマー病や認知症の診断を受けているとされる。

 こうした状況は高齢社会の“先輩”である日本とも重なるが、中国で深刻なのはケア体制が手薄であることだ。

 現在でも要介護の高齢者は4000万人いるとされるが、家族介護を基本とする価値観が根強いためか、ヘルパーは30万人にとどまる。人口が10分の1以下の日本で、介護職員が約200万人いることを考えれば、介護の担い手不足は深刻だ。1人っ子政策の影響で「4人の親を夫婦で支える」という過酷な状況が続く。

 貧困世帯が多い農村部ではすでに、“姥捨山”のような事態も起きている。

 昨年5月、陝西省で58歳の息子が79歳の母親を生き埋めにする殺人未遂事件が発生した。通報により母親は一命を取り留めたものの、警察の調べに「自分で穴に入った。息子は悪くない」と証言し、大きな反響を呼んだ。

 ◇

 習近平指導部は、精神的には愛国だの忠誠だのと、国家、と言うより共産党に傅(かしず)くように国民を誘導し、経済発展と軍事力の増強に突き進んでいますが、国民への福祉政策には、関心が薄いのか後回しのようです。

 そこから見えてくるのは記事にもあるように、高齢者のケア不足とそれに伴う疾病や認知症の急拡大です。日本でも認知症は癌や心臓病と同様の大きな問題となっていますが、なにしろ中国は人が多い。1000万人もの認知症患者が町や村を徘徊すれば、さすがに想像もつかない事態になるでしょう。

 介護の仕事は機械化が難しく、従っていくらAI技術が進んでも対応するのはやはり人です。そうした要員を大量にケアに回さなければならなくなったときに、中国の崩壊が始まるかもしれません。もっとも日本はそれを対岸の火事と傍観していてはならないとは思いますが。

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2021年7月12日 (月)

護憲を標榜する日本共産党、なぜか信教の自由の解釈はダブスタ

Maxresdefault_20210712085201  共産党のダブスタは有名ですが、宗教に関してもそのようです。作家・佐藤優氏が産経新聞のコラム欄「佐藤優の世界裏舞台」に寄稿した記事『日本共産党、危険な宗教観』(7/11)に、その一端が書き留められています。以下にその記事を引用します。  

4日に投開票が行われた東京都議会議員選挙について「勝者はいなかった」との見方があるが、それは間違いだ。公明党と日本共産党が勝者だ。

立候補者23人全員が当選した公明党が完勝したことは明白だ。共産党は、改選前より1議席増して19議席になったのに加え、選挙協力を行った立憲民主党が7議席を積み増して15議席になった。共産党の統一戦線戦術の勝利だ。もっとも、共産党と立憲民主党の選挙協力で自民党に競り勝つことはできたが、公明党の壁を破ることはできなかった。共産党よりも公明党の組織力が強いことが明らかになった。次期総選挙で共産党と立憲民主党は選挙協力を強化し、菅義偉(すが・よしひで)政権の打倒に向けて全力を尽くすであろう。

選挙戦で気になったことがある。共産党の宗教観、特に政教分離に対する認識だ。共産党機関紙「しんぶん赤旗」は、1日に《「公明」「聖教」この一体ぶり 選挙紙面ウリ二つ》との見出しで公明党と創価学会を批判した。

《都民・国民の命と暮らしがかかった東京都議選(7月4日投票)で、公明党とその支持母体である創価学会の〝一体ぶり〟が深刻です。それぞれの機関紙である公明新聞と聖教新聞の記事、写真を見比べてみると、その異常さが際立ちます。両紙の〝一体化〟は、都議選告示日の25日付から急速に進んでいます。(中略)その後も「首都決戦 怒濤の攻勢」(26日付)、「最激戦区 大逆転へ押し上げ急務」(27日付)などと両紙に同じ見出しと写真が並び、候補者の演説要旨も一字一句同じです。宗教的権威をもって信者に特定政党とその候補者への支持を押し付ける―政教一体もここまできています》

この記事に共産党の危険な宗教観が端的に表れている。日本国憲法は、国家と宗教の関係についてこう定める。

《第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。(以下略)》

ここで定められた政教分離原則とは、国家が特定の宗教を優遇、忌避することが禁止されているのであり、宗教団体が自らの判断で政治活動を行うことは禁止されていない。公明党の支持母体は創価学会だ。創価学会が自らの宗教的価値観に基づいて公明党を支持することは憲法に違反しない。むしろ「しんぶん赤旗」の「政教一体」批判の記事からうかがわれる共産党の政教分離認識に、自党の利益に合致しない宗教団体の活動を規制しようとする怖さを覚える。

2020年1月の日本共産党第28回大会では党綱領の一部が改正された。綱領一三節で《信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をはかる》と記されている。ここで言う「政教分離の徹底をはかる」とはどういう意味なのか、共産党はわかりやすく国民に説明すべきだ。

ちなみに旧ソ連や中国の政教分離原則は、日本や米国とは根本的に異なる概念で、宗教団体が自らの判断で政治活動を行うことを一切認めていない。日本共産党が綱領に掲げる「政教分離の原則の徹底をはかる」ということには、宗教団体の政治活動を認めないという意味が含まれていると筆者は受け止めている。

ちなみに同党綱領一六節では《さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される》と定められている。この保障の対象から「信教の自由」が外されているのは偶然ではないと思う。

近代民主主義国の信教の自由では、宗教団体の政治活動も含め認められなくてはならない。日本では、多くの宗教団体が自らの信仰的価値観に基づいてさまざまな政党を支持している。この現状が、共産党を含む連立政権が成立するようになった場合も維持されるのであろうか。あるいは「政教分離の原則の徹底をはかる」という党綱領に従って規制されるようになるのか。多くの宗教団体にとって重大な関心事項と思う。

共産党は革命政党だ。現在もレーニン・スターリン型の宗教観を克服できていないと筆者は見ている。

 ◇

 そうです、元々共産主義者はマルクスの言う唯物史観の思想を持ち、宗教を忌避する存在です。そうした中、宗教色の色濃い公明党をなぜ中国共産党が受け入れるのか、これもダブスタですが中共の場合、自己に寄り添う者は何でも「愛いやつ」として受け入れるのでしょうね。かつてのアメリカ大統領ニクソンが寄り添ってきたときと同じように。

 しかし日本共産党は違います。元々中国共産党と袂を分かったことも原因でしょうが、公明党と犬猿の仲です。もちろん互いに岩盤支持層同士を後ろに控え、選挙で激しいつばぜり合いをしていることもあるのでしょう。ただ佐藤氏の言うように理念の段階ではその宗教観は矛盾に満ちています。

 それより共産党の本当の恐ろしさは、その出自にある国家の体制破壊、つまり日本の天皇制の打破にあり、それを成し遂げた後に共産主義体制を打ち立てることです。その本来の目的を内隠し、弱者に寄り添う優しい党をイメージさせ、吉永小百合氏や小泉今日子氏を広告塔に仕立て上げ、日本に大きな根を張ろうとしていることです。そのもくろみに決してはまってはなりませんね。

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2021年7月11日 (日)

「習総書記の、習総書記による、習総書記のための共産党」果たしていつまで続く

C6950451e4fc3dcd35f47594d8d09f0d_1  香港、ウイグル問題へと、中国の強権政治への批判が世界的に高まっていますが、加えて以前このブログでも取り上げた台湾問題も、習近平の建党100年演説でにわかにクローズアップされてきています。この台湾問題は、連日のように公船で接近威嚇を行っている尖閣の問題とともに、日本に直接関わる大問題です。

 そこで、なぜ中国が強権政治を振りかざすようになったのか、もちろん近年の経済発展とそれに伴う軍事力の増強が、その大きな要因ではありますが、それに加えて過去の抑圧されてきた歴史にも、その一端があるのは間違いないでしょう。ただ建党100年演説では、歴史の曲解や捏造も垣間見えます。

 キヤノングローバル戦略研究所、研究主幹の宮家邦彦氏が日経ビジネスに寄稿した、コラム『習近平の建党100年演説、その歴史認識の不備を突く』(7/8)に、その辺りの事情が詳述されていますので以下に引用します。

 7月1日、中国共産党が結党100周年記念式典を開催した。米メディアは「習近平(シー・ジンピン)ただ1人を礼賛するイベント」と報じ、日本の主要紙社説は「誰のための統治なのか」「分断を招く大国では困る」「強国路線拡大には無理がある」などと批判的に論じた。筆者も、「習総書記の、習総書記による、習総書記のための共産党」が続くと直感した。それにしても、「中山装(人民服)」から子供たちの大量動員まで、何とも新味のない、ベタな演出であった。

 要するに、「中国を救えるのは共産党だけであり、党の強固な指導を堅持すべし。中国は決して『教師』のような偉そうな説教を受け入れない。国防と軍隊の近代化は加速するが、中国人民は暴力を恐れず、外部勢力によるいかなるいじめ、圧力、奴隷のごとき酷使も許さない。台湾問題解決は党の歴史的任務であり、中国人民の決心、意志、能力を見くびってはならない」ということだ。従来の立場を変えるつもりなど毛頭ないのだろう。

 習近平体制に対する内外の政治的評価はほぼ固まりつつある。筆者も現時点で追加すべきコメントは少ない。されば、今回は視点を変えよう。中国内政の安定性や対外政策の行方などの議論は他の優れた識者にお任せし、本稿では習近平総書記の「歴史認識」に焦点を当ててみたい。毎度のことながら、以下はあくまで筆者の個人的分析である。

太平天国の乱、義和団事件、辛亥革命はいずれも失敗

 7月1日の結党100周年演説は、近現代中国史に言及した部分が少なくない。ここからは、過去200年の近現代史該当部分を演説の流れに沿ってご紹介の上、それぞれにつき筆者の率直なコメントを付け加えていこう。

 演説冒頭で習総書記は、1840年のアヘン戦争に言及し、それ以降、中国が半植民地、半封建社会となり、中華民族は前代未聞の災禍に見舞われた、と振り返っている。

【筆者コメント】アヘン戦争・南京条約は近代中国に対する西洋列強からの強烈な「文化的挑戦」だった。中国のエリートたちは今もこれらを受け入れたことのトラウマにさいなまれているはずだ。1840年代以降、中国人はこの「西洋文明からの衝撃」に対応すべく、考え得るあらゆる対応策を試みてきたが、こうした努力はことごとく失敗している。

 次に習総書記は、民族存続の危機から国を救うため、中国では太平天国の運動、戊戌(ぼじゅつ)の変法、義和団の運動、辛亥革命が相次ぎ起きたが、いずれも失敗に終わった、と総括している。

【筆者コメント】 確かに、アヘン戦争に対する中国の最初の対応は「太平天国の乱」だった。客家の洪秀全がキリスト教と土着民間信仰を融合して始めた民衆運動である。一種の原始共産社会を目指す過激な改革運動だった。これは結局、外国からの支援を得た清朝により鎮圧されてしまう。

 第2の対応は、1860~70年代の曽国藩・李鴻章らによる「洋務運動」だった。なぜか習近平演説はこれに言及していない。清朝によるこの改革運動も、宮廷改革ゆえに挫折してしまう。

 続く第3の対応が、1898年の光緒帝による「変法自強運動」であった。これも大胆な制度改革など内容が急進的すぎたため、西太后に潰されてしまう。

 第4の対応は1900年の義和団事件、そして第5の対応が1911年の孫文による辛亥革命だった。どちらも民衆の支持や軍事力の裏付けがなく、習近平演説の言うとおり、「いずれも失敗」に終わった。辛亥革命に至るまでの中国現代史に関する限り、筆者の見立てと中国共産党の「歴史認識」がほぼ同一であることは興味深い。

半植民地からの脱却、国民党には触れず

 続いて、習総書記はマルクス主義を取り入れた中国共産党の革命により、「旧中国の半植民地、半封建的社会の歴史」と列強が押しつけた「不平等条約と中国における帝国主義」を徹底的に廃した、などと述べている。

【筆者コメント】ここから、筆者と中国共産党の「歴史認識」はかい離していく。共産党が中華人民共和国を建国したことは疑いないが、人民解放軍が日本軍と直接戦い、激戦に勝利したといった話は寡聞にして知らない。孫文、蒋介石の国民党を語らず、マルクス・レーニン主義の共産党だけが「旧中国の半植民地、半封建的社会の歴史」や「不平等条約と中国における帝国主義」を断ち切ったなどと主張することは、客観的に見て無理がある。

P1_20210711102901 中国の経済成長は、日米との国交正常化あってこそ

 さらに、習総書記は、鄧小平の改革開放こそが「現代中国の前途と運命」を決めたのであり、「中華民族が搾取され、辱めを受けていた時代は過ぎ去った」「中国を救えるのは社会主義だけであり、中国を発展させられるのは中国の特色ある社会主義だけ」だと胸を張った。

【筆者コメント】要するに習総書記は、「改革開放政策で中国は豊かになり、今や大国になりつつある。もう中国人は搾取されないし、辱めも受けない。これからは中国が国際秩序をつくっていく。そのような中国を発展させられるのは中国共産党の社会主義だけだ」と言っている。

 筆者はこれにも異論がある。

 そもそも改革開放政策とは、マルクス・レーニン主義とは正反対の「国家資本主義」政策だった。また、中国が高度経済成長したのは、共産党ではなく、中国庶民の努力のたまものだ。さらに、中国の改革開放にとって理想的な環境が生まれたのは、ソ連との対抗上、米国や日本が対中国交正常化にかじを切ったからではないか。 

 このような理解を欠いた「歴史認識」では、中国を取り巻く現実が見えない。中国はいずれ政治的、経済的、軍事的困難に直面する可能性が高いだろう。そう考えれば、米国が対中経済制裁を発動するなど、改革開放後の理想的発展環境を失いつつある今の「中国の特色ある社会主義」が今後も「中国を救う」とはどうしても思えない。

習近平思想だけが中国を発展させる?

 最後に習総書記は、2012年の第18回党大会以降、中国の特色ある社会主義が「新しい時代」に入り、中国の特色ある社会主義制度を堅持し改善したと述べている。

【筆者コメント】習総書記は、本音を言えば、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」すなわち「習近平思想」だけが中国を発展させる力を持っている、とでも言いたいのだろう。だが、果たしてそうだろうか。

真の市民社会を築かねば、共産党統治の正統性は確立せず

 7月1日の習近平演説が示す「歴史認識」に筆者は強い違和感を覚える。同総書記は、中国は過去100年間、共産党独裁の下で中国復興の夢に近づきつつあると説明した。だが、実態はその逆ではないのか。アヘン戦争以来の中国の対応は、いまだ完結していない。辛亥革命後も、1949年の共産革命や1978年からの改革開放政策を経ても、強権を用いなければ社会は安定せず、諸外国からの尊敬を勝ち得ることもできない。完結するどころか、この100年間に中国の人々が失ったものも決して小さくなかったはずである。

 国家が豊かになれば、いずれ社会は成熟し、市民社会が生まれるはずだ。ところが、中国の改革開放政策は、成熟した市民社会の芽を育むどころか、貧富の差を拡大させ、都市化と核家族化で中国の伝統的社会を分断・破壊してしまった。その結果、中国は伝統文化を踏まえた政治改革を行うタイミングを逃し、日本のように漸進的な形で社会改革を進めることもできなくなった。こうした政治的、社会的「ツケ」は歴史的に見て、決して小さくはないだろう。

 19世紀以来の「西洋文明からの挑戦」に対する中国の最終的対応が、共産党、特に習近平政権の下での「中国復興の夢」の実現であるとすれば、東アジアの近未来は決して明るくない。真の政治改革、社会改革がない限り、共産党政権の統治の正統性は確立せず、中国社会の脆弱性も続くだろう。されば、アヘン戦争以来の「歴史的トラウマ」は当分克服されない。

 中国に真の意味の市民社会は生まれるのか。それとも、今後もこれまでと変わることなく「中国の特色ある市民社会」とお茶を濁すのか。それまで東アジアの安定は保たれるのか。疑問は尽きない。

 ◇

 宮家氏の言う、「習総書記の、習総書記による、習総書記のための共産党」と言う認識に私も賛同します。そして共産党のための中国であり、それは習近平のための中国なのでしょう。

 過去に欧米から虐げられた歴史は語っても、近年日本も含め欧米から受けた経済的恩恵は語らず、共産党だけの業績にしているところが唯我独尊を著わしています。そしてその恩恵のために経済発展を遂げたその成果は、国民の民主化のために向かうことなく、共産党のための軍事力と治安維持に振り向けていく。まさに自己増殖を繰り返すモンスターのようです。

 この巨大化したモンスターも、生きすぎた治安維持・管理社会への民衆の反発や、日本同様急激に進む少子化の嵐、民主国家からの経済離脱等、内外に矛盾を抱えてきています。果たしてこの体制がいつまで続くのかはしれませんが、外部への様々な意味での暴発的攻撃や戦闘だけは避けたいものです。

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2021年7月10日 (土)

メガソーラーは森林だけでなく資本主義を破壊する

D7443515775500  この梅雨の豪雨で、熱海市伊豆山に土石流が発生し、多くの犠牲者・被害者を出しました。その原因の一つになったかどうか定かではありませんが、この伊豆山山頂に広大なメガソーラーが敷設されています。また隣の函南町にも大規模なメガソーラー開発事業が計画されており、川勝平太静岡県知事が誘致をもくろむパネル提供企業は、韓国系企業のハンファエナジージャパンと言うことのようです。

 いずれにしてもこの伊豆高原の山頂に広大なメガソーラーを張り巡らせば、森林伐採に伴う保水力の低下等の環境問題を引き起こす恐れがあります。またそのパネルの素材結晶シリコンの多くが、中国が弾圧を続けているウイグル製のものだと言うことのようです。そのあたりの詳細を、経済学者で株式会社アゴラ研究所所長の池田信夫氏が、JBpressに寄稿したコラム『メガソーラーは森林だけでなく資本主義を破壊する 太陽光バブルの原因はウイグルの強制労働だった』(7/9)で述べています。以下に引用して掲載します。

 静岡県熱海市の土石流の事故で、上流付近にあったメガソーラー(大規模太陽光発電所)で森林の保水力が落ちたのが原因ではないかといわれ、静岡県は調査に乗り出した。この因果関係は今のところ不明だが、危険な土地に建てられているメガソーラーは全国にも多い。

 民主党政権が再生可能エネルギーを促進するためにつくったFIT(固定価格買い取り)が動き始めて10年。政府は「グリーン成長戦略」の中で再エネを全電力の5~6割を占める「主力電源」にするという目標を掲げているが、それは可能なのか。

再エネ100%で電気代は4倍になる

 最大の問題は、熱海でも問題になった環境破壊である。毎日新聞の47都道府県を対象にしたアンケート調査では、37府県が「トラブルがある」と回答した。事業の差し止めなどを求めて起こされた訴訟は、全国で20件以上。2018年には、パネルが土砂崩れで損傷したり風に吹き飛ばされたりする事故が57件確認された。

 日本の電力のうち再エネで供給しているのは18%、そのうち水力を除く「新エネルギー」は10%である。電力をすべて再エネで供給してCO2排出をゼロにするには、今の5倍以上にする必要があるが、それは可能か。

 国立環境研究所によれば、設備容量500キロワット以上のメガソーラーは2020年で8725カ所、パネルが置かれた土地の総面積は大阪市とほぼ同じ計229平方キロに達している。日本はすでに平地面積あたりの再エネ発電量は世界最大だが、それでも電力量の1割しか発電できないのだ。

 それはエネルギー密度の低い再エネには、物理的な限界があるからだ。同じ発電量(キロワット時)で比べると、メガソーラーに必要な面積は火力発電所の2000倍以上。メガソーラーの年間発電量は1平方メートル当たり100キロワット時なので、日本の年間消費電力1兆キロワット時をまかなうには、1万平方キロの面積が必要である。

 これには関東平野のほぼ半分を太陽光パネルで埋め尽くす必要があるが、それでも電力の100%は供給できない。夜間や雨の日には蓄電設備が必要になり、バックアップの発電設備などとの統合費用が大きくなる。

 経産省の有識者会議に提出された地球環境産業技術研究機構の資料によれば、再エネ100%を想定した場合、電力コストは53.4円/キロワット時になる。これは現在の電気代の4倍である。

電力は最終エネルギー消費の26%

 問題はそれだけではない。たとえ電力の100%を再エネで発電できたとしても、電力は最終エネルギー消費の26%に過ぎない。再エネは、全エネルギーの8.2%しか供給していないのだ(下の図)。

 残りの80%の化石エネルギーをどうやって非化石エネルギーに変えるのか。たとえば自動車は(100%非化石電源になったとしても)全面的に電気自動車(EV)に変えないと、CO2排出ゼロにはならない。

 それ以外の産業はどうするのか。たとえば日本製鉄は、カーボンニュートラル製鉄プロセスを発表した。常識で考えて、石炭を燃やしている高炉のCO2排出がゼロになるとは思えないが、それをカーボンフリー水素でやるという。電炉はカーボンフリー電力でやる。

 それでもCO2排出はゼロにはならないので、これはCCUS(炭素貯留)でやるという。つまりカーボンフリー水素とカーボンフリー電力とCCUSという「3つの外部条件」がないと「カーボンニュートラル製鉄」はできないのだ。

 日鉄によると「ゼロカーボン製鉄」には5000億円の技術開発費がかかるが、2050年の製鉄コストは2倍以上になるという。製鉄業は慈善事業ではないので、わざわざコストを2倍にする設備投資をする企業はない。

 日鉄は今後5年間で2兆4000億円を海外に設備投資し、国内では1万人を合理化する計画を発表した。脱炭素化は製造業を空洞化させ、資本主義を破壊するのだ。

日本政府はウイグル製太陽光パネルの輸入を禁止せよ

 アメリカのバイデン政権は6月24日、太陽光パネルの材料などを生産する中国企業をサプライチェーンから排除する制裁措置を発表した。これは中国の新疆ウイグル自治区の強制収容所で製造された疑いが強いためとしている。

 FITでメガソーラーが急速に普及したが、その太陽光パネルは、今や8割が中国製になっている。ヘレナ・ケネディ・センターの調査によれば、全世界の結晶シリコン(太陽光パネルの原料)の75%は中国製で、そのうち45%がウイグル製である。

 ウイグル製のパネルが安い原因はもう一つある。石炭の埋蔵量が豊富であり、発電コストの安い石炭火力発電の電力で、結晶シリコンを焼き固める高温の炉を稼働させているとみられる。

 資本主義のルールを逸脱し、政府が20年間も利益を保証するFITは中国の国家資本主義を有利にし、その国家的ダンピングで太陽光パネルの価格は劇的に低下したのだ。それが「再エネのコストは石炭火力より安くなった」といわれる原因である。

 バイデン政権の制裁措置が報道された今年(2021年)初めから、太陽光パネルの価格は5倍に上がった。これによってメガソーラーのコストが上がると、太陽光バブルが崩壊する可能性もある。

 同じことが今後はEVで起こる可能性が強い。中国は今や年間2500万台で、世界最大のEV大国である。太陽光パネルと同じくEVにも巨額の補助金を出しているので、今では最低価格は50万円を切った。中国政府はライドシェアや充電のネットワークも国費で整備しているので、こういうインフラができれば、EVが大衆に急速に普及するだろう。

 太陽光パネルやリチウム電池のように標準化された素材は、国営企業で大量生産するのに適している。中国は戦略的にカーボンニュートラルに舵を切っているのだ。再エネやEVが悪いわけではないが、資本主義のルールを踏み外したダンピングを許してはいけない。日本政府も中国製太陽光パネルの輸入を禁止し、中国に公正競争を求めるべきだ。

 ◇

 太陽光パネルを家屋の屋上に敷設し、家庭の電力をまかなうのは結構なことでしょう。しかし太陽光発電を普及促進するために、制度スタート時点で48円/KWHと言う破格の買い取り価格を設定したのは、民主党政権時代でした。今では19円まで下げて来ているようですが、原発の停止とともに電力コストの高騰の一因となっています。

 更にはそのパネルの多くがウイグルの強制労働と資源搾取によるものとすれば、考えざるを得ません。中国に過多に頼るこうした素材は、経済安全保障上極めて危険です。そして太陽光発電に多くを頼る再生エネルギー政策も、環境破壊や高コストの観点から、根本的な見直しが必要でしょう。

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2021年7月 9日 (金)

習近平の強権政治の元で、台湾問題は国際問題と化した

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo0774247001  中国の強権・覇権主義の元で、にわかに現実味を増してきた中国による台湾統一への予兆。以前このブログでも取り上げましたが、その動きは日本の安全保障に直結する大きな問題です。他国の懸念を顧みず、ますます牙をむき突き進める習近平の「中国の夢」の野望。

 今までの経緯を踏まえ、台湾問題はこの先どう展開していくのか、産経新聞の特集記事「強権解剖」の第1部、その8話『台湾問題は国際問題と化した』に、その一端を見ることができます。以下に引用して紹介します。

北京の天安門広場は文化大革命(1966~76年)や、89年の中国人民解放軍による民主化運動の鎮圧など、現代中国の歴史のさまざまな舞台となってきた。

今月1日には、中国共産党創建100年を記念する祝賀大会が開かれ、党を率いる総書記(国家主席)の習近平が天安門楼上から演説した。広場に動員された約7万人の党員らに台湾問題でげきを飛ばした。

「祖国の完全な統一を実現することは、中国共産党の揺らぐことのない歴史的任務だ…いかなる台湾独立のたくらみも断固として粉砕する」

「粉砕」という表現は毛沢東時代、国内外の敵に使われた。習がこの言葉をあえて用いたのはなぜか。

「台湾問題は時代とともに変化してきた」と語るのは、台湾の中央警察大学教授で中国問題専門家の董立文(とう・りつぶん)である。

共産党との国共内戦で敗れた中国国民党が49年に台湾に逃れて以降、中台は内戦の延長のような時代が続いた。58年には中国が福建省対岸の台湾・金門島を砲撃する事件も起きている。

その間、米国のアイゼンハワー政権は朝鮮戦争休戦後の54年、中国を警戒して台湾の蔣介石政権と米華相互防衛条約を締結。金門島砲撃の際も空母を台湾海峡に集結させるなど、台湾は米中間の問題となっていく。79年の米中国交正常化に伴う米台断交後も、米国は台湾関係法を制定し台湾への武器供与を続けた。

そして、今年6月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)で、台湾問題は新たな時代に入る。首脳声明に初めて「台湾海峡の平和と安定」が明記されたことを受け、中国と国際社会の問題になったのだ。

今、習が最も恐れるのは「国際社会が(口先介入ではなく)本格的に台湾海峡に介入してくることだ」と董はみる。習が「断固粉砕」と威圧したのは、恐怖の裏返しに他ならない。

49年10月の中華人民共和国建国当時、「台湾を解放し祖国を統一する」をスローガンに掲げる毛沢東は、台湾への武力侵攻を本気で考えていた。

しかし翌年6月に朝鮮戦争が勃発すると、米軍が第7艦隊を台湾海峡に派遣。軍事的に不利な立場に立たされ、台湾侵攻を断念せざるを得なくなった。毛は「台湾を攻略する最高のタイミングを逃した。大きな過ちを犯した。取り返しのつかない過ちだった」と周囲に漏らしたとされる。

一方、改革開放政策を進めた鄧小平は「平和統一」を強調し、「一国二制度」による台湾問題の解決を目指した。鄧は密使を通じて当時の台湾の総統、蔣経国に手紙を送り、「祖国統一は私たちの世代の使命だ」と強く訴えていた。

だが、蔣経国は88年1月に急死。台湾出身の李登輝が総統に就任すると、統一の話は宙に浮いた形となった。鄧は89年5月、ソ連共産党書記長だったゴルバチョフと北京で会談した際、こう語ったという。

「私の人生には一つだけやり残したことがある。それは台湾問題だ。解決は恐らく無理だろう」

台湾問題に転機が訪れるのは2012年、習が総書記に就任してからだ。習は32歳から49歳まで台湾の対岸、福建省で地方指導者を務め、台湾問題の専門家との自負がある。台湾との統一は、自らの政権スローガンである「中華民族の偉大な復興」に不可欠な〝偉業〟と考えているようだ。

15年、台湾の総統だった馬英九との中台初の首脳会談を実現させるなど、台湾問題でさまざまなアプローチを試みた。しかし16年に台湾独立志向の蔡英文・民進党政権が誕生すると、中台関係は悪化に転じた。

焦った習は19年1月、悪手を打つ。台湾に関する演説の中で「台湾は最終的に中国に統一されることになる」と強調し、その選択肢として「武力行使を排除しない」と明言したのだ。

この露骨な脅しに台湾では嫌中感情が高まり、低迷していた蔡の支持率は一転して上昇。20年の総統選で蔡の再選を許すことになってしまうのである。

そして、1日の習演説。

「独裁政権がものものしい言い方をする場合、ほとんど自信がないときだ。台湾海峡を取り巻く今の環境は中国にとって決して有利ではない」と董は語る。

中国は台湾について「内政問題だ」と主張し、外国の介入を拒み続けている。しかし今や、台湾は強権・中国と対峙(たいじ)する民主主義陣営の最前線なのだ。

 ◇

 「独裁政権がものものしい言い方をする場合、ほとんど自信がないときだ。台湾海峡を取り巻く今の環境は中国にとって決して有利ではない」と董立文氏はいいますが、毛沢東の辿った一人独裁の道をひたすら追いかける習近平に、周りを見つつ賢明な判断が可能かどうか、疑わしい気もします。

 いずれにせよ経済力と軍事力を背景に、強権を振り回す中からは他国の牽制を受け入れる度量が失われていくような気がします。欧米への対抗心のみに捕らわれてしまい、その結果台湾を武力で介入することも、あながちゼロではないかもしれません。そうなる前に日本の対応準備は欠かせませんが、果たして日本政府はどう考えているのでしょうか。

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2021年7月 8日 (木)

東京五輪後、日本はコロナ変異種の万国博覧会状態に

24  開催まであと2週間あまりに迫った東京五輪。開催は決まりましたが観客をどうするかは、様々な意見が飛び交い7日時点ではまだ決定していません。東京での4回目の緊急事態宣言発出がほぼ決まり、難しい判断を強いられる状況が待ち構えているようです。

 ところでこの東京五輪、開催中や開催後の新型コロナの状況はどうなるのか、東京大学大学院情報学環准教授の伊東乾氏が、JBpressに寄稿したコラム『東京五輪後、日本はコロナ変異種の万国博覧会状態に 深刻な後遺症が続出し、ワクチン非接種者を攻撃するヘイトも』(7/5)で、その予測を行っていますので以下に引用します。

 東京オリンピック・パラリンピックの取材のために日本を訪れる海外のメディア関係者に対しては、プレーブックに従う報道エチケットを守ることになっています。

 これに対して「報道規制だ」「取材の自由権に対する侵害だ」といった猛反対のブーイング(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210702/k10013114771000.html)が海外の報道メディアから相次いでいます。

 この問題を少し深掘りしていくと、すでに米国では猛威をふるっている「ワクチン・デバイド」の嵐が見えてきます。

 すでに日本に来襲しつつある「ワクチン・デバイド」を念頭に、五輪と五輪後に多様性を増すであろう、日本国内での変異種蔓延について考えてみましょう。

混乱の度を増すコロナ時差

 すでに報道されているように、英国では「デルタプラス」変異株による、新たなコロナ・パンデミックが猛威をふるっています。

 6月11日のG7開催に向けて、英国ではコロナの克服を全世界に発信するつもりでいました。

 ところが、現実はとんでもなかった。5月の連休頃、1日1500人ほどまで落ちた新規感染者数が、5月中旬、下旬とじりじりと増加に転じます。

 6月に入ると1日5000人を超える新規感染者数。これがあれよあれよと急増して、6月17日には1万人超え、6月29日には2万人超え、そして7月2日には2万7500人と、まさに急坂を駆け上っている最中です。

 どうしてこんなことになったのか?

 英国はボリス・ジョンソン首相のコロナ罹患に凝りて、早期に徹底したワクチン接種を進め、コロナ克服「欧州の優等生」になったのではなかったか?

 UKのコロナ克服シナリオをすべてひっくり返してしまったのが「デルタプラス」変異株の流行でした。

ワクチン未接種層に広がるデルタプラス株

 英国全土のワクチン接種率と毎日の新患数、死亡者数を見てみましょう。年明けからワクチン接種率が順調に伸び、3月下旬には「大英帝国はコロナを制した」といった空気が漂い始めるのが手に取るように分かります。

 ところが、4月に入る頃から接種率の伸びが急に落ちている。

 そして伏流水のように押し寄せてきたインド由来の「デルタ株」変異種「デルタプラス株」が6月になって爆発的増加を見せ、コロナ収束どころではなくなってしまった。

 ここで注目していただきたいのは、毎日の新患数は激増しているけれど、決して死亡者は増えていないことです。

 ただし、これを「デルタプラス株は、凄まじい感染力は持っているけれど、毒性は低い」などと勘違いしてはいけません。

 本稿では触れる紙幅がありませんが、死亡しないことが「めでたしめでたし」ではないのです。永続する後遺症、いわゆるロングCOVID( Long Covid Sydrome)が深刻である可能性がある。

 新型コロナ後遺症は2022年以降、大変な社会問題に発展する可能性がありますが、それは別の機会に取り上げましょう。

 注目しなければならないのは、6月に急増した新患の大半が「ワクチン未接種者」であるということです。

 1月から3月まで、UKはゼロからスタートして5割弱まで接種率を上げていった。しかし4月から6月までの同じ3か月間で、まだ70%に到達していません。

 それには構造的な理由がいくつもあるのです。

 一つは世代の問題。5月の時点では英国の若い世代にはコロナワクチンへの忌避意識がありました。

 次に民族的、宗教的な問題があります。キリスト教徒やユダヤ教徒のワクチン接種率が高いのに対して、イスラム教徒の接種率が伸びないといったことがあります。

 そして経済階層による分断。富裕層にはワクチン接種が行き渡っていますが、低所得層ではなかなか接種率が伸びない。

 世代、イスラム教、所得。3つを合わせて分かりやすくまとめるなら、例えば、バングラデシュからの移民やその子弟など、英国で決して少なくない人口層にワクチンが普及していかない。

 そうした集団をインド株から命名を改められた「デルタ株」系の変異種が直撃して、今の事態が発生している。

 ワクチン接種による社会階層の分断「ワクチン・デバイド」の英国的な立ち現れ方ということができます。

 事態の根には大変深いものがあり、簡単に解決がつく問題ではありません。

米国型ワクチンデバイド

 逆に、変異種の蔓延を食い止め、3月の英国のような気分になっていると思われるのが米国です。

 ワクチン接種率が高く、またすでにワクチンを打ったのだから、もう感染もしなければ移しもしないと鼻高々。

 東京オリンピックを取材するべく来日して、「行動の自由を制限するな!」と息巻くジャーナリストの多くは、米国的なメンタリティを背景に持っている可能性が高いと思われます。

 彼らは、自分たちはもう「ワクチンを受けた」「コロナは卒業した」と確信して、場合によりマスクもつけずに五輪会場を闊歩するでしょう。

 そして国内随所で「自由にインタビューさせろ」と言っている。

 翻って日本の国民感情を考えれば、これだけ神経質になっているところに、傍若無人な外国人が、かつてのGHQ占領時代のGIよろしく、マスクもつけずにマイクなどもって、無遠慮にインタビューに近づいてくるなら・・・。

 悲鳴を上げて逃げ出す一般の日本市民といった、とんでもないシーンも現出しないとは言い切れないでしょう。

 米国と日本、あるいはワクチンでコロナを制圧したと思っている社会と、まだそれと程遠い社会との、かなり絶壁に近い断絶が様々な人間模様を生み出す可能性があります。

 ただ、間違いなくいえることは、五輪を開いて「人流」ができれば、全世界の色とりどりの変異種が、日本に、東京に、まるで変異種の見本市、万国博覧会のようにサンプリングされてくるリスクが高い確率であるということです。

 あらゆる検査は全く万能ではないし、人流ができれば感染・蔓延は不可避で拡大します。

 五輪後の日本は、言ってみれば全世界から集められた、変異種ウイルスの「満漢全席」といった様相を呈する可能性が、正味であると覚悟して、早めに対策を取っておく必要があるでしょう。

 別に危機感をあおるつもりは全くありません。

 ただ「世界の国からこんにちは」ではありませんが、いままで存在しなかった人流ができれば、必ず「人とともにウイルスはやって来る」事実と、具体的な対策を取る必要を指摘せねばなりません。

 具体的な対案は、個別に記していきます。本稿ではもう一つ、「日本国内でのワクチンデバイド」のリスクを考えておきましょう。

五輪後に日本を襲うワクチンデバイド

 6月1日時点で、日本のワクチン接種率は、1回接種で10%、2回接種終了者はわずかに3.1%、国民の97%はワクチン未完了という、G7諸国の中でも飛び抜けた立ち遅れを見せていました。

 それが7月1日になると1回接種で24%、2回接種終了者は12.7%と、1か月で見ればずいぶん奮闘したようにも思われます。

 しかし、仮にこのペースで伸びたとして、国民の50%に手が届くのはいつ頃になるか?

 根深く存在しうる「ワクチンへの忌避感情」がどのように挙動するかも、いまだよく分かりません。

 まぁ、これは時間の問題で接種率が5割を超えるときがくるでしょう。そのあたりで日本社会にある変化が起きる可能性が考えられます。

「コロナ罹患者」が「病気になってすみません」と謝るという、世界の大半の国が理解不能な、特殊な世間様の感情を持つ日本社会で「ワクチン未接種者」がマイノリティになったとき、それに対する社会的なデバイドや攻撃・・・。

 ないことを祈りますが「ヘイト」なども絶対に起きないとは言い切れません。

 いずれにせよ、間違いなく言えることは、五輪のお祭りはさておき「五輪後」に必ずやって来る「社会」「経済」そして「感染」の大きな動きに、早めに手を打っておく方が賢明です。

 この一点は決してぶれることがありません。転ばぬ先の「杖」を、各自用意しておく必要があります。

 ◇

 確かに100年に一度というこの未曾有の疫病に、世界中が翻弄され、国民の生活も政府の対応も完全に足を取られている状況です。変異型も猛威をふるってきている現状では先が見通せません。

 伊藤さんの言うワクチンデバイドもさることながら、企業の中でも旅行業や飲食業のように青息吐息のところもありますし、一方ネット販売やテレワーク関連機器のメーカーのようにコロナが後押ししている業界もあります。産業デバイドも進んでしまっているようです。

 いずれにしろワクチンの接種率が高まり、このやっかいな疫病が収束の方向に行くことを願ってやみません。

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2021年7月 7日 (水)

習近平も打たない!中国製ワクチンの闇

0c10  前回は北朝鮮の医療事情を取り上げましたが、今回は中国、チャイナのワクチン事情を取り上げます。欧米とともに、世界に先駆けてワクチンを開発した中国、すでに4割以上6億人を超す国民が1回の接種を終え、2億人を超える人が接種完了となっています。

 しかし接種状況とは別に、ワクチンに関する様々な問題も発生しているようです。少し前の記事ですが、中国事情に詳しいフリージャーナリストの福島香織氏が、月刊Hanadaプラスに投稿したコラムを以下に引用します。タイトルは『習近平も打たない!中国製ワクチンの闇』(6/2)です。

生理食塩水をワクチンと偽って販売などは日常茶飯事の相次ぐ悪質な偽ワクチン事件。そして今や第三国の途上国を実験場にするワクチン外交に対しても批判が続出。中国人自身も信用しない中国製ワクチンの深すぎる闇。

ミネラルウォーターをワクチンと称して

中国製新型コロナワクチンの途上国への無償提供品が2月から続々と現地に到着し、いよいよ中国のワクチン外交がスタートしようというなか、中国では偽ワクチンが押収される事件が起きた。  

偽ワクチン、低品質ワクチンは、中国においては伝統的といってもいいくらいの社会問題だ。また、第三フェーズ臨床実験のデータの詳細が公表されておらず、その効果や信頼性に疑問を持つ声も少なくない。  

一方、WHOやGaviワクチンアライアンス、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)が主導するワクチン共同購入による途上国への公平分配プラットフォーム、COVAXが機能するには、目下、安価で温度管理のたやすい中国製ワクチンに頼らざるを得ない状況だ。  

パンデミックを終息させることができるか否かはワクチン次第。そして、ワクチンを制する国がポストコロナの国際社会の新たな枠組みの基軸となる、という見通しもあるなか、中国のワクチンは単に医療や健康の問題以上に、政治や安全保障のテーマとしても気になるところだ。  

中国外交部は2月1日に、中国最初の対外無償援助による新型コロナワクチンがパキスタンに到着したと発表したのだが、この同日、中国公安部は、江蘇省などでニセ新型コロナワクチン販売事件摘発を発表し、中国の新型コロナワクチン外交に水を差すかっこうになった。  

新華社によれば、生理食塩水をシノファームの新型コロナワクチンと偽って、注射針とセットで、江蘇省、山東省、北京などで販売していたという。当局は3000回分の偽ワクチンを押収したほか、製造、販売にかかわった80人余りを逮捕している。  

また2月11日には、ミネラルウォーターをワクチンと称して、香港や海外に販売していたケースも摘発されたと報じられている。こちらは生理食塩水ワクチンより悪質。こんなものを打てば細菌感染などの問題が生じて命の危険もあるとして、中国当局も警告を発している。

在日中国人を通じて未承認の中国ワクチンを

いずれも同一主犯の組織犯罪で、2020年9月から生理食塩水などをワクチンと偽って販売したところ、飛ぶように売れた。それで生理食塩水が足りなくなったので、ミネラルウォーターで代用したという。  

この組織の摘発は昨年11月から始まったが、すでに5万8000回分の偽ワクチンを製造販売し、1800万元の違法利益をあげていた。  

こうした低レベルの偽ワクチンは微信などSNSを通じて売られていることが多く、包装も本物とまったく同じ、製造ナンバーももっともらしく打っているので、まず外見からは判別がつかない。  

しかも1回分498元とかなり高価だ。本物のワクチンの通常価格は200元。これは、中国が自国製造ワクチンをワクチン外交に優先利用するために国内には十分に回ってこないという「ウワサ」に踊らされて慌てて買おうとする人が多い、という背景もある。  

ちなみに、日本向けにもこうした中国製低レベル偽ワクチンがダークウェブを通じて売られる危険性について、共同通信などが情報セキュリティ企業S&J社長らの取材をもとに報じている。  

中国科学院武漢ウイルス研究所の科学者チームの組織を名乗り、「中国には他国に分けないワクチンがあるが、我々を通せば融通できる」 「ワクチンの売り上げは寄付する」などと騙り、値段はビットコインで約7000円だとか。  

また、毎日新聞が報じていたところでは、「特別ルート」で在日中国人を通じて、企業トップや政界に通じる人物たち少なくとも18人に未承認の中国製ワクチンの接種を行っていたことが判明している。この在日中国人は、共産党幹部の知り合いから、日本に中国製ワクチンが受け入れられる下地を作るために協力を依頼されたとか。  

近年、中国人資本家らが中国人医療ツーリズム受け入れ施設を確保するために、日本の病院に出資したり、あるいは買収したり、ビジネスを持ち掛けたりする動きがある。こうした中国と関係の深いクリニックを通じて、中国としては日本で中国製ワクチン支持を広めたいようだ。

国有製薬会社のワクチンでも危険

だが、こうした悪質な偽ワクチンの問題だけでなく、「中国のワクチン自体が本当に信頼できるのだろうか」という問題は、中国人自身も気にしているところだ。  

実際に、立派な国有製薬会社でつくられているワクチンですら、製造過程でデータが改竄されたり、あるいは使用期限切れのワクチンを横流しするような問題や、輸送や温度管理上劣化した低品質ワクチンを幼児に接種したりする事件が繰り返されてきた。  

比較的最近の事件として有名なのは、長春長生生物科技、武漢生物科技などが製造した三種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)の劣化ワクチン65万本(長生25万本、武漢40万本)が出荷され、35万人以上の子供たちに接種されてしまった2018年の劣化ワクチン問題だ。  

これは最初、人用狂犬病予防ワクチンの製造過程でデータの改竄があったことが内部告発されて、その調査の延長で、三種混合ワクチンでも製造過程に不正があったことが判明したのだった。

失脚した「ワクチンの女王」

また、武漢生物科技のワクチンは不良反応を引き起こしたとして、被害者から二度ほど賠償請求裁判を起こされ、17・5万ドル相当の賠償金を支払ったこともある。さらには、少なくとも三度にわたり地方の疾病予防コントロールセンターの官僚たちに、ワクチン購入に対する謝礼という名の賄賂を支払っていたことも暴かれている。  

2018年に中国社会を揺るがした三種混合劣化ワクチン問題は、ワクチンの女王と呼ばれた長春長生生物科技の会長の高俊芳が汚職で失脚し、上場取り消し、破産という形で一件落着となったが、では中国のワクチン市場の構造的問題が完全に是正されたかというと、そうではない。  

三種混合ワクチン事件のもう一つの当事企業、武漢生物科技は、問題が起きたのち罰金などの行政処分を受けたが、中国の最大国有製薬企業シノファーム傘下企業とあって、ほとんどそのままの体制で生き延び、武漢生物製品研究所として、新型コロナの不活化ワクチン開発、製造に参加している。シノファームの不活化ワクチンは、主にこの企業が製造したものだ。

スキャンダルの前科

ニューヨーク・タイムズなどが、このあたりのワクチン問題について特集記事で取り上げていたので参考にして紹介すると、不活化ワクチン・コロナバックを製造しているシノバック・バイオテックも、スキャンダルの前科がある。  

2002年から2014年にかけて、医薬品認可担当の官僚に5万ドル近い賄賂を贈り、不正に医薬品認可を受けていたことが、かつて暴露された。当時の総経理は北京大学教授の尹衛東だが、処罰されることなく、現在、同企業のCEOに出世している。  

シノバックは、北京科興ホールディングスと北京大学未名生物工程集団が合資で創ったバイオハイテク企業で、尹衛東は中国バイオ研究の権威であり、国家八六三計画(中国のハイテク発展計画)バイオ領域の審査委員でもある。  

人民日報など中国国内報道によれば、中国は新型コロナ肺炎ワクチンに関する煩雑な手続きをできるだけ削減して、すべての資源を製薬企業に投じているという。その投資の規模と中国的な規制の甘さで、これら企業のワクチン開発のスピード感は米国や英国を超える勢いだ。  

だが、それが中国ワクチン業界の伝統的な傲慢さや汚職体質を悪化させるのではないか、と危ぶまれているのだ。  

中国のワクチンはおよそ16種類が研究開発中で、そのうちシノファームの不活化ワクチン、シノバックの不活化ワクチン「コロナバック」、解放軍との協力によるカンシノ・バイオロジクスのアデノウイルス5ベクターワクチン「Ad5-nCoV」の三つが、すでに国内外で接種が開始されている。  

コロナバックは2週間の間隔をあけて2回接種が必要で、ブラジルで行われた第三フェーズ臨床12000人の18歳以上の医療従事者への接種についてシノバックが公表した統計分析によれば、医療措置が必要ない軽症者を含むすべての新型コロナ感染に対する有効予防率は50・65%、医療措置が必要な感染に対する予防率が83・7%、重症化・死亡予防率は100%だったという。

予防率50・4%と大幅修正

1月はじめには中間予防率は78%と発表されていた。ただ、その1週間後、治験を行った側のブラジル当局が予防率50・4%と大幅に修正する数字を公表し、コロナバックに対する信頼性が一気に落ちる事態になった。  

ブラジル側は治験中に死者が出て、治験自体を一時延期したことがあった。結局、976万人以上の感染者を出しているブラジル当局は中国ワクチンへの不平や不信を言いながらも、1月下旬からコロナバックを、英国のアストラゼネカのアデノウイルスワクチン・コビシールドともに緊急使用を承認、接種が始まっている。800万回分のうち600万回分がコロナバックだ。  

コロナバックの予防率が50・4%だとすると、WHOが定義するワクチンの基準50%の予防率からみて、ぎりぎりワクチンとして認められる品質レベル。  

だが、ファイザーやモデルナなどのmRNAワクチンは、保管温度がマイナス70度からマイナス20度と不活化ワクチンやアデノウイルスベクターワクチンよりよっぽど取り扱いが難しく、また振動にも弱いとされるので、アフリカや東南アジア方面に流通させることは土台無理なのだ。なによりも値段も高価で、世界中の先進国で争奪戦になっている。  

なので、途上国に配布するならば、たとえ予防率が50%ちょっとでも、値段、供給量の面からみてコロナバックが手ごろ、ということになる。  

ちなみにシノファームの不活化ワクチンは、アラブ首長国連邦における第三フェーズ治験の昨年12月に発表された中間報告で、中間予防率86%と公表されている。ペルーでは、シノファームワクチンでやはり深刻な副作用が報告され、一度治験を中断している。  

中国はこの二種の安価で扱いやすい量産できるワクチンをもって、一帯一路沿線国を中心にワクチン外交を展開しようと考えている。

中国の“属国”ですら拒否

中国は2月以降、パキスタンを皮切りに、チリ、ブルネイ、ネパール、フィリピン、スリランカ、モンゴル、パレスチナ、ベラルーシ、シエラレオネ、ジンバブエなど10カ国以上で無償ワクチン支援を進め、次々に中国製ワクチン接種が開始される。さらに38カ国が中国にワクチン支援を求めており、少なくとも50カ国以上の国家が中国製ワクチンを頼りにしているという。  

また、COVAXを通じて中国製ワクチンを世界各国に提供する姿勢を強調している。治験に参加し、中国製ワクチン開発に協力した国としてはアラブ首長国連邦、モロッコ、インドネシア、トルコ、ブラジル、チリなどがある。  

こうしてみると、世界の途上国のほとんどが中国製ワクチンに依存しつつある。  

だがいまのところ、このワクチン外交がすばらしく成功しているかというと、そうではないようだ。 たとえば、シンガポールのシンクタンク・ヨセフ・イサック研究所がASEAN10カ国の研究者、官僚、ビジネスマンら1000人あまりに対して行った調査によれば、回答者の44%が「このパンデミックにおいてASEAN地域に対する中国の支援は日本や欧米を越えている」と認めているにもかかわらず、「米国と中国とどちらを信頼するか」という質問には61%が米国を選択した。  

また、63%の回答者が「中国は信用できず、中国の世界に対する貢献を拒絶する」と答えている。この対中不信の割合は、2019年の同様の調査より高い。  

中国の“属国”とまで言われるほど経済的に中国依存が進んでいるカンボジアのフン・セン首相ですら、昨年末に中国製ワクチンについて不信感を丸出しにして、「WHOが承認しないワクチンは購入しない」と言い、WHOの承認をまだ得ていない中国ワクチンについて、「カンボジアはゴミ箱じゃないし、ワクチン試験場でもない」と直言していた。  

中国が東南アジアにワクチンを強引に売りつけようとしていることへの不信感の表れだ、と当時大きく報じられた。  

結局、2月10日になって、カンボジアもシノファームの不活化ワクチンの接種が軍部主導で始まったが、フン・センの当時の発言は、東南アジア諸国首脳の本音だったかもしれない。

中国人自身もワクチン外交に微妙な反応

英国の市場調査会社YouGovが17カ国1万9000人を対象に、異なる12カ国が開発したワクチンに対する印象評価を調査したところ、中国はイランについで下から2番目。下から3番目はインド、下から4番目はロシアだ。トップ評価は上からドイツ、カナダ、英国だった。  

中国製ワクチンにプラス評価をつけた国は、中国自身(+83)のほかはメキシコ(+16)、インドネシア(+5)だけだ。中国製ワクチンに一番評価が厳しい国は、デンマーク(-53)、オーストラリア(-46)。  

香港も、なまじっか中国のワクチン禍事件をよく知っているだけに、中国ワクチンへの信頼性は低い。YouGovの調査では(-20)。香港大学の民意調査では、「香港人にワクチン接種を受けたいか」 「どのワクチンを受けたいか」というアンケートで、「ワクチン接種自体を受けたい」という回答は46%、「どのワクチンを受けたいか」という選択肢では、ファイザー・ビオンテックのワクチンが56%、アストラゼネカが35%、コロナバックは29%と一番低かった。ちなみにYouGovの調査では、日本はワクチン開発国としても、評価者側にも含まれていない。  

中国人自身も、中国共産党政府によるこのワクチン外交に微妙な反応を示している。  

武漢の感染者遺族でもある張海はラジオフリーアジア(RFA)のインタビューに答えて、「中国政府が国内で十分にワクチン保障ができていないのに、海外に無償援助でワクチンを送るなんて全く理解できない」と訴えている。 「ワクチンを外国に援助する余裕があるのなら、中国の経済に投入すべきではないか? なぜ自国民の待遇を改善しないのか? 外国援助に大枚を払い、私たち、感染者遺族や被害者は完全に無視している」

一般に、世界的範囲でワクチンを生産できる国は、まず自国民接種を優先し、次に第三国に販売、最後はCOVAXに提供する。それが、民主国家の常識的な判断だ。  

だが中国は、最初にWHOの安全審査も迂回して、パキスタンやチリのような途上国に対し、中国製ワクチンの「無償援助」を行う。これは、中国の野望である中華秩序で支配する新たな国際社会の枠組みに向けた布石のワクチン外交だとみられている。  

習近平政権の認識は、いまの時代が100年に一度の変局の時であり、これまでの米国一極世界が終わり、新たな国際社会の枠組みが再構築される時代だというものだ。そして新型コロナパンデミックが終わったポストコロナ時代こそ、中国が基軸となる新しい世界が広がる、というのがいわゆる「中華民族の偉大なる復興という中国の夢」という習近平のスローガンなのだ。

第三国を実験場にしている

米国の疫学専門家のジェニファー・ボウエイはRFAに対し、こうコメントしている。 「WHOの審査要求は合理的であり、正しく、中国にとってもよい。中国のワクチンは、このようにWHOに品質の保証をしてもらえば、安全だと世界にみてもらえるだろう。しかし、中国が個別の国と一対一の契約によって提供しているものは、(ワクチンの品質を保証するうえで)中国にとっても、その国家にとっても一定のリスクがある」  

ボウエイの指摘によれば、2010年から2011年にかけて、中国がアフリカに大量の抗マラリヤ薬の援助を行ったことがあったが、その時も偽薬問題が発生した。中国はSRA(WHOの厳格な監督管理機構、Stringent Regulatory Authority)に加盟しておらず、第三国が品質を保証するシステムがないことが、一つの背景となっている。  

中国のワクチンは第三フェーズ臨床数のデータが正式に公表されておらず、WHOもまだ品質証明を出していない。なのに、すでに50カ国以上にワクチン支援を約束していることは、くしくもカンボジアの首相が批判したように、第三国の途上国を実験場にしていると見られても仕方ないだろう。

実際、シノファームは1月のはじめにワクチンの副作用について73種類をあげ、中国国内の専門家も臨床データが公表されるまでは、18~59歳の原則健康な人が同意をへて受けるべきだ、と接種に慎重な姿勢を見せているのだから。

 ◇

 少し前の情報を元にしていますが、いずれにしても中国政府のやり方には問題がありそうですし、それでなくてもその品質にはかなり疑問がわいてきます。はっきり言ってまだまだ先進国のレベルには到達していないと言えるでしょう。

 その品質の問題の負い目を隠すように、すでに手なずけた形のWHOを通じてこの記事の書かれた後の5月7日シノファームのワクチン、6月1日にはシノバックのワクチンの緊急使用を認めさせました。日本はこれらのワクチンを使用していませんが、今後とも使用しないことが健康被害を起こさないために必要だと痛感します。

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2021年7月 6日 (火)

北朝鮮の「点滴液は水と砂糖、点滴容器はビール瓶」は本当だった

Top_image  今回は新型コロナの感染者がいないという、北朝鮮の医療事情について、脱北した医師の話を取り上げます。元々コロナ患者がいないなどと言うのは、全くのデマだとは思いますが、それよりもこの医師の話に正直驚いてしまいます。

 その人李泰炅氏がJBpressに寄稿したコラム『北朝鮮の「点滴液は水と砂糖、点滴容器はビール瓶」は本当だった 脱北医師が語る、賄賂で電気を動かし代用点滴液を手に入れた日々』(7/2)を以下に引用して紹介します。

 ◇

「北朝鮮ではビール瓶で点滴注射している」

 そんな衝撃的な記事が2015年03月、ソウル新聞に掲載された。常識では理解できない報道に人々が仰天したのは言うまでもない。輸血、水液、手術、施術など医療全般においては滅菌が最優先で、ビール瓶から血管に点滴するなど、専門家はもちろん一般人にもにわかには信じ難いだろう。

 1997年、国際NGO「国境なき医師団」のエリック・ゲメレ事務総長が1週間にわたり北朝鮮を視察した際に、「薬草を除くと、アスピリンや麻酔薬などの基礎医薬品さえなく、北朝鮮の医療体制は崩壊した状態」「点滴液も水と砂糖を混ぜたもの」と述べたことがある。

 この2つの話を合わせれば、砂糖を溶かした水をビール瓶に入れ、注射針をつないで点滴しているように聞こえるに違いない。実際、その通りである。私もその現場にいた。ただ、より正確に言えば、砂糖をただ水に溶かすだけでなく、栄養として使える「添加糖」に加工して使っていた。

 北朝鮮の病院の病類別統計によると、冬は呼吸器病が蔓延し、夏は消化器病が蔓延する。90年代初めの「苦難の行軍」では、全国民が貧困と虚弱に喘いだ。栄養不足が呼吸器病や消化器病を誘発する中、治療においては栄養状態の改善が何より重要だった。

 点滴などの栄養療法と薬物治療を併用しないと瞬く間に死に至る。前回記事「脱北医師が暴く、北朝鮮が世界に喧伝する「無償治療」の真実」で書いた通り、北朝鮮の医師は抗生剤や治療薬を市場で買うように患者に指示を出す。だが、点滴液や食塩水、ブドウ糖は市場では購入できない。点滴容器は割れやすくかさ張るので、行商人による北朝鮮の市場では流通が難しい。商人が市場で売る薬ではないのだ。

点滴の際に患者にビール瓶を要求する医師

 点滴液は病院の製剤科で製造される。生理的食塩水は塩を精製し、蒸留水で濃度を調整して高圧滅菌する。蒸留水は4気圧の高圧で30分以上かけて滅菌する。このようにして作った点滴液をビール瓶に入れるのだ。

 現在、韓国で使われている点滴パックは北朝鮮にはない。患者に点滴が必要になると、まずはビール瓶を5本患者に要求する。ビール瓶は中性洗剤で洗浄して高圧滅菌釜で徹底的に消毒するが、この工程を繰り返すと、高圧と熱に耐え切れずに破損する。そのため、製剤科は患者にビール瓶を要求し続けることになる。

 また、点滴液の生成には電気が欠かせない。高圧滅菌中に停電すると、すべてが不良になる。蒸留水は液体冷却器で生産するので、医師は電気や水を供給する部署に賄賂を払う。もちろん、賄賂の原資は患者である。実際に必要な賄賂より多い量を患者から受け取り、関係者の取り分を除いた残りをそれぞれの部署に渡すのだ。党幹部には賄賂を要求できないので、彼らの分も一般国民に要求する。

 消化不良症や飢えた子供の患者を治療する際、生理的食塩水は必須である。栄養も必須で本来はブドウ糖液を点滴するが、経済が破綻した北朝鮮でブドウ糖の原料は供給されない。そこで、患者たちに砂糖を強要する。要求ではなく強要だ。

 5キロの砂糖で2キロ程度の添加糖を生成する。残る3キロの砂糖は病院関係者の取り分になる。ブドウ糖の代わりに添加糖を使うことからゲメレ事務総長の「点滴液も水と砂糖を混ぜた」という話が出たのだろう。水道水に砂糖を混ぜて注射するわけではない。濾過、蒸留水の希釈、高圧滅菌の過程を経て作られたブドウ糖の代用品だ。

 配電部はしばしば電源を切るが、賄賂を渡すと数時間通電してくれる。その繰り返しで生成した「生理食塩水」と「添加糖」が患者に与えられるが、栄養状態が改善されることはない。

輸血が必要な場合は献血用に登録した人を呼ぶ

 消化不良で3日を過ぎた子どもたちは、水分不足と栄養不足になる。最も効果的な処置は輸血である。血液はそれぞれの地域の輸血所から供給される。病院は輸血を得る際にも賄賂を送るが、少量しか受けられない。そこで、事前に登録しておいた身体条件が良好なO型被採血者に、必要に応じて来院してもらう。

 一度に300グラム程度の血を抜いて、レモンソーダ30グラムの抗凝固剤で補充する。これで、11人の子供に1人あたり30グラムずつ輸血できる。被採血者には患者が持ってきた餅とご飯をお腹いっぱい食べてもらい、砂糖2キロを提供する。被採血者は食事やおやつと引き換えに300グラムの血液を提供するのだ。

 医師と看護師は採血の1週間前から輸血を行う11人の子ども重症患者を選定して、親に食べ物を要求する。何が何でも受け取らなければならない。輸血したからといって完治できる保証はないが、親や親戚は子供のためにすべてを捧げて生存を祈る。

「苦難の行軍」で無報酬と変わらなくなった医師や看護師は賄賂のために働き、患者と家族は米や金を差し出して治療を受け、被採血者は血を売って食べ物を得る。

 私は賄賂の大小で治療が変わる世の中を「地上の楽園」と称する北朝鮮社会に幻滅を感じた。患者の命を賄賂と天秤にかける医業に、良心の呵責を覚えた。しかし、ほかに生きていく方法はない。医師の良心も北朝鮮人民の生活も凄惨だ。権力の座を守ることに固執する絶対的な権力者が恨めしい。

 今すぐにでも改革・開放し、資本主義市場経済を受け入れれば、北朝鮮の異常なシステムを正常化できるだろう。それにより、真の「人民の国」になることは火を見るより明らかだ。しかし、世界中の人々が知る現実が「裸の王様」である「金氏王」には見えないようだ。

 ◇

 なんとも凄まじい国の状況です。医療状況のみならず、生活基盤の食料やエネルギーが決定的に不足している中で、指導者のみがぶくぶくと太っている様は、現代の人間社会とはとても思えません。

 こんな状況では、ひとたび感染すれば、発症したコロナ患者はまともな治療を受けられず、殆ど亡くなってしまうような気もします。コロナに感染すれば、ですから無症状か死亡してしまうので、患者がゼロと言っている、そんな冗談とも言える状況かもしれません。

 北朝鮮に運悪く生まれただけで、その人に罪はありません。裸の王様で一人でおいしいものを食べているような最高指導者が、その状況が異常だと気がつくしかないのでしょうが、とても無理でしょう。残念ですね。

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2021年7月 5日 (月)

「原発・基地周辺の土地」を、中国人らが購入している問題の「深い闇」

Maxresdefault_20210704152101  今回は日本の土地を買いあさる中国人の問題を取り上げます。6月16日未明、全く無意味な内閣不信任案を強行提出した野党の蛮行による、異例の会期末深夜国会で「重要土地取引規制法」が成立しました。案の定、東京新聞に代表される左翼メディアや左翼弁護士の巣窟日本弁護士連盟が酷評を下しています。私権制限が絡むのと国会を通さず政府の一存で決定できる項目もある、と言う法律の立て付けの問題もあるようです。

 ただ世界的にも規制の流れが強まる中、規制そのものは必要でしょう。個人投資家で作家の山本一郎氏のコラム『「原発・基地周辺の土地」を、中国人らが購入している問題の「深い闇」 「重要土地取引規制法」は成立したが』(現代ビジネス 6/30)に、そのあたりの背景が記述されていますので、少し長くなりますが以下に引用します。

 ◇

原子力発電所の近くで暮らしたいですか

かつて忌野清志郎が『軽薄なジャーナリスト』を揶揄する歌の歌詞で「あの発電所の中で 眠りたい」と歌い上げたのと似た問題が、北海道の北海道電力・泊原子力発電所で発生したのは2007年のことです。

原子力発電所からわずか600mほどの先にある茶津漁港。その周辺に忽然と「宅地用(住宅地)」として正体不明の土地取得者が住民不在で廃屋となって久しい小さなあばら家を含む450平方メートルほどの土地を買収しようとしました。

追いかけていくと、マレーシアやインドネシアで資源の輸出入を行うと標榜する中国資本の貿易会社が資金の主で、当初、筆者らの取材に対して会社代表の中国籍の男性は「値上がりが確実な日本の土地を買わないかと持ち掛けられて土地の購入を決意した」「北海道は旅行で行ったことがあるが、買収した地域に行ったことはない」「あくまで(札幌市で不動産売買業者として登記のある)仲介会社から斡旋されて購入しただけ」と説明していました。ここだけ聞くと「あ、原野商法に引っかかったのだな。原発付近の無価値の土地を高値で買わされて可哀想」となりますね。

ところが、実際の売買価格は、周辺の取引実態とは全く異なる高値であり、また、この貿易会社は他に北海道、秋田、新潟、神奈川、福井など、複数の道県にまたがる地域の物件情報を収集していることが分かります。

何してんだよ、と思うわけですが、いずれも原子力発電所や自衛隊施設の付近の土地をピンポイントで購入検討しており、それも、物件によっては施設から数百メートルも離れていない間近の土地を、宅地用と仲介業者に説明して購入しようとしていました。

そういえば対馬でも、横須賀でも

2008年には、当初、買収人名義を現地の住民に偽装したとみられる韓国資本の企業が、日韓間の領土問題で懸案を抱える長崎県対馬市の土地を相次いで買収。ここはまさに海上自衛隊対馬防衛隊本部の敷地に隣接した土地であり、騒ぎになりました。

同様に、アメリカ横須賀基地を眼下に見晴らす斜面地の土地を、やはり高値で買おうとしている金主不明の買主が2013年から16年にかけて購入。さらに2014年には、千歳空港からわずか50メートルほどの距離にある「森林」を中国資本が購入しています。

取材に対し「商業施設の開発を予定しており、純投資目的」と代理人が説明をしてきましたが、12年に改正された森林法では都道府県(この場合は北海道)への届け出が別途必要なうえ、飛行地域のため新規の開発が認められていない区画であることを指摘すると、ブチ切れられ、音信不通になりました。大人げない。

いずれの地域も、日本の重要拠点である原子力発電所や自衛隊やアメリカ軍の基地、政府施設、大容量送電線ルート、一級河川堤防の低地側、薬品倉庫付近など、日本の安全保障上相応に重要な地域や、国民の生活に必要なインフラ近くの土地がターゲットになっている疑いがあります。なにぶん民主主義国なので仕方がないところなんですよね。

「水源地購入は詐欺」、そんなわけないだろ

他方、2013年ごろネット上では「中国などの資本により日本の水源地が狙われている」という情報が流れ、これに対してネット上で「デマである」として強く否定する謎のアカウントが登場しました。誰だ、こいつ。追いかけていたら、いつの間にかアカウントを消されてしまいましたが、いまごろ元気にしておられるんでしょうか。

さらに、2018年にはNHKが「“水資源が狙われている問題”を調べてみた」として調査報道を行い、これらの森林などの土地の売買は、中国系富裕層がある種の「原野商法」のような詐欺に引っかかり、また、中国人の「北海道に土地を持っている」というステータス感で土地が買われているのではないかという内容が発表されるに至ります。

ところが、観光地開発として多額の投資を呼び込んでいる北海道ニセコや、隣接する共和町の土地や建物、施設を買収している中国系事業者は、事業の進展に伴い旅館業法など関連法規に対する対応を進める中で具体的な保有者名が判明する一方、自衛隊施設にほど近く前述の原野商法の被害者のように見せていた富裕層が、実は海外で勤務する中国人民解放軍所属の人物と同一人物であるなどの問題に突き当たります。

なぜこれを私が知っているかというと、私自身もニセコに投資をしていて土地勘があるからなんですよね。

しかも、2017年ごろまでに北海道内で取引された外国資本による森林買収は160件あまり、そのうち重要施設の付近にあると見られる買い手が35件で、その中の実に30件は本当の買い手が誰であるのか、登記を上げてみても良く分からないのです。

匿名投資の理由って、そりゃあれでしょ

本当に富裕層が「北海道の土地を買収するのがステータス」であるとするならば、あえてマレーシアなど東南アジアでファンドを組み、日本で匿名組合を組成し、さらに登記実行は日本で匿名合同会社を組むというような、誰が投資をしたのか分からないような方法にする必要があるのでしょうか。だって「俺は北海道の土地オーナーだ」って威張りたいはずなのに、それを誰も証明できないんですからね。

これらは、海外からの不動産投資においては不動産SPCを用いた匿名投資のスキームとして一般化しており、通常TK-GK1(匿名組合)ストラクチャーと言われます。もちろん、この方法単体は適法です。

一方で、これらの匿名投資の仕組みを半ば悪用し、誰の資本・資金による買収か分からないようにして、原子力発電所や自衛隊基地など重要施設の近所の土地を「宅地用」などとして買収することが横行しているのだとしたら問題です。

で、実際に重要と⾒られる施設周辺の⼟地を見繕って⽅々根こそぎ所有者を洗ってみると、買い⼿の正体が外からはイマイチはっきりしない取引が2018年末の段階で80件以上ありそうだ、ということが分かります。

日本人名で登記されているので「ご近所の方かな?」と思って調べてみると、地元新聞に訃報が掲載され、お悔やみを申し上げる方が、墓の下から復活して土地を取得されていることが分かったり、我が国の黒魔術の技術革新の凄さを垣間見ることになります。

これは不動産登記法や国土開発計画法の抜け道というか限界であって、法律ギリギリだなあと感じるところです。日本人投資家ならば、わざわざそんなリスクは犯しませんが、そういうリスクを張ってでも土地を買いたい何らかの理由があるのでしょう。

実態が分かってからほんと長くかかりました、が

一連の問題の起源は、すでに麻生太郎政権(08~09年)のころにはすでに分かっており、13年に話題となった「中国資本に水源地が買われている問題」とともに調査が進んで、13年12月17日の第2次安倍内閣の国家安全保障戦略として「国家安全保障の観点から国境離島、防衛施設周辺等における土地所有の状況把握に努め、土地利用等の在り方について検討する」という内容が盛り込まれました。

2020年2月25日の衆議院予算委員会第八分科会では、13年より防衛省が約650の施設周辺の登記情報を精査した旨の報告がなされていますが、あくまで登記上の「外国人と思われる名前」でスクリーニングされるのみで、匿名組合など⼀⾒⾦主が分からない⼟地保有者の情報を調査するにはなお時間がかかるようにも⾒受けられます。

前述の「死んだ人が土地を買った事例」も、売買を仲介した地元の宅建・不動産業者が本人確認を充分に行わなかったので売買時の登記変更がそのまま通ってしまったものなのではないかと思われます。

同様に、原子力発電所を管理する経済産業省も、水源地などを管轄する農林水産省も、明確には周辺の土地所有者の情報を把握しているとは言い難い答弁をしています。何してんだよ、と言いたいところですが、不動産取引のプロでもガチで偽装されたら本当の所有者を割り出すのは大変なんですよ。

ちなみに質問者は国民民主党の前原誠司せんせですが、国土交通大臣で公明党の赤羽一嘉さんが質疑の総括として「(中国など)外国資本が入ってこないと(京都やニセコなどの)今の繁栄はなかったと思うんですよ」と答弁しており、何と申しますか、いろいろあるなあと思う次第であります。

ちなみに、中国資本が前原誠司せんせのお膝元である京都や、自民党の現政権の牙城である箱根(神奈川17区)が近年思い切り中華資本に入り込まれて面倒なことになっているのはすでに報じられている通りです。これほんと、どうするんでしょう。

一連の議論の結果、20年7月に閣議決定された「骨太の方針2020」では「安全保障等の観点から、関係府省による情報収集など土地所有の状況把握に努め、土地利用・管理等の在り方について検討し、所要の措置を講ずる」と方針づけられました。

この流れの中で、ようやく本件本丸である「重要土地取引規制法(国家安全保障上重要な土地等に係る取引等の規制等に関する法律)」が審議され、今通常国会が閉会する最終⽇の午前3時という超深夜に参議院で可決し、成⽴したのであります。⻑かった。もちろん、法律としてやや問題含みであるのは野党の指摘も含めて事実であるし、これからが本番だと思うんですよ。

問題が起きてからでは遅いでしょ

この「重要土地取引規制法」の成立にあたっては、立憲民主党や共産党など野党が「調査の範囲が職歴や海外渡航歴、思想・信条、家族・交友関係などに及ぶ危険がある」などとして強く反発。安全保障の枠組みを超えて思想信条や個人の権利を踏み越えて情報収集することに対する批判や、私権の制限だけでなくこの法律の立法事実がないなどと主張していました。

まあ、野党の⾔ってることも⼀理あるんですよね。

興味持って調べている私自身が「こいつらどんな家族構成なんだろ?」とか、「原発の隣に土地買って家建てて住もうなんて、こいついったいどんな思想・信条なんだ?」などと思いながら登記上げてますからね。仕方ないね。

ここで言う「立法事実」とは、その法律がなければ不利益や不具合があるよという具体的な事実のことであって、本件で言えば中国などの外国資本が自衛隊施設周辺の土地を購入することで、何らかの重大な問題が起きたかと言えば、実際にはそういう話はいまんとこないわけです。

また、周辺1キロメートルと一口に言われても、実際にはこの法律が取り決める範囲は適当で、施設の重要度に応じて範囲がデカくなったりちっこくなったりと結構無茶な立て付けになってて、国会閉幕のどさくさに紛れて法律を通過させちゃって大丈夫なのかという気もしないでもありません。

ただ、原子力発電所の隣に高い金払って家建てて住みたいという自由はもちろん日本では認められているわけですが、いくらなんでもそりゃ不自然だろという話と併せて、そもそもそういう大事な施設の周りを海外に握られるというのは、緊急事態において悪用される可能性があります。

安全保障というのは立法事実の問題とは異なり、そういう攻撃が実際に起きてしまって被害が出てからでは遅いという⼤前提から、当然日本はこれらの問題についてきちんと手当しておくべきだ、というのがこの法律の重要な部分ではないかと思います。

まず土地取引の情報管理がまともに出来るように

この法律ができたからと言って、上げられた登記から自動的に「あ、こいつは中国資本だな」とか「人民解放軍の皆さんこんにちは」とはなりません。

匿名組合や海外のファンドなど、本当の所有者を割り出すための手続きが必要になります。先に国会答弁で出ていた自衛隊周辺施設の登記にしても、実際には「実在する島⺠の⽅のお名前」や「いかにも⽇本風な法⼈名」で所有されていたら、簡単に網の目を潜り抜けてしまいます。本当の所有者は誰かを割り出すためには、相応の調査スキルが必要です。

したがって、実際には「重要土地取引規制法」と言っても、それ以前の問題として、我が国の⼟地取引や登記の仕組みがデジタル対応されておらず、マイナンバーどころではない前近代的な仕組みによって成⽴していることのほうが問題なんですよ。

だから積水ハウスは素敵な地面師の皆さんに55億円も騙し取られるし、実質的に存在しない法人やすでに亡くなっている人が偽造された証明(KYC)で問題の土地を購入する手引きをしてくれる仲介業者がいれば、それはもう政府も都道府県も自治体も追いかけられなくなるのです。

重要な施設の周辺だけ調べますというよりも、日本で行われている土地取引はきちんと国や都道府県、自治体が各種法規制や条例などによってきちんとリアルタイムに管理できるようにしましょうよ、というのが本筋のはずです。

政府側にやばい人たちはいませんか?

そもそも、中国で軍事施設数キロメートルをうっかり通りかかった日本人旅行者が現地公安に逮捕されて日本大使館にも連絡されずに長期間拘束されてましたとかいう事件がある一方で、原発の隣で中国人が土地買って住もうとしている現実をどう思うかって話ですよ。

さらには、今回重要拠点には入りませんが、三郷や流山など日本の医薬品ほか重要物資が一括貯蔵される超重要な物流地域や、大規模送電線の周り、あるいは荒川と墨田川が隣接している足立区・荒川区・墨田区・江戸川区など低地地域を守っている堤防や上水道施設など、その辺爆破でもされたら大変なことになる重要インフラがそこら中にあります。

私が生まれ育った赤坂の隣には、みんなが応援する総理大臣・菅義偉さんが執務される首相官邸があるわけですが、そこから日枝山王神社をまたいだ反対側は中国人、韓国人の皆さんが多数暮らしている地域で、1キロどころではないご近所に外国人の皆さんがいらっしゃるんですよね。

さらに首相官邸から赤坂見附方面に200メートルほど行くと中国銀行東京支店(Bank of China Tokyo Branch)があるんすよ。これもう重要拠点とか、安全保障などとお花畑言ってる場合じゃないぐらい我が国ジャパンの入り込まれ具合はヤバいじゃないですかってルノアールで隣に座った女子高生の集団が喋っていました。

最後に、最近不動産大好き人間の間で特に話題になりますが、外国資本の引き合いに良く出る地域に目黒区青葉台や千葉県印西市周辺の物件があります。言わずもがな、地盤が固くデータセンターの立地にもってこいのこれらの地域が中長期的には日本の重要拠点になる可能性を、日本人より先に諸外国の皆さんがよくご存じであることは残念なことです。

これらの話で出てくる、前述の匿名組合による不動産投資スキームを主導している会社のひとつが、いま与党で経済安全保障の名の元に素敵な提言を行っておられる皆さまで、個人的には重要拠点の周辺を調査するだけでなく、肝⼼かなめの組織の周辺に出⼊りしている⼈物をいま⼀度精査したほうが良いのではないでしょうか、と考えるわけです。

やはり、匿名投資組合などを挟んで土地・不動産を買えない仕組みにしたうえで、我が国の土地取引・登記変更にあたってきちんとデジタル化を進め、必要となれば重要拠点の周辺だけでなくすべての国土において「この土地は誰の持ち物か」が分かる仕組みを導入しなければ駄目でしょう。

しかしながら、このような問題を10年越しで調査して、検討を続けてきたにもかかわらず、官邸のご担当者の中にも野党議員の方々にも「登記のデジタル化」にすらとても後ろ向きで慎重な人物がおられます。むしろ、そういう人たちが誰のために働いているのかという、思想信条や利害関係を知りたいなあと思うわけですが。

 ◇

 やはり戦後安全保障に対する法もマインドも骨抜きにされた日本らしい、いかにも無防備な実態が浮き彫りになります。他でもなく日本を敵視している中国や韓国の魔の手に引っかかっている、そうした状況が今現実にあちらこちらで発生しているのです。山本氏も言うように、今回成立した「規制法」はその一歩で、これから本格的な対応をしていかなければならないようです。

 それにしても日本はスパイ防止法にしろ、こと安全保障に関しては本当に対応が遅い、そう感じてやみません。行きすぎているとは言え「国家安全維持法」を成立させ運用している中国には、千年かけても追いつかない感じがします。

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2021年7月 4日 (日)

在日韓国人の「ヘイト」訴訟に見る司法の暴走

23  前回は夫婦別姓訴訟に対する最高裁判断について取り上げましたが、妥当な司法判断だと評価しました。しかし大阪の裁判所を舞台にした在日韓国人の「ヘイト」訴訟ではそれとは真逆のとんでもない判断を示しています。

 産経新聞大阪正論室長の小島新一氏が、産経ニュースに寄稿したコラム『GHQ占領下思わせる ブルーリボンバッジ禁止の法廷』(7/1)にその様子が記載されています。以下に引用して掲載します。

ここは、米国に占領されていた敗戦後の日本なのか。そんなことを思わせる事態が、大阪の裁判所で起きている。

在日韓国人の「ヘイト」訴訟

舞台は、大阪府岸和田市の不動産会社「フジ住宅」に勤める在日韓国人の女性パート従業員が同社と同社会長に損害賠償を求めている訴訟だ。従業員側は「職場で特定民族への差別を含む資料を配布され精神的苦痛を受けた」などと主張。1審の大阪地裁堺支部が昨年7月に出した判決は、同社側に110万円の支払いを命じた。従業員・同社側の双方が控訴し、大阪高裁で審理されている。

1審では、裁判所側が、北朝鮮による拉致被害者救出を願う「ブルーリボンバッジ」の着用を入廷者に禁止。日常的に同バッジを着用している同社会長らが、バッジ禁止は「憲法違反」だとして国に損害賠償を求める訴訟になっている。

同社が訴えられた訴訟では、社員に配布された約500件の文書が、従業員側の主張する「ヘイト(特定民族への憎悪・差別)文書」にあたるかが争点の一つとなった。社員教育の一環として配布された産経新聞の記事や雑誌「正論」の掲載論考が多く含まれ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏や故渡部昇一氏ら著名識者の文章も複数ある。

秘密検閲との類似

1審判決で理解しがたいのは、配布文書を個別に検討することなく、一括しておおむね以下のように性格づけた点だ。≪領土や歴史認識問題、中国人・企業による日本の土地購入などを主題として、中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判▽在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者、日教組や朝日新聞社を侮辱―などの政治的な意見や論評の表明を主とするもの≫

「強く批判」「侮辱」などと否定的な言葉を使うことで、全文書に「差別性」があるかのような印象を与えている。判決は、そうした文書が「反復継続」して配布されたことで、「韓国の国籍や民族的出自を有する者にとっては著しい侮辱と感じ、その名誉感情を害する」と認定したのだ。

在日韓国人である女性従業員とは関係のないはずの中国や日教組への批判も含め、一括して否定的に性格づけた判決の乱暴さで思い出したのが、日本を占領統治したGHQ(連合国軍総司令部)の検閲だ。

GHQは新聞や雑誌、書物、郵便物、映画などを秘密検閲し、発禁処分や文言削除を繰り返した。「削除または掲載発行禁止の対象」は昭和21年11月には30項目にのぼり、米英などとともに、中国や朝鮮人への批判を禁じていた(江藤淳『閉された言語空間』)。

日教組も、労働組合の結成を奨励するGHQの政策によって20年12月にできた2つの教職員組合(共産党系と旧社会党系)が合体して22年6月に結成された経緯がある。

日の丸バッジも禁止に

控訴審でもGHQの政策は「再現」された。1審同様、ブルーリボンバッジ着用を禁止し、今年4月の第2回口頭弁論からは日の丸のバッジも禁止したのだ。GHQは昭和24年元日まで国旗日の丸の掲揚を原則禁止していた。

GHQによる占領統治下、わが国は主権を喪失していた。訴訟でのブルーリボンバッジ着用禁止が取り上げられた国会の質疑で、政府側は「ブルーリボンは拉致被害者の救出を求める国民運動のシンボル」(今年3月10日の衆院内閣委員会)と答弁した。主権者たる国民全体の思いや願いを形にしたのがブルーリボンバッジだと政府が認定したのだ。

国家国民が主権を喪失していた時代と似通った状況が、なぜ現出したのか。考察を続けていきたい。

 ◇

 ブルーリボンのバッジや日の丸のバッジが裁判所命令で着用禁止されたのかどうかは、この文章では明確ではありませんが、他にそのような禁止を通達できるのは裁判所でしょうから、もしそうだとすればこれは表現の自由を謳った憲法に対する明確な違反となるでしょう。

 隣の国、韓国を引き合いに出せば、ありとあらゆる手段で日本をあくどく「ヘイト」しています。日の丸や旭日旗ならまだしも、首相や最悪なのは天皇の肖像画まで毀損する、まさにヘイトを通り越した国家へのあからさまな侮辱をしている現実を、この裁判官たちは知っているのでしょうか。

 そうした韓国の「ヘイト」に比べれば、憲法の表現の自由の範囲内での「フジ住宅」の行為は、何ら問題がないものと思われます。もしこれが問題になるのなら、朝日や毎日、東京新聞の政府批判なども日本への「ヘイト」として問われるべきですが、もちろんそんなことはあり得ないでしょう。そういった観点からも、この判決は異常ですし、バッジの着用禁止もあり得ない命令だと思います。

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2021年7月 3日 (土)

夫婦別姓論に隠されたウソ

22  先日最高裁で男女平等を謳った憲法に違反するとして、現状の制度を廃し夫婦別姓を訴えた訴訟で、原告側が敗訴しました。これで2015年に続いて2回目の最高裁の同一判断です。

 夫婦別姓にしたら子供の姓をどうするかなど、デメリットもあります。それでも別姓を主張するにはそれなりの根拠があるでしょうが、弁護士の高池勝彦氏は産経新聞の特集・連載欄にコラム『夫婦別姓論に隠されたウソ』(7/2)を寄稿しています。以下にその記事を引用します。

最高裁が? マスコミの暴走

この頃は、結婚しても当人たちが望めば別々の名字のままでいられる「選択的夫婦別姓」の導入がマスコミでやたらと持ち上げられ、あたかもわが国の「夫婦同姓」の制度が男女平等に反しているかのように批判されることが多い。

6月23日に最高裁判所が、夫婦同姓を定めた現行の民法と戸籍法の規定が合憲であるという判断を示した際も、そうだった。その内容は平成27年の合憲判決を踏襲した妥当なものだったが、翌朝、産経新聞を除く大手新聞各紙は「司法に限界」(毎日)、「疑問は尽きない」(朝日)、「期待裏切られた」(読売)などと批判的な見出しや記事でこれを報じていた。

批判は自由ではあるが、そこには見過ごせない問題点もあった。最高裁はあくまで議論を憲法解釈に限定していたにもかかわらず、多くの新聞が「国会で判断促す」(朝日)などと、最高裁があたかも立法府に制度改正を促しているかのように論評していたことである。

たしかに最高裁の決定には「この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない」とあったが、この一節は夫婦別姓導入を国会に促したわけではない。夫婦同姓の現制度が合憲か違憲かという問題と、夫婦別姓という法制度を導入すべきかどうかという問題は別問題であり、後者を決めるのは最高裁ではなく、国会の仕事だと言ったに過ぎない。これは夫婦別姓推進のマスコミの我田引水である。

最高裁は司法府として国会が制定した法律が憲法違反ではないか、「違憲立法審査権」を行使し判断するだけである。夫婦同姓を定める民法と戸籍法を合憲だと判断しておきながら、国会に法改正の審議を命じることはできない。それは立法権の侵害であり、司法の暴走となる。新聞が夫婦別姓を推進し、国会に法改正を求めるのは結構だが、あたかも最高裁も推進論であるかのように印象付け、世論を醸成しようとするのは、事実の歪曲であり、それこそマスコミの暴走といわなければならない。

夫婦別姓は親子別姓、兄弟姉妹別姓への道

夫婦同姓という現制度は、夫婦とその子供が家族として一体であることを認識させる法制度である。夫婦別姓も可能な諸外国では家族に一体感がないなどというつもりはないが、日本が夫婦同姓にこだわってきたのには、それなりの理由がある。

日本には戸籍制度がある。これはわが国の伝統に基づく制度で、一組の夫婦と未婚の子供を一つの姓を共有する家族として戸籍簿に登録し、家族の現状を公証するものだ。戸籍をなくすことは家族の法的な基盤を不安定にすることにもなり、その意味では夫婦だけでなく、子供のための制度でもある。

もし夫婦別姓を導入するとしたら、やはり子供の姓が最大の問題点になる。

例えば、「高橋」という夫と、「鈴木」という妻の間に息子ができ、「太郎」君と名付けるとすると、まず太郎君の姓を「高橋」と「鈴木」のどちらにすべきかで夫婦間に争いの種が生じ得る。話し合いで、夫の「高橋」をつけたとしても、高橋太郎君が成長したときに「なぜお母さんは鈴木なのに、僕は高橋なのだろうか」と疑問を抱かせることになる。次に娘が生まれ、仮に母親の「鈴木」姓をつけて「鈴木花子」とすれば、今度は兄妹でも「鈴木」と「高橋」とで姓が違うことになり、子供はさらに混乱する。

要するに夫婦別姓とは親子別姓、兄弟姉妹別姓にもなり得る制度なのだ。それを避けるため子供には両親の姓を両方継承させるという方法も考えられるが、そうすると、「高橋」と「鈴木」の間に生まれた太郎君は「高橋鈴木太郎」となる。違和感は否めないし、そういう子供たちが結婚するときにさらに問題が生じる。「高橋鈴木太郎」君が「山田山本良子」さんと結婚したら、その子供の姓は「山田山本高橋鈴木」である。さらにその子供が結婚すると…と考えていくと、姓は世代を重ねるごとに長くなり続ける。

非現実的な話のようだが、実際に中国や欧米の夫婦別姓の国では、夫婦が相手の姓を互いに自分の姓やミドルネームに加え合ったり、子供の名前にもつけたりすることが多々ある。ただ、それでは結局、代を重ねるごとに名前が長くなるため、現実的には子供の姓を父親側のものとしてしまう例が多いようだ。要するに夫婦別姓の下、こういう杓子定規な男女平等の論理で姓を定めると、どこかで行き詰まるのである。

最近は、伝統的な「家」を守るという意識から唱えられる夫婦別姓論もある。一人っ子の女性が、結婚で代々受け継いできた姓が途絶えないように別姓を認めてほしいと求める例が代表的だが、これもその場しのぎに過ぎない。女性に別姓を認めても、その子供が夫の姓になれば結局、女性側の姓は途絶えるからだ。これは別姓論ではなく、途絶えた姓の再興制度導入などで解決すべき問題なのだ。

戸籍名だけがアイデンティティーか

何より夫婦別姓論が浅はかだと思うのは、役所に届け出た戸籍名だけにこだわり過ぎていることである。夫婦別姓を求める人たちはしばしば「結婚で姓が変わるとアイデンティティーを奪われる」などと訴えるが、人の名前というのは、必ずしも戸籍名だけとはかぎらない。戸籍の重要さを強調しておいて逆のことをいうようだが、実は多くの日本人にとって、戸籍名以外にも名前を持つのは普通のことである。

例えば芸名。国民的歌手の美空ひばりも本名(おそらく戸籍名)は「加藤和枝」だが、歴史に刻まれているのは「美空ひばり」である。文学者も三島由紀夫など多くはペンネームである。有名人だけではない。 最近はインターネットのユーチューブなどで自己PRしたり、それを職業としたりする人も多いが、戸籍名で活躍する人はまれで、名前は「ハンドルネーム」のようなものを使っている。一般の人が俳句クラブなどで雅号を使うのも珍しくない。現状でも人は戸籍名以外の名前をさまざまに使っているのだ。

また、現代では結婚前の旧姓を通称として職場や公式な場で使うことも広く認められているのはいうまでもない。それでも不都合が生じ、「女性の権利」の侵害が問題になることもあろうが、その時は、運用を改善すればいい。例えば、よくパスポートに戸籍の姓と通称を併記しても国際的には理解されないといわれるが、それならば通称だけにしてはどうだろうか。どうせパスポートを申請するときには戸籍謄本を提出するのだから、国もそれで本人確認ができる。大袈裟に夫婦別姓を議論する必要は全くない。

もちろん名前はいろいろあっても、戸籍名も必要だ。夫婦同姓も日本のよき伝統として守られるべきだと思う。よく別姓論者は、日本も明治以前は夫婦別姓だったというが、これは半分真実としても、半分は正しくない。江戸時代、公家や武士はともかく、公式には名字が認められていなかった庶民の多くも、家の名前、つまり今でいうところの「姓」を夫婦や親子で共有していた。

生き方も多様化している世の中である。夫婦同姓の戸籍名も、自分の使いたい名前も時と場合によって使い分ければいい。夫婦別姓にこだわって、役所に届け出る戸籍名のみにアイデンティティーを限定する必要はないのである。

【追記】ここで論じた「姓」は厳密には「氏」というのが正しく、本来ならば「夫婦同氏」「夫婦別氏」と書くべきだが、分かりやすくするため一般的な新聞と同じ「夫婦同姓」「夫婦別姓」を使った。

 ◇

 大事なことは高地氏も述べているとおり『最高裁は司法府として国会が制定した法律が憲法違反ではないか、「違憲立法審査権」を行使し判断するだけである。』ということで、夫婦同姓が憲法違反とはならないという判断を示しただけです。

 そして夫婦別姓の是非は国会で論ぜられる課題だとしても、それを推奨しているわけではなく、あくまで権限の範囲が違うと言っているのでしょう。そこをメディアはあたかも国会で別姓の議論を後押ししたように、いつものように角度をつけて報道しているわけです。

 世間では高地氏の言うように、会社での旧姓の使用や芸名やペンネームの他、投稿の際のツイッターネームやラジオネームなど、本名以外にも様々な名前を自由に使える機会は多いと思います。確かに戸籍だけは自由にできないのはなぜか、と言う思いはあるかもしれません。ただ夫婦同性は憲法に違反しないのだ、と言うことが司法で判断されたことは別姓論者も納得すべきでしょう。

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2021年7月 2日 (金)

日本に「台湾の防衛は日本の防衛」と認める覚悟はあるのか?

Images-6_20210701143901  前回は「泣き寝入り国家?」日本の実態と課題を取り上げましたが、今回はさらに具体的な課題、つまり中国が台湾の統一を具体化しようと動き出したときに、日本はどう対応するのか。そういう問題を突きつけられたときの日本の覚悟について取り上げてみたいと思います。

 安全保障戦略コンサルタントの北村淳氏がJBpressに寄稿した『米国の専門家も危惧、台湾防衛で米国の「弾除け」に使われる日本 日本に「台湾の防衛は日本の防衛」と認める覚悟はあるのか?』(7/1)という少々長いタイトルのコラムから引用して以下に掲載します。

 岸信夫防衛大臣は米メディア(ブルームバーグ)のインタビューに答える形で、台湾の平和と安定は「日本に直結している」との認識を示した。台湾の防衛が日本の防衛と直結していることを認めたことになる。

 日本が中国を仮想敵に据えている限り、台湾の防衛と日本の防衛は切っても切り離せない関係にあるというのは極めて当然の原理である。しかしながら、日本の防衛大臣や総理大臣がこの“原理”を公に語ることは稀であるため、アメリカ軍や政府関係者たちの間で岸大臣の発言は歓迎されている。

 日本の防衛大臣が「台湾の防衛は日本の防衛」という趣旨を語ったということは、「中国に攻撃された台湾を防衛するため、アメリカが軍事的支援を実施する場合、日本も当然アメリカの同盟軍としての役割を果たすであろう」とアメリカの軍人や政治家、安全保障専門家などの多くは(単純に)理解しがちである。したがって、日本の「決意」はアメリカの国益と一致しており、大いに歓迎されるのである。

「不安定な状態」を維持したいアメリカ

 ここでいうアメリカの「国益」とは、「中国と台湾の間に不安定な状態が続くこと」を意味する。日本がアメリカの同盟国としての役割を果たすことは、「不安定な状態」の維持に寄与するというわけだ。

 ただし注意が必要なのは、「不安定」といっても、アメリカの軍事的介入が必要になるほど激しい軍事対立では困る、というのがアメリカ側の真意だ。そうではなく、「中国が台湾に軍事侵攻する危険性が高いものの、現実に軍事攻撃が実施されることはない」という「曖昧な不確定戦争」といった状態が続いているのが望ましいのだ。

 このような状況ならば、アメリカが実際に中国軍と戦火を交える必要はないものの、台湾を軍事的に支援する大義名分を掲げて、台湾海峡や東シナ海、南シナ海に空母艦隊や爆撃機などを展開させて「アメリカが台湾という民主主義国家を守っている」というデモンストレーションを展開することができる。

 そして日本政府や日本国民が「台湾の防衛は日本の防衛」と認識しているのならば、アメリカ軍による台湾防衛のためのデモンストレーションはそのまま日本防衛のデモンストレーションにもなるのである。

 したがって、アメリカ軍が日本国内に確保してある軍事拠点を大手を振って好き勝手に用いても何も気が咎(とが)めることはない。なんといってもアメリカ軍は台湾防衛(すなわち日本の防衛)のために巨額の運用費がかかる空母部隊や爆撃機などで中国側を“威嚇”しているのだ。

自衛隊が“多国籍軍”の先鋒に

 では万が一、中国による台湾に対する軍事攻撃が実際に起きた場合には何が起こるのか。その場合、沖縄、佐世保、岩国、横須賀、横田といった米軍基地は最良の前進軍事拠点となる。日米安保条約や日米地位協定の取り決め以上に日本側が「台湾防衛は日本防衛」と考えているからには、日本各地に点在する軍事施設を米軍が自由に用いることが保証されることは疑う余地がない(と米軍側は考えるであろう)。

 そして「台湾の防衛は日本の防衛」であるならば、アメリカが主導して編成する台湾支援“多国籍軍”(注)の先鋒として、自衛隊艦隊や航空戦隊、それに水陸両用部隊などが投入されることになるであろう。なんといっても台湾を巡る戦闘においては、日本の地理的位置は民主国家のうちでも群を抜いているからだ。多国籍軍の先鋒を務める海・空・陸自衛隊諸部隊は、数千発の各種ミサイルが降り注いで生活のインフラを破壊された台湾の人々を救援・救出するため、台湾に接近上陸することになる。

(注)中国が安保理常任理事国である以上、国連軍が編成されることはあり得ず、アメリカが音頭を取って編成する多国籍軍の可能性が高い。ただし、相手が中国であるため、多国籍軍に参加し軍隊を派遣する国がいくつ集まるかは大いに疑問である。

 このような困難かつ危険極まりない先鋒任務をアメリカ自身が行う必要はない。「台湾の防衛は日本の防衛」である以上、隣国の日本が「唯一に近い日本の真の友好国」である台湾の人々を救出するのは当然だからだ。

弾除け的に使われる“属国”

 このシナリオのように、属国や従属国を弾除け的に使うのは、アメリカの軍事的師匠筋にあたるイギリスがしばしば用いた伝統的手法である。

 イギリスは第一次世界大戦きっての激戦であったガリポリ上陸戦で、最も困難な激戦地点にオーストラリア軍とニュージーランド軍の部隊を投入した。

 同様に第二次世界大戦においても、日本との戦端が開かれた場合に、イギリスの極東最大の拠点である香港を日本軍が攻略することは目に見えていたため、全滅する可能性が高い香港防衛部隊をカナダ軍にあたらせていた。

 そしてヨーロッパ戦線でも、ディエッペ上陸作戦の主力としてカナダ軍部隊を投入した。ディエッペ上陸作戦は、西ヨーロッパ全域を占領したドイツ軍への反抗拠点を確保する実験的上陸作戦であり、極めて危険な自殺的作戦であった。

 このようにイギリスは、英連邦内の“二級国家”オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどの“二級国民”による志願兵部隊を、当初より多大な犠牲が見込まれる作戦に投入したのである。

 一方の“二級国家”側も、イギリスの本意は承知してはいたものの、真の独立国としての地位を勝ち取るために自国民の犠牲はやむを得なかった。結局、第二次世界大戦後、イギリス自身の軍事的地位が低下したことも相俟って、それら諸国は真の独立国家としての地位を獲得したのである。

日本列島に撃ち込まれる長射程ミサイル

 アメリカにとっても、台湾を巡って中国と本格的な戦争へ突き進むことは99.9%避けなければならない。しかし、中国による台湾への軍事攻撃に際して何もしないのではアメリカの軍事的威信は地に墜ちる。そこで台湾の人々を救出するという大義を押し立てて、アメリカの“属国”である日本の“二級国民”を危険かつ困難な先鋒部隊として台湾に突入させ、自らは「出動宣伝効果」は極めて大きい空母部隊2セットを沖縄南方200海里沖付近と沖縄西方100海里沖付近に展開させ、多国籍軍先鋒を務める勇敢な自衛隊部隊を支援する態勢をとるのである。

 そして、台湾問題に日本が軍事介入したことを口実に中国軍が日本列島に長射程ミサイルを連射して、日本の戦略要地が大損害を受けた場合には、国連安保理で停戦協議を開始するのだ。

 話を冒頭に戻そう。アメリカ側の多くの人々は、日本が「台湾の防衛は日本の防衛」と認識していることを歓迎している。だが、日本の防衛政策の現実を熟知している専門家の間では、「台湾の防衛は日本の防衛」ということは日本が上記のような流れに巻き込まれることを意味し、とても日本政府がその種のシナリオを是認した上で何らかの具体的戦略を持っているとは考え難い、との疑義が持たれている。

 ◇

 北村氏は、日本政府は台湾防衛の覚悟どころか、戦略そのものも持ち得ない現状を指摘しているようです。もちろん日本国民も憲法擁護、戦争反対のリベラリストのみならず、殆どの国民が具体的な予測などしていないでしょう。

 しかし昨日の中国共産党建党百周年で習近平氏が「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは、中国共産党の歴史的な責務だ。いかなる台湾独立のたくらみも粉砕する。」、と述べているとおり、具体的な行動に出ることは近い将来あり得ると見たほうがいいでしょう。

 ですから日本政府もその際の戦略をきちんと打ち立て、そのための事前の施策に取り組まねばならないと思います。体制作りや新たな立法処置も含めて。もちろん国民への周知のための広報も重要です。ただできるかどうかはよくわかりません、つまり政府も国民も覚悟があるかどうか、と言うことです。

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2021年7月 1日 (木)

日本は「際限なしの泣き寝入り国家」なのか

21  このブログでも何回も取り上げている日本の弱腰外交。JBpressに同じ思いの記事を見つけました。題して『日本は「際限なしの泣き寝入り国家」なのか』(6/30)。副題に『小説『邦人奪還』が描く自衛隊特殊部隊のリアル』と言うのがあります。

 寄稿した勢古浩爾氏のこの記事の中に、元海上自衛官の伊藤祐靖氏の著わした『邦人奪還――自衛隊特殊部隊が動くとき』の一部が出てきます。非常に興味の沸く内容です。更には主に軍に関する航空機の研究家で作家の、渡辺洋二氏の『彗星夜襲隊――特攻拒否の異色集団』も出てきます。これも面白い。では勢古浩爾氏の記事を以下に引用します。

 ついに中国のイライラが限界に達したのか、6月25日、中国国防部が「(台湾の)独立は行き詰まりであり、戦争を意味する」と言明した。真に受けることはないのかもしれないが、「戦争」という言葉を使ったのははじめてではないか。

 ここ数年、米台の人的交流・軍事連携強化や、国際組織への台湾の参加気運、日米豪印の「QUAD」、EUやG7で中国による挑発的行為への懸念が示されるなどの動きにより、中国の焦燥感は最高に高まっていると思われる。中国はG7の声明に即座に反応して、戦闘機や爆撃機28機を台湾の防空識別圏内に侵入させた。

「起こらない」とは誰にも言えない台湾有事

 台湾の呉外相は米国CNNテレビのインタビューで「中国政府は武力の使用を放棄するつもりはなく、台湾周辺で軍事訓練を行う際、われわれはそれ(武力の使用)を本物だとみなさなければならない」と語った。今年や来年ということはないだろうが、台湾有事という可能性は皆無ではなくなったのである。米インド太平洋軍のデービッドソン司令官は今年の3月、米上院軍事委員会の公聴会で「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と語った。6年後の2027年は、中国人民解放軍創設100周年に当たる年である。

 台湾有事の場合、日本は当然米台と連携して応分の役割を分担することになる。あるいはまた、それ以前か以後かはわからないが、中国が尖閣諸島に侵攻したときどうするつもりなのか。

 だれもそんなことあるはずがない、とはいえない。いずれにしても、事を起こすか否かは中国の胸先三寸にかかっている。ただ中国は尖閣に侵攻するときの言い訳(正当化)の布石はすでに打っている。何度となく領海侵犯をしても、尖閣は自分たちの領土だと抗弁していることだ。

 この正当性はだれも認めていないが、そんなことはどうでもいいのだ。主張すればいいのである。だがかれらがこの正当化をインチキだと思っていることは、何日、何十日いようと、結局領海から出ていくことでわかる。しかし厄介なことは、双方の正当性が衝突するとき、どちらの正当性が正しいのか、証明できないことにある。またたとえ、国際機関が裁定を下しても、そんなものはただの紙切れだと無視してしまえば、それ以上手の打ちようがないのである。

 問題は中国が実際に尖閣に侵攻してきたとき、日本はなにができるのか、ということだ。新型コロナ騒ぎにおける、マスク不足(その対策がアベノマスクとは恐れ入った)、緊急事態宣言のドタバタ騒ぎ、補償問題の杜撰さ、後手後手のワクチン調達、IOCに鼻づらを引きまわされた五輪開催などの無様さを見ていると、有事に際して、気迫的にも能力的にも、迅速で適切な対応が取れるとは到底思えないのである。

 それに比べ、中国の反応は迅速かつ断固としている。テレビ東京の中国特派員は「武漢封鎖とかワクチン接種とか、中国はなにかをするときの勢いのつけ方が肝が据わっている感じがする」といっていた。中国はやるときは恥知らずでも、息をするように嘘をついてでも、どんなに非難されても、やるのである。中国共産党の存続という価値はなににも勝っているのだ。

フィクションだがリアル『邦人奪還』

 自衛隊に初の特殊部隊(海上自衛隊特別警備隊)を創設した伊藤祐靖氏はその著作『邦人奪還――自衛隊特殊部隊が動くとき』のなかで、中国軍の尖閣上陸と、北朝鮮における日本の特殊部隊による邦人奪還作戦を書いている。もちろんフィクションだが、中国兵の尖閣上陸の場面はリアルである。

 中国漁船に乗った5人の男が尖閣の魚釣島に上陸する。上陸前にひとりの男がリーダー格の男に訊く。「日本の軍隊はどの段階で動きますか?」「日本という国は、そうそう簡単に軍隊を出さない。最初は警察、おそらくコースト・ガードだ。それを出すのにも時間がかかる」。灯台に中国国旗を立てる。それを日本国旗にもどすためにコースト・ガードがやってくる「そこを攻撃する。ただし、絶対に殺すなよ。怪我までだ」

 もうひとりが、反撃したきたらどうするのかと訊く。「撃ち返しては来ない。現場が撃とうとしても、日本のトップが絶対に許可しない」「許可しないって、そんな……。そうしたら、ただ撃たれるだけです。それでも日本は許可しないんですか? 第一、そんな指示に日本人は従うんですか?」。こういう悠長な会話を現場でするなどありえないが、現代日本人の性格を描いてリアルである。

「そうだ。日本人は、信じがたいくらい権威に弱い。上位者からのどんな指示にでも黙って従うから、政治家や官僚は現場の者に命があることを忘れてしまっている。それにすら異を唱えないのが日本人だ」「本当ですか? 抗う奴はいないんですか?」「いない。しかも、あの国は決断を嫌い、どこまでも譲歩をしてくる。際限なしの泣き寝入り国家だ。ところが、ところがだ。ある一線を越えると大変なことになる」「え?」「お前の一発で日本人が死んだ時は、どうなるかわからない。国民の性格が180度変わって、手がつけられなくなる。だから、反撃されても、絶対に私の指示なく撃つな」

特殊部隊の存在こそが抑止力に

 日本人の怯懦と権威への盲従と優柔不断が描かれている。日本人ということだから、自衛隊員も警察官もおなじである。伊藤氏は自衛隊内でいやというほどそのことを知ったのであろう。「ある一線」を超えると「国民の性格が180度変わって、手がつけられなくなる」というが、これはなにを想定しているのか。日露戦争後の日比谷焼打事件か、太平洋戦争における特攻隊のことか。しかしいまは、それもなさそうである。

 伊藤氏は、もし「尖閣」で有事が起きた場合、海自特殊部隊「特別警備隊」は「何でもできる」といっている。特殊部隊は規模も装備も明らかではない。しかし「特殊部隊とは、孤立することを前提にしている部隊であるがゆえに、地上、海上は無論の事、空中でも水中でも少数で機動展開する能力を有している」。要するに、このような「特殊部隊の存在こそが、安易には攻撃を許さない『抑止力』になりうるということだ」といっている(「元海自特殊部隊員が語る「中国が尖閣諸島に手を出せない理由」」PRESIDENT Online、2020.7.22、https://president.jp/articles/-/37043)。

 その言葉どおり小説では、わずか3人の特警隊隊員たちによって、上陸した中国兵は追い払われ、尖閣の侵攻は無事に食い止められる。

『邦人奪還』の主眼は、タイトルのごとく、北朝鮮に拉致されている邦人の奪還作戦にある。伊藤氏は、日本がもはや国家として拉致被害者の奪還をすることは絶対にありえないと結論し、せめて紙上だけでも奪還する作戦を書きたかったのではないか。国家あるいは自衛隊として公的に作戦を立てることはできないが、民間人としてなら許される。本気で考えている日本人がいるということを示したかったのではないか。

「なぜ救出しなければならないのか」

 伊藤氏は「よく自衛隊を投入すれば北朝鮮に拉致されたままの日本人を奪還できるか」と訊かれるという。それに対して伊藤は「できるか、できないのか、ということであれば、できる」と答える。情報が少ないのではないか、といわれるかもしれないが、意外なことに「あるべきところには信じられないくらいあるし、仮に情報がなかったとしても奪還の方法は幾らでもある」と自信を見せている。内部にいれば、素人には及びもつかない情報が多々あるということなのだろう。

 海自の特殊警備隊と陸自の特殊作戦群の2チームを投入すれば、邦人救出は「大して難しい作戦ではない」というのである(同氏著の『国のために死ねるか』)。

『邦人奪還』のなかで、北朝鮮に向かう前に、海自特別警備隊第3小隊長藤井義貴3佐(モデルは著者の伊藤祐靖その人)は、国としての覚悟,意思を総理に問う。「特殊部隊員何名の命と引き替えにするのかを決めていただければ、作戦はあっと言う間に立てられます」「遠慮は無用です。我々はそのために日々を生きているんですから。ミッションのために死んでいくのは当たり前」「何がなんでも6名を救出する! 如何なる犠牲を払ってでも、見殺しにはしない! という絶対の信念と情熱を確かめたいのです」

 さらに問う。「よく政治家の方は、選挙は命懸けとかなんとかおっしゃってますが、そういう比喩ではないですよ。本当の死です」「なぜ、救出する人数よりも多くの犠牲者を出してまで救出しなければならないのか。(略)その“なぜ”が国家の意志なのではないでしょうか。我々は、拉致被害者がお気の毒だから行くわけではありません。拉致被害者を奪還すると決めた理由、すなわち国家の意志に自分たちの命を捧げるんです。そこがあやふやなのであれば、我々は行けません。いや、行きません。クビになろうが、死刑になろうが、行きません」

形式にこだわる幕僚長に胸のすくような啖呵

 いよいよ6人の拉致被害者救出のため、海自の特殊部隊「特別警備隊」と陸自の特殊部隊「特殊作戦群」の隊員たちが北朝鮮に向かう。作戦遂行時、予想外の反撃に遭い、被害がでる。「特別警備隊」の現場指揮官3佐から、官邸地下に設けられた作戦室で作戦の推移を見ていた「特殊作戦群」の隊長天道剣一1佐に衛星電話の連絡が入る。その場には総理以下各大臣、制服組トップの統合幕僚長などが待機していた。

 連絡が自分のところに来ないことに腹を立てた幕僚長が、指揮命令系統がなってないじゃないかと、作戦群長に文句をいう。「天道君、おかしいだろ。なぜお前が『好きな通りにさせてやる』などと言えるんだ。藤井もおかしいぞ。なぜお前のところに電話して来るんだ。昵懇だからか。お前たちには指揮系統がわからんのか」

 現場では死ぬか生きるかの作戦をやっているのに、よせばいいのにこの幕僚長は形式的な「指揮系統」などにこだわっている。幕僚長は調子に乗ってさらに追い打ちをかける。「この作戦は組織として、統合任務部隊として遂行している。現場の報告はそこの幕僚を通じて任務部隊指揮官に上がり、指揮官の判断がなされてから藤井3佐に命令の形で伝わる。特殊戦だかなんか知らんが、権限の逸脱は許さんからな」

 しかし作戦群長も黙ってはいない。黙ってりゃあ、いい気になりやがって、とこのあと胸のすくような啖呵を切るのだ。そのやりとりをここで逐一引用したい誘惑にかられるが、この小説の白眉である部分を、そう軽々に引用することはできない。実際に読んでもらうほかはない。もしこのような事態に至るなら、実際にこのような緊迫した場面はいくらでもあることだろう。

成算があるというなら自分でやってみろ

 わたしは渡辺洋二氏の『彗星夜襲隊』のある一節を思い出した。それで類推してもらうしかない。

 戦争末期、特攻が当然の手段となりつつあったときに、特攻を拒否した部隊があった。美濃部正少佐率いる彗星夜襲部隊(芙蓉部隊)である。3航艦司令部は来る沖縄戦での特攻作戦を遂行するため麾下9個航空隊の幹部たちを木更津に集め、3航艦の大半の航空機を特攻に充てると言い渡した。だれひとり反対の言葉はなかった。そこで美濃部少佐ひとりが反対を述べると、参謀が怒鳴りつけた。しかし少佐はひるむことなく、こういい放ったのである。

「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようと、グラマンにかかってはバッタのごとく落されます。二〇〇〇機の練習機を特攻に刈り出す前に、赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落してみせます!」

『邦人奪還』では、陸自ヘリコプター搭乗員5名、特殊作戦群隊員21名、特別警備隊員5名、合計31名が犠牲になる。

 6月23日、ロシアとイギリスのあいだで一触即発(でもないのだろうが)の事態が起きた。ロシア国防省は、クリミア半島沖を航行中のイギリスの駆逐艦「ディフェンダー」が領海侵犯したため警告射撃と爆撃を行った、と発表したのである。「進路を変えなければ砲撃する」と。

 しかしこういうときの常で、双方の言い分はかならず食い違う。イギリス側は「駆逐艦は国際法に基づきウクライナの領海を通過しただけ」だと説明している。ロシア側がいう射撃や爆撃にしても、事前に通告してきた「ロシアの砲撃訓練」にすぎなかったとして、警告射撃を受けた事実を否定した。

 なぜロシアが警告射撃をしたといったのかわからない。クリミア半島は2014年以降ロシアが実効支配しているが、イギリスなど欧米諸国はこれを認めていない。なにが領海侵犯なのかに決定的な証明はできないのである。

 いざとなったら国際法違反も領海侵犯も互いが主張して、結局どっちがどうなのかはわからない。最後は勝ったもの勝ち。特殊部隊が出動するかどうかもわからない。そしてひとたび尖閣を占領されてしまえば、日本は何やかやと言い訳をしながら、指をくわえて見ているしか手がないだろう。竹島とおなじだ。

 日本はなにがあっても絶対に戦争はしない、ということを選択するなら手はある。中国の属国になればいいだけのことだ。

 ◇

 日本は先の敗戦でGHQの占領政策、つまり弱体化政策でまさに戦争のできない国になってしまいました。憲法という最高法規により、更には反日メディアや、反日思想家が跋扈する事により、日本の国家そのものをないがしろにし、周辺国におもねるそういう国家社会になってしまいました。

 そしてその結果とも言えるかもしれませんが、領土を占拠されようが、脅かされようが、また国民を拉致されようが、何も言えない国家となってしまったのです。それは日々目の当たりにする光景です。とても主権国家とは言えません。

 そして恐ろしいことに、そういう危機的状況にありながら、国民の多くは何の違和感を持っていないように見えることです。テレビをつければ、どうでもいい事件やスキャンダルを、長時間かけて追いかけたり、お笑いタレントの馬鹿馬鹿しいギャグを映し出す番組ばかりです。このままでは本当に中国の属国になってしまうかもしれません。

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