自民党総裁選、菅・安倍両氏の戦略眼の凄み
自民党総裁選も、投開票日がいよいよあすに迫ってきました。4候補とも最後の追い込みに奮闘されていると思いますが、言うまでもなくこの選挙の勝者は日本国の総理大臣になります。そして近づく総選挙の自民党の顔になるわけです。
誰がなるかも重要ですが、この総裁選で戦う候補者の顔ぶれ、そしてその論戦が、自民党員や与党支持者へのメッセージとして、総選挙への取り組みに影響を与えるかも知れません。
そのあたりの背景を青山社中リーダー塾筆頭代表の朝比奈一郎氏が、JBpressに寄稿したコラム『衆院選を見据え総裁選の熱狂演出する菅・安倍両氏の戦略眼の凄み 大局を見て決断する力、「新総裁」には備わっているのか』(9/27)から見てみましょう。以下に引用して掲載します。
◇
自民党総裁選が大詰めを迎えています。29日には国会議員による投票と開票作業が行われ、その日のうちに新しい総裁が決定することになります。
実は、4人の候補のうち、野田聖子さん以外の3人の方には、過去、青山社中フォーラムにご登壇いただきました。お三方とは、その際に対談させていただいたり、また政策づくりの支援をさせていただいたり、あるいは経産省在職中に立ち上げた「プロジェクトK」(新しい霞ヶ関を創る若手の会)の代表をやっていた際からの繋がりがあったりと、これまでそれなりのご縁をいただいています。そこで、直接にやり取りさせていただいた際の私なりのお三方の印象を、以下のようにまとめてみました。
*アイウエオ順。①は全体の印象、②はフォーラム登壇時などのエピソード的印象、③は総理になった場合のイメージ
紳士的で丁寧、安定性なら随一の岸田氏
【岸田文雄さん】
①オールラウンドに政策の細部も良く勉強しておられていて、説明が正確で広汎。人柄的にはとにかく紳士。ただ、よほどその分野に興味を持っていない限り、普通の人にとっては、講演や演説はやや退屈か。話の中にウィットや優れた話術的なものは感じない。基本的に丁寧な話しぶりだが、「サービス精神にあふれる」という点では微妙か。
②青山社中フォーラム時に寄せられた「外務大臣当時に被爆時の広島選出議員でありながら、なぜに核兵器禁止条約に反対しているのか」という質問については、割と分かりやすく苦渋の表情を浮かべながら、丁寧に経緯や想いを説明されていた。とても正直な方なのだと思う。また政調会長室(当時)で会わせていただいた際も、良くも悪くも凄いオーラみたいなものはなく、丁寧な、しかし淡々とした対応だった。
③コロナ対応など、急場に強い印象はないが、岸田派の若手(木原誠二さん、小林史明さんら)がしっかり支えていくイメージはあり、よほどの難題が降りかかってこない限りは、手堅く政権運営をしていくのではないか。めちゃくちゃ人気が上がる、ということはないと思うが、極端に下がることもないイメージ(ただ、コミュニケーション力が高いわけではなく、また「大胆な決断が出来る方」という印象はないので、危機時は別)。
説明能力は抜群、しかし安定性の面では少々心配な河野氏
【河野太郎さん】
①いわゆるクリティカル・シンキングがしっかり出来る方で、自分の頭で納得できないことについては、しっかりと詰めて行って解を出す。そういう意味では、行革大臣・規制改革担当大臣などは天職と言って良いのではないか。ただ、岸田さんや後述する高市早苗さんに比べると得意分野以外の政策には粗も感じ、ムラがある印象(そこをブレーンや周囲がどう補うか)。
また世間で良く言われるように(私も自民党の部会等で目撃したことがままある)、怒りに任せて官僚などをすぐ怒鳴ってしまうところがあるので、ここをどう改善できるか。
②青山社中フォーラム時には、私や視聴者からの質問意見への回答ぶりが素晴らしかった。普段、お話している時以上に、聴衆の前だとさらにスイッチが入る。抽象的説明と具体的事例のバランスが絶妙。説明能力高し。
③少なくとも当初の内閣支持率はかなり高いものになるはず。国民一般とのコミュニケーション力も高く、滑り出しは上々か。小泉進次郎環境相の要職での起用が想定されるが、これも人気上昇要因になると思われる。ただ、正論を率直に言われるところは魅力だが、裏を返すと、目測力があってのことではないケースも多く、総理になってからの安定感はやや心配。
外務大臣就任前のODAや在外公館に対するスタンスが、大臣就任後にコロッと変わられたことなどが記憶に新しいところで、立場が総理となると、「やっぱり認識が変わりました」で済まないところもある。また、「核燃料サイクル中止」が典型だが、河野氏の主張の中には、すぐには皆が折り合いを何とか付けられる解を出すのが難しい問題もあり、総理としては「(沖縄の普天間基地の移転先を)最低でも県外」と言い切って苦労した鳩山氏同様に行き詰まらないかが心配。人気取りに止まらない真に支える閣僚・ブレーンの配置が死活的に重要になりそう。
「保守の代表」という立ち位置が左派からの攻撃対象になる可能性もある高市さん
【高市早苗さん】
①かなりの政策通で勉強家。細部をきっちりと理解してから自説を出されるので政策的安定感がある。今回の出馬もそうだが、「決断する時はする」という思い切りの良さも。ただ仲間の不在が心配。今回は安倍晋三前総理の大応援が際立つが、仲間だからというよりは、後述する安倍さんなりの戦略に基づくものと思われ、元夫で自民党衆議院議員の山本拓さんが援護射撃をしているものの、一般論としては、近しい友達・仲間・子分のイメージが見えない。保守層が思想面から応援するのだろうが、真剣に支える人がどれだけいるか。
②青山社中フォーラムでの講演時には、当時重要とされていたかなり幅広い分野について深い造詣を示しておられ、私としても感銘を受けた。また高市さんが政調会長時に、政策づくりの支援をしたことがあるが、私のような者にも「朝比奈先生」と丁寧な対応で、また普通のお礼以上に労をねぎらう態度を示してくださるなど、いい意味で政治家としての幅も感じた。今回、高市さんの著書(『美しく、強く、成長する国へ。』WAC BUNKO)も拝読したが、テクノロジーへのこだわり・理解の示し方が全体バランスから見るとかなり極端な印象はあるが、そのことも含め上記の重要分野について勉強する政策通という見立てを裏切らない内容。ウィットに代表されるコミュニケーションの幅はこれからの課題か。
③保守の代表、という立ち位置なので、安倍政権同様、最初は、左派メディアや、もしかするとその背後にチラチラ見える外国勢力などから、色々と足を引っ張られる恐れも(既に、ヒトラー翼賛のようなレッテルを貼られつつある)。仮に総理になれば、安倍さんがかなり支える感じになるか。
ただ、若い世代からすると、LGBTQや選択的夫婦別姓への見方については付いていけないところがあり、メディア等で、意図的にそこがかなり強調される展開になると、やや苦しいか(もちろん大事な点だが、安保や経済など、より喫緊の課題ではないところでネガティブイメージを貼られるのは辛い展開か)。
お三方の評価については、以上です。以下、全体の総裁選の帰趨についての考えや、タイトルにある菅さん・安倍さんの動きについての感想を述べたいと思います。
河野vs岸田の構図に高市氏が割り込んでくるか
総裁選の帰趨については、世上色々と言われてはいますが、今後大きな波乱が起こらずこのまま進めば、〈決選投票となって最終的には岸田さん〉という流れになる公算が高いと思います。
というのも、世論調査で頭一つ抜け出している河野さんですが、党員・党友票では圧倒的になる感じがこれまでのところありませんし、これ以上の盛り上げは難しそうに見えるからです。そうなると、議員票は、特に決選投票ではより安定的に岸田さんに流れていくのではないでしょうか。
河野さんの強みは世論調査での支持率の高さですが、それが、イコール党員・党友票、議員票とはなりません。
特に、総裁選後にすぐに選挙がある衆議院議員は、現在の世論を相当に気にしつつ選挙戦に突入することになるのですが、選挙が約1年後の参議院議員(しかも、全員ではない)などは、今回の菅政権しかり、最初の安倍政権しかり、発足当初に高い支持率を出しながら、1年で劇的に下がってしまうパターンを気にしています。そんなこともあり議員票の多くは、安定性(支持率の上下が少ない状態)が期待できる岸田さんに流れている印象です。
ただ総裁選中盤以降、高市さんへの支持が予想以上に伸びている印象もあります。岸田政権を警戒している二階派が(安倍政権下から色々あり、先日の岸田さんの「二階外し」の動きが決定的でしたが、互いに「憎し」との感じもあり)、集団で高市さんへの応援に回るようなことになると、高市さんが決選投票に上がってくる可能性もゼロとは言えません。対中スタンスの面では、高市さんを支持する保守派と二階俊博幹事長とでは真逆ですが、いざとなればそのくらいの差異を乗り越えて行動するのが二階さんの強みでもあります。
しかしつくづく残念に思うのは、4候補の、大局的な外交戦略や、中長期的な経済戦略など、国を大きくどう引っ張って行くかというところについての考え、見識がほぼ見えてきていないことです。これはメディアのレベル、国民のレベルに負うところが大きい点ですが。
自民党の総裁選は事実上、総理大臣を決める戦いですので、本来なら大局的な時代認識・改革プランを主軸に論戦を戦わせるべきだと思います。ところが、これまでの討論会などを見ていても、どうも個別政策論に話が寄り過ぎな印象があります。「コロナ対応をどうするか」的な話は分かりやすくはありますが、正直、誰がやってもあまり変わりません。ワクチン接種を進め、病床を確保し、必要に応じて自粛を要請するというものです。そこを論じ合っても、あまり意味はありません。
菅総理、「総裁選不出馬」表明の絶妙なタイミング
その点、話は少しそれますが、戦略眼と動きという点だけでいえば、菅義偉総理、安倍前総理の大局観に基づいた「動き」は、流石だと思います。
まず菅さんですが、追い込まれたという面があるのは確かですが、9月3日に突如、総裁選不出馬を表明しましたが、あの時点でパッと身を引いたのは、もちろん自らの「余力残し」的な発想もあるでしょうが、党全体のことを考えると最高のタイミングでした。それまで菅批判一色だった世論は、今度は自民党の総裁選の行方に釘付けになりました。その結果、野党に対する注目度は劇的に減りましたし、自民党にも「人心一新」のイメージが付き、衆院選はかなり戦いやすくなったはずです。
菅さんは総理としてやるべき仕事ことは着実にやってきました。
総理就任直後の昨年10月には、2050年までにカーボンニュートラルを実現すると宣言し、気候変動に関する政策の舵を大きく切りました。米国で環境問題に冷淡だったトランプ政権から民主党のバイデン政権に切り替わる前にうまくやり切ったと思います。日本だけ世界から置いてきぼりになるところでした。さらに今年9月にはデジタル庁を発足させましたし、不妊治療の保険適用や携帯料金引き下げという実績もあります。それに、なんといってもコロナ下の難局のなかでオリンピックとパラリンピックをやりきった。いずれも実行力のない総理の下では実現できなかった問題です。残念だったのは、国民に対するコミュニケーション能力に少々欠けていた点です。そこで支持率を大きく下げてしまいました。
しかし極端なスキャンダルがあったわけではないのに身を引いてくれたことに、実は感謝している自民党議員は少なくないはずです。二階さんレベルまで行くかは分かりませんが、おそらく菅さんは今後も党内で隠然たる影響力を持つ政治家として活躍していくことでしょう。
安倍前総理、「高市推し」の真意
そして、さらに秀逸だと唸らされたのは、安倍前総理の「高市さん推し」の決断です。もしも安倍さんが短絡的に「キングメーカー」になることを目指すなら、元々後継に考えていた(はずの)岸田さんを推して、勝ち馬に乗れば良い。ところが、敢えて、かなり負ける可能性の高い高市さんを推すのです。これは凄い決断です。「森友や加計の問題を蒸し返されたくないから高市さんを支持している」的な解説もありますが、そもそも高市さんが勝つ可能性が極めて低いわけですから(特に決断時には)、そこに賭けても仕方がありません。
そう考えると、安倍さんの「高市さん推し」の真意は、「総裁選後の衆院選で野党を伸張させたくない」という一点にあるはずです。衆院選で自民党支持層の3~4割を占めるとされる保守層を動かすために、総裁選では敢えてその層と親和性の高い高市さんを推す決断をしたのだと思うのです。
もしも総裁選が最初から最後まで「河野さんvs岸田さん」の構図になってしまうと、保守層はシラケてしまい、その後の衆院選でも十分に動かなかった可能性が高い。ならば、仮に今回、高市さんには負けてもらってもいいので出馬をしてもらったほうがいい――そう判断されたはずです。
党員の中の保守層が応援したくなる人物が総裁選に出てくれれば、その層も選挙戦で大いに盛り上がります。実際に高市さん支持はかなりの盛り上がりを見せています。その上で負けたとしても、その後の衆院選に際しては保守層は「総裁選で負けはしたけど、自分たちも主体的に参加した選挙で選ばれた候補が岸田さんなのだから、今度はその新総裁の下で頑張ろう」となるわけです。この盛り上がりで、党員でなくても、そういう気分は出てくる(党員でない保守層も自民党候補に入れるべく衆院選の投票に行く)気がします。
こうした菅さん、安倍さんの党勢全体を見たうえでの戦略眼と動きは、次の総理総裁にも是非とも求めたいところです。「株式会社自民党」の経営者としてライバル企業に負けないための最善の決断をしている感じを受けます。つまり、思想とか考え方以前の経営・運営力の卓越性ということになりますが、これは実際に経営とか組織運営をしてみないと出てこない「凄み」だと思います。派閥の長たる岸田さんは多少の経験はあるでしょうが、正直、この点が、4名に共通して心配な点ではあります。
◇
菅さんや安倍さんが本当にこういう思惑で行動したかは、本人でなければ分かりませんが、全くの絵空事ではないと思います。特に朝比奈氏が述べているように、『安倍さんの「高市さん推し」の真意は、「総裁選後の衆院選で野党を伸張させたくない」という一点にあるはずです。衆院選で自民党支持層の3~4割を占めるとされる保守層を動かすために、総裁選では敢えてその層と親和性の高い高市さんを推す決断をしたのだと思うのです。』という部分、そして『党員の中の保守層が応援したくなる人物が総裁選に出てくれれば、その層も選挙戦で大いに盛り上がります。』というもくろみで高市氏を推したという見方は、選挙戦の中で保守層の盛り上がり(SNSでの高市氏賞賛の声は最大限盛り上がっています)を見ればうなずけるところです。
もちろんこのまま高市氏が勝利し、総理になれば喜ばしいことですが、大方の見立て通り、岸田氏が最後には勝利する公算が高いでしょう。ただその場合でも『その後の衆院選に際しては保守層は「総裁選で負けはしたけど、自分たちも主体的に参加した選挙で選ばれた候補が岸田さんなのだから、今度はその新総裁の下で頑張ろう」となるわけです。』、となれば、安倍さんの高市氏推しの戦術が功を奏したことになります。ただその場合、岸田氏が高市氏を党の要職に就けるか、内閣の重要位置につけることが必須だ、ということは大前提ですが。
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