「帝国の墓場」アフガンと中国
アフガニスタンでは、タリバンによる政権の準備が進んでいるようですが、要職にタリバンの中心メンバーが連なり、女性の採用や民主化の動きにはほど遠い布陣のようです。予想通りですが。
そのアフガニスタン、中国と急接近の気配が濃厚ですが、イスラム教民族のウイグル人弾圧の中国と、イスラム教原理主義のタリバンは、その宗教観において全く異なる国同士で、将来は全く不透明です。この二国の関係は今後どうなるのか、文化人類学者で静岡大学教授の楊海英氏が、産経新聞「正論」に寄稿したコラムから、その一端を取り上げます。タイトルは『「帝国の墓場」アフガンと中国』(9/6)で、以下に引用します。
◇
混迷を極めるアフガニスタン。その首都はどんな所だろうか。
≪諸民族の美しい都の歴史≫
「小さな地方である。細長い地方である。東から西へ向かって細長く延びている。周囲はすべて山である」「城で酒を酌(く)め。やむことなく盃をまわせ。…山であり川であり、町であり砂漠であるが故に」。これは16世紀にインドでムガール朝を創設した中央アジアのティムール帝国の王子、バーブルが、自伝『バーブル・ナーマ』(間野英二訳注、東洋文庫)で描いた往昔の中央アジアの都カブールの美しさである。
バーブルの母語はチャガタイ・テュルク語で、自伝はペルシア文学の美文調と草原の叙事詩の伝統が混ざりあった優雅な文体だ。優れた遊牧の戦士とは言い難いが、天才文人であったバーブルは自身をチンギス・ハーンの血統を引く者と認識してモンゴル帝国を再建した。それがムガールで、「モンゴル」の転訛(てんか)である。
「気候はまことに快適である。…夏でも夜は毛のコートなしでは眠られない。冬は雪がほとんどの場合大量に降るが、極端な寒さはない」。バーブルは生まれ育った中央アジアから他のチンギス裔(えい)の英雄に追われインドに落ちて行った。彼は蒸し暑いデリーが気に入らず理想の都カブールに帰る夢を見続けた。そこはテュルク語とモグール(モンゴル)語、アラビア語とペルシア語など12種の言葉が使われていた民族の坩堝(るつぼ)だった。
≪テロと欲望の巣窟に≫
時代が下って、中央アジアきっての文明の都市、カブールは今やテロと欲望の巣窟に変わり果てようとしている。19世紀から新興の帝国が相次ぎ、この堅牢(けんろう)な要塞都市を掌中に収め自身の植民地を構築しようとした。ムガールのラストエンペラーを追放しインドを征服した大英帝国は更(さら)に北上してアフガンに入ったものの、2度も惨敗した。中央アジアを支配下に置き更に南下する勢いを見せていた帝政ロシアを食い止めようとしたグレートゲームの一環である。
20世紀になると、ユーラシア全体を社会主義一色に染めたソ連は1979年にアフガニスタンに侵攻し、親ソ政権に肩入れしようとしたものの、自身の崩壊の引き金を引いてしまった。10年後にはソ連も解体したからだ。美しいカブールを都とする国はまた「帝国の墓場」と化したのである。
ソ連の侵略に抵抗していた聖戦士ムジャヒディンを誰よりも支援していたのは米国だった。その米国に牙をむいた聖戦士の隊列にウサマ・ビンラーディンがいた。ソ連も米国もその価値観は自分たちのイスラム的理念に合致しない「邪悪な存在」だとして理解したからだろう。
2001年の「9・11テロ」の首謀者とされたビンラーディンをアフガンの神学生からなる武装勢力は匿(かくま)った。タリバンだ。友を敵に引き渡すことは遊牧民の価値観に合わないからだ。そこから米国のアフガン戦争も20年間も続き、ついにバイデン大統領は撤収を命じて混乱を収拾しようとしたが、逆にテロが生じている。戦略的にはあまりにも粗末な作戦だが、これ以上「帝国の墓場」にワシントンは嵌(はま)りたくなかったのだろう。
≪中国の野望を葬る地にも≫
カブールはその魅力ゆえに新しい帝国を次から次へと惹(ひ)きつける。東方から触手を伸ばす中国だ。米軍の作戦が泥沼化しつつあった時から中国軍は既に敵側のタリバンの支配地で活動していた。
幽霊のように動く中国軍の存在をいち早く察知したのはモンゴル軍だ。米軍指揮下で展開する国連PKO部隊にモンゴル軍は以前から参加していた。アフガンは13世紀からモンゴル人と交流を重ねて来たし、バーブルのようなチンギス裔の拠点でもあった。
また、ハザラ人というモンゴルとペルシアが融合して形成された民族も存在している。そのため、モンゴルのアフガンへの関与は米軍より文化的に深層に至っていた。タリバンがアフガニスタンを牛耳れば、中国がやってくる、とモンゴル軍の将校は2019年に私に語っていた。それが今、現実となってきたのである。
中国が狙うのはアフガニスタンの銅鉱と石油である。政権樹立を目指すタリバンが中国に期待しているのは国連安全保障理事会常任理事国としての承認と経済的援助だ。銅鉱が埋蔵されている地に古代の仏教遺跡が人類の遺産として立ち並ぶが、バーミヤン渓谷の大仏も破壊したタリバンはそれに関心がない。その点は現世利益を優先とする中国とタリバンは利害関係が一致する。
タリバンと中国はいずれ衝突する。厳格なイスラム法に基づく建国と統治を理想とするタリバンは超原理主義者であるのに対し、中国は超現実主義者であるからだ。
横柄な対外交渉を進めてきた中国の「戦狼」外交官は儒教のマスクをかぶってカブールに残る。孔子学院をカブールに設置してイスラム世界に進出しようとするが、その活動をタリバンがどこまで許容するのか。「帝国の墓場」は早晩、中国の野望を葬る地となるだろう。
◇
超原理主義者と超現実主義者、混乱の中では手を結ぶでしょうが、タリバンが中国の狙いを知らないわけはありません。資源開発を委ねて経済の基盤にしようともくろむタリバンと、その資源を最終的には自分のものにしようと狙う中国とは、いずれぶつかる時期が来るでしょう。
ただどちらも独裁的で先軍主義の部分は一致します。そして圧倒的に国力の優れた中国が、アフガンを属国化しようとしたとき、両者はゲリラ戦となるでしょうが、果たして帝国(中国)の墓場となるかどうか。なって欲しいとは思いますが。
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