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2022年1月

2022年1月31日 (月)

菅直人氏らに見る、立憲民主ベテラン議員の「炎上グセ」

News4457050_50  菅直人元首相のツイッター上の「維新、ヒットラー」の書き込みが炎上し、維新と立民の間の論戦を引き起こしているのは、周知の通りです。どうやらSNSが広範囲に普及したところに、鳩山元首相がツイッターを始めたところ、日本一のフォロワーを集めたことが引き金になって、多くの議員特に当時の民主党議員がツイッターを始めたようです。

 このツイッター上での議員の書き込みについて、特集を組んだzakzakの記事を見てみましょう。タイトルは『菅直人氏ら立憲民主ベテラン議員の「炎上グセ」 SNS重視の党方針の弊害か』(1/29)で、以下に引用して掲載します。

 ◇

1月21日、立憲民主党の最高顧問である菅直人・元首相がツイッターで日本維新の会と橋下徹氏について触れ、「ヒットラーを思い起こす」と投稿したことで、ネット上を中心に大きな騒動に発展した。立憲民主党では今年に入って、蓮舫氏が箱根駅伝で、現地で母校を応援するツイートをしたことが「自粛要請破りではないか」と批判を浴びたばかり。なぜ、立憲民主党のベテラン議員たちはネットで波紋を呼ぶことが多いのか。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が分析した。

* * *

今回の騒動のきっかけは菅直人氏の以下のツイートである。

〈橋下氏をはじめ弁舌は極めて歯切れが良く、直接話を聞くと非常に魅力的。しかし「維新」という政党が新自由主義的政党なのか、それとも福祉国家的政党なのか、基本的政治スタンスは曖昧。主張は別として弁舌の巧みさでは第一次大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす〉

これには日本維新の会・松井一郎大阪市長もツイッターで「誹謗中傷を超えて侮辱ですよね」と抗議した。ただ、名指しされた橋下氏は意外と冷静で、こうツイートしている。

〈まあ、いずれにせよ菅さんの今回のコメントは僕の弁舌についてのお褒めの言葉と理解しているが、安易にヒトラーを持ち出すことが不適切だとすら思わないのかね。政党間のバトルは私人として関知しないので好きなようにやってくれたらいいが、俺を巻き込まんでくれ。〉

時に日本の政治家の口からたとえ話や比喩としてヒトラー(ヒットラー)の名前が使われ、波紋を呼ぶことがある。2013年に麻生太郎氏が「ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ」「(ワイマール憲法をナチス憲法に変えた)あの手口学んだらどうかね」と発言して、野党から批判された。

社民党の福島みずほ氏は〈「ナチス政権の手口」についての麻生発言に関する質問主意書〉を提出し、当時民主党の辻元清美氏が〈麻生副首相のいわゆる「ナチス発言」「一部撤回発言」に関する質問主意書〉を提出するなど、ヒトラーおよびナチス関連の発言に対しては社民党も民主党(現・立憲民主党)も問題視していたことが分かるだろう。

そうした中で、今回の菅氏のツイートの直後から「#菅直人元首相を支持します」のハッシュタグがツイッターに登場し、一時期トレンド入りした。これは立憲民主党支持者を中心とするアンチ維新の野党支持者が立ち上げたものと推測されるが、「菅氏の“ヒットラー発言”は侮辱でもなんでもない」という主張なのだろう。

ネット上では、かつて安倍晋三・元首相が、顔写真にちょび髭をつけられて散々ヒトラー扱いされることがあったように、自分たちが独裁者認定した政治家のことをヒトラーにたとえるのはそれほど珍しくない行為のようだ。

◆毎度火を噴く「失策データベース」

しかし、野党支持者が作るこの手の「#○○を支持します」「#○○を許しません」的ハッシュタグはすぐにアンチ勢力に悪用され、野党議員たちの過去の失策が次々と貼られる状態となる。それはもはやネットの伝統芸だ。

そして、こうした時にクローズアップされるのが、立憲民主党のベテラン議員たちの行状なのだ。アンチの中には完全に2009年の政権交代選挙以前からウォッチャーとなっている者が多数おり、彼らの中には立憲民主のベテラン議員たちの失策データベース的なものが完成しているのである。「悪夢の民主党政権」と安倍氏がしきりと言っていたが、毎回これらの件が蒸し返される。疑惑レベルのものでもおかまいなしに叩かれる。

「蓮舫氏マジコン疑惑」「菅直人氏、『僕の方が原発に詳しい』&東電恫喝」「鳩山由紀夫氏、お母さんから月1500万円の“こども手当”」「原口一博氏、自衛艦はグーグルアースかなんかを見れば分かる発言」「枝野幸男氏、原発事故の際『直ちに問題はない』発言連発」……。

また、鳩山由紀夫・元首相は、政界引退後も韓国で土下座をしたり徹底的に親中韓発言を続けたため、ウォッチャーたちから叩かれ続け、 OBであろうとも立憲民主叩きの材料となっている。蓮舫氏に至っては、オリンピック等の国際大会で日本選手が優勝した際にツイッターで祝意を示すと「2位でもいいんじゃないですか?」と毎度突っ込まれる。

こうなる理由の一つは、立憲民主党があまりにもSNS及びネットの意見に振り回されているからではないだろうか。私は初のネット選挙解禁となった2013年の参議院選挙と、2014年の衆議院選挙で、当時の民主党関係者からネット関連の対策への助言を求められたことがある。ネットこそこれからの時代に国民の意見を聞き、それを政策に反映させる重要ツールだと捉えていることは分かった。

だが、立憲民主党にぜひとも改めてもらいたいことがある。議員も秘書も職員もSNSの支持者の意見を極めて重視しているのか、その意向に沿った政策を打ち出したりすることがあるが、それはやめた方がいいのだ。ハッキリ言うと、立憲民主党はネットの見過ぎなのである。

そのきっかけとなったのは、鳩山氏がツイッターを始めた時にすぐさまガチャピンを抜き、日本一のフォロワーを集めたことではないだろうか。そこで、人気があると思い込んでしまった。だからこそ、当時の内閣メンバーや中堅を中心にツイッターで積極的に発言するようになった。そうして今になって、上記のような「失策データベース」が火を噴くのである。

ツイッターを積極的にやっていなかった藤井裕久氏や仙谷由人氏といった大重鎮には、アンチ民主党の人々もあまり何も言えないし、そもそも彼らはネット上での存在感が低かった。さらにはベテランとはいえ、あからさまな親中韓姿勢を見せない馬淵澄夫氏、前原誠司氏、岡田克也氏らはつけ入るスキを作らなかった。

◆熱狂的支持者の意見に乗って作られた公約

一方、枝野幸男氏が代表のときは、上記のような炎上気質のある人々が中枢にいて、「#菅直人元首相を支持します」をトレンドに入れようとする熱狂的立憲民主党支持層のツイッター上の意見を重視するようになる。こうした人々は、一致団結して「アベ政治を許さない」というスタンスだったため、「共謀罪成立を許さない」「特定秘密保護補法成立を許さない」「森友・加計問題を許さない」「桜を見る会問題を許さない」「学術会議任命拒否問題を許さない」といったことをツイッターで何度も訴える。

これを見た立憲民主関係者は「これこそ世論だ!」「世の中の怒りはここにある!」「アベ政治打倒はこの点を突けばいい!」という思い込みをしてしまった。そして、学生運動を忘れられない高齢者を中心としたデモ隊がアベ政治打倒のため国会に押し寄せると「こんなに支持者がいるのか!」と彼らの路線にますます乗るようになる。これが如実に現れたのが、2021年9月の衆議院選挙で2回にわたって出された公約ではないだろうか。

「#政権取ってこれをやる」のハッシュタグをつけた公約は2021年9月7日に第一弾が発表された。大項目は、「政権発足後、初閣議で直ちに決定する事項」で、7個あった。

1.補正予算の編成(新型コロナ緊急対策・少なくとも30兆円)

2.新型コロナ対策司令塔の設置

3.2022年度予算編成の見直し

4.日本学術会議人事で任命拒否された6名の任命

5.スリランカ人ウィシュマさん死亡事案における監視カメラ映像ならびに関係資料の公開

6.「赤木ファイル」関連文書の開示

7.森友・加計・「桜」問題真相解明チームの設置

そして、同年9月13日に発表した第二弾は「自民党では実現しなかった多様性を認め合い『差別のない社会』へ」が大テーマで、以下が項目だ。

1.選択的夫婦別姓制度を想起に実現

2.LGBT平等法の制定/同性婚を可能とする法制度の実現を目指す

3.DV対策や性暴力被害者支援など、困難を抱える女性への支援を充実

4.インターネット上の誹謗中傷を含む、性別・部落・民族・障がい・国籍、あらゆる差別の解消を目指すとともに、差別を防止し、差別に対応するため国内人権機関を設置

5.入国管理・難民認定制度を改善・透明化するとともに、入国管理制度を抜本的に見直し、多文化共生の取り組みを進める

個別の公約についての意見は控えるが、これらはツイッターで熱狂的支持者が最重要課題としていたものばかりである。「#野党共闘」も彼らからスローガンとして掲げられ、実際、日本共産党に近寄るそぶりをみせ「立憲共産党」などと揶揄され、連合など支持母体からも困惑の声が上がった。そして、衆院選は大惨敗した。

かくして、立憲民主党は本質からズレた人気取り発言をし、アンチ野党の人々から炎上させられるということが続いてきたのだ。現在の泉健太代表は中道方向を取り込んでいくことを宣言。ならばこれまでの熱烈支持層からは距離を置いた方がいいのではないか。その方が参議院選挙では議席を増やせるように思える。そして、炎上を減らすため、ツイッター中毒のようになったベテラン議員やOBたちには「少しは黙っててください」ぐらい言ってもいい。

なお、菅氏はこの騒動冷めやらぬ27日、ツイッターに〈自治体の役人が優遇されているという、維新の「役人天国」批判に低所得者層の人達が共鳴し、支持を広げたとの分析が有力〉と投稿した。要するに「維新の支持者は貧乏人」という趣旨の発言をしたわけだが、「本日のおまゆう案件(お前が言うか案件)」「元首相がレッテル貼り」と再び批判を受けている。

 ◇

 立憲民主党は、SNSで炎上したり批判されたりしているのを、そのお返しに政府批判をしているのではないでしょうね。それはさておき、確かにSNSの怖さは、一旦発信すれば記録に残ることでしょう。拡散されれば匿名の誹謗中傷者の餌食になってしまいます。

 しかしどうしても言いたいことがあるときは、つい発信してしまうもの、良くも悪くもその影響は残ります。特に政治家のように、多くは本人名義で登録している人は、餌食になりやすい。しかしそれが国のため、国民のための政策提言であれば、仮に反対者に批判されても、その批判を消すようなもっと多くの賛同が得られるでしょう。

 多くの野党政治家の発信も、そうであれば支持率にもつながるかも知れません。ただこの記事にあるように、ネットでの多く寄せられた記事を鵜呑みにして、それをコピーして発信するようなら、意味がありませんが。

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2022年1月30日 (日)

史実をねじ曲げ反日を続ける韓国に、今こそ正論でもって反論大攻勢を

Hqdefault_20220130101001  28日岸田首相は、「佐渡島の金山」の世界遺産登録申請を決断しました。この決断とその経緯に関し、産経新聞は次のように伝えています。

佐渡金山 世界遺産に推薦へ 慎重論覆し首相決断

岸田文雄首相は28日、「佐渡島の金山」(新潟県)を世界文化遺産に登録するよう国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦する方針を明らかにした。韓国が戦時中に朝鮮半島出身者らへの「強制労働」があったなどと反発し、政府も一時見送る方向で調整したが、最終的に首相が韓国側の主張は事実誤認で国際社会に真実を訴えるべきだと判断した。推薦書の提出期限である2月1日に閣議了解する見通し。正しい事実関係を国際社会に訴えるため、省庁横断型のタスクフォースを立ち上げる考えも明らかにした。

佐渡金山をめぐっては、文化審議会が昨年末に登録に向けた国内候補に選出した。この際、韓国外務省が「強制労働させられた被害の現場だ」などとして、即時撤回を求めていた。

政府は「強制労働」は事実誤認で「独自の主張は受け入れられない」(林芳正外相)とし、韓国側に抗議した。ただ、外務省には、韓国が慰安婦資料の登録を目指した「世界の記憶」(世界記憶遺産)に関連し、関係国が合意しない限りは申請しない制度改革を日本が主導した経緯も踏まえ、推薦に慎重論も強かった。

しかし、今回の申請対象は「江戸時代まで」に限定しており、勤務した朝鮮半島出身者らには給与などが支払われている。自民党の保守系議員からは「論戦を避ける形で申請をしないというのは間違い」(安倍晋三元首相)などと推薦を求める声があがっていた。

首相は地元が推薦を強く求めたことや、見送った場合は韓国側の主張を黙認したような印象を与えかねないことも考慮し、推薦を最終決断した。

一方同産経新聞は、この決断に先立ち、韓国側の「強制労働」主張に対し、次のような阿比留瑠比氏の反論のコラムを掲載しています。

韓国「強制労働」放置なら禍根残す

24日の衆院予算委員会での自民党の高市早苗政調会長の質問を聞いていて、政府が何と答弁するか耳をそばだてた場面があった。高市氏が昭和34年の外務省記事資料の内容について、現在も政府の公式見解か否かを問うたところである。

高市氏は資料の内容について具体的に触れなかったので、国会中継を見ていてもよく分からなかった人もいることだろう。そこで補足すると、資料にはこう記されている。

「現在日本に居住している朝鮮人の大部分は、日本政府が強制的に労働させるためにつれてきたものであるというような誤解や中傷が世間の一部に行われているが、右は事実に反する」

「現在登録されている在日朝鮮人の総数は約61万人であるが、最近、関係省の当局において、外国人登録票について、いちいち渡来の事情を調査した結果、右のうち、戦時中に徴用労務者としてきたものは245人にすぎないことが明らかになった」

「現在日本に居住している者は、前記245人を含みみな自分の自由意思によって日本にとどまった」

また、昭和14年から20年の終戦直前までに約100万人も増加した内地の朝鮮人のうち、①約70万人は自ら職を求めてきた個別渡航と出生による自然増加②残りの30万人の大部分は鉱工業、土木事業などの募集に応じて自由契約に基づき渡来した③国民徴用令により導入された徴用労働者の数はごく小部分であり、所定の賃金などが支払われている-とも明記されている。

この資料は高市氏が「そんな古い資料はもうない」と渋る外務省に探させたところ、「昭和35年の『外務省発表集10号』の中にあった」と提出してきたものである。記事資料とは「外務省の正式発表のうち、外務報道官としての公式見解などを表明するもの」と位置づけられている。

高市氏は12年前、民主党の鳩山由紀夫内閣当時の平成22年3月の衆院外務委員会で、岡田克也外相に同じ質問を投げかけている。岡田氏の答弁はこんなそっけないものだった。

「ちょっと今、急に聞かれても私、把握しておりませんので分かりません」

そこで岸田文雄内閣の答弁を注目したところ、林芳正外相はこう答えていた。

「ご指摘の記事の資料の存在について承知をしている。数字などが正確であるかどうかについては、それを否定する客観的な情報はないということだが、現時点で詳細について確認することはできないため、お答えするのが困難だ」

なぜわざわざこんな曖昧な答弁をするのかはよく分からないが、「否定する客観的な情報はない」のだったら、現在も政府の公式見解だということになる。

高市氏が国会でこの問題を最初に取り上げたのは、もともと民主党政権が永住外国人への地方参政権付与を目指していたことが背景にある。

例えば、当時の原口一博総務相は「自分の意思に反して(日本に)連れてこられた人が、地方で投票の権利を持つのは日本の国家として大事なことだ」と主張していた。この認識自体が大間違いなのである。

ただ、悪貨が良貨を駆逐するように、悪意ある誤情報が事実を覆い隠し見えなくすることは少なくない。在日韓国・朝鮮人は強制連行されたから日本にいるわけではない。

「佐渡島の金山」(新潟県)の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産への推薦に関しても、一番重要なのは登録の可否ではないのではないか。

韓国が「韓国人の強制労働の被害現場だ」と虚偽に基づく宣伝戦を仕掛けていることに対し、受けて立つか立たないかこそがまさに問われている。

岸田首相自身も24日の衆院予算委で、昨年4月に閣議決定した「『募集』、『官斡旋(あっせん)』及(およ)び『徴用』による労務については、いずれも強制労働に関する条約上の強制労働には該当しない。これらを『強制労働』と表現することは適切ではない」との政府の立場を踏襲すると答弁しているではないか。

「いわれなき中傷には毅然(きぜん)と対応していく」

岸田首相はくしくも、昭和34年の外務省記事資料と同じ「中傷」という言葉を用いてこうも述べた。中傷とは、「ありもしないことを言って他人の名誉を傷つけること」であり、高市氏のいう「国家の名誉にかかわる事態」を座して見過ごしてはならない。

韓国による中傷を放置すれば禍根を残す。

 ◇

 今回の「佐渡島の金山」の世界遺産登録に関し、真っ先に慎重姿勢を示したのは外務省でした。理由は「韓国の反対のリスクがある」と言うことでした。登録審査には審査国の全会一致が原則で、韓国が反対に回れば、登録できないというものです。

 これなどまさに、今まで日本が中韓などの歴史戦に負け続けてきた、根本要因です。戦わずして負けを認める、こんな腰が引けた外交を続けてきたからこそ、今の韓国の日本への高飛車な態度を作り上げてしまったのです。

 しかもこの件に関しては、阿比留氏の指摘の通り、歴史的な根拠はありません。堂々と論破すればいいだけの話です。それに対し外務省は韓国の執拗な反対に怖じ気づいたのでしょうか、登録申請を躊躇していたわけです。国益を全く考えず、難敵だからといって反論すらしようとしない、こんな外務省は日本に要りません。幹部を含め総入れ替えが必要でしょう。

 そして史実をねじ曲げ、無理難題をふっかけてくる韓国に対しては、政府も外務省だけに頼らずに、安倍元首相や高市政調会長、民間の櫻井よし子氏や門田隆将氏のような保守論壇を前面に立てて、徹底論破していくべきでしょう。慰安婦も徴用工も含めて。

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2022年1月29日 (土)

中国経済が直面する“三重苦”、ゼロコロナ政策とオリンピックと政治イヤーが目下の要因

K10013443651_2201241449_2201241449_01_02  北京五輪の開幕(開会式)が1週間後に迫る中、ゼロコロナを推進する中国では、ロックダウンや外出禁止、都市ぐるみのPCR検査など、感染撲滅に躍起となっています。

 しかしこうした徹底的な人流抑制は、当然経済には大きなダメージとなって跳ね返ってきます。加えて今年秋には、習近平政権が3期目に突入するための、共産党大会が予定されていて、国内の無用な混乱を抑えるために、ますます経済への悪い影響は出てくるでしょう。

 そう言った中国経済の現状を、各地で取材した記事を元にした、NHKWEB「ビジネス特集」から見てみましょう。タイトルは『中国経済が直面する“三重苦” 世界最大のリスクに?』(1/24)で以下に引用します。

 ◇

「売り上げがまったくない状態が続き、家賃を支払うには貯金を取り崩すしかない」

こう嘆くのは中国・広東省にあるレストランの経営者です。

中国政府は、コロナ対策と経済回復で世界の先頭に立っていると強調しますが、同時に、経済が“三重苦”に直面していることを認めています。

世界経済の最大のリスクになる可能性まで指摘される中国経済。

各地を取材すると、V字回復から一転して減速が続く今の課題が浮き彫りになってきました。(中国取材班)

***********

  • 三重苦その1「需要の収縮」

冒頭のレストランが苦境に陥ったきっかけは、12月、店がある広東省東莞で新型コロナウイルスの感染が発生したことでした。

感染者数は26人でしたが、感染者が出た行政区の約80万人が区の外に出ることを禁じられました。

中には封鎖された地区もあり、周辺の店は開店休業の状態が続いて、外出制限が1月5日に解除されたあとも客足は戻っていません。

理髪店の店員は「町にまったく人がいない。店を改修したばかりなのに、商売にならない」とこぼします。

徹底した感染対策で人の移動が制限され、消費が停滞する。

それが三重苦の1つ目、「需要の収縮」につながっているのです。

“ゼロコロナ”が景気には逆効果

感染を徹底して抑え込もうというゼロコロナ政策で、中国では、コロナ禍からの景気回復がいち早く進んできました。

しかし今、あまりに厳しい対策が景気に逆効果をもたらしています。

内陸部の陝西省・西安では、12月に約200人の感染者が確認された段階で、約1300万人に上る全市民を対象に厳しい外出制限が実施されました。

市民は原則として自宅にとどまるよう求められ、各家庭1人に限り、2日に1回の食料品などの買い出しだけが認められました。

首都・北京では、1月中旬にオミクロン株の感染が確認されると、感染者の14日間の行動履歴が事細かく公表され、同じ店に立ち寄った人は当局に報告することが求められました。

立ち寄り先のショッピングセンターでは、どのエレベーターに乗ったかまで公表されたほどです。

オリンピックも重荷に?

北京では冬のオリンピック・パラリンピックが間近に迫り、何としても大会を成功させたい政府は、感染状況に神経をとがらせています。

中国では旧正月にあたる春節にあわせた連休が1月31日から始まりますが、感染拡大を防ぐため各地の当局は「今生活している場所で年越しを」と呼びかけています。

オリンピックの開催を意識した行動制限ですが、景気の重荷になることが懸念されています。

  • 三重苦その2「供給面の打撃」

こうした需要=消費の停滞に加えて、三重苦の2つ目になっているのが「供給のダメージ」です。

供給=企業の生産を苦しめているのは何なのか。

取材したのは広東省東莞の靴の素材メーカーです。

海外の有名ブランドなどに靴のかかとやつま先に入れる芯などを出荷していますが、原材料価格の高騰が経営を圧迫しています。

さらに、輸出向けの物流が混乱している影響で物流コストも2倍近くに膨らんでいるといいます。

靴の素材メーカー 何家明社長

「消費の低迷に加えて感染拡大が繰り返し起こる状況で、経営環境は厳しい」

感染していなくても隔離

では、物流網の混乱はなぜ起きているのか。

欧米や日本などとの間での貨物を取り扱う日系の物流会社を取材すると、ここでも、厳しいゼロコロナ政策が要因の1つになっていることがわかりました。

この会社では、空港では海外から配送された貨物を防護服着用の作業員が1つ1つ念入りに消毒しています。

また、消毒される前の貨物を扱う従業員は、勤務にあたる2週間、指定の宿泊施設と現場との間を専用車両で移動する以外、原則外出は認められないということです。

その後1週間は宿泊施設の部屋で隔離となり、さらに1週間、自宅で経過観察をし、そして、再び空港での勤務に戻るという働き方が続いています。

こうした対策によって人手の確保が課題になっているほか、消毒作業などで上海での航空貨物の輸入には1か月あたり日本円で約3000万円の追加コストがかかっているといいます。

さらに、12月にコンテナの取扱量で世界3位の港がある浙江省・寧波で感染が発生した際には、港に出入りするトラックの運転手は陰性証明の提示が必要になるなど、管理が厳しくなり、貨物の運搬に大きな影響が出ました。

港がある都市で感染が広がるたびに対策が厳しくなることが、結果として、世界的なコンテナ不足を背景に高騰している貨物の運賃をさらに押し上げる原因にもなっています。

NX国際物流(中国)廣田靖経営戦略本部長

「ゼロコロナで安心安全を確保できるものの、あまりに対策が徹底しているところがあります。サプライチェーン(供給網)は守り抜いていきますが、コストと時間はかかるため、顧客には理解していただきたいです」

  • 三重苦その3「期待の低下」

中国経済を取り巻く“三重苦”。

その3つ目が「先行きへの期待の低下」です。

取材に向かったのは、「家具の都」とも呼ばれる、広東省仏山の家具業者が集積する地区です。

大通りの両側に3キロ以上にわたってずらっと家具業者が並び、販売店の数は3000以上。

店舗面積は合わせて300万平方メートルと、東京ドーム64個分にも及びます。

旧正月直前のこの時期は、本来、1年で最も忙しいといいます。

しかし、客の姿はまばらでした。

店員に聞くと「この1週間何も売れていないよ」といった声も。

「家具の都」を直撃する不動産市況

「家具の都」に影を落としているのが、マンションなどの不動産市況の悪化です。

「恒大グループ」の経営危機に象徴されるように、今、中国の不動産業界は開発や販売が減少しています。

12月までの3か月間に全土で販売された不動産の面積は前年同期比で約16%減少。

それが、家具などの住宅用品や建築資材といった関連産業への打撃になっているのです。

コロナ前と比べて売り上げが3分の1ほどに落ち込んでいるという店の経営者の男性は、「マンションが売れていないのだから家具を買う人もいない。今は以前稼いでためたお金を取り崩して耐えているけれど、それがなくなったら田舎に帰って農業をするしかない」と嘆いていました。

中国の不動産業界は関連産業も含めるとGDPの4分の1ほどを占めるとも試算されるほどすそ野が広い産業です。

その業界の不透明感が企業や人々にのしかかり、先行きへの期待を低下させているのです。

“政治イヤー”で危機感も

こうした現状に中国政府は危機感を募らせています。

それを裏付けるように、中国人民銀行は2か月連続で事実上の政策金利の引き下げに踏み切りました。

背景にあるのは、ことしが中国にとって重要な“政治イヤー”だという点です。

習近平国家主席が3期目以降の続投をにらむ、5年に1度の共産党大会が年後半に予定されているのです。

過去に共産党大会が開かれた年は成長が加速する傾向にあり、専門家の間では、政策によって景気が下支えされるという見方が広がっています。

一方で、そこには苦しさも透けて見えます。

大事な年だからこそコロナ対策で失敗するわけにはいかない、つまりゼロコロナの旗を降ろしにくい状況があるのです。

厳しい感染対策は今後も繰り返され、消費回復の足を引っ張る懸念があります。

また、政府は不動産市況の悪化につながっていた不動産企業への規制をやや緩和させる姿勢を示していますが、バブルを防ぐという目的からすると、大きな方針転換はしにくい事情もあります。

アメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」は、ことしの最大のリスクとして、中国のゼロコロナ政策が失敗し、世界経済が混乱する可能性を指摘しています。

中国政府は、ことしの経済運営の方針として「安定最優先」を掲げていますが、難しいかじ取りを迫られていると思います。

 

 中国は早晩人口減少社会が訪れます。いや、もう既に減少が始まっているかも知れません。それに先んじて労働力人口も減少に転じていて、日本の後を確実に追いかけてくるでしょう。そして韓国同様、この先日本よりそのスピードは確実に高くなることが予想されます。

 それによって生じる経済のダメージは、日本で既に実証済みです。この人口減少は目先の「ゼロコロナ政策」や「政治イヤー」とは違って、ボデーブローのように将来へ向けて効いてきます。その入り口にさしかかったと言っていいでしょう。

 おそらく今年は、中国経済の大きな転換点になると言っていいでしょう。そして習近平政権の経済政策の失政が、この先も続くことになれば、経済の失速は加速される可能性は十分あります。経済が下り坂になれば、共産党への国民の信頼は揺らぎ、習近平体制への大きなリスクとなるでしょう。世界経済への影響は甚大ですが、権威主義国家の弱体化につながることになれば、日本を含む民主国家群にとって今世紀最大の朗報となるでしょう。

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2022年1月27日 (木)

山口敬之氏:「伊藤詩織」問題 金平茂紀と望月衣塑子の正体

Images-3_20220127111001  今回は日本のテレビと新聞という、国民に、特に高齢者に身近なメディアの偏向ぶりについて取り上げます。偏向の代表格TBSと東京新聞。中でも偏向をまさに地で行くのが、金平茂紀報道キャスターと望月衣塑子社会部記者です。

 ちょうどこの二人を取り上げた記事が、月刊hanadaプラスで公開されていました。例の「伊藤詩織問題」で訴えられた、ジャーナリストの山口敬之氏の投稿です。少し前の記事ですが、月刊hanadaプラスがネットで再公開したのは、未だくすぶるこの事件の、山口氏側からの主張を明らかにする意図があるようです。

 私はこの事件の真相よりも、上記二人の偏向した人物が、この事件をいかに一方的な見地から扱ったかを、取り上げたいと思います。タイトルは『「伊藤詩織」問題 金平茂紀と望月衣塑子の正体|山口敬之』(1/24公開)で、以下に引用して掲載します。

 ◇

「犯罪事実があった」とする伊藤詩織氏の主張は、検察と検察審査会によって、2度にわたって退けられた。日本の法制度上、刑事事件としては完全に終結し、伊藤氏の私を犯罪者にしようという目論見は失敗に終わったのである。ところが、私に一切取材依頼や問い合わせを行わないで、新聞やテレビで発信をしたり、記者会見で発言をしたりした人物が、少なくとも2名いる。そのうちのひとりが金平茂紀であり、もうひとりが望月衣塑子である――。(初出:月刊『Hanada』2018年1月号)

**********

記者とはどのような職業か

金平茂紀。TBS系列で土曜日夕方に放送されている「報道特集」のキャスターを務めるこの男は、自らを「ジャーナリスト」 「生涯一記者」などと称しているが、金平は決して「記者を名乗る資格がない」人物である。

私がある人物について「記者を名乗る資格がない」という以上、まずは記者とはどのような職業かについて定義しなければならない。医師や弁護士、政治家などは、資格試験に合格するとか選挙で当選するとか、その職業を名乗るための客観的条件が明確にある。ところが、記者にはそれがない。

それでは、記者を記者たらしめているものは何か。発信ツールを大手メディアが独占していた昔と異なり、誰もがインターネット回線を通じて情報を発信できる時代になったからこそ、この問いかけの重要性が増している。

私は1990年にTBSに入社し、報道局に配属された。以来26年間、報道局で「記者」という立場にいた。そして、TBS報道局で、あるいは社会部や政治部の現場で、記者が記者であるために最も重要なこととして常に強調され続けたのが、2つのシンプルなことだった。

①主張が対立している場合、その双方を公平に取材する

②常識に囚われることなく、「万が一」 「まさか」の可能性を徹底的に追及する

これは、よく考えれば当たり前のことであり、ジャーナリズムの基本中の基本である。①について言えば、主張の異なる双方を取材しなければ、物事を片側からしか観察していないことになるからである。

②もまた重要である。一見、被害者に見える人物が加害者だったり、一見、国民生活を向上させるように見える法案に大きな悪意や欠陥が潜んでいたりするからである。

決して常識に囚われることなく、わずかな可能性であってもゼロでなければ否定せず、すべての可能性をひとつひとつ潰していってこそ真実に行きわたるというのである。

金平発言は「極めて歪で偏った認識」

記者が記者を名乗る最低限の条件として、①と②を掲げたとして、それでは金平がなぜ「記者を名乗る資格がない」のか。この説明は極めて簡単だ。金平は2017年10月24日に外国人記者クラブで行われた伊藤詩織氏の記者会見で、こう述べた。

「私はTBSの元ワシントン支局長です。私と同じ組織に属していた元同僚、部下が詩織さんにとった行動というのは、私は理解できないくらい怒りを覚えています」

今回の案件は、簡単に言えば、伊藤氏は「犯罪事実があった」と主張し、私は「犯罪事実はなかった」と主張するという、二者の主張が真っ向から対立した案件である。

金平は伊藤氏の会見に出席して発言を聞き、伊藤氏側の主張は金平なりに取材したのだろう。ところが、もう片方の当事者である私に対しては、金平はいまのいままで、一切の取材をしていない。

金平の発言の前提となっている事実認識は、記者を名乗る人物としては全く不十分かつ不平等な取材の結果、伊藤氏側の主張だけを採用した「極めて歪で偏った認識」だと断定せざるをえないのである。

2017年5月29日、伊藤氏が1回目の記者会見をした前後から、私の所には多くの質問状や取材依頼が寄せられた。大手新聞、通信社、テレビ局、ラジオ局、フリーランスのジャーナリスト、はてはテレビコメンテーターからも、質問状や面会を申し込むメールや書状が届いた。

これはある意味では当たり前のことである。「記者」を名乗る人物にとって大前提となる基本動作だからである。これらの質問状や取材依頼に対して、私はまず「法に触れることは一切していない」という声明を発表したうえで、反応する意味があると判定したものについては回答書を寄せたり、取材に応じたりした。

ところが、新聞・通信・テレビに所属する、いわゆる大手メディアの記者を名乗る人物で、私に一切取材依頼や問い合わせを行わないで、新聞やテレビで発信をしたり、記者会見で発言をしたりした人物が、少なくとも2名いる。そのうちのひとりが金平なのである。

刑事事件としては完全に終結

私に取材依頼をした「記者」たちのなかには、私と面識がなく、連絡先を知らない者も多くいた。それでも彼らは、たとえば私の本を出した出版社に問い合わせをしたり、知人経由でTBS関係者まで辿り着いたりして、私の連絡先を何とか探した。

ところが、金平はどうだ。私はTBS報道局に26年間いたから、その気さえあれば、金平はいとも簡単に私の連絡先を入手できたはずだ。あるいは、金平の携帯やパソコンには、いまでも私に繫がる連絡先が保存されていてもおかしくない。

しかし、この案件が最初に報道されてから半年が過ぎるいまも、金平は私に全く取材をしていないのである。この1点だけを見ても、金平茂紀は「記者を名乗る資格の全くない人物」と断定できる。

そもそも記者の2条件のうちの①について完全に失格の烙印を押された金平が、条件②について「万が一の可能性」まで検討しているはずもない。しかし、金平が「劣等な記者」ですらなく、そもそも「記者を名乗る資格がない」人物だということを理解していただくために、あえて言及しよう。

今回の案件は、「犯罪事実があった」と主張する伊藤氏の主張は、検察と検察審査会によって、2度にわたって退けられた。日本の法制度上、刑事事件としては完全に終結し、伊藤氏の私を犯罪者にしようという目論見は失敗に終わったのである。

普通の記者ならば、「なぜ伊藤氏の主張は退けられたのか」という点をまず検証する。しかし今回の場合、テレビのワイドショーや週刊誌の報道は、取材も根拠の提示もなく、盲目的に伊藤氏側の主張に寄り添うものが少なくなかった。

たしかに、うら若い独身女性が「レイプ被害に遭いました」と顔出しで告発すれば、世間の注目を一気に集めるだろう。そして、「記者でない一般の人」であれば、顔を出して告発した伊藤氏に同情し、「薬物を盛られて意思に反して性行為がなされた」という彼女の主張を信じてしまうかもしれない。

しかし、そこで「ちょっと待てよ」と立ち止まるのが、一般人と記者の違いである。しかも今回の場合は、客観的証拠を元に、検察と検察審査会が2度にわたって彼女の主張を退けているのである。伊藤氏の主張に辻褄が合わないところがあったのではないかと考えるのが、普通の記者である。

証明するのは伊藤詩織の最低限の義務

警視庁の捜査員は捜査の過程において、2015年4月3日深夜から朝にかけて、伊藤氏が「ブラックアウト」(アルコール性健忘)という状態になったと推定した。要するに、伊藤氏は朝まで意識がなかったのではなくて、寝る前に一定時間起きて行動していたが、そのことを覚えていない可能性が強いというのである。

伊藤氏の「犯罪事実があった」との主張は、「朝まで意識を失っていた」ということがすべての前提となっている。ところが、真実は違う。ビールやワインや日本酒を飲みすぎて、自分のしたことを覚えていないだけなのである。

あの夜、自ら飲みすぎて自力で帰宅できないほどの酩酊状態となった伊藤氏は、タクシー車内やホテルの部屋やトイレで繰り返し吐き、そのまま眠ってしまった。その後、起きてトイレに行った伊藤氏は、自分が様々なところに吐き散らかしたことに気が付き、私に対して猛烈に謝罪してきた。

トイレに起きたあとのことを伊藤氏が全く覚えていないとは正直考えにくいというのが私の立場である。伊藤氏は、本当は覚えているのに私を犯罪者に仕立て上げるために黙っているか、あるいは自分に都合よく記憶を書き換えてそれを信じ込んでしまうタイプの人物なのだと思っている。

しかし百歩譲って、伊藤氏が本当に覚えていないとしても、それは警察の言うとおり、飲みすぎて記憶が飛んでしまった「アルコール性健忘」なのであって、そもそも犯罪行為など全くなかったのである。

繰り返すが、善意に解釈しても、伊藤氏はアルコールを自ら過剰に摂取したために、自分で何をしたか忘れてしまっただけなのである。「犯罪事実がなかった」以上、警察も検察も検察審査会も、伊藤氏の主張を退ける。当たり前のことである。

しかし、その真実を受け入れられないばかりに、「事件が消される」 「社会システムがおかしい」というのであれば、まず自分が「アルコール性健忘に陥った可能性が全くない」というところから証明するのは伊藤氏の最低限の義務である。

ところが金平は、この「アルコール性健忘」という、警察と検察と検察審査会が認定した可能性すら、何の根拠も示さずに門前払いしている。「酒を飲みすぎて記憶が飛んでしまう」という珍しくもない話があの夜の伊藤氏に起きなかった、と金平は根拠をもって証明できるというのか。

自らを記者と自称するなら、自分で何を取材し、どういう結論に立ち至ったのか説明してみるがいい。当事者である私に一切連絡も取らないで十分な取材をしたというなら、金平に記者の資格はあるまい。

Abe TBSによる不可解なテロップ映像

そして、金平が報道局長となって1年あまりが経った2006年7月21日、TBSは夕方のニュースで第二次世界大戦中の日本陸軍731部隊について特集を放送した。特集の内容は、終戦後に日本上陸を果たすであろうアメリカ軍に対して、細菌兵器で攻撃する計画が731部隊にあったというものであった。

しかし、物議を醸したのは内容ではなく、特集VTRの冒頭部分だった。なぜか企画と全く関係のない当時の安倍晋三官房長官のフリップが3秒間にわたって映し出され、そこに「ゲリラ活動!?」というテロップがかけられていたのである。

当時は、時の小泉首相が9月の自民党総裁任期満了をもって勇退することがわかっており、後任として「麻垣康三」、すなわち麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、そして安倍晋三が後継候補として取り沙汰されていた。なかでも、小泉の覚えめでたい安倍は最有力と見られていた。

このため、このVTRは、細菌兵器開発を行っていたとされる731部隊の特集の冒頭で無関係な安倍氏の映像を使うことにより、安倍氏に対する悪いイメージをすり込もうという、TBSによる悪質な印象操作として大きな問題となった。

放送事業を統括する総務省はすぐ調査に乗り出し、3週間後の8月11日、TBSに対して、放送法に基づく厳重注意の処分を下した。

その後、私は会社上層部の依頼を受け、安倍氏に「手打ち式」に出席するよう依頼した。TBS側は井上弘会長(現民放連会長)と石原俊爾社長と私、安倍氏側は本人と秘書1名が参加して、赤坂の料亭で会食をした。

そして会食が無難に終わって安倍氏側を送り出したあと、井上氏と石原氏は隣りのバーで一杯やることになった。この時、井上氏は私に驚くべきことを言った。

「あの安倍というのはダメだね。あんな右翼政治家じゃなくて、福田(康夫)さんとか二階(俊博)さんとか、もっとアジアの国とうまくやっていける政治家を称揚しなきゃ」

長くTBSトップに君臨する井上が、たったいま手打ちをしたばかりの安倍氏に対して嫌悪感をき出しにしたのである。その安倍氏に対する抑えきれない感情は、金平と同質のものに見えた。気まずい空気になったところに、政治部経験のある石原氏が割って入った。

「政治部の記者というのは、好むと好まざるにかかわらず、担当させられた政治家の取材をしなきゃならんのですよ」

この井上氏こそ、1年半前に金平を報道局長に抜擢した張本人だったのである。TBSが継続して反安倍のスタンスをとり続けているのは、こうした幹部社員の生理的嫌悪と無関係ではない。

「見るだけで反吐が出る安倍晋三」

そして時が流れて、この「731企画事件」の騒動も収まり、人々の記憶から忘れられつつあった頃、私はある政治部経験者から、驚くべき情報を入手した。

それは、問題の731特集が作られる少し前のことだったという。この政治部経験者は、あるカウンターの割烹で金平と食事をした。ほどなく731特集を制作し、のちに処分されることになるK記者も同席していた。そこで金平は、またも驚くべきことを口にしたと言う。

「このままいくと、見るだけで反吐が出る安倍晋三が総理大臣になっちゃうぞ」

この時の金平は、「怒髪天を衝く」ような勢いで、感情を抑えきれない常軌を逸した表情に見えたという。この描写は、1年前に報道局長室で向かい合った時に私が感じた金平の異常性と酷似していた。

「何とか阻止できないのかよ。あんなのが首相として毎日うちのニュースに出てくるのは、俺には耐えられないんだよ」

これに対してK記者も金平に同調し、金平ほど興奮した様子ではないものの、安倍氏について批判的な発言を繰り返した。金平はその後も、大学の後輩でもあるK記者に執拗に要求したという。

「なんでもいいから、できることはないのかよ」

そして、その数週間後の7月中旬。当時の報道局幹部の証言によれば、完成した「731部隊企画」を報道幹部がプレビュー(試写)した。不自然なドリー(カメラを回したまま移動する撮影技術)から始まるVTRの冒頭に安倍氏の顔が3秒近くも映され、そこに「ゲリラ活動?」という唐突感の否めないテロップが載せられていた。

テロップの意味は当時は謎とされていたが、いまになって考えれば、金平の命を受けて特集を制作したK記者による、安倍氏を貶める「ゲリラ活動」という意味だったとすれば、すっきりと辻褄が合う。

この冒頭シーンの撮影を担当したカメラマンは、カメラワークに対してはK記者から細かい指示が出て、何度か撮り直したと証言している。そして冒頭の映像は、毎回、安倍氏の顔を何秒か映してからドリーに入るよう求められたというのである。

プレビューでも、この異常な冒頭のシーンは問題点を指摘されることなく見逃され、この特集は夕方のニュースとしては異例の長さを割いて大きく扱われた。

記者ではなく、薄汚い活動家

放送直後から、VTRに込められた露骨な悪意に注目が集まった。そして、総務省の厳重注意処分が下されたのと相前後して、K記者も処分されて報道の現場から去った。

しかし金平は何食わぬ顔をして、その後、2年間にわたって報道局長の座に留まり続けた。金平が報道局長という職位を使って部下に安倍氏を貶める特集VTRを作成させたにもかかわらず、トカゲの尻尾切りよろしくK記者だけに責任を擦り付けたのではないかという疑惑は、いまでもTBS関係者の間で燻り続けているのである。

はっきりしているのは、金平という報道局長が安倍氏の総理大臣就任を何とか妨害したいという意思をK記者に伝え、その後、自民党総裁選の2か月前というタイミングで、安倍氏を悪意をもって貶める放送がなされたという事実である。

金平が直接指示して安倍氏を貶める映像を作らせたのか。あるいは割烹での金平の発言を忖度したK記者が作ったのか。森友・加計問題で政権内部の「忖度」について舌鋒鋭く批判していた金平には、この事件に対する自分の関与を明らかにする義務がある。

金平という男は、気に入らない政治家を貶めるためなら、記者としての基本動作も放棄し、同僚や部下を平気で裏切り、自分だけは生き残ろうとする唾棄すべき人物である。そして放送局の報道番組のキャスターという、公平中立を標榜しなければならない仕事をしているにもかかわらず、いまなお反安倍政権の集会に出ては発言を繰り返している。

改めて繰り返すが、金平は記者を名乗る資格がない。「キャスター」という肩書に変装した、薄汚い活動家である。

望月衣塑子も記者を名乗る資格なし!

大手メディアの記者を名乗る人物で、私に全く取材することなく記事を書いたり、記者会見で質問したりするものが2人いると述べた。ひとりが金平であり、もうひとりが東京新聞の望月衣塑子である。

彼女は、伊藤氏の1回目の記者会見が行われた5月末以降、菅官房長官の記者会見に現れては、この案件について執拗に質問を繰り返した。

しかし、私の実名を挙げて質問をし、記事まで書いているのに、私にはいまに至るまで一切取材をしてこない。主張が対立する一方の当事者を全く取材しなかったという点において、この人物もまた、記者を名乗る資格がないことは明らかである。

さらに、望月の質問や発信は偏っているばかりでなく、根本的に事実認識を間違っていることが少なくない。7月13日に公表されたインターネットメディアのインタビューで、望月はこんなことを述べている。

・詩織氏のお話では、2人が出会ったのは2015年3月末、詩織氏が働いているバーに山口氏がお客としてきた。

・また、関係者に取材したところ、事件が起きた日に、山口氏と詩織氏が訪れたレストランは、山口氏のお父さんも愛用する「値段のないレストラン」だったそうです。

・山口氏のお父さんは、有名な元野球選手の顧問弁護士などもやられている方だと聞いています。

そう長くない記事のなかで出てくるこの3つの文章は、時期や場所、その内容など、取材の5W1Hの基本情報が根本的に間違っている。

望月は菅官房長官の毎日の記者会見でも、認可されていないものを認可されたと述べたり、円とドルの単位を誤ったりと、質問内容が不正確であることが多く、繰り返し批判されている。これは、記者としての望月の能力の低さを示している。

たとえば、「事件が起きた日に訪れたレストランは、山口氏のお父さんも愛用する値段のないレストランだった」という表現はあらゆる意味で間違っている。どこが間違っているかではなく、すべてにおいて虚偽である。

私の父は、プロ野球選手の顧問など1度もしたことがない。望月は、誰に何を取材したのか。私に取材をすれば、それが事実でないことはすぐに確認できる。それなのに、全く事実と異なることを公に発表してバレないと思っているのだろうか。記者以前に、人間としての神経を疑う。

前川喜平と伊藤詩織と望月を守る会

ただ、問題は事実認識を誤っていることだけではない。望月の虚偽情報は往々にして、彼女が貶めたい人物の印象を悪化させるべく盛り付けて書かれているのだ。

そもそも私の父の職業が、この案件と何の関係があるというのだ。望月の狙いは、山口と山口家が、庶民の生活とはかけ離れた金満な生活を送っているという印象を読者に刷り込むという意図が明白である。実際に私が訪れた2軒の飲食店は、極めて安い庶民的な串焼き屋と、サラリーマンでも通える良心的な価格の寿司店である。

「普通の悪質な記者」であれば、他者を貶める記事を書くときには、特に事実確認を慎重にするものである。ガセ情報を裏どりもせず、全く事実と異なることを発信して相手を貶める望月は、記者ではなく詰めの甘い活動家である。そして望月の記事やインタビューは、根拠なく私と私の家族の名誉を著しく毀損する犯罪行為である。

私に会ったことも取材したこともない望月が、どうしてここまでして私を貶めるのか。望月の言動から透けて見えるのは、「反安倍」という明確な姿勢である。

「天下り問題で文部科学次官を更迭された前川喜平氏と、伊藤詩織氏と、望月を守る会」というのがある。そしてこの会員は、私と私の家族に対して、現在でも執拗に誹謗中傷、罵詈雑言のメールや書簡を送りつけてきている。

そして前川氏は「伊藤詩織氏は私よりも何倍も勇気がある」と持ち上げ、望月は前川氏と伊藤氏と相互に連絡を取り合っていることを認めている。

政権を貶める印象操作で協力

要するに、望月の記事は、「前川氏と伊藤氏と望月氏を守る会」の会員が私に送り付けてくる下品な罵詈雑言と同質の、報道の名に値しない誹謗中傷である。

しかし、ちょっと待ってほしい。文科省の天下りや加計学園の問題と伊藤氏の案件に、何か関係があるというのだろうか?

安倍政権に近い人間が優遇されて守られているというのであれば、伊藤氏の案件で私がどう守られたのか、指摘するのが筋だろう。私は粛々と当局の捜査に応じて検察官が不起訴とし、検察審査会が不起訴の判断を妥当と結論づけた。

それなのに伊藤氏は「上からの力を感じた」という表現をもって、何も具体的な問題点を示さず、「犯罪が揉み消された」と主張した。警察が上からの圧力に屈して犯罪を揉み消したのなら、大変なことだ。

そして警察のみならず、検察も検察審査会も、すべての組織が不適切な判断をしたとでもいうのだろうか。伊藤氏は「権力の介入」を主張する一方で、何が問題だったのか具体的な問題点すら明確にしていない。存在しない疑惑は指摘すらできないから、「ブラックボックス」という曖昧な表現をせざるを得ない。

加計学園を巡る問題でも、前川氏は安倍政権の違法性について一切具体的な指摘をしていない。そして、所詮何も違法性を指摘することができない前川氏と伊藤氏が連携して、政権を貶める印象操作で協力しているというのが、前述の不思議な会の実態である。そして、それを仲立ちしているのが望月なのである。

金平茂紀と望月衣塑子。記者を名乗る活動家が大手を振って跋扈するなか、視聴者・読者・国民に求められているのは、「エセ記者」 「エセ情報」を看破し葬り去る観察眼である。

(文中一部敬称略)

 ◇

 金平氏と望月氏、何が彼等にこうした薄汚い活動家を演じさせているのでしょうか。記事中に出てくる前川氏も同類です。私は日本を貶める、または弱体化させようとする集団がやはり背後にいるように思います。そこは外国勢力(中朝露)や共産主義にかぶれた連中の館となり、資金の援助先になっているのかも知れません。

 ただ単に思想信条だけで、強い日本を再生し戦後レジームから脱却させようとする、安倍元首相やそれを是とする保守陣営を、ことあるごと事実をねじ曲げ捏造も加えて叩きまくるとは思えません。かつてのコミンテルンと同類の集団が存在するのでしょう。

 そしてその集団は朝日新聞・東京新聞やTBSを手先として、日夜日本の弱体化を狙っているように思います。日本を守る陣営は、この集団を潰すため、その手先の朝日新聞・東京新聞やTBSを廃刊、廃局に持って行く必要があるでしょう。そして同時に金平氏や望月氏のような、先兵となった活動家を排除していくことが、日本のために重要だと思います。

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2022年1月23日 (日)

親方日の丸の巨大産業・医療-年金だけでなく健康保険も破綻はある

Images-1_20220123110001  以前このブログで、農林水産省関連の政策不作為が起こす問題を取り上げましたが、今回はコロナの渦中で注目を浴びている厚生労働省、厚生関連の医療政策の問題について取り上げます。高齢化に伴って医療の需要はうなぎ登りに増大していますが、国の政策として、その費用の殆どは健康保険でまかなっています。

 その健康保険の財政面での負担の問題は年金の問題と同様、今後ますます悪化して行くものと思われます。そしてそこに巣くうもっと大きな問題を、国際投資アナリストで人間経済科学研究所・執行パートナーの大原浩氏が、現代ビジネスに寄稿した記事から見てみます。タイトルは『親方日の丸の巨大産業・医療-年金だけでなく健康保険も破綻はある この業界こそデジタル化でコスト削減を』(1/15)で、以下に引用します。

 ◇

国民負担でぬくぬく

しっかり認識しなければならないのは、我々が青息吐息で支払っている血税や健康保険料が一体どのように使われているのかということである。

自動車産業の規模は60兆円程度、飲食業の市場規模は25兆円(パンデミックの影響を除く)ほどにしか過ぎない。それに対して、国民医療費は43兆円を超える。そして、飲食業をはるかに超え、自動車産業に迫る巨大な「医療産業」のほとんどが、健康保険料と税金で賄われている。

つまり、ごくわずかの医療関係者が牛耳る巨大産業が「親方日の丸」で運営され、国民はその放漫経営のつけを払わされているともいえる。

平成30年度の国民医療費は43兆3949 億円であり、前年度の43兆710億円に比べ3239 億円、0.8%の増加だ。

また、人口1人当たりに換算した国民医療費は34万3200円、前年度の33万9900円に比べ 3300円、1.0%の増加となっている。つまり3人家族であれば、なんと「年間100万円以上の医療費」を支払っていることになるのだ。

もちろん、健康保険に加入していれば、一般的に窓口で払うのは3割である。また、75歳以上の後期高齢者であれば2割、さらには一定の所得以下であれば1割しか負担しない。

さらには、健康保険料の会社負担という「虚構」に惑わされて、実際の保険料負担が不当に低く感じる仕組みになっている。

それでも、窓口負担が低く抑えることができる仕組みが継続できればまだよい。しかしながら、「現役世代に過剰な負担を押し付けてやっと維持できている」健康保険制度は、2019年7月22日公開「年金は巨大な『国営ねずみ講』だから、負の所得税に一本化すべきワケ」と同じ「ねずみ講」的な特徴を持っており、今は後期高齢者の一部の窓口負担が1割という「天国のような状態」もいずれ「地獄に匹敵する」状態へと変わってしまう、あるいは制度そのものが崩壊してしまうという懸念を持っている。

結局、2020年6月5日公開「『オールドによるオールドのためのオールドな日本』でいいのか?」の副題で述べたように、「もはやこれは『現役世代虐待』だ」ということである。

国民皆保険制度も年金同様破綻?

医療費負担に占める保険料の割合は、実はたったの5割しかない。一般的な窓口負担3割で単純計算すると7割になるはずだが、後期高齢者のケースなどを考えると、本来保険料で負担すべき割合はさらに多いはずだ。

国民の保険料負担は「もう限界」と思われるほど上がっているのに、それで賄えないというのは危機的状況である。それでは、足りない分はどうしているのか?

全日本病院協会資料(2015年度)によれば、国民医療費の財源別は次のとおりである。

公費は16兆4715億円(構成割合38.9%)だ。そのうち国庫は10兆8699億円(同25.7%)。地方は5兆6016億円(同13.2%)。

保険料は、20兆6746億円(同48.8%)、そのうち事業主は8兆7299億円(同20.6%)、被保険者は11兆9447億円(同28.2%)。

また、その他は5兆2183億円(12.3%)、そのうち患者負担は4兆9161億円(同11.6%)。

である。

つまり、医療費のうち保険料では半分程度しか賄われず、4割近くも公費(税金)が投入されているのだ。そして、患者が負担しているのはたったの1割ほどしかない。

一般的な窓口負担が3割であることを考えると少なすぎるように思えるが、後期高齢者のケース以外に、一定金額以上の医療費は患者負担が大幅に軽減される(参照:「高額療養費制度を利用される皆さまへ」)など、様々な優遇措置もすべて保険料・税金で賄われているからだと考えられる。

もちろん、患者全体を平均すれば「表面的な負担」が1割しかないのは好ましいようにも思われるが、結局残りの9割も税金や保険料の形で負担しているのである。このようないびつな制度が「持続可能」とは考えられないし、持続できなかった場合被害を被るのは若者を中心とした現役世代である。

2022年からさらに厳しくなる

税金が足りなくなれば、政府は赤字国債を出して資金調達してきたが、昨年10月25日公開「日本は外国に借金していないからデフォルトしないというのは本当か?」で述べたように、限界が近づいている。

国債を発行した借金による公費投入を行わずに、国民皆保険制度を守りたければ、給付を抑制し、保険料負担を上げるしかない。しかしながら、今まで長年まともに実行出来なかった政治的に困難な課題をこれから解決できるかどうかは疑問だ。

2022年からは人口の多い団塊の世代が、医療費が膨らむ75歳以上になり始める。後期高齢者の「2割負担」でさえ、難産であり例外がもうけられてしまったのだから、高齢化で支出が自然に増えていく圧力が強まるのは明白だ。前述の高額医療費制度も、利用者の多くが高齢者だと考えられる。

現在でさえ保険料と患者負担で賄うことが出来ない赤字、すなわち公費負担の概ね4割(約16兆円)が生じているのだから、健康保険制度の未来も「国営年金」同様に暗黒である。

医療費・保険料を明示すべし

最大の問題は、我々が本当に負担している部分が見えないことだ。現在の医療費明細は、まるで「回らない寿司屋」の「時価」のようなものである。点数で表示されてもいくら使われたのか、「利用者」にはよくわからない。また、治療内容も「利用者」によくわかるように平易な言葉で表記すべきだ。「利用者に対しては、できるだけ情報を隠して、自分たちだけがわかればいい」という傲慢な医療業界の体質を感じる。

また、保険料の「会社負担」という制度も曲者だ。サラリーマンの場合、保険料の半額を会社が「負担」している。しかし、これは実質的にはサラリーマン自身が負担しているのだ。次のような会話を考えてみよう。

「A君、うちも来月から保険料を半額負担するから、今まで払っていた年間60万円の保険料が30万円になるよ」

「部長、ありがとうございます」

「でもね、その分は結局君を雇うコストだから、年収を30万円下げておくね」

「えっ」

もちろん、普通は入社したときから「会社負担」が始まっているからこのようなことはあり得ない。しかし、入社時の年収が500万円としたら、会社から見れば健康保険料の負担が30万円とした場合の雇用コストは530万円である。つまり健康保険の会社負担のおかげで、30万円の給料をもらい損ねている可能性がある(念のため、この保険料は仮定であり、実際のものとは異なる。参照:東京都「保険料額表」)。

つまり、結局「会社負担」というのは幻想で、実際にはサラリーマン自身が負担しているということだ。

医療こそ、デジタルによる見える化・効率化が必要

オンライン診療推進、カルテの持ち運び、お薬手帳の電子化、保険点数の見える化、医師の技量の客観評価等々、医療業界が改革すべき問題が山積している。

オンライン診療は、まず「感染症対策」としての効果があることは言うまでもない。また「病人を呼びつける来院・通院」というシステムの改善にもなる。

医院、病院というのは病気になった人がやってくる場所だ。大概の場所と比較して感染症を中心とした「病気になりやすい場所」だから、どうしても必要な場合以外は行くべきではない。しかも「病人は出歩かずに、自宅で安静にしていることが望ましい」のは小学生にでもわかる理屈だ。

しかし、利権重視の医療関係者は頑強に抵抗する。

また、「カルテは患者のもの」であるのは至極当然で、患者が望めばいつでも開示されるべきなのに、「出来る限り見せない」風潮が蔓延している。

また、お薬手帳もそうだが、ただデータを開示するだけでは道半ばだ。専門用語の羅列ではなく、「利用者」がわかりやすい表記を心掛けるとともに、リンクなどを張って詳しい解説を公開すべきだ。そうすれば、ネット上にあふれる「誤った」とされる医療関連情報も駆逐されるはずである。怪しげな情報があふれるのは、公的機関からの情報の量が不十分なだけではなく、内容もわかりにくいからである。

また、医療行為を行う医師や医院・病院の格付けもきちんと行うべきである。医療行為と病気の治癒との因果関係は明確にしにくいが、それを言い訳にしたら「医療」そのものが「結果がどうなるかわからない怪しげな呪術レベルの行為」としか言えないことになる。もちろん、どの医院がどれだけの医療訴訟をうけているか、クレームをうけているかなどはすぐにデータ化できる。

さらに、医師免許が「終身」であるのもおかしい。同じく交通事故などで「人間の命に重大な影響を与える」自働車運転免許が定期的に更新され、運転技量が衰える高齢者の免許の返還が望まれているのである。

医師免許も最高10年程度の更新制にすべきであり、高齢の医師の免許返還も議論する必要がある。医療訴訟で勝つのは非常に難しいから、問題が起こってもなかなか訴訟までには至らない。実際のところ我々は「不適格な医師」による被害をどの程度うけているのかわからないのだ。

デジタル庁が扱うべき問題か

実は、前述の医療の旧態依然としたシステムを改革するのに有効なのが「デジタル」である。

一般企業のデジタル化度合いと比べると、医療業界は「江戸時代」とさえ言えると思う。もちろん、デジタルがすべてを改善するわけでは無いが、高コスト構造や旧態依然とした仕組みを打破するためにはデジタルは極めて有効である。

厚生労働省の分割が色々と議論されるが、分割しても同じ「お役人」がやっている限り改善は見込めない。

デジタル庁は、1月7日公開「目の前にあるリスク、太陽嵐の脅威にデジタル庁はまず備えるべきだ」で述べたようにスタート当初から混迷しているが「太陽嵐対策」と「医療デジタル改革」を中心にすえるべきだ。

年金と健康保険が「同時破綻」したら

年金と健康保険が同時に破綻したら、次世代の日本国民は踏んだり蹴ったりだ。一世を風靡した日本医師会の武見太郎会長の時代から医師会と政権政党が親密なことは明らかであり、国民は厳しく監視すべきだ。

デジタルによる合理化も、「大義」なくして成り立たない。お役人たちもそうだが、今の医師たちのどれほどが「医は仁術」を心得ているであろうか?強欲経営者と代わり映えしない人物が余りにも多すぎる。

「赤ひげ先生」は一種の理想かもしれないが、医療関係者が私腹を肥やす医療システムは刷新して、国民の負担が少ない医療制度を再構築すべきである。

そうしなければ医療制度そのものが崩壊する危機に直面しているのが現状だ。「医療崩壊」はパンデミックによっておこるのではなく、「医療制度の腐敗」によっておこるのではないかと思う。

 ◇

 確かに医療を受ける側としてこれは?と思えることが多くありますね。まず長い間服用している、血圧やコレステロール降下剤の処方を受けるために、医者の診療を毎月受けねばならない(2ヶ月や3ヶ月に1回のところもありますが)、あるいは大病院の治療を受けるために、かかりつけ医に相談して紹介状を書いてもらわなければならない、これは救急車で搬送されるまでもないが、かなり治療を急がねばならないときなど、非常に不便です。

 こうした小さな問題から、大原氏の言う制度的な問題まで、医療の世界は大改革しなければならないでしょう。何れにしても各省庁はその業界の保護者のような感じが強く、利用者側に立った視点が欠けているように思います。例を挙げれば、法務省は警察、検察そして犯罪者側であって、被害者側ではない。農水省は農林水産業側であって、消費者側ではない。そして厚労省は医療側であって、患者側ではありません。

 日本の官僚の仕組みが、業界との関係性の中で成り立っているのが現状ですし、そのすべてが悪いとは思いませんが、その業界の利用者や顧客側にも立って、物事を考えないと、日本は良くならないような気もしますね。

 それと共に重要なことは、年金や医療の問題の根幹的な要因は少子化であることを認識し、政治も官僚ももう少し腰の入った対応をしなければならない、と言うことでしょう。

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2022年1月22日 (土)

急げ、極超音速ミサイルなどの先端兵器開発。危険極まりない中朝露に囲まれた日本の安全を守れ

Hk3qy33fxbkhblkzuwltb3qfdu  政府は2022年末までに、国家安全保障戦略を改定するのに合わせ、「敵基地攻撃能力」の保有に関する検討を本格化させる、と表明しました。迎撃困難なミサイルの開発を進める中国や北朝鮮への、抑止力・対処力を強化するのが狙いです。自民党は既に提言作成に着手。他国領土に届く長射程ミサイルを含む装備を保有するかが焦点となっています。

 そうした中、北朝鮮が極超音速ミサイルの発射実験を行った、との報道が伝えられました。中国は既に先行しており、ロシアも保有するこのミサイルは、現状迎撃困難で日本も早急に対応が急がれます。

 産経新聞が北朝鮮の今回の発射実験の様子を伝えています。タイトルは『北の極超音速は迎撃困難 日本も開発で「抑止力に」』(1/15)で、以下に引用します。

 またそれに続いて、それに関連する日本の取るべき道への提言を、JBpressの記事『極超音速ミサイル、世界の開発動向を詳解 際立つ中国とロシアの開発強化、日本には技術以前の問題も』 から引用します。

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北朝鮮が12日、極超音速ミサイルの発射実験で「最終的な確証」を行ったと発表したことで、日本を取り巻く安全保障環境は一段と厳しさの度合いを増した。政府は軍事的圧力を強める中国などを念頭にさまざまなミサイル防衛(MD)強化策を進めているが、極超音速ミサイルは現在のMD網では迎撃困難とされる。迎撃の可能性を高める技術開発を行う一方で、極超音速ミサイルや高速滑空弾を保有することで抑止力強化を図る道も探っている。

北朝鮮や中国などが開発を進める極超音速滑空兵器(HGV)は通常の弾道ミサイルより低高度で変則軌道を描くため現状では追尾できない。防衛省は米国が整備を進める「衛星コンステレーション」により宇宙から追尾できる可能性に期待をかけている。

衛星コンステレーションは通常の早期警戒衛星より低い軌道に赤外線観測衛星を多数配置する構想で、防衛省は来年度予算案に研究費約3億円を計上した。米国は2年後から150基以上の衛星で試験運用する計画で、日本も数年後には実用化できると見込む。

一方、迎撃態勢については見通しが暗い。日本のMDは洋上のイージス艦に配備された迎撃ミサイルSM3と、地上で迎え撃つ地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の2段構えだが、基本的には弾道ミサイルを対象としている。

防衛省は多層的なMD網を実現するため、巡航ミサイルなど低軌道で飛来するミサイルへの対応も進めているが、HGVにも対応できるかは未知数だ。来年度予算案に計上した改良型の迎撃ミサイル「SM6」と「PAC3MSE」は開発した米国がHGVへの対処力を研究中だ。日本政府も独自開発した主に巡航ミサイル用の「03式中距離地対空誘導弾改善型」(中SAM改)で極超音速ミサイルを迎撃する可能性を探る。

先端技術を活用した迎撃技術の研究にも着手している。一つは高出力の電波を照射して電子的に敵兵器を無力化する「指向性エネルギー兵器」。もう一つは電磁力で砲弾を高速射出する「レールガン(電磁砲)」だが、いずれも研究開発段階で、有効性があるのか不透明だ。

ミサイル迎撃に限界がある中で「同種の能力を持つことで抑止力になる」(防衛省幹部)との見方も出てきた。同省は平成30年度から島嶼(とうしょ)防衛用として高速滑空弾の開発を進める。音速の5倍(マッハ5)には達しないものの、マッハ3~4の速度を実現した変則軌道弾で速度以外はHGVと同種だ。また、マッハ5以上の極超音速を実現するジェットエンジンの研究開発も同時に行っており、いずれも来年度中には試作が完成する予定になっている。(市岡豊大)

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以下は、矢野義昭氏がJBpressに寄稿したコラム『極超音速ミサイル、世界の開発動向を詳解 際立つ中国とロシアの開発強化、日本には技術以前の問題も』(1/21)に記載された記事からの引用です。記事の途中からで、日本の取るべき道への提言が盛り込まれています。

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(前略) このような現状を踏まえ、わが国として極超音速兵器の開発配備に向けて、以下の施策を早急にとる必要があるとみられる。

①攻撃的な極超音速兵器の早急な開発配備

 極超音速兵器への決定的な迎撃手段は見通し得る将来も開発配備は困難であろう。

 既存の迎撃ミサイルによる対処法では、機動型の場合未来位置の予測に限界があり、極超音速では警告時間が短く、対処が困難である。

 開発中の指向性エネルギー兵器についても、その成果は不透明でまだ開発に時間がかかる。

 レールガンは、砲身の腐食と連射耐久性、超遠距離目標の確認と追尾、超高速の弾丸の誘導と急加速への弾丸内蔵電子部品の開発、発射用大電力源の確保といった問題がある。

 レーザー砲には大電力源確保とレーザーエネルギーの大気中の減衰、熱による歪みなどの克服困難な問題がある。

 電磁パルス(EMP)兵器は大気中の減衰もなく有力な迎撃手段だが、敵味方の核爆発時のEMPにも耐えられるとされる核弾頭等の防護用電磁シールドを突破・無効化できなければならない。

 いずれも近距離の速度の遅い目標には対応できても、多数の極超音速目標に対し撃ち漏らしなしに対応するのは、見通し得る将来も不可能であろう。

60decfbd6d544562876063f9997fc91f  中朝ロの極超音速兵器には核弾頭搭載型もあり、撃ち漏らしは許されない。

 核弾頭の撃ち漏らしの可能性を考えると、わが国も抑止のために極超音速兵器とそれを支援するインフラおよび目標発見・誘導システムを宇宙やサイバー、電磁波領域も含めて早急に構築する必要がある。

 敵基地攻撃能力が専守防衛に反するとの見解があるが、このような見方は時代遅れの考え方である。敵基地攻撃能力が専守防衛に反するとするのは、日本が敵地に侵攻作戦を行うからという理由であろう。

 しかし、中朝ロは第1列島線上の日本に対して、射程千から千数百キロ以上の極超音速兵器により自国領域内から直接、撃墜困難な極超音速兵器で攻撃が可能になる。

 しかも、いったん発射された場合、飛翔中での迎撃は極めて困難と予想される。弾頭には核兵器が搭載されている可能性も大きく、撃ち漏らしは許されない。

 そのため日本は国土の自衛のためにも、敵本土領域内の発射プラットホームである陸海空のミサイル部隊、航空機、艦艇、それらを指揮統制する司令部、通信・レーダー施設などを制圧しなければならなくなる。

 すなわち、敵基地攻撃能力は日本の自衛のためにも不可欠になる。

 自ら敵地に侵攻するか否かによる、攻撃と防御の本質的な区別はなくなる。日本が先制奇襲攻撃を受ければ、そのとき敵は、最も安全迅速にかつ秘匿して戦闘準備が可能な敵国領域内から極超音速兵器を撃ちこんでくるであろう。

 自衛のために、それを阻止するにはわが方も同様の極超音速兵器による反撃能力を保有していなければならない。

 もしも敵基地攻撃能力を持たなければ、敵にとり安全な自国領域内から、核攻撃を含め一方的に攻撃されることになり、自衛は不可能になる。

 このような将来戦の特性は、距離が意味をなさないサイバー攻撃においても同様である。

 攻勢的サイバー戦を認めず防勢のみであれば、いずれはセキュリティシステムを破られ、一方的にわが方のサイバー空間を破壊され、あるいは情報を奪われ操作される結果になる。

②秘密保護法とスパイ防止法の制定

 高市早苗自民党政調会長は、「中国の極超音速ミサイルは日本の技術で作られている」と指摘し、スクラムジェットエンジンや耐熱素材など戦略的な研究を行っている日本の学術機関が、中国の国防7大学の技術者を研究員として迎え入れていることを問題視し、これでは「間接的に日本が中国人民解放軍の兵器を強力化することに貢献していることになってしまっている」と述べている(https://blogos.com/article/555235/?p=2、2022年1月20日アクセス)。

 日本国内の報道では、まだ極超音速兵器開発の風洞試験を行っているとは報じられていないが、両用分野でのスクラムジェットエンジンの開発や耐熱素材の開発においては、日本は優れた技術を持っている。

 上記の米国の議会報告(略)でも明らかなように、米国は中ロのみならず、日本、豪州、印度、仏独、韓国、イスラエルなどの同盟国や友好国を含めた世界中の諸国の開発動向についても、周到な情報収集と能力分析を行っている。

 米国としては、単に各国の動向を探るだけではなく、共同開発を行うのに適した国の選別を図るとともに、中ロと独仏印の協力関係など同盟・友好国の信頼度にも警戒監視の目を向けている。

 優れた潜在的技術力を持つ日本もその対象になっていることは明白である。

 しかし、これらの緊要な技術が中国に流出したとすれば、日本の秘密保護態勢、スパイ防止などの対諜報能力が疑問視され、国際的な共同開発への参加や機微な情報の交換もできなくなる。

 防衛用のみならず両用技術を含めた日本の民間企業、他省庁の海外との機微技術の国際共同開発、情報交流にも支障をきたすことになり、日本の機微技術は世界との交流を絶たれ、軍民両分野で世界の発展から取り残されることになる。

 これはわが国の経済安全保障にとり死活的問題であり、民間企業等の情報保護も可能にする秘密保護法とスパイ防止法の制定を急がねばならない。

 そのためには、経済安全保障包括法の中に、この両用技術についての機微情報を含めた、民間企業や一般国民も保護対象とする秘密保護、スパイ防止を可能にする条項を盛り込むことも検討する必要がある。

 極超音速兵器技術はじめAI・量子技術・ロボット・バイオ・衛星・サイバー・電磁波などの領域も含めた軍民両用の機微技術情報の秘密保護とスパイ防止のための関連法制整備を早急に行い、国際的信頼を得られる水準に高めねばならない。

③極超音速技術開発のためのインフラ整備と予算の確保

 研究開発体制の整備には多額の安定的資金が不可欠である。

 米国は各軍種とDARPAがそれぞれ数億ドル以上の研究開発予算を割り当てて各種の極超音速兵器の開発を進めている。

 中ロも同様であり、むしろ米国に先行して各種の極超音速兵器を実戦配備している状況にある。

 世界各国が増設と性能向上に努めている極超音速風洞や極超音速兵器の飛行試験場などのインフラ整備についても、国を挙げた体制整備が必要である。日本国内に最先端極超音速風洞施設を増設し、計10数か所、最高速度マッハ30級の風洞施設等の整備が必要である。

 また情報保全や施設警護、ミサイル追尾・通信中継システムにおけるJAXAや民間企業などの航空宇宙・通信電子関係の協力体制の整備も必要になるであろう。

 日本の経済安全保障の一環として、自ら極超音速兵器の開発配備に、防衛省のみならず、官民学など国の総力を挙げて取り組まねばならない。

 またこの極超音速兵器などのゲームチェンジャーと呼ばれる分野の研究開発は、民間の航空宇宙、通信電子、情報など最先端産業分野への波及効果も大きく、科学技術者、サイバー人材の育成・雇用確保や先端技術力の向上、ひいては経済成長の中核にもなりうるであろう。

 そのために必要な予算を長期安定的に確保する必要がある。

 中長期的に毎年数百億円以上の研究開発予算を長期安定的に確保する必要がある。今年予定されている中期防衛力整備計画での予算の優先確保措置が必要である。

 その際には、防衛関連予算の配分については、陸海空の別にこだわることなく、統合レベルでの予算として確保しなければならない。

 また、研究開発の効率化のため、開発計画は他省庁と民間の関連計画も含め、国全体として目標を明確にし、相互に調整され整合したものにする必要がある。

 そのためには防衛上の一貫した運用構想が明示されなければならない。研究開発当初から統合レベルでの相互運用性、国土戦を前提とする統合運用構想の確立が重要になる。

 特に、効率化と運用上の柔軟性を確保するため、開発される極超音速兵器は、潜水艦の垂直発射管を含めた陸海空の各種の発射母体から発射可能で、潜在敵のミサイル防衛網を突破し目標に到達し破壊できる能力を持たなければならない。

 弾道ミサイルと組み合わせ、少なくとも1000キロ以上、最大6000キロ程度の射程をもつ極超音速兵器が必要となろう。

④国際協力の推進

 グローバルな課題である、航空宇宙・サイバー・情報通信などの領域での国際間の協力と前述したように国際水準の秘密保全に関する国内法制の整備を急がねばならない。

 また射場については、国内での確保には限界がある。

 米国すら豪州の施設を利用しており、日本国内での最先端風洞実験設備の増設とともに、豪州などとの平時ACSAを通じた施設借用などの施策も検討すべきであろう。

 ただし、その際のデーター漏洩には注意が必要である。

 米国としては中ロに対する遅れを速やかに取り戻すためには、連邦累積財政赤字が30兆ドル近くに達しようとする中、他国との共同開発を必要としていることは明らかである。

 AUKUSでは米国は英豪との共同研究開発、豪州の基地や施設の利用についても協力に合意している。日本もAUKUSに準じて、米英豪等との共同開発と豪州、米国の飛行試験場の利用を進める必要があるとみられる。

⑤人材育成と日本学術会議改革

 人材育成と研究開発は大学などの高等教育機関と研究機関の役割であり、それを担っているのは学界である。

 その学術界の頂点に立つ組織が「日本学術会議」であり、年間約10億円の国家予算が投じられており会員は特別職国家公務員である。

 それにもかかわらず、一部の会員が中国の世界的なヘッドハンティング組織である「千人計画」に参加し、あるいは前述したように人民解放軍の国防七大学と共同研究を行うと言ったことがこれまで放任されてきた。

 他方で日本学術会議は創設直後の1950年以来、軍事目的のための科学研究を行わない旨の声明をたびたび発しており、防衛用装備品の研究開発に各大学の研究室や研究者が参画するのを阻害している。

 このような日本の安全保障上の死活的国益を損なう行為を行ってきた日本学術会議は、民営化するなどの改革を断行し、軍民融合を加速させている中国やそれに対抗して大学、研究機関、関係省庁の総力を挙げて軍事研究開発に取り組もうとしている米国に倣い、わが国でも、学界を含む国を挙げた研究開発体制を整備する必要がある。

 ◇

 このブログで再三指摘しているように、日本の周辺には中朝露という核保有国が存在し、かつすべて極超音速ミサイルやサイバー兵器を保有し、極めて危険な領域に位置しているのに、未だに「専守防衛」とか「非核3原則」などと言う、数十年も前の古い防衛思想から脱却できていません。

 ようやく「国家安全保障戦略」を改定にあわせ、この化石に似た防衛思想から脱却しようとしているのは評価できますが、同時に自衛隊の最大の足枷になっている「憲法9条」の改定も急がねばなりません。矢野義昭氏の提唱する、「秘密保護法」と「スパイ防止法」の制定や「日本学術会議」の抜本的改革も必要でしょう。

 そして何よりも、急変する日本周辺の安全保障環境の実態を、国民に周知させねばなりません。未だにGHQの押しつけた憲法や自虐史観にどっぷりつかって、戦力保持なき平和という夢想をむさぼっている、一定数の日本人はいます。彼等の考えに寄り添えば、早晩日本の主権はなくなってしまうでしょう。そうした人はこの際無視して、日本の危機を受け止める人を増やし、日本の抑止力を高める施策を、政府は早急に打ち出すことを願います。

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2022年1月21日 (金)

和田政宗氏:憲法改正、「やるやる詐欺」は許されない!

26939_20220120115001  このブログの論点の一つは憲法改正です。過去何度も取り上げてきました。しかし未だに国会での議論は進んでいません。憲法審査会では、〇〇首相の元では改正審議に乗らないとか、国民投票の制度がどうとか、主に反対の党の意見に振り回されてきた歴史があります。

 国民主権を謳った憲法の、中身の検証の判断は国民に委ねられるべきです。その国民の半数以上が改正に賛成であり、かつ議員の過半数が賛成党に属していながら、国会発議どころか、その前段の審査会さえまともに開催できないのはなぜでしょうか。 

 そのあたりの状況を、自民党参議院議員の和田政宗氏が、月刊hanadaプラスに投稿した記事から見てみましょう。タイトルは『憲法改正、「やるやる詐欺」は許されない!』(1/19)で、以下に引用します。

21年11月、吉村洋文大阪府知事から「党是で改憲、改憲と言っているが『やるやる詐欺』だろう」と批判された自民党。「憲法改正推進本部」から「憲法改正実現本部」へと名称は変わったが、岸田政権は本気で憲法改正を実現しようと思っているのか。本音で語れる政治家、和田政宗議員が憲法改正への決意を語る!

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戦後レジームからの脱却を

今年は寅年で私は年男。この先12年を含め、政治家として何を成し遂げていくかを改めて考えた。

国会議員になってからずっと取り組んできた不妊治療の保険適用は今年4月から始まる予定だが、もっと大きなテーマについては、政治家として生きるなかでもしかしたら一つしかできないのかもしれない。だからこそ絶対に大きな一つのテーマは確実に実現しなくてはならないと決意した。

では、それは何か。私は憲法改正をはじめとし、真に戦後レジームから脱却した日本の実現と考える。現状はいまだ戦後を脱したとは言えない。

ある友人が昨年こんなことを私に言った。彼は寿司職人として米国に移住し、日本国籍から米国籍になった人物である。

「和田さん、いざとなったら俺は尖閣に移り住むよ」

私が「なぜそんなことを急に言うの?」と聞くと、「俺は米国籍だろ。もし尖閣に住んで中国に攻撃を受けたら米国政府や米軍は絶対に私を守りにくる。日本が守れないなら俺が行く」と答えた。

私は情けない気持ちになった。彼のみならず他の米国の友人も、国を圧倒的に信頼している。世界のどこで戦乱や災害に巻き込まれても、いざという時は国が絶対に自分を守ってくれる、助けてくれるという信頼である。

世界でも珍しい憲法の構造

ひるがえって日本はどうか。世界のどこかで誘拐されたり、戦乱に巻き込まれたりしても絶対に日本政府が救いにきてくれると思う日本人はどれだけいるだろうか。

北朝鮮による拉致被害者の方々はいまだに救出できていない。国際法では、自国民を自衛権を行使し救出することが可能であるが、日本は憲法上の制約があり救出ができない。憲法上、世界のどこかで困難な状況におかれた日本人全てを我が国は救えないのだ。

国家は国土を守り国民を守るためにある。こう述べるときになぜ国土が先にくるかといえば、国民の命を軽視しているわけでは決してなく、国土が存在しなければ「国民」は存在しないからである。我が国はそうした国家の使命を果たせる状況になっていない。憲法が大きな足かせとなっているからだ。

実は、我が国は世界でも珍しい憲法の構造になっている。それは憲法に、いざという時にどのように国を守るかが明記されていない点である。

こうした国は日本のほかに、クック諸島、ニウエ、モナコの3カ国しかない。なお、ニウエは南太平洋の小さな島からなる国で人口1860人、クック諸島も南太平洋の島々からなる国で人口2万人、モナコは人口3万8千人と、いずれも国土は小さく、人口も4万人以下の国である。

一定の国土と人口規模を持つ国で、憲法にいざという時に国を守る手段が記されていないのは日本だけなのだ。

もう議論の入口の段階は過ぎた

よく非武装国として例示されるコスタリカやパナマは、いざという時にどのように国を守るか憲法に明記されている。コスタリカ憲法には「国防のため軍隊を組織できる」とあるし、パナマ憲法には「全てのパナマ人は、国家の独立および国の領土を守るために武器を取ることが求められる」とある。

これに対し、他国の領土を掠め取ろうとしたり、攻撃したいと考える国からすれば、反撃できるかどうかすらわからない憲法を持つ国は、攻撃するのにどれだけ楽か。これでは、国土と国民を守れない。

であるならば、速やかに憲法を改正すべきであるが、戦後80年が迫ろうとする現在にあっても憲法改正は実現できていない。

岸田政権が発足し、自民党の「憲法改正推進本部」は名称が「憲法改正実現本部」となった。そして岸田総理は、今月17日の国会での施政方針演説で、「国民的議論を喚起するには、われわれ国会議員が国会の内外で議論を積み重ね、発信していくことが必要だ」と述べた。

国会内外での議論を積み重ねることは重要である。しかし、もう議論の入口の段階は過ぎたのではないか。

自民党がいかに覚悟を持って決断するか

Hw414_as20180412003899_comm 自民党は、すでに4年前に憲法改正の条文イメージ(たたき台素案)を発表している。国会の憲法審査会において、憲法改正が必要と考える各党が具体的な条文案を提示し議論すべきではないか。これは当然、第一党である自民党が引っ張るべきであり、自民党がいかに覚悟を持って決断するかである。

憲法改正の発議の提案、すなわち改正条文案の提出は、憲法審査会が行う提出のほかに、実は国会法において、1人の提出者に対し、衆議院で100人以上の賛成または参議院で50人以上の賛成があれば、国会に提出できる。

憲法改正原案を提出すれば、国会の審議に正式にかけられるわけであり、採決が行われ発議されれば、国民投票となる。自民党は憲法改正原案の提出に必要な議員数はいるわけであり、自民党がどう行動するかに全てがかかっているのである。

中国の覇権的行動などを考えれば、猶予はない。岸田政権は「憲法改正実現本部」の名の通り、今夏の参院選では憲法改正を前面に掲げ、勝ち抜かなくてはならない。「国民的議論の喚起」も我々自民党がいかに行動するかである。

そして、憲法改正の先には、北朝鮮による拉致被害者の奪還、さらには対等な日米同盟へと変えていく。戦後100年を迎えるのは令和27年(2045年)。確実に戦後レジームから脱却し、戦後が終わり、誇りある輝く日本となっているようにしたい。

 ◇

 和田氏の言うとおり、憲法審査会が改正案を提出しなくても、「国会法において、1人の提出者に対し、衆議院で100人以上の賛成または参議院で50人以上の賛成があれば、国会に提出できる」、とあります。なぜ審査会の議論が進まないのか、と言う問題を超えて、議論が進まなければなぜ国会法を元に国会に提出しないのか、と言う疑問もわきます。

 それは最近話題になった「佐渡島の金山」の世界遺産登録申請が、「韓国からの批判」に怯えて外務省が及び腰になり、見送りとした件に顕著に見えてきます。つまり相手の批判に反論せず逃げ回る政治家や官僚の態度です。相手が中韓などの外国でも然り、そして国内では野党相手でも然りです。つまり腰が引けた閣僚や官僚が、そこにいるからです。

 和田氏の指摘の通り、この憲法がいかに日本を弱体化し、国際的な発言力や国民の安全の担保を奪ってきたかは、明らかなところでしょう。櫻井よし子氏のよく言う言葉、「覚悟を持って」事をなさなければ、憲法改正はできません。よく言う「丁寧さ」も必要ですが、それが外交においては「韓国の増長」を許してきたし、国内では「特定野党」の増長を許してきたのです。

 これ以上の日本の弱体化を食い止めるためにも、日本人の手で改正した憲法を持って、日本人のために「強い日本、たくましい日本」に変えていく「覚悟」を、岸田政権に強くお願いした、そう念じて止みません。

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2022年1月20日 (木)

「漁業敗戦」を放置すれば日本は東シナ海を奪われるはめに

2021123100048523fsights0002view 少し前に、海外への依存が増大している、農業、畜産業の問題を取り上げました。それは「買い負け」の実態を示すものでした。一方、耕地の面積では見劣りするものの、四方を海で囲まれた日本は、昔から「漁業」は盛んで、遠洋も近海も漁業王国ニッポンの名をほしいままにしてきた歴史があります。

 ところが近年、漁業資源の減少が顕著になり、漁獲割り当てが進み、もはや好きなだけ魚を捕れる時代ではなくなりました。それに加えて漁業従事者も減っています。またこうした問題以外にも、日本の漁業を圧迫する要因が急浮上しています。つまり国境紛争や対立により、漁場の確保が困難となっている問題です。

 ジャーナリストの小川匡則氏が、JBpressに寄稿した記事から、その詳細を読み解きます。タイトルは『「漁業敗戦」を放置すれば日本は東シナ海を奪われるはめに 漁業は国境維持産業、なのに中国の圧倒的力に太刀打ちできぬ現実』(1/14)で、以下に引用します。

 ◇

 日々、食卓にのぼるサカナが日本の食を支えていることは言うまでもないが、実は国防とも密接に関わっている現実を、あなたは考えたことがあるだろうか。

 実は、国際情勢を読み解く上で、「漁業」は大きな意味を持っている。

 北海道大学の佐々木貴文准教授がこのほど上梓した『東シナ海 漁民たちの国境紛争』(角川新書)は、漁業と国境紛争のリアリティに迫っている。「漁業経済学者」として活躍する佐々木氏の目には、尖閣諸島をめぐる東シナ海の現状と漁業の栄枯盛衰は一体の問題と映る。

 佐々木氏に今、東シナ海で何が起きているのかを聞いた。

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漁業と国境の知られざる関係

「尖閣諸島や大和堆など、我が国周辺海域を取り巻く情勢は依然として大変厳しい状況にあることから、海上保安体制の強化を継続して行う必要があります」

 岸田文雄首相は、昨年12月24日に行われた関係閣僚会議でこう述べた。

 中国海警船の接続海域での活動はほぼ毎日のように繰り返され、尖閣諸島周辺をめぐる緊張は高まる一方だ。安倍晋三元首相も「一方的な現状変更の試みを続けているが、尖閣諸島を私たちの手で守り抜いていくという決意を見誤らないでもらいたい」と中国を牽制する。

 尖閣諸島を含む「東シナ海」は、一触即発の緊張に包まれた中国、台湾との「国境」なのである。

 日本の為政者の多くは国境で生じる問題を、海上保安体制や軍事力の観点から語ってきた。しかし、漁業経済学者の佐々木貴文氏はそこに一石を投じる主張を展開している。

「漁業こそがカギを握る」と言うのだ。

「尖閣諸島でできる唯一の経済活動は漁業です。そして、私たちが尖閣諸島のリアルに接近できるほとんど唯一の媒介が漁業なのです」(以下、断りのない限り「」は佐々木氏のコメント)

尖閣諸島で劣勢を強いられるワケ

 東シナ海は極めて優良な漁業海域であり、実際にかつては日本の漁船団が席巻していた。

「東シナ海の約8割は水深200メートル未満の浅い海で、アジやサバなどの黒潮に沿って回遊する浮魚類の絶好の産卵場・住処になっています。大衆魚だけでなくマグロやタチウオなどの高級魚も獲れ、全面が優良漁場です。

 東シナ海における漁業は60年代までは日本の独壇場でした。これが70年代から中国が漁業に力を入れ始め、80年代末には日本近海までやってくるようになります。日中の立場が逆転したことで、中国の漁業は技術的にも日本をキャッチアップしてしまったのです」

 以降、人手不足などで漁業が衰退してきた日本と、統制され国策として食料問題にあたる中国との差が顕著に現れ始める。

「世界に漁船団を展開する中国の漁業戦略は、東シナ海はまず第一歩と言えるでしょう。中国は世界最大の水産物輸出国になりましたが、いまや食料確保だけがその目的ではありません。漁業はサカナの輸出で外貨を稼ぐことができるだけでなく、漁業海域・テリトリーも広げられる。一石二鳥です。

 その中で大きな存在感を示すのが『中国農業発展集団』。実は農業だけでなく水産業も守備範囲とする随一の国有企業で、従業員は8万人、総資産は150億元(約2730億円)の規模を誇ります。中国における遠洋漁業生産量の半分はここの関連会社による漁獲とされています」

 国策に支えられ拡大する中国の漁業は、当然、その漁業海域の拡大にも関心を寄せるようになる。そして日本のEEZ(排他的経済水域)や敏感な海域にまで踏み込んで漁獲量を増やしてきたという。

「日本政府は、日本のEEZ(排他的経済水域)が世界第6位で広大であることをアピールし、日本人もそれを疑うことはありません。しかし同時に、外務省は東シナ海においては『中国との境界が未画定』のままになっているとしています。国力を増大させる中国に対して、立ち往生し、問題の解決を先送りしている尖閣諸島の領土問題は、まさに日本の漁業問題の最前線でもあるのです」

データが示す「漁業敗戦」

 実際、現在の東シナ海における日中の漁獲量の差は拡大の一途をたどっている。

 中国との漁業協議で決められている漁獲割当量(暫定措置水域での漁獲量の上限目標値)は「中国側164.4万トン」に対して「日本側10.9万トン」と圧倒的に中国有利な状況が続いている。操業できる漁船も「中国側1万7307隻以内」に対して「日本側800隻以内」。日本の漁船は中国のたった5%以下しか操業が認められていないのだ。

「日本の漁船にとって東シナ海での操業は熾烈を極めている。例えば、日本の大型のまき網漁船が操業していると、それを目印に中国漁船が周囲を取り囲む。そして日本では使われていない高出力の集魚ライトを灯し、真横で魚を持ち去ってしまう。圧倒的多数の中国船を前に、日本漁船は意欲を失い操業を諦めるようになってしまった。東シナ海は中国漁船の独壇場となっているのです」

 多勢に無勢の東シナ海のこの現状にこそ、国境問題も包括する日本漁業における問題の真相が隠されている。

「我々は漁業の衰退を真剣に考えるべき時に来ています。日本の漁業は慢性的な労働力不足。現状でも日本人の漁業の就業者はわずか15万人です。たった15万人が1億2600万人に水産食品を提供しているこの構造のいびつさを理解するべきでしょう。しかも、水産庁はあと30年もしないうちに半減してしまうと予測しています」

後継者が育つわけがない

 それでもなんとか漁業が成り立っているのは外国人の技能実習生のおかげだという。現場を支えているのは、インドネシア人など東南アジアの若者たちだ。

「テレビ番組でもよく取り上げられるカツオの一本釣りの雄姿に皆さんもあこがれたことがあるでしょう。しかし、いまや釣り師の多くがインドネシアの若者たちに置き換わっています。もちろん、これは漁業を永続させるための一つの方法ではある。しかし、こうした外国人頼みが抜本的な改革を先送りすることになっている。

 当然ですが、彼らは技能実習生。ノウハウを学んでも、彼らが日本に定着して漁業を支える担い手にはなりません。日本の漁業を支えてきた技術やノウハウは、日本の誰にも受け継がれていかないのです。これでは日本の漁業はやがて途絶えてしまう」

 日本には外交・防衛問題に深刻な懸念を示す為政者や国民は少なからず存在するが、その実、そこに通底する自国産業の衰退にはあまりにも無頓着だったのだ。

事態は刻々と悪化している

 漁業従事者15万人の声は、少数がゆえになかなか政治には届かない。手をこまねいている間にも東シナ海ではさらに深刻な事態が進んでいる。中国だけでなく、台湾とも漁業において衝突が鮮明になっているのだ。

 特に2012年の尖閣国有化後、台湾は中国と歩調を合わせるかのように反発を強めた。

「2013年4月に『日台民間漁業取決め』を締結しましたが、クロマグロの最優良漁場も含む台湾に有利な条件を日本が認める内容でした。

 水産庁は抵抗しましたが、政府・外務省は地政学的に台湾を重視しています。結果、ここでも日本の漁業権益を切り売りする結果となってしまった」

 当時の菅義偉官房長官の主導で、不利益を被る沖縄県の漁業者に対しては100億円規模の基金を作り、実質的な補償をすることを決定した。だが、補償はすれども漁業の再興策は講じられることはなかった。漁業は確かに「切り売り」されていると言わざるを得ない。

 危機は東シナ海に限った話ではない。

 日本海では北朝鮮との国交がないし、竹島問題もある。オホーツク海では北方領土をめぐってロシアとの緊張が続いている。これらの海域でもEEZは相互承認されていないのだ。

漁業は国有化するべきだ

「GDPから見ると漁業生産なんて微々たるもの。だから漁業を捨ててでも外交努力で領海を維持すればよいと政府は考えているのでしょうか。しかし、これまで見てきたように各国と我が国の漁業の勢力関係図を見れば、この考え方が正しいとは思えません。

 私は本書で『本当にそれでいいんですか』と問いたい。魚は日本人にとって主たる食料です。危機感がないと言わざるを得ません」

 佐々木氏は、本書で漁業の国有化論を議論すべきだと唱えている。それは、口先だけの「国防」や「食料安全保障」の議論ばかりで具体的な戦略を持とうとしない国家への警鐘に他ならない。

「21年の国防費は補正予算も含めて6兆円を超えました。しかし、漁業国有化にはアイデアさえあれば多額な予算は必要ない。漁船はそれほど高価ではない。操業することで運用経費も回収できる。

 そんな“低予算”で展開できる漁業は、尖閣諸島におけるわが国唯一の経済活動であり、中国漁船がそうであるように、幸か不幸かは別として尖兵の役割を担うケースもある。漁業は海軍(海自)、海上警察(海保)に続く『第三の海軍』の性格を秘めており、いわば国境維持産業なのです。

 食料安保の観点からも、我が国は漁獲が減れば他国から買えばいいという考えは、中国の爆発的な経済発展で水産資源の争奪戦の最中にある現状では通用しない。

 そんな国家の重要な役割を担う漁業が人手不足で存亡の危機にあることこそが、問題なのです。現行の『船員法』では、漁師に残業という概念が適用されないなど現代の働き方とは乖離が激しく、また、漁獲高に応じた歩合給は労働者の生活を不安定にしたままです。さらに、農業従事者には『農業者年金基金』があって、ちゃんとした年金制度が整備されているが、漁業従事者にはそんなささやかな生活補償の仕組みすらない。こうした実態を深刻に捉えてほしい。

 日本の漁業人材を守り、さらに増やしていくには、国が漁業を支える姿勢を示すことが、まずは何より必要なのです」

 佐々木氏の警句に耳を傾けるときが来ている。

 ◇

 米と共に唯一自給率100%と思われるほど、日本人にとって魚は身近な食料ですが、自給率が100%なのは沿岸漁業の魚であって、東シナ海やオホーツク海などの漁場では、逆に殆ど10%以下でしかない様です。近いうちに農産物や畜産品と同様、量は減り、値段は高くなっていくでしょう。いや既にその兆候はあります。スーパーに並ぶ魚さえ、品数は減り値段は高くなっているのが見て取れます。

 以前から、日本は農林政策に失敗したと述べてきましたが、ここで漁業も含め、農林水産業に失敗したと改めなければなりません。日本水産などの大手水産業者は現状どうなのか分かりませんが、沿岸漁業者や近海漁業者は農林畜産業者と同様、零細で後継者不足なのは共通事項です。

 佐々木氏の提言のように漁業国有化論も一つの方法でしょうが、農水省の抜本的改革も避けて通れないと思います。彼等は霞ヶ関にいても、全く現状が分からず意味がないので、司令塔だけ残し、各地に支部をつくってそこに官僚を移動させ、農林水産業の実態を把握することから始めた方がいいと思いますね。そうでなければ、遠くない将来に迫る食糧危機を回避できないでしょう。

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2022年1月18日 (火)

支持率低迷の立憲民主党に突き刺さった、「CLP問題」というブーメラン

4_20220117150001  昨日から通常国会が開会となり、岸田首相の施政方針演説の後、与野党の本格論戦がスタートします。野党第一党の立憲民主党は、泉新代表が「誰よりも国民に寄り添う政党として、政治に対する監視機能を発揮して国会論戦に挑みたい」と語ったようですが、「誰よりも国民に寄り添う党」か、どうかは疑問のあるところですが、それは別にして、「監視機能」とは何を言うのでしょうか。

 つまり自身の主張はなくて、政府与党のアラ探しをしようとしか受け止められません。これでは、はたして政権を目指す政党なのか甚だ疑問が残ります。そうしたなか、先に発覚したCLP問題には、極めて中途半端な終結の仕方をしました。政府与党のアラ探しには躍起となるのに、自身の「アラ」は、明確な説明なしで済ませようとするのでしょうか。

 その辺の詳細を含め、立憲民主党の現状を、政治ジャーナリストの安積明子氏が現代ビジネスに寄稿した記事を、取り上げます。タイトルは『「支持率は維新以下」立憲民主党に突き刺さった、「CLP問題」というブーメラン 「このまま終わり」で本当にいいのか?』(1/17)で、以下に引用します。

疑念を残したまま終わった“調査”

「私からは幹事長に調査を指示をして、幹事長から必要な調査を終えたと、そして会見に至ったというふうに報告を受けております。ですので、幹事長の説明ということでわが党としての説明を終了しているということであります」

1月14日の会見で立憲民主党の泉健太代表は、CLP問題に終止符を打つことを宣言した。CLP問題とはインターネット番組を制作・配信する「Choose Life Project(CLP)」に、立憲民主党から「動画制作費」として2020年8月7日に447万5390円、「企画広報費」として9月4日に563万7090円、10月9日に251万1420円と238万4370円の計1500万8270円が広告代理店を通じて支払われた件だ。

同党の西村智奈美幹事長は12日の会見で、(1)フェイクニュースや不公平な差別が横行する現状に対抗するため、新しいメディアを作りたいというCLPの考え方に福山哲郎前幹事長が共感し支援を行った、(2)番組編成について立憲民主党が影響を与える意図はなく、番組内容に関する請求は行われていないことを確認したことを公表。

2020年7月にCLPが法人化してクラウドファウンディングを開始したため、9月に支援は打ち切られたが、立憲民主党はこれに関与していないと発表した。

その上で現執行部としては、「本件の支出は違法なものではないものの、公党としては適切ではなかった」との判断を発表した。すなわち刑法の背任罪などには該当しないものの、公党が特定メディアに対して資金提供した点、その資金提供を公表しなかった点、そして立憲民主党からの支援の妥当性について党内で議論・検討されていない点について疑念を残したのだ。

過去の「セクハラ問題」が思い出される

しかしながら西村幹事長による「調査結果」は口頭での報告のみで文書としてまとめられておらず、疑念について存在を“宣言”するのみで、国民の不信を解消しようという努力は見られない。ここで思い出したことがあった。2017年の衆議院選で立憲民主党の公認候補として出馬し、比例復活した青山雅幸前衆議院議員の元女性秘書に対するセクハラ問題だ。

青山氏は枝野幸男代表(当時)の東北大学の先輩で、立憲民主党の公認候補(社民党の推薦も得た)として静岡県第1区で出馬して3万8531票を獲得し、39.93%という低い惜敗率にもかかわらず比例区で当選した。ところが当選直後の10月26日発売の週刊文春によってセクハラ問題が発覚したため、無期限の党員資格停止処分が下された。

これに対して佐藤成子静岡市議らが2018年4月11日、東海地方の女性地方議員31名の署名を立憲民主党に提出して青山氏の議員辞職を求めたところ、対応したのが当時の党ジェンダー平等推進本部長だった西村氏。西村氏は「党はすでに青山氏を処分しており、被害者との間で『二度と表にしない』との合意が成立している」とさらなる処分に消極的だった。

旧立憲民主党は党規約の中にジェンダー平等を盛り込み、セクハラ禁止やDV防止、そのための刑法改正などに取り組んできたが、その実態はまさに「仏を作って魂を入れず」というものだったのだ。

巨大な「ブーメラン」ではないか

そうした体質は、国民民主党の一部が合流し、新・立憲民主党となった後でも残っているようだ。1月7日の代表会見で筆者が泉代表に第三者委員会などの調査を問うた時、泉代表は「必要なら行う」と述べたが、14日の会見で再度問うた時には泉代表は再調査を否定した。疑念が残るにもかかわらず、政治責任を放置する姿勢は、自分には甘いと批判されても仕方ない。

そもそも立憲民主党は2020年9月に旧国民民主党から一時的に結成した民主党を通じた振替金など26億円余りを取得した。さらに10月と12月に国から支給された政党交付金や衆参の立法事務費などを含めると、70億7074万9346円の収入を得ているが、その原資の多くは国民の血税に相違ない。その使途が「適切ではなかった」のなら、国民が納得できる形での説明が是非とも必要だ。

さらにいえば、己の疑惑を曖昧にして他人の疑惑を追及できない。ヨハネの福音書は「罪のない者だけが、石を投げよ」と神イエスは述べていると記している。立憲民主党は森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会問題などで安倍政権の政治責任を追及してきた。森友学園問題で安倍晋三元首相による「私や昭恵が関与していたら、政治家を辞める」との発言に飛びついたのはその一例だ。

支持率は低下していく一方だ

そうした側面を国民が見ていないはずがない。2022年1月の立憲民主党の政党支持率は、NHKの調査によれば前月比3.3ポイント減の5.4%で、時事通信による調査では1.0ポイント減の4.0%。いずれも昨年10月の衆議院選で41議席を獲得して躍進した日本維新の会(NHKの調査では5.8%で、時事通信の調査では4.3%)に負けている。野党第一党の政党支持率が他の野党の政党支持率より少ないとは、これまでの前例にないことだ。

CLP問題は、ブルージャパン株式会社の問題もあぶり出した。ブルージャパン社は2015年に安保法制反対を叫んだ団体「シールズ」と関係が深い企業だとも言われている。そして2017年の結党以来、立憲民主党からブルージャパン社に2017年に1846万8000円、2018年に1億7015万2052円、2019年に3億8469万7197円、2020年には3億4591万8640円もの支出が行われていた。

これについて西村幹事長は、「CLPとは関係ない」ということで調査から除外。だがもし問題があるのであれば、膿を出し切らなくては傷口は悪化する一方だ。

昨年の衆議院選で議席を減らした責任をとって、2017年に結党以来の枝野・福山体制が崩れた。国民民主党出身の泉代表の就任によって新しい風が吹き込まれるかと思っていたが、空気がよどむ閉ざされた空間の中にいて、彼らは希望の光すら見失っているのかもしれない。

 ◇

 日本では保守対革新の政治構造のイメージが強く、与党の保守に対し野党の革新という対立構造が想定されていますが、立憲民主党の体質は革新でも何でもなく、極めて古い政治体質のまま、過去の流れを受け継いでいるようです。ですから与党の「アラ」の部分をそっくり自身の「アラ」として持ち合わせているのでしょう。

 枝野前代表が自身を、革新ではなく本当は保守だ、と言っていましたが、自己保身の「保守」、もっと言えば自分には甘く他人に厳しい、と言う誤った「保守」感覚を持っていたのではないでしょうか。代表変われど党の体質は変わっていないことが、このCLP問題で露見されたわけです。政府与党への「監視機能」ではなく、むしろ自党への「監視機能」が必要だと思います。

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2022年1月17日 (月)

民主主義と権威主義、どちらの「社会経済パフォーマンス」が上なのか?

Img_c220a728010bcb0e7769aeb184fab0064947  中国やロシアなど、いわゆる権威主義国家と言われる国が、現状変更の動きと共に周辺国を脅かしています。特に急速に経済力を増大させてきた中国の動きが、目を引くところです。

 ところでこの権威主義という民主主義とは一線を画す、と言うより対極にある国家が、なぜかこの地球上には増えている印象があります。それは経済的な優位性なのか、社会的安定性なのか。

 この問題を解き明かそうと研究を重ねている、東北大学大学院准教授で比較政治経済学、権威主義体制、中央アジア政治が専門の東島雅昌氏が、現代ビジネスに小論文を記載しました。今回はこの話題を取り上げます。タイトルは『民主主義と権威主義、どちらの「社会経済パフォーマンス」が上なのか? データ分析が示す驚きの結果』(1/9)で、以下に引用します。

 ◇

「民主主義の危機」?

「民主主義の危機」が叫ばれている。代表民主制への高まる不信、ポピュリスト政治家の台頭、そして極端な党派対立の進展などがその背景をなしている。一方、中国をはじめとした権威主義諸国は、自らの統治の実績上の優位を強調している。新型コロナウイルスへの迅速な対応や、急速な経済成長の喧伝は、その一端だろう。

危機にある民主主義と影響力を増す権威主義の対峙は、米バイデン大統領の主導で先月おこなわれた「民主主義サミット」やそれに対する中国・ロシアの反発によって、いっそう深刻なものとなっている。エスカレートする民主主義と権威主義の対立は、国際政治を規定する最重要のファクターとなっているといえよう。

しかし、はたして、民主主義は権威主義よりも社会経済パフォーマンスで劣っているといえるのであろうか。この小論では、民主主義体制、権威主義体制といった「政治体制の違い」が、多様な社会経済的帰結に与える影響について、政治学や経済学で蓄積されてきた実証的知見をもとに考える。結論を先取りしておけば、民主主義はそれ自体改善の余地があるものの、過去のデータを分析する限り、少なくとも権威主義と比較して望ましい社会経済的パフォーマンスをもたらしてきた、ということになる。

まず、民主主義とはどのような体制として位置付けられるだろうか。現代の民主主義とは、権力の抑制と均衡の仕組みを憲法に規定し、市民への政治的権利と自由の保障をつうじて公正な選挙をおこなう政治体制である。…と言うと、かなり堅く聞こえてしまうと思うので、順次説明しよう。

この民主主義の定義には2つの次元がある。一つは、多様な考えや利害をもつ人々の代表が相互に競争し、過剰な権力行使を抑制しあう「自由主義」の側面であり、執行府・立法府・司法府(日本の国政で言えば、政府・国会・最高裁)や様々な監視機関のあいだの権力のバランスを意味する「水平的アカウンタビリティ」を含む。もう一つは、自由かつ公正な選挙をつうじて、市民の意思(民意)に政策決定者が応えようとする「民主主義」の側面であり、「垂直的アカウンタビリティ」と呼ばれる。

逆に、権威主義体制とは、2つのアカウンタビリティが十分機能せず、1人の政治指導者(独裁者)が権力を専有し、選挙が公正ではない政治体制を指す。

自由民主主義の2つの要素は、功罪両方の側面があると考えられてきた。「自由主義」の側面は、恣意的な権力の行使を抑え、いわゆる「多数者の専制」を食い止めることが期待される。他方、そうした制約はタイムリーな政策対応を困難にするかもしれない。

「民主主義」の側面は、大衆の求めることを政治家が実行に移すことを促す。他方、政治家は選挙で再選されることを望むあまり、長期的視野に立たず大衆に「パンとサーカス」を与える近視眼的な政策を実施するかもしれない。

こうした自由民主主義体制の負の側面を強調して、権威主義体制の利点を考えてみるとどうなるだろうか。権威主義体制の場合、意思決定は独裁者1人の手に委ねられているため、(たとえばパンデミックなどの)様々な事態に臨機応変に対応でき、選挙など目先の利益を考えずに長い目で物事を決められるという「開発独裁論」の主張に行き着く。

民主主義と権威主義の特徴、そしてそれらの功罪を念頭に置き、社会科学者たちは政治体制と様々な社会経済パフォーマンスの関係について、多くの実証的知見を積み上げてきた。以下では、筆者が共同研究者たちと発表してきた実証分析を中心に据えながら、権威主義と民主主義のうち、いずれが優れた社会経済パフォーマンスを生み出しているのかみていこう。

民主主義は経済成長を阻害するのか?

民主主義の社会経済パフォーマンスを実証的に考えるとき、政治学者や経済学者によってもっとも旺盛に研究が進められてきたトピックの一つが、民主主義が経済成長に与える影響についての分析である。民主主義は、水平的アカウンタビリティをつうじて法の支配が尊重され、市民の財産権を保障する。財産権が保障された市民は、財産が公権力に没収されるのを恐れず投資に専念できるため、結果として経済成長につながる。

他方、民主主義には垂直的アカウンタビリティの経路もある。選挙で勝利するために、政府は投資指向のビジネスエリートよりも消費志向の大衆の支持を優先しうる。そうであるなら、民主主義の導入は経済成長の原動力である投資を減退させる。この見方をとれば、投資指向のビジネスエリートの意見に耳を傾けやすい権威主義体制の方が、経済成長に向いているかもしれない。

データによる実証分析は、これら2つの相反する理論的予測のいずれを支持するのか。政治体制と経済成長の膨大な研究は、サンプルや統計モデルの違いなどにより異なる実証結果が報告されてきた。

しかし最近、イタリアのサクロ・クオーレ・カトリック大学のロシグノリ助教授らの研究グループは、過去約35年の間に発表された、民主主義と経済成長の関係について調査した188本の論文、計2047 の統計モデルを含めた過去最大規模のメタ分析をおこない、既存の研究知見が全体としていかなる傾向を示しているのか検討している (Colagrossi et al. 2020)。彼らのメタ分析が示唆するのは、民主主義が経済成長に対して正の直接効果をもつこと、そしてそのような傾向は、因果推論手法や洗練されたデータをつうじ信憑性の高い統計分析を用いる最近の研究でより顕著にみられることだ。

経済成長率など経済パフォーマンスに関するマクロ経済指標は、権威主義体制において政権に都合よく操作されやすいことは複数の研究で指摘されている (Magee and Doces 2015; Martinez 2021)。独裁政府に有利なバイアスがかかりやすい経済成長率であるにもかかわらず、それが民主主義と頑健な正の相関関係をもつというメタ分析の知見は、民主主義は経済成長を阻害するものではなく、むしろ促進するものである、という見方を支持している。

民主主義は公衆衛生を改善するのか?

民主主義と経済成長の議論は、民主主義の水平的アカウンタビリティよりも垂直的アカウンタビリティの方が、経済パフォーマンスに負の影響をもたらすかもしれない、という可能性を示唆していたと考えることができるかもしれない。しかしながら、公正で自由な選挙の存在、そして選挙をつうじて政治家が大衆に目を向けることは、本当に大衆へおもねる「衆愚政治」をもたらすのだろうか。

社会政策や公共政策をつうじて国民の健康を守るのは、政府の重要な役割の一つである。お金持ちは自らの財力をつうじて十分な医療や福祉を享受できるが、貧しい人々は自らの力で必要な社会福祉を受けられない。公正で自由な選挙の導入は、選挙での勝利を望む政治家に、少数派のお金持ちよりも多数派の貧しい人々へ耳を傾けやすくする。その結果、貧しい人々の健康を向上させる政策が推進されて医療が改善し、人々の社会厚生が向上するだろう。

言い換えれば、垂直的アカウンタビリティは、公衆衛生という人々の根本的な政策ニーズへの政治家の真摯な対応を高める可能性がある。

このことを実証的に確かめるために、早稲田大学の安中進講師と筆者は、172カ国の1800年から2015年までをカバーする乳幼児死亡率のパネル・データを用いて、公正な選挙の導入が公衆衛生の改善にどれだけ寄与するのかを分析した (Annaka and Higashijima 2021)。

分析結果が示唆するのは、政府は民主化後直ちに社会政策や公共政策を貧しい人々寄りにシフトさせ、そうした政策変更は、公衆衛生の向上という政策帰結に長い持続力をもって正の効果をもつというものだ。すなわち、政府は自由選挙の導入直後には、公共政策をより広範な人々をターゲットにした内容へと変更し、さらにそうした公共政策の変更は、その後の乳幼児死亡率の漸進的改善に貢献していた。逆に、自由で公正な選挙の実施が妨げられたとき、そうした権威主義化は徐々に乳幼児死亡率に負の影響をもたらしていた。

また、テキサス大学オースティン校のゲリング教授らの研究グループがおこなった調査では、公正な選挙の実施が継続し、したがって民主主義が長く持続すればするほど、乳幼児死亡率の減少により大きく寄与することが示されている (Gerring et al. 2020)。これらのデータ分析が示唆するのは、垂直的アカウンタビリティの導入とその持続によって、政治家が社会的弱者の政策ニーズを汲み取るようになり、結果として多くの市民の公衆衛生が顕著に改善する傾向にあることだ。

民主主義と経済政策

これまで見てきた分析は、経済成長や公衆衛生といった政策帰結に関して民主主義が与える影響についてであった。しかしそもそも、国家は経済政策をとおしてこれらの社会経済パフォーマンスを生み出そうとする。政策帰結に政治体制が影響しているのだとすれば、経済政策にも民主主義と権威主義の違いが影響することになると考えることができるだろう。

多くの国では、政府は財政政策を策定し、中央銀行は金融政策を決定するというかたちをとっている。不景気のときには、金回りを良くするために拡張的な財政金融政策をとって経済を刺激する。アベノミクスの金融政策はその典型例だろう。他方、好景気のときには、インフレやバブルを抑制するためにこれらの政策を引き締める。経済状況に応じた適切な経済政策の決定が、物価高騰を防いだり、財政を健全したりして、長期的には経済成長や貧困の削減につながっていく。

こうした政策合理性と天秤にかけられるのが、為政者の近視眼的な、政治的生き残りの手段としての経済政策である。特に政治競争が存在する民主主義体制下で、有権者の歓心を得るために、政治指導者は経済政策を利用しやすいのではないか、という懸念は常に存在してきた。政策合理性ではなく、政権維持という思惑により経済政策が決定されるとすれば、民主主義の方が権威主義よりも恒常的に拡張的な財政金融政策が採られ、結果として深刻な財政赤字やインフレにつながってしまうかもしれない。

しかし、この民主主義と経済政策の関係の見方は民主主義の垂直的アカウンタビリティの側面を過度に強調したものであり、水平的アカウンタビリティの側面を過小評価している。ミシガン州立大学のボデア准教授と筆者は、いかなる条件のもとで法律上規定された「中央銀行の独立性」が政府の財政政策を統制できるのか検討した (Bodea and Higashijima 2017)。

中央銀行は、金融政策を引き締めることで――すなわち公定歩合を引き上げ、政府への貸し出しを制限することで ――政府の財政政策を律することができる。この中央銀行の金融政策の権限と自律性の程度は、中央銀行法に定められている。問題は、こうした中銀の独立性に関する法律上の定めを政府が遵守するかどうかだ。

権威主義体制の場合、独裁者は一手に権力を握っているため、法律上の取り決めをやぶってしまうかもしれない。したがって、中銀の独立性の高さは、法律に規定されていても金融政策への期待形成をおこなう多くの人々にとって信憑性をもたないかもしれない。逆に、民主主義体制の場合、執行府の首長は一度取り決めた法律を遵守するよう立法府や司法府、メディアなどによって監視・統制されている。したがって、法律上の中銀の独立性は高い信憑性をもつこととなり、政府の財政政策、そして人々の政策期待に大きな影響を与えるようになる。

民主主義は財政赤字を深刻化させるのか?

我々は、世界78カ国の財政収支と中銀独立性のデータを用いて、財政赤字が拡大する条件について実証分析をおこなった。我々の分析は、その国が権力の抑制と均衡を発達させ、メディアの透明性や司法の独立性が担保されていればいるほど、法律上規定された中央銀行の独立性の高さが財政赤字を改善する傾向にあることを見出した。

つまり、民主主義の両輪の1つをなす水平的アカウンタビリティがあるからこそ、中央銀行は「張子の虎」を超えて政府の財政政策を縛ることができ、政策合理性を高める可能性を、分析結果は示唆するのである。

選挙目的の政府の経済政策の操作、いわゆる政治的景気循環について考える際にも、水平的アカウンタビリティは重要になる。数多くの研究が示唆するのは、インフレや財政赤字を生み出す選挙目的の財政政策操作は、先進民主主義諸国で観察されにくく、民主化したばかりの国で特に生み出されやすいということだ。

筆者は、民主主義国と権威主義国を含む131カ国のサンプルを用いて、いかなる条件下で、選挙年の財政赤字の悪化が起こるか統計的に分析した。民主主義国家ではあるものの未だ民主主義の諸制度がしっかり確立されていない国々、あるいは複数政党選挙をおこなうものの選挙不正が原因で政権交代が起きない「選挙権威主義体制」と呼ばれる国々において、選挙年の財政赤字が統計的に有意に悪化していた (Higashijima 2016)。

民主化したばかりの国々では、選挙は自由かつ公正になったものの、執行府の権力を縛る水平的アカウンタビリティが未だ十分発達していない (O’Donnell 1994)。また選挙独裁制の国々は、権力の十分な統制がないことはもちろん、選挙前に大規模な財政出動をして市民の票を買い取り、選挙に圧倒的に勝利することで体制の頑健さや人気をアピールする誘因をもつ (Higashijima 2022)。

つまり、民主主義が高度に発達し水平的アカウンタビリティが担保される条件においてこそ、政策合理性をもった経済政策が採用されやすいのである。民主主義を「衆愚政治」と捉える見方とは、相反するものであろう。

民主主義は富の不平等を減らすのか?

ここまでみてきた様々な社会経済的帰結に関する実証分析の知見は、民主主義の発展がもたらす正の効果に軍配を上げるものであった。では、民主主義体制は万能であるといえるのであろうか。残念ながら、必ずしもそうであるとはいえない。いくつかの社会経済的帰結に関して、民主主義のメカニズムでは不十分なことが示唆されている。

最も深刻な事象は、富の不平等である。多数派である貧しい人々に寛容な政策が民主主義のもとで取られやすいのであれば、民主主義は富裕層への課税や低所得者への再分配をつうじて富の平準化を促進すると期待できる。しかし、民主主義と経済不平等の実証分析は頑健なかたちでそのような傾向を見出していない。

ニューヨーク大学のスタサヴェージ教授とスタンフォード大学のシーヴ教授は、富の平準化をもたらす上で富裕層に課税するという政策は理にかなっているが、現代では、たとえ低所得者であっても富裕層への課税が公平かどうかをめぐって意見の相違があるため、十分な政策支持が得られない事実を指摘する。

また、米国など経済不平等が高まった国々では、富裕層が豊富な資金を背景に政党や政治家にロビー活動をおこなう結果、高所得の有権者に有利な税制が維持されやすい (Stasavage and Scheve 2016)。有権者間の公正性認識の断絶や富裕層のロビー活動が原因となり富の不平等が維持・強化されているのだとすれば、民主主義に内在する2次元のアカウンタビリティをいくら高めたとしても、解決できる問題ではない。

民主主義の「意図せざる帰結」: 民主主義と金融危機

また、民主主義を発展させることで我々が警戒しなければならない「意図せざる帰結」もある。その一つが経済危機に対する政府の対応である。

トロント大学のリプシー准教授は、1800年から2009 年をカバーする69カ国のパネル・データを用いて、政治体制が金融危機発生に及ぼす影響を調査している。彼の分析は、民主主義が発達した国であるほど、金融危機、つまり銀行の閉鎖・合併・国有化につながる取り付け騒ぎに代表される深刻な信用逼迫が起こりやすいことを示す。そして、水平的アカウンタビリティが強く迅速な政策対応が遅れることが、銀行危機を生み出すメカニズムの1つとなっていると主張する (Lipscy 2018)。

また、カーネギーメロン大学のハンセン氏の研究は、低インフレの政策選好をもつ中央銀行が高い独立性をもつとき、銀行危機後の失業率が高止まりし、さらには国内銀行信用や株式時価総額をも引き下げてしまうことを示す (Hansen 2021)。これらの分析結果は、民主主義の権力の抑制と均衡の原理の負の側面は、とくに危機への迅速な対応が必要となる段階では、如実に現れてしまうかもしれないことを示唆する。

民主主義と権威主義の対立が深まる今日、権威主義諸国は自らの統治の優位性を誇示するかもしれない。そして、民主主義国に生きる人々は、民主主義が抱える様々な問題の深刻さの前に立ち尽くしてしまうかもしれない。

しかしながら、政治体制と様々な社会経済的帰結に関する多くの研究が示すのは、民主主義の諸制度を発展させていった先人たちの努力が、結果的に望ましい社会や経済へと我々を導いていったという事実だ。

しかしこのことは、民主主義の現状に我々が満足していいということを意味するわけでもない。ハンガリーのオルバン政権やトルコのエルドアン政権、ベネズエラのマドゥロ政権などを典型例として、水平的アカウンタビリティが、民主主義の後退や民主主義の崩壊によって切り崩される国が相次ぐなか、民主主義が望ましい社会経済的帰結をもたらす基盤は危機にある。

また、先にみた富の偏りなど、既存の民主主義の枠組みでは解決できそうにない課題も浮き彫りになっている。民主主義が「未完の革命」である以上、現在の民主主義の仕組みでは解決できない問題を正しく理解し、民主主義刷新の道筋を定めることが喫緊の課題だ。

 ◇

 民主主義において選挙での勝利を得るために、その公正で有効な政策を提言するよりも、より短期的な利益を与えること(いわゆるバラマキ)をアピールして支持を得ようとする、ポピュリスト政治家が多いのが現実です。そしてそれが多くの財政赤字を生む元凶になります。

 更には民主主義国家の多くは、資本主義的経済運営により、貧富の格差を生む必然的な傾向もあります。アメリカの実業家のトップや、著名なスポーツ選手など、一般の人が1000人以上かかっても稼げない報酬を、得ているのも現実です。

 この記事にあるように、民主主義の至らないところはあるのは事実です。所詮人間はその他の生き物にはない「欲」というものがあり、どうしてもそれがその至らないところを増大させる。そうした宿命はなかなか消えることはないでしょう。

 しかし財政赤字にしても、格差にしても、権威主義国家が優れているのかというと、甚だ疑わしいと思います。経済指標や結果を正確に公開しているのかは不明ですし、特に独裁制を敷いている国の指導者層と、一般市民の間の格差は想像以上だと推定されます。

 そして何よりも、個人の行動や思想の自由が、担保されているかどうかの違いは、決定的と言えると思います。中国など、個人の行動は常に監視され、政府に批判的な市民は拘束され、更には当局の非民主的な裁判で投獄される。少数民族は弾圧される。この違いは何よりも大きいと言えます。

 いくら中国やロシアが、その統治形態を誇っても、そうした個人の表現や思想信条の自由が制限される限り、民主主義の方が勝っていると断言できるでしょう。かりに経済的豊かさは大事だとしても、経済結果だけがすべてではないと言えます。

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2022年1月16日 (日)

国民民主党と都民ファーストの会、合流を視野に連携へ

K10013390151_2112152115_2112152142_01_02   前回の衆議院選で、日本維新の会と共に野党では議席を伸ばした国民民主党。ただ維新の41議席に対し、国民民主は11議席と4分の1にしか過ぎません。そしてこの夏の参議院選では、12人のうち7人が改選となり、かなりの苦戦が予想されます。

 そこで小池百合子東京知事率いる、都民ファーストの会と連携を深めようとしています。大阪の維新に対し東京の国民民主を狙っているのでしょうか。もちろん大阪に集中する日本維新の会より、国民民主の方が全国的ではありますが、何しろ党勢は弱い。そこで小池都知事の人気に乗って、比例票を増やしたいというのが本音のようです。

 そのあたりの動静をNEWSポストセブンの記事(ジャーナリスト藤本順一の政治コラム「永田町ワイドショー」)から拾ってみます。タイトルは『国民民主党と都民ファーストの会、合流へ 近く正式発表』(1/13)で、以下に引用します。

 ◇

 1月13日、国民民主党は、小池百合子・東京都知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会(都ファ)」との合同勉強会を開催した。玉木雄一郎・代表が、かねてより近い関係にある小池百合子・都知事との合流に向けて本格調整に入るなか、すでに国民民主党執行役員会の了解を得ており、週明け17、18両日には、党所属議員、地方議員に報告。今月中には都ファの荒木ちはる代表との共同記者会見に臨み、両党の合流を正式発表する予定であることが国民民主党関係者からの独自取材で分かった。国民民主党関係者が語る。

「都民ファに所属している都議と区議は国民民主に入党する形となりますが、一方で都民ファ政党そのものは、大阪維新の会のような独立した地域政党として存続させる方向で調整しています。小池都知事は最高顧問に就任するとみられています」

 国民民主と都民ファ両党の合流は、2021年12月15日に行なわれた玉木、小池会談で本格的に動き出した。翌16日の記者会見で玉木氏は、コロナ対策について問われた際、「国政では我々、国民民主党、都政では都民ファが連携して、より徹底した対策を求めていく」と述べていたが、この発言は2022年夏の参院選に向けた両党連携への意欲を暗に示したものだった。

 玉木、小池両氏の関係は、2017年に起こった玉木氏が所属していた民進党と小池氏が立ち上げた「希望の党」の合流、分裂騒動にまで遡る。2017年夏の衆院選で希望の党が惨敗した際には、小池氏は責任を取って代表辞任しその後継は玉木氏となった。今回も小池氏が都民ファを玉木氏に託す形の合流だ。

 その背景にあるのは、陰りが見える小池氏の政治力と健康問題だった。2021年10月の衆院選で独自候補の擁立に動いた都ファの国政進出は頓挫し、2022年夏の参院選を占う試金石とされた東京都の東久留米市長選(12月26日投開票)では、都ファ推薦の候補が自公候補に大差の敗北を喫した。

 また都庁関係者によれば、「小池氏は2021年の6月と10月に『過度の疲労』を理由に入院しましたが、政務復帰後も体調は不安定で国政復帰に踏み出せないようです」という。

 一方、地方組織が脆弱な国民民主にこれを拒む理由はない。来夏の参院選に向けて、大票田の東京選挙区での得票増に直結する都ファとの早期合流は、第3極野党としての足場固めに必須だからだ。

「今夏の参院選で国民民主の改選議席は7議席(2016年選挙)で、このうち比例は4議席です。2021年の衆院選の比例での獲得票数は260万票で、参院選で議席を積み増すには最低でもプラス150万票が必要でしたが、都ファとの合流で目処がつきました。それに独自候補の擁立や他党との候補者一本化調整の選択肢が広がります」(前出・国民民主党関係者)

 参院選は7月10日投開票の方向で調整されている。玉木氏は9日に放送されたNHK番組「日曜討論」に出演した際、都ファとの連携について「政策的な一致の先に選挙協力できるのであれば、それは排除するものではない。先頭に立って日本を改革していく勢力の結集、またその拡大を進めていきたい」と述べていた。

 風雲急を告げる国民民主、都民ファーストの会の合流劇である。

 ◇

 「希望の党」の立ち上げの時は、小池都知事の「排除」の一言で、多数の議員が党を離れ、枝野氏の「立憲民主党」立ち上げの一因となり、「希望の党」はそれこそ希望を失うような惨敗を喫したのでした。

 今回はその轍を踏まないように、事前のすりあわせを十分するといった配慮を重ねているようです。いずれにせよ、立憲民主党や共産党などの、社会主義政党とは別の、中道野党が力を持つことは歓迎したいですね。前向きで有意義な議論が日常となる、本来の国会の姿を実現してほしいものです。


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2022年1月15日 (土)

「敵基地攻撃」で中国抑止 揺らぐ米の核の中、台湾有事どう防ぐ

Maxresdefault_20220115100301  「敵基地攻撃能力の保有も含めてあらゆる選択肢を排除せず検討し、必要な防衛力を強化する」。昨年11月、岸田首相は自衛隊観閲式でこう演説しました。自衛隊の観閲式とはいえ、こう明言した首相は果たして本気なのでしょうか。

 長い間政府与党は、「専守防衛」という憲法9条の理念に基づく、およそ抑止力としては心もとない考え方を、日本の安全保障の基本に据えてきました。しかし中国の現状変更の意図が、ここに来て急速に明確になるにつれ、もう「専守防衛」などと言ってはいられない、差し迫った状況が近づいてきているのが現状です。

 そうした日本の安全保障上のリスクと課題を、産経新聞のコラム「主権回復」シリーズに寄稿された記事から、紐解いてみましょう。タイトルは『「敵基地攻撃」で中国抑止 揺らぐ米の核 台湾有事どう防ぐ』(1/13)で、以下に引用します。

 ◇

2030年、中国が核戦力で米国と肩を並べる時代が始まるかもしれない。そんな「現実」を突きつける2つの報告書が昨年11月、米連邦議会に相次いで提出された。

「中国は恐らく30年までに少なくとも核弾頭1千発を保有する意図を有している」。米国防総省は中国の軍事動向に関する年次報告書でこう指摘した。

米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」(USCC)の報告書はまた、中国が核弾頭の運搬手段となる地上発射型の戦略ミサイルの数で30年までに米国と「対等」となる可能性に言及。米国の戦略核戦力の優位が崩壊する恐れが出ていると警告した。

「核の影」。USCCの報告書には、こんな聞きなれない言葉が登場した。

米国の核の優位性が低下すると、米国は中国による米本土への核攻撃を恐れ、同盟国を守るための核使用を躊躇(ちゅうちょ)する可能性が生じる。インド太平洋地域における通常兵器の軍事バランスは、米国から中国優位に傾こうとしている。中国が米国の核を抑止できれば、地域で軍事行動をとる自由度が増すことになる。

米国の核の優位が崩壊することで地域紛争の脅威が高まることを「核の影」という。30年はその意味で、台湾統一を「歴史的任務」とする中国の習近平政権が台湾侵攻に動く危機が最も高まる時期ともいえる。

中国を手詰まりに

在日米軍や自衛隊の基地をミサイルで攻撃し、日米の制空能力を低下させた上で、台湾周辺の空海域で優勢な状況を確保し、米軍の増援排除を図る―。台湾有事では、中国がこうした行動に出ることも想定されており、日本も影響を免れない。台湾有事は「日本有事」でもある。

日本に迫る危機をどう防ぐのか。「核の影」の危険を米側に説いてきた一人、米政策研究機関「ハドソン研究所」研究員の村野将(まさし)は「射程2千キロ以上の弾道ミサイルの配備が最も効率的だ」とみる。

中国軍機の出撃拠点となる航空基地を巡航ミサイルよりも速度が速い弾道ミサイルで攻撃し、一時的に無力化させる。日米はこの間に態勢を立て直す。「そうなると中国は手詰まりになるので、緒戦におけるミサイル攻撃を思いとどまらせることにつながる。作戦妨害能力が日本の対中抑止の要だ」と村野は語る。

北朝鮮対応で議論される敵基地攻撃能力が中国にも有効となりうる。USCC報告書も、米国の中距離ミサイル配備を同盟・パートナー諸国に求めるべきだと唱えた。

時間との戦い

「敵基地攻撃能力の保有も含めてあらゆる選択肢を排除せず検討し、必要な防衛力を強化する」

首相、岸田文雄は昨年11月27日、自衛隊観閲式でこう強調した。元首相の安倍晋三すら曖昧にした表現を改め、「敵基地攻撃能力」と明言し、それ以降、前向きな発言を繰り返す。その保有は1956(昭和31)年、鳩山一郎内閣が「法理的に自衛の範囲」との統一見解を示している。

だが、与党・公明党は「理論的な可能性を肯定しても、現実の防衛装備として取らないと一貫してやってきた」(代表の山口那津男)と慎重だ。メディアなどからは戦後堅持してきた専守防衛から「逸脱」しかねないとの指摘も上がる。NHKの世論調査(2020年7月)では能力保有の支持が40%で反対が42%。国民世論も割れている。

中国は台湾侵攻能力の向上を急ぐ。議論は時間との戦いだ。防衛省関係者は「米軍との役割分担を決めて計画を作り、訓練を行う際に『敵基地攻撃能力』を明確に位置づけないと前に進めない」と漏らす。

「日本の支えがないと米国も台湾を支援できない。中国がそう自信を持てば、抑止が崩れる」(村野)。自国の安全保障を米国に頼るだけではすまされない時代が本格的に到来した。 

国境の島の危機感

日本最西端の沖縄県・与那国島は人口1700人弱の小島だ。面積は東京都世田谷区の約半分、わずか29平方キロ。島西側で海を望むと、晴天下では台湾の山並みが見える日もある。最短距離は111キロ。沖縄本島までの約5分の1だ。

「与那国が巻き込まれるのは確実だ」。昨年11月下旬、与那国町長の糸数健一(68)は産経新聞の取材に対し、台湾有事への強い危機感を語った。

島には2016(平成28)年、陸上自衛隊の駐屯地が開設され、沿岸監視隊員約170人が東シナ海で脅威を増す中国軍の動向を監視してきた。23年度までには陸自電子戦部隊約70人の追加配備が予定され、航空自衛隊の移動警戒隊も常駐を始める。中台関係の緊迫化を受けた措置だ。

昨年11月には米インド太平洋軍司令官のジョン・アキリーノが駐屯地を視察した。アキリーノは昨春、台湾有事は「大多数が考えるより間近に迫っている」と語っていた。米統合参謀本部議長のマーク・ミリーは昨年11月、台湾有事は「向こう12~24カ月はない」と指摘したが、国防総省高官は、中国軍が27年までの近代化目標を達成すれば、台湾有事で「より実効性の高い軍事的選択肢を確保し得る」との認識を示した。

中国軍に対する日米同盟の「耳と目」となる与那国島など先島諸島は、中国が台湾侵攻に踏み切れば戦域に含まれる恐れがある。

政府に対する不信

与那国町議会の議長、崎元俊男(56)によると、駐屯地開設前に強かった反対運動は「下火」になった。自衛隊誘致をめぐる当時の住民投票では賛成632票に対し、反対も445票を数えたが、20年にあった電子戦部隊配備への抗議集会の参加者は7、8人にとどまったという。

「国境・離島防衛は不可欠と(の意識が)住民に浸透してきている」。地元選出の沖縄県議、大浜一郎(59)はそう説明した。

ただ、自衛隊が部隊を増強しても駐屯するのは「守備隊ではない」(糸数)。有事の島民避難や台湾からの邦人退避、多数の避難民は町だけではとても対応できない。「国はシミュレーションをしているのか」。糸数は政府への不信感をのぞかせた。

「武力侵攻でも平和統一でも、台湾が中国に併吞(へいどん)されれば島の周りに中国軍が出没し、漁はできなくなる」。与那国町漁協組合長の嵩西(たけにし)茂則(59)の言葉は切実だ。そうなれば住民は島を離れ、日本最西端の領土は「自衛隊だけが残る国境の島になる」。

島西部の高台にある駐屯地に島に1台しかないタクシーで訪れると、警衛隊員が駆け寄ってきた。「門柱以外は撮らないで」。島に張り詰めた空気が漂う。

防衛強化急ぐ台湾

海の向こうの台湾には中国の圧力が高まっている。

防空識別圏(ADIZ)への中国軍機進入は昨年10月4日に1日当たりで過去最多の延べ56機を記録。昨年1年間の累計は延べ970機に上り、20年1年間の延べ約380機から激増した。

軍出身の台湾の国防部長(国防相に相当)、邱国正(きゅうこくせい)は、状況は「40年余りの経験で最も深刻だ」と説明。25年には中国軍が台湾への全面侵攻能力を備えるとの認識を明らかにした。

台湾は防衛強化を急ぐ。米政府によると、米国が台湾への売却を決めた武器総額は17年以降、約190億ドル(約2兆2千億円)相当。蔡英文政権は22年度国防予算を過去最高の3726億台湾元(約1兆5千億円)とし、さらに今後5年で約2400億台湾元を投じてミサイルや艦船を増強する。

台湾では少子化や徴兵制から志願制への移行で兵士のなり手が減っている。今年から予備役の増強を図り、兵士不足を補う対策も始めた。訓練に昨年参加した予備役の男性(27)は「どれだけ戦力の向上につながるか分からないが、台湾を守る意思が強まる」と気を引き締めた。

吉田茂が抱く思い

日本が主権を回復した1952年のサンフランシスコ講和条約発効から今年4月で70年。日本が問われているのは「自分の国を守る意思」だ。条約に署名し、日米同盟の下での軽武装・経済成長路線の道筋をつけた元首相の吉田茂は、63(昭和38)年出版の著書「世界と日本」でこう語り、未来の世代に期待を託した。

「(日本が)いつまでも他国の力を当てにすることは疑問であって、自らも余力の許す限り、防衛力の充実に努めねばならない」

 ◇

 日本が戦後復興を急ぎ、経済を軌道に乗せるために、他国(米国)に日本防衛の肩代わりをしてもらったのは、当時としてはやむを得ない選択だったのでしょう。しかし復興を成し遂げ、世界第2の経済大国になってからも、延々と米国の核の傘と基地の米軍にその役割を委ね、「専守防衛」の理念を持ち続けたのは、「主権国家」の体をなしていない、と言えるのではないでしょうか。

 ようやくここへ来て、政府も重い腰を上げ、国の安全保障の考え方の方向転換をしようとしているのは、歓迎されることです。ただあくまでも「主権回復」との論理的帰結ではなく、日本を取り巻く地政学的リスクがそうさせたというのには、やや不満が残りますが、ここにも戦後メディアや大学教授などの有識者が植え付けた「軍は悪」との国民意識が、根強く残っているからでしょう。

 あるテレビ番組で、若いコメンテーターが、「国防」それにつながる「軍隊や軍備」を話題として取り上げるのを、忌避してきた歴史がある、と言っていましたが、その通りで、今後はメディアでも教育でも、民間の話題にでも、「国防」を避けることなく取り上げることが、重要になってくると思いますね。


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2022年1月14日 (金)

福島香織氏:北京五輪は専制主義プロパガンダの祭典で、中国共産党のための五輪

3_20220113153301  3週間後に迫った、北京冬季オリンピック。アメリカなどの参加ボイコット(実際は政府関係者の不参加)と、オミクロン株の世界的蔓延に揺れている中での開催になります。

 しかし中国共産党は、あの手この手でこの国家的イベントを、権威を誇示するための道具にしたいようです。フリージャーナリストの福島香織氏はJBpressへの寄稿文において、その現状を紹介しています。タイトルは『北京五輪は専制主義プロパガンダの祭典になってしまうのか 世界に見せつける「中国共産党のための五輪」』(1/13)で、以下に引用してその内容を記述します。

 ◇

 中国の北京に隣接する直轄市、天津市で新型コロナ「オミクロン株」の地域感染が拡大するなか、3週間後に北京冬季五輪が開幕する。

 当局は1月4日、冬季五輪開催前に「閉環(閉鎖環境)式管理」を発動。北京冬季五輪組織委員会によれば、これは国際イベントにおける最も厳格な管理方式で、日本の「バブル方式」を一層徹底したもののようだ。オミクロン株という極めて感染力の強いコロナウイルスが北京に隣接する天津市で拡大し始める中で、あくまで「ゼロコロナ」に固執する中国は果たしてどんな北京五輪を行うのか。

 そして、ウイグル人弾圧や香港の民主活動家拘束問題について、何ひとつ国際社会に向けて前向きな対応を見せず、性暴力を告発した女子テニスプレイヤーの彭帥(ほうすい)や人権派弁護士の唐吉田(とう・きつでん)ら多くの人たちが「失踪させられて」いる状況で、また日本を含む多くの国が外交的ボイコットを行っている状況で、中国は強引に五輪を開催してどのようなメリットを得られるのだろうか。

「外界」との直接接触は一切禁止

 中国の管理方式は、東京五輪の「バブル方式」をさらに厳密にしたものだ。外界と隔絶した比較的大きな閉鎖環境を作り、そこに五輪スタッフを開幕1カ月前から閉じ込め、まず「滅菌消毒」する。その数は、ボランティア、清掃員、調理師、運転手なども含めて数千人におよぶ。これを冬季五輪開幕前閉環(閉鎖環境)管理プロセスと呼んだ。いったん閉鎖環境に入ると、その後はいかなる理由があっても外界とは直接接触できない状況に置かれる。

 閉環には「大環」といくつもの「小環」、つまり大きな閉鎖空間の中に小さな閉鎖空間がいくつもある格好になっている。小環とは、選手村、訓練施設、競技会場、メディア取材会場など個別の場所で、それぞれが小さな閉鎖環境となっている。

 国外から来た選手、スタッフ、来賓、記者らは、それぞれがこうした小環に入ることができるが、たとえば小環から自由に出て大環の中を自由に動きまわれるかというと、それはできないらしい。そこが日本のバブル方式よりも厳格だ。

 小環と小環の間は決められたバス、専用高速鉄道などの交通機関で移動できるが、この交通機関も閉鎖空間のひとつであり、バス、鉄道の中も外界の人との接触はない。

専制国家ならではのルール徹底

 外国から来る五輪関係者は、空港でワクチン接種状況を確認され、PCR検査を全員受ける。ワクチン未接種者は専用の交通機関で隔離施設に移動、21日間の高度集中隔離措置(つまりホテルから一歩も出られない)を受けたのち、専用の交通機関で選手村、あるいは五輪組織委契約のホテルに移動する。

 選手村、ホテル、競技場や開幕閉幕式会場、五輪関係者用飲食施設、メダル授与式典会場、メディアセンターなどを含めた地域は「大環」という形で閉鎖環境となっているが、その閉鎖環境内にいても、毎日のPCR検査、検温や自覚症状などのチェックは必須という。海外からの観客は一切受け入れない。

 外国選手、コーチ、スタッフらは再び出国するまでの間、この閉鎖環境から一歩も外に出ることはできず、毎日、PCR検査など必要な検査を受け、必ずマスクをつけることが義務付けられる。

 入境手続きなどの際に選手らに接触するスタッフは、すべて防護服を着ることになる。移動の車が専用車であるだけでなく、通行する道路も専用道路となり、一般の中国民衆とは完全に隔絶されるという。

 東京五輪では決められたルールを守らない選手やスタッフがいたが、中国当局を相手にルールをあえて破ろうとする人はいないのではないかと思われる。これだけルールを徹底して、有無を言わせず守らせることができるのが、専制国家である。

 1月10日に江蘇省無錫市でオミクロン株感染者が確認され、今、中国では少なくとも6都市でオミクロン株感染が確認されている。しかも北京に隣接する天津では市中感染が広がっており、オミクロン株の感染拡大のスピードを考えると北京でも市中感染は起きていると想像できる。

 オミクロン株の症状は軽くはないがデルタ株ほどは重症化しにくいとされ、普通の風邪と判別しづらく、「隠匿性」が高いとみられている。中国の場合は「社会面清零」という政策、つまりコロナ感染が分かれば、濃厚接触者、準濃厚接触者、たとえば同じアパートの住人を丸ごと隔離施設に放り込むといった厳格な措置をとっているので、「もしかしたら自分は感染したかも」と思っても多くの人は「隠匿」してしまうことだろう。

 そうした中国社会の状況を踏まえた上での閉環方式であり、このやり方であれば、おそらく外国選手の健康が危険にさらされる可能性はほとんどゼロに近いであろう。

 ただ、そういう状況で行う五輪は、いったい何のための五輪なのか、ということも考えさせられる。

裏切られた「中国が生まれ変わる」という期待

 2008年の北京夏季五輪は私も現地で取材したのでよく覚えている。この五輪の意義は、中国の一種の「国際社会デビュー」であった。海外の観光客、メディアに中国の発展ぶりを見せつけ、また中国の一般市民がホストとして外国人と交流する機会がふんだんにあった。北京の市民は、国際社会から田舎者と思われないように「文明化」運動を市民レベルで行い、社区の共産党員を中心に英語やマナー研修が行われた。それまで、路ばたや地下道、ときには地下鉄内のごみ箱などにトイレをいたす子供やおばあさんも、公衆トイレにいくまで我慢しましょうと教え込まれたし、唾やたんをところかまわず吐くのは文明的ではない、公共交通に乗り込むときはきちんと並んで横入りはやめよう、などと学びあったのだ。この北京夏季五輪時、北京市民のみならず中国人の“お行儀”が大きく向上したことは、私も目の当たりにしている。

 同時に海外からは、中国の市場がより開放され、自由化され、国際社会との触れ合いを通して価値観や文化の影響を受けて人権意識なども向上することが期待された。2008~2011年ごろに中国で労働者の権利向上を求めるデモや労働争議が増えたのは、こうした五輪効果が少なからずあったのではないか、と私は思っている。

 思えばこうした流れの中で、2009年7月に新疆ウイグル自治区ウルムチ市でもデモが行われた。広東省の工場で発生したウイグル人の暴行死事件について中国の司法がきちんと真相を捜査し裁くことを要求するもので、市民の“正当な権利”を求める平和的なデモであった。ところがなぜか最終的に「ウルムチ騒乱」という形で中国当局から武力弾圧され、「東トルキスタン独立派が裏で糸を引いていた」みたいな粉飾をされてしまった。

 結果的には、中国が国際社会とふれ合うことで人権問題などが改善し、文明国になる、という期待は見事裏切られた。その裏切られた原因はどこにあったのか、というのは別のテーマなので割愛する。

中国共産党のための五輪

 北京冬季五輪には、もはやそうした期待すら抱くことが許されない状況だ。コロナ禍なので致し方ないとはいえ、最初から中国庶民と国際社会のふれ合いなどありえないし、今は中国人同士ですら、自由に人と会ってモノを言える環境であるか疑わしい。中国の人権問題は2008年時点より大幅に悪化し、今や人権問題が存在するということを容易に認めることすら許されないほどの厳しい監視社会、言論・思想統制が徹底されている。

 この中国の厳しい人権問題が北京冬季五輪を契機に改善したり、国内外の共通認識として解決に動こうという運動になったりすることは、まずあり得ない。

 本来、「平和とスポーツの祭典」である五輪大会を開く意義は、争いや対立を超えて、五輪憲章にある人権や自由をはじめとする普遍的価値観を共有し、世界に広く伝えることではなかったか。

 北京冬季五輪では、選手は完全隔離された「無菌のフラスコ」の中で安全に競技を行えるかもしれない。しかし、生身の中国庶民と触れ合うことはできず、この国にどのような人権問題があるかを知らないまま、新彊ウイグル自治区やチベット自治区、香港の人々が何に苦しんでいるのかを知らないまま、多くのウイグル人、知識人、人権派弁護士たちが「失踪させられている」現状を知らないまま、ゼロコロナ政策によって「社会面」から排除された人々が隔離施設でどのような境遇にあるかも知らないままではないか。

 見る側も、フラスコ越しに美しい昆虫をめでるように、インターネットやテレビ越しに選手たちの活躍を見て応援できるという意味では、スポーツ競技観戦の目的は果たせるかもしれない。だが、五輪の本来の精神や意義を伝えることは不可能だろう。だとしたら何のための五輪か。

 答えは一つだ。中国共産党のための五輪なのだ。共産党にしてみると、この五輪は、おそらく中国の専制体制の素晴らしさを世界に披露する場であり、その成功は秋の党大会で習近平独裁任期継続を決めるための追い風になるだろう。

専制主義の素晴らしさを喧伝する場

 五輪およびパラリンピックの開幕式、閉幕式の総合プロデューサーは、2008年北京夏季五輪に続き著名映画監督の張芸謀。現代美術作家の蔡国強がビジュアル芸術デザインの責任者となり、2008年五輪開幕式で一緒に働いた沙暁嵐、陳岩らが再びライティングと美術設計を分担する。おそらく直前に芸術スタッフの更迭などもなく、5Gやお得意のドローン技術を駆使した演出はテレビ越し、インターネット越しに多くの観客に息をのませ、いろいろと東京五輪と比較されるかもしれない。

 国際的に有名な建築設計事務所「POPULOUS」が造った国家スピードスケート館「冰絲帯(氷のリボン)」や、5G4K放送室を備えて競技場をつなぐ五輪専用高速鉄道などをテレビで見て、世界がコロナ禍の経済悪化に苦しむ中でこれほどの潤沢な投資を五輪に向けられたことに素直に驚く人もいるだろう。

 そして、こう思う人もいる。ひょっとして、専制主義のほうが民主主義よりも経済発展や国家的大イベントの運営に都合がいいのではないか、ウイルス感染症をコントロールするにも専制主義の方がうまくいくのではないか、と。中国共産党の専制政治こそが、アジア的民主、中国式民主として、欧米の傲慢な民主主義にとって代わる新しい政治体制モデルではないか──、と思い始める人もいるかもしれない。

 要するに中国にとって今回の五輪は、国内的には国威発揚イベントであり、対外的には専制主義の素晴らしさを喧伝する大プロパガンダ、つまり洗脳工作なのである。

 もし今回の北京冬季五輪を見て「素晴らしい」と感銘を受ける人が世界に多ければ、我々の価値観は徐々に変わっていくかもしれない。人道や人権、自由よりも、全体が一つになって、安定して発展することが重要であり、そのためなら少数者も意見の異なる人も、人権も人道も蹂躙してもよし、と。

 2008年北京五輪では、国際社会に触れた中国の価値観や社会が、人権、人道重視に変化していくことが期待された。しかし、2022年北京五輪では、逆に中国側が成功をみせつけることで国際社会の価値観を変えていこうと目論んでいる。こうした洗脳を最も受けやすいのは、いまだウイグル問題や中国の人権問題について言及を避けがちな日本の政財界の人たちかもしれない。

 私個人としては、五輪が専制国家の宣伝に成り下がるのを何とか阻止したいとの思いでこの原稿を書いた。昨年の東京夏季五輪から、選手が表彰台などで政治的パフォーマンスを行うことが解禁となっているが、北京冬季五輪ではそんな自由が許されるのだろうか? 「すべてのウイグル人が自由に家族に会える日がきますように」などと表彰台でコメントしたり、中国メディアのインタビューで、「失踪中」の人権弁護士、唐吉田に触れてくれる選手がいるだろうか?

 北京冬季五輪を楽しみにしている人も、見ないと決めている人も、参加する人もしない人も、この五輪がもたらす影響が少しでも人権・人道と平和のために利するものになるにはどうすればいいのか、少しだけでも考えてほしい。
 ◇

 前回のブログでは、中国の人口が減少に転じ、このままの推移で30年後には半減するという記事を取り上げました。習政権もそれに気づいているのでしょうが、10年後くらい先までは、極端な影響は出てこなくて、今のような権威主義は続けられるかも知れません。

 しかしそうは言っても経済は先を見ますから、人口減少の影響の兆しが見えてくれば、日本のように「失われた○○」がスタートしていくでしょう。そう言った経済衰退の予想される未来に、中国国民が今のように、共産党による水を漏らさぬような監視社会の中で、声を上げずに我慢し続けるかどうか。

 中国共産党とそれに支配された国民を、一つの巨大な組織と見なせば、組織の崩壊は内部から起こってくるでしょう。それも共産党内部の不協和音と国民の不満が同時発生し、不満と混乱の導火線に火がついたとき、大きな爆発となってこの国の崩壊につながるかも知れません。情報共有と相互信頼が極端に欠けたこの専制国家では。


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2022年1月13日 (木)

人口減少が既に始まった中国。30年後には半減も、企業進出にはリスクあり

2_20220113103701  日本の少子高齢化が問題になり始めた時期と、バブル崩壊後の時期がほぼ同時だったと記憶しています。それは失われた30年の起点でもあるわけです。今後ともこの問題は、国内景気の減衰やそれが生み出す税収の落ち込みと共に、様々な問題を引き起こしていくことが予想されます。

 ただこの問題、豊かさを享受している先進国では、共通の課題となっています。そして日本同様、急激な少子高齢化の波に見舞われそうなのが、東アジアで隣国の韓国、中国です。特に中国は、豊かさを満喫する前に少子化が進む異例の国ですが、その背景には一人っ子政策という、政治が絡む問題があったからでしょう。

 その中国の状況を、ジャーナリストで高知大学客員教授の河合雅司氏が、現代ビジネスに寄稿した記事から見てみます。タイトルは『2050年、「中国の人口が半減する」という衝撃事実 合計特殊出生率「1.3」は本当か』(1/13)で、以下に引用します。

 ◇

日本で人口減少が叫ばれる一方、世界では14億人もの人口を抱える中国が大きく変貌し始めていることをご存知だろうか。2050年には人口が半減するとも言われているのだ。『世界100年カレンダー』著者の河合雅司氏が、中国の人口激減とその衝撃実態を描き出す――。

*************

中国マーケットは魅力的か

2020年の国勢調査は、日本の総人口を1億2614万6099人だとした。国勢調査における人口減少は2回連続である。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年までの20年間だけで1500万人以上も減る。その一方で出生数の減少スピードはコロナ禍の影響もあって加速しており、人口減少が下げ止まる気配は全くない。

このままではズルズルと国内マーケットは縮小していく。だからと言って、外国人をあてにするのも難しい。国勢調査によれば外国人人口は前回調査より43.6%増加し過去最高となったが、この5年間の増加数はわずか83万4607人にとどまる。とても日本人の減少幅を穴埋めできる数ではない。外国人観光客も、感染症の波が繰り返し起きている現状を考えると過度の期待は禁物だ。

まさに八方塞がりである。もはや多くの企業は国内マーケットの縮小を前提として経営戦略を立てざるを得ない。

高付加価値化による収益構造の転換が急がれるが、海外マーケットに活路を見出せる企業は軸足を移すのも選択肢となろう。

だが、「海外マーケット」と言っても広い。進出する国を間違えたならば、大きな痛手を受けるだけで終わる。

海外マーケットの取り込みには時間がかかるためだ。現状では魅力的に映っても、数十年後には先細りしていく国もある。こうした国は避けたほうが賢明である。

その代表格が中国だ。経済にかつての力強さが見られなくなったからでも、米中対立の狭間で苦しむことを危惧しているわけでもない。もっと構造的な問題が横たわっているからである。

人口激減の未来地図

2020年の中国の国勢調査によれば、同国の総人口は世界最多の約14億1178万人だったが、これから人口減少によって巨大な消費マーケットや豊富な労働力を短期間で失っていく予測されているのだ。

言うまでもなく中国は巨大な人口を武器として短期間で経済発展を遂げたが、現在ピークにあると言ってよい。経済的に結びつきの強い隣国ではあるが、深追いしすぎると命取りとなりかねないのである。

中国の総人口がどれぐらい減るのかを見ていこう。人口減少については中国政府も認めている。問題はそのペースだ。速ければ社会の負担は大きく、経済成長にブレーキをかける。

そこでポイントとなるのが合計特殊出生率となる。中国政府は2020年の国勢調査に合わせて「1.3」と公表した。これは国連の低位推計が前提としている値に近い。そこで、低位推計による2100年の総人口を確認してみると6億8405万人だ。80年かけてほぼ半減するということである。

ところが、「1.3」という数値については、中国国内の学者からも「実態より高い」といった異論が噴出している。中国国家統計局は2000年の合計特殊出生率を1.22、2015年については1.05としてきており、各国の研究者には「実際には1.0~1.2程度」との見立てが少なくないのだ。

「1.3」に否定的な見方が強いのは、中国政府が発表した他のデータが深刻なこともある。例えば、2020年の年間出生数は1200万人とされたが、2019年の1465万人と比べて18%もの大激減であった。

わずか1年で2割近くも減るというのは尋常ではないが、中国が毎年発表してきた年間出生数にも疑いの目が向けられてきた。それが国勢調査で一挙に表面化した形だ。国勢調査は0~14歳人口を2億5338万人としたが、該当する年の年間出生数を足し合わせても2億3900万人ほどにしかならず、1400万人もの食い違いが生じたのである。

各年の出生数は政府が発表してきた数値よりも少ない可能性が大きく、中国の人口はすでに減少に転じていると分析する学者が少なくない。北京大経済学院の蘇剣教授も、2019年に北京で開催されたマクロ経済に関する会議において、「2018年に減少に転じた可能性がある」との分析結果を公表している。

衝撃的な研究レポートの中身

さらに「1.3」を疑わせることになったのが、中国国家統計局の年報だ。2020年の出生率(人口1000人当たりの出生率)を8.52人と発表したのである。これは比較可能な1978年以降で最低であり、10人を下回ったのは初めてであった。

そもそも人口統計に限らず中国の統計データはかねて信憑性を疑われてきた。これらのデータを総合的に判断するなら、多くの研究者が指摘する1.0~1.2台と考えるのが自然だろう。

合計特殊出生率が1.0~1.2台ならば、母親世代と娘世代と比較して出生数がほぼ半減していくこととなり、総人口はとてつもなく速いスピードで減っていくこととなる。

これを裏付けるような衝撃的な研究レポートがこのほど西安交通大学の研究チームによって発表された。合計特殊出生率が1.0の場合、2050年には中国の総人口は7億人台になるというのだ。中国政府の“言い値”の通り「1.3」が持続したとしても2066年には7億人台になるとしている。

あと30年を待つことなく総人口が半減する事態となったならば、社会の各制度を改革している暇がなくなる。半減に至るまでもなく年金をはじめ人々の暮らしにひずみが生じ、社会の混乱が避けられないだろう。

『大国空巣』(=空っぽの巣の大国という意味)の著者でもある米国のウィスコンシン大学の易富賢研究員は、2020年に発表した論文で中国の総人口を12億6000万人と推計している。さらに、2100年の総人口は4億人を割り込み、3億人台にまで落ち込む可能性があるとの予測も示している。ここまで減ったならば、中国社会は現在とは全く異なる姿となる(中国の人口データの詳細については、拙著『世界100年カレンダー』を参照いただきたい)。

3人に1人が高齢者に…

中国が激しい人口減少を招くことになった要因は「一人っ子政策」である。中国政府は、自らまいた種に苦しんでいるのだ。

危機感を募らせた中国政府は1組の夫婦が子どもを3人までもうけることを認める政策の大転換を図ったが、その効果は疑問視されている。かつて条件付きで2人目の子どもを認める緩和策を講じた際も、思うような出生数の回復につながらなかったからだ。多くの人は、国の政策で制限を受けているから子どもを1人で諦めているわけでなく、個々の夫婦が意思として1人しかもたないようにしているのである。

人口が減ることだけが課題ではない。むしろ、中国は人口減少の過程で起きる高齢化の進行に苦しむこととなるだろう。

国家衛生健康委員会によれば、2020年11月1日時点における65歳以上は日本の総人口を上回る1億9064万人を数えた。高齢化率は13.5%だ。すでに圧倒されそうな人数だが、中国の高齢化スピードは速く高齢化の本番はこれからだ。2060年には高齢者数のピークを迎え、この時点の高齢化率は33.8%に達する。3人に1人が高齢者という社会である。

高齢化の進行に伴って勤労世代(20~64歳)は減っていく。国連の低位推計によれば、2020年の9億2978万9000人から、2100年には3分の1の3億752万7000人になるという。今後40年間は、日本と同じく勤労世代が減りながら高齢者だけが増えるいびつな社会になるということである。

これを65歳以上の高齢者に対する25~64歳の人口比率でとらえ直すと、2050年には1.9となり、早くも2人の勤労世代で1人の高齢者を支えなければならなくなる。合計特殊出生率が「1.3」よりも低ければ、もっと早い段階でこうした社会が到来する。

すでにいくつもの省の年金積立金の枯渇危機が伝わってきているが、勤労世代の負担は年を経るごとに大きくなる。それは、やがて若者の不満の高まりや労働意欲の減退という形で表れることだろう。

年金生活になれば、若い頃のようには消費できなくなる。必要とするモノやサービスも年齢とともに変わる。すなわち、実際の人口が減少する以上にマーケットは縮むということだ。中国政府は人口減少に伴う経済面のマイナス要素を技術革新によってカバーすると考えているようだが、社会としての“若さ”を失うにつれてイノベーションを起こす力も弱っていく。

中国には、十分に豊かになる前に衰退がはじまることを指す「未富先老」という言葉があるが、これらの人口データを見る限りそうした未来は避けられそうにない。いくつかのシンクタンクは、中国のGDPが米国を追い抜くといった予測をしているが、夢物語に終わるかもしれない。実現したとしてもつかの間のことだろう。

中国は今、大きく変貌し始めているのである。幻想にいつまでも追いすがり、闇雲に突っ込んでいったならば、日本企業は国内マーケットの縮小と中国マーケットの変質という2つの課題を同時に抱え込むことになりかねない。日本の人口が増えていた時代ならまだしも、国内マーケットが崩れていく過程においてはあまりに重荷だ。これまで多くの企業が成功した国だからといって、今後もうまくいくとは限らないのである。

どこの国のマーケットに将来性があるのかを知るのに、既存のイメージに頼り、中途半端な情報に振り回されるのではあまりに危うい。初めて本格的な海外進出を目指す企業はなおのことだ。現地のデータを可能な限り収集し、慎重に分析する必要がある。

 ◇

 中国の人口減少による問題は、先行する日本と同様な問題に加え、高齢者福祉や年金と言った部分には、日本以上に大きな問題が残るようです。更には共産主義一党独裁による弊害も付きまとうでしょう。よその国のことを、とやかく言えるような日本の状況ではないにしても、河合氏の指摘のように、中国のマーケットを将来的にも当てにするのは、極めてリスクが大きいことは念頭に置くべきでしょう。

 加えて日本は豊かさを経て少子化に移行した分、企業も個人も資産の蓄えはある程度あります(2020年で2千数百兆円)。それを有効に活用して何とか経済を活性化し、少子化のスピードを少しでも緩める努力は是非必要でしょう。岸田政権の言う「成長と分配」の分配の原資は、成長がなければ達成できないので、そのためにうまくこれらの資産を活用していけるかが、問われるところだと思います。


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2022年1月11日 (火)

中国で「AI検察官」を導入?果たして検察能力は?そして日本の検察は?

Photo_20220110164501  日本の検察が扱う刑事裁判の有罪率は、99%を超えていると言われています。これほど高い有罪率の要因の一つは、警察から送検された事件を、起訴するか不起訴にするかを決めるのは検察官で、起訴した場合に、その人が有罪であることを刑事裁判で証明しなければならないのも検察官です。そのため、検察官としても、今ある証拠できちんと証明できるかということを真剣に検討してから、証明できると判断した事件だけを起訴しています。そのため、起訴された案件が有罪になる可能性がこれほど高くなるのでしょう。

 もちろん検察官自身の能力も高いことは、間違いないと思います。しかし検察官の処理する能力を上回る起訴事件が発生した場合、AIに部分的に頼ることができれば負担軽減になりそうです。そういう背景があるかどうかは分かりませんが、中国において「AI検察官」システムを開発し導入されたようです。

 ジャーナリストの松岡由希子氏が、Newsweek誌に寄稿したコラムからその様子を見てみます。タイトルは『AIが97%の精度で起訴する『「AI検察官」が中国で開発される』(1/7)で、以下に引用します。

 ◇

<中国上海市浦東新区人民検察院によって「AI検察官」が開発され、試験的に導入された>

中国の研究者チームは「人工知能(AI)を用いて人々を訴追するシステムの開発に世界で初めて成功した」と発表した。香港の日刊英字新聞「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」が2021年12月26日に報じた。

1_20220110164601  犯罪が疑われる事件の記述をもとに97%超の精度で起訴できる

この「AI検察官」は、中国で最も広範で多忙な地方検察庁である上海市浦東新区人民検察院によって開発され、試験的に導入された。犯罪が疑われる事件の記述をもとに97%超の精度で起訴できる。

研究者チームは「意思決定プロセスで、ある程度、検察官に置き換えられる」と評価。「AI検察官」の導入によって、検察官の業務負荷が軽減され、検察官がより難易度の高いタスクに集中しやすくなると期待している。

中国では、法執行機関においてすでにAI技術が活用されている。2016年には、証拠評価や逮捕の要件、容疑者が公共の危険を生じさせるおそれがあるかの判断を支援するAIツール「システム206」が導入された。

2017年8月には、オンライン購買、オンラインサービス、インターネット上の著作権侵害、ドメイン名紛争などに関する民事・行政案件を一審として審理する「杭州インターネット裁判所」が設立された。起訴・応訴・仲裁・審理・判決といった裁判手続がインターネットで行われ、裁判文書はAIを用いて作成される。裁判官は一連の裁判手続をモニタリングし、AIが作成した裁判文書を修正して、判決を下す。

1万7000件超の刑事事件を用いて学習させた

しかしこれまで、AIの意思決定プロセスへの関与は限定的であった。このような意思決定には、複雑な人間の言葉を識別し、コンピュータが理解できる形式に翻訳するマシンが必要だからだ。テキストや音声、画像を分析する「自然言語処理(NLP)」と呼ばれるプログラムや検察官がアクセスできないスーパーコンピュータが必要となる。

そこで、研究者チームは、標準的なデスクトップコンピュータで動作する「AI検察官」を開発。2015年から2020年までの1万7000件超の刑事事件を用いて学習させ、人間が作成した事件の記述から1000の特性をもとに起訴できるようにした。

現時点で、上海で犯罪件数の多いクレジットカードの不正利用、賭博、危険運転、窃盗、詐欺、傷害、公務執行妨害のほか、日本語で「騒乱挑発罪」とも訳される「寻衅滋事罪」を起訴する。

「AI検察官」の導入に対し、懸念も示されている。広州市のある検察官は「技術的見地に立てば、97%の精度は高いのかもしれないが、判断を誤る可能性は常にある。間違いが起こったとき、いったい誰が責任を負うのだろうか」と指摘。「AIはミスを見つけるのに役立つかもしれないが、意思決定において人間の代わりにはなりえない」と主張している。

 ◇

 現状ではあくまで「AI検察官」は、検察官の補助的作業をこなすのに用いるのが適当なようです。それにしてもこの分野も含めて、中国の方が日本より「AI」の活用は進んでいるようです。

 ところで日本の検察における有罪率は高いのですが、平成27年のデータによれば、刑事裁判の終了件数は74,111件、そのうち有罪件数は53,120件、無罪件数は70件となっており、単純に有罪と無罪の件数から有罪率を計算すれば、99.9%になります。ただ有罪、無罪になった件数以外に、免訴、控訴棄却、管轄違い、併合、その他というのが有り、これらを有罪ではない項目に含めると、正味の有罪率は71.7%になります。しかし何れにしても無罪より有罪の方が圧倒的に多く、起訴した事件は殆ど有罪になるという見方は間違いないのかも知れません。

 一方警察の検挙率は、これも平成27年のデータでは35.7%で余り高くありません。これは窃盗などの軽犯罪が多く見逃されているからで、殺人や強盗などの重要犯罪に限ると検挙率は80.3%に達しています。

 しかしその後の起訴率に関しては、これも平成27年には、刑法犯における起訴率は39.1%、起訴猶予率は50.4%で、道路交通法違反を除く特別法犯においても、起訴率は53.3%、起訴猶予率は41.5%となっています。不起訴の中で起訴猶予を除く部分は「嫌疑なし」、「嫌疑不十分」で、いわゆる警察で取り調べを行っても証拠がないか不十分で起訴できなかった部分になります。

 ここで言いたいことは、通報等で確認した犯罪者を何とか検挙しても、約半数は起訴できていないことになります。つまり決定的な証拠がないために、不起訴になるか、罪が軽いとか情状酌量の結果だとかの理由で、あるいは検察官の判断で起訴を見送られるのが、半数はいると言うことです。

 よくドラマで、取り調べに素直に応じない容疑者や、黙秘を続ける容疑者のシーンが映し出されますが、警察で起訴に持って行くのは大変なようです。これも日本の刑事訴訟では、「疑わしきは罰せず」あるいは「疑わしきは被告の利益に」という原則があるからです。

 憲法でも第31条から40条まで、被告人の権利を守るように規定されています。冤罪を防ぎ不当な取り調べが行われないよう、謳っているのです。それはそれで重要なことですが、しかし被害者の権利は何処にも謳われていません。弁護人も特別な場合を除いては、被害者側にはつきません。検察が間接的に被害者の弁護人のような形を取りますが、原則として検察官は訴状に対し証拠を固めて、被告人の有罪を立証するのがその役割なので、厳密には弁護人ではありません。

 何れにしても、日本では犯罪者に有利な法体系になっていると言えます(日本だけではないかも知れませんが)。しかも個人情報の保護やプライバシイ擁護の観点から、犯罪者を特定しにくく、また検挙してからの警察の捜査も、非常に制限が多くなっています。また起訴を逃れた被告人の再犯も予想されます。

 その結果この先、犯罪の多様化や過激化、複雑化に対処しにくく、一般市民にとってリスクが高くなる恐れを感じています。もっと被害者保護に目を向けた制度改正を願ってやみません。AI導入の検討はその後でしょう。


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2022年1月10日 (月)

苦戦の日本製造業、果たしてその復活はあるのか

L_ikko_20160531panaekishou01  以前このブログで、世界食料争奪戦で日本が買い負けている実態を取り上げました。今回は家電や半導体に代表されるように、製造業の衰退とその要因を探りたいと思います。強い日本の復活を願うものとして、見逃せないテーマでもあります。

 そして実際復活が可能なのか、その経緯と要諦を経済評論家の加谷敬一氏がJBpressに寄稿した記事に見てみます。タイトルは『凋落の日本製造業、復活までのハードすぎる道のりを進めるか? パナソニックのテレビ事業整理から考える日本経済の構造変化』(1/10)で、以下に引用して掲載します。

 パナソニックが中国の家電大手TCLにテレビの生産委託を決めた。自社生産は上位機種だけとなり、大半の機種は外部企業が生産する。同社は白物家電についても合理化を進めており、生産をベトナムに集約化している。日本メーカーによる生産拠点の海外シフトは今に始まったことではないが、モノ作りの代表格のひとつだったテレビの海外シフトによって、製造業からの脱却がさらに進むことになる。(加谷 珪一:経済評論家)

************

日本メーカーはもはや商社のようなビジネスになった

 パナソニックは洗濯機や冷蔵庫など白物家電を得意とするメーカーだったが、その後、テレビやビデオなどAV機器の事業を拡大、ソニーと人気を二分していた。2000年代にはテレビ薄型化の流れに伴い、プラズマディスプレイに巨額投資を行ったものの、液晶パネルの躍進によって、同社のテレビ事業は縮小に転じた。一方、韓国サムスンやLG、中国TCLなど後発メーカーは2000年代後半から一気にシェアを拡大し、2010年代に入るとパナソニックは市場での存在感を急速に失っていった。

 今回、同社が中国TCLに生産を委託するのは大半の低価格機種で、自社生産を行うのはごく一部の上位機種となる。加えて各国の生産拠点からの撤退も進んでおり、最終的にはマレーシアと台湾のみになる。国内唯一の拠点だった宇都宮工場(栃木県)も有機ELの生産に限定される見通しだ。メーカーとしては相応のラインナップが必要であることから、生産委託という形で販売を続けるが、収益という点ではほとんど貢献しないだろう。

 白物家電についてはすでに事業の整理が進んでおり、三洋電機を子会社化したのち、同社の白物家電部門は中国のハイアールに売却。パナソニック本体についても、タイなど海外への生産拠点の移管を進めてきた。だが中国企業とのコスト競争がさらに激しくなったことから、タイでの生産からも撤退しており、さらにコストの安いベトナムへの集約を進めている。

 家電の世界シェアを見ると、冷蔵庫は中国のハイアールがトップとなっており、エアコンは珠海格力電器を筆頭に中国メーカー4社が市場の50%以上を占めている。パナソニックや三菱電機、シャープといった日本メーカーは、国内市場だけで何とか売上高を維持しているに過ぎず、グローバル市場では競争力をほぼ失った状況にある。

 先ほど取り上げたテレビについても、日立製作所はすでに自社生産を終えており、三菱電機も生産終了を決めた。ここまで生産台数の減少や海外への移管が進んでしまうと、日本メーカーはもはや純粋な製造業ではなく、製品を輸入して国内で販売する商社のようなビジネスモデルに近くなる。

 実際、日本の産業構造は限りなく商社型にシフトしており、こうした動きはマクロ経済的にも大きな影響を及ぼしている。

日本の交易条件は年々悪化している

 日本の製造業が商社型になれば、国内生産は行わず、海外から必要に応じて製品を調達する経済構造にシフトしていく。そうなると日本の交易条件は悪化せざるを得ない。

 現実問題として、近年、日本の交易条件は悪化する一方となっている。交易条件とは輸出価格指数を輸入物価指数で割った指標で、1単位の輸出によってどれだけの輸入を賄えるのかを示している。交易条件が良いと、輸出によって賄える輸入が増えるので、輸出によるメリットを享受しやすくなる。一方、交易条件が悪いと、海外に流出する富が多くなってしまう。

 交易条件が悪化しているのは、日本企業の輸出競争力が低下し、貿易面で不利になっていることが原因である。

 輸出競争力が低下すると、企業は安値販売を強いられるようになり、十分な収益を上げられなくなる。企業はコスト削減に走るようになり、場合によっては製造拠点を海外に移してしまう。こうした製品戦略では付加価値を高めるのは難しく、結局は輸出単価の下落につながり交易条件をさらに悪化さてしまう。

 日本の製造業の競争力が低下したのは為替が原因であるとの指摘があるがそれは事実ではない。アベノミクス以降、為替が円安に進み、見かけ上の輸出額は増えたが、数量ベースではほぼ横ばいの状況が続いてきた。数量が増えていないということは、商品の販売が伸びていないということであり、よほど付加価値の低い製品でもない限り、輸出競争力を決めるのは製品そのものであって為替ではない。

 為替と輸出競争力が無関係であることは、過去の経緯を見ても明らかである。1985年のプラザ合意をきっかけに日本は猛烈な円高に見舞われたが、この時、日本企業はむしろ輸出額を増やしている。競争力さえあれば、通貨高になっても販売は落ちないものだ。

輸出競争力が低下したのは為替が原因ではない

 企業の競争力低下に加えて、交易条件に影響するのは、海外の物価動向である。交易条件の長期的推移を見ると、1970年代前半に大幅に交易条件が悪化しているが、これは73年に発生したオイルショックが原因である。産油国が一気に原油価格を引き上げ、それに伴って多くの一次産品の価格が値上がりしたことで、全世界的にインフレが進んだ。当時の日本企業はまだ輸出競争力を保っていたが、輸入価格の大幅な上昇は交易条件を一気に悪化させた。

 79年に発生した第2次オイルショックを経て、日本の交易条件は多少持ち直したが、90年代半ばから再び悪化が始まっている。今、進んでいる交易条件の悪化は、まさに日本企業の競争力低下が原因である。

 日本はすでに輸出ではなく、消費や投資で経済を回す消費主導型経済にシフトしているが、経済構造は依然として輸出主導型のままである。日本企業の賃金は圧倒的に製造業の方が高く、経済の主役となっているサービス業の賃金は低い。こうした状況で円安が進んでしまうと、輸入価格の上昇による購買力の低下によってさらに消費が悪化するという悪循環に陥ってしまう。

 こうした事態を防ぐためには、一刻も早く、消費主導によって経済を成長させる道筋を確立する必要があるが、うまくいっているとは言えない。

 国内の一部には、日本の製造業の競争力は依然として高く、売り方が下手なだけであるとの見解も根強く残っている。だが交易条件の継続的な悪化というデータを見れば、その見解は単なる願望でしかないことが分かる。

 輸入条件が変わらない場合、交易条件が悪化しているということは、輸出価格が下落していることを意味している。輸出企業の競争力が高ければ、中国や韓国企業とコスト勝負に巻き込まれることはなく、高い価格を維持できたはずだ。どうしても欲しいと顧客が考える製品を提供できておらず、これが競争力低下につながっているという現実についてしっかりと受け止める必要があるだろう。

本当に製造業の復活を望んでいるのか?

 もし、輸出競争力を復活させる形で、かつての成長軌道を取り戻すという場合には、ドイツのような徹底した企業改革が必要となる。ドイツは高付加価値な製造業へのシフトを進めるため、競争力を失った分野は容赦なく切り捨て、経営者にも労働者にも高い目標を課すことで改革をやり抜いた。

 高付加価値な製造業で成功するためには、顧客の問題を解決するいわゆるソリューション型のビジネスを実施する必要があり、高度な英語力が必須である。ドイツは英語圏ではない国としては突出して英語の通用率が高く、これが製造業の競争力維持に貢献している。

 製造業のソリューション化を進めるためには高いITスキルも求められる。ドイツにはSAPという世界を代表するIT企業が存在しており、これが製造業のIT化に大きな役割を果たしている。

 つまり今の時代において、製造業の国としてやっていくためには、(1)経営者や労働者に対する高い成果目標の設定、(2)高度な英語力の獲得、(3)高度なITスキルの習得、が必須となるが、これら3項目は日本社会がもっとも忌避してきたことでもある。

 製造業を強化せよと叫ぶのは簡単だが、今の日本人に上記3項目を本気でやり切る覚悟はあるだろうか。1億人の国内消費市場を生かす形での成長を模索した方が、はるかに現実的だと筆者は考えている。

 ◇

 中国の脅威に備えるためにも、中国への経済依存度を下げたいと思っていても、加谷氏のこの記事にあるように、多くの日本企業が中国に買収され、また製品の競争力も圧倒されているのが現状です。

 かつて急激な円高に伴って、多くの企業が生産拠点を海外に移し、国内の空洞化が進みました。海外移転した企業の収益を、国内の投資に還元せず、海外でのさらなる投資につぎ込んだ結果、ますます空洞化が進み、加谷氏の指摘の通り、今や多くの製品は輸入に頼っているのが現状です。

 以前取り上げた農産物や畜産品と同じように、製造業の製品もかなりの部分が海外で製造されたものとなっています。衣料や玩具など100%に近いでしょう。円安も進んだ今輸入価格は上がり、ますます製造段階での付加価値は海外に流れてしまい、日本で残るのは取り扱い企業の販売の収益のみとなります。

 最近拡大している100円ショップの製品もほぼ100%海外からの輸入品です。製造の付加価値も一切なく、また日本でのデフレの一因ともなっています。消費者には喜ばれますが、日本全体としては海外へ金をばらまいていることにもなります。

 農業や畜産業、林業でも国内産業を強化する必要があるのと同時に、製造業も然りだと思います。これらの産業が復活すれば、日本全体の付加価値も増え、雇用も増えて、少子化も止められるかも知れません。加谷氏の指摘する3項目を含め、この問題が政治の注目するところにならなければ、日本の凋落は止められません。

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2022年1月 9日 (日)

韓国は中国の属国になるか、経済依存度が高くもはや危険領域

M_recordchinarc_887459  今回は中韓の関係の話題を取り上げてみます。経済的な結びつきの大きい両国ですが、韓国の国別貿易額の中国の占める割合が、輸出24.8%、輸入20.5%と、4分の一から5分の一を占めていて、いずれも国別ではトップです。それに対し中国の国別貿易額の韓国の占める割合は、輸出4.5%、輸入9.6%で、順位はそれぞれ4位と1位です。

 韓国にとって中国は貿易の多くを占めているのに対し、中国は韓国とは輸入先としては大きいのですが、輸出先としてはそれほどではありません。しかも輸入先についても日本、台湾、アメリカなどと、金額では大差がないのです。

 つまり韓国にとって中国は経済依存度がかなり大きいと言えますが、中国にとっては多くの国の一つとしての存在でしかない様です。そこでこの2国の関係は主従関係のようになってしまいます。そのあたりの状況をRecordChinaの記事から拾ってみます。タイトルは『中韓国交正常化30年、韓国で中国は”拡大”、中国で韓国は”縮小”=韓国ネット「数十年後には属国?」』(1/3)で、以下に引用します。

 ◇

2022年1月3日、韓国・朝鮮日報は「中韓国交正常化30周年、中国の中の韓国は小さくなり、韓国の中の中国は大きくなった」と題する記事を掲載した。

記事によると、韓国と中国の関係は国交正常化からの30年で貿易量と人的交流において飛躍的に成長した。韓国の対中国輸出は53.8倍、中国の対韓国輸出は29.3倍に増えた。中韓の貿易額は最高を更新している。

しかし最近、中国における韓国の相対的重要性と地位は低下傾向にある。一方で韓国は中国に過度に依存しており、「一歩主義(ユニラテラリズム)」現象が起きているという。

韓国の貿易において中国が占める割合は1992年の4%から2020年は24.6%にまで増えた。一方、中国市場でサムスンスマホの市場シェアは1%未満に下落した。中国の貿易において韓国が占める割合は6.1%だという。

また、中国政府内における韓国の地位は北朝鮮と比べて大きな向上がみられない。中国は駐在大使として韓国に局長級、北朝鮮に次官級を派遣している。王毅(ワン・イー)外相は最近、中国国際問題研究所で2021年の対アジア外交に関して演説し、日本、インド、北朝鮮、韓国、モンゴルの順に言及した。これについて外交界では「中国の官僚の頭の中の優先度順」と分析されている。さらに、韓国で中国大使はVIP待遇を受けており、大企業関係者と自由に面会して重要情報を蓄積しているが、北京の韓国大使が大使館の外で中国社会の高位者と会うことは制限されているという。

韓国において中国はほぼすべての領域で強い存在感を放っている。韓国国税庁によると、2017年から外国人が購入したマンション2万3167世帯のうち中国人が取得した物件は1万3573世帯と集計された。韓国の大学に在学中の中国人留学生は5万9774人に達し、外国人留学生全体の半分を占めている。大学からは「中国人留学生がいないと経営が成り立たない」との声が出るほどだという。

一方、中国における韓国の存在感は徐々に薄くなっている。ある北京在住の韓国人は「数年前までは韓国ブランドの広告をよく見かけたが、今はまったくない」と話した。中国政府は現在も韓国語を公式外国語(英語・日本語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・ロシア語・アラビア語)に含めていないという。

韓国産業研究院によると、中国の国内総生産(GDP)において両国貿易が占める割合は2006年に5%に迫っていたが、20年は1.9%に減少した。中国が韓国から輸入する品目は減少傾向にあるが、韓国は相変わらず中国の原材料などに依存している。国交正常化直後に中国は韓国から技術や中間財を調達し、互恵的な関係を築いていた。しかし中国が半導体や素材分野で韓国を追い上げ、その関係が変わりつつあるという。

この記事を受け、韓国のネットユーザーからは「ほぼすべての産業で中国に依存しているから、数十年後には中国の属国になっているのでは?」「韓国は自国民より中国国民が自由に暮らせる国になりつつある」「文大統領はなぜ中国に何も言えないのか。北朝鮮のせい?」「恥ずかしい。なぜこんな国になってしまったのか。日本に強く、中国に弱いだなんて恥ずかしすぎる」「こんな状態なのに外国人にも投票権を与える韓国はどうかしている」「中国とは協力関係を縮小し、米国や欧州と拡大していく政策が必要だ」などの声が寄せられている。(翻訳・編集/堂本)

 ◇

 日本の経済的な中国依存にも警鐘が鳴らされていますが、韓国はもっと酷いようです。もともとその昔両国関係はまさに主従の関係だったのが、今またそういう関係になりつつあるようです。そして日本に対しては悪態の限りをつく韓国ですが、中国にはからっきし弱いのが見て取れます。

 その根底には経済的依存度以外に、日中の軍事力の差がそうさせているのもあるでしょう。日本もこの韓国の反日、侮日を押さえるためにも、しっかりした軍事力を備え、外交的発言力を増大させる必要があるでしょう。もうこの先二度とユスリ、タカリをさせないためにも。

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2022年1月 8日 (土)

「敵基地攻撃能力」の要諦、「専守防衛」に浸りきった日本に必然の発想の転換

0002p1  中国習近平政権の「中国の夢」構想による、南シナ海への侵攻や香港の中国化、そして台湾の統一への動きが具体化するにつれ、日本への脅威も年々増大して来ています。

 この中国の覇権を果たして食い止めるための準備が、日本にできているのか。米軍依存はいいが、米軍が本当に日本の防衛に真剣に取り組むのか、不透明な部分は残っています。

 その中で最近にわかに浮上してきた、日本の「敵基地攻撃能力保持」の議論。今まで一貫して態度を保持してきた「専守防衛」の考えと、一線を画せるのか。そのあたりの実情を元陸上自衛隊の幹部で現在軍事研究家の樋口穰次氏が、JBpressに寄稿したコラムに見てみます。タイトルは『米軍教本が教える、敵基地攻撃なし・専守防衛の大問題 日本人はなぜ安全保障音痴になってしまったのか』(1/7)で、以下に引用します。

 ◇

日本人を軍事音痴にした戦後体制

 戦後、わが国では、先の大戦の責任の大半を一方的に軍と軍人に負わせ、問答無用の姿勢で軍事、戦略そして地政学は「悪」として断罪し、その定着化が図られてきた。

 結果として、これらの用語・概念は、長い間、政治家をはじめ多くの国民にとって、邪悪な領域として忌避され、政治、社会、学問的研究や教育などの場から排斥された。

 例えば、日本における最難関大学とされる東京大学は、「一切の例外なく、軍事研究を禁止」している。

 東京大学の研究に関する内規は、「東京大学は、第二次世界大戦およびそれ以前の不幸な歴史に鑑み、一切の例外なく、軍事研究を禁止する」と定めている。

 この内規は、平成23(2011)年3月に「科学研究ガイドライン」として情報理工学系研究科(ロボット研究室)が明文化したものである。

 軍事研究の禁止を明文化したのは同科だけであるが、東大広報課は「他の学部でも共通の理解だ」と説明している。

 このため、東大のロボット研究者たちは、米国国防省の国防高等研究計画局(DARPA)が主宰する人型ロボット(例えば、放射能漏れ事故を起こした原子炉建屋で作業するロボットへの応用)の開発に関するコンテストへ参加するため、同ガイドラインに抵触することを避ける必要から、東大を退職せざるを得なかった。

 戦前、東京帝国大学(現東京大学)には「(工学部)造兵学科」が存在したが、戦後廃止され、行き場がなくなった当時の学術資料は、現在ファナック(FANUC)社の蔵書庫で保管されているようだ。

 また、1949年に国(内閣府)の特別機関として創設された日本学術会議は、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、また1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」をそれぞれ発表している。

 その大本である「戦争の放棄及び陸海空軍の戦力の不保持並びに交戦権の否認」を規定した「国防なき憲法」の下では、政治家も、学者・研究者も、まして一般国民も、軍事音痴に陥るのは仕方のないことだ。

 そこで、米陸軍の『OFFENSE AND DEFENSE(攻撃と防御)』(Army Doctrine Publication No. 3-90, Headquarters Department of the Army Washington, DC, 31 July 2019、以下ADP3-90)を題材に、専守防衛を防御と対照しつつ、敵基地攻撃を含めた基本的な作戦原則を確認してみたい。

専守防衛・敵基地攻撃能力なしの問題点

 ADP3-90第4章「防御(The Defense)」の「防御の目的(PURPOSES OF THE DEFENSE)」の項では、以下の通り記述している。

 攻撃は、より決定的である一方、防御は、通常、強力である。しかし、普通、防御のみによって戦闘の結果を決することはできない。陸軍部隊は、一般的に攻撃のための好条件を作為するために防御を行う。

 この記述のポイントは、防御のみによって戦闘の結果を決めることはできないという点にあり、そのため、防御によって好条件を作為し、機を見て攻撃に転移するとしているのである。

 わが国の「専守防衛」は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。

(参議院議員・小西洋之氏の提出した安倍晋三内閣における「専守防衛」の定義に関する質問に対する答弁書)

 すなわち、「専守防衛」が、いわゆる防御だけに限定され、攻撃あるいは逆襲を伴わないとすれば、それをもってわが国の防衛目的を達成することはできない、とADP3-90の基本的な作戦原則は示唆しているのである。

 歴代政府の統一見解は、「専守防衛」は軍事用語の「戦略守勢」と同義語のように言われるが、そのような積極的な意味を持つものではないと説明している。

 戦略守勢の場合は、必要によって敵基地や策源地を攻撃することも含んでいるが、「専守防衛」はそれを積極的に肯定していない所に重大な瑕疵・弱点があるのだ。

 また、ADP3-90第4章「妨害(DISRUPTION)」の項では、以下の通り記述している。

 防御部隊は、敵部隊の準備を混乱させる行動によって攻撃を妨害する。妨害行動は、敵偵察部隊に対する欺編や攻撃、戦闘隊形の解体、(攻撃)梯隊の分離、敵諸職種連合部隊の連携能力の妨害を含む。防御部隊は、敵の戦力集中を阻止する無効化攻撃を遂行する。また、逆襲によって敵部隊の展開を妨害する。防御部隊は、電子戦、サイバー戦や敵の指揮統制組織に致命的打撃を与えるシステムを運用し、敵の上級司令部と前方部隊を縦深にわたって分離する。(かっこ内は筆者)

 さらに、同「縦深の作戦(OPERATIONS IN DEPTH )」の項では、以下の通り記述している。

 縦深の作戦は、(敵基地・策源地を含めた)すべての作戦地域にわたって戦闘力を同時運用することである。指揮官は、縦深の作戦を計画する。そして、敵の長距離火力、継戦能力、指揮統制を妨害することによって(防御が成り立つ)条件を創出する。これらの妨害は、敵の戦力を弱め、敵の早期成功を阻止する。縦深の作戦は、敵の(攻撃)衝力の維持を妨害する。防御において、指揮官は、警戒地域と戦闘地域の前縁(FEBA)に連接する主戦闘地域(MBA)を構築する。(1・2・3番目の括弧は筆者)

 以上は、米陸軍のADP3-90が示した防御を成功に導くための条件の一例である。これらをわが国の敵基地攻撃論争に当てはめて考えると、2つのポイントを指摘することができる。

 その一つは、わが国の専守防衛政策を成功させるためには、時期的に見て「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使」するのでは遅すぎ、中国軍の行動をその準備段階から妨害する必要がある。

 2つ目は、中国軍の弾道・巡航ミサイルなどの長距離火力、兵站施設や軍事基地などの継戦能力、そして侵攻作戦を指揮統制するためのC4ISRなどの作戦・戦力重心を、マルチドメインの各種手段を駆使して攻撃・無効化することである。

 もしも、これらの要件が専守防衛政策や敵基地攻撃能力から欠落するとすれば、わが国の防衛は危いと言わざるを得ないのである。

専守防衛における攻撃能力の保持と敵基地攻撃に必要な能力

専守防衛における攻撃能力の保持

「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」によると、日本に対する武力攻撃が発生した場合、自衛隊は防勢作戦を主体的に実施し、米軍は自衛隊を支援し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)を実施することができる、と定められている。

 つまり、専守防衛における攻撃能力については、米軍に依存する役割分担を基本としているが、それはあくまで「打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」のであって、実施の可否は米国・米軍の判断に委ねられているのである。(以上、下線は筆者)

 2021年8月の米軍のアフガニスタンからの撤退は、米国の軍事的コミットメントの強さや信頼性に対して国際社会の疑念が深まったことは否定できない。

 首都カブール陥落後、台湾では「米国は有事の際に台湾防衛に動くのか」との警戒感を引き起こしたように、インド太平洋地域の当事国の間では期待外れの感は否めず、落胆・不安は解消されていない。

 台湾に対する「曖昧戦略」の見直しの必要性も指摘されているが、具体的な動きは見られない。

 これらを踏まえれば、米軍の打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)実施の確約が得られていない現状において、わが国が専守防衛政策を抜本的に見直すことができない場合でも、その政策を最低限担保するには、独自の攻撃力を保持しておくことが必要不可欠である。

 なお、米軍が攻勢作戦を実施する場合は、日米共同作戦調整所における情報の共有や役割分担など、緊密な二国軍間調整に基づいて実施されることになろう。

敵基地攻撃に必要な能力

 敵基地攻撃に当たっては、長距離対地ミサイルやサイバー戦、宇宙戦などマルチドメイン作戦における全領域・全手段を総動員するのは当然である。

 目標となる海空軍基地やC4ISR等の重要インフラなどの固定施設・サイトは、偵察衛星等で事前に偵知が可能である。

 問題は、わが国にとって死活的な脅威である移動式弾道・巡行ミサイルや隠蔽秘匿された弾道ミサイルの地下式格納施設(サイロ)である。

 それらを攻撃するには、ミサイルの所在(目標情報)をピンポイントかつオンタイムで把握しなければならないからである。

 特に移動式については、今、ここに在るという確実な情報が不可欠であるが、それを偵察衛星などのハードウエアで偵知することは困難で、最後は特殊部隊や潜入工作員(例えば米国のCIA)などのヒューミント、そして長時間滞空(MALE)無人機による偵察・監視・目標標定システムなどに依存せざるを得ないのである。

 また、攻撃後の戦果の確認も大事であるが、それもまた、ヒューミントなどの出番となる。

 つまり、敵基地攻撃能力については、「目標発見→捕捉追随→攻撃→戦果確認」のサイクルをしっかり確立しなければならないのである。

 1990年1月17日に始まった湾岸戦争では、イラクが隣国のサウジアラビアやイスラエルにソ連製のスカッド・ミサイルを撃ち込んだ。

 同ミサイルは移動式のため、偵察衛星等ではその所在を掴めず手を焼いた米軍は、英軍の特殊部隊などを地上から投入し、移動式スカッド・ミサイルの位置を特定し、その誘導によって航空攻撃や砲撃等を行い、ようやく制圧に成功した。

 2021年9月、米軍がアフガン撤退直前に実施した空爆は、民間人10人の命を奪う誤爆だったと判明した。

 空爆の前に、情報機関(CIA)が標的のエリアに一般市民がいると警告したが、米軍が頼ったのは無人機(ドローン)による情報収集で、情報機関と軍との意思疎通の失敗が誤爆の原因だったと見られている。

 いかに軍事科学技術が発達しても、「戦場の霧」を晴らすには、最後は人間の力に頼らざるを得ないのである。

 わが国は、目標を発見し捕捉追随する決め手となるヒューミントの能力を欠いており、その整備が最大の課題である。

 陸上自衛隊には、2004年に創設された陸上総隊隷下の「特殊作戦群」が存在する。

 部隊の性質上、その任務や訓練の内容、保有する装備などは一切公表されていないが、アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー、デルタフォースなど)と同様、他国における特殊偵察や直接行動、情報戦などの多様な任務を遂行することができる世界水準の特殊部隊を目指しているといわれている。

 海上自衛隊にも、能登半島沖不審船事件を機に、2001年、全自衛隊で初めて特殊部隊としての「特別警備隊」が創設された。

 海上警備行動発令下に不審船の立ち入り検査を行う場合、予想される抵抗を抑止し、不審船の武装解除などを行うための専門部隊として新編されたものである。

 同警備隊は、米海軍Navy SEALsに代表される海軍コマンドと同様に、海岸・沿岸地域の偵察や陸上における人質救出作戦などの多様な任務にも耐えうるものと見られている。

 また、航空自衛隊は、ヒューミントではないが、「長距離を飛行し、空から超高性能なカメラを使って地上の様子を分析し把握するための航空機」である「RF-4E/EJ」偵察機を保有している。

 今後、長時間滞空(MALE)無人機による偵察・監視・目標標定システムとともに攻撃型無人機(ドローン)の整備も避けて通れない。

 まずは、これらの部隊に、中国大陸や朝鮮半島において、特殊作戦に従事できる任務・権限を付与し、その目的に資するよう早急に育成することである。

 この際、敵基地攻撃は統合作戦をもって遂行されるべきであり、陸海空の特殊部隊を統合部隊として編成することも検討課題の一つとなろう。

 他方、現在の敵基地攻撃能力は、航空自衛隊が保有する「JSM(ジョイント・ストライク・ミサイル)」や「JASSM(ジャズム)-ER」の空中発射巡航ミサイルに限られている。

 しかし、航空機の運用には、航空優勢の帰趨や天候気象条件に左右されるなどの問題点や欠点があり、地上発射あるいは海上・海中発射の対地攻撃ミサイルなど、多様な手段を準備し、相互に補完・強化できるようにしておくことが重要である。

 例えば、陸上自衛隊は地対艦ミサイル(SSM)と呼ばれる巡航ミサイルを装備しているが、それを長射程化し地上・海上・空中発射型スタンドオフミサイルとして開発を進め、また、海上自衛隊の水上艦艇や潜水艦に、米軍のトマホーク巡航ミサイルを搭載するのも有力な選択肢である。

 岸田文雄政権によって、国家安全保障戦略などの戦略3文書が年内を目標に見直され、敵基地攻撃についても積極的な取り組みが行われようとしている。

 それを実効性ある戦略に高めるためには、「戦場の霧」を晴らすなど、まだまだ為すべき措置対策の多いことを重々認識し、わが国の敵基地攻撃能力のシステム構築を急がなければならない。

 ◇

 樋口氏の言を俟つことなく、日本の置かれた状況は厳しく、またそれに反して学会や識者・マスコミのなんとも「大甘」な考え方が、対照的に浮き彫りになっているのが、日本の現状でしょう。

 もし本当に中国の攻撃が日本に向けられた場合、自衛隊と国内基地の米軍だけで果たして対抗できるのでしょうか。武力だけでなく、サイバー攻撃や稀少金属などの禁輸も当然畳みかけてくるでしょう。「対話」で事が済むほど相手は甘くありません。

 ですから、樋口氏の指摘の通り、敵基地攻撃能力の早急な整備や特殊作戦部隊の大幅拡充など、抑止力としてできることは、すべてやる必要があります。またそうすることによって、日本の技術の進歩がはかられるでしょう。大学や日本学術会議の「軍事研究は排除する」取り決めなど、即刻取り払うべきです。それに抵抗する大学には補助金は一切出さないようにするのがいいでしょう。学術会議のメンバーで、それに反対するものは任命拒否するのも当然すべきです。「軍事音痴」の研究者の一掃を図ることも、岸田政権の課題だと思います。

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2022年1月 6日 (木)

世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も

2022010100000012pseven0001view  以前このブログで、日本は人口と農林政策に失敗した、と書きました。人口減少の現状とその影響については既に何度か述べました。ここでは農業(畜産業)の問題を取り上げます。

 フリーランスの日野百草(本名:上崎洋一)氏が、zakzakに寄稿した記事からその実態を見てみましょう。タイトルは『商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も』(1/4)で、以下に引用します。

 ◇

日本は70年以上も戦争と関わらずにきたはずだった。しかしその日本がいま、世界で激しい「食料戦争」の渦中にある。俳人で著作家の日野百草氏が、「国の通貨が安いまま戦うのは厳しい」と焦る商社マンに、牛肉を中心とした日本の「買い負け」事情を聞いた。

***********

◆ 「どこより高い金を出せば買えますよ、ただ買い負けているだけです」

食品専門商社のA氏(40代)に話を伺う。以前、彼がこの国の食料問題に対する危機感を訴えた『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』は思わぬ反響を呼んだ。筆者もそこまでとは思っていなかったのだが、現実に食肉や魚介類に次々と値上げ、不足のニュースが続いている。ただ一人の話だが、その一人の肌感は現に日本の危機を象徴している。多くの他国と「戦う」企業戦士も同様だろう。

「それと船ですね。こちらは取り負け、日本に寄ってもらえない」

その食料を運ぶコンテナ船もコンテナそのものも不足している。食料争奪戦が「戦争」だとしたら、いまはまさに「戦時下」だ。

「値上げはさらに続くでしょう。いつ相場(食肉、穀物)が落ち着くかわからない」

個別の値上げを見れば、魚介類でいえばウニ、イクラ、タラバガニ、ズワイガニ、数の子など、いずれも最高値かそれに近い値上がりを記録している。大手鮮魚専門店のスタッフいわく「あるだけマシ」とのことで、値段は高くても手に入れば御の字だという。

「魚介は高くてよければ国内産でリカバリーできます。でも肉や穀物は厳しい」

日本の食料自給率(カロリーベース)は本当に低い。コロナ前の2018年の農水省データでアメリカ132%、フランス125%、ドイツ86%、イギリス65%、イタリア60%に対して日本は37%。1980年代までは50%以上を維持してきたのに30年間ずっと低水準、30年間変わらない日本の平均賃金と同じ様相だ。

「フランスは自給率を上げるために努力してきましたからね。食料を掴まれるのは命を握られるのと同じって連中はわかっているのでしょう。私も同じ考えです」

◆必要なところに必要十分な金を払う中国

この国の自給率は保守・革新関係なく「食の安全保障」を先送りした結果だ。それがコロナ禍はもちろん、名実ともに大国となった中国の徹底した「食の確保」によって露呈した。いまから約四半世紀前、『Who will feed China?』(だれが中国を養うのか?)という本がレスター・R・ブラウンによって書かれたが、彼の仮説であった中国人が豊かになり、世界中の肉や穀物を先進国同様に欲するという未来は現実となった。

ただし彼の「中国はそれで飢える」という予測は違った。誰より高く大量に買えばいいのだ。それを実現するため中国は時として途上国として振る舞い、下げたくない頭を下げて日本や欧米の会社の下請けとなった。そして「技術を教えてください老師(先生、の意味)」とこれまた下げたくない頭を下げて技術を蓄積した。いまや中国が日本に教わる技術などたかが知れている。中国は1996年に江沢民指導下で第九次五カ年計画を決定、長期目標として「2010年に経済大国となる」と掲げた。目標通り、その2010年に中国は日本のGDPを抜いて世界第2位となった。

「(食料が)3億トン足りなくなるとか言われてましたが、中国はそれを見越して何十年もかけて国家レベルで取り組んだわけです。まあ、手を貸したのは日本ですけど」

1995年は日本の対中直接投資が最大になった年でもある。合弁企業を作り技術の「教え」の代わりに安価な労働力を求めた。日本国内の工場を閉鎖、新卒採用もせずに現地で中国人を大量に雇った。中国も1990年代はまだ企業メカニズムが未成熟で国有企業の赤字は増大する一方だったが、その日本の「教え」の蓄積で世界的企業をいくつも作り上げた。そうして三洋電機はハイアール(海爾集団)やアクアとなり、東芝の家電事業はマイディア(美的集団)傘下の東芝ライフスタイル、NECや富士通のパソコン部門はレノボ(聯想集団)の傘下となった。例を上げると切りがないが、とにかく中国が食料を「買い勝ち」できるのは今や日本と逆転した圧倒的な国力の差である。

「気に入らないけど認めざるを得ません。彼らは必要なところに必要十分な金を払います。シンプルなんです。欲しいのですから、うるさいことを言わずに欲しがるだけの金を積めばいい、本当にシンプルです」

現在の中国はその「シンプル」が結果として現れている。合理的というべきか。悔しければ日本がかつてそうしたように金を積めば済む話だが、激安国家日本でそれは無理な話、円安もあり買い負けるしかないのが現実だ。

◆アメリカ−中国航路がドル箱。日本の港に寄るのは無駄

2021年12月、日本ハム、伊藤ハム、プリマハムの食肉加工大手はついに値上げを発表した。そしてはっきりと幹部は「買い負け」を認めている。食肉に限らずあらゆる海外依存は「買い負け」だ。アメリカやEUはもちろん、とくに中国に勝てない。

「中国に勝つなんて冗談、現場で買いつけていればその強さはわかりますよ。私の入社したころに比べて日本は弱くなったなあと感じます。むしろ競争相手は東南アジアや南米です」

もちろん今回の話は「食料に限れば」という前提だが、日本の現状はいかにこの両大国の「余りもの」を分けてもらうか、「取りこぼし」を狙うか、と言っても過言ではない。それは半導体や建材、樹脂など他の「買い負け」と同様である。

「それぞれの国にも国内消費分がありますから全部売るわけにもいきません。その輸出分がアメリカや中国に取られるとなれば余り分を狙って調達するとか、金を出せない分いろいろ手は使います。各国の取り決めも違いますから一概には言えないのですが」

彼の言う通り、この話は非常に煩雑で個々別の品目や国情、時事に左右されるため「必ず」は存在しない。バイヤーの動向なども含め個々の細かい話は端折るが、あくまで「買い負け」の一点で話を聞いている。その買い負けの代表格、牛肉でみると中国はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなど南米の他にニュージーランド、直近ではアメリカからも輸入を強化している。南米は中国の牛肉輸入の生命線で近年はチリやコスタリカからも輸入している。

もちろん中国にも大規模な牛の肥育施設は存在するし、広大な土地を生かした繁殖農家も存在する。古く中国は文化的にも牛肉をほとんど食べなかったため、出回る牛肉といえば農耕などに使い終えた廃用牛が多かった。それが、国民が豊かになると牛肉を食べるようになり、飼育コストや輸送コストも上がったために輸入に頼るようになった。

「冷蔵、冷凍の牛肉はもちろん、生体で運ぶ分もあります。一度に船だと2000頭くらい、飛行機で400頭は運べますね。生体牛は中国国内で屠畜するんですが、需給バランスの難しい冷凍牛肉より生体のほうが自国で解体できますから、しばらく飼ったり屠場に送ったりの需給調整がきくんでしょうね。広大な国土、鮮度も重要ですし」

肉はみんな冷凍や冷蔵で加工されて運ばれてくるイメージがあるが、実際は生体、要するに生きたまま船や飛行機で運ぶケースも多く、世界では年間500万頭近くの牛が海や空で生きたまま運ばれ食卓に並ぶ。牛の生体そのものの輸入量は中国に比べて少ないが日本も例外ではない。何気なく食べているどんな食べ物も市場という戦場で買い勝った戦利品だ。

その戦場で「何でも食べちゃう」14億人の大国、中国が猛威を奮っている。それも20世紀の中国と違い、政治力と軍事力はもちろん潤沢な資金を背景に世界中から買い漁っている。肉も魚も油も豆などの食材だけではなく半導体、建材からウレタン、ゴム、プラスチックなどありとあらゆる素材やその原料まで「買い勝ち」している。

「他にはアメリカですね。中国に負けじと買い漁って覇権を争ってます。このアメリカと中国の航路がドル箱路線で船がそのルートしか通りたがらない。これからもっとひどくなるでしょう。日本の港に寄るのは無駄と言われかねません」

まさに世界は食料戦争という戦時下、日本人にその自覚はあるのだろうか。

◆日本の買い負けは悪しき円安のせい

この原油高と需要増大の中、海運会社、とくに利幅の小さい海上コンテナ輸送は効率よく稼ぐしかない。日本はすでにこのコンテナ船事業という海運そのものには敗北(ロジスティクスによる敗北は日本の伝統芸)したため、現在の日の丸コンテナ輸送はONEジャパン1社と中小のわずかな船会社しか生き残っていない。天然資源はもちろん日本は何もかも他国頼み、大量消費と飽食を謳歌してきた数十年ばかりの繁栄は砂上の楼閣だったということか。それにしても改めて現場の声として聞きたい。この買い負けの原因はなにか。大まかで構わないので教えて欲しい。

「まず日本人が商売相手としては面倒くさいってことですね。欲しがるくせに金をケチる。どれだけ値下げできるか、この価格内でなるべく多く売ってくれって要求が度を越してます。これは輸入業者に限らず日本のどんな産業だって、企業人として働いていれば感じることだと思いますよ。おまけにちょっとでも売り主、製造側に瑕疵があれば報告書を出せ、改善計画書を出せって居丈高に要求する。日本人でもうんざりします」

この報告書、改善計画書というのは本当に曲者で、大事なことかもしれないが度を越すと難癖、クレーマーになる。それも社内でやる分には勝手にすればいいが、取り引き先相手に要求するとなると他国では煙たがられることが多い。

「それも含めた過度の品質要求ですね。この場合は輸入材の瑕疵や輸送の遅れとかですね。日本人は完璧にしろ、時間は守れと言いますが多くの国はそうではありません。日本人の感覚や都合を押しつけてもこれまた相手はうんざりします」

品質管理とクオリティの高さは衛生用品や自動車などを中心に消費者の信用を得ているが、時として過剰品質になりかねない。食肉についていえば日本は「この部位だけ切り分けろ」「形を均等にしろ」「色をよくしろ」と要求し、食べるに支障のない、おそらくエンドユーザーも大半は気にしないであろう部分まで要求する。中国は「なんでもいいからちょうだい」とうるさいことを言わない上に日本より金を出す。まして牛肉は内蔵どころか、近ごろは廃棄することが増えている皮などの部位まで持っていってくれる。売る側がどちらを選ぶかは自明の理である。

「物流だってそうです。安くてうるさい日本の荷主なんか相手にしたくない」

相手がしぶしぶでも動いていたのは日本の金払いがよかったからであって、買い負ける、取り負けるということは金払いが悪くてうるさいから。他にもっと金を払うクライアントがいるからそちらへなびく。いたってシンプルな構図である。

「それにコンテナ不足で船は取れても運べない。コロナはもちろん自然災害でダメージを受けるのが物流です。マクドナルドもそれですね」

日本マクドナルドは2021年12月、カナダの水害により港が混乱、コンテナも足りず加工ジャガイモが運べなくなったとして「マックフライポテト」のMサイズとLサイズをしばらく休止した。ごく短期間だが世間の衝撃は大きかった。当たり前に食べられたものが食べられない(実際はSサイズで食べられるのだが)、その実体以上のインパクトがあったのかもしれない。MサイズとLサイズ販売の最終日には行列ができた。漠然とした不安感がわけのわからない行動に走らせる。それほどまでに食の影響とは恐ろしいものなのだ。人間の動物としての本能を喚起する。

「さすがにマックは今後対策するでしょうけど、2022年からはこうしたことがあらゆる食の現場に起きるでしょうね」

実際、ジワジワと食品の価格は上がり、値段据え置きでも中身の減る「ステルス値上げ」も増えている。とくに菓子類、ポテトチップスなどは顕著でちゃんと内容量の表示を見なければ「こんなに少なかったかな」と驚かされる。

「でもね、それもこれも日本の買い負けは円安のせいだと思ってます。強い円の力で引っ叩いて買い勝って言うこと聞かせてたのに、いまの日本で通貨が安いって怖いことですよ。通貨の安さにも良し悪しありますから」

日銀の黒田東彦総裁は2021年12月23日、経団連の会合で「円安はメリットが大きい」と語った。どうだろうか、かつては円安のメリットがあったかもしれないが、輸出企業だって結局のところ燃料や原材料、部品の多くは海外から調達しなければ製品を作り輸出できない。そもそも非製造業の大半にとって円安はデメリットのほうが大きい。日本はかつての輸出一辺倒の国ではない。しかし日銀はいまだに円安容認。じつは本稿、この件でA氏が怒って連絡してきたことに端を発している。

「いまの円安は悪い円安だと思います。もちろん強い国が自国通貨を操作、調整することはあります。人民元なんてまさにそれです。日本だってかつてはそうでした。でも現在の円安は日本の国力そのままの評価だと思っています」

現場で、現地で買いつけている彼にすれば後ろ盾となる通貨が安いことは不利。多くの日本の一般国民も物価高、まだ一部とはいえ報道される品薄に不安を感じていることだろう。

◆食料の奪い合いも戦争、その戦争の感覚がないのが日本

「いま中国は日本の和牛にも目をつけています。とくに富裕層に人気があります。カンボジアもいいけど日本の和牛を食べたいってね」

あまり知られていないが和牛はアメリカ、オーストラリアや東南アジアなど多くの国で生産されている。とくにカンボジアは中国にとって和牛の供給源、金に目のくらんだ徳島県の畜産農家が和牛の精子や受精卵を中国に持ち込んでいた件で2019年に逮捕されたが、いまさらな話でカンボジアの他にベトナムやラオスでも中国主導で和牛の生産が行われている。そもそも技術協力と称して日本人専門家も呼んでいる。すべて金の力だ。

「日本で畜産やったって貧乏暮らしですからね、それでもいいって人もいるし儲けてる農家もありますが少数でしょう。365日、休み無く牛の世話して出荷なんて若い人はやりたがらないし、既存の農家は儲かる上に必要とされるなら中国でもどこでも手を貸しますよ。個人の事情ですからね、農家をそうしたのはどこの誰なのかと、そういうことですよ」

日本の畜産農家の戸数は絶望的なまでに減り続けている。農水省によれば肉用牛の飼養戸数は2012年に6万5200戸だったものが2021年には4万2100戸にまで減少している。なんと約10年で三分の一の農家が消えた。幸いにして1戸あたりの飼養頭数は減った分とはいかないまでも増えているが、つまるところ農家1戸あたりの負担は増大している。これは乳牛も豚も鶏も同じ、いや農家というくくりならコメ農家も同様で、高齢化と少子化はもちろん、国内の絶望的な「農業収入だけでは食えない」状態にしてしまった。

「食料の奪い合いも戦争なのに戦争の感覚がないのが日本です。他人が売ってくれるのが当たり前と思ってる。安全保障には食料も入ります。その和牛だって飼料は輸入に頼ってるんですから」

先に紹介したフランスは、この食料戦争を見越して自給率を高めるために徹底して農家を保護、改革を繰り返し自給率100%維持し続けている。すでに40年前からこの政策に取り組んできた同国はさすがとしか言いようがないが、取り組んでこなかった日本は日々の食い扶持を他国に委ねたほうが安いからと自給率を下げ続け、旧態依然の政策ままに農家の生活を追い詰め、あらゆる種子や精子を海外に流出させた。

「南米では自分たちの食べる牛が無くなって政府があわてて規制しましたが、それでも国内より高く買ってくれるならと中国に売り続けています。日本もそうなりますよ」

日本政府は農林水産物・食品の輸出額を年間1兆円に伸ばす目標を掲げてきたが、2021年12月3日公表の「農林水産物輸出入情報」によれば達成の見通しが立ったという。喜ばしい話だが日本人ではなく他国民を食わせるための輸出というのは国策として正しいのか。

「カナダやオーストラリアみたいに売るほど食うものがある国なら農業輸出国もありでしょうが、日本みたいな小規模農業国では危ういと思います。一時的に農家は助かるでしょうが根本的な解決にはならないし、アルゼンチンみたいになったらどうするんですかね」

アルゼンチンは主食の牛肉を中国向けに輸出していたが2021年、中国の牛肉需要の急増により自国で消費する牛肉が高騰、地域によっては出回らなくなる異常事態が起きた。アルゼンチン政府は慌てて牛肉の輸出を30日間停止したが農業関連団体や生産者が反発、それは当然でアルゼンチンの中国向け牛肉輸出は全体の75%にまでおよぶ。金のない自国民より中国に売ったほうが金になるからだ。そうして自国民の主食が不足してしまった。

日本も将来的にそうならない保証はない。牛肉に限った話ではなく、まっすぐなキュウリ、形の均一なトマト、まったく傷のない果物、ちょっと見てくれが悪いだけの魚を排除してきた売り手とそれをエスカレートさせた潔癖な日本の消費者に、生産者が、農家が愛想を尽かしても仕方がない。まして激安まで求める。もやし1円で売ったスーパーが独禁法違反で公正取引委員会から警告を受けたが、その1円にまで下げたコストは誰かが損を被っている。1円もやしに群がる消費者によって被らされている。安売りは構わないが過剰な激安は社会悪だ。

「コロナも収束するどころか世界でまた拡大ですからね、困ったことにアメリカと中国で広がり始めてます。私もまた仕事がしづらくなりました。ざまあみろと鬱憤晴らすのも結構ですが、この二大国がコロナまみれで地獄を見るのは日本ですよ」

アメリカと中国はいっそうの食料確保と自国中心主義を貫くだろう。それに追随する資源国や食料輸出国は金のある二大国との取り引きを加速させる。定期コンテナ船のルートは米中に集中し、日本は食料を買い負け、コンテナを取り負け、国内の物価は上がり続ける。30年間平均賃金の上がらない国でこれは確かに地獄だ。数少ない国内農家すら海外輸出に舵を切り出した。1兆円達成の次は5兆円だと農水省も鼻息荒いが、先のアルゼンチンのように国民の食べる分まで回されかねない。

食料の確保と輸送もまた戦争であり、安全保障の要である。軍事では「兵站」だが、日本はかつてこの兵站を軽視して敗北した。優秀な兵器も燃料がなければ鉄の塊、勇敢な兵士も食料がなければポテンシャルを発揮できない。また同じ鐵を踏むのか。

「買い負けは戦場で負けたのと同じです。でも国の通貨が安いままで戦え、買い勝て、なんて無理ですよ」

市場は戦場、食料争奪は戦争のたとえは大げさではない。こうした商社マンをはじめとする多くの現場で奮闘する日の丸企業戦士が戦場で負け、その繰り返しの先に待ち受けるのは日本の「第二の敗戦」だ。買い負けを繰り返す中、再びコロナが世界で猛威をふるい始めた2022年、それは将来的な日本の食料危機の端緒となりかねない。

 ◇

 今日本の各地に、多数の耕作放棄地が点在しています。約40万ヘクタール、琵琶湖の面積の6倍にもなっています。なぜこんなに耕作しない土地が増えたのか。担い手不足による農業従事人口の減少、農業の収益性の問題等いくつかあるでしょうが、フランスの例もあるように、きちんとした政策を実行していけば、こんなことにはなってはいないでしょう。農地法や土地の所有権など法的な参入障壁も手伝って、近代化が遅れた要因になっています。そうです、農業政策の大きな失敗だと思います。

 そうして日本の国土から、農地が消えていき、担い手も減っている、同様に漁業も畜産業も衰退して行っているのが現状です。いきおい食料を海外に依存する割合は右肩上がりとなり、国力の衰退と共にその購買力も減退してきて、将来の食糧危機が迫ってきている、これがこの記事のメインテーマでもあるわけです。

 失われた30年、この間に日本の相対的所得は、欧米諸国の半分以下になりました。アベノミクスでも、スガノミクスでも改善は微々たるものでした。その要因は少子高齢化もあるでしょうが、個人も企業もため込んだ資産を手放さず、市場に金が回らないのも一因でしょう。コロナがそれに拍車をかけています。

 この閉塞感の強い日本を立ち直らせるには、思い切ったカンフル剤的なものが必要です。それに、日本人特有の先憂後楽ならぬ、先憂後憂の国民性を変えていく、つまり政治もマスコミも現状批判よりも将来の夢を大いに語るように、転換していく必要があるのではないでしょうか。

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2022年1月 5日 (水)

中国で連行されたジャーナリストの体験、監視社会で人権無視の恐怖

I  新型コロナの収束を待って、海外旅行を計画されている方も多いのではと思います。しかしコロナ発生源でもある中国は、昨年末にこのブログでも取り上げたように、理由が分からず連行され、いつの間にか行方不明になっている人が、外国人も含めて多いと聞いています。

 実際に中国で連行された経験のある、作家でジャーナリストの青沼陽一郎氏が、JBpressにその体験を寄稿しています。タイトルは『連行されて分かった、中国は外国人をここまで監視している 尾行・監視は当たり前、そんな国で五輪を開催させていいのか』(1/3)で、以下に引用して、掲載します。

 ◇

 今年は中国が威信をかけるという北京オリンピックがある。それも1カ月後に迫った。だが、こんな国でオリンピックを開催していいものだろうか。

 その中国で私は身柄を拘束されたことがある。それも田圃の写真を撮っていただけで。そのとんでもない実態を語ってみたい。

************

「ご同行いただけませんか」

 最後に私が中国を訪れたのは2015年7月のことになる。そこで毛沢東の出生地である湖南省に足を延ばした。「魚米の里」と呼ばれ、古くから水資源が豊富で淡水魚と米の産地として知られた場所だ。ところが、ここから隣の広東省広州市圏に出荷された米から、許容量を超えるカドミウムが検出されて問題となっていた。その前年には同省の衡陽市衡東県大浦鎮で、子どもたちの血中鉛濃度が国の基準値を最大で3倍以上にもなっていたことを、国営の新華社通信やAFP通信が伝えている。地元の化学工場から排出された汚染物質が原因とみられ、この工場は捜査のため一時閉鎖されたという。

 しかも2014年4月に中国環境保護省が公表した資料によると、湖南省は甘粛省と並んでもっとも土壌汚染の拡散している地域だった。それも湖南省では稲耕作地の実に4分の3以上が汚染されていたことがわかったという。

 揚子江より南の地域では二期作が主流で、当時も田植えの済んだ隣の田圃で収穫作業が行われていた。そんな風景を写真に撮っている時だった。

 カメラに夢中になっていると、背後から声がした。振り返ると、いつの間にか「中国公安」と文字の入ったパトカーが止まっていて、2人の制服の警官が降りてきた。ひとりは胸ポケットから小型のカメラレンズをぶら下げて、こちらの態度を録画監視している。

「外国人が写真を撮っているという通報がありました。通報を受けた以上、住民に説明をしなければならない。手続きのため、ご同行いただけませんか」

 上司にあたる初老の警官が言った。

派手なシャツにビーチサンダルの男が実は地区の共産党書記

 連れていかれたのは、町の中心を少し外れた場所にある古びた地元警察の建物だった。中に入るように言われ、奥まった会議室のさらにその奥の部屋に通された。

 入口から一番遠い壁際の机の向こうに座らされると、初老の警官に続いて、スマートフォンだけを持ってビーチサンダルを履いた男が入ってきた。痩身に張り付くような派手なシャツやパンツからして、田舎のチンピラのように見えたが、彼がこの地区の共産党書記だった。さらにパソコンやビデオカメラを持った私服の男たちが入って来る。

 まずパスポートの提示を求められた。それから、カメラと鞄を調べると言った。「任意」とされながらも、こちらが拒否できるような状況にはない。

「録音機器や、他に小型のカメラがないか、確認させてください」

 そう言うと、手荷物のすべてを隣の部屋に持っていってしまった。私の目に見えないところで、全てがいじくられる。所持品を写真に撮るシャッター音がする。あとで返された時には、財布のクレジットカードまで抜き取られていた形跡があった。

渡航費用と滞在費用の出所をしつこく尋問

 それから、ビデオを回しながら、尋問がはじまる。

「ここへ来た目的はなんだ?」

 観光ビザで入国していたから「観光」と答える。

「観光、ほう・・・。観光なら、その旅費はどうした?」

 費用は自分で用意している、と答える。

「渡航費用は? 滞在費は? 誰が出している?」

 だから自分で準備した、と答える。当たり前のことだ。取材であれば費用は自分で捻出するなり、大手メディアから自らの努力で引っ張ってこなければならない。

 すると警官はすぐに、

「あなたは、長沙市内(省都)の○○というホテルに宿泊している」

 と言い当て、さらにこう言い放った。

「あなたの年収では、あのホテルに泊まるのは無理だ」

 それから「この旅行費用はどこから出ているのか、言え」と問い質してきた。そして彼の発した次の言葉に、私は驚かされた。

「東京にある出版社から、中国の旅行代理店に送金があったことを我々は知っている」

 中国では、ホテルにチェックインした段階でパスポート情報が登録され、政府に関連する機関と共有するシステムになっている。日本人観光客の個人情報など筒抜けだ。しかし、東京からの送金実績まで事前に把握しているとは思いもよらなかった。

スパイ行為を認めさせようという意図がありありと

「代理店の担当者は、その資金で旅程を組んでいることを認めている!」

 当局によって自分が裸にされている不気味さと恐怖を実感する。

「そこから依頼を受けて、“調査活動”が目的でここへやって来たのだろう!?」

 調査活動、すなわちスパイの容疑をかけて、それを認めさせようとする。中国では習近平体制になってから「反スパイ法」が制定され、日本人もその容疑ですでに拘束されている。

「なぜ、取材なら取材申請をしなかった」

「なぜ、観光と嘘をついて入国したのか」

 ここへ来る前、私は西安に滞在していた。そこから高速鉄道と車を利用して「梁家河」という谷間の小さな村を訪ねていた。習近平が若い頃、下放されて暮らしていた「窯洞(ヤオトン)」と呼ばれる洞窟の住居がある場所だった。そこは、この7月からは観光地化し、入場料をとっている。習近平の生い立ち調査が目的とはいえ、これを観光ではないと言い張る中国人がいるだろうか。

 その旨を伝えると警官は黙った。ところが、それまで黙っていた共産党書記が蒸し返す。

「だけど、わからないな。出版社からの送金でここまで来ているのなら、それは調査だろう!」

「そうだ。どうなんだ」

エンドレスで続く「同じ質問」

 そこから堂々巡りと押し問答が続く。

 気が付いてはいた。この地域に入ってからずっと、車窓に黒いフィルムを貼ったセダンが私の車のあとをつけていることを。最初は白で、昼を過ぎてからは黒い車体に代わった。監視されている。目立つことはしないほうがいい。だから、町中や田園をまわりながらも、写真は車の中から撮っていた。その度に車を停めると、セダンも一定の距離を保って停まった。

「ここなら、大丈夫でしょう」

 町外れに出て、一緒だった通訳の青年が言った。そこではじめて車を降りて写真を撮った。そして、ここに連れてこられた。いま、その青年は取り調べを通訳している。

 するとそのうち、初老の警官が私のスマートフォンの中まで勝手に覗き、こう言った。

「偶然に見てしまったのだが、この地域に関する記事が添付されたメールがある。やはり、調査が目的なのだろう?」

 日本語の中に「鉛」の文字を見つけて問い詰めてきた。

「数年前に報じられたことを、いまさら蒸し返すつもりか!」

 外国人であろうと、都合の悪いことは黙らせたい。中国共産党の言論封殺の本性がそこにある。

 あとで気が付くのだが、この初老の警官もスマートフォンを持っていた。その待受画面は毛沢東の肖像だった。

「だいたい、田圃の写真を撮っているだけで、どうして土壌が汚染されていることがわかるんですか」

 私は言い返した。見ただけで土壌中の汚染実態などわかるはずもない。そのカメラも没収されていた。

「じゃあ、なんでここへ来た!?」

 中国側は執拗に同じ質問を繰り返す。繰り返しの説明は、疲労を伴う。なるほど、こうしてイライラと疲れの蓄積で、調査目的=スパイ容疑を認めさせようという魂胆か。

 取調中も開け放たれたままの扉から、入れ替わり立ち替わり室内を覗きにきた地元の人間がスマートフォンでこちらの写真を撮る。まるで動物園の猿を見るような目つきだった。不愉快だった。これが正当な手続きと言えるのか。

「もう制服から着替えたのに、まだ帰れないのは誰のせいなのか」

 午後1時過ぎに連れて来られて、ずっと同じ部屋に留め置かれたままだった。どう処遇されるのかもわからない、気の抜けない状態が続く。やがて午後の7時をまわった頃に、肥った私服の中年男性が部屋に入ってきた。緊張した空気が漂う。

「先生、まだこんなことを続けますか」

 眼鏡をかけ髪の薄くなりかけている男は、私の正面に机を挟んで座ると、そう言った。彼がこの警察でもっとも権限を持つ、署長にあたる人物だった。

「私が制服から私服に着替えて、まだ帰れないのは誰のせいだと思いますか」

 主張を曲げない私を責めた。そうやって威圧する。

「私は、人の善悪を見抜く力を持っている」

 彼はそう言って私の目を直視しながら、再び送金の事実から尋問をはじめた。だが、相手に同調して調査目的を認めようものなら、それこそ罪に問われる可能性がある。

「先生、このままいつまでも続けますか」

 では、どうしたらいいのか、こちらから訊ねた。

 すると、真っ白なA4サイズの紙とボールペンを出してきて、これから言うことを日本語で書くように指示された。とにかく「事情説明」と題された、いわば「自己批判」を書かせようとする。

 実は取調中から、この通り日本語に訳して書き写せ、と中国語の文書を示された。こんな田舎に日本語のわかる人物もいないはずと、意訳して書いて渡したが、その度に、内容が違う、これではダメだ、と突き返されていた。スマートフォンで文面を写真撮影し、それをどこかに送って確認をとっていた。

 彼らとしても面子を保たなければ、私を解放できなかったのだろう。とはいえ、相手の都合のいいことばかりでは、どんな罪に問われるか、わかったものではない。そこで相手の意向と妥協点を探りながら文章を構成する。異様な労力に屈辱感が胸元から湧き上がる。この屈辱に先行きの見えない恐怖が私のトラウマに変わる。

 この直筆の文章に尋問形式の調書に指印させられて、ようやく解放された。午後9時前だった。カメラにあった写真データは全て消去された。外には街灯らしいものもなく、あたり一面が真っ暗だった。

翌日には120人超の人権派弁護士が一斉に身柄拘束

 写真を撮る自由さえない中国。執拗に罪を認めさせようとする地元警察。

 私がこの警察署に留め置かれた翌日には、中国全土で120人を超す人権派と呼ばれる弁護士たちが一斉に身柄を拘束されている。現地では「暗黒の金曜日」と騒がれた。その延長に香港の現状がある。先月29日にも、香港の民主派ネットメディア、立場新聞(スタンド・ニュース)は発刊が停止され、編集担当幹部ら7人が逮捕されている。

 オリンピック選手や関係者、報道陣も厳しい監視下に置かれることは目に見えている。

 米国をはじめ自由主義諸国は北京オリンピックの「外交的ボイコット」を表明している。日本はその言葉すら使わないが、閣僚を派遣しない方針を示している。だが、こんな体験をさせられた私の立場からすれば、もっと厳しい姿勢を示すべきだと考えている。いや、人権すら無視するような国ではオリンピックを開催するべきではないとすら思う。

 ◇

 まさに平和の祭典と銘打ったオリンピックを、人権監視・無視が日常でかつ民族弾圧を繰り返すこの国でやるべきではないでしょう。ただ習近平政権の権威発揚に利用されるだけで、何の意味もありません。

 青沼さんはその日に解放されましたが、数日あるいは数ヶ月にわたって拘束された日本人もいますし、未だに拘束を解かれていない人もいます。こんなことを日本が中国人に行えば中国はなんと言うでしょう。先ず間違いなく倍返し以上はして来るでしょう。

 コロナを世界に蔓延させた罪は計り知れないものがありますが、損害賠償は事実上無理だとは思います。ただそのコロナが収束に向かっても、海外旅行先は中国を外すべきでしょう。連行の危険が付きまといます。

 ビジネス関係者はやむを得ず訪問せざるを得ませんが、監視社会だと言うことをくれぐれも忘れないよう、細心の注意を払って行動すべきです。青沼さんのような体験を阻止するためにも。

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2022年1月 4日 (火)

櫻井よし子氏:岸田首相、過去の宏池会領袖の失敗を反省し、主張する外交を

14_20220103174401  岸田文雄現首相は自民党岸田派の領袖です。岸田派は「宏池会」の通称とも言えますが、この「宏池会」は自民党の最古の派閥で、池田勇人元首相が旗揚げして代々時の領袖が派閥を受け継いできました。

 この宏池会、櫻井よし子氏の言を借りれば、「わが国は対中外交で多くの失敗をした。国の根本的な政策も間違えた。その多くが宏池会が政治を主導していたときに起きている」と言い切っています。その一片は櫻井氏が産経新聞に寄せた特集記事「美しき勁き国へ」の中に、あります。タイトルは『危機の時こそ「説く力」』(1/3)で、以下に引用します。

 ◇

岸田文雄首相は「聞く力」を強調するが、その発する言葉の意味がよく分からない。首相がもっと本音を語らなければ、意思の疎通もはかれない。後述するように日本は危機的状況にある。国民に危機を率直に語り、国の安全は国民一人一人が共に負う責任だと説くときだ。憲法改正や自衛隊法改正の具体的課題を理解してもらい国民の意志と力を結集して初めて、わが国はこの危機を乗り越えられる。

中国の挑戦は厳しい。戦後の世界秩序の基本である国連などの国際機関を中国化して中華世界に変質させるための総力戦を彼らは仕掛けている。その一例が世界貿易機関(WTO)だ。WTO加盟の恩恵を貪(むさぼ)り、経済大国への道を駆け上がった中国だが、基本的にWTOのルールを守らずに今日に至る。日米欧がだまされていたと気づいたとき、彼らは世界第2の経済力と軍事力を手にしていた。

米国防総省が第2次岸田政権発足前に発表した「中国の軍事力」に関する年次報告書が中国の軍事力構築の凄(すさ)まじさを曝(あば)いている。白眉はミサイルおよび核戦力急成長の実態だ。日本のミサイル防衛論では北朝鮮が問題視されるが、2020年の北朝鮮のミサイル発射は8発。中国は250発以上で、その前の2年間は南シナ海で対艦弾道ミサイルの発射実験を継続した。北朝鮮の比ではない。

日本を射程に収めた中国の準中距離弾道ミサイル(MRBM)の発射装置は150から20年末までに250に、ミサイル本体は150から600へ4倍に増した。増加分の大半が極超音速兵器を搭載できる新型弾道ミサイル「東風(DF)17」とみられ、わが国はその脅威の前で裸同然である。

中国は台湾、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む沖縄の戦域で日米台の軍事力を上回るが、地球規模の戦略域では米国の核戦力が中国を圧倒しており、中国が台湾に武力侵攻できない理由の一つとなっている。しかしここでも中国が米国に追いつきつつあり、米国はいずれ中露、2つの核大国に向き合うことになる。

そうした中で、安倍晋三元首相が指摘したように台湾有事は日本有事、日米同盟有事という厳しい現実にわが国は直面する。台湾海峡の平和と安定を重視し、台湾を守る立場を、菅義偉前首相がバイデン米大統領との会談で公約し、岸田首相も明言した。

状況は非常に厳しいと予想されるが、それでもわが国は活路を切り開く、前に進む、これが日本だと呼びかけるのが国のリーダーの責務である。台湾の蔡英文総統は有事に備え予備役強化を図る「全民防衛動員署」を新設し、国民全員で国を守る姿勢を世界に示そうと訴えた。安全保障を米国に頼ってきた日本も、今、目覚めて全員で日本を守る決意を世界に示すときだ。

岸田首相にはもう一つの重大な役割がある。断じて中国に誤解させないことだ。日本は中国の侵攻を許さず、必ず反撃すると明確に伝え続けなければならない。その決意を予算と国防政策の両方で特筆する形で見せていき、日米同盟を筆頭にあらゆる国々との連携強化を「スピード感」を持って進めるのがよい。

岸田首相は「本格的な首脳外交」と「徹底した現実主義」で「新時代リアリズム外交」を推し進める、と表明した。新時代リアリズム外交とは①自由、民主主義、人権などの普遍的価値観の重視②気候変動、新型コロナウイルスなど地球規模課題の解決③わが国を守り抜くための備えの強化だという。

これら全て、焦点は中国への向き合い方だが、対中国で首相は揺らいでいないか。首相が誇る自民党宏池会(岸田派)は「自由を渇望」して誕生した、と「核兵器のない世界へ」(日経BP)で首相は書いた。自由の希求が宏池会の原点ならば、ウイグル人、香港人、チベット人やモンゴル人から根こそぎ自由を奪っている中国になぜ抗議しないのか。中国の人権侵害に対する国会の非難決議の要求を、公明党が主張したにしても、なぜ潰したのか。

北京冬季五輪・パラリンピックに政府使節団などを派遣しない「外交的ボイコット」は米国、英国、豪州、カナダなどに遅れること半月以上、中国へのいじましいばかりの遠慮は人権侵害も他民族の虐殺も、更には他国の領土の切り取りさえも許されると中国共産党に誤解させかねない。

岸田首相はまた、わが国の平和と安全を守り抜くために敵基地攻撃能力も排除せず、現実的に対処すると繰り返すと同時に「核なき世界を目指す」とも語り続けている。「現実的に」分析すればわが国周辺こそ地球上でミサイル、核の密度が最も高い地域だ。その中で核なき世界をどう達成するか。岸田首相が尊敬するオバマ元米大統領は核なき世界を目指すと演説し、ノーベル平和賞を受けた。しかし彼は「戦後、最も核弾頭を削減しなかった大統領」だった。米紙ニューヨーク・タイムズが「概念と実績の大きな乖離(かいり)」として批判した点だ(2016年5月28日)。

他方オバマ氏は核なき世界を掲げる一方で、米国保有の核兵器の品質保全と機能改善のために30年間で1兆ドルの予算を計上した。強大な核の力を持って初めて核なき世界への交渉を主導できる。全てが力の世界であることを、あのオバマ氏でさえ知っていた。1発の核さえないわが国の首相が核なき世界を目指すなら、発言力を持つために核の保有が必要だということだ。交渉のための材料も力もない理想論は空論に近い。岸田首相も現実を見ることが大事ではないか。

わが国は対中外交で多くの失敗をした。国の根本的な政策も間違えた。その多くが宏池会が政治を主導していたときに起きている。

宏池会の源流となる吉田茂元首相は当時の日本の経済的貧しさと国民の軍に対する忌避感の強さの前で再軍備の助言を退け続けた。池田勇人元首相は前任の岸信介元首相による日米安全保障条約改定に対するすさまじい反対におじけづいて経済成長推進に特化した。宮沢喜一元首相は慰安婦問題で韓国や中国の反日世論に圧倒されて、証拠もないのに慰安婦強制連行説を韓国政府に8回も謝罪した。

加藤紘一元幹事長も河野洋平元衆院議長も、中韓両国の反日世論および国内の左翼勢力の圧力の前で証拠もなしに慰安婦の強制連行を認めた。宏池会は圧力の前で耐えきれずに国家の根幹に関して妥協し、くずおれた。

岸田首相には発想を変えてほしい。宏池会の原点である自由や民主主義を大事にして、主張してほしい。「中国は巨大かもしれない。それでも私たちは価値観において正しい。だから勇気を持って声を上げ続けよう。広く世界に訴えよう」と。

 ◇

 中国を巨大にしてしまった日本と欧米。その日本と欧州が今や中国の経済力や軍事力の前に忖度を繰り返している様は、なんとももどかしく思えます。確かにまともに中国への批判や非難をすれば、倍返しされるのは目に見えています。そしてそれは賢い対応ではありません。

 長期的視野に立って、徐々に中国から経済的な自立をしていく、それを自由主義陣営のまとまった動きにしていく。そして差し迫った台湾海峡の有事には、日米豪プラス英印の一体となった防衛力で牽制し、できるだけ無力化していく。そうした動きに積極的に加わっていくことが肝要でしょう。

 しかし現実には櫻井氏の指摘のように、岸田政権の腰は重い。岸田首相には所信演説で述べたように、「新時代リアリズム外交」を口先だけではなく、しっかりと実行に移す責任があります。過去の「宏池会」領袖たちの失政に決して陥ることなく、新時代の「宏池会」として日本の国益に資するよう、手綱をを引きしめて欲しいと思います。そうでなければ総裁選再選の目は消え去っていくでしょう。

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2022年1月 3日 (月)

川勝静岡県知事第2弾:暴言を繰り返す知事の正体は?

O0966053814832415719  今回も川勝平太静岡県知事にまつわる話題です。例の大井川の水量に関連付けてのリニア反対運動、そしてリベラルの支持を得た知事に共通した権力批判の数々。それに前回取り上げた「暴言」癖。この知事の正体とは一体何なのか。

 その答えを教えてくれる記事が、月刊Hanadaプラスで公開されています。「静岡経済新聞」編集長の小林一哉氏のコラムがそれで、タイトルは『地元記者が暴く川勝平太静岡県知事の正体』(12/17)です。以下に引用して掲載します。

 ◇

川勝知事の中身の薄さ

2020年、国会で激しい論戦が繰り広げられ、ほとんどの国民が初めてその存在を知ることとなった「日本学術会議」。静岡県ではいち早く、川勝平太知事が日本学術会議の任命拒否問題に参戦したが、ただ顰蹙(ひんしゅく)だけを買って終わった。

リニア静岡問題で県内では人気の高い知事だが、任命拒否の問題発言で「学者知事」の中身の薄さが全国的に知られてしまった。

本稿では“お騒がせ知事”、川勝平太の正体に迫りたい。

2020年10月7日の定例会見で任命拒否問題について訊かれた川勝知事は「菅義偉という人物の教養レベルが図らずも露見した」と痛烈な首相批判を始め、自身の学歴を鼻にかけたような侮辱的な発言を口にした。

「菅さんは秋田に生まれて小学校、中学校、高校を出られた。東京に行って働いたけれど、勉強せんといかんということで、学位を取られ、その後、政治の道に入った」

「夜学に通い、単に単位を取るために大学を出た。学問をされた人ではない」

続いて、美濃部事件、滝川事件を例に挙げ、任命拒否を戦前の言論弾圧になぞらえた。さらに、福澤諭吉が一万円札に刷られていると話題を変え、『学問のすゝめ』の一節を引き合いに出して、「学問立国に泥を塗るようなこと」 「権力が介入すると御用学者ばかりになる」などとまくし立てた。

またもや「川勝劇場」が始まったのかと、静岡県民の一人として半ばあきれた。

川勝劇場は「川勝激情」

川勝知事は一九四八年、京都府生まれ。早稲田大学政経学部、同大学院を経て、オックスフォード大学へ留学。帰国後、早稲田で教鞭を執り、京都の国際日本文化研究センターに移った。2007年、静岡文化芸術大学学長に就き、2009年、静岡県知事選で初当選、現在、三期目である。

劇場型の政治手法で知られた「小泉劇場」と違うのは、「川勝劇場」の場合、直接、静岡県政とはかかわりのない問題でも手厳しい批判を繰り広げることだ。知事の“激情”パワーを誰も止められないから、「川勝劇場」ではなく、「川勝激情」と言ったほうが正しいだろう。

今回は、日本国のリーダーである菅首相を徹底的にこきおろした。驚くほど攻撃的なことばが次から次へと続き、まさに「川勝激情」全開だった。

記者会見に参加するほぼ30代前後の記者たちは、知事から見れば大学時代の教え子たちよりもずっと若い。72歳の元大学教授は豊富な語彙のなかからことばを選び、歴史上の事件や人物らを適当にちりばめる。

特に好きな「五箇条の御誓文」第一条、「万機公論に決すべし」を決めゼリフに使うことが多い。記者たちは脈絡なくあちこちに飛ぶ知事の話についていくだけで必死である。

テレビ、新聞のカメラを前に、メリハリのきいたよく通る声の調子で、身振り手振りよろしく、時折、自信たっぷりに壇下を睥睨する。まるで大向こうをうならせる歌舞伎役者と重なるから、「川勝劇場」を楽しみにしている県内の女性ファンも少なくない。

だが、今回の首相のメッタ斬りは県民には痛快事に映らなかった。

「教養のレベルが露見」 「学問をしなかった」云々は菅首相に対するいわれなき中傷で、県内外から1000件以上の苦情や批判が寄せられた。自民県議団の抗議に対して、川勝知事は夜学は間違いであり、任命拒否についても「事実認識」が不正確だったと謝罪した。

10月16日の謝罪会見で、知事は「任命拒否したのは官房副長官であり、菅首相が6人の学者に否定的意見を下したのではない。任命拒否した者は教養のレベルが問われる。それは菅首相の教養のレベルとは直接、結びつかない」など批判の前提となる「事実認識」が間違っていたと釈明した。

これで首相ではなく、官房副長官の「教養のレベルが問われる」ことになった。

釈明のなかで、知事はこうも述べている。

「突然訊かれて発言して、それが物議を醸したことはあるが、いまここにいる職員を含めて、広く会議を興し万機公論に決すというスタイルでやってきた。したがって、わたしの意見は同時に職員の意見でもある」

職員は、知事の「事実認識」があまりに珍妙な理屈だと承知していたが、“激情”知事が怖くて、意見ひとつ言い出せないだけである。

暴言の数々

2019年もこんなことがあった。川勝知事はJR東静岡駅近くに県が計画する「文化力の拠点」事業をめぐり、公明党県議団、共産党県議との面談でこんな暴言を吐いた。

「(事業に)反対する人がいたら県議会議員の資格がない」

「県議会にはヤクザもいる、ゴロツキもいる」

これを静岡新聞がスクープし、記者会見で静岡新聞記者は「謝罪、撤回しないのか」と問いただした。ところが、川勝知事は「撤回する必要はない」 「こんなことを言った覚えはない。書いた人はそう思って書いたが、言った覚えはない」などと述べた。

もし、知事の言うとおりならば、静岡新聞は「嘘」を掲載したことになる。記者は「当方の信用にかかわるので、議会の要請があれば音声記録を提供する」と追及したが、川勝知事は「言った覚えは全くない」の一点張り。

朝日やNHKが後追いし、追及したが、知事はこう開き直った。

「(図書館)建設に反対する人はいない。県民がみな欲しいと言っているものに反対するのは公益に反する。公益に反する人は議員の資格がないと申し上げた」

「公益に反する人を反社会的勢力という。それはヤクザ、ゴロツキ」

結局、静岡新聞がスクープした発言を認めるかっこうとなったが、謝罪、撤回は拒否していた。

後日、県議会最大会派の自民改革会議は自民党県連合同役員会で、川勝発言問題について対応を協議。竹内良訓代表は「そのままにしていいわけがないという意見が多かった」と述べ、執行部で対応を検討する考えを示した。

竹内代表は「いまの段階では知事と予算折衝するつもりはない」とし、翌年1月6日に予定していた「文化力の拠点」に関する県当局との協議を見送ると表明した。

すると知事は緊急記者会見を開き、発言をすべて謝罪。問題の発言が次年度予算審議への影響が出るのはまずいと考えたようだ。

筋違いの批判

2020年5月にもこんなことがあった。

リニア中央新幹線静岡工区の問題を協議する有識者会議の公開方法を巡って、知事と国交省の間で諍いが起こったのである。

国交省と静岡県は1月、全面公開などを条件に有識者会議の開催について合意した。会議は新型コロナウイルス対策としてオンラインで行われていたが、ネットでの一般傍聴はできないことに知事は異議を唱え、国交省に「会議の透明性」 「JR東海への指導」について申し入れを送った。

それに対して、会議の事務局を担う水嶋智局長から回答が寄せられたがいずれもゼロ回答で、川勝知事の求めを退けた。

川勝知事はこれに激怒。定例記者会見で、会議がインターネットでライブ配信されないことについて、「透明性に欠ける。(配信せず)全面公開するという合意を守っているというのは筋が違う」と持論を述べ、会議の事務局を担う水嶋局長をこう批判した。

「folly(愚か者)、(水嶋局長は)猛省しなければならない」

「(水嶋局長は)会議の運営が拙劣である。マネジメントの不誠実さが表れている」

「(水嶋局長は)金子社長にすべて責任転嫁させている。水嶋局長は要するに筋を曲げている、約束を守らない、やる気がない」

「あきれ果てる運営で、恥を知れ、と言いたい」

赤羽国土交通相は、川勝知事が国交省の水嶋局長を批判したことに対し、皮肉交じりにこう反論した。

「県民を代表される知事職にある方が、公開の場で自身の部下でない者を名指しで非難されたことは、これまでなかったのではないか」

「筋を曲げている」のは、知事の水嶋局長批判のほうだろう。

水嶋局長は官僚であり、政治家ではない。当然、会議の運営について個人の裁量ではなく、国交省の判断基準に縛られている。法律や規則に沿って会議を運営しているはずだ。

国交省でもすべての会議は原則的に全面公開であるが、①機密性、②個人情報などにかかわるものの他に、③「率直な意見の交換若しくは意見決定の中立性が不当に損なわれるおそれがある場合」などでも会議を非公開とすることはできる。

静岡県の求める「全面公開、透明性の確保」について、水嶋局長は報道関係者の傍聴、会議後の記者ブリーフィング、議事録の速やかな公表で確保しているという。

さらに、静岡県の求めに応じて、オブザーバーとして静岡県、大井川流域の八市二町のほか、新たに大井川利水関係者を加えた。

沿線のリニア反対運動などを念頭に、有識者会議の各委員から、生配信での発言の取り扱われ方など懸念が示されており、「限定的な全面公開」は委員の意向でもある。

つまり、委員らの「率直な意見の交換」のために報道関係者らの傍聴に限るのは、水嶋局長個人ではなく、国交省の判断基準に沿ったものなのである。

リニア開業による懸念

このリニア新幹線は、川勝知事、最大の問題である。川勝知事の反対によって、完成の見通しが全く立たないのだ。

リニア新幹線は、世界最大の革新的な高速鉄道プロジェクト。

電磁石を利用して浮上走行。走行速度は新幹線の2倍も速い、時速500キロを想定。遠隔操作で運転士はおらず、東京─名古屋間の約86%がトンネルで、所要時間は40分。2027年開業を予定、延伸して東京─大阪間を67分で結ぶ、総工費九兆円超の国家的な大事業である。

2011年3月、東日本大震災、福島第一原発事故が日本へ壊滅的な大打撃を与えたその2カ月後の5月、リニアの整備計画が決定され、日本の再生に向けて大きな一歩を踏み出した。

当初は、静岡県を通過せず、長野県の茅野、伊那周辺を通過する「迂回ルート」が大本命とされていたが、整備計画決定で最も採算性の高い、直線の「南アルプスルート」を採用した。南アルプストンネル25キロのうち、山梨県の7・7キロ、長野県の8・4キロ、そして静岡県は最北部の大井川源流部にある南アルプス直下8・9キロに建設されることになった。

リニア建設を強く望む山梨、長野などの沿線各県が設置した学者会議は、「中国、韓国などの人々が観光旅行に動き始めれば、日本の山岳旅行が脚光を浴びる。来日する多くの観光客が『リニア』と『山(富士山、北アルプス、南アルプスなど)』という二大観光ポイントを押さえたことになる」と指摘した。

人口半減時代に向かうなか、日本経済の発展を支えるインバウンド(来日観光客)とリニア開業を結び付けて、大きな観光商品になると見ていたのだ。

同会議は、静岡県が1964年の東海道新幹線開業によってさまざまな恩恵を受けて発展してきたと分析。だからこそ、リニア開業は中央線沿線に驚異的な恩恵をもたらすと試算した。

逆に、静岡県はリニア開業によって「衰退」に向かうことも予測された。リニアができれば、人々は本当に素通りしてしまう。

2009年に開業した静岡空港は、利用者を160万人から170万人と予測したが、開業してみれば予測の半分にも満たない惨憺たる数字が続き、静岡経済の停滞が始まったと指摘された。リニア開業後は、全国屈指とされる「ものづくり県」 「観光立県」などの名称は、静岡県から長野、山梨県に移る可能性が高い。

リニアでも「川勝激情」全開

当初、JR東海の要請を受けた静岡県は、東海道新幹線に余裕が生まれ、静岡空港の地下に接続する新駅構想に追い風になるという理由で、リニア静岡工事の支援を決めていた。

ところが、2018年、川勝知事は大井川中下流域の人たちの「水環境が損なわれる」という不安の声に、トンネル工事の着工に待ったを掛けたい意向を『日経ビジネス』のインタビュー(2018年8月20日号)で伝えた。

「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」

「全量を戻してもらう。これは県民の生死に関わること」

「水が止まったら、もう、戻せません。そうなったら、おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座りこみますよ」

ここでもおなじみの「川勝激情」全開だった。

話は少し遡る。

過去の知事会見を調べていくと、2017年10月10日会見で、記者から「(リニア計画に反対しても)知事の認可は必要ではなく、(JR東海は)無理やり進めることもできる。

今後の展開によっては司法の場に訴えるのか?」と問われ、知事は「いろいろな措置が考えられる。これは命の問題、産業の問題、生活の問題にかかわっている。JR東海はこうしたことを覚悟しなければならない」などと曖昧に答え、知事の権限でストップできないことを示唆していた。

『日経ビジネス』を読んだあと、わたしが県のリニア担当者に話を聞くと、案の定、県は大した権限を持っていないことが分かった。JR東海にとって、県との交渉は単に道義的な問題との説明を受けた。

つまり、県はJR東海に対抗できるような権限は持たないのだ。

その後、JR東海幹部の「強行着工も辞さない」という発言が一部の新聞に掲載された。はたして、本当にそうなってしまうのか?

わたしは2003年、国交省静岡河川事務所と協働事業を展開するNPO法人を立ち上げた。きっかけは安倍川の河床が大幅に上昇していたことだった。

昭和30年代は、現在とはほど遠い貧しい時代だった。オリンピックのための諸施設、道路などのほかオリンピック景気で人口増加が顕著となり、東京では住宅が極度に不足していた。四角い箱のようなコンクリート団地がどんどんつくられ、そのために大量の砂利が必要だった。

地方は資源と人を東京に送り続けた。安倍川は、東京という大都会の発展のためにやせ細った。だから、美しい清水海岸も消えてしまったのだ。

二度とそのような愚かな行いを許さない。安倍川の環境問題に取り組んでいくNPO設立に、清水海岸侵食災害防止対策促進期成同盟会代表らも賛同、何度かの話し合いの末、合意にこぎつけた。それから約10年間、わたしは安倍川と同様に、大井川の問題にも取り組んできた。

知事には絶大な権限が

そんな関係もあって、静岡河川事務所を皮切りに中部地方整備局に何度も問い合わせ、親切丁寧にいろいろ教えてもらった。そして、ある案件に関しては静岡県知事が絶対無比の河川法の許可権限を持っていることを突き止め、2018年11月7日にそのことを記事にした。

当然、JR東海は承知していた。新聞報道されたJR東海幹部の発言は、単なる“脅し”に過ぎなかった。

東海道新幹線は、大井川の真上に架かる鉄橋を渡る。この鉄橋のように、河川区域内の土地を占用、工作物を建設する場合、河川法の許可が必要となる。

南アルプスリニアトンネルの場合、地下約400メートルもの地中で大井川を通過する。河川の上ではなく、河川の地下400メートルのトンネルで河川法の許可が必要かどうか。

2001年施行の「大深度地下法」は、地下40メートル以深の工事ならば補償等が不要となり、スムーズにトンネル工事などが行えるようになった。その十倍に当たる地下約四百メートルである。初の事例となるだけに、国交省は判断に迷ったのかもしれない。

国交省は地下四百メートルの大深度トンネルでも河川管理者の許可が必要と判断した。つまり、知事の許可がなければ、リニアトンネルは建設できないのだ。

河川法の審査基準には、「治水上または利水上の支障を生じないものでなければならない」と記されているから、知事は「利水上の支障」が生じるとして河川法の占用許可を認めないことが可能なのだ。

11月7日付記事のあと、19日に行われた知事の定例会見で、初めて河川法について記者からの質問があり、川勝知事が河川法の許可権限について認識していることが明らかになった。県幹部によれば、「静岡経済新聞」を読んで、初めてリニア担当者らが認識したのだ、という。

初めは応援していたが……

このようにして、わたしなりに“知事応援団”の役割を十分に果たしてきたつもりだった。

ところが、肝心の知事にはリニア問題を解決の方向に導き、静岡県の地域振興へつなげる姿勢が全く見られなくなる。強大な知事権限を認識したのか、取材から二年経つと、知事はリニア反対で論陣を張るのがはっきりと分かった。

2020年9月25日の県議会代表質問で、「(リニア問題で)広く国論を巻き起こす」と宣言、10月9日発行の雑誌『中央公論』には迂回ルートなどを求める挑発的な論文「国策リニア計画にもの申す」を発表。市民団体らが静岡地裁に提起した「リニア静岡工区の工事差止訴訟」について、知事は「これで県民全体の運動となった」 「一歩も引くな」 「しっかり頑張れ」などと反リニアの姿勢を明確にした。

許可権限を持つ川勝知事の強硬な姿勢で事態は一変したが、静岡県がどこまでも「反対」では、山梨、長野など中央沿線の人々の期待を裏切ることになる。

国の有識者会議でも、中下流域の地下水への影響はほぼないことを明らかにしている。水環境問題での知事の主張はいつまでも通らない。ただの反対運動になってしまった。

国、JR東海と対話を進め、静岡県のメリットを引き出すことが知事の最も重要な役割である。知事がどこまで静岡県の発展を念頭に交渉できるかどうかだが、知事周辺はイエスマンの取り巻きばかりだから、誰も知事に理非曲直をただす者はいない。

「川勝劇場」は、県民のためというより、とにかく主役の知事本人が目立てばいい、メディアが大きく取り上げてくれることが何よりも大事なようだ。

“川勝激情”のスイッチがどのように入るのか分からないが、菅首相批判と同様に、事実関係を全く無視して相手を一方的に攻撃することが多い。事情を知らない人から見れば、“権力者”を徹底的にたたく痛快事に映るから、「川勝劇場」ファンは増えたかもしれない。“命の水”を守ると言う知事の曖昧な主張をそのままに受け入れる県民は非常に多い。

10月27日の会見で、川勝知事は「わたしは知事になって10年間以上、政務をしていない。行政にかかわる仕事をしてきた」などと公言した。わたしは、この発言に暗澹たる思いにさせられた。

「政務」とは、永田町(自民党本部)、霞が関(官庁街)などとの強いパイプを持ち、国の力を借りて地域の発展のために尽力することであり、各都道府県知事の大きな役割のひとつである。

川勝知事は、肝心の「政務」を全くしていないのだという。県の財源は限られた地方税や交付税などだが、これでは最低限の事業しかできない。つまり、静岡県が抱えるさまざまな諸課題を放っておくという宣言に等しい。

川勝知事は来夏の知事選に出馬するつもりのようだが、もし4期目の当選を果たせば「川勝劇場」は続き、リニア問題解決には絶望的な状況が続くだろう。

過去の「川勝劇場」を、私が編集長を務めるニュースサイト「静岡経済新聞」で詳細に報じている。ご興味の向きはぜひお読みいただきたい。

 ◇

 3期10年以上も知事職に君臨していれば、多少の傲慢さが出てくるかも知れませんが、この川勝知事に関して言えば傲慢さはDNAにすり込まれているようです。特に菅前首相に対する学歴揶揄発言など、自身の学歴をひけらかしての、完璧な上から目線の態度でしょう。

 リニア新幹線という国の一大プロジェクトが、この知事の一言で中断という事態に追い込まれているのは、なんとも言い様がありません。山梨、長野の立場も一向に無視しているようです。参議院静岡補選の時の「御殿場コシヒカリ」批判同様、山梨、長野も上から目線で見ているのかも知れません。

 次期知事選で、もし立候補するようなら是非落選して欲しいですね。静岡や周辺の県のためにも、国のためにも。

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2022年1月 2日 (日)

静岡県川勝知事の「コシヒカリ」発言騒動の顛末、どこまで続く知事の暴言

6755625d620c4e00b629ba2a83a6722e  少し前になりますが、静岡県の参議院の補欠選挙。静岡県知事の川勝平太氏が山崎真之輔候補の応援中に飛び出した、対立候補の若林洋平元御殿場市長に向けた「コシヒカリ」揶揄発言で、大きな騒動となったことはご存じだと思います。

 この川勝知事、暴言では曰く付きのようで、この発言前後の知事の動静について、NHK政治マガジンに記載された記事を紹介します。タイトルは『静岡“コメ騒動” 川勝王国の自壊』(12/8)で以下に引用します。

 ◇

12年にわたって築き上げられてきた“王国”が、1か月足らずで自壊した。

絶大な県民人気を誇り、自民党からの批判をものともしてこなかった静岡県知事・川勝平太。

リニア中央新幹線の工事に待ったをかけ、政権与党から警戒されてきた。

何に失敗したのか、解説する。

(井ノ口尚生、三浦佑一)

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川勝の手法「敵を作り 戦う姿勢アピール」

川勝平太、73歳。

もともとは経済史が専門の学者で、静岡と深い縁はなかった。静岡県浜松市にある「静岡文化芸術大学」の学長を務めていた2009年に、政権交代に向けた波に乗っていた当時の民主党によって知事選に擁立され、自民党が推薦する候補を破って当選した。

県議会では一貫して自民党が過半数を占める中で、政治は門外漢だった川勝の手法は「敵を作り、戦う姿勢をアピールする」ことだった。

日本航空(静岡便の搭乗率保証金への批判)、県教育委員会(学力テスト低位に憤り)、静岡市長(静岡市廃止論や病院移転先をめぐる対立)など、川勝の“口撃”を受けた相手は枚挙にいとまがない。

その政治スタイルゆえの“失言”も繰り返されてきた。

2019年には、肝いりの文化施設構想の規模を疑問視する自民党県議らを念頭に「ヤクザ、ごろつきもいる」と発言し、「反対する人がいたら県議の資格がない」と議会での議論を軽視するような発言をした。

2020年には、日本学術問題の会員任命問題をめぐって「菅義偉(当時首相)という人物の教養のレベルが露見した」と述べ、「学歴差別だ」と批判を浴びた。(いずれの発言も、のちに謝罪・撤回)

当然、県議会自民党会派は猛反発したが、川勝人気は衰えなかった。

川勝が県民の支持を飛躍的に高めたのは「リニア中央新幹線のトンネル工事から大井川の水を守る」という訴えだ。

JR東海や国土交通省への激しい批判は、リニアによる直接の恩恵がない静岡県民から圧倒的な支持を得た。

6月の県知事選でもリニアを争点と位置づけることで、参議院議員を辞職して挑んだ自民党推薦候補を95万票対62万票の大差で退け、4選を果たした。

そして“コシヒカリ発言”へ

知事選で敗れた自民候補の欠員を埋めるためにその後10月に行われた参議院補欠選挙。

静岡県議会で川勝を支える立場の会派にいた無所属・山崎真之輔と、御殿場市長を辞して立候補した自民党公認・若林洋平の激しい争いとなった。

告示前は組織に支えられた若林が優勢とみられていたが、山崎の出陣式に突如、川勝が現れてマイクを握った。

川勝が国政選挙で応援演説をするのは初めてだった。

「山崎真之輔は命の水を大事にするということを一貫して言い、私にそれを教えてくれた、最高の後輩であります!」

またしてもリニアを軸にした川勝の絶叫によって聴衆は沸きに沸き、選挙戦の雰囲気は一変した。

この応援が「サプライズ」として大きく報道されると「各種情勢調査で山崎優勢」との情報が出回った。

勢いに乗った山崎陣営は選挙ポスターに川勝の写真入りシールを貼って連携を強調するとともに、さらなる応援演説を要請した。

この時が川勝人気の絶頂だったのかもしれない。

そして投票日前日の10月23日、浜松市での演説。

「浜松出身の山崎VS御殿場市長だった若林」を比較する中で、問題の発言が飛び出した。

「今回の補選は、静岡県の東の玄関口、人口は8万強しかないところ、その市長をやっていた人物か、この80万都市、遠州の中心、浜松が生んだ、市議会議員をやり、県議会議員をやり、私の弟分。こういう青年、どちらを選びますか?」

そしてこう続けた。

「こちら、食材の数でも439ある静岡県の食材のうち3分の2以上がここにある。あちらはコシヒカリしかない。だから飯だけ食って、それで農業だと思っている。浜松、遠州、その中心、ここ、経済はここが引っ張ってきた。あちらは観光しかありません。それしか知らない人間、そんな人間がですね、静岡県全体の参議院議員になって、どうするんですか。ダメです」

危機管理の失敗(1)放言誰も止めず

ここから、川勝側の危機管理の失敗が3つ考えられる。

応援演説に同席していた国民民主党幹事長の榛葉賀津也はあとから「そこにいた人間として、正直不適切だと思った。ヒヤッとした」と振り返った。

しかし、現場で川勝をいさめる声は出なかった。事前にも演説内容のすりあわせは行われなかったという。

川勝に“失言癖”があることを誰もが知りながら何も言わず、しゃべるに任せていた。

危機管理の失敗(2)チェックなきネット発信

それどころか山崎陣営はこの演説をSNSでライブ配信した上に、動画をネット上に残した。

陣営の担当者は「中身をチェックして判断するようなことはしていなかった」と話しているが、致命的だった。

選挙戦は山崎の勝利に終わったが、投票から4日たった28日になってネットで動画を見た御殿場市議会の議長が激怒し、SNS上で川勝に矛先を向けた。

「あきらかに差別発言です!御殿場市も静岡県です!」

議長の訴えは拡散し、県庁に批判の声が殺到した。

危機管理の失敗(3)“誤解”と主張

11月9日午前、知事を支える野党系議員会派の役員が事態を重く見て知事室を訪れ、謝罪会見を開くよう要請した。

川勝はこれに応じ、その日のうちに緊急会見を開いた。

「大変大きく誤解を生んでいる」

「御殿場市民ではなく、自民党の元御殿場市長に向けた難詰であります」

「選挙中の論戦であったことを踏まえてご理解賜りたい」

あくまで“誤解”だと主張したのだ。会見では結局、謝罪のことばはなかった。これが火に油を注いだ。

御殿場市長はその日のうちに「市民が感じ取った心の傷は消えないのではないかと思う」と反応した。

翌10日、御殿場市の男性が自民党を通じて知事に辞職を求める請願を県議会に提出。

男性は「会見は謝罪にはなっておらず、言い訳にしか聞こえなかった」と怒りをあらわにした。

ことの深刻さをようやく悟った川勝は、夜に御殿場市役所を訪れ、市長と市議会議長に謝罪。発言の撤回を伝えた。

12日に改めて記者会見を開き、県民に向けても謝罪した。

自民側も攻めきれず

それでも事態は収まらなかった。これまで川勝に煮え湯を飲まされて続けてきた県議会の自民党会派は「堪忍袋の緒が切れた」と、法的拘束力をもって知事に失職を迫ることができる不信任決議案の提出を宣言した。

地方議会での不信任決議案は、出席議員の4分の3以上の賛成が可決の条件だ。

この可決ラインは知事を支える側の会派からも賛成者が出ないと達しない。自民側は、野党から自民党入りしたばかりの衆議院議員・細野豪志や、野党系議員の支持基盤である労働組合を通じた造反の働きかけを試みた。

ある川勝側の議員のもとには「不信任に賛成すれば、あとのことはすべて自民党が支える」と引き抜きの誘いもあったという。

しかし、知事選で川勝に4連敗している上に参院補選でも敗北し、勝負弱さを見透かされている自民側の誘いに乗る議員はいなかった。

知事側会派は会見で「手をかえ品をかえの波状攻撃があった。ある議員のところに来たときのことはすべて録音している」とあえて明かすことで自民側を強くけん制した。

可決の見通しが立たないままで不信任決議案を提出することに、自民党会派の中では「不信任が否決されると向こうは信任と捉える。こちらは犬の遠吠えになってしまう」と異論が高まった。

結局、臨時議会の前日になって、不信任決議案をあきらめ、過半数で可決できるものの法的拘束力の無い辞職勧告決議案の提出に方針を転換した。

辞職を求める請願を提出した御殿場市の男性は「県議会に託したけれどダメだったか。否決されても不信任を提出するべきだった」と、自民党への失望感を示した。

また県に殺到していた苦情も次第に減り「反省して引き続きリニア問題で頑張ってほしい」「県民全員が辞任を希望しているわけではない」など、批判が過剰ではないかと疑問を示す声も複数寄せられた。

知事を一方的に攻める側だったはずの自民も、傷を負うことになった。

“生まれ変わる。富士山に誓った”

11月24日に開かれた臨時議会では、御殿場市の男性が提出した請願と、辞職勧告決議案がいずれも賛成多数で可決された。

かつては川勝と友好的だった公明党県議団による辞職勧告決議案への賛成討論が印象的だ。

「自分の言動がのちにどのような事態を招くのか、想定できていなかったとすれば、県政運営に最も必要な知事の危機管理能力に大きな疑問符を付けざるを得ません」

不信任決議案が見送られたとはいえ、辞職勧告決議の可決は静岡県議会では戦後初だ。

議会後の取材に対し、川勝は辞職を否定した上で述べた。

「来年は生まれ変わったような人間になってみようと、富士山に誓った。この年末にかけて沈思黙考する。そして県民の県民による県民のための県政に全力を投じる。知事として職責を全うしながら、辞職勧告を受けたということは忘れることがないようにする」

“地域政党構想”も立ち消えに

取材の中で思い返したことがある。6月の知事選のさなか、川勝側近のある議員がつぶやいていた。

「知事には『4期目はどんどん政治活動もしていきましょう』と言ったんだ」

あれが今回の“コシヒカリ発言”の予兆だったのか。

実は10月まで川勝周辺では、川勝と、参院補選で当選した山崎真之輔を中心とする地域政党のようなものを立ち上げる構想が取り沙汰されていた。

次の参院選や統一地方選に向けて、カリスマ的人気の川勝が前面に立てば、10年前の「大阪維新の会」のようなムーブメントを静岡で起こせるのではというもくろみだ。

しかしそれも、今回のコシヒカリ発言をめぐる一連の騒動に加え、自身の弟分と位置づけた山崎の女性問題が明るみになったことで立ち消えとなった。

川勝も、それを支える野党系議員も、自民党会派も、御殿場市民も県民も、多くの関係者が傷ついた“コメ”騒動だった。そんな中でも御殿場市長は会見で「コシヒカリと御殿場市の名が広まったのは事実で好機だ。この際に御殿場市を全国に売っていきたい」と度量の大きさを見せたのだから、川勝の立つ瀬がない。

川勝は続投することになったが、自民・公明との緊張関係は続く。

さらに失言発覚

11月の騒ぎを振り返りながらこの原稿を書き終えようとしていたところ、川勝の別の失言が新たに発覚した。

6月の県知事選期間中に候補者として招かれた集会で、自らが学長を務めた大学の学生についてだ。

「(学生の)8割くらい女の子なんです。でも11倍の倍率を通ってくるんですから、もう皆きれい。顔のきれいな子は、賢いこと言わないときれいに見えない」

学力と容姿を結びつけるような発言をしたとして報道された。

すると川勝は、今度はすぐさま謝罪・撤回した。

度重なる失言で、川勝に近い議員からも「ひたすら低姿勢でいるように」と釘を刺されていた中、過去の発言とはいえ、以前のような力強い政治スタイルを貫く状況にはなかったのだ。

川勝を支える会派の会長を務める女性県議も「軽い発言だったというが、そういうときこそ隠れたバイアスは出てしまうことが露呈した」とあきれるしかなかった。

自民・公明の女性県議らは「ジェンダーや人権に対する意識が欠如している」と怒りをあらわにし、重ねて辞職を求める抗議文を提出。

川勝は今回も辞職を否定したが、県民からはより厳しい目で言動をチェックされる日々が続く。

取材にも教訓

最後に、取材する立場としての反省も記しておきたい。10月23日のコシヒカリ発言の演説はわれわれも取材していた。

自民党が衆院選を総括する会見の中でこの川勝の演説を問題視したのが11月1日。

それを地元紙の静岡新聞が書いたのが2日。翌3日に地元民放1社が大々的に特集。それらを見た県民からの抗議が県庁に寄せられたのを受け、NHK静岡が放送したのは4日の夕方だった。

「問題が大きくなってきたら、タイミングを見て、書こう」と考え、なかなか判断がつかなかった。なぜ様子見をしてしまったのか、今後の教訓として生かしていきたい。

 ◇

 最後の段でNHK静岡の反省が述べられていますが、これは付け足しでNHKは自身に都合のいい話題は真っ先に報道するが、そうでなければ周りを見て無難である事を確認してから報道する。それを地で行っているだけで今後も変わらないでしょう。

 それはともかく、川勝知事は大井川の水の問題を引っ張り出して、それも確固たる科学的根拠なしにリニアに反対するとか、自身の推薦する候補と対立候補には、口汚く非難の矛先を向けるとか、政治家としての資質に著しく欠けますね。

 こういう人ははったりで県民を洗脳するのはうまいかも知れませんが、必ずボロを出します。辞職には否定的ですが、次回の選挙ではもし立候補するようなら、必ず落選させなければ、静岡の恥となり続けるでしょう。

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