「敵基地攻撃能力」の要諦、「専守防衛」に浸りきった日本に必然の発想の転換
中国習近平政権の「中国の夢」構想による、南シナ海への侵攻や香港の中国化、そして台湾の統一への動きが具体化するにつれ、日本への脅威も年々増大して来ています。
この中国の覇権を果たして食い止めるための準備が、日本にできているのか。米軍依存はいいが、米軍が本当に日本の防衛に真剣に取り組むのか、不透明な部分は残っています。
その中で最近にわかに浮上してきた、日本の「敵基地攻撃能力保持」の議論。今まで一貫して態度を保持してきた「専守防衛」の考えと、一線を画せるのか。そのあたりの実情を元陸上自衛隊の幹部で現在軍事研究家の樋口穰次氏が、JBpressに寄稿したコラムに見てみます。タイトルは『米軍教本が教える、敵基地攻撃なし・専守防衛の大問題 日本人はなぜ安全保障音痴になってしまったのか』(1/7)で、以下に引用します。
◇
日本人を軍事音痴にした戦後体制
戦後、わが国では、先の大戦の責任の大半を一方的に軍と軍人に負わせ、問答無用の姿勢で軍事、戦略そして地政学は「悪」として断罪し、その定着化が図られてきた。
結果として、これらの用語・概念は、長い間、政治家をはじめ多くの国民にとって、邪悪な領域として忌避され、政治、社会、学問的研究や教育などの場から排斥された。
例えば、日本における最難関大学とされる東京大学は、「一切の例外なく、軍事研究を禁止」している。
東京大学の研究に関する内規は、「東京大学は、第二次世界大戦およびそれ以前の不幸な歴史に鑑み、一切の例外なく、軍事研究を禁止する」と定めている。
この内規は、平成23(2011)年3月に「科学研究ガイドライン」として情報理工学系研究科(ロボット研究室)が明文化したものである。
軍事研究の禁止を明文化したのは同科だけであるが、東大広報課は「他の学部でも共通の理解だ」と説明している。
このため、東大のロボット研究者たちは、米国国防省の国防高等研究計画局(DARPA)が主宰する人型ロボット(例えば、放射能漏れ事故を起こした原子炉建屋で作業するロボットへの応用)の開発に関するコンテストへ参加するため、同ガイドラインに抵触することを避ける必要から、東大を退職せざるを得なかった。
戦前、東京帝国大学(現東京大学)には「(工学部)造兵学科」が存在したが、戦後廃止され、行き場がなくなった当時の学術資料は、現在ファナック(FANUC)社の蔵書庫で保管されているようだ。
また、1949年に国(内閣府)の特別機関として創設された日本学術会議は、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、また1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」をそれぞれ発表している。
その大本である「戦争の放棄及び陸海空軍の戦力の不保持並びに交戦権の否認」を規定した「国防なき憲法」の下では、政治家も、学者・研究者も、まして一般国民も、軍事音痴に陥るのは仕方のないことだ。
そこで、米陸軍の『OFFENSE AND DEFENSE(攻撃と防御)』(Army Doctrine Publication No. 3-90, Headquarters Department of the Army Washington, DC, 31 July 2019、以下ADP3-90)を題材に、専守防衛を防御と対照しつつ、敵基地攻撃を含めた基本的な作戦原則を確認してみたい。
専守防衛・敵基地攻撃能力なしの問題点
ADP3-90第4章「防御(The Defense)」の「防御の目的(PURPOSES OF THE DEFENSE)」の項では、以下の通り記述している。
攻撃は、より決定的である一方、防御は、通常、強力である。しかし、普通、防御のみによって戦闘の結果を決することはできない。陸軍部隊は、一般的に攻撃のための好条件を作為するために防御を行う。
この記述のポイントは、防御のみによって戦闘の結果を決めることはできないという点にあり、そのため、防御によって好条件を作為し、機を見て攻撃に転移するとしているのである。
わが国の「専守防衛」は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。
(参議院議員・小西洋之氏の提出した安倍晋三内閣における「専守防衛」の定義に関する質問に対する答弁書)
すなわち、「専守防衛」が、いわゆる防御だけに限定され、攻撃あるいは逆襲を伴わないとすれば、それをもってわが国の防衛目的を達成することはできない、とADP3-90の基本的な作戦原則は示唆しているのである。
歴代政府の統一見解は、「専守防衛」は軍事用語の「戦略守勢」と同義語のように言われるが、そのような積極的な意味を持つものではないと説明している。
戦略守勢の場合は、必要によって敵基地や策源地を攻撃することも含んでいるが、「専守防衛」はそれを積極的に肯定していない所に重大な瑕疵・弱点があるのだ。
また、ADP3-90第4章「妨害(DISRUPTION)」の項では、以下の通り記述している。
防御部隊は、敵部隊の準備を混乱させる行動によって攻撃を妨害する。妨害行動は、敵偵察部隊に対する欺編や攻撃、戦闘隊形の解体、(攻撃)梯隊の分離、敵諸職種連合部隊の連携能力の妨害を含む。防御部隊は、敵の戦力集中を阻止する無効化攻撃を遂行する。また、逆襲によって敵部隊の展開を妨害する。防御部隊は、電子戦、サイバー戦や敵の指揮統制組織に致命的打撃を与えるシステムを運用し、敵の上級司令部と前方部隊を縦深にわたって分離する。(かっこ内は筆者)
さらに、同「縦深の作戦(OPERATIONS IN DEPTH )」の項では、以下の通り記述している。
縦深の作戦は、(敵基地・策源地を含めた)すべての作戦地域にわたって戦闘力を同時運用することである。指揮官は、縦深の作戦を計画する。そして、敵の長距離火力、継戦能力、指揮統制を妨害することによって(防御が成り立つ)条件を創出する。これらの妨害は、敵の戦力を弱め、敵の早期成功を阻止する。縦深の作戦は、敵の(攻撃)衝力の維持を妨害する。防御において、指揮官は、警戒地域と戦闘地域の前縁(FEBA)に連接する主戦闘地域(MBA)を構築する。(1・2・3番目の括弧は筆者)
以上は、米陸軍のADP3-90が示した防御を成功に導くための条件の一例である。これらをわが国の敵基地攻撃論争に当てはめて考えると、2つのポイントを指摘することができる。
その一つは、わが国の専守防衛政策を成功させるためには、時期的に見て「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使」するのでは遅すぎ、中国軍の行動をその準備段階から妨害する必要がある。
2つ目は、中国軍の弾道・巡航ミサイルなどの長距離火力、兵站施設や軍事基地などの継戦能力、そして侵攻作戦を指揮統制するためのC4ISRなどの作戦・戦力重心を、マルチドメインの各種手段を駆使して攻撃・無効化することである。
もしも、これらの要件が専守防衛政策や敵基地攻撃能力から欠落するとすれば、わが国の防衛は危いと言わざるを得ないのである。
専守防衛における攻撃能力の保持と敵基地攻撃に必要な能力
専守防衛における攻撃能力の保持
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」によると、日本に対する武力攻撃が発生した場合、自衛隊は防勢作戦を主体的に実施し、米軍は自衛隊を支援し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)を実施することができる、と定められている。
つまり、専守防衛における攻撃能力については、米軍に依存する役割分担を基本としているが、それはあくまで「打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」のであって、実施の可否は米国・米軍の判断に委ねられているのである。(以上、下線は筆者)
2021年8月の米軍のアフガニスタンからの撤退は、米国の軍事的コミットメントの強さや信頼性に対して国際社会の疑念が深まったことは否定できない。
首都カブール陥落後、台湾では「米国は有事の際に台湾防衛に動くのか」との警戒感を引き起こしたように、インド太平洋地域の当事国の間では期待外れの感は否めず、落胆・不安は解消されていない。
台湾に対する「曖昧戦略」の見直しの必要性も指摘されているが、具体的な動きは見られない。
これらを踏まえれば、米軍の打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)実施の確約が得られていない現状において、わが国が専守防衛政策を抜本的に見直すことができない場合でも、その政策を最低限担保するには、独自の攻撃力を保持しておくことが必要不可欠である。
なお、米軍が攻勢作戦を実施する場合は、日米共同作戦調整所における情報の共有や役割分担など、緊密な二国軍間調整に基づいて実施されることになろう。
敵基地攻撃に必要な能力
敵基地攻撃に当たっては、長距離対地ミサイルやサイバー戦、宇宙戦などマルチドメイン作戦における全領域・全手段を総動員するのは当然である。
目標となる海空軍基地やC4ISR等の重要インフラなどの固定施設・サイトは、偵察衛星等で事前に偵知が可能である。
問題は、わが国にとって死活的な脅威である移動式弾道・巡行ミサイルや隠蔽秘匿された弾道ミサイルの地下式格納施設(サイロ)である。
それらを攻撃するには、ミサイルの所在(目標情報)をピンポイントかつオンタイムで把握しなければならないからである。
特に移動式については、今、ここに在るという確実な情報が不可欠であるが、それを偵察衛星などのハードウエアで偵知することは困難で、最後は特殊部隊や潜入工作員(例えば米国のCIA)などのヒューミント、そして長時間滞空(MALE)無人機による偵察・監視・目標標定システムなどに依存せざるを得ないのである。
また、攻撃後の戦果の確認も大事であるが、それもまた、ヒューミントなどの出番となる。
つまり、敵基地攻撃能力については、「目標発見→捕捉追随→攻撃→戦果確認」のサイクルをしっかり確立しなければならないのである。
1990年1月17日に始まった湾岸戦争では、イラクが隣国のサウジアラビアやイスラエルにソ連製のスカッド・ミサイルを撃ち込んだ。
同ミサイルは移動式のため、偵察衛星等ではその所在を掴めず手を焼いた米軍は、英軍の特殊部隊などを地上から投入し、移動式スカッド・ミサイルの位置を特定し、その誘導によって航空攻撃や砲撃等を行い、ようやく制圧に成功した。
2021年9月、米軍がアフガン撤退直前に実施した空爆は、民間人10人の命を奪う誤爆だったと判明した。
空爆の前に、情報機関(CIA)が標的のエリアに一般市民がいると警告したが、米軍が頼ったのは無人機(ドローン)による情報収集で、情報機関と軍との意思疎通の失敗が誤爆の原因だったと見られている。
いかに軍事科学技術が発達しても、「戦場の霧」を晴らすには、最後は人間の力に頼らざるを得ないのである。
わが国は、目標を発見し捕捉追随する決め手となるヒューミントの能力を欠いており、その整備が最大の課題である。
陸上自衛隊には、2004年に創設された陸上総隊隷下の「特殊作戦群」が存在する。
部隊の性質上、その任務や訓練の内容、保有する装備などは一切公表されていないが、アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー、デルタフォースなど)と同様、他国における特殊偵察や直接行動、情報戦などの多様な任務を遂行することができる世界水準の特殊部隊を目指しているといわれている。
海上自衛隊にも、能登半島沖不審船事件を機に、2001年、全自衛隊で初めて特殊部隊としての「特別警備隊」が創設された。
海上警備行動発令下に不審船の立ち入り検査を行う場合、予想される抵抗を抑止し、不審船の武装解除などを行うための専門部隊として新編されたものである。
同警備隊は、米海軍Navy SEALsに代表される海軍コマンドと同様に、海岸・沿岸地域の偵察や陸上における人質救出作戦などの多様な任務にも耐えうるものと見られている。
また、航空自衛隊は、ヒューミントではないが、「長距離を飛行し、空から超高性能なカメラを使って地上の様子を分析し把握するための航空機」である「RF-4E/EJ」偵察機を保有している。
今後、長時間滞空(MALE)無人機による偵察・監視・目標標定システムとともに攻撃型無人機(ドローン)の整備も避けて通れない。
まずは、これらの部隊に、中国大陸や朝鮮半島において、特殊作戦に従事できる任務・権限を付与し、その目的に資するよう早急に育成することである。
この際、敵基地攻撃は統合作戦をもって遂行されるべきであり、陸海空の特殊部隊を統合部隊として編成することも検討課題の一つとなろう。
他方、現在の敵基地攻撃能力は、航空自衛隊が保有する「JSM(ジョイント・ストライク・ミサイル)」や「JASSM(ジャズム)-ER」の空中発射巡航ミサイルに限られている。
しかし、航空機の運用には、航空優勢の帰趨や天候気象条件に左右されるなどの問題点や欠点があり、地上発射あるいは海上・海中発射の対地攻撃ミサイルなど、多様な手段を準備し、相互に補完・強化できるようにしておくことが重要である。
例えば、陸上自衛隊は地対艦ミサイル(SSM)と呼ばれる巡航ミサイルを装備しているが、それを長射程化し地上・海上・空中発射型スタンドオフミサイルとして開発を進め、また、海上自衛隊の水上艦艇や潜水艦に、米軍のトマホーク巡航ミサイルを搭載するのも有力な選択肢である。
岸田文雄政権によって、国家安全保障戦略などの戦略3文書が年内を目標に見直され、敵基地攻撃についても積極的な取り組みが行われようとしている。
それを実効性ある戦略に高めるためには、「戦場の霧」を晴らすなど、まだまだ為すべき措置対策の多いことを重々認識し、わが国の敵基地攻撃能力のシステム構築を急がなければならない。
◇
樋口氏の言を俟つことなく、日本の置かれた状況は厳しく、またそれに反して学会や識者・マスコミのなんとも「大甘」な考え方が、対照的に浮き彫りになっているのが、日本の現状でしょう。
もし本当に中国の攻撃が日本に向けられた場合、自衛隊と国内基地の米軍だけで果たして対抗できるのでしょうか。武力だけでなく、サイバー攻撃や稀少金属などの禁輸も当然畳みかけてくるでしょう。「対話」で事が済むほど相手は甘くありません。
ですから、樋口氏の指摘の通り、敵基地攻撃能力の早急な整備や特殊作戦部隊の大幅拡充など、抑止力としてできることは、すべてやる必要があります。またそうすることによって、日本の技術の進歩がはかられるでしょう。大学や日本学術会議の「軍事研究は排除する」取り決めなど、即刻取り払うべきです。それに抵抗する大学には補助金は一切出さないようにするのがいいでしょう。学術会議のメンバーで、それに反対するものは任命拒否するのも当然すべきです。「軍事音痴」の研究者の一掃を図ることも、岸田政権の課題だと思います。
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