「敵基地攻撃」で中国抑止 揺らぐ米の核の中、台湾有事どう防ぐ
「敵基地攻撃能力の保有も含めてあらゆる選択肢を排除せず検討し、必要な防衛力を強化する」。昨年11月、岸田首相は自衛隊観閲式でこう演説しました。自衛隊の観閲式とはいえ、こう明言した首相は果たして本気なのでしょうか。
長い間政府与党は、「専守防衛」という憲法9条の理念に基づく、およそ抑止力としては心もとない考え方を、日本の安全保障の基本に据えてきました。しかし中国の現状変更の意図が、ここに来て急速に明確になるにつれ、もう「専守防衛」などと言ってはいられない、差し迫った状況が近づいてきているのが現状です。
そうした日本の安全保障上のリスクと課題を、産経新聞のコラム「主権回復」シリーズに寄稿された記事から、紐解いてみましょう。タイトルは『「敵基地攻撃」で中国抑止 揺らぐ米の核 台湾有事どう防ぐ』(1/13)で、以下に引用します。
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2030年、中国が核戦力で米国と肩を並べる時代が始まるかもしれない。そんな「現実」を突きつける2つの報告書が昨年11月、米連邦議会に相次いで提出された。
「中国は恐らく30年までに少なくとも核弾頭1千発を保有する意図を有している」。米国防総省は中国の軍事動向に関する年次報告書でこう指摘した。
米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」(USCC)の報告書はまた、中国が核弾頭の運搬手段となる地上発射型の戦略ミサイルの数で30年までに米国と「対等」となる可能性に言及。米国の戦略核戦力の優位が崩壊する恐れが出ていると警告した。
「核の影」。USCCの報告書には、こんな聞きなれない言葉が登場した。
米国の核の優位性が低下すると、米国は中国による米本土への核攻撃を恐れ、同盟国を守るための核使用を躊躇(ちゅうちょ)する可能性が生じる。インド太平洋地域における通常兵器の軍事バランスは、米国から中国優位に傾こうとしている。中国が米国の核を抑止できれば、地域で軍事行動をとる自由度が増すことになる。
米国の核の優位が崩壊することで地域紛争の脅威が高まることを「核の影」という。30年はその意味で、台湾統一を「歴史的任務」とする中国の習近平政権が台湾侵攻に動く危機が最も高まる時期ともいえる。
中国を手詰まりに
在日米軍や自衛隊の基地をミサイルで攻撃し、日米の制空能力を低下させた上で、台湾周辺の空海域で優勢な状況を確保し、米軍の増援排除を図る―。台湾有事では、中国がこうした行動に出ることも想定されており、日本も影響を免れない。台湾有事は「日本有事」でもある。
日本に迫る危機をどう防ぐのか。「核の影」の危険を米側に説いてきた一人、米政策研究機関「ハドソン研究所」研究員の村野将(まさし)は「射程2千キロ以上の弾道ミサイルの配備が最も効率的だ」とみる。
中国軍機の出撃拠点となる航空基地を巡航ミサイルよりも速度が速い弾道ミサイルで攻撃し、一時的に無力化させる。日米はこの間に態勢を立て直す。「そうなると中国は手詰まりになるので、緒戦におけるミサイル攻撃を思いとどまらせることにつながる。作戦妨害能力が日本の対中抑止の要だ」と村野は語る。
北朝鮮対応で議論される敵基地攻撃能力が中国にも有効となりうる。USCC報告書も、米国の中距離ミサイル配備を同盟・パートナー諸国に求めるべきだと唱えた。
時間との戦い
「敵基地攻撃能力の保有も含めてあらゆる選択肢を排除せず検討し、必要な防衛力を強化する」
首相、岸田文雄は昨年11月27日、自衛隊観閲式でこう強調した。元首相の安倍晋三すら曖昧にした表現を改め、「敵基地攻撃能力」と明言し、それ以降、前向きな発言を繰り返す。その保有は1956(昭和31)年、鳩山一郎内閣が「法理的に自衛の範囲」との統一見解を示している。
だが、与党・公明党は「理論的な可能性を肯定しても、現実の防衛装備として取らないと一貫してやってきた」(代表の山口那津男)と慎重だ。メディアなどからは戦後堅持してきた専守防衛から「逸脱」しかねないとの指摘も上がる。NHKの世論調査(2020年7月)では能力保有の支持が40%で反対が42%。国民世論も割れている。
中国は台湾侵攻能力の向上を急ぐ。議論は時間との戦いだ。防衛省関係者は「米軍との役割分担を決めて計画を作り、訓練を行う際に『敵基地攻撃能力』を明確に位置づけないと前に進めない」と漏らす。
「日本の支えがないと米国も台湾を支援できない。中国がそう自信を持てば、抑止が崩れる」(村野)。自国の安全保障を米国に頼るだけではすまされない時代が本格的に到来した。
国境の島の危機感
日本最西端の沖縄県・与那国島は人口1700人弱の小島だ。面積は東京都世田谷区の約半分、わずか29平方キロ。島西側で海を望むと、晴天下では台湾の山並みが見える日もある。最短距離は111キロ。沖縄本島までの約5分の1だ。
「与那国が巻き込まれるのは確実だ」。昨年11月下旬、与那国町長の糸数健一(68)は産経新聞の取材に対し、台湾有事への強い危機感を語った。
島には2016(平成28)年、陸上自衛隊の駐屯地が開設され、沿岸監視隊員約170人が東シナ海で脅威を増す中国軍の動向を監視してきた。23年度までには陸自電子戦部隊約70人の追加配備が予定され、航空自衛隊の移動警戒隊も常駐を始める。中台関係の緊迫化を受けた措置だ。
昨年11月には米インド太平洋軍司令官のジョン・アキリーノが駐屯地を視察した。アキリーノは昨春、台湾有事は「大多数が考えるより間近に迫っている」と語っていた。米統合参謀本部議長のマーク・ミリーは昨年11月、台湾有事は「向こう12~24カ月はない」と指摘したが、国防総省高官は、中国軍が27年までの近代化目標を達成すれば、台湾有事で「より実効性の高い軍事的選択肢を確保し得る」との認識を示した。
中国軍に対する日米同盟の「耳と目」となる与那国島など先島諸島は、中国が台湾侵攻に踏み切れば戦域に含まれる恐れがある。
政府に対する不信
与那国町議会の議長、崎元俊男(56)によると、駐屯地開設前に強かった反対運動は「下火」になった。自衛隊誘致をめぐる当時の住民投票では賛成632票に対し、反対も445票を数えたが、20年にあった電子戦部隊配備への抗議集会の参加者は7、8人にとどまったという。
「国境・離島防衛は不可欠と(の意識が)住民に浸透してきている」。地元選出の沖縄県議、大浜一郎(59)はそう説明した。
ただ、自衛隊が部隊を増強しても駐屯するのは「守備隊ではない」(糸数)。有事の島民避難や台湾からの邦人退避、多数の避難民は町だけではとても対応できない。「国はシミュレーションをしているのか」。糸数は政府への不信感をのぞかせた。
「武力侵攻でも平和統一でも、台湾が中国に併吞(へいどん)されれば島の周りに中国軍が出没し、漁はできなくなる」。与那国町漁協組合長の嵩西(たけにし)茂則(59)の言葉は切実だ。そうなれば住民は島を離れ、日本最西端の領土は「自衛隊だけが残る国境の島になる」。
島西部の高台にある駐屯地に島に1台しかないタクシーで訪れると、警衛隊員が駆け寄ってきた。「門柱以外は撮らないで」。島に張り詰めた空気が漂う。
防衛強化急ぐ台湾
海の向こうの台湾には中国の圧力が高まっている。
防空識別圏(ADIZ)への中国軍機進入は昨年10月4日に1日当たりで過去最多の延べ56機を記録。昨年1年間の累計は延べ970機に上り、20年1年間の延べ約380機から激増した。
軍出身の台湾の国防部長(国防相に相当)、邱国正(きゅうこくせい)は、状況は「40年余りの経験で最も深刻だ」と説明。25年には中国軍が台湾への全面侵攻能力を備えるとの認識を明らかにした。
台湾は防衛強化を急ぐ。米政府によると、米国が台湾への売却を決めた武器総額は17年以降、約190億ドル(約2兆2千億円)相当。蔡英文政権は22年度国防予算を過去最高の3726億台湾元(約1兆5千億円)とし、さらに今後5年で約2400億台湾元を投じてミサイルや艦船を増強する。
台湾では少子化や徴兵制から志願制への移行で兵士のなり手が減っている。今年から予備役の増強を図り、兵士不足を補う対策も始めた。訓練に昨年参加した予備役の男性(27)は「どれだけ戦力の向上につながるか分からないが、台湾を守る意思が強まる」と気を引き締めた。
吉田茂が抱く思い
日本が主権を回復した1952年のサンフランシスコ講和条約発効から今年4月で70年。日本が問われているのは「自分の国を守る意思」だ。条約に署名し、日米同盟の下での軽武装・経済成長路線の道筋をつけた元首相の吉田茂は、63(昭和38)年出版の著書「世界と日本」でこう語り、未来の世代に期待を託した。
「(日本が)いつまでも他国の力を当てにすることは疑問であって、自らも余力の許す限り、防衛力の充実に努めねばならない」
◇
日本が戦後復興を急ぎ、経済を軌道に乗せるために、他国(米国)に日本防衛の肩代わりをしてもらったのは、当時としてはやむを得ない選択だったのでしょう。しかし復興を成し遂げ、世界第2の経済大国になってからも、延々と米国の核の傘と基地の米軍にその役割を委ね、「専守防衛」の理念を持ち続けたのは、「主権国家」の体をなしていない、と言えるのではないでしょうか。
ようやくここへ来て、政府も重い腰を上げ、国の安全保障の考え方の方向転換をしようとしているのは、歓迎されることです。ただあくまでも「主権回復」との論理的帰結ではなく、日本を取り巻く地政学的リスクがそうさせたというのには、やや不満が残りますが、ここにも戦後メディアや大学教授などの有識者が植え付けた「軍は悪」との国民意識が、根強く残っているからでしょう。
あるテレビ番組で、若いコメンテーターが、「国防」それにつながる「軍隊や軍備」を話題として取り上げるのを、忌避してきた歴史がある、と言っていましたが、その通りで、今後はメディアでも教育でも、民間の話題にでも、「国防」を避けることなく取り上げることが、重要になってくると思いますね。
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