日本企業は今こそ、最大のリスクをはらむ「中国事業」を見直そう
北京冬季五輪が閉幕しました。様々な問題をはらんだ大会でしたが、習近平政権は大成功と囃し立てているでしょう。そうした中で、ロシアのウクライナ侵攻の動きが重なり、世界には一段と重苦しい空気が漂っています。
ところで中国は先頃、2021年のGDP速報値を年率プラス8.1%と発表しました。中国の数字の信憑性は低く、こんなに成長するはずがないとの指摘もありますが、何しろ14億人が暮らすこの国の購買力は「凄い」の一言です。
ですから世界の多くの国が、中国とのビジネスの維持拡大を期待し、様々なリスクがあろうと、簡単に切れない理由がそこにあります。しかし昨今急速に、海洋進出や台湾併合狙いなどの覇権主義に傾き、ウィグルや香港に代表される、国内の人権侵害が加速する中で、本当にこの国とビジネスを続けることがいいのか、再考の時期にさしかかっています。
作家の江上剛氏が時事ドットコムニュースに寄稿したコラムに、その詳細を見てみます。タイトルは『日本企業が今こそ中国事業を見直すべきこれだけの理由』(2/20)で、以下に引用して掲載します。
◇
1月14日付の日本経済新聞に「キリン、中国飲料の合弁解消へ」との記事が掲載されていた。キリンホールディングスが、中国の飲料大手との合弁事業を1000億円前後で、中国ファンドに売却するというものだ。(文 作家・江上 剛)
記事によると、ビール大手は新興市場の取り込みを狙って、現地企業を相次ぎ買収したが、欧米大手などに押されて、事業の整理を迫られた結果らしい。今後は、海外戦略を見直し、高採算のクラフトビールなどに投資を振り向けるという。
◆夢を抱いていた頃
私は、この記事をある種の感慨を持って読んだ。というのは、2006年に中国上海でキリンビールを取材したからだ。
あの頃、日本企業は中国市場に夢を抱いていた。中国は、日本企業にとって、製造拠点から販売拠点に大きく様変わりしていた。
10年には国内総生産(GDP)で日本を抜くことになるわけだから、まさに伸び盛りの市場だった。
一方、日本は少子高齢化が進み、市場は縮小傾向にあった。
ビールの消費量でいえば、中国は03年に3000万キロリットルを超え、世界一の消費大国になっていた。
◆掛け算の魔力
中国は魔力に満ちた国である。だまされないぞと、いくら思っていても、見事にだまされてしまうのだ。
興味深いエピソードがある。
19世紀の半ば、英国の生地メーカーの経営者は、中国の人口の多さに魅了され、「中国人全員のシャツの裾を30センチほど長くさせられれば、ランカシャーの工場を1日24時間ぶっ通しで稼働させられるのに」と言った。
中国の掛け算の魔力に魅せられたのだ。ところが、実際に中国市場に足を踏み入れると、それは全くの夢物語だったことに気付く。すぐに偽物が作られたり、安売りさせられたり、金の支払いが滞ったりと、散々な目にあって撤退することになるのだ。
しかし、13億人に自社のビールを1本飲んでもらうだけで13億本も売れるという掛け算の魔力が、日本企業を引き付けてやまない。
06年当時は上海でサントリービールが「三得利」ブランドでシェアを拡大していた。結局、15年に撤退することになるのだが、推定シェア60%だったというからすごいものだ。
上海の街を歩けば、「三得利」の看板を至るところで見ることができた。日本のビール会社とは思えないほど、地元に定着していた。
とにかく安い。当時の価格で1本3元(約50円)だった。撤退した理由は、低価格帯で勝負した結果、シェアの割にもうからなかったからだろう。
◆非常に難しい市場
キリンビールも、中国の掛け算の魔力に魅入られた。1996年に中国に進出して10年が経過していたが、思うような成果を挙げられていなかった。
個人的には、「麒麟」は中国の想像上の動物だから、名前が浸透しやすいと思ったのだが、そうやすやすとはいかなかったようだ。
中国は広大で、地域によって人々の嗜好(しこう)も大きく違い、各種マーケティングデータを採っても、傾向をつかみにくかった。非常に難しい市場だったのだ。
しかし、人口増の中国で勝たなければ、世界的なビール・飲料メーカーになれないと必死だった。
当時、現地の経営トップが「中国市場はオリンピックと同じです。日本チャンピオンが必ずしも世界一にはならない」と言っていたのを思い出す。
日本で圧倒的に強いブランドであるキリンビールでも、中国では大した存在ではなかったのだ。
◆あれから16年
世界的ビールメーカーであるバドワイザーは、巨額の広告費を費やし、中国市場でシェアを獲得していた。
また、オランダのハイネケンは、中国人の見栄を張りたい国民性にうまく食い込み、高級ビール市場で大きな地位を獲得していた。
当時、中国人は人を集めて宴会をする時、ハイネケンビールの空き瓶を積み上げて数を競っていたのだ。
キリンビールは、高級価格帯を狙うことにした。収益率が高いからだが、この価格帯には欧米メーカーの競合も多く、熾烈(しれつ)な戦いが予想された。自社ブランドの高級ビールを製造した。また、地元のトップブランドビール会社も買収した。
当時の現地スタッフたちは、中国市場に投入する新ブランドのビールに自信たっぷりだった。彼らの成功を心から祈りながら、取材を終えた。
あれから16年もたったのだ。撤退の記事を読み、彼らの戦いが終わったのを知った。勝利したのだろうか。敗れたのだろうか。記事の内容から推測すると、敗れたのだろう。
中国の掛け算の魔力に魅入られ、足を取られ、抜けるに抜けられず…。私の取材から16年、中国進出から26年の戦いだった。
今度は戦場をクラフトビールなどの新しい市場に移す。新たな戦いが始まるのだ。今度は、ぜひとも勝利してもらいたいと心から願っている。
◆本当に正しい選択?
日本は少子高齢化で市場が縮小し、デフレが収まらず、魅力に乏しいと多くの経営者が語る。特に食品、衣料品などの消費財メーカーのトップが、そのように口にすることが多い。
日本企業は、販売において、どれだけ中国に依存しているのか。週刊ポスト(21年5月)によると、TDKが53.0%、村田製作所が52.8%、日本ペイントが38.9%など、名だたる日本企業がかなりの割合で中国に依存している。ユニクロを展開するファーストリテイリングは19.0%だ。
部品などのメーカーが多く、消費財メーカーはそれほど依存していないようだ。おそらく、中国人に日本ブランドは知られているだろうが、日常の食品や酒類などは、まだまだ中国メーカーのものを選択しているのだろう。
こうなると、掛け算の魔力に魅入られて、これからもっと中国市場に生き残りをかける日本の消費財メーカーが増えてくるかもしれない。
しかし、中国市場により肩入れすることが本当に企業の生き残り戦略として正しいのだろうか。
◆ますます特殊に
今日、ファーストリテイリングでさえ中国市場では苦戦していると、今年1月14日付の日経新聞が伝えている。
新型コロナウイルス禍の影響で、中国の都市でロックダウン(都市封鎖)が実施されたことが苦戦の原因だという。あくまで、コロナ禍という特殊事情であり、これが解消されれば、業績は回復すると見込まれているが…。
中国は、掛け算の魔力で多くの企業を引き付けるが、習近平国家首席の呼び掛け一つで大きく変わる市場であることを、リスクとして承知しておかねばならない。
例えば、沖縄県尖閣諸島問題で日中関係がギスギスした時は、日本大使館に多くの中国国民が押し寄せ、乱暴を働いた。その時も私は取材に行ったが、大使館員は中国の要人とも面談できない状態だった。
新疆ウイグル自治区や香港の問題に口を出した途端、内政干渉だと中国高官が声高に非難し、外国企業を中国から排斥しようとする。中国国民も、それに同調して不買運動を行う。
そのため日本企業は、ウイグルや香港の問題に口をつぐまざるを得ない。日本政府でさえ厳しいのだから、民間企業なら、なおさらだ。
中国は、もともと特殊で魔力のある市場だったが、そこに習近平という皇帝のように振る舞う政治家が登場したことで、ますます特殊になってしまった。
◆「台湾有事」も念頭に
「台湾有事」のことを考えておかねばならない。実際に中国が台湾に侵攻するかどうかは不確定であり、それを実行すれば、日米との関係が最悪になることは、習氏も分かっているだろう。だから、侵攻の可能性は少ないとはいえ、脅迫は強めるに違いない。
習氏の中国は、自国の意見に逆らう国を認めない。台湾への脅迫が度を過ぎるようになった場合、日本政府も中国に対して今までのように曖昧な態度は取り続けられないだろう。
そんなことをしていたら、日米同盟に亀裂が入るかもしれない。また、台湾擁護の日本国民の世論が沸騰し、中国に強硬な態度を示さざるを得なくなる。
その場合、中国はどのような態度に出るだろうか。間違いなく日本の経済界、日本企業をより強く脅迫し、非難するに違いない。
実際、日本の経済界は、政府に中国との関係を悪化させないでほしいと言っているようだ。
◆戦略の再考を
中国は、今や特殊な国になった。どんな国も、中国の経済力、すなわちマネーの力にひれ伏すと思っている。その考えが、いかに間違っているか、全く気付いていない。
日本なんか、札束で頬をたたけば、なんでも言うことを聞くと思っている節さえある。
キリンビールの中国からの撤退の記事を読み、これは日本企業への警鐘であると思った。
もし、販売面で中国依存度が高くなりつつある日本企業、あるいは日本市場を見限って中国依存度を高めようとしている企業は、いま一度、戦略の再考をすべきである。
中国に依存し、彼らにひれ伏せばひれ伏すほど、日本市場や欧米市場、または他のアジア市場から排斥されるリスクが高まることになるだろう。
◆今年最大のリスク
今年の最大のリスクは、コロナ禍ではなく、中国の存在であると言えるのではないか。自社がどの程度、中国に依存しているのか、仕入れと販売の両面で検証し、分散化を図ることに躊躇(ちゅうちょ)してはならない。
中国との経済関係が全くなくなることを視野に入れても極端ではない。
日本が中国に依存している以上に中国も日本に依存している。米国と関係が悪化すればするほど、日本に近づいて来るようになるだろう。日本との経済関係は、中国にとっても切っても切れないものだ。そんなデメリットなことをするはずがない。
多くの日本人はそう考えているだろう。しかし、今や、今までの常識が通用しない特殊な大国になったことは事実だ。もう少し他国の意見にも耳を傾けるようになればいいのだが…。期待はできない。
北京冬季五輪・パラリンピックがどんな形で終わるのか分からないが、大成功のラッパが吹き鳴らされることだけは想像に難くない。そうなれば、ますます他国の意見を聞かない、特殊な異形の大国と化する可能性が高い。日本企業は、それに対処せねばならない。
◇
冒頭述べたように、北京五輪は幕を閉じました。来月パラリンピックが予定されていますが、それが閉幕した後の習近平政権は、秋の党大会に向かって、国民に対する受け狙いもかねて、台湾への威嚇行動と併合のロードマップを示していくでしょう。尖閣への威嚇行動も、ますます拡大していくことと思います。
それに呼応するように、米中関係は更に悪化し、日米同盟の元日本の立ち位置の明確化を更に要求されるでしょう。そうなると今の岸田政権のような、曖昧な対中対応はできなくなるでしょう。
もはや韓国は、経済の中国依存の所為で金縛りに遭いかけています。日本もそうならないとも限りません。中国に進出している企業は、できるだけ早い時期に中国から撤退し、日本に回帰するか他の国に拠点を振り返る必要があります。中国はもはや特殊な国、異常な国になっているのです。
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