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2022年8月21日 (日)

かつてのテレビ、半導体に続き「太陽電池、EV、車載電池」、何故負け続ける日本企業

7_20220821103801  バブル崩壊後、失われた30年という言葉が巷間飛び交うように、日本の経済力の減退が現実となってきています。それは少子高齢化による労働力の減少の所為だけではないようです。

「戦略の欠如」、前のブログでは、中国との間の国家レベルでの戦略の格差を取り上げましたが、今回は企業レベルの戦略性の欠如が、企業競争力の大きな壁となっている実態を取り上げます。

 東京大学社会科学研究所の丸川知雄氏が、ニューズウィーク日本版に寄稿した記事を引用して紹介します。タイトルは『肝心な時にアクセルを踏み込めない日本企業』です。

<太陽電池、EV、車載電池──技術開発で先行しながら市場拡大の波に乗れずに敗退する理由は何なのか>

前回の本コラムで、日本企業が太陽電池、電気自動車(EV)、車載電池の分野において世界に先行して事業化していながら、世界で需要が急増する肝心な時になって、なぜか生産能力の拡大に消極的で、後発の外国メーカーにどんどん追い抜かれていることを指摘した。

すると読者のなかから、この続きが読みたいという反響が寄せられた。なぜ日本企業は肝心な時に事業拡大のアクセルを踏み込めないのか? 実は、この問題に対して私よりも的確な答えを出してくれそうな人が日本には軽く数百人はいる。つまり、日本企業と経営学に詳しい専門家たちである。専門外の私としては「答えは日本企業の専門家に聞いてください」と言って済ませたいところであるが、それではやや無責任な感じもするので、今回はまず専門家の意見を紹介したい。

戦略不全の病

とりあげるのは、ひと昔前の本であるが、三品和広『戦略不全の論理』である(三品、2004)。本書によれば、多くの日本企業が低収益に甘んじているのは、経営戦略が欠けているからである。戦略とは、大きな収益が期待できる事業分野を見つけ出し、あるいは作り出し、そこに会社の資源を注ぎ込むことである。創業経営者が経営を握っている時は、日本企業も戦略的に事業分野を選択し、高収益を得ていた。しかし、経営者が代替わりしてサラリーマン経営者になると、経営から戦略性が失われてしまう。

こうした戦略不全の病に対処するためには、日本企業は経営者を育成しなければならない、と三品教授はいう。つまり、事業観を持ち、大局的な経営戦略を立案し、実行できるような人物である。従来の日本企業の人事システムでは営業、製造、開発と言った職能部門の部門長までは育成できるが、会社全体の戦略を考えられるような経営の専門家を育成する仕組を持たなかったという。

三品教授の議論は理論に裏打ちされているうえに、多くの日本企業の実態を踏まえており、説得力がある。ただ、三品教授の分析を、私が提起した問題に対する答えとするにはやや問題設定が大局的すぎるように思う。私が挙げた3つの事例、すなわち太陽電池、EV、車載電池において、日本企業は事業分野の選択を誤ったわけではないからである。

この3つの事例に関しては、日本企業は将来性のある事業分野を見つけ出すことに失敗したわけではなく、それどころか、日本企業こそが太陽電池を日常使う電気の発電源とする、EVを量産化する、リチウムイオン電池をEVの駆動用電池とするという事業を軌道に乗せるうえでパイオニア的な役割を果たした。

ところが、事業の赤字を長年我慢して開発に力を注ぎ、いよいよ世界で需要が立ち上がってきて、後発の外国のライバルたちがアクセル全開で大規模な投資に踏み切ろうとしているときに、日本企業はなぜかいつもクールに構えているのである。事業分野の選択という大局的な戦略では大成功したのに、どのタイミングで大規模な投資に乗り出すのかという戦術的判断において日本企業は外国のライバルとは異なる判断を下す。

8_20220821104001 太陽電池の生産量において2006年まで世界のトップを独走していたシャープは、その後の5年間で世界での年間太陽電池導入量が22倍に拡大するなかで、生産量をわずか2倍に増やしただけだった。そのため、後発のドイツ、アメリカ、中国のメーカーにどんどん追い抜かれ、2011年には世界10位にまで後退してしまった。

こうして世界市場の爆発的拡大というチャンスを逸したシャープの幹部が2011年秋にどのような戦略を描いていたかというと、「中国メーカーがなかなか追いつけないような匠の世界を目指す」というものだった(丸川、2013)。

この言葉が何を意味するのか、いま一つ明確ではないが、おそらく高度な製造技術を用いて製品差別化を図るということを言おうとしたのだと思う。だが、もし世界の太陽電池市場がすでに飽和していて、企業間で限られた市場のパイを巡って争わなければならない状況であれば製品差別化は有効であったかもしれないが、2011年時点では世界の太陽電池市場はまだそのような状況になかった。なにしろ5年間で22倍という急成長が起きていたし、2011年3月に東日本大震災と福島第一原発の事故が起きたことで、国内外で太陽光発電への期待が膨らんでいた。実際、その後の6年間で世界の太陽電池市場はさらに3.3倍に拡大した。

足りない能力増強資金

つまり、2011年の時点でも求められていたのは太陽電池産業の量的拡大であった。そのような時期に製品差別化戦略を打ち出すのは「奇策」というほかない。シャープに戦略が欠落していたというよりも変な戦略を採っていたのである。

市場が量的拡大を求めている時に、日本企業はなぜ生産能力の増強というごく普通の経営判断ができないのだろうか。それは外国のライバル企業に比べて投資の資金が不足していたからである。

外国のライバルは、例えば太陽電池におけるQセルズ(ドイツ)、サンテック(中国)、ファーストソーラー(アメリカ)、EVにおけるテスラ(アメリカ)、BYD(中国)、車載電池におけるCATL(寧徳時代・中国)、LGエナジー(韓国)など、いずれも当該分野に特化した専門メーカーである。

このように外国企業はみな当該分野と心中する覚悟で臨んでいる。それに対して、日本企業の場合は、総合電機メーカーのシャープやパナソニック、ガソリン自動車をメインとする日産や三菱自動車など多角的な経営を営む大企業がいわば片手間に新事業に取り組んでいるのである。

専門メーカーの場合、当該産業が投資家たちの注目を集めることに成功すれば、株の新規上場(IPO)や増資によって投資資金を調達することが可能になる。実際、中国の太陽電池メーカー、サンテックは2005年12月にニューヨーク証券取引所に株を上場し、一気に4億ドルの資金を獲得した。これに刺激されて2006年から2007年にかけて中国の多数の太陽電池メーカーがニューヨーク証取やナスダックに株を上場して資金を調達した。

太陽電池より液晶パネルに注力

一方、総合電機メーカーの一事業部として太陽電池を作っていたシャープなど日本メーカーは株式市場での太陽電池ブームに乗ることができなかった。投資家の側から見れば、シャープが太陽電池のトップメーカーだと分かっていても、多数の事業部を抱えるシャープに投資した場合に果たしてその資金がどの事業に回るのかわからない。実際、当時シャープが力を入れていたのは液晶テレビや液晶パネルであり、太陽電池は二の次、三の次であった。そのような事情のため、太陽電池に将来性を感じる投資家の投資対象として日本メーカーは選ばれないのである。

ただ、2009年からヨーロッパでの太陽光発電に対する買い取り優遇政策の取り消しなどにより太陽電池産業の雲行きが怪しくなり、太陽電池専門メーカーの株価は低迷した。中国の太陽電池メーカーは2010年から国家開発銀行などの融資を得るようになったが、各国の政策の変化に翻弄され、有力メーカーだったサンテックや江西賽維LDKが破産した(李、2018)。太陽光発電は各国での買い取り優遇政策のさじ加減によって需要が大きく変化するため、トップメーカーとして需要拡大の波に乗った企業ほど激しい落ち込みによって打撃を受けてしまった。ブームに乗って事業を拡大することは、ブームが去ったときに破産するリスクも背負い込むことになる。

もっとも、20年間の急速な発展を経て、今では太陽光発電のコストは火力発電にも対抗できる水準にまで下がっている。太陽光発電が買い取り優遇政策に頼らなくても事業が成り立つ時代が到来したため、今後政策のさじ加減によって需要が激しく変動するようなことはなくなるであろう。

EVと車載電池に関しては、株式市場でのブームは今も続いている。そのことは各社の株式時価総額を見れば明らかである。例えば、テスラは2021年の自動車(EV)生産台数が93万台と、トヨタの10分の1にも満たなかったが、株式時価総額は9606億ドルで、トヨタ(2182億ドル)の4倍に近い。また、BYDの2021年の自動車販売台数は73万台で、日産(382万台)の5分の1以下だったが、時価総額は1254億ドルで、日産(154億ドル)の8倍以上である。

「これからEVの時代が来る」と予測した投資家は片手間でEVをやっている日産やEV化に取り組むのかどうかあやふやなトヨタの株よりも、EVと心中する覚悟を見せているテスラやBYDの株を買うということである。であるのならば、日産もEV事業を独立の子会社として切り分け、株の3割程度は保有し続けるとしても、残りの株を一般投資家に売って資金調達すれば、EV事業を大きく羽ばたかせることができるのではないだろうか。

車載電池トップから落ちたパナ

車載電池でも同様のことが起きている。2016年まで世界の車載電池産業のトップであったパナソニックは電池以外に家電、住宅設備、自転車、パソコン、電子部品、産業用機械など非常に多くの製品分野を手掛ける多角経営を行っている。そのため、車載電池に将来性があると感じた投資家といえども、パナソニックの株を買うのには二の足を踏むだろう。

一方、CATL(中国)は車載電池に特化している。CATLはパナソニックよりも後発のメーカーだが、積極的な増資による資金調達によって事業をどんどん拡大し、世界トップの車載電池メーカーとなった。その時価総額はいまや1883億ドルと、パナソニック(197億ドル)の10倍に近い。

韓国のLG化学も車載電池の有力メーカーだったが、CATLに対抗するために、車載電池部門をLGエナジーという子会社として切り分け、2022年1月に韓国の証券取引所に上場した。それによってLGエナジーは1兆2000億円を調達し、主に北米での工場増設に投資するという(日経XTech、2022年1月28日)。LGエナジーの時価総額は822億ドルで、パナソニックの3倍以上である。

優れた研究開発能力を持ちながらも長年低迷してきたパナソニックは、ようやく旧来の企業体制では新事業の足を引っ張るばかりだということに気づいた。パナソニックは、2022年に持ち株会社のパナソニックホールディングス株式会社と、8つの事業会社に会社を再編した。事業会社の一つは電池を専門とするパナソニックエナジー株式会社である。今後、パナソニックエナジーを株式市場に上場すれば、パナソニックの一事業部にとどまるよりも多くの資金を調達して積極的な投資を展開できるようになる可能性がある。ようやくパナソニックの電池部門もCATLやLGエナジーなどのライバルに対抗するためのスタートラインに立ったといえよう。

──最後に、本稿の議論をまとめる。

1. 日本企業は将来性のある事業分野を見つけ出すという意味での戦略を誤ったわけではない。むしろ、その研究開発能力を生かして将来性のある分野を的確に見出し、それを事業として成り立たせるまで育てるうえで日本企業は世界的に見ても大きな貢献をした。

2. しかし、新分野が事業として採算がとれる見込みが立ち、外国のライバル企業が一斉に投資拡大のアクセルを踏み込んでいる時に、日本企業は投資に消極的である。

3. それは市場が量的拡大を求めている時に差別化を目指してしまうといった戦術的な判断の誤りに起因する部分もあるが、日本企業には量的拡大を目指そうにもその資金が足りないという事情があった。

4. 外国のライバルが株式市場でのブームを追い風に新規上場や増資によって資金を調達しているのに対して、日本企業の場合は、多角経営を営む大企業の一事業部として新事業が取り組まれていることが資金不足の原因である。

5.新しい事業分野が投資家の期待を集めているのに、社内の資金が足りなくて投資拡大のアクセルを踏み込めないのであれば、新事業を子会社として切り分け、株式市場に上場するべきである。

 規模の拡大や多角化、あるいは集中、ニッチ戦略など、企業戦略にはいろいろあるようですが、最近の先端技術の応用分野では、やはり集中戦略と短期大規模投資戦略が必要なようです。

 丸川氏も述べているように、日本企業は開発段階で先行した技術開発商品を、市場投入の時点で集中投資戦略を採らず、あっという間に市場シェアを失った例が、多く見られるようです。かつての半導体やテレビ、パソコン、携帯電話などの家電製品の二の舞、三の舞を続けています。所謂投資への思い切りと集中化に決定的な後れを取っているのです。

 ある意味日本企業の特質、つまり慎重な企業態度が、それを作り出していると言えるでしょう。つまりリスクテーキングに弱い。それは政治から、官僚から日本全体を覆うトラウマのようなものかも知れません。かつての本田宗一郎氏や松下幸之助氏のような、チャレンジャー魂のあふれた経営者の登場を願ってやみません。

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