日本の現状を憂う:政治行政に関心持たず、政治家・役人を見下す日本人、これでは国が溶けていく
秋の通常国会が始まりました。岸田首相の所信表明演説に続き、各党の代表質問が始まっています。5日には立憲民主党の泉代表が旧統一教会問題を取り上げ、議長に答弁を迫るなど、いつも通りの国の重要課題無視の批判だらけの質問に、うんざりした人は多いと思います。
この野党の態度と共に、新聞やテレビ編集者等のメディア人も、政権批判はすれど、国の課題の解決に手を貸そうという姿勢は極めて弱い感じがします。もちろんかつてのように大物政治家の輩出が殆どなく、最後の大物安部元首相も凶弾に倒れた今、政治の側の発信力も弱い感じもします。それに乗じてか、批判が先行し重要課題に手が付かない日本は、かつてない危機に瀕しているのではないかとも思われます。
こうした日本の現状とその対応を、日本再生を目指す青山社中(株)の筆頭代表、朝比奈一郎氏がJBpressに寄稿した記事から、引用して紹介します。タイトルは『政治行政に関心持たず、政治家・役人を見下す日本人、これでは国が溶けていく パブリック(公共)に人々が関心を持たない日本に必要な2つの処方箋』です。長文ですが以下に掲載します。
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昨今の日本社会において、懸念することがあります。それは、「パブリック(公共)に人々が関心を持たなくなってしまった」ということです。
過去には、政治や行政に対して、国民・市民の尊敬がもう少しありました。それに対して今は、批判一辺倒で、政治行政で頑張る人々への尊敬がなくなってしまったように感じます。その結果、官僚や政治家という職を選ぼうと思う人も減り、人材の劣化を招いています。これは、日本という国の弱体化を招きかねない深刻な事態と考えるべきではないでしょうか。
エリザベス女王、ゴルバチョフ氏、安倍元総理、3人の要人の死から見えてくるもの
最近、国内外において、政治行政に関する重要人物の死が相次ぎました。それを観察していても、少なくとも、今後ますます加速化していく傾向として、公共のために尽くす人への尊敬の薄れ、というものを意識せざるを得ません。そして、日本においては特に、パブリックサービスに勤しむ人への関心が薄れているように思えてならないのです。ここでは具体的に、9月に逝去されたエリザベス女王、8月に他界したゴルバチョフ元書記長、7月に銃弾に倒れた安倍晋三元総理を取り上げて考えたいと思います。
先月、イギリスではエリザベス女王が亡くなりました。96歳で亡くなるまでの70年間、公的サービスに就かれ、イギリス連邦王国の象徴的存在でもありました。ダイアナ妃の騒動や、フォークランド紛争など、国難において存在を発揮する稀有な存在でもありました。こういう女王・国王はもう出てこないのではないかと思います。
エリザベス女王の荘厳な国葬は世界的な注目を集めましたが、イギリスの王室自体、日常的にメディアの目や人々の関心にさらされています。そのため公のために懸命に尽くす姿に尊敬が集まる一方、「恵まれた家庭に生まれて、税金で優雅に暮らしている」と人々から言われることもあり、窮屈で、割に合わないと感じている王族もいるのも事実のようです。そのため、愛する人との結婚のために1936年に退位したエドワード8世や、最終的には追い出された形にはなりましたが、独自の自由な歩みを目論んだヘンリー王子とメーガン妃のように王室から離脱する王族もいます。結果として、イギリス王室の公務の担い手が減ってしまうケースがみられます。
エリザベス女王は、ある意味で、国民的な尊敬を集める最後の国王とも言え、いくら公務に頑張っても、チャールズ新国王には、どうしてもダイアナ妃との不幸な関係という負のイメージが付きまとい、国民の支持は限られたものになると思われます。元をただせば、メディアの過度の関心やスキャンダル暴きが影響しているところもあり、100年前の国王であれば、公務に頑張りさえすれば、もう少し尊敬されていたかもしれません。
このように、社会の中から「公のために人権制限されながらも尽くす」存在へのリスペクトがなくなってしまうと、残念ながらパブリックサービスも結果的に劣化していくことになります。公務に励まれてきたエリザベス女王も、生前、過度なメディアのスキャンダル暴きによる王室イメージへのダメージそのものよりも、公共・パブリックのために尽くす者が報われなくなる社会の現出を心配していたのではないでしょうか。
寂しかったゴルバチョフ氏の晩年
ロシアでは8月末にゴルバチョフ元大統領が亡くなりました。ゴルバチョフ氏は、非常に淋しい最期という印象を拭えません。日本人という「よそ者」として私が見る限りにおいては、ゴルバチョフ氏は、ロシア(当時はソ連)のために、そして世界のために大きな貢献をした人物と評価してよいのではないでしょうか。いずれ経済的にソ連は崩壊していたかもしれませんが、あの局面においては、彼なくして、冷戦の終結は考えられません。
モスクワ大学法学部を卒業した彼は、もともとは検察官志望だったそうですが、その夢は果たせず、故郷に帰って共産党員の青年組織の活動に従事します。ところがそこで頭角を現し、共産党内での出世階段を駆け上り、1985年、54歳になったばかりのゴルバチョフ氏は、チェルネンコ前書記長の死を受けて、電光石火の早業で権力奪取に成功し、ついにソビエト共産党の最高指導者書記長に就任します。
もしも彼が共産党を延命させることを第一に考えて行動していれば、地位の安泰を手にして、安定的な人生を全うできたかも知れませんが、彼はパブリックのため、ペレストロイカといった思い切った改革に乗り出しました。そして何より、世界平和のため、外交に物凄く尽力しました。結果としての冷戦の終結に向け、ロシアを強く敵視していたレーガン米大統領との4度にわたる会談や、その後のブッシュ大統領との2度の交渉を経て、中距離核ミサイルの廃絶などで合意します。
ドイツ統一に際しては、それ以上のNATOの拡大がないことを確信して、その統一とNATO入りを承認します(米国の口約束がその後反故になったのは有名な話で、そのことに激怒したプーチンや彼が代表しているところのロシア国民の感情が、今回のウクライナ侵略を引き起こしているのは有名な話です)。
ゴルバチョフ氏が主導した一連の改革は、経済的に立ち行かなくなっていた当時のソ連にとって絶対的に必要なものだったと、また、国際平和に物凄く貢献したものと私は評価していますが、その大きな副作用として、ソ連の崩壊を招きました。ロシアをはじめとする旧ソ連邦諸国は大いに混乱、経済的に疲弊したのも事実です。
そのため旧ソ連、ロシアの中ではゴルバチョフ氏は人気がなく、〈混乱に陥れた人〉との烙印を押され、淋しい最期を遂げたとも言えます。パブリックのためにあれだけ頑張った方の他界にしては、寂しい送り出しとなりました。
統一教会問題ばかりをクローズアップし、安倍氏の生前の功績を無視したかのような報道
7月には、日本では安倍晋三元総理が亡くなりました。誰もが知っているように、母親が旧統一教会に入れ込んでいたという山上徹也容疑者の凶弾に斃れるという、不幸な形での逝去でした。これによって旧統一教会に対し世間から猛烈な批判が巻き起こり、さらには旧統一教会の現総裁を称賛するビデオメッセージを送っていた安倍元総理へも厳しい声が上がりました。
正直、安倍氏と旧統一教会がどれくらいのつながりがあったのか、今となってはわかりません。教団のイベントにビデオメッセージを送ったりしたことの見返りとして、選挙の際に協力してもらったことはあるのかもしれませんが、おそらく霊感商法に協力したなどということはないでしょう。
政治においては、物事を動かすために清濁合わせ飲まなければならない側面があります。仕事柄、永田町や霞が関にも頻繁に出入りしている私の目から見て、安倍氏も決して私利私欲のためではなく、自民党政権を安定させて日本の改革を進めるために、清濁合わせ飲むという側面があったと思います。
これは私の予測・私見ですが、統一教会という存在、宗教については、若干怪しいものを感じつつも、完全なる事実は別として、少なくとも安倍氏の理解として、霊感商法問題はおおむね終わらせた団体、今は世間にある程度受け入れられている団体として認識し、その主張が、いわゆる保守派と近いが故にこれを自らの政策遂行のために利用しよう、と思ったように感じます。
その「濁」がどの程度までなら許容できるかという点については、歴史の評価と、国民の評価はあると思いますが、「少しでも“濁”を飲み込んだらアウトだ」ということにはならないと思います。なぜなら、功績だってたくさんあるわけですから。
しかし、岸田総理が「安倍元総理の国葬を執り行う」と言い出したところ、その賛否を巡り、国を二分するような議論が巻き起こりました。国葬の実施が決まったことで、かえって安倍氏の政治家人生を否定するような言説が盛んに流されました。
安倍元総理のように、政権を長く維持するということは、それだけ苦労やストレスに耐える時間が長く続くわけですから、身体にも大きな負担がかかります。命を削るような思いで首相の任を果たした安倍氏の最期がこれでは、あまりに浮かばれないのではないかと思うのです。
まずは、パブリックのために、とても尽くしてくれた方を社会として大いに悼むという態度が大前提としてあり、その上で、その負の部分についても正しくスポットライトを当てるべきでしょう(この場合は、統一教会との関係)。あくまで、悼むことがベースにあって、その方式として、国葬か否かなどを論じるべきでしょう。
どうも、わが国のメディアの議論を見ていると、悼むことはどこかに行ってしまって、その課題だけを炎上させているように見えてしまいます。
一般国民は想像以上に安倍氏への弔意を示したが…
安倍氏の功績の一つに、国際社会での日本のプレゼンスの向上というものがあったと思います。これも私見ですが、おそらく、安倍氏の存在感を踏まえれば、実際よりもっと多くの諸外国の要人が国葬に参加していたかと思います。しかし、日本国内での批判的報道の盛り上がりを見て二の足を踏んだ各国要人が数多くいた気がします。日本国民・日本社会としては、自業自得とはいえ、とても残念です。
そんな中、9月27日に行われた国葬では、多くの人が日本武道館まで献花に訪れ、安倍氏を偲びました。献花の列は文字通り長蛇の列となり2万人以上が訪れたと報じられています。友人代表として菅義偉前総理が読んだ弔辞も、聞く人の心を震わせるような素晴らしいもので、これも多くの人を感動させたようです。国葬に際して、こうした反応があったのはせめてもの救いですが、国葬実施までの報道や世論の状況を見ると、やはり日本も「パブリックのために尽くした人々に対する尊敬の念が薄まったな」と感じざるを得ないのです。
優秀な学生が官僚を目指さなくなった
私は、東京大学法学部出身ですが、昔の東大法学部は、官僚や政治家、弁護士や裁判官など、政治・行政や司法の世界も含めたパブリックサービスに身を捧げようと考えていた学生が多く学ぶ場所でした。
ところが、最近は、かつてに比べるとパブリックサービスに身を置こうとする優秀な学生が少なくなったと言われています。
象徴的なのは2021年の入試です。東大の文系は3つに分かれていて、文一(学生の多くは法学部に)と文二(同・経済学部に)、文三(同・文学部に)があります。そしてかつては文一が入るのが圧倒的に難しかったのです。
しかし、その後、文二の合格者の最低点が文一を上回ります。それだけでも驚きでしたが、2021年はついに文三にも逆転されたのです。
この現象が象徴しているように、やはり、パブリックセクターで働こうとする優秀な学生が減ってしまったのです。
前回の参院選、衆院選でも、若者の投票率は低いままでした。政治行政に主体的に権利を行使しようと考える若者が増えていません。政治家や役人のスキャンダルがたびたびメディアを賑わすこともあり、本当に許しがたいものなら良いのですが、針小棒大に、借りた鉛筆を返し忘れた現象を「窃盗だ!」と叫ぶに近いものもあり、ちょっとどうかと感じています。いわんや、「あの政治家が良くやっている」と褒めるような報道はほとんどありません。これも政治家や公務員に対するリスペクトを失わせ、その分野に進もうという若者を減らす原因になっているのではないかと思われます。
これは国民全体にとっても不幸なことです。まさに、今の日本社会、日本のメディアが行っていることは、天に唾する行為といえるでしょう。
国立の大学の学費は、私立大学に比べて安く設定されています。これは国立大学に私立大学よりも多くの国費を投入しているからですが、明治時代以来、国立大学には官吏養成学校としての側面があるとも言えます。日本に官立の大学が出来た当時から、学校と学生との間に「税金をつかって高度な教育を施しますから、卒業後は公共のために、お国のために頑張って働いてください」という暗黙の了解があったと言って良いと思います。
ところが現在はだいぶ事情が変わってきています。まず東大に通う学生の親の年収は、その他の大学に通う学生の親と比べて高いとされています。それにもかかわらず学費は比較的安いままです。そうやって経済的に余裕のある家庭に育ち、安い学費で国内最高峰といってもいい教育を受けた学生はいま、卒業後に外資系のコンサルや金融機関など、高い年収が得られる職業に競うようにして就いています。であれば、税金を使って学費を安く抑える必要もなく、国民から「われわれの税金を使っておきながら何をしているんだ」と叱られても仕方ありません。
外国人から見て、「日本人は、税金で、優秀な学生を育成して、それを皆、外資系のコンサルや投資銀行に入れて、悪く言えば、日本から富を収奪する手先にしているのだから、本当に不思議な国・社会だよね」と思われても仕方ない現状です。
もちろんこれらすべてが個々の学生のせいというわけではありません。公ということを考えたときに、日本のため、社会のために優秀層を活かせないということは、この国全体として考えなければならない問題なのです。
永田町や霞が関から世の中を変えるのは「無理ゲー」
先ほど述べたように、東大を卒業すると外資系など高い報酬が得られそうな職業に就く学生が増えているのですが、一方で地域の課題、困っている人を助けるNPOに行く人なども増えています。社会や公共のことに関心を持つ学生が皆無になったわけではありません。それなのに官僚や政治家を目指す人は、質量ともに減っているのはなぜでしょうか。
おそらく、「政権を取って世の中を変える」とか「霞が関で力を持ってこれまでやれていなかった施策を打ち出して公共のために尽くす」といったアプローチが「現実的じゃない」ことに若者が気付いているからではないでしょうか。政治や行政の中枢に行く、というアプローチを避けつつ、パブリックに携わる、という流れが出来つつあるのかも知れません。
最近話題のイェール大助教授の成田悠輔氏の近著『22世紀の民主主義』(SB新書)で、政治で世の中を変えることにリアリティを持てない状況が詳述されていますが、政治や行政の中枢を目指して社会変革を目指すことが「無理ゲー」(解決が無理なゲーム)と思う最近の若手の気持ちも分かります。成田氏の分析とは違うアプローチにはなりますが、アラフィフの私自身の半生の振り返りからも、そのことは実感できます。
「期待を寄せては落胆」を繰り返してきた日本人
私は現在49歳ですが、物心ついてからこれまでを振り返ると、「政権交代して日本を変える」という試みがほぼ10年刻みで失敗を繰り返してきた歴史になっています。
高校生時代だった、80年代末から90年代初頭にかけては、バブルが崩壊し、日本新党が誕生、一大ムーブメントを生み出します。ついには同党の党首で元熊本県知事の細川護熙氏が首相となり、日本の中に「世の中がいい方向に大きく変わるかも」という期待が高まりましたが、残念ながら、それほど世の中は変わらず、新党ブームは急速にしぼんでいきました。
90年代末には、山一證券やメガバンクが破綻し金融危機が起きました。日本が不安に覆われる中で登場したのが小泉純一郎氏でした。「自民党をぶっ壊す」と宣言して臨んだ党総裁選に勝利し首相となると、空前の小泉ブームが起こりました。ぶら下がり会見の一言一言が、連日メディアで好意的に報じられました。
しかし、公共部門での変革の動きが起きたかというと、確かに郵政民営化は実施されましたが、それで社会の諸問題が抜本的に解決されたかと言えばそうではありませんでした。日本人が期待したほどの実を結ぶことなく、小泉ブームも終わってしまいます。
2000年代にはリーマンショックが起きて、経済が大混乱に陥りました。その傷が癒えきっていない2008年、民主党による政権交代が起きました。「こんなに日本の改革が進まないのは自民党による一党独裁が続いてきたせいだ」と感じ始めていた有権者は、民主党政権に大きな期待を寄せました。しかし始まってみれば、改革に対する意欲は見えたものの、政権担当能力の低さが目につき、結局は自民党政権時と比べて政治・行政が大きく変わることもなく、人々の期待を裏切るようにして終焉していきました。
このように、ほぼ8~10年周期で「期待を寄せては落胆」を繰り返してきた私のようなアラフィフ世代は、「有能な政治家を中心に、政権交代を達成し、首相や官邸が主導して世の中を変えていく」という姿にリアリティを持てないのです。ましてや私よりも若い人ならなおさらでしょう。最近では、日本維新の会に期待があつまった時期もありましたし、新たな期待を受けて、小政党が1~数議席を獲得する姿も見えますが、かつてほどの期待感を持たれていない印象です。
そう考えると、やはり既存の野党に政権交代を望んだり、かつての小泉純一郎氏のような自民党内の異端者に政権獲りを期待したりするのは難しそうです。
ただ、絶望しても仕方がありません。パブリックセクターが、優秀な人材のコミットメントを得てきちんと機能していくような国になっていくための希望を、どこに見出していくべきでしょう。
東京にはないが、地方にはある「希望」
私は、一つには、国の政治行政ではなく、地域という切り口に希望があると考えています。
一見すると荒廃している地域、住民と距離の近い場所で、パブリックのために活躍する人が増えています。
首長として、その地域の諸問題を解決するために改革を行う人や、民間企業やNPOを運営しながら、地域のために資金を出し、地方創生に貢献している人もいます。首長として頑張るというルートは、割と分かりやすく、典型例として理解しやすいですが、最近は企業・起業家の動きが目立って来ている印象です。
つまり、金儲けのためだけにビジネスをしているのではなく、地域貢献のために、(1)域外からお金を得て(“外貨”を稼ぎ)、(2)それを地域に投資して頑張っている企業が増えて来ている印象です。こうした方々は、まさに、パブリック(公共)に貢献している人材だと言えます。
もちろん、昔から、コマツ(小松市)、大塚製薬(鳴門市)、ブルボン(柏崎市)などが、地域を支え、自己犠牲を払っても地域の発展を考える企業として有名ですが、最近新幹線が開通した長崎でのジャパネットの新規投資、前橋での街づくりのためのJINSの投資(先日、田中仁社長に前橋をご案内頂きましたが、まさに私財を投げうって街づくりを考えておられて感銘を受けました)、水戸へのグロービスの投資、三条市でのスノーピークの活躍、ゼビオの各地でのスポーツ施設向け投資など、実は地域を盛り上げるために貢献する企業・企業人が増えている印象です。形を変えた「公務員」と言えます。
本社機能の一部を祖地である富山に移したYKKや、コロナ下で、本社を地域に移転したパソナグループ(淡路島)などもその一例でしょう。
このような取り組みの結果として変わっていく地域が増えていけば、やがて日本も変わっていきます。地域でのパブリックでの貢献。そこに期待できると思うのです。
幕末の「地方」にあった驚くほどの気概とパワー
歴史を振り返れば、地域から日本を変えた例がありました。明治維新です。
幕末期、幕府が機能不全に陥りつつあった中で、地方の雄藩が明治維新という日本の改革を進めました。薩摩藩や長州藩が突破口を作り日本全体が変わっていったわけです。今考えると信じられませんが、日本のほとんどの藩が守旧的で、改革マインドもなく、門閥による支配が跋扈する中、薩長などごく一部の藩での改革が契機になって、明治維新という世界史的に信じられない一気の大改革・近大化が実現しました。
現在から振り返ると正気の沙汰とは思えませんが、薩摩藩がイギリスと戦争したり、幕府と競ってパリ万博に独立国的に出品したり、また、長州藩が英仏蘭米の四か国と戦ったりと、とてつもない独立心、自立の気概が日本の各地にありました。戦争が良いわけではないですが、各地や個々人に「自ら立つ」「その地のために全力で貢献する」という気迫が無いと、活性化はままなりません。
コロナ下のワクチン接種一つとっても、その量が足りない際に、政府に文句を言う自治体はあっても、パブリックのため、自らファイザーと交渉するとの気概を見せた自治体・首長は、寡聞にして聞いたことがありません。例えば、アイスランドという国は35万人の人口ですが、日本で言えば中核市程度。例えばその市長は、アイスランドの首相になったつもりで、世界と渡り合う気概が必要だと思います。
過去の日本の歴史も紐解きながら、地域活性化に向けたマインドセット、パブリック(公共)への貢献を見習うというのも一つの方法でしょう。
「思想」の力
明治維新に関して言えば、もう一つ、幕末の日本を大きく変える力になったものがあります。それは「尊王攘夷」運動という「思想」に基づく運動、要するにひとつの社会運動です。力を持った思想が社会に急速に広まると、それは社会を変える大きな原動力になります。政治や行政の公職、すなわち、当時で言えば、幕臣などとして活躍することよりも、思想に基づく運動の展開の方が、社会変革に大きな影響力があるとの見方もできます。
それは現代でも同じです。人々の行動を大きく変える「思想」は、いつの時代でも生まれてくる可能性があります。
先述の成田さんの著書では、冒頭から、
<断言する。若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは何も変わらない>
と喝破しています。
<何がもっと大事なのか? 選挙や政治、そして民主主義というゲームのルール自体をどう作り変えるか考えることだ。ルールを変えること、つまりちょっとした革命である>
と刺激的な言葉を重ねていきます。過激な言説に見えるかもしれませんが、同書を読み進めてみると、日本の人口構成比の中で高齢者層に圧倒されている若者たちの心にはストンと落ちる考え方だと思うのです。
こうした発想が若い層に広がれば、彼らの投票行動ではなく、彼らの社会変革運動を後押しすることになり、その延長線上に新たな政党が生まれてくる、という現象を生み出すかもしれません。日本を変えていくためには、そういった思想的な動きに期待が持てるのではないかと思います。
パブリックに関心を持つ若者がいないわけではありません。改革への熱意を持った若者も少なくありません。しかし、そうした人材が永田町や霞が関に足を踏み入れ、そこから公共部門の改革を成し遂げていくというコースは、もはや極めて困難で、ゴールへの到達が不可能なほど目詰まりを起こしているのです。パブリックセクターに就職は出来ても、そこから、何かを変えていくことがとても難しいのも事実です。
有意な若者は地方行政の責任者や社会起業家として、別の場所で社会を変えようとしています。彼らの思想や行動が、政治家や官僚にはできない社会改革を起こしていく可能性は十分にあると思います。
そう考えれば、大学も官吏(公務員)養成機関としての機能を持ち続けるだけではなく、地方や企業、NPOなどでパブリックサービスに取り組むような人材の育成に更に力を入れていくべきでしょう。
青山社中も、その動きを後押ししたいと考えています。今年も10月から、リーダーシップ・公共政策学校を開講します。パブリックリーダーを育成することを目的とし、「リーダーシップ」と「政策」の両方を学ぶことをコンセプトにした学校です。リーダーシップとはすなわち変革。政治行政は、とかく、前例踏襲などが基本と思われがちで、過去の事績・現在の制度などを単に教える公共政策系の学校が多いのが実態ですが、本来は、パブリックセクターこそ、勇気を持った変革が大事です。民間にいながらパブリックにも関わりたい人、政治行政などに関心を持って取り組みたい人に、参加してほしいと思っています。
◇
地方から日本を変えていく。確かにその可能性はあるでしょう。しかし政治、行政、経済、メディア、文化の殆どの機能が一極集中している中央を、地方から変えて行くには時間がかかりそうです。何とか中央を変える手段はないでしょうか。そういう意味で国会の機能に注目する必要はありそうです。
国会の論戦で、批判が悪いのだとは言えません。しかし何度も指摘するように、批判の矛先が、国の重要課題に手がつけられていない、あるいはその進行が遅いのに対するものであれば大いにすべきでしょう。しかし今の立憲民主や共産党の批判は、朝比奈氏の指摘のように針小棒大で重箱の隅をつつくような、およそ日本の重要課題とは縁が遠い事案が殆どです。
そしてその国会での質疑の様子がテレビ中継で流れていますが、まるで犯罪者を吊し上げるような、尊大な態度で質問・追求をしています。これを見ている国民はどう感じるでしょうか。(私は殆ど見ません、時間の無駄ですから)。
議員から政府への質問ではなく、党をまたいだ議員同士の質疑は殆ど見られません。国会ですから法案審議は議員同士の議論があってもいいはずです。それが少ないのは議員提出の法案が少ないことを物語っています。一体国会議員は何のために高額の報酬を得ているのでしょうか。
これらの現象を見ていると、報酬と名声を得るために議員になっている人が多いと言うことです。一方政府は行政の善し悪しの結果がすぐ出ますから、芳しくなければすぐに叩かれます。その結果、その下支えをしている官僚に大きな負荷がかかることになります。それだけではありません。政府答弁の下書きや野党の質問に沿った返答のシナリオ作りも彼等の仕事になりますから、くだらない質問が続けば仕事も増え、それもまた無駄な仕事にもなります。
そういうことが見えて来ていますから、朝比奈氏の言うように、官僚を目指す人も下火になってくるでしょう。原因の大きな部分は、この国会議員(多くは野党議員)の体たらくにあると思います。そしてその議員たちは自分たちが政権を取ることがない、つまり行政側に立つことがないと分かっているので、政府与党の足を引っ張ることしか念頭にない、そうなってしまっているのだと思います。
ですから、この日本の現状を変えるには国会改革が絶対に必要だと考えます。国会議員になるための資格設定も必要かも知れません。そして与野党ともその議論の目指すところは一点、日本が直面している重要課題に集中し、その解決のために目指すための制度作りだと言うことにすべきです。そうすれば官僚たちも前向きな仕事ができ、意欲も増してくるでしょう。
更には官僚には担当する部門の現場経験をさせることです。一般人に一定期間公共機関での経験をさせることも重要ですが、官僚にも経験が必要です。そうした現場経験が身につけば知見も広がり発想の向上にもつながるでしょう。今までの農林水産行政を見て、つくづくそう思います。
何れにしても政治・行政のみならず、経済、防衛、教育いずれの分野でも制度疲労を起こしている日本、この日本の再生を最も重要課題としてみていたのが安部元首相でした。安倍氏亡き後、跡を継ぐ政治リーダーの出現を強く願います。
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