どうなるリニア問題 再び泥沼化しそうなJR東海vs静岡県の20年戦争
リニア新幹線の先行きに暗雲が立ちこめています。実はこの問題、過去20年間に渡ってJR東海と静岡県の間で繰り広げられている、いわば泥仕合いの流れの中で引き続いてきているものなのです。
20年前からのJR東海vs静岡県の争いの発端は、新幹線「のぞみ」(静岡県には停車しない)の投入と、増発に起因するようです。つまり「停車しないなら通行税を取る」と主張する静岡県と、それを拒否するJR東海との間の確執でした。
それがリニア新幹線にも波及して来ているのですが、事の発端は以前このブログでも取り上げた、川勝平太静岡県知事の「命の水」なる主張です。しかしここへ来て更に静岡市長選での選挙結果が、この問題に影響を与える様相を帯びてきました。
そのあたりの詳細を、フリーランスの小川裕夫氏が、デイリー新潮に寄稿したコラムから引用して紹介します。タイトルは『どうなるリニア問題 再び泥沼化しそうなJR東海vs静岡県の20年戦争』です。
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来春に予定されている静岡市長選が、にわかに注目を集めている。
神奈川県横浜市や大阪府大阪市のように、巨大都市の市長選が話題になることは珍しくない。静岡市は静岡県の県庁所在地で、なおかつ政令指定都市でもある。そうした都市規模から考えれば、市長選が注目を集めることは不思議な話ではない。しかし、静岡市の人口は約68万人。約377万人を擁する横浜市、約269万人を擁する大阪市とは比較にならない。
静岡市の市長選が注目を集めている理由は、JR東海が建設を進めるリニア中央新幹線の計画にも大きな影響を及ぼすからにほかならない。これは静岡県だけの問題ではなく、国土計画、つまり日本全体の問題でもある。
もともとリニア中央新幹線は、2025年に開業する予定で工事が進められていた。しかし、工期の遅れから2027年開業に変更。2年後に先送りされる。
多少の狂いは生じたものの、その後は順調に工事が進むかのように思われた。そこに待ったをかけたのが、静岡県の川勝平太知事だった。
リニアは静岡市の山間部を通過する。そこは市街地から遠く離れている。そのため、利用者の想定はされていない。当然ながら駅を開設する予定はない。
事前に、JR東海はリニアの駅を静岡県内に開設しないことを明白にしていた。これは川勝知事も十分に理解していた。しかし、川勝知事は「工事によって大井川流域の水量が失われてしまう」ことを問題視。これによりリニア工事はストップする。
工事再開の条件には、知事(静岡県)が納得できる解決策をJR東海が示すことが課せられた。JR東海は工事で湧出する地下水の戻し方を繰り返し説明。それでも川勝知事は納得せず、いたずらに時間が経過。その間のやりとりにより、次第に両者の関係は悪化していった。
元は「リニア反対」ではなかった川勝知事
リニアを支持する側から見れば、川勝知事の言い分は難癖に見えるだろう。しかし、川勝知事も就任当初から強硬にリニアに反対していたわけではない。
2014年に開催された土木学会のシンポジウム「東海道新幹線と首都高 1964東京オリンピックに始まる50年の奇跡」に、川勝知事は登壇している。川勝知事は“高速道路と新幹線”というテーマで講演し、静岡県のポテンシャルが高いことを主張。多少の注文をつけながらも、リニアへの期待も込めていた。
川勝知事は2013年に2選を果たしたばかりで、シンポジウム開催時は知事として勢いに乗っていた。仮に、リニアに強硬に反対するなら、このときは絶好のチャンスだった。それにもかかわらず、反対の論陣を張っていない。
ところが、それから数年もしないうちに強硬な反対派へと翻意する。川勝知事がリニアに反対している主な理由は、工事に伴って発生する可能性がある大井川の水量減少と残土処理の問題の2つだ。
この2つの問題に対して、JR東海は静岡県の言い分を飲む姿勢を見せていた。静岡県の言い分を飲まなければ、リニアは開通しないのだから譲歩せざるを得ない。
JR東海が低姿勢を見せても、リニア問題は平行線をたどった。
「リニア」について口をつぐむ職員たち
なぜJR東海が言い分を飲む姿勢を見せても、川勝知事は納得しないのか? それは、JR東海が静岡県民から信頼されていないことに起因している。
静岡県民がJR東海を信頼していないという感情は、長年にわたって醸成された。一朝一夕のものではない。そうした積年の不満が、リニア問題によって増幅した。もはや理屈で解決できる話ではなくなっている。
筆者は以前から静岡県政や静岡市政の取材をしてきた。静岡県や静岡市に関する取材はリニアの取材ばかりではないが、別件の取材であっても、必ず「リニアについて、どう考えているのか?」を県庁職員に質問するようにしていた。
リニアの質問に対して、静岡県の職員たちは一様に口が重い。もちろん担当部署ではないから、答えに窮することは理解できる。しかし、ほかの話題なら明朗に答えてくれる職員でも、リニアに話題が移ると当たり障りがないようなことしか口にしなくなる。オフレコ取材であっても同じで、どうしても触れられたくないテーマなのだ。
他方、JR東海の社員に対しても機会があるごとに「川勝知事について、どう思っているのか?」という質問を繰り返している。こちらの質問も同様で、JR東海の社員は言葉を濁すばかりだった。
これら両者の取材や周辺関係者からの話を総合すると、静岡県もJR東海もリニアに関しては波風を立てたくないというのが本音のようだ。つまり、静岡県は「JR東海が自主的にリニアの建設中止を言い出してほしい」と願い、JR東海は「川勝知事が任期を終えるまでの辛抱」と時間をやりすごすしかない。両者とも問題に対して消極的で、関係を悪化させたくないから問題を先送りしたい。そんな空気が漂う。
「5期目はないだろう」JR東海の期待を打ち砕いた立候補
川勝知事とJR東海の対立構図を複雑にしたのが、2011年に静岡市長に当選した田辺信宏市長だった。田辺市長は、かねてから川勝知事と折り合いが悪いことで知られる。
田辺市長は静岡市が有する権限の範囲内でリニアの工事を認可した。静岡市も決してリニアに賛成というわけではない。これは田辺市長が川勝知事への反抗心から、あえて許可したとも言われている。実際、川勝知事と田辺市長の仲が悪いことは県庁・市役所の職員なら十分に理解している。いずれにしても田辺市長がリニアの工事を認可したことにより、知事と市長の間にあった溝はより深くなったことは間違いない。
工事が進められないJR東海は、川勝知事が任期を終えるまで……とひたすら耐えてきた。川勝知事は3期で勇退するとの観測も流れていたが、それらの予想を裏切って2021年の知事選に出馬。鮮やかに4選を決めた。
川勝知事が4選を決めたことで、JR東海の雌伏期間は4年も延長される。当然、リニア開業も先延ばしになる。最悪の場合、開業できないかもしれない。そんな思いと焦りが交錯し、JR東海は静岡県との交渉でさらなる譲歩をしなくてはならない状況にまで追い込まれていく。
しかし、川勝知事の4期目の任期は2025年まで。現在74歳の川勝知事が5選に出馬するとなると76歳となる。高齢なので、さすがに5期目は考えづらい。川勝知事が退任するまで粘れば、JR東海に不利な条件を覆せるかもしれない。
ところが現実は、JR東海の考えを打ち砕いていく。来春の静岡市長選に、難波喬司氏が立候補を表明したからだ。
「リニアに反対はするが、川勝知事を支持しない」静岡市民
難波氏は川勝知事の下で副知事を務めた経験がある。いわば、川勝知事の懐刀ともいえる存在なので、難波市長が誕生すればさらにリニアは危機的な状況に置かれるだろう。
実のところ、難波氏は前回2019年の静岡市長選にも出馬を検討していた。しかし、難波氏は静岡政界の支持を固められずに出馬を断念。来春の市長選は、リベンジマッチということになる。
11月11日に開かれた難波氏の出馬表明会見では、静岡鉄道や鈴与といった静岡財界の重鎮たちが同席した。前回とは異なり、今回は静岡財界のバックアップを取り付けていることを暗に示していた。
静岡財界関係者の多くは、これまで田辺市長を支持してきた。それにも関わらず、なぜ静岡市の財界人たちがこぞって難波氏の支援を明確にしたのか? 静岡財界にとって、リニア反対という思いで一致している部分はある。それ以上に、難波氏への支援を決定づけたのは、今年9月に静岡市清水区で起こった豪雨災害の対応だった。
田辺市長は豪雨災害で初動対応をミスった。これが市民の不満を爆発させた。不満を察知した静岡財界が田辺市長から離れていった。
川勝知事との比較で、田辺市長はリニア推進派と目されてきた。田辺市長がリニア推進派とされる根拠は、先にも触れた工事を認可したことでJR東海に協力しているように映るからだが、他方で静岡市民は「どちらかと言えば反対」という感じで、リニアに対しての関心は高くない。強硬に反対しているとまでは言い難い。
消極的ながら反対が多数の静岡市なのに、推進派のように見える田辺市長が支持されているのはなぜなのか? それは川勝知事の静岡市を軽視しているかのようなふるまい、それを敏感に嗅ぎ取っていることが一因だろう。
静岡県には、静岡市と浜松市という2つの政令指定都市がある。政令指定都市は県と同等の権限を持つ。ゆえに、知事といえども静岡市政に深く立ち入ることはできない。静岡市は静岡県の県都で、政治・経済の中心を担う。川勝知事の思うように静岡市は動かないというジレンマを抱えている。
まさに、川勝知事にとって静岡市は目の上のたんこぶといえる存在だった。川勝知事は何としても静岡市を意のままにコントロールしたかった。そこで、川勝知事は静岡市の人口が減少していることに着目する。
川勝知事は静岡市の人口減少が顕著であることを理由に、静岡県と静岡市を合併させる静岡県都構想を表明。川勝知事が提唱する静岡県都構想とは、大阪で2回も否決された「大阪市を廃止し特別区を設置すること」の静岡県版といえる。静岡県都構想が実現すれば、静岡市は廃止される。
当然ながら、政令指定都市ではなくなり静岡市は権限を失う。この構想に対して、静岡市民は猛反発した。
こうした経緯があるので、静岡市民はリニアに反対はするが、川勝知事を支持しない。川勝知事に対抗できる田辺市長を支持する――という、ねじれ現象が発生した。しかし、清水区の豪雨災害で田辺市長の支持は急落し、ねじれの解消へと向かい始める。
JR東海への不信任の歴史
ここまでリニア問題におけるJR東海VS.静岡県、そして静岡市という対立構造を解説してきたが、先述したように、静岡県はリニア問題以前からJR東海に対して不信感を抱いてきた。その発端は、川勝知事の前任者である石川嘉延知事の頃まで遡る。
石川知事は、1993年から2009年までの16年間、4期にわたって知事を務めた。その石川知事在任時に、静岡県とJR東海は激しく火花を散らす事件が起きている。それが、「のぞみ」通行税問題だ。
それまで東海道新幹線には、各駅停車タイプの「こだま」と速達タイプの「ひかり」が運行されていた。しかし、開業した1964年から歳月を経るごとに「ひかり」の停車駅は増えていった。
1976年のダイヤ改正で、一部の「ひかり」が新横浜駅と静岡駅に停車するようになり、その後も一部の「ひかり」という制約つきながら停車駅は増やされていった。
そのため、「ひかり」の「こだま」 化が進む。口の悪い鉄道ファンの間では、各駅停車に近い「ひかり」に対して、皮肉を込めた「ひだま」というネーミングも流布した。
東京―大阪間を短時間で結ぶという初心に立ち返った国鉄は、1992年から新たな速達タイプの新幹線「のぞみ」を登場させた。「のぞみ」は利用者、主にビジネスマンから好評を博した。
JR東海は2002年に「のぞみ」の運行本数を増やすダイヤ改正を発表。「のぞみ」が増えれば、それに反して「ひかり」と「こだま」の運転本数は削減される。
JR東海は、収入の9割近くを東海道新幹線で稼ぎ出している。つまり、JR東海にとって東海道新幹線は生命線でもある。JR東海は民間企業だから、稼げる「のぞみ」を増やするのは当然のことだろう。
JR東海の「のぞみ」を重視する姿勢は、静岡県を軽視しているのに等しい。ダイヤ改正の発表を受け、石川知事は「静岡県に停車しない新幹線には通行税を課税する」と記者会見で語った。同発言は、明らかにJR東海の「のぞみ」増発を牽制する意図が込められていた。
石川知事の発言に対して、JR東海の対応は冷ややかだった。なぜなら、通行税を課されたとしても運賃などに転嫁できるからだ。むしろ通行税を取るなら、静岡県に新幹線を停めないことを仄めかすという反撃にも出た。
JR東海の反撃に、石川知事が矛を収めるしかなく事態は終息。結果的に、両者の争いはJR東海の勝利となり、JR東海は予定通りに、「のぞみ」を増発させている。こうして静岡県に停車しない新幹線が増えていった。
JR東海と静岡県の対立は、リニア問題でいきなり表面化したわけではない。東海道新幹線の「のぞみ」運行時にまで、その起源を遡ることができる。
20年という長い歳月で積み重ねられた両者のハレーションは、簡単に解消できないだろう。静岡市長選の成り行き次第では、リニアはさらなる変更を迫られるかもしれない。
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なんとも俗っぽい両者の争いです。片や地方自治体、片や民間企業ですが、民間企業の方が公益性が高いので、どうしても静岡県側の言い分が利己的に映ってしまいます。(実際川勝知事はかなりそう言った性格かも知れませんが)
リニアのルートを見れば、静岡県は山間部をわずかに通るようで、確かにここでは駅が設置できないのは分かります。そうであれば、はじめからこのルートに関して、静岡県を通らず迂回するルート設計はできなかったのか、疑問がわいてきます。
それは別にして、静岡県主張の問題に対し、2020年から、科学的・工学的に検証し、その結果を踏まえて今後のJR東海の工事に対して具体的な助言、指導等を行っていくための、「リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議」を開催し今日に至っています。果たして解決に向かって行っているのでしょうか。
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