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2022年11月14日 (月)

「慰安婦少女像」撤去運動を行う韓国人たち「少女像は偽りと憎悪の象徴」、だが日本人は今どう動いているのか

2211071129_2714x476  日本の朝日新聞に代表される左派系反日新聞や、「自虐史観」を引きずる自称知識人を語る人たちは、中韓の捏造歴史に肩入れしているようですが、逆に中韓に捏造歴史を売り込んでいるのも事実です。その代表例が「慰安婦強制連行説」でしょう。

 朝日新聞が作り出したこの自虐捏造物語は、いち早く韓国に受け入れられ、元慰安婦被害者を作り出し、賠償と謝罪を込めた大々的な日本批判によって「河野談話」という、嘘で固めたストーリーを日本の政府に作らせました。日本軍をとてつもなく貶めた朝日の罪は極めて大きいと思います。しかし発覚後も簡単な虚偽報道で済ましている面の皮の厚さには、辟易としてしまいます。

 ところでその韓国は、国内のみならず世界中に「慰安婦像」をまき散らしていますが、そのお膝元韓国では少し変化が生じているようです。その詳細を韓国国史教科書研究所所長の金柄憲(キムビョンホン)氏が、デイリー新潮に寄稿した記事から紹介します。タイトルは『「慰安婦少女像」撤去運動を行う韓国人たち 「少女像は偽りと憎悪の象徴」活動理由を語る』です。

 現在、慰安婦少女像は韓国国内に150体、海外には34体が設置されているという。日本でも「表現の不自由展」で展示されてきたが、その撤去運動が韓国から始まった。親日であるだけで罪人扱いされる国で、なぜそんな活動が生まれたのか。その中心人物による寄稿。【金柄憲/国史教科書研究所所長】

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「少女像の実物を見るのは初めて、と語ったある女性は、感極まったのか、少し涙ぐんだ」

 8月6日付で韓国・聯合ニュースが報じた日本の「表現の不自由展・京都」に関する記事の一節である。「検閲や社会的な圧力により展示中止に追い込まれたアート作品を集めて展示する美術展」と銘打たれたこの企画展で、黒いチマ(スカート)に白いチョゴリ(上衣)を着て裸足で座っている慰安婦少女像と向き合ったその女性は、乱暴に日本軍に連れ去られてひどい性的暴行を受けた幼い少女を思い浮かべたことだろう。

 韓国でもソウルの路線バスが、これと同じ少女像を前方の座席に座らせて市内を走り回り、多くの市民の注目を集めたことがあった。それを目の当たりにした市民の多くも、「表現の不自由展」を見た女性のように、涙ぐみ、罪悪感に苛まれたに違いない。

 こうした点で、この少女像を作った金運成(キムウンソン)・金曙(キムソ)ギョン夫妻のもくろみはかなり達成したといえる。

世界各地の少女像の撤去を求める運動

 目下、この少女像は日本各地を巡回中である。2019年、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」で展示され、抗議が寄せられたために展示中止となった「平和の少女像」は、今年8月6、7日の京都に続き、同月25日から28日まで、名古屋で再び展示されることになった。

 このため私は、名古屋で展示中止を訴えるべく急遽来日し、街頭での抗議運動や記者会見を行った。同月26日には、この企画展の中で行われた少女像の作者、金運成氏とのトークイベントに飛び入り参加して、あのような少女像を製作した根拠を尋ねた。よもや私が名古屋にいるとは思わなかったのだろう、金氏は「慰安婦が証言している」とだけ言い、私の質問にきちんと向き合わなかった。

 私はいま、これら世界各地の少女像の撤去を求める運動を行っている。本稿でその一端をお伝えしようと思う。

デモに10人しか来ない日も

 韓国では、長年、日本政府に対して慰安婦への正式な謝罪と賠償を求める「水曜集会(デモ)」(毎週水曜開催)が、旧日本大使館前で行われてきた。だがコロナ禍で集会は制限され、感染拡大防止のために「一人デモ」の形を余儀なくされた。そして昨年11月1日、「段階的な日常回復」(ウィズコロナ)へ向けて防疫措置が緩和されると、申告さえすれば誰でも、人数に大きな制約を受けず集会ができるようになった。

 この緩和措置は、デモを主導する韓国最大の慰安婦支援団体「正義記憶連帯」(旧挺対協。以下、正義連)にとって、活況を呈した過去への回帰ではなく、場所を転々とする惨めで辛い集会の始まりとなった。ウィズコロナ後に初めて迎えた昨年11月3日の水曜日、正義連の集会は、約30年間守ってきた少女像の前から、隣の聯合ニュースビル前に締め出される屈辱を味わった。対抗する保守系団体「自由連帯」が先に集会の申告をしていたためだ。その1カ月後の12月1日には、聯合ニュースビル前から、国税庁の後ろにある狭い場所へと追いやられた。私が代表を務める「慰安婦法廃止国民行動」に場所を奪われたからである。

 以来、正義連は水曜デモを行う場所を探して転々とする、放浪の身となる。3年前の2019年8月14日の集会では、主催側推計で2万人にもなる人が押し寄せ、足の踏み場さえなかった。ところが資金流用問題や慰安婦との不和などが発覚し、いまはやっと10人を数えるという日も多い。隔世の感がある。

 正義連の水曜デモが少女像の前から完全に締め出されたと判断した私たちは、今年初め、各団体別に行っていた集会を一つにまとめ、「慰安婦詐欺清算連帯」という団体を結成した。普段は各団体ごとに活動しながら、大きな出来事があれば団結し、正義連への圧迫を強めるためである。

 その最初のイベントが、2月16日に行われた「私たちは友達!」がテーマの「韓日友好市民ハンマダン(集いの場)」だった。その日、旧日本大使館から見える聯合ニュースビル前には、日の丸と太極旗(韓国国旗)が翻った。以前なら「親日派」「売国奴」と罵られ、暴力が横行したはずだが、不思議なほど静かだった。慰安婦問題で少しでも異なる意見を出せば「極右の妄言」と非難したマスコミも静かだった。私は成功した行事だったと思っている。

 こうした勢いに乗って、海外にある少女像の撤去デモをしようという意見が出てきた。コロナが流行する前、ドイツ遠征デモを計画していた落星台経済研究所研究委員の李宇衍(イウヨン)博士の提案だ。提案はすぐに具体的な話となった。当初は、意気揚々とドイツ・ベルリンと米カリフォルニア州・グレンデールにある少女像前で集会を行おうとしたが、コロナ禍前に比べ2倍以上に値上がりした航空運賃と長距離旅行への負担から、米国行きは断念せざるを得ず、ひとまずドイツに向かうことになったのだ。

取材されるも報道はされず

 ドイツ・ベルリンのミッテ区には、ブロンズの少女像が設置されている。それに対する抗議活動を行うため、私は「慰安婦詐欺清算連帯」の朱玉順(チュオクスン)(「オンマ〈お母さん〉部隊」代表)、先の李宇衍、吉田賢司(通訳)とともに、今年6月25日から5泊6日の日程で現地を訪れた。

 旅立ちの日、仁川空港には意外にも公共放送「KBS」の取材チームが私たちを待ち構えていた。そこで私たちはベルリンの少女像を設置した「コリア協議会」(ドイツの韓国系市民団体。韓静和(ハンジョンファ)代表)に対し、慰安婦問題でうそをつかないことと少女像の自主的撤去を要求することが目的だと説明した。しかし、その内容が報道されることはなかった。

 14時間の長いフライトを経て、ベルリンのホテルで休息をとった翌朝、出国前に予め集会の申告をしておいた場所に向かう。私たちを真っ先に出迎えたのは、「表現の不自由展」と同じ着色されたFRP(繊維強化プラスチック)製の少女像だった。もともとあったブロンズの少女像の向かい、コリア協議会が陣取る場所に、同じ少女像が持ち込まれ、私たちをじっと見つめていたのだ。そこには数人のドイツ人と現地の日本人もいた。

 一方、ブロンズの少女像の方は、なぜか蚊帳(かや)に覆われていた。私たちが毀損するのではないかと考えたコリア協議会が保護幕として覆ったのだという。彼らの行動はいつも幼稚である。あきれるほかはない。もとより傷つけるつもりはなかったが、万が一、傷つけたなら、私たちは無事に帰国できたのだろうか。

「碑文の内容はすべてうそ」

「慰安婦詐欺もう止めよ!」と書いた横断幕設置とユーチューブ配信のためのスマートフォンのセッティングなど集会の準備を終え、少女像の台座に刻まれてあった碑文を読んでみる。2020年9月にこの少女像の除幕式が行われたが、その10日後、ミッテ区は一度、撤去命令を出しているのだ。その理由がこの碑文にある。

 問題になった文章はこう書かれている。

「第2次世界大戦中、日本軍はアジア太平洋地域で無数の少女と女性を強制連行し、彼女たちに性奴隷生活を強いた」

 碑文の通りなら、慰安婦たちは日本軍に拉致され、戦時性暴力のもと性奴隷生活を強要された「戦争犯罪被害者」になる。そして少女像はそうした被害者を象徴する造形物ということになる。

少女像もうそ

 国際紛争の進行中に敵軍や占領軍により行われた拉致・強姦・殺人などの行為を一般的に戦争犯罪と呼ぶ。だが当時、朝鮮は日本の占領地でなかったばかりか、朝鮮の女性は日本国民でもあった。さらに日本軍慰安所は占領地女性に対する戦争犯罪防止のために設置・運用された合法的な売春空間であり、慰安婦は慰安所の経営者と契約を結んだ後、身分証明書の発給を受けて出国しており、現地に到着してからは領事館・警察に各種書類を提出して営業許可を得て金を稼いだ職業女性たちだった。

 戦争犯罪の被害者という主張は通らない。

 少女像も同様にうそだ。少女像の作家、金運成・金曙ギョン夫妻の『空いた椅子に刻んだ約束』という本には、「日本軍の甘言に乗ったり強制的に戦場に連れて行かれた10代初めから中ごろの幼い女性を作品で表現するため、11歳の自分の娘をモデルに、13歳から15歳の少女の姿として少女像を製作した」と書かれている。

 しかし当時、日本軍慰安婦は17歳以上でなければ営業許可を得られなかった。だから13~15歳の少女が日本軍慰安婦になることはできない。日本軍に連れ去られたという話も、13~15歳の少女という話もみんなうそなのだ。

妨害された集会

 ドイツのコリア協議会は、慰安婦が戦争犯罪の被害者であるという主張とともに、ホロコースト犠牲者のユダヤ人と同じだとする主張までためらうことなく行っている。これもまったく話にならない。第2次世界大戦でナチスに虐殺されたユダヤ人は数百万人に及ぶといわれるが、日本軍に殺害された慰安婦は一人も報告されていない。

 日本軍兵士は、慰安所規定により定められた時間に定められた料金を支払わなければ、日本軍慰安所を利用できなかった。慰安婦の中には高額の収入でルビー、翡翠、ダイヤモンドのような宝石を購入する者もいれば、故郷に生活費や学費などを送る者もいたとの証言もある。戦争犯罪の被害者であるだけでなくホロコーストの犠牲者と同じだとするコリア協議会の主張は荒唐無稽だ。

 だから私たちは集会を通してコリア協議会に「うそをつくな」と訴え続けたのだ。

 私たちが少女像周辺で集会をしていると、コリア協議会は、やじを飛ばしたり自分たちのスピーカーの音を大きくしたりする方法で私たちの声が聞こえないように邪魔をした。ある人は中指を上に立てて悪口を吐き捨てた。「平壌で会おう」という文言が印刷されたシャツを着た人が、北朝鮮国旗が貼られたボードを持って周りをうろついた。そして慰安婦被害者だとして彼らが掲げた写真のほとんどが朝鮮人ではなかった。こうしたコリア協議会の非理性的な演出は、29日まで行われた7回の集会で何度も繰り返された。

偏向的な報道

 慰安婦問題が今日のように世界的な注目を浴びるようになったのは、真実の報道に背を向けたマスコミの責任も大きい。初日の集会を終えて車に乗ろうとすると、聯合ニュースの記者を名乗る女性が声をかけてきた。私たちがなぜ来たのか、どんな主張をしているのか、今後の計画は何なのかなどと質問されるのかと思ったが、記者の質問は「ホテルはどこですか?」がすべてだった。

 そして、翌日報道されたベルリン発の聯合ニュースの記事は、コリア協議会の立場を代弁する広報紙と見間違えるほど偏向的な内容だった。国内で聯合ニュースの記事をそのまま書き移す他のメディアは言うまでもない。偏向的な報道はある程度予想していたが、これほどひどいとは思わなかった。

 だから私は、韓日関係に関する限り、大韓民国のマスコミは「カレイ・ヒラメ族」だと言うようにしている。両目があるにはあるが一方向しか見られないためだ。

期日を過ぎても撤去されず

 コリア協議会は、慰安婦が戦争犯罪の被害者でありホロコーストの犠牲者と同じだといううそにとどまらず、ベルリンの少女像を永久存置すべきだとも主張している。これは韓国の正義連とマスコミも同様の立場だ。

 だがミッテ区の少女像は、都市空間芸術委員会の審議を経て1年単位で契約を結ぶ展示造形物である。契約期間が過ぎれば直ちに撤去すべきものだ。

 設置直後に碑文の内容が問題になって撤去命令が出されても、コリア協議会は行政訴訟、署名運動、請願書、デモなどあらゆる手段を駆使してこれを阻止しようとした。そればかりかミッテ区議会の左派政党の支援まで要請したのだ。

 左派が多数のミッテ区議会は、少女像の存置を圧倒的な票差で議決し、撤去命令を無力化した。とはいえ議会の決定は永久存置を意味するのではなく、当初の契約通り1年間だけ展示できるというものだ。2021年9月にミッテ区は、コリア協議会の申請を受け入れ、1年延長したものの、今年9月28日までと釘を刺している。つまり最初の契約から一度だけ更新し、2年間展示できるようになったわけだ。もっとも期日を過ぎても撤去されていない。

問題の本質は「貧困」

 このようにコリア協議会はこの契約内容も無視し、あらゆる手段を使って永久存置させようと、ゴリ押しの活動を展開している。ウィーン条約違反の日本大使館前の少女像設置や「集会・示威に関する法律」(集示法)に反する30年間の水曜デモとなんら変わらないやり口だ。韓国には「水が漏れるヒョウタン(器)は外で使っても水が漏れる」(訳注:自分の家でさえ問題のある者は外でも問題を起こすという意味)ということわざがあるが、その通りになってしまった。

 慰安婦問題の本質は貧困である。かつて国が貧しく、親も貧しかったため、家族のために自ら犠牲になったり、親がわずかばかりの金を受け取って自分の子を歓楽街に送り込んだりした。彼女たちが慰安婦になった経緯は多様だが、それはほとんどが貧困のために起きた、恥ずかしくも悲しい私たちの自画像である。

 不幸な歴史も歴史なのであり、記憶し反省しなければならないのは当然だが、必ず歴史的事実を前提にしなければならない。しかし、これまで正義連が主導した慰安婦運動は、慰安婦の歴史を丸ごと歪曲・捏造してきた。慰安婦少女像はこうして捏造された情報を基に製作された偽りと憎悪の象徴なのである。

うそを基にした表現まで尊重するべきなのか

 少女像は現在、韓国国内に150体、海外に34体も設置されている。その上、日本では「表現の不自由展」という名の企画展にまで登場し、多くの人々に慰安婦に対する歪曲された認識を植え付けている。この展示は既に京都、名古屋、神戸に巡回し、さらにさまざまな都市に場を移しながら続くというので心配でならない。

 表現の自由が尊重されねばならないのは当然だ。だがうそを基にした表現まで尊重する理由はない。

 ミッテ区に設置された少女像や「表現の不自由展」で展示された少女像には「平和」という言葉が掲げられているが、平和とは程遠い偽りと憎悪の象徴物でしかない。真の平和は真実と向き合う時に得られることを肝に銘じるべきなのである。

 金柄憲氏は慰安婦法廃止国民行動代表も務めていて、慰安婦像の廃止と慰安婦像の由来の是正を一所懸命やっています。日本にこれほど慰安婦に関して、積極的にその嘘を暴こうとしている団体があるのだろうかと、日本の取り組みを疑問視しています。

 そもそも何故この歴史の真っ赤な嘘が、是正されないまま今日に至ったのでしょうか。朝日新聞や河野談話の責任があっても、その時点でこの嘘を徹底的に潰すことを怠った真の原因は何処にあるのでしょうか。

 旧統一教会問題で、日本人、特に女性の信者が、自虐史観を元にした「韓国元慰安婦に酷いことをした」という嘘を植え付けられ、大枚の献金を要求されたという話もあります。すべてがこの非難や中傷をうやむやにしてきた、政府やメディアに責任があるのではないでしょうか。

 旧日本軍兵士へのとてつもない侮辱を含んだこの慰安婦捏造問題に、韓国人だけではなくむしろ日本人が深く関わって、是正するよう求めます。戦中の慰安婦問題と戦後の拉致問題は、日本の腰砕け外交の象徴として大反省すべき事案だと強く思います。

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