日本半導体産業の復活を実現できるか、次世代半導体の会社「ラピダス」への強い期待とその勝算は?
このブログのメインテーマは「強い日本の復活」です。それは防衛力、外交力が筆頭に来ますが、それを支える産業競争力は欠かせない重要な要素です。そしてかつて世界を席巻したにもかかわらず、今や米国のみならず韓国、台湾までにも後塵を拝してしまった、産業の米と言われる半導体の復活が、強く求められています。
そうした中、次世代半導体の会社「ラピダス」の設立が発表されました。エルピーダメモリーの破綻や、ルネサスエレクトロニクスの苦戦など、集合型(日の丸)半導体メーカーの失敗を繰返さないよう、革新的な経営が求められています。
この「ラピダス」に関する概要を、元経済産業省中部経済産業局長で明星大学経営学部教授の細川昌彦氏が、日経ビジネスに寄稿した記事から引用します。タイトルは『日の丸半導体」の失敗から学ぶ、半導体新会社ラピダスの勝算は』です。
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次世代半導体の新会社ラピダスが設立された。2ナノメートル(ナノは10億分の1)プロセスのロジック半導体を開発して、2027年ごろの量産を目指す計画だ。
日本は先端半導体の量産で国際競争から脱落して、「失われた20年」ともいわれている。そうした中、ラピダスは半導体産業の起死回生の期待を背負って発足した。今後10年間で5兆円の設備投資を計画している。日本政府が相当の資金を支援しなければ難しいだろう。もちろん課題山積でいばらの道だが、日本にとってラストチャンスだとの危機感がある。
この新会社について、かつての”日の丸半導体“の失敗を引き合いに出して、「同じことを繰り返すのか」との批判が目に付く。しかも批判だけして代替案を示さない。各国が半導体産業の囲い込みに躍起となっている中で、日本が手をこまぬいているとどうなるかは明らかだ。
そもそも今回の新会社は、かつての“日の丸半導体”とは根本的に異質なプロジェクトだ。どう違うのか。
デジタル産業のためのプロジェクト
まず、トヨタ自動車、NTT、デンソー、ソニーグループなどが株主に名を連ねていることに注目すべきだ。これを役所の声掛けへの「お付き合い」だと批判する論者もいるが、全くこれは当たらない。このプロジェクトの本質が見えていないのだろう。これらの企業は本気だ。半導体産業のためのプロジェクトではなく、デジタル産業のためのプロジェクトだからだ。
国全体のデジタル投資の遅れが「失われた30年」の大きな原因の一つであった。今後の成長には産業全体でのデジタル投資が急拡大することが必要だ。半導体はそうしたデジタル投資の主要プレーヤーを顧客として成長する産業だ。
かつては家電が半導体の主要ユーザーであったことで日本の半導体産業は育った。しかし2000年代に入ると、パソコンやスマートフォンに半導体需要が移り、これらのグローバルメーカーは大量の半導体を必要とした。
しかし日本には米国のアップルや韓国のサムスン電子のようなグローバルメーカーが育たなかった。例えば、世界初のNAND型フラッシュメモリーを日本が開発したにもかかわらず、それを活用したデジタルカメラや携帯音楽プレーヤーといった最終製品で日本は負けてしまった。それが半導体産業の衰退の一因でもある。
今後のデジタル社会の基盤となるのは、自動運転やデータセンター、工場のデジタル化、スマートシティなどだ。半導体はそうしたデジタル分野で必要になる。
今回、トヨタやNTT、デンソー、ソニーなどがラピダスの株主になった理由はそこにある。これらの企業がユーザーとなるからだ。それぞれの分野で次世代のデバイスを開発して新たなデジタル産業をけん引する。そのためには、ニーズに応じた独自機能を盛り込んだ半導体の開発がカギを握る。
多品種少量の半導体製造をコミットし、スピーディーに供給してくれる半導体製造会社が不可欠だ。だからこれらユーザー企業は本気で株主になったのだ。当初は10億円ずつの出資でも、今後、継続的に多額の投資を行う覚悟が必要なのは当然だ。
従ってラピダスは、これまでのパソコン、スマホをターゲットとした汎用の半導体を大量生産するビジネスモデルとは一線を画して、専用の半導体を多品種少量生産するビジネスモデルを志向する。台湾積体電路製造(TSMC)やサムスン電子とは競合せず、差別化をしようとしている。
かつての「自前主義」からの決別
第2のポイントは、日本企業だけによる「自前主義」ではないことだ。ラピダスは日米連携、さらには欧州も巻き込んだ日米欧連携のプロジェクトだ。
米国企業(おそらくIBMだろう)の研究成果である次世代トランジスタ技術を活用した微細化技術、そしてそれを可能にするオランダの半導体装置メーカーASMLの極端紫外線(EUV)の露光装置の技術がなければ、このプロジェクトは成り立たない。
これらは資金さえあれば入手できるわけではない。これまで水面下で国が前面に出て交渉して実現したものだ。EUV露光装置は世界からの注文が集まっており、本来であれば何年も待たなければ入手できないところ、2024年末には日本で初めて導入できる見込みだ。
そしてその際のカギは「相互補完」だ。国際連携を可能にしているのは日本自身が強みを持っているからだ。装置、材料メーカーの技術力を背景に、後工程での積層化技術を持っていることが、相手方にも魅力となっている。
経済安全保障が急務の国際情勢の中で、国家レベルで日米連携は急速に進められた。5月の連休には萩生田光一前経産相が訪米して、レモンド米商務長官と次世代半導体の開発について日米連携の基本合意をした。その際、ニューヨーク州アルバニーにあるIBMの研究施設を視察している。
さらにそれを受けて5月のバイデン大統領との日米首脳会談では、次世代半導体開発の日米連携を進めることを合意した。日米連携が政治的に明確にもコミットされたのだ。
プロジェクトの体制としては、量産技術のための研究開発の拠点「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」が年内に設立される。これも米国や欧州の関係機関と連携する。
政府も3500億円の予算を投入する。この研究開発拠点での技術開発プロジェクトでパイロットプラントを作って開発し、ラピダスで量産の製造ラインを作って事業化する。まさに2つが車の両輪となる構想だ。問題は、目標とする5年でどこまで達成できるかだが、決して楽観できるわけではない。
国策としての本気度
政府が拠出する700億円についても誤解がまん延している。この金額だけを見て「1桁、2桁少ない。政府の本気度を疑う」と厳しい批判を浴びせる。しかしこれは単に第1段階としての“手付金”であることを理解していない。工場の建設まで含めたプロジェクト全体は兆円単位の資金が必要で、これで済むはずがない。
初期段階から米国企業の技術を使用するライセンス料や、1台200億円もするEUV露光装置の前払い金が必要になる。しかもこの700億円を「補助金」としているのは明らかに誤報だ。これは委託費で、国の関与は根本的に違うことを見逃している。
今後、第2段階ではこの新会社に対して国は出資も視野において経営に責任を持つことも検討されるだろう。上場による資金調達もあり得る。
こうして国策としての位置づけを明確にして、所詮民間主体への補助金止まりであった、かつての“日の丸半導体”とは次元を異にする。
2012年に経営破綻したエルピーダメモリを教訓にすべきだとする論者もいる。しかしこれまで述べた本質的な違いを見れば、これも当たらない。エルピーダは1999年にNECと日立製作所のDRAM事業、そして2003年に三菱電機のDRAM事業を統合してできた。いわば半導体メーカーだけの組織だ。しかも複数の出身母体による「たすき掛け人事」など一つにまとまることが難しく、経営破綻してしまった。
それに対しラピダスはユーザー企業8社が出資しており、あくまで人材は外部から集めることになる。エルピーダとは状況はまるで違う。
いばらの道を覚悟
これから待ち構える巨額の資金調達以外にも課題は山積している。既に述べたように、多品種少量生産での差別化戦略は理にかなっている。その顧客は当面、株主に名を連ねたデジタル産業をけん引するプレーヤーだ。
ただし、さらにラピダスが成長するためには海外も含めたグローバルな顧客開拓が必要だ。そうした時に、出資するユーザー企業と競合する企業からも果たして受注できるか。いくら多品種少量といっても、量を確保してこそコスト低減ができて国際競争力につながる。
人材も大きな課題だ。多数の半導体のエンジニアが必要になってくる。
まずは即戦力だ。かつて日本の半導体産業が元気であった時代に活躍していたエンジニアは、その後の衰退期に活躍の場を韓国、台湾に求めて流出していった。そうした貴重な人材を再度日本に呼び戻すことができるかどうかだ。
さらに若者の育成も必要だ。台湾のTSMCが熊本に進出することで、九州では大学や高等専門学校などで人材育成を急いでいる。東北も半導体分野に注力している。ラピダスは今後、将来の工場建設の候補地を選定するだろう。その際、人材獲得できるかどうかも大事な要素になる。
もう一つの課題は設計だ。ラピダスのビジネスモデルでは、ユーザー企業のニーズを半導体の回路設計に落とし込むための設計段階がカギになる。そうした企業や人材をどこに求めるか。シリコンバレーの企業や人材を活用することも大事だ。こうした人材面でも「日の丸半導体」の自前主義から脱却すべきだ。
難題でも国の命運を背負っている。国策として国費を投入するからには、やり切るしかない。
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半導体については韓国、台湾のみならず、最近は中国にも急追されています。日本と中国を比較すれば、その政治体制から自ずと違いが出てくる要素もありますが、日本は何しろ政治の関与が中途半端で、かつ戦略性がありません。その点をしっかり見据えて、この会社を育成すべきだと思います。
細川氏の記述通り、これが「ラストチャンス」と考えて、企画力、設計力やそれを支える人材の確保など、政業一体となって、かつての半導体王国の復活を願いたいものです。
そしてこのビジネスモデルを成功に導き、先端デジタル製品の分野にも応用して、日本の技術立国の立場をより強いものにしてもらいたい。もちろんこの分野のみならず、エネルギー開発や農業開発にも、応用すべきところは応用して、強い日本の復活を心から願いたいと思います。
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