「非核三原則」を守り、「必要最小限の反撃能力」で日本を守れるのか。岸田首相の「核なき世界」の呪縛
核を持たない国ウクライナが、核を持つ国ロシアに侵略され、核使用の脅しを受け続けて1年近くになります。そして同様に核を持たない国台湾が、核を持つ国中国の侵攻の脅しを受けています。核を持つ国がこれほど顕著に核を持たない国を脅し始めたのは最近のことです。
NATO加盟国で核を持たないドイツなどは、アメリカの核を共有しています。同様にアメリカの同盟国である日本は、アメリカの核の共有を真っ先に考えていいはずでしょう。既に故安部元首相は共有の提案をしていました。
ところが岸田首相は非核三原則を堅持すると発言、核共有議論を明確に否定しました。広島出身で原爆投下された地元の感情的なものでしょうか。だがそのことと核共有否定はつながるのでしょうか。それに関し国際歴史論戦研究所会長の杉原誠四郎氏が産経新聞にコラムを投稿しています。タイトルは『岸田首相、「平和主義」の呪縛』(1/16)で、以下に引用します。
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岸田文雄首相は、昨年、安倍晋三元首相が凶弾に斃れた後、旧統一教会の問題でつまずき支持率が急落した。それ以来何をしても支持率は回復しない。12月には防衛費倍増、反撃能力保有を盛り込んだ安全保障関連3文書の閣議決定という国防政策の歴史的成果をあげているにもかかわらず、だ。それはなぜか。岸田首相の本質が、相変わらず戦後の、頭かくして尻隠さずの観念的な平和主義にとらわれており、その危うさを国民が見透かしているからではないか。
頭隠して尻隠さずの観念的な平和主義とは何か。それは武器を放棄すれば戦争はなくなるという幼児並みの理想主義と、その理想を抱きつつも現実には 日本は武器を持った米国に守ってもらえばいいという米国まかせの主体性なきご都合主義である。
岸田首相の観念的平和主義は核廃絶にこだわる姿勢に最もよく現れている。いうまでもなく、日本は世界で唯一の被爆国であり、核の脅威には世界一、敏感な国柄であるが、しかし、だからこそ首相たるものは、核兵器保有国は核を手放そうとしないという現実に対しては、リアリズムに徹した態度をとっていなければならない。にもかかわらず、岸田首相の核廃絶への考え方はあまりに観念的で現実に合っていないのだ。
米国の強大な軍事力に守られながら、憲法などで軍事力を否定する観念的な理想を語る日本人の平和主義は、戦後の宰相、吉田茂がつくった戦後レジームが生んだものだが、岸田首相は相変わらず、その旧態依然とした戦後レジームのなかの発想のままである。
昨年、ロシアのウクライナ侵略が始まった後、安倍元首相はこの深刻な事態に対応して、日本も米国と核兵器を共有する核シェアリングを議論してよいのではないかと発言したが、岸田首相は我が国は非核三原則を堅持しており、政府として議論することは考えていないと直ちに言って、議論することをも封じた。
議論の末に核廃絶のため核シェアリングを否定するのならまだ分かるが、ロシアのウクライナ侵攻と核恫喝という新たな現実を目の当たりにしても、なお、核シェアリングについて議論もしないというのは、首相として責任ある態度と言えるだろうか。もしソ連崩壊後のウクライナで核を放棄していなければ、ロシアはウクライナを侵略しなかったのではないか。歴史を振りかえれば、第二次世界大戦で、日本がもし原爆を持っていれば、アメリカは日本に原爆を落とさなかったという議論もある。それほどに、核の戦争抑止力は決定的なのである。
核不拡散と核シェアリングは矛盾しない
核シェアリングがどれだけ戦争抑止力になるのか。今日の台湾で考えてみるとわかりやすい。台湾は、第二次世界大戦後、蒋介石の率いる国民党政府が移ってきて、中華民国となった。そして1954年アメリカとのあいだで米華相互防衛条約を調印し翌年から発効となった。当時は非核三原則のような考え方は日本でもまだなかったので、アメリカの台湾防衛は必要があれば核を使用することを前提にしていた。
が、1972年2月のニクソン米大統領の中国への突然の訪問を契機として1979年には、米中の国交樹立となった。その結果、米華相互防衛条約は無効となり、アメリカは台湾に駐留させていた軍を撤退させた。台湾に関して、同年、アメリカは国内法として台湾関係法を成立させ、台湾の安全保障に協力は続けているが、アメリカ軍が直接に駐留した米華相互防衛条約ほどの抑止力ではないことはいうまでもない。
中国はそのことを前提に、軍事力の強化を年々進め、台湾との軍事力の差を拡大させ、近時、軍事力を使って台湾を併呑する姿勢すらちらつかせている。台湾の安全は明らかに危険な状況になっている。
もしここで仮に、台湾がアメリカとのあいだで米華相互防衛条約を復活させてアメリカ軍を駐留させ、そのうえでNATO(北大西洋条約機構)と同様の核シェアリングを明確にすれば――現実には不可能であろうが――、いかに台湾の安全は強化されるか。そうすれば日本から見ても台湾近辺の安全が保障されるわけで、日本や韓国にとってもどれほど安全なことか計り知れない。
考えてみるに、核拡散防止と核シェアリングは対立するものではなく、統合して一体的なものであると見るべきではないか。核兵器は本来、存在してはならない兵器であるが、国を守るには極めて有効な兵器であるゆえに、世界各国は自国を守るために核兵器をそれぞれが開発して保有していこうという衝動を持っている。しかし世界中に核兵器があふれることは大変危険なことであり、核拡散は何としてでも防がなければならない。そこで一部の非保有国は自国で開発し所有する代わりにすでに所有している核保有国と条約を結び、核シェアリングをすることによって野放図な核拡散や核使用を制限する仕組みを受け入れるとともに、共有した核で自国への戦争を防止する――。このように考えれば、核拡散防止と核シェアリングは明らかに一体であると考えることができる。
少なくとも、もしその議論を怠った結果、日本を戦争の危険にさらすことがあるとすれば、日本の首相としては許されないことであるし、それは日本近辺の国をも危険にさらすことになる。
広島だから「核なき世界」を?
岸田首相は広島を選挙区とする国会議員として「核なき世界」にことさらに情熱を持っている。それはそれで当然だといえなくはない。しかし、だからといって核をめぐる現実的議論に目を閉ざしたり、議論自体を葬ったりしていいということにはならない。
広島と縁が深いのは岸田首相だけではない。実は筆者の私も広島出身で、原爆で肉親を失っている。広島に原爆が投下されたときに疎開していたので私は助かったが、私の長兄、伯父、伯母はこの原爆で亡くなった。現在の広島平和記念公園内には原爆の子の像が立っている。これは昭和30年、原爆症で亡くなった12歳の佐々木禎子という少女を悼んで立てたものだ。私はこの少女が籍を置いていた中学校に通っていた。そして像を立てることを組織的に始めようと決めた生徒会の会長は私のクラスから出た級友だった。それだけではない。この少女の兄、雅弘氏は、高等学校では同級生で、席は長く私の隣だった。
その私から見ても、「核なき世界」を目指すからといって核シェアリングについて議論もしないというのはいかにも短絡的で国民を危険にさらすように映る。岸田首相が「広島」を強調して議論もしないと言うのを聞くと、堪えがたく違和感を覚えるのだ。広島出身だからこそ、核シェアリングについて真剣に議論しなければならないのではないか。「核なき世界」を目指すからといって核シェアリングについて議論もしないというのは明らかに誤った判断であると思うのだ。
岸田内閣の支持率の低さを見れば、国民は明らかに岸田首相に危うさを見出している。岸田首相として、もしそこから脱出したいなら、安倍政治の遺産を引き継ぐ者として、日常の決断にあたっては、つねに安倍元首相ならばどのように判断するか、そのことを素直に考えて決断していくようにすべきだと思う。
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安保三文書の閣議決定をし、防衛費の増額を内外に発信、更には異次元の少子化対策を打ち上げたところは評価してもいいと思いますが、相変わらず「必要最小限の措置としての反撃能力」や「非核三原則堅持」では、大きな風穴があいた安全保障政策だと断じざるを得ません。
となりには強大な軍事大国があり、多くの核弾頭を積載したミサイルが日本に照準を合わせている現実を見れば、「必要最小限の反撃能力」などあっという間に木っ端みじんになるでしょう。また「核」を持たない日本には、軍事力だけではなくありとあらゆる手段で侵略を仕掛けてくるでしょう。そういう現実を見ずに、まさか今でもアメリカが全面的に守ってくれると思っているのでしょうか。
現実を見れば、「最大限の反撃能力」を保持し、核をあらゆるところに配備して、北京や上海に照準を合わせ、核攻撃を仕掛けれてくれば即座に反撃する、という意思表示をしなければ、完全に中国の戦略の渦中に投げ出され、将来は属国化の道をひた走ることになるでしょう。中国の狙うのは台湾だけではありません。台湾の次は尖閣、沖縄、そして本土と覇権主義国家は「クリミヤ方式」で狙ってきます。それを止めるのは「核」を含む「最大限の反撃能力」だと思いますね。
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