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2023年2月 5日 (日)

日本を衰退させた南京事件の噓、その嘘を否定しない外務省。一体何処の国の省庁か

Rectangle_large_type_2_1bb1573ef6775d0f3  中国、韓国の大東亜戦争以前の歴史認識には、史実を偽った嘘や捏造が多く見られます。日本軍が蔣介石国民党軍と戦火を交えていた時代の、南京事件(一般には南京大虐殺と言われる)もその一つです。

 この事件は当時の中国国民党と、国民党に雇われたアメリカ人宣教師が作り上げた謀略だったことが判明しています。また田中正明氏が著わした、「南京事件の総括」に見られるように、様々な調査・研究の結果、虐殺の証拠がないことが明確に記述されています。

 しかし日本の外務省はそれを完全否定せず、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことを認め、教科書にも未だ「南京事件」は記述されています。この南京事件の捏造の概要と日本政府の対応を、新しい歴史教科書をつくる会副会長の藤岡信勝氏が、産経新聞のコラムで記述していますので引用します。タイトルは『日本を衰退させた南京事件の噓』(2/01公開)です。 

旧臘(きゅうろう)、あるインフォーマルな会合で語られた一人の商社マンの言葉が忘れられない。日本の経営者のある年代以上の人は、日本は中国に対して悪いことをしたと思い込んでいるので、中国人とのビジネス交渉の場で、相手の理不尽な要求でも「断るのは悪い」という意識が抜けない。それが日本企業にとって大きな損失になっている、というのである。

中国国民党による謀略

過去半世紀、日本人に中国に対する贖罪(しょくざい)意識を植え付けた最大のネタは「南京事件」であった。昭和12年12月13日、日本軍が中国の首都・南京を陥落させてから数週間にわたって、南京市民30万人を虐殺したとされる事件である。「南京大虐殺」ともいう。

しかし、今日では、それは仕組まれた謀略であったことが明らかになっている。自ら仕掛けた上海事変において、結局日本軍に敗れ、軍事的にはどうしても日本に勝てないと悟った蔣介石は、鉄砲のかわりにペンで戦う方針に転換した。国民党中央宣伝部に国際宣伝処を新設し、欧米人に金を渡して日本軍の残虐行為を捏造(ねつぞう)した本や記事を書かせた。

世界中を駆け巡った日本軍による市民虐殺の報道は、もとを辿(たど)ると、一人のアメリカ人宣教師の書いたメモに行き着く。その人物の名はマイナー・ベイツ。南京大学の教授でもある。彼は噓の文書をつくり、それを南京を去る5人の欧米の記者に目撃証言の記録を装って渡した。ニューヨーク・タイムズはじめ、南京事件の第一報は全てベイツ・メモの焼き直しである。もちろん、ベイツは国民党に雇われていた。

公文書が事件の不在を証明

南京城内には、アメリカ人宣教師を中核とする15人の欧米人によって国際委員会が組織され、官庁街を含む区域に安全区が設定されて、市民はそこに避難していた。安全区は日中両軍が立ち入ることのできない中立地帯であると僭称(せんしょう)していたが、実態は国民党の将校や敗残兵が多数潜り込み、日本軍の仕業に見せかけて悪事をはたらく拠点になっていた。

国際委員会は市民からの告発を記録する窓口を設け、毎日、市民の証言なるものをタイプライターで記録し続けた。そして、それを日報として各国大使館に届けた。日本大使館は外務省本庁に報告する。効果は絶大であった。欧米の新聞報道と相まって、日本の外交官の一部や軍の首脳までもが、日本軍への悪宣伝を信じ込んでしまったのである。ここに、お人よしで、信じやすく、騙(だま)されやすい日本人の民族的欠陥と、国家としての脆弱(ぜいじゃく)性が露呈している。

国際委員会が集めた証言をまとめた『南京安全区の記録』(英文)は、国民党政府の公文書として公刊された。しかし、それを読むと、517件の「事件」のうち、殺人事件として記録されているものは26件で、そのうち、証言者が自ら目撃したものは1件しかない。しかもその記述を読むと、これは、戦時国際法に違反して軍服を脱ぎ捨て、市民に変装した中国兵の「合法的処刑」であるとわざわざ注記されているのである。

結局、南京事件なるものは、膨大な証拠があるように見えて、それは雰囲気づくりに利用されているにすぎず、実態をタマネギの皮を剝ぐように確かめていくと中心には何もないことが判明するという次第になっているのである。

外務省見解の撤回が焦点

では、なぜ、日本人の多くがいまだに南京事件があったと信じているのだろうか。それには写真の影響が大きい。国民党の宣伝機関は競って捏造写真の製作に熱心に取り組み、数冊の写真集として出版された。

しかし、南京事件の証拠とされる143枚の写真は全て、事件の証拠写真の要件を欠いたプロパガンダ写真であることが証明されている(東中野修道他『南京事件証拠写真を検証する』)。これについては、2月12日から3日間、東京・文京シビックセンターにて、プロパガンダ写真のからくりを解明した展示会が開催される。

Images-6_20230204143801 ここで述べたことは、日本「南京」学会などの研究によって、すでに十数年前に明らかになっていたことである。それにもかかわらず、外務省のホームページには、相変わらず「日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」と書かれている。

これが教科書記述の根拠にもされている。現在、小中高の歴史教科書は1社を除いて、南京事件があったと書いている。

ところが、近現代史研究家の阿羅健一氏が外務省にその根拠となる行政文書の開示を求めたところ、「関係するファイル内を探索」したが「該当文書を確認できなかった」として、「不開示(不存在)」との回答が来た(『正論』2月号)。つまり、日本政府は根拠もないのに、南京事件があったと断定しているのである。この外務省見解を取り消させることなしに日本の再生はないことを、私たちは銘記しなければならないのである。

 外務省は、竹島は日本の領土と言い、また尖閣は日本の領土でかつ領有権の問題は存在していないと言います。しかし実体は、竹島は韓国に不法占拠され続け、また尖閣の周辺には中国の公船が連日威嚇航行を続けています。しかも竹島奪還の交渉をする気はないようですし、尖閣の領有権問題に決着をつける動きも全くありません。

 これは日本の主権を守る気がさらさらないという証拠にもなります。さらにはこの南京事件に至っては、中国側の見解を半ば認めているという、これが日本の外務省かという態度も示しています。何故ここまで腰砕けなのでしょうか。

 藤岡氏は南京事件の贖罪意識が、日本の経営者が中国の理不尽の要求に屈してしまう要因だと述べていますが、それはそのまま日本の政治家や官僚にも当てはまると思います。外務省がその一番手でしょう。

 ですから南京事件については、政府自らはっきりと、それは捏造であり日本人が中国人に贖罪意識を持つ必要がないと、明確に言わねばなりません。中国に侵攻したのは事実ですが、時の国際情勢上やむを得ない侵攻であり、日本も通州事件のような残虐非道な中国兵の襲撃も受けています。戦争に善悪を語るのは後付けですし、負けたからと言って日本が全部悪いというのは東京裁判史観そのものです。

 日本の官僚は優秀で、戦後復興の立役者だったかも知れませんが、今や外務省、農水省、文科省、財務省など、日本の将来には貢献どころか阻害要因になるような動きが垣間見られます。政治家も含め大改革が必要ではないでしょうか。

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