青沼陽一郎氏:外国人を簡単に拘束する中国、中国公安の取り調べを受けて感じたその傲慢さ
アステラス製薬の社員が中国当局にスパイ容疑で拘束されました。林外相が中国を訪問し、抗議と早期解放を要求していますが、そもそも何故スパイ容疑なのか判然としません。過去にもこういうことが度々起きています。もちろん日本人だけではありません。
こうした中国の行為の実態はどう言うものか、作家でジャーナリストの青沼陽一郎氏が、JBpressに寄稿した記事にその詳細を見てみましょう。タイトルは『外国人を簡単に拘束する中国、中国公安の取り調べを受けて感じたその傲慢さ 難癖のような理由で執拗な取り調べ、対応を間違えればきっと拘束されていた』(4/03公開)で、以下に引用します。
◇
中国の首都・北京で先月、アステラス製薬の50代の日本人男性が拘束された。
中国外務省は3月27日の記者会見で「この日本人はスパイ活動に関わり、中国の刑法と反スパイ法に違反した疑いがある」として、司法当局が拘束して取り調べていることを認めている。
中国では2014年に反スパイ法が施行された。その後、少なくとも17人の日本人が拘束され、11人が刑期を終えるなどして帰国。1人は服役中に病死。2人が服役中、1人が公判中、1人は逮捕されたまま。そして、先月にもう1人だ。
ところが、具体的にどういう行為が法律に違反するのか、反スパイ法の規定が曖昧で、今回も中国政府は詳しい内容を明らかにしていない。
それどころか、27日の会見で中国外務省の報道官は、「ここ数年、日本人が同様の事件をたびたび起こしており、日本側は、国民への教育と注意喚起を強化すべきだ」とまで吐き捨てている。
ならば、いい機会なので私が中国国内で受けた“仕打ち”について、いま一度披露しよう。
カドミウムで汚染されたコメ
私は中国で田んぼの写真を撮っていただけで、公安(警察)に同行を求められ、執拗な取り調べを受けたことがある。湖南省でのことだ。
湖南省といえば、省都の長沙で2019年7月に50代の日本人男性が拘束され、今年2月8日にスパイ活動に関わったとして、懲役12年の判決が言い渡されている。また、先月27日から中国を訪れている、台湾の馬英九前総統が先祖の墓参りに訪れたばかりだ。そして、毛沢東の出生地として知られる。
長沙から車で約2時間。衡陽市衡東県大浦鎮を訪れたのは、2015年7月のことだった。
その当時、ここから隣の広東省広州市圏に出荷された米から、許容量を超えるカドミウムが検出されて問題となっていた。その前年には子どもたちの血中鉛濃度が国の基準値を最大で3倍以上にもなっていたことを、国営の新華社通信やAFP通信が伝えている。地元の化学工場から排出された汚染物質が原因とみられ、この工場は捜査のため一時閉鎖されたとされる。
田んぼの風景を撮影しただけで警官が
その大浦で高速道路を降りたあたりから、車窓に黒いフィルムを貼ったセダンが私の車のあとをずっとつけてきていた。最初は白で、しばらくすると黒い車体に代わった。
監視されていることはわかった。目立つことはしないほうがいい。だから、工場跡地や田園をまわりながらも、写真は車の中から撮った。その度に車を停めると、セダンも一定の距離を保って停まった。
そして、そのまま帰路に着こうと高速道路の入口に近づいたところで、「ここなら、大丈夫でしょう」と通訳の青年が言った(あとから振り返ると、彼も中国当局と結託していたのかも知れない)。
揚子江より南の地域では二期作が主流で、当時も田植えの済んだ隣の田圃で収穫作業が行われていた。そんな珍しい風景を、はじめて車から降りて写真に撮っていると、背後から声がした。「中国公安」と文字の入ったパトカーが止まっていて、2人の制服の警官が立っていた。
「外国人が写真を撮っているという通報がありました。通報を受けた以上、住民に説明をしなければならない。手続きのため、ご同行いただけませんか」
初老の警官に言われて、断る術もなく、連れていかれたのは町の中心を少し外れた場所にある古びた地元警察の建物だった。
まるでチンピラのような共産党書記
そこの会議室のような場所で、入口から一番遠い壁際の机の向こうに座らされると、初老の警官に続いて、スマートフォンだけを持ってビーチサンダルを履いた男が入ってきた。痩身に張り付くような派手なシャツやパンツからして、チンピラのようにしか見えないこの男が、地区の共産党書記だった。さらにパソコンやビデオカメラを持った私服の男たちが入って来る。
まずパスポートの提示を求められた。それから、「録音機器や、他に小型のカメラがないか、確認させてください」と言って、手荷物のすべてを隣の部屋に持っていってしまった。
扉の隙間から、所持品を写真に撮るシャッター音がする。私の目に見えないところで、全てがいじくられる。あとで返された時には、財布のクレジットカードまで抜き取られて、配置が変わっていた。
「ここへ来た目的はなんだ?」
ビデオを回しながらの尋問がはじまった。口調がきつくなっている。
「観光」と答える。観光ビザで入国していたからだ。
「観光なら、その旅費はどうした? 渡航費用は? 滞在費は? 誰が出している?」
費用は自分で用意している、と答える。そもそも、そんなことまで答える必要がどこにあるのか。
すると警官はすぐに、「あなたは、長沙市内の○○というホテルに宿泊している」と言い当て、さらにこう続けた。
「あなたの年収では、あのホテルに泊まるのは無理だ」
そして彼の次の言葉に驚かされた。
「東京にある出版社から、中国の旅行代理店に送金があったことを我々は知っている」
「代理店の担当者は、その資金で旅程を組んでいることを認めている!」
東京からの送金実績まで事前に把握しているとは思いもよらなかった。当局によって自分が裸にされている不気味さと恐怖を実感する。
堂々巡りの押し問答
「そこから依頼を受けて、調査活動が目的でここへやって来たのだろう!?」
反スパイ法のことは知っていた。調査活動、すなわちスパイの容疑をかけているのだとすれば、認めるわけにはいかない。調査ではない、取材だ。
「取材なら、なぜ取材申請をしなかった」
「なぜ、観光と嘘をついて入国したのか」
ここへ来るまでに、私は吉林省の長春で、入場料を払って満洲国の皇帝だった溥儀の皇宮と資料館を見てきた。陝西省の「梁家河」という寒村も訪ねた。習近平が若い頃、下放されて暮らしていた“聖地”と呼ばれる場所だ。そこはすでに観光地化して入場料をとっている。習近平の生い立ち調査が目的とはいえ、これを観光ではないと言い張る中国人がいるだろうか。
その旨を伝えると警官は黙った。ところが、それまで黙っていた共産党書記が蒸し返す。
「だけど、わからないな。出版社からの送金でここまで来ているのなら、それは調査だろう!」
「そうだ。どうなんだ」
そこから堂々巡りと押し問答が続く。
中国側は執拗に同じ質問を繰り返す。繰り返しの説明は、疲労を伴う。なるほど、こうしてイライラと疲れの蓄積で、罪を認めさせようという魂胆か。
取り調べ中も開け放たれたままの扉から、入れ替わり立ち替わり室内を覗きにきた地元の住人がスマートフォンでこちらの写真を撮る。まるで動物園のサルを見るような目つきだった。不愉快だった。これが正当な司法手続きと言えるのか。
「帰れないのは誰のせいなのか」
やがて何時間も経過し、とっくに日が暮れて食事も与えられないでいると、肥った私服の中年男性が部屋に入ってきた。この警察の署長だった。私の正面に机を挟んで座ると言った。
「私が制服から私服に着替えて、まだ帰れないのは誰のせいだと思いますか」
主張を曲げない私を責めた。そうやって威圧する。
「先生、まだこんなことを続けますか」
では、どうしたらいいのか、こちらから訊ねた。
すると、真っ白なA4サイズの紙とボールペンを出してきて、これから言うことを日本語で書くように指示された。とにかく「事情説明」と題された、いわば中国共産党が好む「自己批判」を書かせようとする。
彼らとしても面子を保たなければ、私を解放できなかったのだろう。とはいえ、相手の都合のいいことばかりでは、どんな罪に問われるか、わかったものではない。そこで相手の意向と妥協点を探りながら文章を構成する。異様な労力に屈辱感が胸元から湧き上がる。この屈辱に先行きの見えない恐怖が私のトラウマに変わる。
この直筆の書面と尋問形式の調書に指印させられて、ようやく解放された。カメラにあった写真データは全て消去された。外には街灯らしいものもなく、あたり一面が真っ暗だった。
中国は信用できるか
写真を撮る自由さえない中国。執拗に罪を認めさせようとする地元警察。土壌汚染の事実など、都合の悪いことは黙らせたい。中国共産党の言論封殺の本性がそこにある。
解放されたとはいえ、一時的に拘束された立場からすれば、法律に違反した取り調べというより、嫌がらせだった。地方の小さな村にまで浸透した権威主義のゴリ押しと、外国人の粛清。
日本のパスポートを開けば、最初に外務大臣の名前でこういう記載がある。
【日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。】
中国の外務省が表明したように「日本側は、国民への教育と注意喚起を強化すべきだ」とするのなら、それはたった一言で済む。
「中国は、およそ信用に値する国ではない」
それだけのことだ。
◇
青沼氏の経験を元に考えれば、アステラス製薬の社員の拘束も、似たような理由であろうと推察されます。ただ青沼氏は聴取で終わっているので、社員はもう少し疑いが強いのかも知れませんが、おそらくスパイ行為はしていないと思われます。そのスパイ行為の定義も曖昧ですが。
写真撮影と言えばサウジアラビア在住の時に、私の同僚がサウジ直轄の石油会社「アラムコ」の建屋を撮影した角で拘束されました。発電所などのインフラや国営企業の写真撮影は犯罪と見なされます。様々な関係者が動いて、半日で解放されましたが、独裁国家での写真撮影は特に注意が必要です。
青沼氏の例は写真撮影でしたが、刑務所に送られた日本人はどう言う内容の罪だったのでしょうか。いずれにしろ取り調べも弁護士なしで一方的、裁判も民主的な手続きなどないのでしょう。
中国にはこの事例を含めて様々な政治リスクがあります。青沼氏の言うように、信用に値する国ではないのです。これから中国で事業を行おうとしている会社は是非思いとどまった方がいいでしょう。また、今中国で事業を行っている会社も、できるだけ早期に撤退することが、社員の安全のため必要だと思います。
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