地方行政

2022年11月29日 (火)

どうなるリニア問題 再び泥沼化しそうなJR東海vs静岡県の20年戦争

2211251514_1714x476  リニア新幹線の先行きに暗雲が立ちこめています。実はこの問題、過去20年間に渡ってJR東海と静岡県の間で繰り広げられている、いわば泥仕合いの流れの中で引き続いてきているものなのです。

 20年前からのJR東海vs静岡県の争いの発端は、新幹線「のぞみ」(静岡県には停車しない)の投入と、増発に起因するようです。つまり「停車しないなら通行税を取る」と主張する静岡県と、それを拒否するJR東海との間の確執でした。

  それがリニア新幹線にも波及して来ているのですが、事の発端は以前このブログでも取り上げた、川勝平太静岡県知事の「命の水」なる主張です。しかしここへ来て更に静岡市長選での選挙結果が、この問題に影響を与える様相を帯びてきました。

 そのあたりの詳細を、フリーランスの小川裕夫氏が、デイリー新潮に寄稿したコラムから引用して紹介します。タイトルは『どうなるリニア問題 再び泥沼化しそうなJR東海vs静岡県の20年戦争』です。

 来春に予定されている静岡市長選が、にわかに注目を集めている。

 神奈川県横浜市や大阪府大阪市のように、巨大都市の市長選が話題になることは珍しくない。静岡市は静岡県の県庁所在地で、なおかつ政令指定都市でもある。そうした都市規模から考えれば、市長選が注目を集めることは不思議な話ではない。しかし、静岡市の人口は約68万人。約377万人を擁する横浜市、約269万人を擁する大阪市とは比較にならない。

 静岡市の市長選が注目を集めている理由は、JR東海が建設を進めるリニア中央新幹線の計画にも大きな影響を及ぼすからにほかならない。これは静岡県だけの問題ではなく、国土計画、つまり日本全体の問題でもある。

 もともとリニア中央新幹線は、2025年に開業する予定で工事が進められていた。しかし、工期の遅れから2027年開業に変更。2年後に先送りされる。

 多少の狂いは生じたものの、その後は順調に工事が進むかのように思われた。そこに待ったをかけたのが、静岡県の川勝平太知事だった。

 リニアは静岡市の山間部を通過する。そこは市街地から遠く離れている。そのため、利用者の想定はされていない。当然ながら駅を開設する予定はない。

 事前に、JR東海はリニアの駅を静岡県内に開設しないことを明白にしていた。これは川勝知事も十分に理解していた。しかし、川勝知事は「工事によって大井川流域の水量が失われてしまう」ことを問題視。これによりリニア工事はストップする。

 工事再開の条件には、知事(静岡県)が納得できる解決策をJR東海が示すことが課せられた。JR東海は工事で湧出する地下水の戻し方を繰り返し説明。それでも川勝知事は納得せず、いたずらに時間が経過。その間のやりとりにより、次第に両者の関係は悪化していった。

元は「リニア反対」ではなかった川勝知事

 リニアを支持する側から見れば、川勝知事の言い分は難癖に見えるだろう。しかし、川勝知事も就任当初から強硬にリニアに反対していたわけではない。

 2014年に開催された土木学会のシンポジウム「東海道新幹線と首都高 1964東京オリンピックに始まる50年の奇跡」に、川勝知事は登壇している。川勝知事は“高速道路と新幹線”というテーマで講演し、静岡県のポテンシャルが高いことを主張。多少の注文をつけながらも、リニアへの期待も込めていた。

 川勝知事は2013年に2選を果たしたばかりで、シンポジウム開催時は知事として勢いに乗っていた。仮に、リニアに強硬に反対するなら、このときは絶好のチャンスだった。それにもかかわらず、反対の論陣を張っていない。

 ところが、それから数年もしないうちに強硬な反対派へと翻意する。川勝知事がリニアに反対している主な理由は、工事に伴って発生する可能性がある大井川の水量減少と残土処理の問題の2つだ。

 この2つの問題に対して、JR東海は静岡県の言い分を飲む姿勢を見せていた。静岡県の言い分を飲まなければ、リニアは開通しないのだから譲歩せざるを得ない。

 JR東海が低姿勢を見せても、リニア問題は平行線をたどった。

「リニア」について口をつぐむ職員たち

 なぜJR東海が言い分を飲む姿勢を見せても、川勝知事は納得しないのか? それは、JR東海が静岡県民から信頼されていないことに起因している。

 静岡県民がJR東海を信頼していないという感情は、長年にわたって醸成された。一朝一夕のものではない。そうした積年の不満が、リニア問題によって増幅した。もはや理屈で解決できる話ではなくなっている。

 筆者は以前から静岡県政や静岡市政の取材をしてきた。静岡県や静岡市に関する取材はリニアの取材ばかりではないが、別件の取材であっても、必ず「リニアについて、どう考えているのか?」を県庁職員に質問するようにしていた。

 リニアの質問に対して、静岡県の職員たちは一様に口が重い。もちろん担当部署ではないから、答えに窮することは理解できる。しかし、ほかの話題なら明朗に答えてくれる職員でも、リニアに話題が移ると当たり障りがないようなことしか口にしなくなる。オフレコ取材であっても同じで、どうしても触れられたくないテーマなのだ。

 他方、JR東海の社員に対しても機会があるごとに「川勝知事について、どう思っているのか?」という質問を繰り返している。こちらの質問も同様で、JR東海の社員は言葉を濁すばかりだった。

 これら両者の取材や周辺関係者からの話を総合すると、静岡県もJR東海もリニアに関しては波風を立てたくないというのが本音のようだ。つまり、静岡県は「JR東海が自主的にリニアの建設中止を言い出してほしい」と願い、JR東海は「川勝知事が任期を終えるまでの辛抱」と時間をやりすごすしかない。両者とも問題に対して消極的で、関係を悪化させたくないから問題を先送りしたい。そんな空気が漂う。

「5期目はないだろう」JR東海の期待を打ち砕いた立候補

 川勝知事とJR東海の対立構図を複雑にしたのが、2011年に静岡市長に当選した田辺信宏市長だった。田辺市長は、かねてから川勝知事と折り合いが悪いことで知られる。

 田辺市長は静岡市が有する権限の範囲内でリニアの工事を認可した。静岡市も決してリニアに賛成というわけではない。これは田辺市長が川勝知事への反抗心から、あえて許可したとも言われている。実際、川勝知事と田辺市長の仲が悪いことは県庁・市役所の職員なら十分に理解している。いずれにしても田辺市長がリニアの工事を認可したことにより、知事と市長の間にあった溝はより深くなったことは間違いない。

 工事が進められないJR東海は、川勝知事が任期を終えるまで……とひたすら耐えてきた。川勝知事は3期で勇退するとの観測も流れていたが、それらの予想を裏切って2021年の知事選に出馬。鮮やかに4選を決めた。

 川勝知事が4選を決めたことで、JR東海の雌伏期間は4年も延長される。当然、リニア開業も先延ばしになる。最悪の場合、開業できないかもしれない。そんな思いと焦りが交錯し、JR東海は静岡県との交渉でさらなる譲歩をしなくてはならない状況にまで追い込まれていく。

 しかし、川勝知事の4期目の任期は2025年まで。現在74歳の川勝知事が5選に出馬するとなると76歳となる。高齢なので、さすがに5期目は考えづらい。川勝知事が退任するまで粘れば、JR東海に不利な条件を覆せるかもしれない。

 ところが現実は、JR東海の考えを打ち砕いていく。来春の静岡市長選に、難波喬司氏が立候補を表明したからだ。

「リニアに反対はするが、川勝知事を支持しない」静岡市民

 難波氏は川勝知事の下で副知事を務めた経験がある。いわば、川勝知事の懐刀ともいえる存在なので、難波市長が誕生すればさらにリニアは危機的な状況に置かれるだろう。

 実のところ、難波氏は前回2019年の静岡市長選にも出馬を検討していた。しかし、難波氏は静岡政界の支持を固められずに出馬を断念。来春の市長選は、リベンジマッチということになる。

 11月11日に開かれた難波氏の出馬表明会見では、静岡鉄道や鈴与といった静岡財界の重鎮たちが同席した。前回とは異なり、今回は静岡財界のバックアップを取り付けていることを暗に示していた。

 静岡財界関係者の多くは、これまで田辺市長を支持してきた。それにも関わらず、なぜ静岡市の財界人たちがこぞって難波氏の支援を明確にしたのか? 静岡財界にとって、リニア反対という思いで一致している部分はある。それ以上に、難波氏への支援を決定づけたのは、今年9月に静岡市清水区で起こった豪雨災害の対応だった。

 田辺市長は豪雨災害で初動対応をミスった。これが市民の不満を爆発させた。不満を察知した静岡財界が田辺市長から離れていった。

 川勝知事との比較で、田辺市長はリニア推進派と目されてきた。田辺市長がリニア推進派とされる根拠は、先にも触れた工事を認可したことでJR東海に協力しているように映るからだが、他方で静岡市民は「どちらかと言えば反対」という感じで、リニアに対しての関心は高くない。強硬に反対しているとまでは言い難い。

 消極的ながら反対が多数の静岡市なのに、推進派のように見える田辺市長が支持されているのはなぜなのか? それは川勝知事の静岡市を軽視しているかのようなふるまい、それを敏感に嗅ぎ取っていることが一因だろう。

 静岡県には、静岡市と浜松市という2つの政令指定都市がある。政令指定都市は県と同等の権限を持つ。ゆえに、知事といえども静岡市政に深く立ち入ることはできない。静岡市は静岡県の県都で、政治・経済の中心を担う。川勝知事の思うように静岡市は動かないというジレンマを抱えている。

 まさに、川勝知事にとって静岡市は目の上のたんこぶといえる存在だった。川勝知事は何としても静岡市を意のままにコントロールしたかった。そこで、川勝知事は静岡市の人口が減少していることに着目する。

 川勝知事は静岡市の人口減少が顕著であることを理由に、静岡県と静岡市を合併させる静岡県都構想を表明。川勝知事が提唱する静岡県都構想とは、大阪で2回も否決された「大阪市を廃止し特別区を設置すること」の静岡県版といえる。静岡県都構想が実現すれば、静岡市は廃止される。

 当然ながら、政令指定都市ではなくなり静岡市は権限を失う。この構想に対して、静岡市民は猛反発した。

 こうした経緯があるので、静岡市民はリニアに反対はするが、川勝知事を支持しない。川勝知事に対抗できる田辺市長を支持する――という、ねじれ現象が発生した。しかし、清水区の豪雨災害で田辺市長の支持は急落し、ねじれの解消へと向かい始める。

JR東海への不信任の歴史

 ここまでリニア問題におけるJR東海VS.静岡県、そして静岡市という対立構造を解説してきたが、先述したように、静岡県はリニア問題以前からJR東海に対して不信感を抱いてきた。その発端は、川勝知事の前任者である石川嘉延知事の頃まで遡る。

 石川知事は、1993年から2009年までの16年間、4期にわたって知事を務めた。その石川知事在任時に、静岡県とJR東海は激しく火花を散らす事件が起きている。それが、「のぞみ」通行税問題だ。

 それまで東海道新幹線には、各駅停車タイプの「こだま」と速達タイプの「ひかり」が運行されていた。しかし、開業した1964年から歳月を経るごとに「ひかり」の停車駅は増えていった。

 1976年のダイヤ改正で、一部の「ひかり」が新横浜駅と静岡駅に停車するようになり、その後も一部の「ひかり」という制約つきながら停車駅は増やされていった。

 そのため、「ひかり」の「こだま」 化が進む。口の悪い鉄道ファンの間では、各駅停車に近い「ひかり」に対して、皮肉を込めた「ひだま」というネーミングも流布した。

 東京―大阪間を短時間で結ぶという初心に立ち返った国鉄は、1992年から新たな速達タイプの新幹線「のぞみ」を登場させた。「のぞみ」は利用者、主にビジネスマンから好評を博した。

 JR東海は2002年に「のぞみ」の運行本数を増やすダイヤ改正を発表。「のぞみ」が増えれば、それに反して「ひかり」と「こだま」の運転本数は削減される。

 JR東海は、収入の9割近くを東海道新幹線で稼ぎ出している。つまり、JR東海にとって東海道新幹線は生命線でもある。JR東海は民間企業だから、稼げる「のぞみ」を増やするのは当然のことだろう。

 JR東海の「のぞみ」を重視する姿勢は、静岡県を軽視しているのに等しい。ダイヤ改正の発表を受け、石川知事は「静岡県に停車しない新幹線には通行税を課税する」と記者会見で語った。同発言は、明らかにJR東海の「のぞみ」増発を牽制する意図が込められていた。

 石川知事の発言に対して、JR東海の対応は冷ややかだった。なぜなら、通行税を課されたとしても運賃などに転嫁できるからだ。むしろ通行税を取るなら、静岡県に新幹線を停めないことを仄めかすという反撃にも出た。

 JR東海の反撃に、石川知事が矛を収めるしかなく事態は終息。結果的に、両者の争いはJR東海の勝利となり、JR東海は予定通りに、「のぞみ」を増発させている。こうして静岡県に停車しない新幹線が増えていった。

 JR東海と静岡県の対立は、リニア問題でいきなり表面化したわけではない。東海道新幹線の「のぞみ」運行時にまで、その起源を遡ることができる。

 20年という長い歳月で積み重ねられた両者のハレーションは、簡単に解消できないだろう。静岡市長選の成り行き次第では、リニアはさらなる変更を迫られるかもしれない。

 なんとも俗っぽい両者の争いです。片や地方自治体、片や民間企業ですが、民間企業の方が公益性が高いので、どうしても静岡県側の言い分が利己的に映ってしまいます。(実際川勝知事はかなりそう言った性格かも知れませんが)

 リニアのルートを見れば、静岡県は山間部をわずかに通るようで、確かにここでは駅が設置できないのは分かります。そうであれば、はじめからこのルートに関して、静岡県を通らず迂回するルート設計はできなかったのか、疑問がわいてきます。

 それは別にして、静岡県主張の問題に対し、2020年から、科学的・工学的に検証し、その結果を踏まえて今後のJR東海の工事に対して具体的な助言、指導等を行っていくための、「リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議」を開催し今日に至っています。果たして解決に向かって行っているのでしょうか。

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2020年5月11日 (月)

失政連発で高まる玉城デニー知事への不信

1065353236  中国の海警局の船舶が尖閣諸島の領海に9日まで3日連続で侵入しました。領海侵入はしなくても中国公船の尖閣沖の威嚇航行は日常茶飯事です。尖閣諸島は沖縄県に属する日本領土。それなのに沖縄県知事がその暴挙に触れたことは殆どないようです。確かに領土保全は安全保障上の問題で国の管轄。しかし竹島は島根県が国より前面に出て、その奪還を訴えています。

 尖閣諸島は未だ奪われていないから放っておくのでしょうか。それより気になるのは前知事の故翁長氏同様、玉城現知事が中国に忖度し続けていることでしょう。米国には日本の安全を守られながら、米軍を忌み嫌い島から追い出そうとしています。それが島民の意思だという思い込みで。

 しかし沖縄の経済は日本でも最低レベル。それなのに、米海兵隊の辺野古移転阻止を政策のトップに掲げ、県民無視の政策課題に奔走しているように思われます。ここにきて新型コロナウイルスの感染拡大問題が発生しました。その対応の拙さなど玉城知事の政策運営の問題点が浮き彫りになっているようです。月刊Hanadaプラスの記事「失政連発で応援団からも批判続出!高まる玉城デニー知事への不信」(フリージャーナリスト石本譲二氏 5/7)から引用して以下に掲載します。2

武漢コロナウイルス対策だけでなく、猛威をふるった豚熱への対応も後手後手で、遂に県政与党や応援団からも批判が殺到!“メディア受け”する基地問題では張り切るが、肝心の代案もなくパフォーマンス一色。停滞する経済、深刻化する子供の貧困など対しても何ら対策を示さず、一方で業者との不適切な関係疑惑が――もはや知事失格の烙印を押さざるを得ない!

危機管理の未熟さ、人口比率では東京都を上回る感染者数

世界的規模で猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大は、沖縄でも深刻だ。そして、県民が危惧の念を強めているのは、玉城デニー知事のもとでの危機管理の未熟さである。  

県内では2月14日に沖縄本島南部の60代女性が感染したと確認されたのを皮切りに、2月中に感染者が3人となったものの、その後は3月下旬まで1カ月も新たな感染者が現れなかった。それに気を許したのだろうか。2月27日にいったんは中止や延期の方針を決めた県主催のイベントを、3月13日には必要な対策を講じることを条件に、開催する方針に緩和してしまっていたのだ。  

3月下旬以降に感染者が急増したことを受けて、4月4日に再び中止・延期の方針を決めた。  

迷走する玉城デニー県政のもとで、いまや沖縄県では4月15日現在ですでに感染者の数は86人と、人口比率では東京都を上回る数だ。県内の離島のなかには、医療体制が十分でないところも多い。

日本の安全保障政策にも直結する重要な選挙

その沖縄では、5月29日告示、6月7日投票という日程で沖縄県議会選挙が行われる。新型コロナウイルスの感染拡大防止のために集会を開くことができず、各陣営とも盛り上げに四苦八苦しているが、地方の一県議選と片づけるわけにはいかない重要な選挙である。  

政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり反対の姿勢を続ける玉城デニー知事の任期の折り返しにあたり、中間評価という意味合いがあるからだ。日本の安全保障政策にも直結する重要な選挙と位置づけることができる。  

選挙の焦点は、玉城知事の県政を支える共産党や社民党、さらに沖縄のローカル政党である社大党など革新各党からなる「オール沖縄」勢力に対し、県政野党の自民党や公明党などが過半数を奪うことができるかどうかだ。  

沖縄県議会の定数48のうち、現在は2議席が欠員である。県政与党は現在、社民・社大・結連合が11、おきなわが8、共産が6など合計26で過半数を握る。  

一方、県政野党は、自民が14、公明が4に留まる。また、これまで県議会で自公と協力関係にあった維新は、下地幹郎衆議院議員がカジノ誘致をめぐり中国企業から現金を受け取っていた問題で維新を除名されたことを受け、2人の現職県議も維新を離れ、新たに無所属の会という会派を立ち上げている。自民・公明にこの2人を合わせても、現在は20。県議会で過半数を奪うには、5議席増やさなくてはならない計算になる。

沖縄経済にとって未曾有の危機!それでも遅い対策

沖縄県議選の争点はなにか。地元紙はいつものように、辺野古移設問題が最大の争点だというが、やはり新型コロナウイルスへの対応が、県民にとっても最も気になる問題であるはずだ。  

その点では、玉城デニー県政による危機管理に疑問符がつくのは冒頭にお伝えしたとおりだ。3月には那覇空港の第二滑走路の供用がスタートしたが、那覇空港を発着する海外路線230便がすべて運休となってしまっている。  

観光を主力産業とする沖縄経済にとって未曾有の危機であり、ホテルやタクシー、飲食など関連産業は深刻な打撃を受けているが、その対応策ともなると県の動きは遅い。

豚熱への対応でも後手後手

沖縄では、この新型コロナウイルスの感染拡大よりも前の今年1月に、豚の感染病である豚熱が猛威を振るった。最初に豚熱が発生したうるま市の農場から県への通報が非常に遅れたため大きな被害をもたらしたとされるが、県の対応もまずい。  

県内の養豚業者からは早期にワクチン接種を望む声が寄せられたが、ワクチンの接種を決めたのは2週間以上経ってから。県政与党からも「遅い」の声が上がった。  

昨年10月には、沖縄県民の心の拠り所である首里城が火災で焼失したが、未だに火災原因が明らかになっていない。火災原因の特定は、県警や那覇市消防本部がすべきことだが、両者は「火災原因はわからない」とすでに匙を投げている。  

そもそも首里城の管理責任は県にあり、玉城知事は「再発防止策を取りまとめる」とたびたび述べているが、火災原因も分からずに、どうやって再発防止策を練るというのだろう。

県民の生命や健康より支持母体の意向を重視するのか

玉城知事の優柔不断ぶりが厳しく問われている課題がある。沖縄本島北部の基幹病院の整備計画だ。

北部の名護市には、大規模病院として県立北部病院と北部地区医師会病院がある。二つの病院ともに慢性的な医師不足に悩まされ、医師が常駐しない診療科が増えてきたことから、二つの病院を統合し新たな基幹病院を設置する方針が決まったが、これに反対するのが県職員労組だ。  

統合によって、県立北部病院の職員のなかには県内の他の県立病院へと転属を求められることが予想されるからだ。  

県職労は、玉城知事を支持する有力母体である。そのせいであろう、玉城知事は判断を先延ばしして、いつまで経っても整備に向けた基本合意書に同意しようとしない。これには、県民の生命や健康より支持母体の意向を重視するのか、と県民の批判が高まっている。

「移設反対が県民の総意」は本当なのか?

地元紙が最大の争点だとする辺野古移設問題についても触れておこう。  

この問題をめぐっては、昨年2月に辺野古沖の埋め立ての是非を問う県民投票が行われた。県内の学生らが中心となって始まった県民投票の実施を求める署名活動に、革新各党や地元紙などが乗って実施され、「埋め立てに反対する」が72%を得た。  

これをもって地元紙などは「移設反対は県民の総意」とするキャンペーンを展開したが、そもそも投票率は有権者の52%あまりに過ぎない。移設をやむなしとする県民の多くが投票に行かなかったためだと見られている。有権者全体を見ると、「埋め立てに反対」としたのは38%に留まっているのだ。これをもって移設反対が県民の総意とは言えないだろう。  

沖縄では、辺野古移設についてやむなしとの立場を表明しにくい雰囲気がある。そんなことをすれば、マスコミの吊し上げに遭ってしまうからだ。2013年に当時の仲井眞弘多知事が辺野古沖の埋め立ての承認に踏み切った途端、マスコミから「裏切り者」と総攻撃を受け、翌年の知事選で敗北してしまったことはまだ記憶に新しい。

深刻な子供の貧困率

ただ、ここ数年、沖縄の県民の間で、辺野古移設問題への関心が薄れてきているのも事実だ。沖縄県が昨年3月に公表した県民の意識調査では、県が重点的に取り組むべき施策として、これまで調査のたびにトップだった「米軍基地問題の解決促進」を抑えて新たにトップに挙げられたのは、「子供の貧困対策の推進」だった。2位を16ポイント近くも引き離してのトップである。  

離婚率や一人あたりの県民所得、非正規雇用率といった指標が全国で最悪の沖縄県は、子供の貧困率も全国で最も高い。前知事の翁長雄志氏は在任中に、「基地問題に労力の8割から9割を割いている」と発言したが、そんな翁長氏や玉城デニー氏のもとで、基地問題ばかりフレームアップする県政が続くことへの不安感は高まっている。

単なるパフォーマンスで代替案を示さない

それは、知事を支えるはずの県職員とて同じことだ。

「辺野古関連の訴訟は、勝算がないのを承知でやっていて、単なるパフォーマンスと化していました。辺野古反対を言うばかりでなく代替案を示してもいいのではないかと思いますが、知事からはそうした指示が降りてくるわけでもない。辺野古移設問題を担当する知事公室以外の部署では、職員のモチベーションが上がりようがありません」(県庁幹部)  

3月26日には、最高裁がまたもや辺野古移設問題をめぐり沖縄県の訴えを斥けた。すでに翁長県政時代に、仲井眞元知事による埋め立て承認を取り消したものの、国に違法だと訴えられて最高裁で敗訴。今回は承認を撤回するという県の措置に対する裁判だったが、あらためて敗訴したわけだ。  

これには玉城デニー知事の応援団である地元紙の「沖縄タイムス」も、「県は敗訴が確定すれば戦略変更を迫られる」と指摘する(3月21日付記事)。  

近く埋め立て予定地にある軟弱地盤を改良するための設計変更が防衛省から県に申請される予定だが、沖縄県はこれを認めない方針だから、またもや国と沖縄県の対立が続くことになる。本土の読者のなかには「またか」と思われる方もいるやもしれない。じつは沖縄でも、多くの県民がこの問題よりも重要な課題があると認識するようになっているのだ。

県民が失った額は2670億円

また、国との対立が続いた影響ということであれば、翁長県政とそれを引き継いだ玉城デニー県政の間に沖縄振興一括交付金が大幅に減額になったことも見逃せない。  

いわゆるヒモ付きではなく、県や市町村が自由に使途を決めることができる一括交付金は、仲井眞元知事が国に認めさせた独自の制度で、仲井眞県政の最後の年の2014年度には1759億円あったが、2020年度予算では1014億円にまで減額した。この6年間で県民が失った額は、2670億円にもなる。  

一括交付金の減額によって、市町村のなかには公園の整備など予定していた事業の中止に追い込まれたところもあり、暮らしに直結する影響が出ている。

大型会議施設も鉄道敷設計画も全く前進せず

先ほど指摘した那覇空港の第二滑走路も、それまで滑走路が1本しかなかったために空港の発着枠は限界ギリギリで、夕方の混雑時間帯は上空で飛行機が旋回して着陸の順番を待つことが常態化していたが、第二滑走路の完成で、発着枠はこれまでの1・8倍の24万回となった。  

第二滑走路は当初、工期は7年とされていた。それを仲井眞元知事が在任中に菅義偉官房長官に直談判して、5年あまりに短縮させたのだ。観光振興には早期整備が欠かせないとの判断からで、第二滑走路の整備は仲井眞県政が残した最大の功績のひとつである。  

では、翁長・玉城の両県政で、新たに大型の事業がスタートしただろうか。翁長県政は沖縄本島東海岸の与那原町での大型会議施設のMICEの建設を肝煎り事業として掲げていたが、未だに予算化のメドも立たない。仲井眞県政時代に検討作業が本格化していた本島を南北に循環する鉄道敷設計画の事業化も、まったく前進していない。

「新型コロナウイルスの感染が拡大するまでは、観光を牽引役に沖縄経済は絶好調でした。そのため、多くの県民は意識していませんが、新規の大型事業が翁長・玉城県政ではまったく進んでいません。将来を見越して新規事業を進めるのが行政というものです。いまの好景気は仲井眞県政時代の種まきが実を結んでいるわけですが、こんな調子では10年、20年先の沖縄はどうなるのか」(前出の県庁幹部)

クリーンなイメージの裏で業者との不適切な付き合い

クリーンなイメージで見られがちな玉城知事だが、業者との不適切な付き合いも指摘されている。玉城氏が自らの政策を推進するために立ち上げた「万国津梁会議」の運営を支援する業務を受託した業者と、契約の前日に会食していたことが発覚したのだ。しかも、この業者の沖縄事務所長は、長く玉城氏の支援者でもあった。  

県議会での追及に、玉城氏は私的な会食であり、支援業務については話をしていないから問題ないとの答弁を貫いたが、これには玉城応援団の地元紙もさすがに「癒着を疑われるのも当然だ」との識者のコメントを掲載せざるを得なかった。  

こうした玉城知事の失政の数々をどこまで野党の自民党や公明党が攻め切れるのか。2年後には県知事選挙も控えており、沖縄をめぐり、政治が再び熱くなってきた。

 確かに沖縄への米軍基地の集中問題は解決すべき課題でしょうが、しかし自衛隊の基地を加えるとその総面積は飛びぬけて多いわけでもないようです。そして辺野古移転問題は、住宅密集地にある普天間基地の軽減策の一環でもあり、ここに政策の重点を置く意味が県外の人の目からは分かりにくい。どうも一部反日サヨク陣営の活動ターゲットとされている感じが強くされています。

 それより県民の本音は日常生活の向上を求めているはずです。日本で最低レベルの県民所得やインフラの整備状況を改善するのが一番でしょう。安全保障問題に直結する基地問題などは、全体像は原則国の方針に合わせ、細部において国とよく連携を取りながら、県民の負担にならないよう図ることだと思います。逆に基地に依存する人たちもいることも忘れずに。

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2019年9月20日 (金)

川崎市会議員の主張する「人権尊重のまちづくり条例」の問題点

20190625231604  今回は川崎市市会議員三宅隆介氏のコラム『「(仮称)川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」について』を取り上げます。民族差別の言動を「ヘイト」と名付け、外国人、特に半島出身者へのヘイトを防止しようと言う、人権擁護活動が盛んにおこなわれています。この川崎市の動きも、多分に彼らの活動が背景にあるものと思われます。以下三宅氏の主張を紹介します。

<川崎のイメージを損ねる悍(オゾ)ましきデモ騒ぎ>

 去る令和元年6月24日、川崎市は「(仮称)川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の素案を公表しました。

 川崎市では、平成25年5月12日から平成28年1月31日までの期間、計12回にわたり、JR川崎駅前の繁華街を中心とする川崎市内で、在日韓国・朝鮮人の排斥を訴えるデモが実施されました。

 中でも、平成27年11月8日と平成28年1月31日のデモは、それぞれ、「川崎発!日本浄化デモ」、「川崎発!日本浄化デモ第二弾」などと銘が打たれ、在日韓国・朝鮮人を対象に、「ゴキブリ朝鮮人は出て行け」「じわじわ真綿で首を絞めてやるからよ」「川崎に住むごみ、ウジ虫、ダニを駆逐するデモを行うことになりました」などの文言が発せられ、拡声機等を複数台使用するなどして騒々しくなされました。

 デモに反対する者らや警察官が多数いたことで現場は騒然とし、その光景は川崎市の都市イメージ向上に努めてきたものたちにとって、とても看過できるものではありませんでした。

<言葉の定義の大切さ>

 これを受け、川崎市議会では平成28年3月18日に「あらゆる差別の撤廃に向けたまちづくりの推進に関する決議」が賛成多数で可決されたのですが、当時、市議会では唯ひとり私だけが反対をしました。

 その理由は、むろん民族差別はあってはなりませんが、「ヘイト」の定義を曖昧にしたまま“反ヘイト”を理由(口実)に日本国民の民族的主張が抑圧されることがあってはなりませんし、また「ヘイト」の定義を曖昧にしたまま“反ヘイト”を利用して特定の国家民族の政治的主張が肯定されたり、非日本民族の行状が隠蔽されたりしてはならないと考えたからです。

 何よりも定義が曖昧なまま言葉が独り歩きするようなことになれば、まさに「言論の自由」そのものを危うくする可能性があるにもかかわらず、未だ多くのメディアは「ヘイト」という言葉を明確に定義しないまま反ヘイト路線での報道を行っています。

 ときに日本のメディアは言葉に対して不誠実なところがあり、当該問題を論じるに当たってはそのことを強く指摘せざるを得ないと思います。

 例えば、典型的な事例として、いわゆる「体罰問題」があります。多くのメディアは「体罰」と「暴力」の違いを曖昧にしたまま「体罰は悪である」と断罪します。しかしながら、私は「体罰」を「子どもの進歩を目的とした有形力」と定義し、子どもの進歩を目的としない有形力を「暴力=虐待」と定義しています。因みに「進歩」とは「正しい理性(正しい精神の技術)の獲得」を意味します。

 このように、言葉が明確に定義されていれば「体罰は(ハードウェアとして)善である」ことが解り、体罰の仕方、即ちソフトウェアによっては善悪に分かれることが理解できます。もしもその体罰によって進歩とは無関係に子どもが大怪我をしたのであれば、それは体罰ではなく暴力であり虐待ということになります。つまり、体罰はその有形力の行使の仕方によって善悪に分かれるということです。

 もっと身近な事例を示すと、例えば医療ミスによって手術中に患者が亡くなったとします。むろん、お亡くなりになった患者さんやご遺族は実に不幸なことですが、それはあくまでも医療行為の仕方(ソフトウェア)に問題があったわけですが、だからといって医療制度というハードウェアそのものを廃止しようという議論にはならないはずです。

 ところが、「体罰問題」になると、なぜか日本のメディアは忽ちにこうした思考回路がショートします。だから、「ヘイト」という言葉が明確に定義されないままに、決議だの条例だの法制化だのという流れが加速しないように拙速な市議会の決議案に反対し、一石を投じようとしたわけです。

<国の法律と川崎市の条例素案>

 川崎市議会が「あらゆる差別の撤廃に向けたまちづくりの推進に関する決議」を可決した後、即ちその年の6月には、やはり前述の二つのデモ(平成27年11月8日と平成28年1月31日のデモ)が転機となり、横浜地方裁判所川崎支部は「デモ禁止の仮処分決定」(平成28年6月2日)を下し、国においては『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』(平成28年6月3日。以下「差別解消法」という。)が施行されました。

 因みに、この「差別解消法」を、数年前にその成立が危惧された、いわゆる『人権擁護法案』の焼き直し法ではないかと懸念するむきもありますが、その条文を読む限りあくまでも理念法ですので焼き直し法とは言い難いと思います。

 今回、川崎市が示した「(仮称)川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の素案は、基本的に「差別解消法」に準拠しています。準拠されていないのは、

 いわゆる「罰則規定」の部分です。この罰則規定については、メディアを中心に「言論の自由」の侵害が危惧されているところです。

 川崎市当局によれば、この条例が対象としているのは、あくまでも「デモや街頭での演説における本邦外出身者に対する不当な差別的言動」であり、デモや街頭以外の、例えばネットやSNSでの投稿は対象としていない、とのことです。

 なお、公共空間におけるデモや街頭での発言を、もしも川崎市当局が不当と判断(「差別解消法」の規定に基づくほか、更に一定の要件を設け限定を加えて判断)した場合は、次のような条例上の手続きがとられるとのことです。

まず、市長は「差別防止対策等審査会」の意見を聴き、条例上の違反行為を行わないように対象者に「勧告」を行う

 ↓

対象者がその勧告に従わなかった場合、市長は再び「差別防止対策等審査会」の意見を聴き、条例上の違反行為を行わないように今度は「命令」を下す

 ↓

それでも対象者が従わなかった場合、市長は対象者の氏名又は団体の名称、住所、団体の代表者等の氏名のほか、命令の内容その他規則で定める事項を公表する

 ↓

そこではじめて市長は対象者を刑事告発することとなり、検察当局が起訴するかどうかの判断をし、起訴した場合、裁判所が罰則の是非を決定するという流れです。

<放置すれば、再び『人権擁護法案』を求める機運が…>

 基本的に私は、本来このような条例はないほうがよいと考えております。とはいえ、川崎市で起きているような「悍ましきデモ騒ぎ」をこのまま放置しておけば、川崎市の都市イメージを損ねることになるとして、市長は全国初となる「罰則付き条例」の制定を決心したのだと推察します。

 そして私が最も危惧しているのは、今回のような「悍ましきデモ騒ぎ」を行政が放置してしまうことで、やがてまたかつての『人権擁護法案』のような、川崎市の条例素案など問題にならないほどの恐ろしき規制法令を求める機運が高まりかねないことです。

 例えば『人権擁護法案』は、人権擁護委員がその言動(日本人による非日本人に対する政治的批判)を“人権侵害”と一方的に認定すれば、裁判所の令状なしにその対象者を連行できる、という警察以上の権限を人権擁護委員に付与しようという恐ろしい法案でした。

 もしもそのような法令が成立するようなことになれば、かえって日本国民による「非日本人に対する政治的批判」が抑圧されることになり、「言論の自由」どころの話ではなくなります。

 したがって、このような法令を求める機運が再び高まるまえに、地域の安全と秩序を預かる地方行政が何らかの措置を講じることは当然の対応であると考えます。

<目的どおりに運用させるのが議会の務め>

 一方、川崎市議会を含め地方議会の多くは、議席の過半数を首長与党によって占められております。よって今後は、川崎市が制定しようとしているような、非日本人に対する不当な言動を伴うデモを取り締まることを目的とした条例が、次々と全国の地方自治体で制定されていくことが予測されます。

 ご承知のとおり、多くの自治体首長が実績づくりのために先進条例として他都市で制定されたものと同様の条例を制定していくのが現在の地方行政の実態です。川崎市が制定しようとしている「(仮称)川崎市差別のない人権尊重の まちづくり条例」もまた、その先駆けとなるものです。

 そのとき、日本国民の「デモの自由」や「言論の自由」を損なうことなく当該条例を運用することができるのかどうか、そのことがまさに問われるところです。

 例えば、罰則を科すに当たっては、科される側に反論の機会が与えられなければならないでしょうし、指弾する勢力の行状について、科される側による説明が十分に為されることも必要でしょう。なによりも罰則は明確な定義により対象が限定されたものでなければならないと思います。

 また、解釈の裁量余地が広ければ広いほど執権者の政治的恣意による運用が可能となり、当該条例が外国勢力による我が国への政治介入の格好の道具にされてしまうことにもつながりかねませんが、当該条例が「差別解消法」の枠を出ない限り、今のところ、その心配はなさそうです。

 ただし、仮に素案のまま当該条例が制定されることになるとしても、私は川崎市議会において、次のことだけは主張していきたいと思っています。

1. たとえ当該条例が制定されようとも、当該条例を利用し、特定の国家・民族・国際団体などが、我が国において我が国に対する政治的主張を展開し、それにより我が国の政治が「彼らの利益」を擁護・拡大するように動かされることが  あってはならない。もしもそれを可能にするような立法行為であるならば、それこそ外患誘致に等しく、決して許されることではない。

2. 日本民族とは基幹民族に外来要素が徐々に加わりつつ生成されるものだが、日本民族も非日本民族も共に民族差別を行ってはならず、当然そうした民族差別は取り締まられる社会にしていかねばならない。ゆえに非日本民族による  日本民族への差別もまた許されない。

Images-2_20190917112401 3. そもそも差別的行為とみられるような活動が我が国において頻繁に起きているのは、非日本民族による日本民族に対する差別行為と、これを政治が野放しにしてきたことに起因している。まずはその認識を持つ必要がある。むろん日本民族基幹の前提で諸民族が共存していける社会が望ましいものであることに異論はない。しかし、そこで重要になるのが、いずこの国においても本邦外出身者はその国において分をわきまえることである。「分」とは即ち「ここは他所様の国であるという慎み」とも言えるが、そのことは日本国民が外国に居住した場合も同様である。

4. 我が国は国籍と民族がほぼ一致している世界でも稀な国家である。つまり民族が国民であり、国民が民族であり、民族国民国家であることが我が国の姿なのである。日本国民の主幹民族である日本民族は、主幹民族としての存在を維持し発展させる根源的権利を有している。

5. 4のような理由から「帰化」とは数世代を経たのちに日本民族に統合されることが前提となる。むろん異民族が国民として存在することは否定されないが、それは占領憲法の第一条においても規定されているように、天皇を日本国と日本国民統合の象徴として奉戴する前提においてである。

<結言>

 歴史を振り返りますと、我が国は第一次世界大戦後のパリ講和会議においても、あるいは大東亜会議においても、「諸民族の平等」を確固として主張してきました。そして諸民族が自国の流儀(文化)を主権的権利として自国の内に守り発展させることも支持してきました。

 非日本民族が我が国において良き隣人として日本民族と共存していける環境を整えることは我が国の政治においてもちろん必要なことであると考えますが、大東亜戦争に敗戦して以降、我が国では日本民族の民族的権利と主張の抑圧によって非日本民族の横暴を日本民族が容認させられる形での共存が強要されてきました。例えば、東京裁判史観、教科書捏造、靖国破壊をはじめとする内政干渉への屈伏がそうであったように。

 近年芽生えてきたそれらに対する日本国民の自覚と抵抗を、もしも「ヘイト」と呼ぶのであれば、それは日本民族への差別・抑圧構造を維持しようとする勢力のあがきに過ぎません。だからこそ、行政も議員もメディアも、今後一切「ヘイト」の語を使用するべきではないと考えているわけです。正しい国語を使わず、外国語を安易に使用することは日本民族に対する差別行為といってよい。因みに、「差別解消法」にも、川崎市が制定しようとしている当該条例(素案)にも、その条文上「ヘイト」という言葉は使用されていないことを付しておきます。

 川崎市が制定しようとしている「(仮称)川崎市差別のない 人権尊重のまちづくり条例」は、前述の二回の「悍ましきデモ(平成27年11月8日と 平成28年1月31日のデモ)」が二度とこの川崎で繰り返されないことを目的としていますが、これまで述べてきたとおり、今後、素案のまま条例が成立し施行されようとも、その運用には徹底した監視の目を注いでいくことが市議会議員として当然の「責務」だと考えます。

 例えば、行政が違反行為に対して勧告や命令、さらには公表や刑事告発といった措置を講じる場合には、当然のことながら市議会の常任委員会にも報告がなされるはずです。そうした機会を逐一逃すことなく、条例が適正に運用されているのかを監視していかなければならないと思います。日本国民たる「川崎市民」のために…

 三宅議員のご意見ご高察に敬意を称するとともに、賛同します。ともすれば民族問題が入れば理念や情緒優先の考えが先走るきらいがあります。そこは三宅議員の言う通り、「ここは日本だ」という大前提で論理的に事を進める必要があるでしょう。今後のご活躍を大いに期待したいと思います。

 そして三宅氏の「大東亜戦争に敗戦して以降、我が国では日本民族の民族的権利と主張の抑圧によって非日本民族の横暴を日本民族が容認させられる形での共存が強要されてきました。例えば、東京裁判史観、教科書捏造、靖国破壊をはじめとする内政干渉への屈伏がそうであったように。」という主張にわれわれ日本人は深く反省し、新たな日本人としてのアイデンティティを醸成する必要があるのではないかと思います。

 多くの日本人、とりわけ日本より外国を擁護する知識人やマスコミは、日本で行われている外国人に対する差別的発言は目の敵のように騒いで取り上げますが、南北朝鮮で行われている日本に対する差別的言動は、それより数倍も酷いものだということを知らないか、知っていても見て見ぬふりをしています。日本だけが先走ってそれこそ表現の自由を押さえつけるような愚を犯さないようにしなければならないと思います。

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