反日メディア

2022年2月19日 (土)

Netflix作品『新聞記者』に見る、東京新聞と望月衣塑子記者の正体

13_20220219104801  Netflixと映画製作会社のスターサンズが共同企画製作したNetflix作品『新聞記者』が1月13日から配信されています。2019年6月公開映画『新聞記者』を連続ドラマ化したものだと言うことです。

 しかしこのドラマ、東京新聞の望月衣塑子記者が、財務省の職員の自殺の遺書を入手したあたりのエピソードをストーリー仕立てしているようですが、フィクションと言っているもののあくまで実話を模写した展開で、問題なのはそこに悪質な改竄が加わっていることでしょう。

 元東京新聞の論説委員で現在ジャーナリストの長谷川幸洋氏が、2週にわたって現代ビジネスに寄稿した記事からその概要を見てみます。タイトルは『Netflix「新聞記者」騒動で明らかになった、大手マスコミの「ご都合主義」 以前と何も変わっていない』(2/04)、と『Netflixのドラマ「新聞記者」、まだまだ「問題だらけ」だと言える理由 一体、何が起こっているのか?』(2/11)で、以下に引用します。

 ◇

(1)Netflix「新聞記者」騒動で明らかになった、大手マスコミの「ご都合主義」

ドラマ「新聞記者」制作の内側

動画配信サービスのNetflix(ネットフリックス)が配信中のドラマ「新聞記者」が炎上している。週刊文春が「森友遺族が悲嘆するドラマ『新聞記者』の悪質改ざん」と題した記事で、驚愕の内幕を暴露したのだ。以下、私が気になった点を書いてみる。

問題の記事は、2月3日号に掲載された。内容をご承知の読者も多いと思うので、簡単に紹介するが、森友事件で自死された財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんをモデルに、遺書を「東都新聞の女性記者が入手した」というストーリーを軸に描いたドラマである。

遺書入手をはじめ、ドラマは、多くの点が森友事件の出来事とは異なるのだが、制作者は「フィクション」と言っているので、ここでは措く。以下、週刊文春の記事を基に、いくつか挙げてみよう。「事実関係が違う」という指摘があれば、後で訂正しよう。

赤木さんはドラマ制作に全面協力したのか、と思いきや、実は、モデルと思われる東京新聞の望月衣塑子記者やプロデューサーの河村光庸氏に不信感を抱いて、協力を断っていた。結局、望月氏とはその後、音信不通状態になるが、河村氏らは制作を続け、完成後に突然、謝罪を申し出た、という。

だが、望月氏は謝罪の場に現れなかった、という。

記事によれば、赤木さんは「なぜ彼女はこの場に来ないのですか」と尋ねたが、河村氏は「望月さんには何度も同席するよう頼んだんですが、『会社の上層部に、もう一切かかわるなと止められている』と」返すのが精一杯だった、という。

これは、河村氏がそう思い込んだか、勝手にそういう話にしてしまった可能性もある。だが、もしも本当だったら、見逃せない。

東京新聞は自社PRのためにドラマ制作に協力し、記者が遺族から遺書を借りておきながら(その一部を返していないことを承知していたかどうか、はさておき)「一切かかわるな、と指示した」という話になってしまう。にわかに信じがたい話である。

そのうえ「望月記者が『報道のため』というから、(注・赤木さんが望月氏に)貸し出した写真や画像データ、遺書、音声データなどは一部しか返却されていない」という。東京新聞は、そんな事情を知らなかったのだろうか。

コメントを読んでも疑問が残る

東京新聞は、文春の取材に何と答えたか。

〈取材源にかかわることや取材内容など業務にかかわることはお答えしておりません。取材で得た情報等を報道目的以外で使用することはありません。ネットフリックスへの協力は、社屋を撮影場所として提供した範囲の協力であり、ドラマの内容には関与しておりません〉

文春によれば「今も東京新聞を訪ねると、ドラマをPRする特設コーナーが社屋に設けられ」ている、という。ドラマのPRを兼ねて、自社のPRにも利用しているとすれば「ドラマの内容に関与していない」というのは、少し苦しくないか。中身に注文を付けてはいないとしても、事前に「PRに役立つドラマ」くらいの認識はあっただろう。

「取材で得た情報等を報道目的以外で使用することはない」という言い分にも、首をかしげる。文春によれば、望月氏は、赤木さんに最初に接触したときから、河村氏の手紙を紹介し、ドラマ制作の話を持ちかけているからだ。東京新聞が事前に知らなかった可能性はあるが、結果的に疑問が残るコメントになっている。

そもそも、望月氏は、自分が考える正義のためには「報道記者の仕事を逸脱してもいい」と考えているフシもある。それは、望月氏自身が最近のインタビューで認めている。次のようだ。

〈良くも悪くも、私が踏み越えている部分はたくさんあります。今回の場合は『(注・入管法)改正案を通してはいけない』という一心でしたね。報道で世の中が変わる部分もあります。でも、すべての議員がニュースを熱心に読んでいるわけではない。報道以外の方法でも伝えていかなくてはいけないと思うんです〉(BUSINESS INSIDER 1月13日)

そう考えるのは、彼女の勝手である。ただ、そうだとすれば、ますます望月氏は「取材で得た情報を、そのままドラマに利用したのではないか」と見られてしまうのではないか。

このインタビューは「Netflixでドラマ化『新聞記者』望月衣塑子氏に聞く、社会の理不尽に立ち向かう原動力」というタイトルが付けられている。だが、中身はなぜか、肝心のドラマに何も触れていない。編集者がキャッチーなコピーにしただけなのだろうか。

5年前と比べて、何も変わっていない

私が望月氏だけでなく、東京新聞の姿勢が気にかかるのは、かつて私が関わった「ニュース女子」騒動の際、東京新聞は番組と何も関係ないのに、途中から出てきて「『ニュース女子』問題 深く反省」という「社告のような反省文」を掲載した経緯があるからだ。

この反省文では、当時の論説主幹が「他メディアで起きたことであっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します」などと書いていた。

私に言わせれば、番組とまったく関係ない東京新聞の論説主幹が「なぜ、責任と反省を深く感じるのか」(反省を感じる、という日本語もおかしい)という話である。それは左翼から批判を浴びて「左派新聞としての姿勢を疑われかねない」、もっと言えば「読者を失う」と心配したからだろう。

つまり、東京新聞は「ビジネス上の都合」で反省文を掲載した。

今回も、まさに「ビジネス上の判断」でドラマ制作に協力した、と私は思う。ところが「取材で得た情報等を報道目的以外で使うことはない」と説明し、都合が悪くなると「社屋を貸しただけ」と言っている。そして、記者は何も答えていない。

これこそ「ご都合主義」ではないか。「報道の倫理」や「新聞社、記者としての節度」はどこにいったのか。40年以上もそれなりに仕事をしてきた東京新聞OBとして、実に情けない気持ちである。繰り返すが、関係者に反論があれば、お寄せいただきたい。

(2)Netflixのドラマ「新聞記者」、まだまだ「問題だらけ」だと言える理由

プライドはどこへ消えたのか?

先週のコラムで、動画配信サービスのNetflix(ネットフリックス)が配信中のドラマ「新聞記者」の話題を取り上げた。その後、いくつかの事柄が分かったので、フォローアップしておこう。新聞とジャーナリズムにとっては、重要な問題と思うからだ。

まず、モデルになった東京新聞について、私は先週のコラムで「事前に『PRに役立つドラマ』くらいの認識はあっただろう」と書いた。どうやら、その通りだったようだ。

というのは、東京新聞の望月衣塑子記者が昨年10月に出版した著書「報道現場」(KADOKAWA)で、東京新聞が編集局を撮影場所として提供する経緯を明らかにしているからだ(著書は「虎ノ門ニュース」で、ご一緒した須田慎一郎さんに教えていただいた)。そこで、望月氏は東京新聞代表の言葉を、こう記していた。

〈…撮影は20年夏から始まることになった。新聞社のシーンの撮影は、映画と同様に東京新聞の編集局を使わせてほしいという依頼を受けたと聞いた。コロナ禍ではあったが、PCR検査を毎日おこなうなど、感染対策を徹底するということなどを条件に、最終的に東京新聞の菅沼堅吾代表も承諾してくれた。

「若い人にも共感をもって読まれる新聞とは何か。新聞業界やジャーナリズムというテーマにしっかりスポットを当ててくれている。せっかくの機会だから提供しないとな」

菅沼代表が後にOKした理由をそう教えてくれた。本当にうれしかった〉

東京新聞は、ドラマが新聞業界やジャーナリズムの宣伝になると考えて、社屋を撮影に提供していた。これを読んで、私は「やっぱりそうか」と思った。同時に、そうだとすると「新聞のプライドはどこに行ったのか」と、がっかりした。

「堕落」を象徴している

ドラマは、森友事件で自死された財務省近畿財務局の職員、赤木俊夫さんの妻、赤木雅子さんがモデルになった遺族の女性が、東京新聞と思われる東都新聞に夫の遺書を提供する、という設定だ。そして「東都新聞」は遺書を1面トップで大々的に報じた。

現実はどうだったかと言えば、遺書を入手したのは、元NHK記者の相澤冬樹氏であり、相澤氏の記事として、遺書の内容を報じたのは、2020年3月18日に発売された週刊文春だった。2月3日号の週刊文春によれば、望月氏が赤木さんに初めて接触したのも、この週刊文春の記事がきっかけだ。

東京新聞は同じマスコミ業界にいるのだから当然、遺書を報じたのは週刊文春で、記事を書いたのも望月氏ではなく、相澤氏と認識していたはずだ。

そうだとすると、東京新聞は「自社の特ダネではない」と知っていながら、あたかも自社の特ダネであるかのように描いたドラマが「新聞業界やジャーナリズムの宣伝になる」と思って協力した、という話になる。

いわば「特ダネを横取りした」形だ。いくらドラマとはいえ、これはちょっと恥ずかしくないか。「新聞業界やジャーナリズムなんて、こんなもの」と思われたら、他社だって迷惑だろう。「ウチは週刊誌の特ダネを横取りしてまで宣伝しよう、とは思わないぜ」という声が聞こえてきそうだ。

ドラマでは「週刊文春」と「週刊新潮」がモデルと思われる「週刊文潮」なる週刊誌の記者が登場し、赤木さんを待ち伏せ取材するシーンが描かれている。あたかも「下品で無礼な記者」といった扱いだ。いかにも、週刊誌を貶めるような描き方だった。

これも、私は「特ダネを報じた週刊誌に申しわけないじゃないか」と思う。新聞やジャーナリズムのプライドは、どこに行ったのか。こういう姿勢こそが「新聞の堕落」を象徴している。いや、そう言ったら他紙に失礼か。これは東京新聞の問題だ。

「真摯な対応」するのは当然

東京新聞は特ダネをとれなかっただけではない。

文春記事によれば、遺族である赤木さんと望月氏、プロデューサーなど制作陣との関係もこじれている。にもかかわらず「赤木さんが東都新聞に遺書を持ち込み、それを報じた」という筋書きは、赤木さんとすれば、気持ちを逆なでされたも同然だったのではないか。

ドラマとはいえ、結果的にであれ、新聞が遺族にそんな扱いをしていいのか。弱者に寄り添うどころか、弱者に鞭打つような仕打ちと思う。

関係悪化を、東京新聞が事前に知っていたかどうかは、分からない。

ただ、そうだとしても、自社の記者が最初から、ドラマの制作に関わっているのだから「そんな事情とは知りませんでした」では、通らないだろう。少なくとも、知った時点で「新聞社として真摯に対応する」のは当然、と思う。

望月氏は自分とドラマの関わりについて、先の著書でこう記している。

〈(注・ドラマのプロデューサーである)河村さんは一つに満足しないし、立ち止まらない方だ。(注・映画版「新聞記者」の)日本アカデミー賞の受賞からしばらくしてもらった電話にはまた驚かされた。新聞記者を主人公にしたドラマがネットフリックスで実現しそうで、しかも主演は米倉涼子さんだという。…米倉さんがどんな新聞記者を演じるのか。話を聞いた瞬間からワクワクしてきた。…あれよあれという間に話が進み…(以下、前出の引用部分に続く)〉

一方で、望月氏は2月8日、ツイッターにこう投稿した。

〈週刊誌報道について

取材でお借りした資料は全て返却しており、週刊誌にも会社からその旨、回答しています。遺書は元々お借りしていません。

1年半前の週刊誌報道後、本件は会社対応となり、取材は別の記者が担当しています。

ドラマの内容には関与していません〉

「一切かかわるな」という会社の指示は、本当だったようだ。これまた、首をかしげる対応である。ただ、遺書などについては、文春記事を基に「貸し出した写真や画像データ、遺書、音声データなどは一部しか返却されていない」と書いた先週のコラムを、修正しておきたい。

ドラマの設定に対する違和感

以上を指摘したうえで、肝心のドラマの設定についても、一言、述べておこう。

高橋洋一さんによれば「本来、ゴミが埋まっていると分かっていた土地を売却するなら、競争入札すべきだったのに、随意契約にしたのが、そもそもの間違い。ところが、マスコミは『安倍晋三首相(当時)が関わっている』と思い込んで、スキャンダルに仕立てた」のが、森友事件の真相という。

高橋さんの元には、この見立てを裏付けるように「官僚から、と思われる内部告発も寄せられている」という。そうだとすれば、ドラマの設定自体も真実とは、まったくかけ離れた話になる。そういうドラマを東京新聞は応援し、宣伝に使ったのである。

2017年2月10日公開コラムと先週のコラムで書いたように、私の「ニュース女子」騒動では、東京新聞は番組とまったく関係ないのに「他メディアで起きたことであっても、責任と反省を深く感じています」という奇妙な、社告のような反省文を掲載した。

今回の「事件」は、まさに東京新聞が社を挙げて関わっている。沈黙するのではなく、今回こそ、社告で見解を述べたらどうか。

 ◇

 長谷川氏の見解通り、東京新聞は完全に「堕落」していて、その堕落した新聞側から週刊誌を貶めるような描き方を、ドラマの中で描いている事に至っては、「堕落」の象徴とも言えるでしょう。

 さらに菅義偉氏が官房長官時代に、トンデモ質問を繰り返した望月衣塑子記者。火の粉が自分に降りかかると「会社から一切関わるな」と言われたと言うことを理由に、逃げの一手のような対応です。菅氏には執拗に食い下がり逃がさないぞ、と言う対応を取りながら、自身は都合良く逃げを打つ。まあそういう性格なのでしょう

 又新聞社側にとっては、余計なことを言われては困るという、思いも強かったのかも知れません。つまりドラマでもよくある隠蔽を維持するために、口を封印させる手です。いずれにしろこのドラマは、他社の特ダネを横取りし、事実をねじ曲げ、当時の安倍首相を、批判の矛先にしようとした映画の焼き直しです。最悪のドラマと言っていいでしょう。

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2022年1月27日 (木)

山口敬之氏:「伊藤詩織」問題 金平茂紀と望月衣塑子の正体

Images-3_20220127111001  今回は日本のテレビと新聞という、国民に、特に高齢者に身近なメディアの偏向ぶりについて取り上げます。偏向の代表格TBSと東京新聞。中でも偏向をまさに地で行くのが、金平茂紀報道キャスターと望月衣塑子社会部記者です。

 ちょうどこの二人を取り上げた記事が、月刊hanadaプラスで公開されていました。例の「伊藤詩織問題」で訴えられた、ジャーナリストの山口敬之氏の投稿です。少し前の記事ですが、月刊hanadaプラスがネットで再公開したのは、未だくすぶるこの事件の、山口氏側からの主張を明らかにする意図があるようです。

 私はこの事件の真相よりも、上記二人の偏向した人物が、この事件をいかに一方的な見地から扱ったかを、取り上げたいと思います。タイトルは『「伊藤詩織」問題 金平茂紀と望月衣塑子の正体|山口敬之』(1/24公開)で、以下に引用して掲載します。

 ◇

「犯罪事実があった」とする伊藤詩織氏の主張は、検察と検察審査会によって、2度にわたって退けられた。日本の法制度上、刑事事件としては完全に終結し、伊藤氏の私を犯罪者にしようという目論見は失敗に終わったのである。ところが、私に一切取材依頼や問い合わせを行わないで、新聞やテレビで発信をしたり、記者会見で発言をしたりした人物が、少なくとも2名いる。そのうちのひとりが金平茂紀であり、もうひとりが望月衣塑子である――。(初出:月刊『Hanada』2018年1月号)

**********

記者とはどのような職業か

金平茂紀。TBS系列で土曜日夕方に放送されている「報道特集」のキャスターを務めるこの男は、自らを「ジャーナリスト」 「生涯一記者」などと称しているが、金平は決して「記者を名乗る資格がない」人物である。

私がある人物について「記者を名乗る資格がない」という以上、まずは記者とはどのような職業かについて定義しなければならない。医師や弁護士、政治家などは、資格試験に合格するとか選挙で当選するとか、その職業を名乗るための客観的条件が明確にある。ところが、記者にはそれがない。

それでは、記者を記者たらしめているものは何か。発信ツールを大手メディアが独占していた昔と異なり、誰もがインターネット回線を通じて情報を発信できる時代になったからこそ、この問いかけの重要性が増している。

私は1990年にTBSに入社し、報道局に配属された。以来26年間、報道局で「記者」という立場にいた。そして、TBS報道局で、あるいは社会部や政治部の現場で、記者が記者であるために最も重要なこととして常に強調され続けたのが、2つのシンプルなことだった。

①主張が対立している場合、その双方を公平に取材する

②常識に囚われることなく、「万が一」 「まさか」の可能性を徹底的に追及する

これは、よく考えれば当たり前のことであり、ジャーナリズムの基本中の基本である。①について言えば、主張の異なる双方を取材しなければ、物事を片側からしか観察していないことになるからである。

②もまた重要である。一見、被害者に見える人物が加害者だったり、一見、国民生活を向上させるように見える法案に大きな悪意や欠陥が潜んでいたりするからである。

決して常識に囚われることなく、わずかな可能性であってもゼロでなければ否定せず、すべての可能性をひとつひとつ潰していってこそ真実に行きわたるというのである。

金平発言は「極めて歪で偏った認識」

記者が記者を名乗る最低限の条件として、①と②を掲げたとして、それでは金平がなぜ「記者を名乗る資格がない」のか。この説明は極めて簡単だ。金平は2017年10月24日に外国人記者クラブで行われた伊藤詩織氏の記者会見で、こう述べた。

「私はTBSの元ワシントン支局長です。私と同じ組織に属していた元同僚、部下が詩織さんにとった行動というのは、私は理解できないくらい怒りを覚えています」

今回の案件は、簡単に言えば、伊藤氏は「犯罪事実があった」と主張し、私は「犯罪事実はなかった」と主張するという、二者の主張が真っ向から対立した案件である。

金平は伊藤氏の会見に出席して発言を聞き、伊藤氏側の主張は金平なりに取材したのだろう。ところが、もう片方の当事者である私に対しては、金平はいまのいままで、一切の取材をしていない。

金平の発言の前提となっている事実認識は、記者を名乗る人物としては全く不十分かつ不平等な取材の結果、伊藤氏側の主張だけを採用した「極めて歪で偏った認識」だと断定せざるをえないのである。

2017年5月29日、伊藤氏が1回目の記者会見をした前後から、私の所には多くの質問状や取材依頼が寄せられた。大手新聞、通信社、テレビ局、ラジオ局、フリーランスのジャーナリスト、はてはテレビコメンテーターからも、質問状や面会を申し込むメールや書状が届いた。

これはある意味では当たり前のことである。「記者」を名乗る人物にとって大前提となる基本動作だからである。これらの質問状や取材依頼に対して、私はまず「法に触れることは一切していない」という声明を発表したうえで、反応する意味があると判定したものについては回答書を寄せたり、取材に応じたりした。

ところが、新聞・通信・テレビに所属する、いわゆる大手メディアの記者を名乗る人物で、私に一切取材依頼や問い合わせを行わないで、新聞やテレビで発信をしたり、記者会見で発言をしたりした人物が、少なくとも2名いる。そのうちのひとりが金平なのである。

刑事事件としては完全に終結

私に取材依頼をした「記者」たちのなかには、私と面識がなく、連絡先を知らない者も多くいた。それでも彼らは、たとえば私の本を出した出版社に問い合わせをしたり、知人経由でTBS関係者まで辿り着いたりして、私の連絡先を何とか探した。

ところが、金平はどうだ。私はTBS報道局に26年間いたから、その気さえあれば、金平はいとも簡単に私の連絡先を入手できたはずだ。あるいは、金平の携帯やパソコンには、いまでも私に繫がる連絡先が保存されていてもおかしくない。

しかし、この案件が最初に報道されてから半年が過ぎるいまも、金平は私に全く取材をしていないのである。この1点だけを見ても、金平茂紀は「記者を名乗る資格の全くない人物」と断定できる。

そもそも記者の2条件のうちの①について完全に失格の烙印を押された金平が、条件②について「万が一の可能性」まで検討しているはずもない。しかし、金平が「劣等な記者」ですらなく、そもそも「記者を名乗る資格がない」人物だということを理解していただくために、あえて言及しよう。

今回の案件は、「犯罪事実があった」と主張する伊藤氏の主張は、検察と検察審査会によって、2度にわたって退けられた。日本の法制度上、刑事事件としては完全に終結し、伊藤氏の私を犯罪者にしようという目論見は失敗に終わったのである。

普通の記者ならば、「なぜ伊藤氏の主張は退けられたのか」という点をまず検証する。しかし今回の場合、テレビのワイドショーや週刊誌の報道は、取材も根拠の提示もなく、盲目的に伊藤氏側の主張に寄り添うものが少なくなかった。

たしかに、うら若い独身女性が「レイプ被害に遭いました」と顔出しで告発すれば、世間の注目を一気に集めるだろう。そして、「記者でない一般の人」であれば、顔を出して告発した伊藤氏に同情し、「薬物を盛られて意思に反して性行為がなされた」という彼女の主張を信じてしまうかもしれない。

しかし、そこで「ちょっと待てよ」と立ち止まるのが、一般人と記者の違いである。しかも今回の場合は、客観的証拠を元に、検察と検察審査会が2度にわたって彼女の主張を退けているのである。伊藤氏の主張に辻褄が合わないところがあったのではないかと考えるのが、普通の記者である。

証明するのは伊藤詩織の最低限の義務

警視庁の捜査員は捜査の過程において、2015年4月3日深夜から朝にかけて、伊藤氏が「ブラックアウト」(アルコール性健忘)という状態になったと推定した。要するに、伊藤氏は朝まで意識がなかったのではなくて、寝る前に一定時間起きて行動していたが、そのことを覚えていない可能性が強いというのである。

伊藤氏の「犯罪事実があった」との主張は、「朝まで意識を失っていた」ということがすべての前提となっている。ところが、真実は違う。ビールやワインや日本酒を飲みすぎて、自分のしたことを覚えていないだけなのである。

あの夜、自ら飲みすぎて自力で帰宅できないほどの酩酊状態となった伊藤氏は、タクシー車内やホテルの部屋やトイレで繰り返し吐き、そのまま眠ってしまった。その後、起きてトイレに行った伊藤氏は、自分が様々なところに吐き散らかしたことに気が付き、私に対して猛烈に謝罪してきた。

トイレに起きたあとのことを伊藤氏が全く覚えていないとは正直考えにくいというのが私の立場である。伊藤氏は、本当は覚えているのに私を犯罪者に仕立て上げるために黙っているか、あるいは自分に都合よく記憶を書き換えてそれを信じ込んでしまうタイプの人物なのだと思っている。

しかし百歩譲って、伊藤氏が本当に覚えていないとしても、それは警察の言うとおり、飲みすぎて記憶が飛んでしまった「アルコール性健忘」なのであって、そもそも犯罪行為など全くなかったのである。

繰り返すが、善意に解釈しても、伊藤氏はアルコールを自ら過剰に摂取したために、自分で何をしたか忘れてしまっただけなのである。「犯罪事実がなかった」以上、警察も検察も検察審査会も、伊藤氏の主張を退ける。当たり前のことである。

しかし、その真実を受け入れられないばかりに、「事件が消される」 「社会システムがおかしい」というのであれば、まず自分が「アルコール性健忘に陥った可能性が全くない」というところから証明するのは伊藤氏の最低限の義務である。

ところが金平は、この「アルコール性健忘」という、警察と検察と検察審査会が認定した可能性すら、何の根拠も示さずに門前払いしている。「酒を飲みすぎて記憶が飛んでしまう」という珍しくもない話があの夜の伊藤氏に起きなかった、と金平は根拠をもって証明できるというのか。

自らを記者と自称するなら、自分で何を取材し、どういう結論に立ち至ったのか説明してみるがいい。当事者である私に一切連絡も取らないで十分な取材をしたというなら、金平に記者の資格はあるまい。

Abe TBSによる不可解なテロップ映像

そして、金平が報道局長となって1年あまりが経った2006年7月21日、TBSは夕方のニュースで第二次世界大戦中の日本陸軍731部隊について特集を放送した。特集の内容は、終戦後に日本上陸を果たすであろうアメリカ軍に対して、細菌兵器で攻撃する計画が731部隊にあったというものであった。

しかし、物議を醸したのは内容ではなく、特集VTRの冒頭部分だった。なぜか企画と全く関係のない当時の安倍晋三官房長官のフリップが3秒間にわたって映し出され、そこに「ゲリラ活動!?」というテロップがかけられていたのである。

当時は、時の小泉首相が9月の自民党総裁任期満了をもって勇退することがわかっており、後任として「麻垣康三」、すなわち麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、そして安倍晋三が後継候補として取り沙汰されていた。なかでも、小泉の覚えめでたい安倍は最有力と見られていた。

このため、このVTRは、細菌兵器開発を行っていたとされる731部隊の特集の冒頭で無関係な安倍氏の映像を使うことにより、安倍氏に対する悪いイメージをすり込もうという、TBSによる悪質な印象操作として大きな問題となった。

放送事業を統括する総務省はすぐ調査に乗り出し、3週間後の8月11日、TBSに対して、放送法に基づく厳重注意の処分を下した。

その後、私は会社上層部の依頼を受け、安倍氏に「手打ち式」に出席するよう依頼した。TBS側は井上弘会長(現民放連会長)と石原俊爾社長と私、安倍氏側は本人と秘書1名が参加して、赤坂の料亭で会食をした。

そして会食が無難に終わって安倍氏側を送り出したあと、井上氏と石原氏は隣りのバーで一杯やることになった。この時、井上氏は私に驚くべきことを言った。

「あの安倍というのはダメだね。あんな右翼政治家じゃなくて、福田(康夫)さんとか二階(俊博)さんとか、もっとアジアの国とうまくやっていける政治家を称揚しなきゃ」

長くTBSトップに君臨する井上が、たったいま手打ちをしたばかりの安倍氏に対して嫌悪感をき出しにしたのである。その安倍氏に対する抑えきれない感情は、金平と同質のものに見えた。気まずい空気になったところに、政治部経験のある石原氏が割って入った。

「政治部の記者というのは、好むと好まざるにかかわらず、担当させられた政治家の取材をしなきゃならんのですよ」

この井上氏こそ、1年半前に金平を報道局長に抜擢した張本人だったのである。TBSが継続して反安倍のスタンスをとり続けているのは、こうした幹部社員の生理的嫌悪と無関係ではない。

「見るだけで反吐が出る安倍晋三」

そして時が流れて、この「731企画事件」の騒動も収まり、人々の記憶から忘れられつつあった頃、私はある政治部経験者から、驚くべき情報を入手した。

それは、問題の731特集が作られる少し前のことだったという。この政治部経験者は、あるカウンターの割烹で金平と食事をした。ほどなく731特集を制作し、のちに処分されることになるK記者も同席していた。そこで金平は、またも驚くべきことを口にしたと言う。

「このままいくと、見るだけで反吐が出る安倍晋三が総理大臣になっちゃうぞ」

この時の金平は、「怒髪天を衝く」ような勢いで、感情を抑えきれない常軌を逸した表情に見えたという。この描写は、1年前に報道局長室で向かい合った時に私が感じた金平の異常性と酷似していた。

「何とか阻止できないのかよ。あんなのが首相として毎日うちのニュースに出てくるのは、俺には耐えられないんだよ」

これに対してK記者も金平に同調し、金平ほど興奮した様子ではないものの、安倍氏について批判的な発言を繰り返した。金平はその後も、大学の後輩でもあるK記者に執拗に要求したという。

「なんでもいいから、できることはないのかよ」

そして、その数週間後の7月中旬。当時の報道局幹部の証言によれば、完成した「731部隊企画」を報道幹部がプレビュー(試写)した。不自然なドリー(カメラを回したまま移動する撮影技術)から始まるVTRの冒頭に安倍氏の顔が3秒近くも映され、そこに「ゲリラ活動?」という唐突感の否めないテロップが載せられていた。

テロップの意味は当時は謎とされていたが、いまになって考えれば、金平の命を受けて特集を制作したK記者による、安倍氏を貶める「ゲリラ活動」という意味だったとすれば、すっきりと辻褄が合う。

この冒頭シーンの撮影を担当したカメラマンは、カメラワークに対してはK記者から細かい指示が出て、何度か撮り直したと証言している。そして冒頭の映像は、毎回、安倍氏の顔を何秒か映してからドリーに入るよう求められたというのである。

プレビューでも、この異常な冒頭のシーンは問題点を指摘されることなく見逃され、この特集は夕方のニュースとしては異例の長さを割いて大きく扱われた。

記者ではなく、薄汚い活動家

放送直後から、VTRに込められた露骨な悪意に注目が集まった。そして、総務省の厳重注意処分が下されたのと相前後して、K記者も処分されて報道の現場から去った。

しかし金平は何食わぬ顔をして、その後、2年間にわたって報道局長の座に留まり続けた。金平が報道局長という職位を使って部下に安倍氏を貶める特集VTRを作成させたにもかかわらず、トカゲの尻尾切りよろしくK記者だけに責任を擦り付けたのではないかという疑惑は、いまでもTBS関係者の間で燻り続けているのである。

はっきりしているのは、金平という報道局長が安倍氏の総理大臣就任を何とか妨害したいという意思をK記者に伝え、その後、自民党総裁選の2か月前というタイミングで、安倍氏を悪意をもって貶める放送がなされたという事実である。

金平が直接指示して安倍氏を貶める映像を作らせたのか。あるいは割烹での金平の発言を忖度したK記者が作ったのか。森友・加計問題で政権内部の「忖度」について舌鋒鋭く批判していた金平には、この事件に対する自分の関与を明らかにする義務がある。

金平という男は、気に入らない政治家を貶めるためなら、記者としての基本動作も放棄し、同僚や部下を平気で裏切り、自分だけは生き残ろうとする唾棄すべき人物である。そして放送局の報道番組のキャスターという、公平中立を標榜しなければならない仕事をしているにもかかわらず、いまなお反安倍政権の集会に出ては発言を繰り返している。

改めて繰り返すが、金平は記者を名乗る資格がない。「キャスター」という肩書に変装した、薄汚い活動家である。

望月衣塑子も記者を名乗る資格なし!

大手メディアの記者を名乗る人物で、私に全く取材することなく記事を書いたり、記者会見で質問したりするものが2人いると述べた。ひとりが金平であり、もうひとりが東京新聞の望月衣塑子である。

彼女は、伊藤氏の1回目の記者会見が行われた5月末以降、菅官房長官の記者会見に現れては、この案件について執拗に質問を繰り返した。

しかし、私の実名を挙げて質問をし、記事まで書いているのに、私にはいまに至るまで一切取材をしてこない。主張が対立する一方の当事者を全く取材しなかったという点において、この人物もまた、記者を名乗る資格がないことは明らかである。

さらに、望月の質問や発信は偏っているばかりでなく、根本的に事実認識を間違っていることが少なくない。7月13日に公表されたインターネットメディアのインタビューで、望月はこんなことを述べている。

・詩織氏のお話では、2人が出会ったのは2015年3月末、詩織氏が働いているバーに山口氏がお客としてきた。

・また、関係者に取材したところ、事件が起きた日に、山口氏と詩織氏が訪れたレストランは、山口氏のお父さんも愛用する「値段のないレストラン」だったそうです。

・山口氏のお父さんは、有名な元野球選手の顧問弁護士などもやられている方だと聞いています。

そう長くない記事のなかで出てくるこの3つの文章は、時期や場所、その内容など、取材の5W1Hの基本情報が根本的に間違っている。

望月は菅官房長官の毎日の記者会見でも、認可されていないものを認可されたと述べたり、円とドルの単位を誤ったりと、質問内容が不正確であることが多く、繰り返し批判されている。これは、記者としての望月の能力の低さを示している。

たとえば、「事件が起きた日に訪れたレストランは、山口氏のお父さんも愛用する値段のないレストランだった」という表現はあらゆる意味で間違っている。どこが間違っているかではなく、すべてにおいて虚偽である。

私の父は、プロ野球選手の顧問など1度もしたことがない。望月は、誰に何を取材したのか。私に取材をすれば、それが事実でないことはすぐに確認できる。それなのに、全く事実と異なることを公に発表してバレないと思っているのだろうか。記者以前に、人間としての神経を疑う。

前川喜平と伊藤詩織と望月を守る会

ただ、問題は事実認識を誤っていることだけではない。望月の虚偽情報は往々にして、彼女が貶めたい人物の印象を悪化させるべく盛り付けて書かれているのだ。

そもそも私の父の職業が、この案件と何の関係があるというのだ。望月の狙いは、山口と山口家が、庶民の生活とはかけ離れた金満な生活を送っているという印象を読者に刷り込むという意図が明白である。実際に私が訪れた2軒の飲食店は、極めて安い庶民的な串焼き屋と、サラリーマンでも通える良心的な価格の寿司店である。

「普通の悪質な記者」であれば、他者を貶める記事を書くときには、特に事実確認を慎重にするものである。ガセ情報を裏どりもせず、全く事実と異なることを発信して相手を貶める望月は、記者ではなく詰めの甘い活動家である。そして望月の記事やインタビューは、根拠なく私と私の家族の名誉を著しく毀損する犯罪行為である。

私に会ったことも取材したこともない望月が、どうしてここまでして私を貶めるのか。望月の言動から透けて見えるのは、「反安倍」という明確な姿勢である。

「天下り問題で文部科学次官を更迭された前川喜平氏と、伊藤詩織氏と、望月を守る会」というのがある。そしてこの会員は、私と私の家族に対して、現在でも執拗に誹謗中傷、罵詈雑言のメールや書簡を送りつけてきている。

そして前川氏は「伊藤詩織氏は私よりも何倍も勇気がある」と持ち上げ、望月は前川氏と伊藤氏と相互に連絡を取り合っていることを認めている。

政権を貶める印象操作で協力

要するに、望月の記事は、「前川氏と伊藤氏と望月氏を守る会」の会員が私に送り付けてくる下品な罵詈雑言と同質の、報道の名に値しない誹謗中傷である。

しかし、ちょっと待ってほしい。文科省の天下りや加計学園の問題と伊藤氏の案件に、何か関係があるというのだろうか?

安倍政権に近い人間が優遇されて守られているというのであれば、伊藤氏の案件で私がどう守られたのか、指摘するのが筋だろう。私は粛々と当局の捜査に応じて検察官が不起訴とし、検察審査会が不起訴の判断を妥当と結論づけた。

それなのに伊藤氏は「上からの力を感じた」という表現をもって、何も具体的な問題点を示さず、「犯罪が揉み消された」と主張した。警察が上からの圧力に屈して犯罪を揉み消したのなら、大変なことだ。

そして警察のみならず、検察も検察審査会も、すべての組織が不適切な判断をしたとでもいうのだろうか。伊藤氏は「権力の介入」を主張する一方で、何が問題だったのか具体的な問題点すら明確にしていない。存在しない疑惑は指摘すらできないから、「ブラックボックス」という曖昧な表現をせざるを得ない。

加計学園を巡る問題でも、前川氏は安倍政権の違法性について一切具体的な指摘をしていない。そして、所詮何も違法性を指摘することができない前川氏と伊藤氏が連携して、政権を貶める印象操作で協力しているというのが、前述の不思議な会の実態である。そして、それを仲立ちしているのが望月なのである。

金平茂紀と望月衣塑子。記者を名乗る活動家が大手を振って跋扈するなか、視聴者・読者・国民に求められているのは、「エセ記者」 「エセ情報」を看破し葬り去る観察眼である。

(文中一部敬称略)

 ◇

 金平氏と望月氏、何が彼等にこうした薄汚い活動家を演じさせているのでしょうか。記事中に出てくる前川氏も同類です。私は日本を貶める、または弱体化させようとする集団がやはり背後にいるように思います。そこは外国勢力(中朝露)や共産主義にかぶれた連中の館となり、資金の援助先になっているのかも知れません。

 ただ単に思想信条だけで、強い日本を再生し戦後レジームから脱却させようとする、安倍元首相やそれを是とする保守陣営を、ことあるごと事実をねじ曲げ捏造も加えて叩きまくるとは思えません。かつてのコミンテルンと同類の集団が存在するのでしょう。

 そしてその集団は朝日新聞・東京新聞やTBSを手先として、日夜日本の弱体化を狙っているように思います。日本を守る陣営は、この集団を潰すため、その手先の朝日新聞・東京新聞やTBSを廃刊、廃局に持って行く必要があるでしょう。そして同時に金平氏や望月氏のような、先兵となった活動家を排除していくことが、日本のために重要だと思います。

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2021年12月 6日 (月)

朝日新聞:自国をここまで悪魔扱いするのか

Images-6_20211205162501  新聞等のメディアの多くは、権力の暴走を監視するという大義名分から、ことあるごとに政権の批判を続けています。そこには「言論の自由」という伝家の宝刀が背景にあり、多少の誹謗中傷を含む言い過ぎに対して、も大目を見られているのが現状でしょう。

 アメリカにおいてもニューヨークタイムズやCNNのように、政権批判を続けるメディアは存在しますが、日本ではなんと言っても、その第一のメディアと言えば朝日新聞ではないでしょうか。もちろん毎日や、東京などの新聞もその類いに入りますが、規模や影響度からは、朝日が突出しているように思います。

 今回はその朝日新聞に注目した記事を紹介します。産経新聞ワシントン駐在客員特派員で麗澤大学特別教授の古森義久氏が、JBpressに寄稿したコラムがそれで、タイトルは『日本の国防強化を敵視?今度は経済安全保障に水をかける朝日新聞 事あるごとに「前のめり」「危うい」と防衛政策を批判』(12/4)です。以下に引用して掲載します。

 ◇

 朝日新聞が11月23日の社説で日本の経済安全保障に水をかける主張を述べていた。ああ、またか、と思った。朝日新聞は日本が自国の国家安全保障や防衛を強化することに対して、陰に陽に、一貫して反対してきたからだ。

 だがさすがの朝日新聞も最近は日本をめぐる軍事情勢、安保情勢があまりに険しくなったため、従来の日本の防衛力やアメリカとの防衛連携の強化にはすべて反対するという姿勢もやや遠回しに、カーブをつけて、というふうになってきたようだ。

 しかし今回の社説は苦しい詭弁と独善的なレッテル貼りにより、年来の「日本の安保嫌い」にお里帰りしたようにもみえる。

「経済安保」法案に噛みつく

 この社説は「『経済安保』法案 かけ声先行は危うい」という見出しだった。主題は経済安全保障である。より具体的には岸田政権が国会への提出を目指すようになった「経済安全保障法案」への反対が主体だった。

 もう少し厳密に言うならば、正面からの反対の言辞を避けながら、四方八方からこの法案とその背後にある経済安全保障という概念に水をかけ、反対を促す主張だった。

 経済安全保障とは国際的には経済活動も単に経済自体の利益の追求だけではなく、自国の防衛、経済以外の安全保障を考慮して、潜在的な敵を利する経済行動や自国の安全保障を侵す経済行動は自粛する、という概念である。

 岸田政権の法案には自国の経済面での必需品の外国への依存を減らし、有事に備えての自立の度合いを増す、という目標も含まれているようだ。

 いずれにしても経済安全保障とは、経済活動も軍事面での防衛や安全保障への悪影響を生まないよう自主規制するという意味だと言える。つまりは国の防衛の強化なのだ。

 朝日新聞の社説はまずこの法案に対して「前のめりになって過剰の網を広げ、国内調達や輸出管理の強化が過ぎれば、国際分業の利益を失う」と述べる。「前のめり」「過剰の」「過ぎれば」というのは、朝日新聞が自分たちの嫌う相手の言動にその内容の検証もせずに貼り付ける負のレッテル言葉である。

「前のめり」であれば、「過剰」であれば、悪いに決まっているではないか。だが客観的には岸田政権や自民党のいまの経済安保に対する姿勢が前のめりとか過剰だと決めつける根拠は現段階ではなにもないのだ。いや、むしろ後のめりで、過少かもしれない。

 同社説には他にも決めつけ的な独善の表現が多々あった。

「『経済安保』を錦の御旗のように用い」

「国内生産の範囲をいたずらに広げる」

「政府の介入が過剰かつ裁量的になれば」

「強権やスローガンではなく」

 以上はいずれも「悪いことは悪い」という種類の政府の動きをまだ確定していない段階から悪い方に決めつけている表現だと言えよう。

自国をここまで悪魔扱いするのか

 とくに朝日新聞は「前のめり」という言葉を防衛問題では頻繁に使う。自分たちの反対論を支えるために、相手の動きは軽率で浅はかな前のめりだと決めつけて、「前のめりだからよくない」という屁理屈を持ち出すのだ。このレッテル言葉悪用の朝日側の歴史は長い。

 2001年9月4日の朝日新聞の社説は「前のめりはよくない」という見出しだった。反対の対象は日米共同のミサイル防衛構想だった。この社説は日本がミサイル防衛網を保持することに反対して、「ミサイルごっこの『仮想現実』から一刻も早く目覚めるべきだ」と結んでいた。

 朝日新聞は日本にとっての中国や北朝鮮のミサイルの脅威をいまも「ミサイルごっこの仮想現実」と呼ぶのだろうか。

 朝日新聞は日本の防衛政策へのこの種の反対をずっと続けてきた。防衛庁が防衛省に昇格することも、特定秘密保護法を発効させることも、アメリカとの共同防衛指針を充実させることも、反対だった。とくに2014年、安倍政権下での日本の集団的自衛権の限定的な行使容認には朝日新聞は大々的な反対キャンペーンを展開した。その際に頻繁に使ったのが「前のめりの危うさ」という定番の用語だった。

 このころの朝日新聞は、日本がアメリカとの共同防衛を強化するための集団的自衛権の限定行使に次のような表現で反対していた。

「国家権力の暴走」

「歯止め、きかぬ恐れ」

「戦争加担の恐れ」

「都合よく行使拡大」

「際限のない軍拡競争」

「思うがままに武力を使いたい」

「憲法は葬られ、『ナチスの手口』」

「力ずくの論理」

 こうした、おどろおどろしい記述の主語はなんとわが日本なのである。日本とはこんな無謀で無法の国なのか。朝日新聞は自国をここまで悪魔扱いするのか。

 だからそもそも朝日新聞はとにかく日本の防衛が嫌い、安全保障の強化も反対なのだと断じるほかないだろう。こうした背景を眺めて、今回の社説に目を通すと、なるほどと、うなずける点がまた増えてくる。

 ◇

 私は朝日新聞の目指す方向が分かりません。「中朝露に媚びを売りたい、その国益に加担したい、そのためには日本を弱体化するのが必要だ」。朝日の論調を読み砕けば、そう願って記事を書いているようにしか思えません。しかもその根底には「非戦、非軍備、非同盟」という、敗戦で植え付けられた「自虐史観」に根拠付けされた、観念論があるようです。

 それならそれで、カルト宗教のように内にこもって蘊蓄をたれていれば、外に影響もないのでしょうが、公の大手新聞です。国民を日本弱体化へと洗脳しているのですから、始末に負えない。

 小森氏や他の保守論壇の人々が、この日本を悪魔扱いするメディアを早い時期に葬っていただきたい、そう願いたいですね。日本を叩いて稼いでいる、悪魔のような新聞を。

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